風祭文庫・人形変身の館






「ネジ巻き」



作・風祭玲

Vol.345





良く晴れ渡ったとある休日、

「ったくぅ

 なんで、俺が買い物に行かなければならないんだよ!!
 
 今日は俺の誕生日だぞ」

膨れっ面しながら拓也が街を歩いていると、

「そこのお兄さんっ」

と街を歩く拓也に誰かが声を掛けた。

「………」

しかし、拓也がそれが自分に掛けられた声とは気づかずに通り過ぎていくと、

「お兄さんったらっ

 これ、聞こえないのか?」

とその声は執拗に拓也に向かって話しかけられた。

「?

 ひょっとして俺のことか?」

自分の方向に向かって掛けられる声に拓也が思わず足を止めると、

「はや〜っ

 やっと聞き届いたかい」

と言う声と共に、

道端に露天を出していた老婆が拓也を見つめながらニヤリと笑った。

ゾクッ

拓也がその笑顔を見た途端、

背筋に冷たいものが走った。

しかし、

拓也の足はまるで惹かれるようにして老婆の所へと向かうと、

「どう、お兄さん?

 何か買って行ってよ」

と老婆は目の前に立った拓也に話しかけてきた。

「買ってと言われてもなぁ…

 大したものはないじゃないか」

道端に広げられた青いシートの上に、

所狭しと並べられた商品らしきものを見ながら拓也がそう言うと、

「まーま

 見た目は悪いけど、
 
 どれも一級品だよ」

と老婆はそう言う、

「ははは…

 まぁ2級品なんて言う奴は誰も居ないよな」

老婆の言葉を拓也はそう言って冷やかすと、

「まぁまぁ…

 その辺はリップサービスって奴よ、

 ほほほほほ」

拓也の言葉に老婆はそう返事をすると、

「婆さん、言葉の使い方間違って居るぞ」

と拓也はさりげなく指摘した。



「…ふ〜ん、なるほどねぇ…

 お兄さんの誕生日だというのに、

 彼女に扱き使われているのね」

拓也から事情を聞いた老婆はそう言うと、

「まぁったく…

 渚ったら今日が俺の誕生日だというのを忘れやがって

 友達のお祝いに渡す花を買ってこい。
 
 だなんて言いやがってよ」

と拓也は吐き捨てるように言った。

すると、それを聞いた老婆が、

「だったら、いいモノを売ってあげるよ」

と言いながらゴソゴソと袋からある物を取り出すと、

「ほれ」

スッ

っと金色に輝くハートを形取ったネジ巻きのような物を拓也に見せた。

「なんですか?

 これは?」

不審そうな表情をしながら拓也がそれを見ると、

「ほーほほほほほ…

 まぁ強いて言えば

 相手を自分の思い通りに動かしてしまうネジ巻きとでも言おうかな?」

と老婆は拓也に向かって告げる。

「自分の思い通りに動かすネジ巻き?」

「そうじゃよ、

 このネジ巻きを

 自分の思い通りに動かしてみたい。

 と思う相手の背中にさして回せば、
 
 ほれ、まるでゼンマイ仕掛けの人形のように

 相手はお前の言う通りに動くようになる。」

ニヤッ

と笑いながら老婆は拓也に囁いた。

「そんなこと…」

老婆の説明に拓也が信じられないような表情をすると、

「ほーほほほほほ…

 まぁ信じる。信じない。はお前さんの自由だけどな」

老婆はそう告げると拓也に判断を任せた。

「…俺の自由に…渚を動かすことができる…」

拓也はそう呟きながらハート型の枝がついたネジ巻きを眺めていた。

「俺の自由に…

 なぁ、婆さん、これって幾らなんだ?」

急に表情が変わった拓也が老婆にネジ巻きの値段を聞くと、

「ほーほほほほ…

 買う気になったかい?
 
 そーじゃな…
 
 お兄さんの誕生日記念と言うことで、
 
 ほれ
 
 これでどうじゃ?」

老婆はパチパチとそろばんを弾くとそれを拓也に見せた。

「うぇっ

 そんなにするのか!?」

それを見た拓也が悲鳴を上げると、

「びた一文も負けないよ」

と老婆は言う。

「う゛〜っ

 仕方がない!!」
 
拓也はそう言うと、

渚から預かっていたお使いのお金をポケットから取り出すなり、

「おらよっ!!」

と言いながら老婆に手に握られた。

「ほーほほほほ…

 毎度あり!!
 
 ほれっ、
 
 もぅこれはお前さんの物だよ」

老婆はそう言うと、

スッ

っとネジ巻きを拓也に手渡した。

パシッ

拓也は無言でそれをひったくると、

「じゃぁな」

と言い残して立ち去っていった。

「ほーほほほほ…

 ネジ巻きが売れた
 
 ネジ巻きが売れ…」

拓也から受け取った老婆は高笑いをしながらそう言うが、

しかし、

ジー……

老婆の背中から響いていた音が途絶えると、

ピタッ

っと老婆の動きが止まってしまった。

バサッ

老婆が着ていた衣装がずり落ちると、

その背中にはあのネジ巻きが突き刺さっていた。



ガチャッ

「ただいまぁ」

そう言いながら拓也がアパートに戻ると、

「お花は買ってきてくれた?

 もぅ、時間がないんだからさっさと持ってきてよ」

と言う渚の声が部屋に響き渡った。

「………」

拓也はそれに答えずに部屋に上がると、

ズンズン

と部屋の中を移動していく、

「なによっ

 なにもぅ、返事をしないで、

 で、頼んだお花は買ってきてくれたの?」

余所行きの服に着替え終わった渚が拓也にそう言うと、

「渚…

 今日俺の誕生日って事、覚えているのか?」

と拓也が渚に尋ねると、

「あぁ…

 そうだっけ、忘れてた」

とケロッとした表情で渚はそう答えた。

そして、

「別にお誕生会をするような年齢じゃないでしょう?」

と面倒くさがるようにして言うと、

「お前の誕生日は盛大に祝うじゃないか」

拓也が反論した。

「なによっ

 男と女じゃ誕生日の重みが違うのよっ

 そんなに文句があるのなら別れましょうか?あたし達」

と渚はいつもの脅し文句を拓也に向かって告げた。

するとそれを聞いた拓也は、

「渚!!」

と怒鳴るなり、

渚の肩を掴むとグルリと彼女の身体を回すと、

自分の方に背中を向けさせた。

「ちょっと、何をするのよ!!」

拓也の行為に渚の怒鳴り声が部屋に響く、

しかし、

拓也は渚のその声に臆することなく、

サッ

老婆から買った黄金のネジ巻きを取り出すと、

ブスッ!!

っと渚の背中、そう肩胛骨の下あたりに突き刺した。

ビクン!!

「あっ」

ネジ巻きを突き刺された瞬間

まるで電撃を受けたようなショックが渚の体の中を走り抜けると、

「いっいま何をしたの?」

と身体を海老反らせながら渚が拓也に尋ねるが、

しかし、

拓也はそれには答えずに、

ハシッ

っとネジ巻きの取っ手に両手を置くと、

キリキリキリ!!!

っと時計回りに巻き始めた。

「なっなにをしているの?

 やっやめて!
 
 お願い
 
 いっいやぁ」

キリキリキリ

キリキリキリ

嫌がる渚になにも答えず拓也はネジ巻きを巻き続ける。

すると、

「やめてよ

 やめて
 
 お願いだから…
 
 あっ…
 
 あぁ…
 
 あぁぁぁぁぁ…」

次第に渚の口調が代わっていくと、

「あぁぁぁぁ…

 たったっ

 たっ拓也…さっ様…

 拓也様…
 
 もっもっと…
 
 もっとまっ巻いてくっください」

と渚が拓也に向かってねじを巻くように懇願し始めた。

「渚?」

キリキリキリ

キリキリキリ

拓也はなおもネジ巻きを巻き続けると、

ガクン!!

渚の体が大きく動くと、

その場に座ると同時に床に両手を合わせてつき、

「拓也様…

 これまでのご無礼を

 お許しください」

と言いながら頭を下げた。

「そっそうか…」

「はいっ」

まるで、自分の下僕になったかのような渚の態度に拓也は驚くのと同時に

「すげー、あの婆さんが言ったとおりだ」

とネジ巻きの威力に目を見張った。

「よしっ

 渚っ
 
 これから俺の誕生パーティだ、
 
 すぐに準備をするんだ」

ドカッ

その場に腰を下ろした拓也はそう渚に向かって言いつけると、

「はいっ、

 畏まりました」

ジーーーー

何かの稼働音をたてながら渚はそう返事をすると、

テキパキと拓也の誕生パーティの準備をし始めた。

その一方で、

「よしよし」

自分のためにセッセと働く渚の姿を見ながら拓也は満足そうに頷いた。



パーティー終了後、

風呂から上がった拓也をネグリジェ姿の渚が布団の上で

「では、夜のお供をさせて貰います」

と言いながら頭を下げた。

「おぉ!!」

それを見た拓也の股間は見る見る膨らんでいくと、

そっと渚を抱きしめた。

「あっダメです…

 いきなりなんて」

拓也の行動に渚はそう言うと、

「はははは…

 ここまでして何を嫌がって居るんだよ」

と言いながら拓也は渚の口に自分の口を寄せた。

とその時、

ジーーーー…

渚の背中のネジ巻きが止まると、

急に渚の表情が変わり、

「なんて事をするの!!」

と怒鳴りながら、

パァァァァァン!!

思いっきり拓也の頬をひっぱたいた。

「渚?」

渚の突然の豹変に拓也が呆然とすると、

「この、ネジ巻きのせいよ、

 あたしがおかしくなったのは!!」

渚はそう言いながら背中にさしてあるネジ巻きを引っ張り始めた。

「はっ

 しまった」

その時になって拓也は渚のネジ巻きが止まっていることに気づくと、

「だめぇぇぇぇ」

と叫びながら渚を押し倒すと、

キリキリキリ!!

っと再び巻き始めた。

「やだ、

 やめて!!

 あたしは人形なんかじゃない!!」

拓也の足下で渚がバタバタ暴れながらそう叫ぶが、

キリキリキリキリ

キリキリキリキリ

拓也は一心不乱にネジを巻き続けた。

すると、

「…拓也様…

 もぅいいです…
 
 ネジは十分に巻けました」

とすっかり落ち着いた表情の渚が拓也に向かってそう囁いた。

「そっそうか…

 ははははははは
 
 ちょっと汗をかいたな」

従順な渚に拓也はホッとしながらそう言うと、

「お疲れになったでしょう?」

と言いながら渚が拓也の汗をふき取った。

そして、その日から拓也は渚のネジ巻きを忘れることなく巻き続けた。



アンアン…

ジー…

背中からネジ巻きの音を上げながら渚は拓也のペニスを体の中にくわえ込むと、

彼の腹の上で飛び跳ねていた。

「あっあぁ…

 いいぞ…渚…

 すげぇ」

まるで吸い付くようにして締め上げる渚に拓也は思わず口を漏らすと、

「あっありがとうございます…」

と言って渚は更に腰を動かす。

しかし、

大粒の汗を流している拓也に対して、

渚の身体からは汗は一滴も滴り落ちてくることはなかった。

それどころか、

ジーカタカタ…

渚の体の中からは歯車が回る音が一つ、また一つと増えていっていた。



すると、そんなある日、

「あれ?」

何かに気づいた拓也が渚に近づくと、

「どうか・しましたか」

と渚が聞き返した。

「いや…

 お前の肌がさ」

そう言いながら拓也が渚の腕を握ると、

ツルン…

渚の腕の肌がいつの間にか光沢を放ち、

そして、まるで硬い殻に覆われているように硬くなっていた。

「!!

 どうしたんだ!!
 
 これは!!」

渚の腕の変化に拓也が驚くと、

「べつに・おかしなところは・ありませんが」

と渚は一本調子に口調でそう返事をした。

「おっおいっ

 なんだその言い方は
 
 まるで、人形じゃないか」

渚の口調に拓也が言い返すと、

「なにを・いっているのですか

 わたしは・にんぎょうです
 
 ごしゅじんさま」

と渚は瞬きもせずにそう答える。

「何を言って居るんだ?

 渚、君は人間だよ、
 
 人形なんかじゃない」

「そんなことをいっても

 わたしを・にんぎょうにしたのは
 
 ごしゅじんさまでしょう」

渚はそう言うと、

パサッ

っと着ていた服を脱ぎ捨てた。

すると、

冷たい光沢を放つ渚の身体には関節事に筋が入り、

そして、体の中からは

ジーカタカタカタ!!

と言う音がこぼれていた。

「そっそんな…

 バカな!!」

それを見た拓也は思わず声を上げると、

「ごらんください・ごしゅじんさま

 これがいまのわたしです」

渚はそう言いながら自分の腹に手を添えると、

グッ

っとお腹を引っ張った。

すると、

バリッ!!

と言う音と共にお腹の部分が外れると、

その中には巨大なゼンマイと幾重もの歯車が回っている様子が拓也の目に飛び込んた。

「そんな…

 そんな…」
 
あまりにもの光景に拓也は唖然とすると、

ぐっ

スポッ

渚は自分の背中に手を回すと自分でネジ巻きを外すと、

「ごしゅじんさま・にもこれをつけてあげます」

と言いながら人形になった渚が拓也に迫ってきた。

「やっ止めろ

 来るな!!
 
 こっちに来るな!」

迫ってくる渚に怯えながら拓也はそう言うと、

「ごしゅじんさまだけ

 にんげんでいるなんて・ずるいです
 
 さ、わたしがごしゅじんさまを
 
 にんぎょうに・してあげます」

カタカタ

口を上下に動かしながら渚が拓也にそう言って、

ウワッ!!

と拓也に襲いかかると同時に、

「やめろぉぉぉ!!」

部屋の中に拓也の絶叫が上がった。



それから数日後…

ジーカタカタカタ

「ナギササマ・コレデヨロシイデショウカ」

メタリックなボディを晒した拓也がそう言うと、

キュッキュッ

と渚のボディを磨き上げていた。

すると、

ゲシッ

渚は赤い点が点灯する拓也の顔を殴ると、

「まだみがき・がたりません。

 もっとみがきなさい」

と命令をすると、

「カシコマリマシタ・ナギササマ」

拓也はそう返事をすると、

ワックスを片手に渚を磨き始めた。

「ふふふふふ…

 ぴっかぴか

 あぁにんぎょうって・こんなにきれいなるんだ」

磨き上げられていく自分の体を見ながら

渚は光り輝く自分の姿に見入っていた。



おわり