風祭文庫・人形変身の館






「人形からの声」



作・風祭玲

Vol.291





「アンドゥトワァ」

「アンドゥトワァ」

街から離れたところにポツンと立つ一軒の家より女性の声が響き渡ると、

その家の中に作られたレッスン室では、

黒のレオタードに身を包んだ少女と

ピンクのレオタードに身を包んだ少女が賢明にバレエのレッスンに励んでいた。

「では、いったん休憩します」

女性はそう告げ、レッスン室から出ていくと、

『ふぅ』

ピンクのレオタードに身を包んだ少女パトリシアが大きく深呼吸をした。

そして、自分の腕の関節部を眺めながら、

『ちちちちょっと・すすすり減ってきました』

と訴えると、

『大丈夫よ、それくらいなら直せるわ』

と黒のレオタードを身につけた愛はそう彼女に言う。

『ななななかなか・にに逃げる・チャンスは・なないですね』

周囲を気にしながらパトリシアはそう言うと、

『シー、

 幸子さん達に聞かれたら、

 バラバラにされてしまうわよ』

愛がパトリシアに注意をすると、

とその時、

『ねぇ…ここから逃げ出すの?』

と言う声がレッスン室に響き渡った。

『え・』

『きゃっ』

突然の声に愛とパトリシアは驚くと、

『…そんなに驚くことないじゃない?』

声が再び響き渡った。

『だれ?』

怯えながら愛が尋ねると、

『ふふ、ここにいるわ』

と声が響く、

『どこ?』

キョロキョロしながら愛が尋ねると、

『ここよ、ここ…』

『え?…まさか…』

声に導かれるように愛がレッスン室を探し回ると、

レッスン室の隅に置かれているガラスケースの中に陳列されている、

高さ20cmほどのチュチュを翻す陶器製のバレリーナ人形にたどり着いた。

『ふふ…ずっと呼びかけていたんだけど

 やっとあたしの声が届いたのね』

バレリーナ人形はそう愛に告げた。

『そんな…

 あなたもあたし達と同じ…』

『そうよ、

 もっとも、あたしがこの姿にされたのはずっと前のことだけどね』

っと愛の問いかけにバレリーナ人形はそう答えた。

『でも、動けないんですね』

相変わらず微動だにしないバレリーナ人形に愛はそう尋ねると、

『ふふ…そうねぇ

 あたしは仕返しに焼き固められちゃったらね』

とバレリーナ人形は答えた。

『焼き固める?』

『そうよ、ずっと昔…

 あたしはあなたの母親によって生きたまま焼き固められてしまった人形よ』

『そんな…』

バレリーナ人形の告白にあたしは愕然とすると、

『ウソじゃないわ、

 あなたの母親・圭子はバレエ団から追われるとき、

 プリマバレリーナだったあたしを攫っていったのよ』

と告げると、その時の詳細を話し始めた。

……

「痛いっちょっと、何をするのよっ」

「ふんっ大人しくするのよ

 幾ら叫んでもだれも助けには来やしないわ」

深夜…

二階堂圭子が運転してきたクルマから引きずり降ろされるように、

手を後ろ手に縛られた格好でトレーナ姿のまま

圭子が所属していたバレエ団のプリマバレリーナ・川崎弥生が降ろされた。

「ここは…」

真っ暗な周囲を眺めながら弥生が尋ねると、

「そんなことどうでも良いじゃないっ

 さっこっちに来るのよ」

圭子は弥生を蹴飛ばしながら、

後に愛や瞬を人形へと加工してしまう工房へと連れ込んだ。

「やめてよっ

 何をするのよっ」

工房の中で抵抗する弥生の両手を天井から吊された枷に填めると、

圭子は彼女が着ていた服を強引に脱がせていく、

そして、何も着る物がなくなった彼女に

圭子はバレエの衣装を着せていった。

「あなた、まさか…

 バレエ団を追われた腹いせに何をするつもりなの?」

圭子の行為にある種の恐怖感を抱いた弥生がそう尋ねると、

「ふふふ…

 さぁ、どうしましょうか?」

チュチュを着付けさせながら圭子は弥生にそう言うと、

弥生の長い髪の毛をシニョンに結い上げていく、

「なによ、もったいぶって

 あたしを殺すつもり?」

圭子の返事に弥生はたじろぎながら尋ねると、

スッ

手慣れた手つきで圭子は弥生にメイクを施すと、

「そのうち判るわ…

 だぁってあなたはプリマバレリーナ、

 常に一目置かれる女…

 でもねぇ…

 そんなものって歳を取れば消えて無くなっちゃうモノなのよ、

 あなたが私を追い出してまで射止めた座ですもの…

 せめて、あたしの手で保存してあげようと思ってね」

圭子は弥生にそう告げると、

チャポン!!

何か液体が入ったポリタンクを引きずる様にして運んできた。

「何よ、これは」

すっかり白鳥姫と化してしまった弥生が尋ねると、

「ふふ…

 とっておきの秘薬…」

圭子はまるで子供に説明するかのように弥生に告げた。

「秘薬?」

圭子の言っている意味が掴みきれない弥生は聞き返すと、

ベチャッ!!

大きめの刷毛にたっぷりと含ませられた薬剤が弥生の身体に塗られ始めた。

「ぺっぺっ、いきなり何をするのよっ」

圭子の行為に怒った弥生が怒鳴り返すが、

しかし、

ベチャッ

圭子は黙々と弥生の身体に薬剤を塗りたくっていく、

すると、

不思議なことに弥生の身体に塗られた薬剤は

シュワァァァァ

と音を立てながらジワジワと弥生の体の中に染みこみ始めていった。

「なに?、

 なんなの?これ?」

次々と染みこんでくる薬剤に弥生は驚くが、

しかし、圭子は根気よく幾度も塗り重ねていく、

やがて弥生の身体に幾重にも薬剤が塗られると、

コトっ

圭子は手にした刷毛を静かに下に置いた。

そして、

「気分はどう?」

っと弥生に尋ねると、

「………」

弥生は何かを言おうとしたがどういう訳か、

口が重たく、思うようにしゃべることが出来なくなっていた。

「喋れないんでしょう?

 そう、

 それで良いのよ」

弥生の様子に圭子はそう言うと、

カチャッ

弥生を束縛していた枷を外した。

しかし、枷を外されたのに弥生は体を動かすことが叶わなかった。

『なんで…?』

指一本たりとも動かすことが出来なくなった自分の体に弥生は驚愕すると、

「さてと…」

圭子はそう言いながら

グッ

グッ

グッ

っとまるで、粘土細工のように弥生の手足を動かしていく、

そして、ようやく納得のいくポーズが決まると、

「ふふ…」

圭子は含み笑いをしながら弥生を台車に乗せるとそのまま表へと連れ出した。

表はすっかり夜が明け、朝日が屋外にある大きな窯を照らしていた。

『これは…』

窯に視線を落としながら弥生は尋ねたが、

しかし、圭子にはその声は届くことはなかった。

コトッ

圭子は弥生を窯の奥へ置くとその周囲には木材を並べていく、

『やめて…なにをするの?

 まさか、あたしを焼き殺す気?』

弥生は必死になって訴えるが、

しかし、幾ら叫んでも弥生の口は動くことはなかった。

やがて準備が終わり、

ボッ!!

窯に火が投げ込まれると、

パチパチパチ

見る見る弥生の周りに炎が立ち上がってきた。

『いやぁぁぁぁぁ!!

 熱い!!

 助けてぇぇ!!』

弥生は声なき声で叫ぶが、

しかし、

窯の温度は見る見る上がり、

ゴァァァァ

弥生の身体を炎が次々と舐めていく。

『助けてぇ!!

 お願い!!』

弥生の身体は薬剤によって、

燃え上がることも焦げることもなく次第に赤熱化していくが、

しかし、彼女は意識を失わず、またポジションを崩すことはなかった。

『あぁ…』

そして、その頃から弥生は炎に包まれながら、

華麗にバレエを舞う自分の幻を見ていた。

コォォォォォ

白い炎が弥生の身体にまとわりつき、

そして、力強く華麗にリフトする。

『そうよ…

 あたしはバレリーナよ…

 だれにもプリマの座は渡さ・な・い…わ…』

そう思いながらも弥生の身体は徐々に縮んでいっていた。

『あ・た・し・は…バレリーナ…プリマバレリーナよ』

白熱する窯のなかでその思いが響き渡る。


どれくらい時間が経っただろうか…

ゴト…

固く閉じられていた戸が開くと、

ヌッ

圭子が窯の中に顔を突っ込んできた。

そして、中央部でポジションを取ったままの弥生を見つけると、

そっと彼女の身体を取りだし、

コトッ

っと屋外のテーブルの上に置いた。

キラッ!!

陶器の持つ独特の輝きを放ちながら

身長が僅か20cm足らずになってしまった弥生は

静かに笑みを浮かべながらテーブルの上に立っていた。

そして、そんな弥生に話しかけるように圭子は

「ふふ…

 弥生さん…動けないでしょう。

 情け無いでしょう。

 幾ら泣いても良いんですよ、

 でも焼き物になってしまったあなたは

 もぅ泣くことも指一本すら動かせないのですよね』

とダメを押すようにして囁いた。

………


『あのときは熱かった…

 けど身体に塗り込められた薬剤が

 あたしの身体を徐々に小さくそして陶器に変えたのよ、

 そのお陰で、こんな姿になってしまったけどね』

とバレリーナ人形はあたしにそう告げた。

『そんな…

 そんなに酷いことを…』

弥生さんの聞きあたしは思わず絶句する。

『ふふ…いいわ…

 もぅ終わったことですもの

 それよりもあなた…

 いつまで、あの女を慕う気?』

『え?』

『あたし…ずっとあなたを見てきたわ、

 あの女はあなたを娘とは思っていないわよ

 あくまで、あなたはあの女の作品

 あの女の掌の上で踊るだけの作品なの

 それって嬉しい?』

とバレリーナ人形・弥生はあたしに告げた。

『………』

あたしは何も言い返せずに

チラッ

っとパトリシアとなってしまった瞬さんを見た。

 ニコッ

あたしと目があった瞬さんは微かに笑ったように見える。

『さぁ、でていくならいまのウチよ、

 あの女はまだここには戻ってこないわ』

『え?』

弥生さんの妙に自信の満ちた言葉にあたしは聞き返すと、

『何となく判るのよ、

 圭子はいま手が離せないことをしているってね、

 さぁ行くなら早くした方が良いわよ』

弥生さんがそうあたしに言うと、

ギュッ

瞬さんの手があたしの手を掴むと、

『いいい一緒に・ににに逃げましょう』

と囁いた。

『うん…』

あたしは素直に頷くと、

バタン!!

レッスン室から飛び出していった。



『ふふふ…

 圭子さん…

 あなたが手塩に掛けて育ててきたモノを失う気持ちって

 どんなかしらね』

ドルルル…

バイクのエンジン音を聞きながら、

陶器バレリーナ人形・弥生はじっと天井を見つめながら

そっと呟いていた。



おわり