風祭文庫・醜女の館






「デジタル・ビューティ・モーフ」
第2話:光男の場合




原作・ラックーン(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-063





ガチャ〜ン。

沢木光男は、妹の由梨絵が投げたコップを辛うじて避けた。

「危ないじゃないか!」

普段から1台しかないパソコンの使用を巡って兄妹喧嘩が絶えない二人だが、

大学試験を半年後に控え、パソコンを最大限に使いたい由梨絵は特に最近切れやすい。

「いいわよ。今晩は友達の家のパソコンで勉強するから」

あてつけるようにして由梨絵はそう怒鳴ると、

自ら作った試験対策用CD−Rをバッグに詰め、そそくさと出て行ってしまった。



光男の妹の由梨絵は近所でも評判の美少女。

腰までのびた長い髪は枝毛の一つもなく、美しい。

さらに根っからの優等生で、化粧や流行には必要最小限の興味しか持っていない。

澄んだ瞳につけ睫毛かと思わせる長いまつげ。

眉はきりりと明確な線を作り出し持ち主の利発さを象徴し、

高くはないが愛らしい鼻に小さなおちょぼ口には白い歯がまぶしく光る。

ごく健全な光男ですら

「妹でなければ…」

と時々妙な欲求も覚えるほど眉目秀麗な美少女である。



既に大学3年で夏休み中の光男は多少の罪深さも覚えながらも、

足掛け2日も続けて独占してパソコンを使える喜びに浸っていた。

いつ2階に上がってくるか分らない両親が眠るまでは健全なサイトを見たり、

大好きな野球のデータを計算ソフトにインプットするなどの作業を続ける。

しかし、午後11時に両親は寝付くと、

「これからは大人の時間で〜す」

普段は妹の目も光り、

なかなか大人のサイトを探検できない光男だったが、

しかし、その目が無い今日ばかりは自由に楽しめる。

けど、そうしたサイトは妹の手前【お気に入り】に加えられないので、

その度に光男は検索エンジンに頼っていた。

さっきの喧嘩で妹にあやうく怪我を負わされかけた光男は、

ふと妹への復讐に良いアイデアはないかと思いつくと、

自分の趣味もかねて【復讐 美少女】と打ち込んで検索を始めるが、

出てくるアダルトサイトは有料サイトばかりで、二の足を踏む。

期待したほど楽しめるサイトがなくがっかりしていると、

突然【デジタル・ビューティ・モーフ】という妙なサイトが目に入った。

【美女に復讐したい貴方をサポートするサイト】

というサブタイトルもなかなか刺激的である。



最初のサンプルは、元アナウンサーの白石百合子。

「うわぁ〜、

 すげえデブになっちまったな。

 俺、結構好きだったんけど、幻滅しちゃうなぁ」

ヴァーチャルであることをすっかり忘れているかのように光男は感想を漏らす。

カチッ!!

クリック音とともに続いて登場したのは、

人気絶頂のまま20歳の誕生日に姿を消した歌手の源ひかりである。

実は、光男は彼女のCDは全て持っているほどの大ファンだった。

「お、久しぶりじゃん。

 相変わらず可愛いねぇ。
 
 相変わらずと言ってもこれは消える前の写真だろうな。
 
 ちょっと大人っぽい雰囲気だな」

深紅のシルク・ドレスに身を包み、

手入れの行き届いた髪を華麗に巻き上げ

普段より大人っぽいムードを漂わせるひかりの姿に光男は目を見張った。

普段は背中まで垂らした長く美しい黒い髪、

知性を感じさせる形の良い目、

整った白い歯で少年達を夢中にさせていただけでなく、

金髪少女達を長い黒髪に戻らせるほどのカリスマ性もあった。

そして、ハイティーンとは思えない歌唱力こそが彼女最大の魅力で、大人にも評判が良かった。

しかし、1年近く前ちょうど20歳の誕生日に忽然と姿を消したまま杳として行方が分らず、

それ以来、今日に至るまで失踪原因が色々と囁かれ、

週刊誌などでもたまに推測記事が紙面を賑わせている。

…声が出なくなった、

…不倫の末による妊娠、

…プロダクション移籍問題、

中にはマフィアに監禁されているという突拍子もない噂もあるが、

どれも推測の域を出ていない。

確かなことは、家族、マネージャーを含め誰もあの日以降ひかりの姿を見てない。

ということだけである。



光男はパソコンの画面に釘付けだった。

ファンだっただけに複雑な心境だが、

しかし、ひかりがどのような変身を遂げているのか興味津々でもあった。

写真の下には"Hikari-part1"と打ち込まれている。

巻き上げた髪が下ろされ、何かもぞもぞしている。

白石百合子の場合とは異なり、

スムーズな動きとは言えず、高速度撮影を思わせた。

突然左の髪の毛が30cmほど失われたと思うと、

さらに30cmほど切られて左耳が完全に姿を現す。

すると同じ工程が右でも繰り返され、やや少年っぽい印象になる。

やがて前頭部から髪の毛が失われ、

5分刈り程度の坊主頭が現れると高校野球の選手のようにも見えた。

そして、1分後には完全に剃髪されたつるつるの頭が出現、見事な尼の完成だ。

「……すげー」

その様子を光男は唖然として見ていたが、

さらに続く場面には完全に声を失ってしまった。

そう、笑っているひかりの口から歯が一本一本消えていくのである。

最初は奥歯、

そして、次は前歯4本が消えていく。

前歯がなくなった彼女の顔からさっきまで見せていたあの爽やかな笑顔が消え、

みっともない顔となったひかりの顔がそこにある。

そうこうして、ひかりの顔から全ての歯が失われた。

その瞬間、彼女の唇は元気良く内側へとめり込んでしまった。

老婆の皮膚と違い張りのある皮膚はめり込む力も強く、

まるでひょっとこのようで老婆のそれ以上に間の抜けた顔になってしまった。

想像通り、歯がなくなると上顎と下顎は急接近して、さらに珍無類の顔になる。

くしゃっ。

髪の毛もなく、歯を失ってひょっとこのように成り果てたひかりの顔は、

誰が見てもあのプライドの高い源ひかりには見えない。

その時、

「うっ」

シュッ!!

光男は思わず射精してしまった。

「やべやべ…」

無意識に誰か見ていなかったかと光男は振り返り、

そして、誰も居ないことを確認すると、

慌ててティッシュを取り出した。

驚いたことに、画面のひかりは涙を流していた。

「へぇ…涙とは凝っているな」

精液で汚れてしまった肉棒を拭きながら光男はそう呟いていると、

さらに続編があることを伺わせたところで、画像は終了した。



それから数分後…

やっと落ち着きを光男は取り戻すと、

「すごい加工技術だなぁ。

 俺もレタッチには多少腕に覚えはあるけど、

 全然太刀打ちできないぞ」
 
と、画面に映るひかりの姿を見ながら呆れ返っていた。

そして、

「じゃっ次はっと」

カチッ

そう呟きながらクリックをし、3番目のサンプルを見終わると、

「……」

光男は機械的に4番目となるボタンをクリックした。

しかし、いくらクリックを繰り返しても画面は変わることなく

「んー?」

変化しない画面に光男の視線が動いていくと、

一つの注意書きが眼に入った。

●変身させてみたい若い女性の生写真を郵送、

 もしくはデジタル写真をEメールで転送のこと。

●変身内容を記載すること。

●このデジタル変身により本人または家族、

 当事者に生じるかもしれない異変については弊社はいかなる責務を負わないこと。

●扱った画像はそのまま他のサイト訪問者にも公開されることを承認すること。

どうやら続きの画像を見るには誰かの写真を送らないといけないらしい。

「そっか…」

注意書きを眺めながら考え込むように光男は椅子に身体を預け

そして、しばらくすると、

「よしっ」

何かを思いついたのか

ポン!

と光男は手を叩くと、

源ひかりと遜色のない美貌を持つ妹・由梨絵のデジタル写真をフォルダーから選び、

印象に残った源ひかりPart1とほぼ同じく

「剃髪と総抜歯、眉剃りに大きな鼻輪をつける」

という依頼内容と共にメールで送った。

他の人たちの変身も見たいという欲望以上に、

妹の美貌がどう変わるか見たいという欲望に光男の下半身は思わず硬くなっていた。



そして迎えた1週間後の深夜…

光男は隣室の由梨絵が眠ったのを見計らって、

隠れるようにパソコンを立ち上げるとインターネットに接続をする。

わくわくどきどきしながら、

メールで届いたIDとパスワードで目的にページにアクセスをする。

「由梨絵…」

アクセスをしたページには妹・由梨絵の姿が掲載され、

まるで光男のアクセスを待っていたかのようだった。

「ふふ」

画面の中からじっと自分を見つめる妹の姿に光男の口が緩むと、

カチッ!!

彼の手はスタートボタンを押した。

すると、パソコンの画面の由梨絵は髪は瞬く間に切り取られ、

つるつるにされると眉までも失ってしまった。

「うわぁ、これだけでお化けみたいになるぅ〜」

光男は小さく叫びながらいきり立つ男性器をしごきつつ画面を見続けていた。

確かに、眉を失った人の顔は予想以上に不気味で、

顔の造作を著しく変えてしまうのだ。

「はぁはぁ

 はぁはぁ」

次第に歯を失っていく妹の惨めな顔に光男はこれまでになく興奮してしまうと、

「うっ」

シュッ!!

光男は射精をしてしまった。

しかし、由梨絵の変身はそんな光男の事情にはお構いなしに続き、

全ての歯を失ってしまうと、

由梨絵の顔も源ひかり同様ひょっとこのような顔になる。

そして、くしゃとつぶれる顔に、

既に一度抜いている彼は笑うしかなかった。

さらに、端正な鼻に大きな黒い鼻輪が付けられる。

光男が大きさを指定しなかったせいか、

肉厚8mmほどの、下顎にまで届こうかという巨大な鼻輪である。

巨大な鼻輪に押し広げられた鼻はかなり低められている。

いかにピアス時代とは言え、

鼻中隔から大きな黒い鼻輪をぶら下げている様は異様である。

「ふぅ…

 まぁいいやっ」

無様に変身してしまった妹の画像を見ているうちに

由香里への復讐心が満たされた光男はそのままベッドに倒れると寝込んでしまった。



そして、翌朝。

「(ハッ)しまった!

 見られたかな!」

眼を覚ました光男は真横で煌々とディスプレイの灯りをともしているパソコン気づくと、

部屋に誰の姿も無いことを確認すると慌てて電源を落とした。

と、その時、

「ゆっ由香里!!

 なんだその顔は!!!」

「え?

 いやぁぁぁぁぁ!!!

 なによこれぇ!!!!」

下の方から不鮮明な発音を妹と悲鳴とともに両親が大声が響き渡った。

「うわぁぁぁぁん

 学校に行けないよぅ」

続いて響く泣き叫ぶ由香里の声に、

「どうなってるんだ、これは」

という父親の声が重なる。

「なんだ?」

その声に光男は慌てて降りてみると、

そこにはつんつるてんの頭に歯無し、

そして大きな鼻輪を無様にぶら下げている由香里がいた。

「まっまさか!?」

妹の顔を見た光男の脳裏にあの”デジタル・ビューティー・モーフ”の中で変身をした顔が映った。

「そんな…

 本当にそうなってしまうだなんて…」

愕然とする光男の前で由香里は泣き崩れていた。



その後…

夏休みが終る前に、

両親は由香里に鬘と総入れ歯を用意した。

眉毛は書き眉毛で当座は誤魔化すことにしたが、

しかし、彼女の髪と眉は自然の力では二度と生えることはなかった。

難関は巨大な鼻輪だった。

由香里の顔に大きなマスクをかけて、鼻輪外しに向う。

しかし、鼻輪には溶接部分がなく、

ピアス・アーティストも首を傾げた。

「こいつぁ、普通のピアスじゃないっすよ。

 どこでやったの?
 
 俺の手には負えないですよ」

どのピアス・アーティストも同じ返答だった。

顔に近いのでレーザー切断はできない。

「どうしよう…」

外れない鼻輪を下げ途方に暮れる妹の姿を見に大学で化学を専攻していた光男は、

「胃酸とおなじくらい強烈な酸が手に入るから

 これを少しずつ付けて溶かすしかない」

と提案をすると、

夏休み返上で大学から薬品をこっそり持ち出し綿棒にほんのわずか浸した。

顔や体に接したら重傷を負うので、繊細な作業が必要である。

根気の要る作業を繰り返し、

その甲斐あって1週間後には残り1mmという太さになった。

「明日、始業式だよぉ」

「そのときには最悪、休めばいい」

泣きべそをかく妹をそうなだめながら光男はやすりを手にすると、

糸状になった金属の輪をこすり一気に切断した。

そして恐る恐る鼻中隔から太い鼻輪を引き抜くと、

由香里の顔に呪いをかけるかのように存在していた鼻輪の姿が消えていった。

「よかった」

由香里の顔から鼻輪が外れた途端、

家の中に安堵の色が広がって行くと

光男の家族は事件以来、初めて朗らかに夕食を取った。



そして9月。

莫大な費用がかかるとは言え、

将来的には植毛やインプラントという手段が取れるという専門家の意見を聞き、

ひとまず安心する一家の中で、光男だけが浮かない顔をしている。

しかし、由香里も両親もその理由が思い当たらない。

「彼女にでも振られたんじゃない?」

被害者であるはずの由香里が、能天気にもこう言い放って笑う。

その時、

TVでは源ひかりの復活公演が予想外の展開になり大騒動になっている。

との報道を流していたが、彼の耳には届いていなかった。

「まさか…こんなことになるなんて…」

妹の姿を見ながら光男は後悔をしていた。



おわり



この作品はラックーンさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。