風祭文庫・人形変身の館






「試着室」



作・風祭玲

Vol.261





夏を間近に控えたとある休日、

「おぅぃっ、まだかよ」

夏を間近に控えた水着売り場の中に疲れ果てたような声が響き渡る。

「うぅん…ちょっと待ってて」

そう返事をしながらカオルはずらりと並んだ水着の中から、

あるものを取り出しては唸った後にそれを戻し、

またあるものを取り出しては唸るという行為を繰り返していた。

「まったく、たかが水着一着を選ぶのになんでこんなに時間が掛かるんだ?」

腕を組み呆れたような口調でアキラが口を尖らせながらそう文句を言うと、

「何言ってんのよっ、

 たかが水着と言いますけどね、

 オトコと違って女の子が水着を選ぶときは慎重になるのよ」

とカオルは反論した。

「慎重って…そんなもんかなぁ?」

彼女の言葉にアキラの視線が天井を移動していくと、

ふと、あるものが目に留まった。

「なぁなぁカオル…」

「なに?」

「これ、結構いけると思うぞ」

そう言ってアキラがカオルの目に前に差し出したのは、

紺地に白の縁取りがされているスクール水着だった。

その直後、

パァン!!

売り場内に響きのいい音が響き渡った。

「冗談だ、つぅのに…」

頬に手形をつけてアキラが呟くと、

「冗談もほどほどにしなさいっ、

 誰が好き好んでスクール水着なんか着なくてはならないのよ」

声を震わせながらカオルがそう言うと、

「そうでもないと思うけどなぁ

 男の子にとっては女子のスクール水着は青春のシンボルなんだぞ…」

そう言いながら愛しそうにアキラがスクール水着を眺めていると、

「だったら、アキラっ

 あなたが着ればいいじゃないのっ」

「アホっ

 オトコが女の水着を着ても萌えないだろうがっ」

「ふーん、そう?

 あっ、まさか、

 水泳授業の時にそんな目で女子を見ていたの?」

やや軽蔑が混ざったような目でカオルがそう言うと、

「なっ何をいきなり言うんだっ

 俺はあくまで一般論を言ったまでのことだ、

 大体、カオルの水着姿じゃぁ”オカズ”にもならないよっ」

とアキラが言った途端、

「アキラ…」

肩を震わせながらカオルは指でアキラを呼ぶ仕草をした。

「なに?」

彼女の仕草にアキラが顔を寄せると、

「”オカズ”ならなくって悪かったわねっ!!!」

カオルの声と共に最もキツイ一発がアキラの頬を直撃した。



「まったく、アキラのバカッ!!」

店を飛び出していったカオルは顔を真っ赤にして商店街を歩いていく、

最初のうちは力強く歩いていたカオルだったが、

次第にその歩みは徐々にゆっくりとなり、

やがて、トボトボと歩くようになっていた。

「はぁ…やっぱりオトコってスタイルの良い女の子に惹かれるのかなぁ」

そう思ったカオルはふと立ち止まると、

ショーウィンドゥに飾られている水着姿のマネキン達を眺めた。

そして、

「はぁ…あたしも、こんな姿になれたら、

 アキラのヤツを思いっきり誘惑してやるんだけど」

と呟くと、

『ねぇ、あたし達みたいになりたい?』

と囁く声が彼女の耳に入ってきた。

「だれ?」

その声にカオルは驚いて左右を見たが、

しかし、彼女の周囲にはさっきの言葉を話しかけた人物の姿はどこにもなかった。

「気のせい?

 疲れているのかな…あたし…」

トントン

っと額を叩きながらカオルがショーウィンドゥから立ち去ろうとすると、

『あら行っちゃうの?』

と再び声が響いた。

「え?」

思わずカオルが振り返ると、

『なにを見ているの、この中よ、さぁ入って…』

カオルを誘うかのように声が響く、

カラン…

するとカオルはその声に誘われるかのように店の扉を開け、

そして足を踏み入れた途端、

「いらっしゃいませ」

一人の店員が姿を現すとカオルに声をかけた。

「え?、あっえぇっと…(あれ?なんであたしこの中に居るんだろう?)」

その声に我に返ったカオルが困惑していると、

「そうですねぇ…

 お客様にはこう言ったのは如何でしょうか?」

そう言いながら店員はハンガーから一着の水着を取り出すとカオルに差し出した。

「はっはぁ…(あっこのデザインかわいい…)」

カオルは店員の差し出した水着のデザインに惹かれると、

「では、あちらで着替えて見てください」

と店員は、店の奥にある試着室を指差した。

「はぁ…

 (あれ?、でもなんで店員さんは

  あたしが水着を探していること知っていたんだろう」

カオルはそのことを不思議に思いながら試着室に入ると、

おもむろに服を脱いだ。

そして、手渡された水着に着替えると、

「うわぁぁ…

 さっきはかわいいと思ったけど、

 これって、結構派手ねぇ…

 それにあたしの体型じゃぁ」

っと鏡に映った自分の姿を見てカオルは冷や汗を流す。

そして、

「はぁ…

 もぅ少しスタイルがよければ…」

手で自分の胸を強調して考え込んでいると、

「お客様…如何でしょうか?」

っとカーテンの向こうから店員が声をかけた。

「あっいえ…

 ちょっと、あたしには派手かなぁって」

カーテン越しにカオルが答えた途端。

シャッ!!

突然カーテンが開けられると店員が姿を現した。

「きゃっ!!

 いっいきなり何をするんですか!!」

店員の行為にカオルが狼狽えていると、

「あら、結構お似合いですよ、

 でも、ひょっと体が貧弱ですね」

クスリと小さく笑いながら店員はそう告げた。

「そっそんなこと、どうでもいいでしょう

 もぅいいです。」

店員の言葉にカチンと来たカオルはカーテンを閉めようとすると、

スッ

店員の手がカオルの胸に触れた。

「なっ何を…」

顔を真っ赤にしてカオルが声を出すと、

スス…

店員の手が軽くカオルの胸を移動していく、

すると、

ムリムリムリ!!

突然、カオルの胸が膨らみだし、

瞬く間に見事な果実となって谷間を作り上げた。

「うそぉ!!!」

ユサッ!!

っと揺れる胸にカオルは驚きの声を上げる。

しかし、店員は、

「ウェストはもぅちょっと細い方が良いですね」

と告げながら、カオルのウェストに手を触れると、

キュゥゥゥッ

今度はカオルのウェストが引き締まりだした。

そしてさらに、

ヒップに手を当てると、ヒップは反対に膨らんでいく、

こうして、カオルの体型は店員の手によって

まさにグラビアモデル並の体型に作り変えられていった。

「こっこんなことが…」

男性を秒殺してしまうような体型になったカオルが

呆然としながら自分の姿を見ていると、

「如何でしょうか、お客様…」

と店員はカオルに尋ねた。

「どっどうして…」

店員の声にカオルが振り返ると、

ニヤッ

店員はかすかに笑みを浮かべた。

ゾクゥ

その笑みにカオルは異様な冷たさを感じた途端、

ビクッ!!

まるで、金縛りにあったように体が動かなくなってしまった。

「かっ体が…」

カオルが困惑していると、

店員はそっとカオルの身体に手を触れ、

「お綺麗ですわ、お客様…

 でも、どんなに綺麗な身体になっても時が経つと共に崩れてしまいます。

 ですから、崩れないようにしてあげますね」

と囁くと、

スゥゥゥ

っと右足を撫でていった。

すると、

ピキピキピキッ!!

店員に撫でられたカオルの右足は見る見る硬くなっていくと

プラスチックのような光沢を放ち始めた。

「なっこれは…」

「うふっ」

コンコン!!

店員は固くなったカオルの右足を叩くと、

足は固体を叩いたような音を立てる。

そして、店員は左足を撫でていくと左足も硬くなっていく。

「やめて!!」

カオルはそう叫ぼうとしたが

しかし、口すら動かすことも出来ずに唸り声を上げるだけだった。

そうしている間にも店員の手は

カオルの腰から腹、そして胸を撫でていくと、

ピシピシピシっ

撫でられた部位は硬くなり光沢を放ち始めた。

「如何でしょうか?、お客様…」

カオルの腕を撫でながら店員はカオルに向かってそう訊ねると、

『お願い、元の姿に戻して…』

動かない口の中でカオルは悲痛な叫びを上げながら店員に懇願した。

「まぁ、御冗談を…

 さぁ、その顔も綺麗にして上げますね」

店員はそう囁きながらカオルの顔を撫でていくと、

ピシピシピシッ!!

カオルの顔は見る見る光沢を放ち始め、

そして、見開いた目からは精気が消えていった。

「うふ…」

そっと店員が手を離すと、

更衣室にはポーズをとり空を見つめた状態の

水着姿のマネキン人形が置かれていた。

「あらら、いけない、あたしとしたことが、

 折角のお客様だったのに…

 仕方がないですわ、

 こちらに居てください」

困惑した表情で店員はさっきまでカオルだったマネキンを眺めると、

「よいしょ」

と担ぎ上げ、そのままショーウィンドゥへと移動させていった。



「ったくぅ、カオルのヤツ…思いっきり殴らなくても」

ぶつぶつ文句を言いながらアキラが商店街を歩いていくと、

ふと、ショーウィンドゥに飾られた水着姿のマネキンに目が留まった。

「へぇぇ…なんかカオルに似ているな…

 まぁアイツもこのマネキン並みのスタイルなら、

 俺も自慢できるんだけどなぁ…」

と呟くとそこから立ち去っていった。

…アキラ!!

 あたしはここよっ

 待って行かないで!!…

空を見つめたマネキンは必死なってそう訴えかけたが、

しかし、この声を聞き届けるものは誰も居なかった。



おわり