風祭文庫・人形変身の館






「ヒーロー」



作・風祭玲

Vol.263





「センセー、今度はライガーをやって」

「はいはいっ

 行きますよ、
 
 ジュワァ!!」

「きゃぁぁっ」

「よし僕が相手だ」

保育園に園児達の歓声と共に明日香の声が響き渡る。



「ふぅ〜っ、やっと全員寝たみたいです」

昼休み、月ヶ瀬明日香は園児達が全員昼寝についたのを確認すると、

そういいながら事務室に戻ってきた。

「お疲れ様です」

ねぎらいながら事務員から差し出されたお茶に口をつけると、

「はぁ…想像していた以上に保母の仕事って結構キツイですね」

湯気の上がる湯飲み茶碗を包み込むようにして明日香はしみじみと言うと、

「あら、もぅ泣き言ですか?」

っと園長が笑いながら明日香に言う。

「いっいえっ

 そんなことはないですよ、

 わたし、子供が大好きですから」

園長のその言葉に明日香は慌てると、

「シィー」

園長は口に人差し指を当てた。

「あっ…すみません」

明日香は顔を赤くすると、

「みんな最初はそうですよ、

 子供達のパワーに押されまくってね。

 でも、次第に慣れてきますから…」

園長は優しい笑みを浮かべて明日香に言う、

「はっはぁ…」

明日香がそう返事をすると、

「そういえば月ヶ瀬さん、この間から何を作っているのですか?」

と同僚の宮路夏子が訊ねると、

「あぁ、これですか?」

明日香はそう返事をしながら

バサッ

っと作りかけの衣装を机の上に広げた。

「まぁ」

「おやっ」

園長と夏子は広げられてそれを見て小さく驚いた。

「あたし、学生時代に特撮関係の会社でバイトをしていたので」

とはにかみながら明日香が説明をする。

「へぇ…これはウルトラライガーですね」

広げられた衣装を手にとって夏子が訊ねると、

「はいっ、

 で、こっちが変身ライダー牙王

 まぁ、古着屋で見付けたつなぎの服の再利用なんですけどね」

と明日香は説明をすると、

「これは子供達、喜びますよ…」

園長は目を細めながら明日香にそういった。



それから数日後…

「しゅわっ!!」

出来上がった服を着た明日香が子供達の前に立つと、

「うわぁぁ!!」

「すごい先生!!」

たちまち明日香の周りに園児達が集結すると、

教室の中は文字通り大騒ぎになった。

「一人一人順番よ

 ほらっライガーの言うことを聞かない子は誰だ」

と明日香は園児達に言い聞かせるようにしてそう告げると、

途端に園児は押しなべて大人しくなり、

素直に明日香の言うことを聞き始めた。

「さすがはライガー効果ですね、

 なかなか言うことを聞かない子達があんなに素直になって」

その様子を見ていた夏子が事務室に戻ってくるなり園長にそう言うと、

「子供達とってはヒーローですから…

 それにしても月ヶ瀬さんって手先が器用ですねぇ

 いくら特撮関係でしたっけ?

 そういう会社にアルバイトに行っていたといっても、

 ここまで綺麗には作れませんよ」

と園長は明日香の机の上に置かれている牙王の衣装を眺めた。

「はぁ、あたしも作ってもらおうかなぁ…」

夏子がそう呟いていると、

ゴゴゴゴゴ…

突然の地鳴りと共に保育園の建物が激しく揺れ始めた。

「じっ地震!!」

「これは大きいですよ」

「子供達!!」

園長と夏子は揺れがつづく建物の中を教室に向かって走り出そうとしたが、

しかし、足がもつれて移動することもままならなかった。

その一方で、

「きゃぁぁ先生こわい」

「うわぁぁん」

教室内の園児達は大パニックになっていた。

「みんな落ち着いて!!

 揺れは長く続かないから

 机の下に隠れて!!」

園児達をなだめるようにして明日香は声を張り上げると、

固まったまま動けなくなった園児を庇いながら机の下に押し込む。

激しい揺れは30秒ほどで収まったが、

しかし、揺れが収まっても動き出す園児は誰も居なかった。

「収まったみたいね…」

天井からパラパラと落ちてくるコンクリートの破片を横目で見ながら、

「さぁみんな、落ち着いて

 まず、いすの座布団を頭の上に置いて

 それから庭に出るのよ、

 おうちの方がすぐに迎えに来るから」

そう言いながら明日香が地震の影響で歪みかけた引き戸を強引にこじ開けると、

「すっげぇ、先生、本物のライガーみたいだ」

その様子を見ていた男の子が感心した口調で言った。

すると、その声がキーとなって園児達がゾロゾロと動き出すと、

明日香が開けたドア口から表に出て行き始めた。

「月ヶ瀬さん」

その声と共に夏子や園長が教室にやってくると、

「こっちは大丈夫です

 それより他の教室の方に行ってください」

明日香はそう夏子や園長に告げると、

「判りました…」

園児達がほぼ居なくなった教室を見て夏子たちは別の教室へと応援に行く、

「さて…」

そう言いながら明日香が表に行こうとしたとき、

クスンクスン

と泣き声が彼女の耳に聞こえてきた。

「あれ?」

振り返っると、一人の少女が机の下で蹲ったまま泣いていた。

「どうしたの?、早く表に行きなさい」

明日香が優しく声をかけた途端、

ズンッ!!

強烈なたて揺れが保育園を襲った。

「うわっ」

「きゃ!!」

明日香と少女は悲鳴を上げる。

すると、

バキバキバキ!!

天井の部材が剥がれ落ちると太い梁が明日香の前に落ちてきた。

「あっ」

咄嗟に明日香はその梁を受け止めると全身の力を振り絞って支えた。

そして、

「さっ早く、ここから出るのよ」

っと少女に声をかけた。

しかし、

「あっあっ…」

腰が抜けたのか少女は呆然としている。

「誰か!!、誰か来て!!」

明日香が声を張り上げるが、

なかなか、応援は来なかった。

グッグッグッ

梁は重く明日香にのしかかり、

次第に明日香の腕がしびれ始めた。

「くぅぅぅ、お願い。

 この子を助けてあげて」

明日香が心の底でそれを念じていると、

ピシピシピシ…

明日香の足からその音が響き始めると、

彼女が身に着けていたライガーの衣装が足にぴたりと張り付くと足と一体化し始め、

そして、一体化した部分が硬い素材へと変化しはじめた。

「なに?」

次第に感覚が消え始めた自分の足に明日香は戸惑ったが、

しかし、それを確認する余裕が彼女にはなかった。

「くぅぅぅぅ…」

明日香が必死でこらえていると、

感覚が消えていく範囲は次第に上へと上り始め、

見る見る腰から下の感覚が消えた。

「一体、何が起こっているの?」

ムリムリムリ!!

胸から下の辺りがなにやら変化していくのを感じた明日香は

うっすらと目を開け、視線を下に落とすと。

ピキピキピキ!!

自分が着ていたライガーの衣装が身体に張り付き、

さらに張り付いた所が盛り上がると、

ゆっくりと光沢を放つ硬い素材に変化していくのが見えた。

「なっなんなのこれ!!」

予想外のことに明日香が驚いていると、

パキパキパキ!!

しびれていた腕から感覚が見る見る消え始めた。

「あっ」

慌てて見上げると、梁を支えていた腕が同じような光沢を放ち始めていた。

「やっやめて!!」

明日香は思わず声を上げたが、

しかし、そのときには明日香の首から下がすでに変化し終わった後だった。

「いっいやぁぁぁ!!」

明日香は悲鳴を上げるが、

しかし、変化は明日香の顔を変え始めた。

髪が抜け落ち、

鼻筋が頭の方へと伸びていく、

そして黄色く大きな目が盛り上がると、

そこにはトリコロールカラーを身にまとった正義のヒーローが静かに立っていた。

「先生が…ライガーになっちゃった…」

少女は唖然と明日香が変身した人形を眺めていた。



「倉庫に有るの、ウルトラ・ライガーですよね…

 懐かしいですねぇ、もぅ何年前になりますか」

それから数年後、

新しく保育園に入った保母が倉庫でライガーの人形を見つけると

園長に声をかけた。

「えぇ…

 あの人形には実は不思議な話があるんですよ」

園長はめがねを外しながらあの地震のあった日のことを話し始めた。



おわり