風祭文庫・醜女変身の館






「夜の蝶」
第1話:純女とオカマ



原作・猫目ジロー(加筆編集・風祭玲)

Vol.t-321





「日ごろの行いというのは客観的に見る事は出来ない」

そういうものなのでしょう。

私もそんな人間の一人でした。

そう、昨年末のあの日までは…



これからお書きするのは私が輝いて居た日々の思い出であり、

そして、愚かしさなのです。



年の瀬、

キャバクラでのクリスマスパーティーを打ち上げた私・桜島揚羽は

夜の街を”亮二”の元へ向かっていました。

”亮二”と言うのはその時、私が嵌まっていたホストの名前。

甘いマスクのイケメンで、

スケベな親父達の相手で疲れた私を優しく抱きしめ慰めてくれる癒しの存在。

これから迎えるであろう亮二との熱い一夜のことが頭の中を駆け巡り、

私は力をこめてアクセルを踏んだ。

ゴワァ!

一流のチューナーが仕上げた愛車のエンジン音が夜の街にこだますると、

私は文字通り黒い弾丸となって一直線に彼の元へ突き進んでいく。

すべてが静止した世界の中。

ハンドルを握る私は湧き上がってくる高揚感に包まれましたが、

けど、それは長くは続きませんでした。

「あれ?」

視界の異変に気づくのと同時にアクセルから足を離すべきでした。

けど、視界の異変がクリスマスパーティで飲んだお酒のせいであることがわかる直前、

ドンッ!

愛車に鈍い衝撃が響き渡ったのです。

「あぁっ!」

反射的に動いた足がブレーキを踏み、

鋭い音を立てて愛車は停車します。

そして、車の中から飛び出した私の目に飛び込んだのは、

道路に横たわる一人の人影でした。

「嘘っ、

 アタシ、

 ひ、人轢いちゃったの」

人身事故を起こしてしまった恐怖におののきながら

私は両手で口を塞ぎます。

「どうしよう、

 どうしよう

 どうしよう」

何をして良いか判らず私は立ち尽くし、

そして、しばらく立ち尽くした後

一歩、

また一歩と凍った体を動かすように人影に近づいていくと、

人影の人相が次第にわかってきました。

「外国人のおじいさん?」

やや古びれたスーツを纏う

白髪頭に白髭をたくわえた彫りの深い顔は明らかに日本人ではありません。

「あっあのぅ」

倒れたままの老人に向かって手を伸ばし私は話しかけます。

しかし、いくら話しかけても老人はピクリともせず倒れたままです。

言いようも無い緊張感が私の胸を突きぬけていき、

気づくと喉はカラカラに渇いていました。

伸ばした自分の白く細い手首に光輝く時計が深夜2時を指しています。

「あのぅ…

 あのぅ

 あのぅ」

私は再度声をかけますが、

しかし、道の横たわる老人は動きませんでした。

「どうしよう…死んじゃったのかな」

飲酒運転。

スピード違反。

死亡事故。

被害者は外国人。

これからのことを考えるだけで背筋が凍ります。

「そんな…」

重苦しい気持ちに押しつぶされそうになりながら、

あたりを見渡してみるとなぜか人の気配はまったくありません。

それどころか私の周囲には事故を示唆する痕跡は何も無いのです。

普通なら訝しがるところでしょうけど、

でも、その時の私には天の助けと思いました。

「もしかしてこのまま逃げれば、

 バレないんじゃ!?」

悪魔の考えが私の頭をよぎるや、

ヒールの音を立てて愛車へと向かっていきます。

そして、改めて愛車の様子を見てみると、

車体にも傷一つ付いてはいませんでした。

「よっよしっ、

 そうよ、事故なんて無かったのよ。

 あの外人のおじいさんは勝手に寝ていただけ、

 私は道路に寝ていたおじいさんを避けたのよ」

勝手なストーリーを組み立てた私は自分自身で納得をしてみせると、

改めて周囲を見渡してみます。

相変わらず人の気配はありません。

「よしっ」

私は小さく頷き、

愛車のドアを開け乗り込もうとしたその時、

『やれやれ、

 奥ゆかしくて情深い大和撫子は滅んでしまったのか。

 まだ若い娘がこんな夜遅くまで遊び歩いて、

 あげくのはてに飲酒運転に 轢き逃げとはのぅ』

という男性の声が耳元で響き渡ったのです。

「ひっ!」

突然響いた声に私は思わず飛び上がると、

慌てながら左右を見ます。

しかし、道路に倒れている老人以外の人影を見つけることはできません。

「だっ誰なの?」

声を絞り出して私は問いかけると、

『ここ、

 ここじゃよ』

とう声が再び響きますが、

しかし、その声は私の耳元ではなく、

あの倒れている老人からでした。

そして、その直後、

老人が何事も無かったのごとく起き上がると、

『はぁ、酷い目に遭った』

と文句を言いながらスーツの埃を叩き始め、

そして、私を見るや、

『お前さん、

 私に何か言うことはないのかのぅ』

そう話しかけてきたのです。

「あはは、

 どうしたの、お爺ちゃん。

 元気そうじゃない。

 道に倒れていたからびっくりしちゃったじゃない」

体を震わせながら私は近寄ってくる老人に向かって話しかけます。

すると、

『ほぉ、

 私を思いっきり撥ね飛ばしてその言葉か』

老人の顔が怒ったような顔つきになります。

「なっなに。

 私がお爺ちゃんを撥ねた証拠でもあるの?

 ほっほらっ、

 周りを見てみなさいよ。

 どこにも交通事故の痕跡なんてないでしょう?

 お爺ちゃんは酔っ払って道路に寝ていたのよ。

 それに気づいた私が介抱してあげたの。

 かっ感謝ぐらいしてよ」

迫る老人に向かって私はそう言い返すと、

『そこまで言うか、

 呆れたのぅ』

老人は呆れた表情をして見せた後、

『小娘よ、思い上がるんじゃないっ、

 見よ、

 お前さんの醜い姿を!』

と言いながら、

パチン!

指を鳴らしたのです。

すると、

フッ

私の横に豪華な装飾が施された年代モノの鏡が姿を見せるや、

自分の全身像を映し出して見せます。

顔に施された濃い化粧。

目元のきついアイラインとマスカラ。

盛った髪。

指を飾るたくさんの指輪にブランド物の毛皮のコートを羽織る姿は、

見るからに水商売の女であることを伝えてきます。

「え?

 いきなりマジック?

 お爺ちゃんってマジシャンなの?

 すっすごいじゃない」

老人から吹きつけてくる冷たい風が

露出した私の足に絡みついてくるのを感じながら感心してみせると、

『ふんっ、

 いまさら取り繕っても遅いぞ小娘っ。

 どんなに着飾っていても

 いまのお前さんはワシが行きつけている

 ゲイバーのニューハーフさんには遠く及ばんわ!!』

と言い放ったのでした。

「なんですってぇ!」

老人のその言葉に私は店のナンバーワンとしてのプライドが傷つくのと、

「言ってくれるじゃないの、爺さん。

 この私があんなキモイ女モドキに以下だというの?!!」

老人に向かって文句を言うのと同時に手が出ました。

しかし、私の平手打ちが空を切ってしまうと、

左手が軽々と捻り上げられたのです。

「いっ痛い!」

白くて細い手首に走る痛みに私を顔をゆがめてしまうと、

『おやおや、

 逆ギレとは呆れた娘じゃな。

 説教だけで済ませようと思ったが、

 もう、勘弁ならん!!』

と老人は言うと、

さらに強い痛みが捕まれた手首を襲ってきた。

「痛いっ

 痛いよぉ!

 放してぇ」

激痛に私は泣き出してしまうと、

パッ

いきなり手が放され、

私は左手首を庇いながらその場にうずくまります。

そして、

「なんて事をしてくれたの、

 爺さんっ」

と上目遣いで文句を言うと、

『なーに、

 お前さんの手首に女性失格印を刻みつけただけじゃ!!』

そう告げたのでした。

「え?」

その言葉に私は痛む手を見ると、

左手の甲に不思議な紫色のタトゥーが 浮かびあがったのです。

「なっ、なんて事をしてくれたの!」 

それを見た私は驚きながらタトゥーが浮かび上がる手の甲を引っ掻きましたが、

しかし、それはシールではなくしっかりとした刺青だったのです。

「そんな…

 そんな…」

人目につくところにタトゥーを入れたらお店は即クビです。

顔を真っ青にして私は幾度も手首を擦っていると、

『そんなマークを気にしとる場合か、

 お前さん、鏡をよく見てみなさい』

と老人は言います。

その言葉を受けて私は横に立つの鏡を見た途端、

「ヒィィィ!!」

思わず叫び声を上げてしまいました。

何故なら私の白い素足に無数の脛毛が沸き立つように生えてはじめていて

しかもじわじわと面積を広げていたからです。

「何なのこれ!?」 

悲鳴に近い声を私は上げてしまうと、

『さっき言ったじゃろう、

 お前さんは”女性失格”じゃと、

 そうお前さんは今日から男に…

 あっいやオカマになってもらおう』

と得意顔で老人は言います。

「なっなんて事をしてくれるのっ、

 いますぐ元して!!」

引きつった声を上げて私は食って掛かると、

『そんなに吠える時間はないぞ、

 女性としての自分の身体に別れを告げたらどうじゃ、

 まもなく女性ではなくなってしまうぞ』

老人はそう言うと満足げに髭を撫でる仕草をします。

「嫌、

 嫌、

 イヤァー!!」

私の叫びが夜の街にこだまし、

両手で顔を覆いますが、

しかし、その自分の顔を覆う手に異変が始まったのです。

「えっ、指が、

 いや、手が大きくなってる!?」     

刻印が刻まれた左手が先程に比べ明らかに一回り大きくなり、

と同時に填めていた指輪が食い込んでくると、

「痛い!

 痛い!」

私は左手に填めていた指輪をすべて外すと放り投げましたが、

スグに右手も痛み出すと、

左手と同じように指輪を放り出したのです。

そして、外しながら指や手の甲に硬い体毛が生え始め、

黒々しい毛が二の腕にまで及ぼうとしていたのでした。

「生えてこないで!

 こんなのっ、

 こんなのっ、

 こんなのっ」

泣きじゃくりながら私は二の腕の毛をむしりますが、

毛をむしる毎に痛みが走り現実を告げてきます。

「いやぁぁぁ!

 誰か助けてぇぇ!」

手足を生えてくる毛で黒く染めながら私は声を上げますが、

しかし、

体に服が張り付いてくる感覚が走ると、

ビリッ、

布の裂ける様な音が周囲に響き渡ったのです。

「ひっ!」

それに驚いた私は慌てて自分で自分を抱きしめると、

『おっ、キレイなドレスが破けとるぞ小娘。

 いやもう、娘じゃなくてオカマか』

と老人は笑って見せます。

そういまの音は拡がる肩幅と体格の変化に耐えきれず、

コートの下に着ていたライトグリーンのドレスが破けた音だったのです。

そして、裂け目は次第に広がっていくと、

胸元からは黒々とした胸毛がはみ出てきました。

ヒック

ヒック

わたしは涙目で胸元を探りますが、

崩れかけた化粧の下から髭が噴出してきているのを鏡は映し出します。

しかし変化はそれで終わりではありませんでした。

「ああっ、

 むっ胸が…」 

自慢だったのDカップのバストが空気が抜けていくように萎み始めると、

瞬く間にBカップ程のサイズへと落ちてしまい、

張り詰めていたブラに隙間が広がっていきます。

そして、さらに縮み続けてしまうと、

ついには包むものを無くしたブラの下で、

あばら骨の凹凸が浮き上がってしまったのです。

もはや乳首は凹凸にへばりつく申し訳程度の存在となり、

手で触ってもいつもの様に快感を感じることはありません。

「おっぱいが…

 ない…」

女性としてのセックスアピールを失った私は幾度もアバラが浮く胸を触っていると、

キッ

老人を睨み付け、

「こんなことして、ただで…」

と声を上げようとしますが、

「ただで…すむっ、

 えっ、

 あっ、

 あっ」 

出てきた声に困惑し喉を押さえる私に向かって

「思ったより良い声になったじゃないか、

 いまの姿に良く似合っとるぞ」

と老人は言います。

私の声は先程までの男に媚びた甘い声ではなく、

誰が聞いても男が無理して作り出す鼻のかかったハイトーンな声であり、

可愛い声を作ろうとしているのが見え見えな

裏返った声になっていたのです。

「あぐぅぅ!」

飛び出した喉仏を抑え、

唇をかみ締めながら私は老人を見上げると、

ズギッ

股間から感じたことのないような熱さと痛みを感じたのです。

中学生の時の処女喪失でも、

こんな痛みは感じたことはなかった。

そう、例えるなら皮膚が引っ張られ裂ける様な痛み。

「うぐっ!」

私はその場で股間を押さえるけど、

「!!」

次の瞬間青ざめたのでした。

「おぉっ、その反応、

 どうやら最後の変化が始まったようじゃの」

涼しい顔の老人の言う通り、

私の手は先程から盛り上がり続ける肉の感触を感じていたのです。

際どい深紅の勝負下着の中で、

”それ”は締め付けられ痛みを伝えてきます。

「いや、

 いや、

 いや」

何度も同じ台詞を繰り返しながら私は震え続け

目からは今まで流したことのないような本当の涙が溢れてきました。

ドクン、

心臓が大きく波打ち、

私は気を失ってしまいました。

ショックと言うよりも、

身体の負担が大きかったと思います。

倒れこんでしまった私の耳に、

『気絶してしまったか、

 なら今後の生活に困らん様、

 戸籍の変更ぐらいしてやるかのう』

と言う声が聞こえ、

それを最後に私の意識が消えていったのです。



クリスマスの朝。

私は目を覚ましますが、

しかし、その場所は住み慣れた高級マンションではなく、

築数十年と思えるボロアパートでした。

「どこよ、ここは!?」

部屋の様子を見ながら私は声を上げますと、

聞きなれない声が響きます。

「!!」

その声を聞いた途端、

私は青ざめ

急いで喉に指先を当てます。

指先に伝わる固い感触、

それはまさしく私に出来た喉仏の感触でした。

「ゆっ夢じゃ、なかった。

 きっ昨日のことって!?」

喉に指を当てながら私の口から出たのは、

今までの可愛らしい声ではなく、

ニューハーフ独特のハスキーな声でした。

私は飛び起きると見慣れているバックから鏡を取り出します。

そして、

「嘘、

 これが…

 アタシなの!?」 

鏡を見つめながら思わず息を飲んでしまうと

喉仏がゴクリと動きます。

そのくらい鏡に写った私の姿はショックなものでした。

昨夜は見ることのなかった変化した自分の顔…

鏡に映る顔は女性らしさを残した可愛い顔ではありますが、

全体的に骨っぽくなり顎には髭が生えていたのです。 

今の私の性別を象徴する髭を見ながらハスキーな声で 大声で泣き始めますが、

次の瞬間、

ドンッ

壁が叩かれますと、

「朝っぱらから何騒いでるんだ、

 オカマ!!」

隣の部屋から男性の罵声が飛んでききたのです。

ずっと女王様だった私には、

男性から罵声を浴びせられるのは始めて、

そう男はいつだって私が上目遣いで甘えると、

なんだって許してくれたのだから。 

「オカマ?

 アタシが……

 私はオカマなんかじゃない。

 おっ女よ」

声を殺しながら私は泣き続けていたのでした。



春。

あの日から4ヶ月が過ぎました。

あの後、私を一番驚愕させたのは戸籍と周りの記憶でした。

私の戸籍は出生時から男性となっていて。

免許証も保険証もすべてに男性と記されていたのです。

一途の望みを賭けて行った実家でも母は私に

「揚羽。

 認めたくないのは分かるけど、

 貴方はこの世に男性として生を受けたのよ」

とやさしく話しかけてくれます。

「そんなはずはないわ

 私は女性よ」

「兄さん、いい加減にしてよ」

会話に入ってきた妹が私を兄と呼びます。

そして

「兄さんが性同一性障害で苦しんでるのは分かるけど、

 母さんや父さん、

 そしてアタシをあんまり振り回さないでくれない?」

妹の怒鳴り声に私は何も言い返せなくなってしまいますと、

実家を飛び出し

ボロアパートへとに戻ったのです。

記憶だけではなく、

今までの出来事も、

思い出も、 

全て上書きされていました。 



その後、電話をよこしてくれた母の話によると、

私は中学の頃から”オカマ”と罵られ、虐められていたそうです。

その後、不登校となり、

ある日、”女になる。”と言い残して家を飛び出してしまったそうです。

その時は父さんが激怒して大変だったとか。

「あの優しかった、父さんが」

実家に戻ったとき私と一言も口を聞いてくれなかった父を思い出します。

いつでも私に甘っかった父、

でもいまは…

そう思うと私の目から涙が零れ落ちてきます。

高校の時、私は雑誌の読者モデルでいつも周りから一目置かれていました。

その私が皆から苛められているイジメられっ子だなんてこと、

とても信じられませんし、容認できません。

いつだって私は支配する方。

女子達のリーダーであり、

イジメはいつも私の命令で始まってたのに…

「そういえば、私がイジメをして、

 その結果、不登校になった奴が何人もいたっけ」

私はボロアパートの天井を見つめながら自虐的に呟きます。



そして、再び巡ってきたクリスマス。

早いもので、あれから一年が過ぎていました。 

頼りにしていた亮二にも殴られてしまい。

途方にくれていた時、

偶然出会ったオカマバーのママにスカウトされたのです。

オカマバー

それが、私の唯一の居場所。

日が落ちた頃

私は化粧を始め、出勤の準備をします。

髭はただ剃るだけでは隠せないのでファンデのグラデで隠します。

これは店の先輩に教わったテクニック。

それ以外にもいろんなことを教えてもらいました。

彼、いや、彼女達の努力は凄まじく、

その分、男性が女性になる現実の壁を感じます。



私、実は何度か自殺しようとしたことがありました。

でも出来なかった。

させてくれないのです。

この紫の刻印が…命を絶つのを禁じるんです。

オカマとして生きよ。

生きて今までの自分を見つめ直せ。

と命じるんです。

皮肉なものです。

私を男に変えたこの刻印だけが、

私が女だったことを諭す唯一の存在だなんて…

私はそう呟くと鏡を見ます。

そしてそこには、

暗闇の中で魔性の魅力を放つニューハーフが一人

私を見つめていました。



おわり



この作品は猫目ジローさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。