風祭文庫・人形変身の館






「呼びかけたのは」



作・風祭玲

Vol.275





「ねぇ、私たち、別れましょうよ」

「え?、なんて言ったのいま?」

「だから、別れましょうって言ったのよ」

「そんな…

 僕の一体どこかいけないんだい?」

港を見下ろす駐車場に停車したクルマの中で

突然女が切り出した別れ話に

運転席の男は動揺を隠せなかった。

「小百合っ、君には君が望むモノを一杯プレゼントをしたじゃないか、

 その服だって、そのネックレスだって、

 君が望めば僕は君にすべてを捧げたよ」

大慌てで男は女にそう言うと、

「でも…もぅ飽きたのよ、

 あなたのその服、
 
 あなたのこのクルマ
 
 そして、あなたのセンス…

 もぅ何もかも飽きたのよ」

と小百合は男にそう告げると、

「コレまで楽しかったわ、

 さよなら…」

と言い残すなり

チャッ

っと左側のドアを開けた。

「待ってくれ、

 僕を置いていかないでくれ、

 判った、僕のこの服が気に入らないのならスグに買いに行こう、

 このクルマも交換しよう、

 また、センスも勉強しよう。

 だから、僕を捨てないでくれ」

男は半分泣きながら小百合にすがると、

「離して、汚らわしいっ

 言っておきますけど、

 あたしにはあなた以上に貢いでくれる男は幾らでもいるのよ、

 これっぽっちの貢ぎ物で

 あたしの心を捕らえようなんて無駄なことは辞める事ね、

 じゃっさよなら、楽しかったわ、政之くん」

小百合はそう言い残すと、

すがる政之の手を叩きスタスタと歩いていった。

そして少し離れたところに駐車してある別のクルマの所に向かうと、

あっさりとそのクルマに乗り込んでしまった。

ゴワァァァ

まるで、政之に見せつけるようにして小百合を乗せたクルマは、

彼の正面を突っ走って行く。

「………そんな…」

クルマから降りていた政之はペタンとその場に座り込むと、

呆然と小百合を乗せたクルマのテールランプを見つめていた。

すると、

『あらら、いいの?…彼女、行っちゃたよ』

突如闇の中から少女のような声が響き渡った。

「え?、だれ?」

突然の声に政之が左右を振り向くと、

『うふふ…』

可愛くも冷たくも感じる笑い声と共に、

クルマの影から高さが20cm程をした

おかっぱ頭の日本人形が姿を現した。

「へぇ……」

見る見る政之の顔から血の気が失せていくと、

「おっオバケだぁ!!」

そう叫ぶと、慌ててクルマの運転席に身体を押し込もうとしたが、

しかし、腰が抜けていて座席にしがみつくのが精一杯だった。

『ふふ…

 別にあなたを祟ったりはしないわよ』

政之の様子を見ながら人形はそう告げると、

「うわぁぁ!!

 にっにっにっ人形がしゃべって…」

政之は頭を抱えながら泣き叫んでいた。

『あらっ失礼ね…人形がしゃべってはいけないの?』

政之のその様子を見た人形が怒った口調で言い返すと、

「だっだって…」

政之はひたすら泣き叫ぶ、

『やれやれ…

 ねぇ、それよりさっきあなたのクルマから出ていった女の人って大切な人?』

と人形が尋ねると、

「え?」

小百合のことを聞かれた政之は思わず頭を上げた。

『あなた…彼女を自分のモノにしたいんでしょう?

 それならあたしが少し力を貸してあげてもいいかなぁ

 って思っているんだけどさ』

人形のその言葉に、

「ちっ力を貸すってどんな…」

瞬く間に立ち直った政之が人形に迫っていた。

『まったく、よっぽど彼女が好きだったのね…』

政之の変わり身の早さに人形は引きつつそう呟くと、

『ふふ…あたしを連れていてくれれば判るわ』

人形はそう言うとクスリと笑った。



ブォォォォォ…

深夜の国道を政之の運転するクルマは一直線に走っていく、

『ねぇ、あなた…彼女の居場所知っているの?』

助手席に置かれた人形が政之に尋ねると、

「あぁ、さっきチラリと顔を見た…

 間違いなく、小百合が熱を上げているホストだ」

そう答える政之の脳裏に日焼けした女受けのいいホストの顔が浮かび上がる。

やがて、クルマは通りに面したマンションの前に停車すると、

チャッ

バタン!!

人形を抱いた政之が降り立ちそして

そのままそのままマンションの中へと入って行った。

「君はここにいて」

政之は人形を廊下に置くと、

カチッ!!

カチッ!!

カチッ!!

小百合を連れ去ったホストの部屋の呼び鈴をひたすら押し続けた。

しかし、政之が幾度も押すがなかなかドアが開かない。

やがて、痺れが切れかかったとき、

「誰だよぉ…いいトコなのにぃ」

とふてくされ気味に男が顔を出した。

その途端、

「おいっ、そこに小百合がいるんだろう」

ドアを押さえながら政之が男に食ってかかると、

「んだぁ?てめえは」

男は政之を睨み付ける。

ところが、

「(どけっ)おいっ、小百合っ

 迎えに来たぞ、

 サッサと来るんだ!!」

男を押し退けるようにして政之が玄関に首を突っ込んで声を張り上げると、

「てめぇ何しやがる!!」

男が政之の胸ぐらを掴み上げると、

ボスッ!!

っと鳩尾に一発拳を喰らわせた。

「くぅぅぅ」

あまりにもの痛みに政之がしゃがみ込むと同時に、

ガッ!!

ガッ!!

男は幾度も蹴りを入れ、

「小百合は俺の女だ、誰が渡すかよっ」

と吐き捨てるように言うと、

「(くおのっ)やっぱりココにいるんだな!!」

政之は男に飛びかかるようにして部屋の中に飛び込んだ。

「(ガッ)いてぇ!!、あぁ俺の顔が!!」

政之に飛びかかられた反動で玄関の敷居に顔を激しく打ち付けたために

男の鼻から真っ赤な鼻血がダラダラと流れ始めた。

そして、手に着いた鼻血を見たとき男はキレると、

「なんてことしやがる、

 俺の顔には1000万もの金が掛かっているんだぞ!!

 貴様、賠償しろ!!」

鼻血を流しながら男が政之に飛びかかると馬乗りになって、

このっ

このっ!

このっ!!

狂ったように政之の顔を殴り続けた。

すると、

「あら、何しに来たのよ」

部屋の奥から裸体にタオルケットを蒔いた姿で小百合が顔を出した。

「言ったでしょう、

 あなたはもぅ用済みだって…」

と笑みを浮かべながら殴られ続ける政之をジッと眺める。

やがて、政之の身体が動かなくなると、

『へぇ…あなたが小百合さんですか?』

と言う声と共にあの日本人形が小百合の前に姿を現した。

「なっなによ、これ」

人形の姿に小百合は怯えると、

「んだぁ、コイツ変なロボットを持ち込みやがって」

政之に馬乗りになっていた男が人形を掴みあげるなり目線の高さまでに持ち上げた。

すると、

『うふっ』

人形は冷たく笑うと、

ふっ!!

っと男に息を吹きかけた。

その途端、男の身体は動かなくなると、

「!!!」

パキパキパキパキ!!!

見る見る男の顔から精気が消え、

それどころかまるで作り物のような表情に変わると、

ついには石の様な姿へと変化してしまった。

「ちょちょちょっと、

 信士っ

 どうしたのよ」

小百合は男の名前を呼びながら男の肩を揺すると、

パキン!!

男の肩は呆気なく折れ、

人形を掴みあげていた腕が床の上に落ち砕け散った。

「!!!!」

それを見た小百合は思わず縮あがる。

すると、腕を無くした男の身体はバランスを崩しゆっくりと床に向かって倒れると、

ガシャン!!

まるで、ガラス細工が割れるように粉々に砕けてしまった。

『うふふ…』

人形はゆっくりと立ち上がると小百合に向かって歩き始める。

「やっやめて…来ないで!!」

人形に追いつめられるように小百合は部屋の奥へ奥へと向かったが、

しかし、ついには逃げ場がなくなってしまった。

「いやぁぁぁぁ!!」

追いつめられた小百合は周囲にあるありとあらゆるモノを人形へと投げたが、

しかし、

『小百合さん…あなたのその身体頂くわ…』

人形はそう告げると

フワリ

と浮かび上がり、一直線に小百合の顔へと飛び込んできた。

「いやぁぁぁぁぁ!!!」

迫ってくる人形に向かってあげた悲鳴が彼女にとって最後の声だった。



カシャン!!

高くあげた人形の腕が力なく下に降りると、

バッ!!

背中から爪の生えた黒い羽を広げながら、

スクッ

一人の女性がゆっくりと立ち上がった。

「ふふ…小百合さん…

 あなたのお陰であたしは

 ほら、自由に動ける様になったわ、

 これからはそこの彼にかわいがって貰うのよ」

長い髪を揺らせながら女は人形にそう告げると、

政之の方をチラリと見た。

すると、

「あら…これは困ったわ」

と口を手で塞ぎながら困った表情をした。

「まぁ、いいわ…

 もぅあたしには関係のないことだし…」

女はそう言うと、小百合だった人形を政之の隣に並べ、

「じゃぁ、いつまでもお幸せに…」

と言い残して部屋から消えていった。



『いやぁぁ…身体が動かない…

 助けてぇ…』

人形が放った息を浴び石になってしまった政之の隣で、

人形にされてしまった小百合の悲痛な叫びが部屋のこだましていた。



おわり