風祭文庫・醜女の館






「ニューハーフ梨恵菜」



原作・猫目ジロー(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-334





時が流れるのは早いもので、

梨恵菜がニューハーフに復讐され男性化してから既に二年の月日が流れていた。

だがこの二年は彼にとって苦悩の連続で、

おそらく彼の人生・22年間で一番辛い時期だったことだろう。



「はぁもう出勤の時間か…」

辺りが夜の闇に包み込まれ喧騒が広がる頃

梨恵菜は鏡台の前でオカマバーへの出勤の準備に入っていた。


―過ぎ去ってみればあっという間だったが

 しかしこの二年は私にとってまさに地獄の日々だった。

 そう私は今まで恵まれた人間。

 そう思わずにはいられなかった――



人間は平等ではない。

学校や職場何処に行っても贔屓や差別は付きまとう。

そんな当たり前のことすら私は理解できていなかった。

否、きっと私が差別する側の人間だから、

人の苦悩苦悶苦役が頭でしか理解出来ていなかったのだろう。

弱肉強食

それが現在まで続く人の本質で人種差別には根深い物があることを

私はニューハーフにセクシャルマイノリティになって初めて思い知った。



「私って傲慢な人間だったのねきっと…」

今ではすっかり慣れた私のハスキーなニューハーフの声…

だが、今だに全てを受け入れたわけではなかった。

この体になって一番驚いたことは世間や人々の差別や悪意だった。

私は昔と同じように心は女性なのに、

周りの人々は私をニューハーフとしてしか扱ってくれなかった。

中でも世の男性の私達に対する扱いは酷く、

私がニューハーフ化してから彼氏になってくれる男性は未だ現れなかった。

恐らく男性の方がニューハーフに対する許容範囲が狭いのだろう。

ニューハーフと一度やってみたかった。

結婚出来ないから等というのはまだ紳士的な断り方で、

中にはあからさまにブスでも生粋の女性の方が良い。

と侮辱と侮蔑を投げ掛ける者までいた。



「はぁ…」

この二年を思い出し暗い気持ちになる梨恵菜。

手や足の骨格がゴツくなり、

昔と同じサイズの服や指輪は身に付けられなくなった。

しかし、身長は168cmで華奢だし

男性化して顔の可愛さは薄れたものの梨恵菜の顔は美人で、

彼はまさにテレビに出てるニューハーフにも引けを取らない極上のニューハーフだった。



だがどんなに美人でも子宮や女性器を失った梨恵菜は昔の様にモテず

手術して人工の女性器を作るには百万以上の費用が必要であるため、

梨恵菜には未だに陰茎がついたままだった。

それに梨恵菜の“女性失格印”は陰茎に刻まれているので、

ニューハーフ達はそれを傷つけるとどんな悪影響があるか解らないと梨恵菜を脅かした。

きっとそれも計算して刻印を此処に刻んだのだろう。

結局、梨恵菜は莫大な費用と刻印のために手術に踏み切れず、

未だに陰嚢の切除と豊胸手術しか手を加えていなかった。

だが、その手術でさえそれなりに費用がかかり、

今まで整形と無縁だった梨恵菜には性同一性障害の

男性が女性になるためのハンディキャップが重くのし掛かった。



『私は“彼女”達に何て酷いことを言ってしまったのだろう。

 “彼女”達のニューハーフのミスコンは重たいんだ。

 きっと女性のミスコンと同価値以上の価値があるだって、

 男性が女性になるのはこんなに大変なのだから…』

梨恵菜は今までの自分を思い返しながら自らの裸を見つめていた。



「ふふっ、

 私も今では立派にニューハーフの仲間ね…」

梨恵菜は自らを自嘲するかの様に呟く。

確かに化粧を終えた梨恵菜は綺麗ではあるが、

かつてのナチュラルメイクとは異なり、

今の化粧は女性を強調するかの様に濃く。

また陰嚢を切除しても

刻印の影響か梨恵菜の陰茎は未だに大きく、

ニューハーフ用のショーツで締め付けてもモッコリしてるのがすぐにわかる。

無論、刻印もよく見るとあれ以来ずっと淡い紫の光を放っている。



「うっヤバい

 興奮してきた…」

梨恵菜のその言葉通り彼の陰茎は膨らみ始めていた。

梨恵菜はニューハーフになってから男性とHしてないので、

自慰行為を重ねても欲求不満のため直ぐに興奮する体質になっていた。

あるいは刻印が陰茎に刻まれているせいかもしれないが…



「くっ

 もう我慢出来ない…」

男性の性欲と刻印の呪いに負け梨恵菜は、

ショーツを脱ぎ紫の光に包まれている陰茎を手に取る。



「はぁあっ…

 あんはうっ…」

部屋のベッドの上でハスキーなよがり声を上げて身悶える梨恵菜…

始めは陰茎を触り自慰行為をするのに嫌悪感を抱いていた梨恵菜だったが、

欲求不満には勝てず、

電車で見たイケメンにときめいて駅の男子トイレでしたこともあった。

梨恵菜自身は女子トイレに入りたかったけど、

ニューハーフであることがバレるのが怖くて、

女子トイレの人が多い時には男子トイレに入るのが癖になっていた。



「うっあうっ…

 あんあぁぁぁ…」

その時の男子トイレで思わず目に入ったイケメンの陰茎を思い出す梨恵菜。

男性はそんな梨恵菜に侮蔑の言葉と目線を向けたが、

男日照りになってる梨恵菜はソレから目が離せなかった。



『向こう行け!

 オカマ!!』

怒鳴られた時に確認した男性の甘いマスクを思い出しながら、

梨恵菜は射精の時を迎えようとしていた。

既に彼の陰茎はその男性に抱かれたい。

という涙が先端から溢れ出ていて指先をベトベトに汚していく。



「うっはぁはぁ…

 あっあんイクぅ…

 あぁぁぁん!!」

体をビクッと反らせて梨恵菜は精を解き放つ。

ベッドに彼の想いがこぼれ落ちたが、

それは今までの彼氏が出したものと同じ匂いであり、

その度に梨恵菜は自身がニューハーフだ。

と自覚させられ心が締め付けられていた。



「ふぅ…」

後処理を終え、

姿見に映る自身の姿を確認する梨恵菜。

以前の彼女を知っている者なら、

その変貌にきっと驚くことだろう…

かつて清楚なキャラで芸能活動していた梨恵菜だが、

この体になり生粋の女性にコンプレックスを持つようになってからは

派手なルージュやファンデ服を好むようになり

露出が多い服を着る抵抗感も薄れていった。



「梨恵菜ちゃん遅かったわね」

「早く着替えないとショータイム始まるよ」

「すみません直ぐ着替えます…」

先輩のニューハーフに謝る梨恵菜。

初めは自分をこんな姿に変えた“彼女”達を憎んでいた梨恵菜だったが

刻印の呪いで“彼女”達に復讐しようとすると、

陰茎が強い光に包まれ激しく痛むのでどうすることも出来なかった。

また“彼女”達は梨恵菜より長くニューハーフとして生活しているため、

学ぶべきことも多く、

髭剃り後を隠す方法や、

整形外科も“彼女”達に教えてもらい。

梨恵菜は今では完全にニューハーフの仲間になっていた。



「私がこんな派手な衣装を着て踊る日が来るなんて…」

梨恵菜は更衣室で自らの衣装を見て溜め息を吐く。

その手に握られた衣装は確かに派手で、

胸は乳首以外殆んど露出し、

下も飾り付けが多いものの際どい衣装で

以前の梨恵菜なら恐らく絶対に着なかっただろう。

だがニューハーフの梨恵菜は水商売以外の職を探すのが難しく、

生きるためにはこれを着て踊るしかなかった。



女性の頃のカリスマモデルだった梨恵菜が

この衣装を着て男性の前で踊ったら

きっと多くの視線を釘付けに出来たことだろう…

しかし今の彼はニューハーフであり、

梨恵菜がこの衣装で踊っても男性は昔みたいにチヤホヤしてくれず、

女性客の中には笑っている者までいる有り様だった。

その度に梨恵菜は傷つき舞台裏で泣くこともあった。



ギュッ

「きゃっいやぁ…」

「ねっやっぱり付いてるでしょ」

「美菜やりすぎだよ…

 可哀想じゃん…」

「いいじゃない。

 別にこれくらいそれに女を気取るニューハーフって嫌いなの。

 生理痛も知らない癖に…」

「美菜もうやめて!

 飲み過ぎだよ…」

客の酔っぱらいと思われる女性が言った言葉が梨恵菜の心を抉る。



『確かに今の自分はニューハーフだし生理もない…

 さらに女性ホルモンの副作用で苦しんでいるのに…

 そんな言い方しなくてもいいじゃない』

「あんまり気にしちゃダメよ梨恵菜ちゃん」

「そうそう相手は酔っぱらいなんだから」

「でも私アソコ掴まれるの二度目なんですけど…

 前は男性でしたが…」

「そんな経験私達だってあるわよ」

「まっ私達は女性と違って中々セクハラで訴えられないからね…」 

セクハラ。

その言葉に梨恵菜ははっとする。

『そうだ、今の自分は戸籍上は男性だから周りも男性として認識してるんだ…』

そう、このようなセクハラを受けるのは梨恵菜が

客には女性として認識されていない証であった。



梨恵菜は思った。

自分は当たり前のものを当たり前に享受出来る人間だったと。

なぜなら少なくても今までの自分は世の中に不平不満がなかったのだから。

そう梨恵菜は自身の自己顕示欲を満たせる人間だったのだ。

優しい家族学歴友人。

持たざる者からすれば以前の“彼女”は神にも等しい人間だった。

そんな人間が苦悩を抱え社会に呑まれている人間を侮辱したのだから、

これは当然の報いなのかも知れない。

梨恵菜自身ニューハーフ化してからそれを嫌というほど思い知っていた。

自分の心は以前と変わらないのに周囲の人々は“彼女”を表層から推し測る。

器が違うだけで梨恵菜は以前の様にモテなくなり、

また先輩のニューハーフも彼氏一人作るのにも辛酸を舐め続けていた。

そうこれがニューハーフになった梨恵菜の現実だった。



「記念撮影だって!」  

「ほら梨恵菜もお出でよ」

客の女性が写真の撮影を求めて来た。

梨恵菜はその度に思いを巡らせていた。

今の自分はニューハーフは写真に取るほど珍しい存在なのかと、

そして隣に立つ女性に嫉妬や妬みの感情が隠せなかった。

彼女達は以前よりゴツくなった梨恵菜と違い華奢で共にフレームに収まると

梨恵菜達ニューハーフとの体格の違いが際立っていた。

その度に梨恵菜は自分は紛い物の女性だと自身を卑下し続けた。 



「はぁ今日も疲れた…」

梨恵菜は男子トイレの個室に座り用を足していた。

“彼女”は女子トイレに入りたかったが、

客の女性が嫌がるので男子トイレに従業員も入るのが店の規則だった。

トイレの匂いもタチションのため尿の匂いがたちこめ、

明らかに女子トイレとは違う雰囲気のため

梨恵菜はその度に自分がニューハーフだと自覚して恥ずかしくて惨めで堪らなかった。



「ふぅ…」

梨恵菜の象徴の先端から勢いよく尿が飛び出す。

初めは女性の時との感覚の違いに戸惑いを隠せなかったが、

この二年ですっかり慣れてしまい、

急いでいる時はスカートを捲り上げタチションまでしていた。 



「おっ梨恵菜ちゃんじゃん」

「谷田さん!」

「ハハッ

 折角だからツレションしたかったな!」

「遠慮しておきます…」

「何だ恥ずかしいのか、

 男同士なのにガキの頃は梨恵菜ちゃんもタチションしてただろ?」

店の常連の谷田の言葉に梨恵菜の顔はみるみる赤くなって行く。

それも無理からぬことだろう。

二年前まで正真正銘の女性だった梨恵菜にはタチションなど縁のなかったものなのだから、



ムギュッ

「ひゃっやぁっ…」

「ハハッ

 相変わらず梨恵菜ちゃんのは立派だな!」

谷田はサンバの衣装の様に際どくモッコリしている梨恵菜のソコを掴んでみせると、

豪快に笑い飛ばしていく。



「もぅ、やめてください!」

梨恵菜は咄嗟に怒鳴ってしまったが、

その内心焦っていた。

何故なら男日照りの梨恵菜のソコは触られただけで立ち上がってしまったのだから、

そんな“彼女”のセンチメンタルな感情を嘲笑うかのように

衣装の中で陰茎に刻まれた刻印は艶かしい紫の光を放ち続けていた。



おわり



この作品は猫目ジローさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。