風祭文庫・醜女の館






「デジタル・ビューティ・モーフ」
第1話:博の場合



原作・ラックーン(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-062





「お帰りなさい」

メーカーに勤める後藤博が自宅のドアを開けると同時に

1ヶ月前に結婚したばかりの新妻の麗子が明るい声で迎える。

大学時代、博は電気工学を専攻する一方で

ESS(英会話サークル)の長を務めていた。

麗子は彼より2歳年下で、他大学でフランス語を専攻していたが、

1年のときからこのサークルに顔を出していた。

「美の女神の最高傑作だな」

初めて彼女に会った時、博はそう思わざるを得なかった。

そして、周囲が次々と髪を茶色や金色に染めていく中にもかかわらず、

麗子は黒い髪を背中の中ほどまで伸ばし、

それは今でも変わらずに彼女の魅力をいっそう引き出していた。

「基本的に自然のままが好きなの…

 金髪なんて論外ね」

と、最近ではすっかり珍しくなった真っ黒な髪をなでながら麗子は言う。

光を受け黒く光る髪は彼女の白くしみ一つない顔の肌を目だたさせる。

50年代のハリウッド女優のようにエレガントな眉。

その下にある目は下品にならない程度に大きく、

最後まで完璧な平行線を作る二重が気品を醸し出しているようだ。

日本人としては高い部類に入る鼻。

普段はきちっと結ばれている口から話をするか笑う時にだけ、

見事に白い歯がこぼれ落ちる。



麗子は結局、4年通してミス・キャンパスに選ばれたが、

その度に

「どうしてあたしが?」

といつも不思議がるのだった。

そんな不思議がる彼女を博は不思議がったものだが、

2年後、彼女がESSを去る時、

「これで麗子君ともお別れか」

と博は溜息をつかざるを得なかった。

ところが、ひどく意外なことに、

彼女はこの頼りがいのあるESSの先輩が忘れられないらしく、

卒業するまで1月に1回のペースでデートを重ねてきた。

そして卒業した彼女は得意のフランス語と英語の和訳で生計を立てることを決意したが、

そう簡単にプロになれるものではない。

けど、博は良き相談相手だったので、

状況から鑑みて二人が結ばれるのは必然の流れだった。

彼女の卒業から半年後、二人は皆から祝福を受け結婚式を挙げた。



「どうだい!?」

おずおずと博が麗子に夜の誘いをかけるが、

「今日はちょっと…」

麗子は仕事として初めての翻訳を終えたばかりでかなり疲労しているらしく、

そっけない返事の後、

彼に食事を出すとさっさと風呂に入り、

そのまま寝室で寝入ってしまった。

急に入った麗子の初仕事で1週間もごぶさたな上に

さらなるお預けではさすがに温和な彼も不愉快そうである。

「ちぇっ、ネット・サーフィンでもするしかないな」

ブチュッ。

購入したばかりのパソコンは実に快調だった。

先ほどの麗子の態度にご機嫌を損ねた彼は検索エンジンでほんの気まぐれに

【美人妻 復讐】

と打ち込んでみた。

瞬く間にズラリと表示されるサイトの羅列を眺めながら

「大したサイトないなぁ」

とため息混じりに半ば諦めた頃、

【美女に復讐したい貴方をサポートするサイト】

というサブタイトルを掲げた

【デジタル・ビューティ・モーフ】

と名乗るサイトに出くわした。

「なになに?、

 『あなたの彼女にちょっと復讐してみませんか。
 
  方法は簡単です。

  写真を送って戴くだけで結構。
  
  デジタル処理であなたの希望する女性の容姿をちょっといじるだけです。
  
  復讐には打ってつけとお思いになりませんか?

  サンプルがありますので、ちょっと覗いてみてください』
  
 か…」

ディスプレイに映し出された文句を目で追いながら博の右手は無意識に動くと、

”サンプル@”と表示されたボタンをクリックした。

すると、

スッ

画面が切り替わり一人の女性の写真が表示される。

「あれっ、

 この人!
 
 2年前に消えた白石百合子じゃないのか!」

写真を見た博が驚くのも無理はない。

白石百合子は絶大な人気を誇っていた美人アナだったが、

しかし、2年前に忽然と姿を消していたからである。

失踪の理由は全く不明で、

上司アナとの不倫の末の失踪ではないかなどと色々な憶測が飛び交ったが、

真相は結局不明のままだった。

ニュースキャスター当時と思われる立ち姿の写真の下に

【Yshira-300】

という文字が見える。

「?」

首をかしげながらも博はその文字に惹かれるようにカーソルを動かし、

カチッ。

っと【スタート】ボタンをクリックした。

「………」

クリックしてから暫くの間は何の変化も起らない。

「何だ、嘘か?」

博の脳裏に”してやられたな”という諦めと悔しさの混じった気持ちが湧き上がったとき、

画面に表示されている彼女の165cm、45kgのスレンダーな体が、

非常にゆっくりではあるが、徐々に膨らみ始めだした。

そしてスタートから5分くらいで、

彼女のこぶりな胸はボウリング玉・サイズにまで膨張し、

着ていたスーツのボタンを見事に飛ばした。

「おぉ!!」

その様子に博の口から思わず声が漏れる。

しかし、百合子の変身はなおも止まらず

引き締まっていた腹は見る見るたるんで前にせり出すと、

胸と同じくらいにまで突出を示し、

タイト・スカートはその太さに根を上げんばかり。

そして、太ももは上半身の拡大を支えるべく以前の腰周りくらいにまで太くなると、

体の両側に下がっていた細腕は以前の太ももを思わせた。

とりわけ、垂れ下がっていく二重顎は彼女のクールな美しさを見事に損ない、

まめそうな彼女の本質とは正反対のだらしなさを醸し出しはじめていた。

「美人も形無しだな。これは100kgくらいかな」

苦笑しながらも、博は自らの下半身の勃起にまだ気付いていなかった。



15分後になると益々すごいことになっていた。

バストは恐らく150cmを越え、

ウェストは測れれば180cmを優に超えているようだが、

既に張りを失った乳房は重さに耐えられなくなり、

臍のあたりまで垂れ下がっている。

5分時点では僅かに残っていた砂時計を思わせる体型はすっかり消え、

今や洋梨のお化けである。

二重顎はさらに顕著になり、

頬は鼻の高さくらいにまでパンパンと張り出していた。

膨れあがった頬は以前はつぶらだった目を下のほうから押しつぶし、

腫れ上がった目蓋で一重になった目をさらに小さくしている、

親でさえ…

否、本人でさえ彼女が白石百合子であることを認識できまい。

先ほどまで身につけていた衣類は既に巨大化した体に破られ全裸になっていた。

「すっぽんぽんとはすごい凝り様だな。

 レタッチしたとは思えないリアルさも驚異的だし、

 GIFアニメにしては妙に動きがなめらかすぎる。
 
 これは尋常じゃない腕前だな…」

画面を見つめながら博は感心していると、

約5分後、動画は自動的に停まった。

そして画面に表示されるかつてのスレンダー美女は大巨漢に変身していた。

全体的な印象は5分前とさして変わらないが、

さらに脂肪を溜め込んだ腹は肉のエプロンと言うべきたわみを幾重にも作り、

臍より下は二つに分かれ30cmほどで床に届くところまで垂れ下がっている。

全く張りのなくなった乳房は腹に乗って左右に分離し、

五重にまで発達した顎は、

腹のミニチュア版とばかりに胸の谷間に垂れている。

鼻と目は膨らんだ頬に殆ど埋もれている状態だ。

「うっ」

ドピュッ。

無意識に己の肉棒を扱いていた博は余りに凄まじい美人アナの変貌に思わず射精してまった。

「あっ、

 ヤベ…」

手に付いた生暖かい粘液に博はさすがに気付くと、

真っ赤な顔をしながらティッシュに手を伸ばした。



10分後、

自身の不始末については落ち着きを取り戻したが、

依然美女の変身に興奮さめやらない。

が、【Yshira-300】の意味はわかりかけていた。

【白石百合子300kgへのデブ変身】

という意味にちがいない。

「なるほど、こりゃあスキッとするかもな」

こうして、いずれも現在は活躍していない有名人の3つの変身サンプルを見終えた博は、

残り100ほどあるという美女の変身画像が見たい。という欲望を抑えきれなくなっていた。

それには会員になる必要がある。

条件は、

●変身させてみたい若い女性の生写真を郵送、

 もしくはデジタル写真をEメールで転送のこと。

●変身内容を記載すること。

●このデジタル変身により本人または家族、

 当事者に生じるかもしれない異変については弊社はいかなる責務を負わないこと。

●扱った画像はそのまま他のサイト訪問者にも公開されることを承認すること。

ちょうど1週間後に変身対象女性の画像は完成し、

その閲覧後に全ての画像に自由にアクセスできるという。

既に博は軽い復讐心とは関係なく、

そのほかの美女に加え、妻・麗子の変身を見てみたい欲求にかられていた。

そして、

「えっとこれが良いな」

新婚旅行中に撮った麗子の全身写真に、

最初【350kg】と書いた後、

「う〜ん…」

と考え直して【250kgへのデブ変身】とのメモ書きを添えると、

写真とメモ用紙をスキャナーでスキャン後、

Eメール・アプリケーションの【送信】をクリックした。



それから1週間が過ぎた…

その日も麗子は仕事疲れかさっさと寝てしまうと、

「よし、寝ているな…」

博は麗子が完全に寝入ったことを確認した後、

緊張した面持ちでパソコンを立ち上げた。

そして立ち上げた直後、

ポン

メールソフトから着信の知らせが入ると、

ゴクリ…

博の喉が無意識に鳴った。




【デジタル・ビューティ・モーフ】…

それから数分後、博の目前にあのHPが表示されていた。

そして、さっき届いたばかりのEメールで与えられた極秘のIDとパスワードで、

新たなページを開く。

すると、そこには麗子の画像が置かれていた。

「おぉ…」

まるで俎板にのせられた魚のようにディスプレイに映る麗子の姿をみながら

博は恐る恐るスタート・ボタンをクリックした。

すると、スレンダーな麗子の体が見る見る大山のように膨れはじめだした。

「ごくり…」

変化していく美人妻の姿に博は思わず固唾を呑みこむ。

画面の中の麗子の姿は特に怜悧さを感じさせる顎が二重顎に変わり、

ぱっちりした二重の目が一重になり周囲の肉に埋もれていく様は、

白石百合子で既に経験済みとは言え、

博にとってショックだった。

怜悧さや知性のかけらも感じられず、

楚々とした風情は脂ぎって暑苦しい様に代えられている。

既に全裸に剥かれていた麗子の可愛いかった乳房は大きなへちまのような形状になり、

腹の上で左右に分かたれている。

その一方で腹は大きく膨らみ重みで膝の位置まで垂れ、秘所を隠す。

本来なら秘所が見えるはずの位置には臍が大きく口を開けているだけである。

腕はかつての太もも以上の太さにまで張り詰め、

太ももは通常の肥満女性の腰ほどもあるようだ。

腹部や臀部から太腿にかけてまだら模様を作り出す脂肪が見苦しい。

そこまで行くと画像は自動的に止まった。

その時、

「ぐぉぉぉぉぉぉ!!」

麗子の部屋から地響きなような大きないびきが聞こえてきた。

「あれっ、麗子はいびきなどかかないはずだが」

不審に思いながら博は席を立つと足音を立てないように歩き、

ギーッ。

麗子の部屋のドアを開けてみると、

目の前にあるベッドの上にはそそり立つ麗子の白い腹があり、

「なんだ?」

不審に思う博の瞳が小さくなったのはその直後だった。



それから1週間後…

博は、麗子を慰め続けている。

他人ほど意識していなかったとは言え、

彼女は美しさが奪い取られたことにショックを禁じえない。

博がサイトにコンタクトすると、

「戻すことは不可能です」

とにべもない返事。

しかし、

「貴殿の奥様の場合、太っただけですから、幸いですよ。

 節制すれば、元に戻れる可能性はあります」
 
という言葉に多少安堵をしていた。

怒りをぶつけようにも、事前の確認事項に

【このデジタル変身により本人または家族、

 当事者に生じるかもしれない異変については
 
 弊社はいかなる責務を負わないこと】
 
というのがある。

「そういう意味だったのか!

 350kgにしないで良かった」

と博は溜息をつく。

250kgの巨体になってしまった麗子は

よちよちながらもなんとか一人で歩くことが出来るので、

風呂やトイレにもいけた。

念の為におしめを付けさせ、時々体を拭くのを手伝うくらいで済んだのである。

ただ、日本の90cmの間口では

1m近い幅と奥行きのある彼女が別の部屋に移動する場合苦労を強いられる。

もし350kgにしていたらトイレを含め専任の介護人が必要になったであろう。

パソコンも何とか打てるので仕事も続けられる。

しかし、麗子の要望で二人は引越しをし、

その後、彼女は親しかった親友と連絡を取っていない。

とてもではないが、旧友には会えないだろう。

「麗子の青春を奪ってしまった」

博はがっくりと首を垂れるしかないのだ。

「わ、私が...こんなでも...離婚...しない...よね」

彼が張本人とも知らず、

大きく脂ぎった顔を歪ませ、

肥満の余り話をするにも息が切れるのか切れ切れにこう尋ねる麗子。

「勿論さ」

醜く変身してしまった妻を抱きしめながら博は小さく頷いた。



おわり



この作品はラックーンさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。