風祭文庫・人形変身の館






「捕囚」



作・風祭玲

Vol.262





ハァハァハァ

コンコンコン!!

満月の明かりが差し込む夜の廊下をトゥシューズの音を立てながら、

純白のチュチュを身に着けたバレリーナが駆け抜けていく、

ハァハァハァ

シミョンに結い上げた髪につけた羽飾りと

その上に鎮座するティアラをキラキラと輝かせながら、

バレリーナはチラリと廊下の窓の外へと視線を向けると、

「………」

そこにはいつも居るはずの者は居なかった。

「ようし…」

透き通るようなルージュが引かれた唇がかすかに笑みを浮かべると、

「今夜こそはここから逃げてやる」

その美しさをかもし出すメイクが施された顔には

似つかわしくない言葉がその口から漏れた。

コンコンコンッ

やがてバレリーナは大きなホールへと飛び込んでいく、

「あと少し…」

視界に見えてきた総ガラス張りのドアが徐々に迫ってきたとき、

フワッ!!

黒い人影が彼女の目の前に姿を現した。

「ロッドバルト…」

人影をみてバレリーナはそう叫ぶ。

「ふふふ…どちらに向かわれますかな?

 オデット姫」

黒ずくめの衣装を身に着け、

つりあがった目、

耳元まで裂けた口をかすかに開き

ロッドバルトと呼ばれた男…いや、悪魔はバレリーナにそう尋ねた。

「きっ、今日こそはここから出てやる!!」

バレリーナは悪魔にそう叫ぶと、

「ほぅ、これはこれは

 どういう気まぐれですかな?」

悪魔はバレリーナに尋ねた。

「気まぐれ?

 いや、俺は本気だ、

 もぅいやだ、

 俺はここを出て普通の男に戻るんだ。

 さぁ、痛い目にあわなければそこからどけっ」

バレリーナは細い腕を構えると強い口調で悪魔に言った。

「ふふ…痛い目ですか…

 面白い…」

悪魔は笑みを浮かべながらそう呟くと、

スッ

っと歪に関節が盛り上がった指を高く掲げた途端、

パチン!!

指を鳴らした。

すると、

ザワザワザワ…

ホールに続く左右の廊下からチュールの音を立てながら

白いチュチュを身に着け無表情のバレリーナ達が姿を表した。

「うわっくっ来るな!!」

それをみたバレリーナは見る見る表情を変えると来た道を後ずさりしていく、

フフフフ…

無表情のバレリーナたちはたちまち彼女を取り囲むと、

ザッ

一斉に舞い始めた。

「やめろっ、

 来るなっ」

バレリーナは手を払いながら叫んでいると、

スッ

いつの間にか彼女の足元にひとりの王子が跪いていた。

「ひぃっ!!」

それを見たバレリーナの表情に恐怖が浮かび上がる。

「くっ来るな…

 俺は人間だ、

 お前達のような人形じゃない

 よせっ、

 触るな」

バレリーナは声をあげると

近寄ってくる王子の身体を思いっきり足蹴にした。

ゴンッ!!

突き飛ばされた王子は固い音を立てて床の上に転がる。

「いっ」

転がったまま動かなくなった王子を横目で見て、

「そうか!!」

バレリーナはあることに気がつくと、

「どけぇぇぇ!!」

彼女を取り囲むように踊っている、

無表情のバレリーナ達を次々と蹴り倒していった。

そして、最後に残ったバレリーナを蹴り倒すと、

「はは、ざまぁみろ」

バレリーナはそう捨て台詞を吐くと、

目の前に迫ったドアを思いっきり開けて表に飛び出していった。

「やった!!

 俺は自由だ!!」

彼女がそう思った途端。

パキパキパキ!!

見る見るトゥシューズをはいているバレリーナの足が固まり始めた。

「えっなんで…

 外に出たんだから俺には悪魔の魔法は効かないはず」

そう困惑していると、

「ふふ…

 ここが表だって?」

いつの間にかバレリーナの後ろに立った悪魔が耳元で囁いた。

「なんで、お前がここに」

悪魔が現れたことにバレリーナが驚くと、

「ははは…ここは表なんかじゃない、

 ただの裏庭さ…

 そう、お前は表だと思って裏庭に来たのさ」

「そんなバカな…」

悪魔の言葉にバレリーナは驚くと、

その間に

パキパキパキ!!

バレリーナの下半身はポアント状態で完全に固定化してしまった。

「くっそう」

バレリーナは悔しさをにじませるが、

しかし、すでに上半身は動かなくなり、

腕もポーズをつけてそのまま動かなくなると、

キラリ…

腕はプラスチックの輝きを放ち始めた。

「ははは、

 なかなか楽しい見世物だったよ、俊夫君。

 言っておくが何度逃げようとしても無駄…

 君は永遠のバレリーナ…

 それにそれを望んだのは君だろう、

 君が私を召喚し、

 そして、バレリーナにしてくれって言ったじゃないか、

 だから、君をこうしてバレエ学校の人形にしてやったのさ、

 さぁ次の満月までゆっくりとお休み、

 わたしのオデット…」

悪魔はそう囁きながらバレリーナの顔を優しく撫でた。

すると、バレリーナの顔から精気が消え、

瞳はむなしく空を見つめていた。



やがて日が昇ると

建物に人が入ってきた。

「おはようございます」

「おはよう…」

髪を軽くまとめ、レオタード姿の女性達が行きかう廊下で、

ポツンとチュチュを身に着けた一体の人形が飾られていた。

「ねぇ…このオデットの人形…

 よく見ると結構リアルね」

「うん、まるで生きているみたい」

女性達はそう囁き合うとその場から立ち去っていった。

【いやだ…、

 俺をここから出してくれ】

人形からの聞こえない声は今日も響き渡る。



おわり