風祭文庫・醜女変身の館






「夜の蝶」
第2話:ニューハーフ揚羽



原作・猫目ジロー(加筆編集・風祭玲)

Vol.t-322





クリスマスイブの夜。

私の肉体が刻印の呪いによって男性化してから

2年の月日が流れていた。



私は日々の生活費を稼ぐため、

オカマバーへの出勤の準備を入念に行うと、

「うん、バッチリ」

その出来栄えを眺めながらそう呟きます。

今では聞き慣れた私のハスキーなオカマ声。

私はいま女性ホルモンを打っていて、

その効果で体にいくらか丸みが出てきました。

でも体格のごつさまでは隠せなかった。

今の私の身長は177cm、

身長は15cmほど高くなり、

昔の様に気軽にヒールは履けなくなってしまっていた。

あれだけ鬱陶しかった生理も

いざ来なくなってしまうなんだか虚しく、

それを補うように性欲は強くなり、

かつて週三回だったオナニーは毎日やってる。

でも、オナニーの本当の理由は

”彼氏が出来ない。”ことへのストレスなのかもしれない。

鏡を見ながら、

ふと私は昔の彼氏・亮二のことを思い出していた。

亮二は売れっ子のホストで気性の荒い性格だったが、

でも九州男子らしく、

女に手をあげたことは一度もなかった。

そして、私がこの体にされた時、

亮二に真っ先に会いに行った。

亮二なら、

亮二ならきっと信じてくれる。

一部の望みを託して私は亮二に会い、

そして、これまで起きた事を洗いざらい話した。

でも…

無駄だった。

亮二は私のことなど、欠片も覚えていなかった。

そんなことよりも、

私に向かって亮二の吐き捨てた言葉の方がショックだった。

「お前、

 その声、ニューハーフだろ」

亮二は一目で私のいまの性別を見破った。

それでも亮二にだけは判って欲しくて

その気持ちを伝えようと

亮二の手に触れようとしたけど、

パァン!!

亮二に平手打ちされ、

その反動で尻餅をついてしまった。

そして、

「オカマ風情が俺に気安くさわんじゃねぇ、

 男の癖に女みたいな口調で話すな、

 気色悪い!!」

と怒鳴ると私の胸倉を掴み上げ、

今度は思いっきり殴った。



今の私は亮二の中では、

女性のカテゴリーに入ってないの…!?

ショックだった。

死にたかった。

気づけば私はその場から駆け出していた。

何度も自殺を試みたけど、

この刻印のせいで死ぬことが出来ない。

「ねぇ、私これからどうやって生きたらいいのよ!!」

涙を流しながら乗っていた電車の中。

ふと気づけば女子高生が私を指差し笑っていた。

その頃の私はまだ髭の剃り跡を上手に隠すことが出来なかったから、

彼女達からすれば滑稽に映ったのだろう。

「ねぇ、あの人、

 絶対オカマだよね、」

「今は綺麗なニューハーフも沢山いるのに、

 あんなバレバレで恥ずかしくないのかな」

「キモイよねぇ

 きっと自分じゃ綺麗だって思ってるんだよ。

 だから自分がキモイだなんて思ってないって」

大きな声で交わさる彼女達の会話が嫌でも耳に入る。

と、その時、

後ろから声がかけられると、

「はい?」

反射的に返事をしてしまった。

私のハスキーボイスが電車に響き渡る。

声を掛けてきたのは女子高生…

さっき私を指差して笑っていた女子高生と同じ制服を着ている。

途端に声をかけた女子高生はお腹を抱えて笑い始める。

さっきの子達がメールで呼んできたんだろう。

眼鏡で地味そうな娘。

昔の私ならイジメのターゲットにしていたであろう娘。

しかも笑っていたのは彼女だけではなかった。

周りをよく見ると、

OLさんや、

リーマンも、

笑いをこらえている素振りを見せている。

私は見世物になっていたのだ。


私は逃げるようにして次の駅で降りた。

「いやだ、

 いやだ、

 もぅ嫌だ」

とその時。

「ねぇ、君、

 綺麗になりたいの?」

私に向かって話し掛けるややハスキーな声が響いた。

「この人もしかして…」

「警戒しないで、

 お仲間よ、私も」

私に救いの言葉をかけてくれたニューハーフだった。

名前は明美と名乗ると、

「ねぇ、

 私の店に来てみない?」

と誘われるまま私はそのまま明美さんの店に連れていかれた。

彼女はオカマバーのママで、

31歳とは思えないくらい綺麗だった。

「ねぇ、揚羽ちゃん、

 年齢聞いてもいい?」

その問いに私は無言で頷きハスキーな声で喋り始めた。

嫌でも耳に入る私のオカマ声…

「21歳です。」

「そう、

 今まで、色々辛い思いしたでしょ?」

そんなこと思いはしてなかった。

だって、私は少し前までは、正真正銘の女性であって、

ナンバーワンのキャバ嬢だったのだから。

「私も貴方ぐらいの年齢でこの世界に入ったのよ」

「そうなんですか、」

「えぇ、そうよ、

 始めは大変だったわ。

 貴方と同じように上手く髭が隠せなくて

 泣きながら一本一本抜いたりしてね」

「えっ、でも、

 そんなことしたら、」

「うふふ、

 そう貴方の想像通り肌がかえって荒れたわ」

「いい方法、教えてあげるわ揚羽ちゃん。

 こっちに来て」

そう言って明美さんは立ち上がると、

私を控え室に連れて行く。

「そこに、座って」

「あっ、はい」

明美さんは私に色々教えてくれた。

口紅を髭剃り後に塗り、

その上からファンデを塗る方法。

発声法でハスキーボイスを女声に近づける方法など、

今の私にはタメになることばかりだった。

そして、性同一性障害を診断してくれる病院の名刺。

私は他人にこんなに打算抜きで優しくされるのは初めてだったので、

思わず涙がこぼれた。

そんな私を見て彼女は言った。

「マイノリティ同士は助け会わないとね」

その言葉を聞いた私は自分が恥ずかしかった。

こんなに頑張ってる人達を、

ニューハーフを、

女の出来損ない。って馬鹿にしてた自分を恥じた。

こうして私は女性から男性に、

そして、流されるままにニューハーフへと変身した。



「うっ」

ガードルで締め付けているぺニスに痛みが走った。

興奮してるの私?

昔の記憶なんかで…

鏡には下着姿の私が映っている。

服を着ていない私の肩幅は広かった。

男にしては華奢だけどやっぱり結構逞しい。

その上に今の私はやっぱり寸胴だ。

以前は足が長く、

スラッとしていて、

誰もが羨むモデル体型だったのに、

今の私は骨格が変わったせいで、

胴が長く、

足もO脚で太くなっていた。

それでも以前のような巨乳じゃなくても、

女性ホルモンで胸が再び膨らみ始めたのは、

純粋に嬉して昔が懐かしかった。

あの頃は男を騙すことなんて考えず、

ただオシャレが楽しかっただけなのに。

指先が乳首の方へ伸びていく。

ビリッ、

痛くてしびれる様な感覚が脳へ響き渡り、

「あんっ」

思わず私は仰け反ってしまいます。

「痛ぅ、

 そっか膨らみ初めって敏感なんだっけ…」

つい忘れてしまっていた子供から大人へと変わるときの痛み、

その痛みでさらに興奮したのか、

私のぺニスはさらに痛みだします。

仕方なく私はガードルを一旦脱いで、

痛みを発していた男の象徴を解放した。

グンッ!

店で一番大きくて立派な私の象徴。

これも私の施された刻印なのかも知れない。



「出勤までまだ時間あるし、

 やっぱり抜いたほうがいいわよね」

今のままではとれもショーツに収まりそうにない象徴、

私はゆっくりとその先端。

もっとも感じる部分に指先を伸ばした。



「はぁはぁ、

 亮二ぃ

 ダメっ。

 そこ、感じちゃう。

 イヤ、

 そんなとこ触らないで」

オカズは亮二。

亮二にされたことを思い出しながらオナニーをすのが癖になっていた。

そんな未練がましいことやめるべきなのに、

手は止まらない。

何故なら、

ニューハーフになって昔みたいに男性にモテなくなってしまった私は、

この2年、男性とセックスしていないからだ。

つまり、欲求不満になっているのだ。

付き合ったこれまでのどの男性も

ニューハーフだとバレた途端、

罵倒され離れて行く。

その度に私は傷付き、

そして昔の自分がどれだけ恵まれ、

愚かだったかを思い知らされた。

「うっ、

 あぁ、

 あん、

 あん、」

体を仰け反らせ、私は悶えます。

そして次の瞬間。

「あぁっ

 イクぅぅぅ」

私は体を痙攣させながら精を放ったのです。

誰も居ない空間に向けて、

高く飛んでいく私の精。

女でなくなった私はこうして精を飛ばすのです。



終わった後、

私は自分の指先についた精液の匂いを嗅ぐ仕草をします。

亮二の匂いと同じ。

そう、いまの私は彼と同じ男性なんだ。

私は男…

その現実が私を苦しめ追い詰めていきます。

「ごめんね、亮二。

 3股かけたり、

 パトロン作ったりして」

思い出の彼に向かって私は何度も謝り、

涙がこぼします。

「いつか、ジジィをぶちのめして、

 元に戻るから、

 待っててね。

 亮二」

一通り泣いた後、

私は気を取り直すと、

乱れた髪を整えます。

刻印の影響が強いのか、

以前はサラサラで輝いていた私の髪はすっかり硬くなり、

いくらトリートメントをしても、

女性の頃のようには戻ってがくれなかった。

クリスマスの飾りが街を彩る中、

私は足早に店に向かっていた。

街に見かける仲の良いカップルの姿は刺激が強いからだ。

「うっ、ヤバい、

 トイレ行きたくなってきた。」

以前は気楽に入れた駅のトイレ。

しかし、いまはそうはいかない。

特に女子トイレには苦い思い出がある。

一年前、

脛毛や髭の処理をするため私は昔の癖でつい女子トイレに入ってしまい、

そして、そこでオカマ声をさらしてしまったのだ。

女装した男が女子トイレに居る…

一時は警官まで駆けつける大騒ぎになった。

性同一性障害の診断書を見せることで

咎めだけで終わったのは幸いだったけど、

でも、あの時の女性が見せた怯えと侮蔑が混じる眼差しは、

私の心にトラウマとして刻まれた。

辺りを見回して私は男子トイレに入る。

しかし、間の悪いことに中には高校生がたむろっていた。

「うわっ、ニューハーフ、

 初めて見たぜ、俺」

「馬鹿、今時珍しくないだろ、

 そんなの、テレビにいっぱい出てんじゃん」

「でも、生で見るとめっちゃ綺麗じゃん、

 あれなら抱けるかも、俺」

「お前、勇気あんな、

 どんなに綺麗でも男だぞ、

 ニューハーフは」

突き刺さる彼らからの目線と言葉を浴びながら、

私は唇を噛みしめ個室に入る。

「一刻も早くこの空間から出たい」

私は嫌悪感を抱きつつも、

スカートをたくし上げてタチションをする。



「翼、遅かったじゃん。

 やっぱりクリスマスは目の毒だった?」

先輩の美幸が話し掛けてくる。

翼というのは男性になった私の戸籍上の名前だ。

女性として両親に授かったはずの本当の名前は、

今や源氏名に過ぎなかった。

「こらこら、

 美幸ぃ、揚羽ちゃんをあんまり困らせちゃダメよ」

「ハイハイ、

 分かったわよ、明美さん。

 じゃ、また後でね翼くん」

美幸の言葉が私に突き刺ささります。

男性としての名前、桜島翼…

しかし、私は美幸に何も言い返せなかった。

美幸は店のナンバーワンで性転換もしているし、

何より十代からホルモンを始めた体は他の娘よりもずっと華奢で、

ぺニスを持ちゴツさの目立つ私には雲の上の人だった。

「あんまり気にしちゃダメよ。

 揚羽ちゃんは可愛いから意識してるのよ。

 あの娘、プライド高いから」

と私を気遣って話しかけてくれますが、

確かにあの娘を見てると昔の自分を思い出します。

オカマバーはキャバクラと違って、

ダンスに重点を置いています。

はじめの内は座って鼻の下を伸ばす親父に媚びていた

元キャバ嬢の揚羽にはハードなダンスだったけど、

でも不思議とダンスの時間は楽しかったし、

パトロンから何でも買って貰えた。

そう私には新鮮な世界だった。



確かに今は給料も高くないし、

ブランド物も一つも持っていない。

だからこそ私は地に足の着いた生活が出来るのかもしれない。

「確かに自分で買ったものの方が愛着わくのよね」

「えっ、何、

 揚羽って、お坊っちゃんだったの?」

客の向井は私の肩や尻に手を回しながら尋ねます。

ナンバーワンキャバ嬢だった私はいつも店長が守ってくれていたけど、

ここではニューハーフ…ニューハーフの揚羽。

自分の身は自分で守るしかなかった。

それに幾ら落ちぶれても油ぎった親父に抱かれるのは心底イヤ。



客が皆帰った後

オカマバーで従業員だけのパーティーが始まった。

私にとってクリスマスは特別な日。

いわばニューハーフ揚羽の誕生日でもあった。

この日はさすがに揚羽も気が滅入るので、

皆で、ワイワイやるのはありがたかった。

そう、二年前のあの日、

私は男にされた。

そして今はニューハーフになり、

こうして生きている。

飲酒運転・轢き逃げと言う大罪を犯しても、

命を奪われなかっただけ、

私はラッキーだったのかもしれない。

私はそう前向きに考えると、

ワインが入ったグラスを左手で取った。

手の甲には今でも女性失格の刻印が刻まれたままで、

わたしを見つめ紫の光を放っていた。



おわり



この作品は猫目ジローさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。