風祭文庫・醜女の館






「紀子の罠」
(力士の花・外伝 後編)



原作・ラックーン(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-067





きーんこーんかーんこーん。


長かった夏休みが追え、始業式の朝。

男子生徒に口々に声を掛けられ悠然と歩く麗華が紀子の視界に飛び込んできた。

男子生徒達は「相変わらず美しいですね」と言い寄るものの、

しかし紀子の目は厳しい。

「ふふ…

 見つけた!!!

 あっあの様子では10kgは太っているわね。

 顎の下に弛みがあるし、目はちょっとはれぼったくなっている。

 腕と足はまるでハム状態ね。しめしめ」

そんなことを思いながら彼女は麗華に近づくと、


「おはようございます」


と声を掛けて通り過ぎようとした。

「え?(だっ誰?)」

突然、見知らぬ美少女に声を掛けられ麗華は驚き、考え込むが、

しかし、いくら検索をしても麗華の頭脳に収められているデータベースからは

いま通り過ぎて行った彼女の名前が出てこなかった。

すると即座に、麗華は彼女に声をかけた。

「ちょちょっと。

 あなた見かけない顔だけど、どこのクラス?」

「いやですよー、先輩。

 部活でお世話になっている横山紀子ですよっ」

「横山…紀子?

 って…」
 
紀子のその言葉に麗華は目をまん丸に剥くと腰を抜かすぐらい驚き、

そして実に間抜けな顔で

「ええっ、あのぶ…、

 ではなくて、横山紀子さん?」

と声を上げた。

「はいっ」

麗華のその声に紀子は満面の笑みを湛えながら返事をする。

「そんな…

 あのデブの横山さんが

 え?
 
 なんで?」

文字通り麗華は信じられなかった。

あの、相撲取りと見間違うほどのデブだった横山紀子が

スレンダーな体型でいま自分の前に立っている。

しかもそれだけではない。

彼女の体中からは一切の脂肪や二重顎はすっかり姿を消し、

目が見えるのかと思えるほど小さかった瞳がつぶらに変化している。

まるで別人である。

以前の紀子を知らない麗華が驚くのは無理もない。

「そっそれにしても変わったわね?」

「あっ、分りますっ?」

麗子の言葉に紀子はわざと嬉しそうな演技をする。

「実は…

 夏休み中、少年相撲クラブの合宿に参加したんです。

 あっ別に相撲を取ったわけでは無いですよ、

 あたしが担当したのはちびっ子力士達の世話で…

 で、その際にちびっ子達に相撲を教えた先生が

 あたしに相撲ダイエットをしてみないかって言われまして、

 時間があったし、面白そうだったので始めてみたら、

 見る見る体重が減っていってしまって…

 夏休みが終わり頃にはこんなになってしまったんです。

 でも、その後が大変でした。

 だって、下着や服が前の寸法で買っていたので、

 全部着れなくなってしまって」

麗子を突き落とすかのように天使のような笑みを浮かべて事情を話す紀子だが、

しかし、麗華は呆然として紀子の立ち去る姿を眺めていた。

美しくなった紀子は当然、コンテストに参加してくるであろう。

まさに”強敵現る”である。

気持ちを落ち着かせる間もなく、ライバルの清美が声を掛けてきた。

「あら梶尾さんじゃない?」

その途端、

「渡瀬…」

麗華は露骨にイヤそうな顔をする。

「あら、

 そんなに毛嫌いをしなくても…」

麗華の表情に清美は余裕ぶった台詞を言う。

「べっべつに…」

少しでも清美の上に立とうと麗華は彼女のことを気にしていない素振りをすると、

「うふっ

 妙にソワソワして…

 いつものあなたらしくありませんわね」

と清美はいつもの調子で麗華に絡んできた。

「誰がソワソワしていますって?」

清美の言葉に麗華が突っかかってくると、

「あらまぁ…」

清美はそんな顔をした後、

「ねぇ?
 
 もしかして太りました?

 いえねぇ…

 終業式にお会いしたときから、

 こう、お顔は丸く…

 そして腕や脚が一周りも二周りも大きくなられましたので…」

と呟いた彼女この一言がすべての始まりだった。



「なっ!

 ちょっと、それ、

 どういう意味ですの?!」

麗華は思わず清美を掴みかかりそうになりながら問いただした。

「いえっ

 私はただ真実を申したまでで…」

怒りを露わにした麗華の言葉に清美はたじろぎながらそう返事をすると、

「でも…

 今月の終わりに開催される光洋祭が楽しみですわね」

そう切り替えすと麗華を振り払うように去っていった。

「くっ」

清美から屈辱を受け、麗華は下唇を千切れるくらいにかみ締める。

そして、その様子を紀子は近くの木陰から眺めていた紀子は

自分の計画通りに推移していることにほくそえんでいた。

夏休み中に一回り太ってしまった麗華はいずれ自分のところへ訪れるだろう。

そして、ありもしない相撲ダイエットの道へ誘い込む。

壮絶な逆ダイエットということも知らずに。

麗華と同じことをしないと気がすまない清美もやがて同じ道を辿るはずである。



翌日、麗華は案の定、相撲ダイエットについて色々と聞いてきた。

冷静な振りをしていたが、必死なのは目に見えていた。

帰宅途中、紀子は伯父の家に寄る。

「梶尾麗華という高校の先輩が伯父さんのところに来るはずなの。

 相撲ダイエットさせてくれって」

「相撲ダイエット?。

 何じゃそりゃ?」

紀子からの依頼に武三は驚くと、

「私が痩せた理由を相撲ダイエットということにしたのよ。

 とにかく、引き受けて欲しいの。

 練習の合間にこの薬を溶かしたアルカリイオン水をたっぷり飲ませてね」

そう言いながら彼女はブタレナリンだけを伯父に渡した。

リスナミンなしにこの薬を服用したら、すぐに凄まじい大食漢になる。

しかも適量の4倍の量を渡して、1週間で終るようにした。

それだけの量をリスナミンなしに服用すれば、

初日から相撲に夢中になることは間違いない。

中毒化して底なしに食べた結果それが体質化する。

もう後には引けないだろう。

リスナミンの抑制効果はそれだけ大きいのである。

「これを飲ませれば良いのか?」

「えぇそう、

 姪からの大事な頼み聞いてくれるわよね」

紀子は悪魔の微笑を浮かべながら念を押した。

「あっあぁ、

 まっまぁ
 
 それでいいのなら」

紀子に押されるように武三は返事をすると

「ありがとう!!」

紀子は元気よく返事をして武三に抱きつき、

そして去り際に

「あっ、それから何日かしたら、

 今度は渡瀬清美という先輩も同じ理由で訪ねてくるはずだがら。

 二人が会わないように時間を調整してほしいんだけど」

と一言告げ武三のところを後にしていった。





それから3週間後の日曜日。

ピンポ〜ン。

早朝、紀子は武三のところに駆け込むと、

伯父が出かける前に様子を訊ねることにした。

「あっ伯父さん、

 例のことだけど…その後どうなった?」

あの日以降学校に姿を見せない麗華たちのことを尋ねると、

「あぁ、来た当初は二人とも腰を抜かすような美人だったがねぇ…」

とため息をつきながら話す伯父の答えは紀子を満足させるものだった。



そして迎えた8日後の月曜日。

その日は待ちに待ったコンテストの日である。

ざわざわ…

ミスコンテストの会場には既に男子生徒達が詰めかけ、

会場は文字通り押すな押すなの大盛況を呈していた。

無論、彼らの共通の話題は麗華が3年連続の栄冠を手に入れるのかと言うことだった。

やがて時間の到来と共に仮設ステージの灯りが消され、

シュワァァァァ!!!

「えーっ

 たいへん長らくお待たせをしました」

その言葉と共に焚かれたスモークの中から司会役の生徒が出てくると、

「只今より、第×回、ミスコンテストを開催します」

と高らかに宣言をした。

そして、

「では、

 出場者の登場です!」

とステージの左右に作られた入場門を指さし声を上げるのと同時に、

「いやぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!」

突然、両側から一斉に少女の叫び声が上がると、

「なっなんだ?」

ステージの前に詰め掛けていた男子生徒からも声が上がった。

そして、程なくすると、

ズシン!

ズシン!!

と足音を響かせながら、

左右の入場門から屈強な肉体を持ち廻しを締めた姿の力士が姿を見せた。

「はぁ?」

それを見た男子生徒の中から一斉にそんな声があがる。

ズシン!

シズン!!

唖然とする空気の中、

二人の力士はステージ中央に向かうと、

「ふんっ!!」

とこれから大一番をするかのようににらみ合いを演じ始めた。

すると、ステージ中央でにらみ合っている二人に向かって、

司会者が凄い勢いで駆け寄ると

「おいおい、君たち。

 ここは土俵じゃなく、
 
 ミス・コンのステージだ。

 早く降りてくれ。そもそもどこの生徒だ」

っと叫んだ。

その途端、

キッ

二人の力士は司会者を睨み付けながら

「何を言っているの、

 私は2年連続でクィーンになった梶尾麗華よ!

 見て分らないの?」

「私は、渡瀬清美よ!

 どうなってるの、
 
 全く!」

は口々に叫ぶ。

「へ?

 梶尾麗華に渡瀬清美?」

力士の口からでた意外な言葉に

「はぁ?」

会場はまるで水を打ったように静まり返った。

長い沈黙の時間が過ぎていく、

「え?

 あっ」

その沈黙を破るかのように司会者が自分の役割に気が付くと、

「そっそれはこちらの台詞だ!!。

 そもそも、君たちは女性ですらないじゃないかっ!」

咄嗟に叫んだ司会者の意見はもっともである。

何しろ見事なあんこ型の体型である上に頭には大銀杏が結われ。

どこから見てもこれから国技館で相撲を取ってくる力士にしか見えなかった。

これは、薬によって二人ともに闘争心が芽生えた結果、

女の長い髪は邪魔に感じると、

武三に大銀杏を結わせた結果であった。



さて、結局のところ二人は引き下がり、

客としてコンテストの進行を見守るしかなかった。

チャンチャカチャ〜ン。

「さあ、今年の優勝者の発表で〜す。

 優勝者は…
 
 1年5組の横山紀子さん。
 
 おめでとう!」

おかしな二人の登場でどうなるかと思われたミス・コンテストは

紀子の計画通りに進み、幕を下ろした。



それから学校は大騒ぎだった。

3年5組には梶尾麗華、

3年6組には渡瀬清美を名乗る力士が浴衣姿でそれぞれ二人の席に陣取ったからである。

「確かに麗華さんは1ヶ月休んでいるけど、

 あの力士がまさか。
 
 だって男でしょ、

 あの人?」

「いやっ

 どうやら本人に間違いないらしいよ」

「うっそぉ」

そんな経緯からか学校内はさらに大騒ぎになり

その騒ぎの責任を巡ってさらに騒ぎはエスカレートしていった。

「我が校のモットーとして、

 あのような女性らしくない生徒を通わせるわけには…」

「しかし、過去2年間の実績を考えると。

 行動も成績も依然悪くないですし、
 
 あと半年ですから、特例ということで…」

「しかし、あの二人には一体何が…」

教職員の間で色々な意見が闘わされた結果、

二人はそのまま卒業できることが決定された。

そして程なくして、

二人に浴衣ではなく制服で来るように指導がなされ、

その結果、200kg近い巨体に可憐なセーラー服を着込んだ髷を結った力士の姿が

電車の中で見かけられるようになった。

「なんだ、あれは?」

「さぁ?」

「何かのギャグ?」

「え?ドッキリか?」

「うそっ

 どこかにカメラがあるの?」

「でもすげーな…」

麗子が乗る車両では女子高生力士の登場に皆興味津々ながらも遠巻きで見守った。

すると、

「あれ、本当に女か?」

「じゃないのか?

 セーラー服着ているし」

「でも判らないぞ」

と事情を知らない男子高生達が麗子の性別論議を始めだすと、

「よし、俺に任せろ!!」

一人の男子高生が携帯電話を片手に麗子に向かって急接近すると、

携帯に付いているデジカメでスカート逆さ撮りを敢行した。

カシャッ!!

一瞬の早業であった。

「やった!!」

彼が成功を確信した瞬間、

ブンッ!!

空気を切り裂く音を上げながら麗子の腕が動くと、

パァァァァン!!

強烈な平手打ちが男子高生の頬を直撃し、

「うごっ」

彼の体は宙に舞い、車両の端に激突をした。

「おいっ

 しっかりしろ」

「くっ

 やっやったぜ(ガクッ)」

麗華に叩かれた男子高生は顔を歪ませながら守り切ったデジカメ付き携帯を

介抱する仲間に手渡すと事切れる。

「おっおいっ

 しっかりしろ!!」

「傷は浅いぞ!!」

意識が消えた男子高生をしきりにゆすりながら、

「どれ?」

彼の仲間達はその携帯の画像を見ると、

「なっ」

「まっマジかよぉ」

「お前はコレだけのために…」

その画像を見た途端、

仲間達は一斉に驚き、そして落胆をした。

そう、携帯のデジカメに映し出されたいたのは

厳ついマワシがしっかりと締めこまれていた麗華の股間だった。



後日談…

その後、紀子は3年続けて高校のミス・コンの優勝者となり、

彼女の目論見通り、卒業間近になってあの”みんく”がコンタクトを取ってきたが、

しかし、紀子は意外にも彼の申し出を断り、大学へと進学をした。

これは紀子の気まぐれなどではなく、

彼女の綿密な計算の上の選択でもあった。

そして大学に進学した紀子は文字通りミス・コン荒らしの異名を取り、

数々のタイトルを総なめにしていく、

また、その頃からミス・コンを総なめにしていく紀子のことが

マスコミから注目されるようになり、

時を同じくして改めてコンタクトを取ってきた”みんく”の申し出を今度は快諾した。

そう、紀子は自分の価値を吊り上げるために、

一度目の”みんく”の申し出を断ったのであった。

こうして芸能界に華麗にデビューした紀子であったが、

その芸能生活は彼女の目論見通り、

日本で1,2を争う人気を誇る美人女優として映画にTVに大活躍している。



その一方で、麗華と清美は一時有力視されていた相撲部屋に行くことは無かった。

無論、二人とも思いっきり相撲が取れる相撲部屋への入門を希望していたのだが、

二人を審査した相撲協会は両名が女性であることを理由に入門を拒み、

入門を迫る二人と激しい議論を展開させた。

無論、議論意外にも二人は稽古と称してめぼしい相撲部屋を訪れては、

次々と力士達を投げ飛ばして女であっても相撲が取れることを実践して見せたが

しかし、相撲協会を動かすことが出来ず

結局、髷を切り同じ女子大へ進んだ。

そして女子大にもかかわらず相撲部を起こすことに成功。

巷では新相撲として既に女性の相撲も行われていたが、

しかし、彼女達がはじめた相撲はそんな相撲ではなく、

「マワシは素肌の上に」

「戦う場所はもちろん土俵!!」

との主張を展開し

女性でも乳房を露にした全裸にマワシを締め、

土俵の上で砂まみれになりながらの相撲を取る。

という男性と同じ本来の相撲が出来るようになっていった。

そして、それにあわせるように麗華たちの女相撲は人気を得るようになり、

その人気に押されて、ついには女性だけの大相撲、そう新大相撲協会が設立され、

こうして本来の大相撲の人気凋落と逆行するように新大相撲は大人気を博するようになっていった。

そして新大相撲設立後初めての場所は

新大相撲設立に奔走した

醜女山こと梶尾麗華が東の初代正横綱に、

また、豚錦こと渡瀬清美が西の初代正横綱として共々選ばれた。

新大相撲設立には協力した二人であったが、

しかし、互いを永遠のライバルと称する二人の実力は抜きん出ていて、

並み居る強敵をばったばったと投げ飛ばし、

そして、千秋楽のガチンコ対決はまさにまさに割れんばかりの声援を受けて土俵に上っていった。

そう、あと数年は二人の時代が続くと思われる。



最後に、この新大相撲人気を支えているのは、大○製薬が6年前に発売開始した

ブタレナリンとリスナミンであることは言っておかねばなるまい。

「ハッケヨイ」

「残った!!」

バシーン!!!

しかし、いまこうして土俵上戦うで麗華と清美が

実は自分達の現在の体格がそのブタレナリンにより作られたとは夢にも思ってはいなかった。



おわり




この作品はラックーンさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。