風祭文庫・醜女の館






「愚者の質屋」



原作・猫目ジロー(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-338





人は何故自分に無い物を欲するのでしょうか。

幾ばくの時が過ぎ去ろうとも

世俗の人間の感情は私には理解しかねます。

ふふっ

前置きが長くなってしまいましたね。



私の名前は…いや止めておきましょう。

人ならざる私が人間と同じように名を名乗ろうなど

烏滸がましいことなのですから。

私のことは“店長”と御呼びください。

そう『愚者の質屋』の店長と、

只の質屋の店長が何を大げさなとお思いになるでしょう。

ですが私の店は只の質屋ではないのです。

そう私の店は一見すると高価な品を扱っている訳ではないですし、

人によってはその価値を理解出来ぬのも

無理からぬ品物ばかりを扱っているのですから、


―私がその“質屋”に初めて足を踏み入れたのは…

 今から二年前の雪の降り頻る霜月の頃だったと記憶しております。

 そうあの頃の私は傲慢な人間で、

 欲しても欲しても己の欲望が満たされない。

 そんな渇いた人間でした。

 だからあのような愚かな『契約』を結んでしまったのでしょう。


ふふっ

ですが今更昔のことを悔いても仕方ありませんね。

時の針は前にしか進まないのですから、

申し遅れました。

私の名前は夜乃桜と申します。

職業は“ニューハーフクラブ”のダンサーです。

ですが元々私は『女性』だったのです。

皆様は何を世迷い言をと仰るかもしれませんが

私の告白をどうか御聞き下さい。



がらがら…

「いらっしゃいませ…

 あらっ

 人間の御客様は久しぶりね」

その店はかくも薄気味悪い店だったと記憶しております。

ふふっ

何故斯様な店に足を踏み入れたのか疑問に思われますか?

正直な処、私にも分からぬのです。

恐らく私の高邁なる欲望がこの店に導かれた原因なのでしょう。



「薄気味悪い場所ね…」

「人間の皆様は皆そう仰いますよ…」

「まるで貴方が人間じゃないみたいな言い方に聞こえるけど?」

「ええ私は人間では御座いません…

 私はそう…アヤカシビトなのですから」

「ははっ

 なにソレ、

 危ないクスリでもやってんのアンタ?」

確かに当時の私は思慮深さに欠け、

底の浅い品性のない人間でしたが

“アヤカシビト”

だなどという斯様な戯れ言を信じる程に

幼稚な人間でもありませんでした。



「でっ何の店なのここ?」

「欲望の質屋で御座います…」

「何ソレ!?

 願いでも叶えてくれんの?」

「はい、それがお望みなら…

 最もここを利用された御客様は皆一様に…

 ―ここを『愚者の質屋』と御呼びになりますが―

 ―そう、どんな願いでも叶う―

私はその甘い謳い文句に惹かれ始めていました。

何故なら私は当時20歳の女盛りにも関わらず

容姿に自身が持てない人間だったですから。

ふふっ

誤解しないで下さいまし。

確かに容姿に自信がなかったのは事実ですが

私は資産家の長女でしたし

富や様々な物を当たり前に享受していた

何不自由のない人間だったのですから。



けれども当時は私は愚か者であり、

そんな恵まれた環境でも何一つ満足出来ず、

容姿の不満を他人にぶつけるかの如く

容姿に恵まれた人間を虐め続けました。

そしてそんな陰惨な虐めが明るみに出ると

御父様の金で揉み消す

そんな最低最悪の人間だったですから。

ふふっ

そう考えると

今の境遇は因果応報なのかもしれませんね。



「本当に…どんな願いでも叶えてくれんの!?」

「ええ…担保さえ頂けるなら…そう」

【性別も】

【容姿も】

【学歴も】

【資産も】

【家族も】

【恋人も】

【若さも】

「はい、何でも手に入りますよ…」

「担保って金を払えってこと!?」

「お金でなくても結構ですよ…

 最もお金の場合は貴女の資産を全て頂戴しますが…」

「どういう意味?」

「ふふっ…

 つまり担保とはその人にとって価値のある物でなければならないのです」

その時私の頭の中では宛ら悪魔の囁きが聞こえてきました。

そうだ…“家族”を両親や妹を“担保”にしようと。

何たる愚かしさでしょう。

しかし当時の私は本当に斯様などうしようもない人間だったのです。



「分かったわ

 “大事なモノ”

 を担保にするから私に絶世の美貌を頂戴!」

「一度担保に入れた“大事なモノ”は二度と取り戻せませんよ?」

「かまわないから早く美貌を頂戴!

 あっ貧乏は嫌だからお金は勘弁ね」

「分かりました…

 資産意外で貴女の大切なモノを頂戴致します…」



ピキビキ…

「あっ…がっ…

 あぁぁ…何この痛み…

 はぁはぁ…」

“店長”と名乗る女性が私に触れた次の瞬間

焼ける様な痛みと共に私の変化が始まりました。

しかし今思えばそれは奇妙な感覚でした。

そう私は絶世の美貌を望んだ筈なのに

身体中が焼ける様に痛むのです。



ビキ…

「痛いっ…

 何で指輪が食い込むの!?…

 ひっ…」

当時愛用していた派手な指輪が食い込む痛みで

私は思わず自身の指先を確認しました。

けれどそこには見慣れた手はなく

変わりに一回り大きくなった手のひらが存在していました。



「何なのよコレは!!」

「“性別”を担保に入れたんですから、

 そのくらい許容範囲では?」

「“性別”ってどういうこと!?

 私、男になるの?」

「いえいえ…

 貴女は男性化を望んでいなかったので、

 ニューハーフ化に致しました」

「ふざけないで…

 あっ…がぁ…

 はぁはぁ…」

そうです“店長”と名乗る女性は

私の“家族”ではなく“性別”を担保に入れたのです。

やはり当時の私は思慮深さに欠けた人間なのでしょう。

そうこのような事態になることなど、

想定していなかったのですから。



びりびり…

「ひっ…いやっ…

 やだ…止まってよ!」

私の肉体の無情な変化は尚も続きました。

そう骨格や体格の変化に耐えきれず

私の着ていたブランド物のワンピースが破け始めたのです。

「はぁはぁ…

 あっ…はうっ…

 そんな私…」

薄暗い店内に設置されてる鏡は

私の変化を如実に物語ってました。

確かに私は容姿は平凡でしたが

スタイルはいい方だったのです。

しかし姿見に映る私の肉体は既に変質し始めており

そこには体格が一回り大きくなり

肩幅は広がった一方で

ヒップラインの艶かしい脂肪が薄くなっていきます。

しかも、よく見ると腰の感じにも違和感がありました。

恐らく骨盤に変化が生じたのでしょう。



ピキビキ…

「胸が膨らんでる!?

 何で…私男性になってるのに…」

「男性化ではなく“ニューハーフ”化ですよ」

「じゃあ作り物で膨らんでるの

 この胸は!?」

「ふふっ、

 そのような言い方は知性に欠けニューハーフの方々に失礼ですよ…」



“店長”とそのような問答をしている間にも

私の乳房は膨らみ続け

Bカップだった胸はDカップ以上まで膨らんでいました。

無論ブラのサイズがあっていないためブラの金具は弾けとび

私の新たな艶かしい人工の乳房は

破けたワンピースの中から顔を出していきます。



「ふふっ

 お望み通りの素敵な巨乳になった感想はいかがですか?」

「許さない…

 私の肉体をこんなに改造して…」

「あらお声が変わりましたね…

 ふふっ

 そのハスキーボイスも素敵ですよ…」

「ひっ…

 そんな…

 あっ…あぁぁ」

コリッ…

はいそうです私の喉には喉仏が既に形成されていました。

そう私の女性としての可愛いらしい声は

鼻にかかる様なニューハーフの

ハスキーボイスに変質していまったのです。



「もう止めて…

 お願いだから…」

「ふふっ

 何を仰いますか…

 まだ大事な部分の変化が残ってるでしょう」

「まさか…

 いや…止めて…

 あがっ…

 はぁはぁ…」

私は女性器の膣に焼ける様な痛みを感じて

その場に踞りました。

そして恥や外聞を捨て去り

ショーツを脱いで変化を確認しようとしたのです。



ヌルッ…

「あらあら凄い愛液ですね…

 貴女の膣も体との別れを惜しんでいるのね」

確かに“店長”の言葉通り

私のワインレッドの勝負下着は

既に愛液で濡れびっしょりになっていました。



「はぁはぁ…

 あんっ…あっ…

 どういうこと何も生えてこないじゃない!」

「先程からニューハーフ化だと申し上げてるでしょう」

「どういう意味よ!?」

「つまり現在の痛みは子宮が喪失してる痛みなんです…」

「なっそれじゃ好きな人の赤ちゃん産めなくなるでしょ」

「その点につきましては同情致しますが、

 ニューハーフの皆様共通の苦悩では?」

「なっ私は正真正銘の女性よ!!」

「ですが今日からニューハーフになるのです」

「はぁはぁ…

 そんな…あっ…

 はぁはぁ…

 あぁぁぁぁぁー」

無論私も肉体の変質に必死に抗おうとしましたが

抵抗も空しく私の意識は痛みにより

そこで途絶えてしまったのです。




―夜乃桜一・20歳・性別“男性”―

目が覚めたら私の世界は百八十度変わっていました。

「こっ…これが私なの…」

鼻にかかるニューハーフ独特の声を上げ

私は自室の鏡を覗きこみました。

確かに鏡に映る私は胸も大きく

顔も絶世の美女になっていましたが

免許証や保険証にはしっかり“男性”と記されており

また家族も私は“男性”としてこの世に生を受けたと言います。



「そんな…私は…私は女性だったのに」

私は屋敷の浴槽で体を洗いながらすすり泣きを続けました。

確かに浴槽の鏡に映る私は

胸も大きくスタイルも抜群でしたが

よく見ると肩幅が広がり骨格は男性ぽくなっていました。

また154cmの小柄な身長は

169cmまで伸びていて体格の変化は一目瞭然でした。

「はぁ…やっぱり全然感じなくなってる…」

そうです私の女性器は一見するとどこも変わってはませんが

“天然の女性器”から“人工の女性器”に変質しているのです。

無論感覚も異なり

以前は感度の良かった陰核や膣や乳房を指で触っても

こそばゆいだけであまり感じなくなっていました。



「はぁ…ダルい…」

私を最も苦しめたのは

やはり女性ホルモンの副作用でしょう。

そうです私はニューハーフ化したため

自前で女性ホルモンを作れなくなったので

定期的にホルモンを注射しているのです。

しかしこの男性には女性ホルモンは毒らしく

打つたびに更年期の女性の様な症状に苦しめられるのです。

私はその度に子宮や卵巣の喪失を実感し自身の生理予測日には

もう赤ちゃんを産めなくなったのを実感し

生理用ナプキンを見ながら悲しみに包まれました。

しかしどんなに望んでも“人工の女性器”に生理は訪れないのです。



―失った物はもう二度と戻らない―

その言葉を胸に私は今日も夜の歓楽街で際どいドレスや衣装を着て

“ニューハーフ”として働いてます。

それしか今の私には生きる術がないのですから――


―以上で“元女性”夜乃桜の告白を終えます―



おわり



この作品は猫目ジローさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。