風祭文庫・醜女の館






「紀子の罠」
(力士の花・外伝 前編)




原作・ラックーン(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-066





「330、

 336…
 
 ……
 
 …345!!!。
 
 あったっー。
 
 良かったぁー」

早春の白い日差しがまぶしく感じる3月1日

この日は県内トップクラスの進学校である光洋学園の合格者発表の日だった。

「あったあった!!」

「おめでとう!!」

「やったー」

同じような嬌声を上げる少女たちの中で

345番の横山紀子の可憐な美しさは人目を引ひいていた。

匂い立つ長い黒い髪、

長い愛らしいまつげに整った眉、

くりっとした二重の目は形よく、その瞳は透き通り、

日本人らしい小さな口に嫌味のない高い鼻。

彼女を見た者は思わず「ほーっ」と溜息をつくにちがいない。



「これからが本番よ」

紀子がニヤッとしたのは合格を知ってから僅か数分後である。

県北に住んでいる彼女が50kmも離れた県南の光洋学園を選んだのは学業の為ではない。

規律に厳しい進学校ながら、

しかし、

この学校には県内唯一のミス・コンが毎年開催され彼女はその座を狙っているのだ。

光洋学園は約半世紀の間女子高であったが、

しかし、10年程前に男女共学となり、

その時からミス・コンが文化祭の前夜祭として毎年行われている。

これは男女共学を推進した現学長が、

「男性は男性らしく、女性は女性らしく」

を座右の銘とし男女間の差が文化を創ると信じていた為と、

共学が始まった年に入学したある男子生徒から出た

「ミス・コンを開催して欲しい」

との要望を即座に認めたものだった。

他方、規律は厳しく、髪染め、化粧、ピアスの類は一切禁止されている。

厳しい筆記試験の前に幼児のお受験よろしく、

厳しい書類審査、親同伴の面接が行われる。

不良の要素を一切持ち込ませない為である。

父親が製薬会社の開発部長、

母親が大学院を出たインテリ専業主婦という家庭に育った彼女が

清心学園に受かるのは約束されていたのも同然だったが、

さすがに合格には胸がはずんだ。

その晩自宅でささやかな合格祝いパーティーが行われた。



「紀子、合格おめでとう」

両親が言うやいなや、紀子は微笑んで話し始める。

「ありがとう、パパ、ママ。

 あたしの我侭を聞いてくれて…

 それで、あたしの我侭を聞いてくれたせめてものお礼に

 パパが作ったばかりのブタレナリンとリスナミンを私の体で人体実験しても良いわよ」

笑みを浮かべながら紀子はそう告げると、

「ええっ!? 

 しかし、あれはスポーツ選手用に開発された特別な薬だ。

 カロリー摂取効率を約10倍にまで高め、

 性ホルモンにも影響を与えるから、

 別人のようになってしまうぞ。

 そこまでして恩を返してもらう義務はないよ」

紀子の提案に彼女の父親である公博は驚いた顔をした。

すると、

「いいの。

 これはあたしの為でもあるんだから。

 ミス・コンテストで優勝するために必要なの
 
 お願い、パパ
 
 あたしにブタレナリンとリスナミンを頂戴」

とせがむ娘の言葉は両親には全く意味不明だった。



優勝者は1年間の学費が払い戻しされ、

準優勝者には半年分、

3位には3か月分の学費が払い戻されることになっているので、

確かに優勝すれば親孝行にもなる。

しかし、紀子にとって優勝することが唯一の目的であり、

払い戻しはその結果に過ぎない。

そんなことはおくびにも見せず、彼女は健気な娘を演じた。

無論、紀子がコレほどにまでミスコンに執着するのは別の意味があった。

それは…

現在、芸能界を席巻している有名アイドルグループ”モーフィング娘!”を

プロデュースしているカリスマ的存在の”みんく”が実はこの学校の第1期男子卒業生で、

そもそもこのミスコンを仕掛けたのも当時1年生だった”みんく”の仕業でもあり、

そして、今でも無名の審査員としてミスコンの審査員席に座っているのである。

そう…

紀子はこのミスコンの優勝を武器に”みんく”接近しようと目論んでいたのであった。

夜、両親が寝静まった頃、

「ふふふふ…

 知っているわよ、

 あの”みんく”が来ていることぐらい

 あぁ、月が奇麗…
 
 ふふっ
 
 そうよ、もぅすぐあたしは変身するのよ!」

紀子は天空に浮かぶ満月を眺めながらそう呟いた。



程なくしてブタレナリンとリスナミンの試作品は既に完成し、

動物実験では全く問題ないことが確かめられたが、

しかし、人体実験はまだである。

この薬は極秘裏に開発されてきただけに実験台び志願する研究員は一人も無く、

そのため薬を開発してきた公博自らが実験台になろうかと思っていた矢先の

紀子からの申し出であった。

無論、公博は自らが主体となって開発した二つの薬の安全性に対する自信はあり、

危険性のない副作用が認められているに過ぎない。

が、被験者が自分の娘となれば心穏やかではない。

娘からの申し込みは公博自身嬉しくもあったが、

けど、花も恥らう年頃の娘で近所でも評判の美少女である娘が、

体型を変える薬を自ら飲むと言い出したのは信じがたい思いであった。

渋る公博に紀子は再三にわたってせがまれ

ついに根負けした公博は次のような説明をして二つの粉薬を与えた。

”ブタレナリンは、力士やレスラーなどを主な対象に開発された薬品で、

 カロリー摂取効率を約8〜10倍くらいにする。

 その基本原理は人体が本来持つホメオスタシス。
 
 そう、人間の体調維持機能である。

 薬が人工的に10分の1カロリー相当の飢餓状態を作り出し、

 ホメオスタシスがそれを補おうとして極端なリバウンド現象をもたらす。

 その結果、ご飯を1杯食べても10杯食べたのと

 ほぼ同等のエネルギーを吸収することが出来る。

 と同時に、女性であっても男性ホルモンを多量に生成させ筋肉質の体を作るが、

 しかし、ひげや喉仏、声変わりには殆ど影響がない。

 ただ、性格がかなり男性化する傾向が動物実験では認められている。

 しかし、筋肉増強剤と違い、食を取り体を動かすことで始めて効果が出るので、

 ドーピングに引っかからないという利点もある。

 販売されれば売り切れ状態になるのは間違いない。

 リスナミンは単独では何の作用もないが、
 
 ブタレナリンの中毒症状を解毒する効果がある。

 これらを併用することで、使用者はいつでもブタレナリンから離れられる…

 …まあ、ブタレナリンは中毒になっても大きな害はないのだが、

 ただ体が、服用している時と同等の栄養価を求める為食欲が増えるから、

 食費がかさんでしまうのが問題になるな」

父親は最後の部分を笑いながら語った。



「こんにちは〜っ!」

翌日、紀子は母方の伯父・勝沼武三を訪れた。

武三は20年前に大相撲で幕内の経験もある元力士で、

現在は自動車修理業を営みながら土日だけちびっこ相撲を指導している。

彼の徹底した厳しい指導は評判が高く、

彼の元を巣立ったちびっこ力士のうち既に二人が幕内で活躍している。

「伯父さん、お久しぶり」

「のんちゃんか。

 珍しいね。
 
 どういう風の吹きまわしだい。

 相撲でも取ろうとでも言うのかい?」

突然の姪の訪問に武三は笑みを浮かべながらからかい半分にそういうと、

「ふふっ

 そのまさかなの。

 ただ、練習だけさせてほしいなぁと思って」

「おっおいっ

 わしは女子を教えたことはないしなぁ」

「お礼はするから、

 ねっ
 
 お・ね・が・い」

「あぁ分った。

 午後の仕事は息子に任せるから、2時過ぎにおいで。

 姪といっても容赦なく厳しくするからな」

紀子に迫られ、武三は顔を赤らめながらそういうと、

「じゃあ、明日からお願いします」

元気よく紀子は返事をするとペコンと頭を下げた。



そして、その翌日

父親からたっぷり貰った試作品のブタレナリンとリスナミンを服用した後、

紀子はレオタードを入れた袋を抱えバスで自宅から10km離れた練習場へ行った。

「女子と言えどもマワシは締めないといかん」

そう言いながら武三はレオタードの上から彼女の柳腰にマワシを巻き始める。

レオタードの上からとは言え、実際にマワシを締めるのは恥ずかしい。

「恥ずかしいよ」

「何を言っているんだ」

恥ずかしがる紀子に武三は厳しく叱ると

お構いなしに締め付けられてしまう。

紀子は伯父の影響で相撲はよく観た方だったが、

しかしすると見るのでは大違い。

蹲踞するのもままならず、

すり足、鉄砲と一通り経験しただけでその日の2時間の稽古は終った。

「ありがとうございました」

「おうっ」

土俵の整備後、

着替え終わった紀子はそう挨拶をし相撲場を飛び出していく、

そして急いで家に帰ると体重計に乗る。

「あれっー、2kgも減ってるーっ

 なんでー?」

そのことを帰宅した父親に問うと、

「あぁ言い忘れたが、

 ホメオスタシスだ。

 初日は寝ていても減る。
 
 要するに体が準備段階に入った証拠だ」

「へー、

 そうなの?」

まさに父親の言った通りだった。

翌日には3時間に増えた練習であれほど汗をかいたのに体重は元の体重に回復していた。



三日目、伯父がこう切り出した。

「のんちゃんさぁ、

 レオタードにマワシというのがどうもいけねぇ。

 滑ってやりにくいということもあるが、
 
 やはり相撲は素肌にマワシだ。

 それが嫌なら家に帰ってくれ。
 
 大事な姪だ。
 
 変な気持ちは持たんよ」

ミスの栄冠の為なら何でもやると決心した紀子だが、

さすがにこの武三の申し出には逡巡した。

そして、暫く考え込んだ後、

「しょうがないなぁ」

と意を決すると自ら伯父の前でレオタードを脱いだ。

マワシは一人では付けられないからである。

左手はまださほど膨らんではいない乳房に、右手は股間に当てられたが、

しかし、右手は伯父の手で乱暴に払われた。

伯父は前言通り冷静にマワシを付けていき、付け終わるなりこう言った。

「どうだ。

 身が引き締まる思いだろ。

 練習と言えども素肌にマワシを締めるのが相撲をやる者の礼儀だ」

すると、奇妙なことに、

臀部を丸見えにして恥ずかしいと思いつつも伯父の言葉はよく理解できた。

あるいは早くもブタレナリンの効果が現れたせいなのかも知れない。



45kgだった紀子の体重は5日目には51kgになっていた。

「うわぁぁぁ…この薬の効果って凄い」

体重計の針を眺めながら紀子はそう思い始めていた。

4月8日の入学式までまだ30日ある。

どこまで増えるのかな、と紀子は変な期待を持ち始めていた。

父親の説明によると10日目を過ぎる頃から薬の効果は倍増するらしい。

すると、3日目以降揃えたように2kgずつ増え

9日目が終った時点で59kgになったが、

10日目になると62kg、11日目は67kgとなっていた。

その数字は父親の説明を裏打ちした。

そして、その頃からバスの中で自分を見ながら噂話をしていた学生たちが

次第に無関心になって行くのを感じ取ると、

「はぁ…

 この太い腕と足じゃ無理もないか」

紀子はぷっくりと膨れた太い腕を眺めながら自嘲気味に独り言を言う。



ガチャッ!!

「ただいま」

自宅に着いた紀子は挨拶の声を上げると同時に足早に玄関を通り過ぎ、

そのまま廊下を進んでいく、

そして、廊下の壁に掛かる鏡を思わず見たとき、

ヒッ!!

そこに映った自分の姿に一瞬足がすくんだ。

と同時に、

「キャーッ!」

割れんばかりの紀子の絶叫が家中に響きわたった。

「どうしたの?」

娘の絶叫を聞きつけ母親の律子が姿を現すが、

「どっどうしたの?

 その顔!?」

律子が娘の顔を見て改めて驚いた。

あれほど完璧だった彼女の二重の目が見る影もない。

単に一重になっただけでなく、

周辺の肉片に押し寄せられ以前の半分ほどの大きさになっていた。

皆が憧れたつぶらな瞳はそこにはない。

その美しさの源である長いまつげにより母親ですら娘と確認できるくらいの変わりようだ。



「私の顔が…

 そんな昨日まで顔は大丈夫だったのに」

鏡を眺めながら紀子はショックを隠せないのか呆然としていた。

「そう言えばパパが話していたわよ。

 あの薬の副作用は顔のむくみだとか。
 
 きっと、それが出たのよ。

 でも良いじゃない。
 
 体に釣り合っているわよ」

15歳の少女は母親の意外なほど冷たい言葉に益々落ち込む。

17日目90kgを越えたところで彼女は薬の服用を一旦止めた。

しかし、武三は彼女の急激な太り方に目を丸くしていた。

「相撲は上手くならんが、体はまるで本物の力士のようだな」

彼がうなるのも無理はなかった。

157cmと中背の彼女が今は100kgに及ばんとする巨漢となっていた。

柳のようだった腰は今では100cmを優に超える。

男性ホルモンの影響で乳房は意外なほど膨らまず胸板と一体化していて、

力士をそのまま小型化したかのような体型である。

変貌した顔にもようやく慣れてきた。

顔は益々むくみ、目は物が見えるのかと思えるほど縮小していた。

長いまつげも埋もれているようだ。

急激に容積の増えた顔に皮膚が追いつかない。

こうして伸ばされた皮膚は不思議なことに、

彫刻のように美しかった鼻を若干ひしゃげさせている。

二重顎には目を反らしたくなる。

薬のせいで心が多少男性化しているのだろう、

以前はあれほど入念にケアしていた顔については殆ど気にすることもなくなり、

またマワシを締めることも全く恥ずかしくなくなっていた。



「ここへ来た目的は相撲ではなくて肥満体になることだったの」

紀子は不純な動機を伯父に打ち明けた。

「パパの薬は運動をしないと効果がないんだけど、

 幸い、伯父さんが相撲道場をやっているでしょ。

 一番安上がりだし、簡単かなって」

あっけらかんと話す彼女の声は以前とは違い、

体の底から響くようなかなり太く低い声になっていた。

体重は既に目標の100kgを超えていたが、

彼女は入学式前日まで伯父に相手をしてもらった。

ブタレナリンの影響で僅かながら力に対する憧れが生まれていたのである。



華やかな入学式。

梶尾麗華は早起きをして学校へ一番乗り、

双眼鏡を使って新1年生のチェックを始めていた。

「うふっ、今年は大したことないわね」

麗華は2年連続でミスに選ばれた絶世の美女である。

まだ子供らしい部分がないわけでもないが、大人びた風情は他を圧倒していた。

髪はロングで光のリングがいつでも出来る美しさ。

校則で許される範囲で整えられた眉は

50年代のハリウッド女優のそれを思いださせる優美さを誇り、

大きくて高慢さを僅かに覗かせる瞳、鼻筋の通った高い鼻、

白い歯は僅かな歪みすら見せない。

勝ち誇った麗華がいる3年5組の教室の隣で同じように双眼鏡を覗く美少女がいる。

6組の渡辺清美である。

彼女は2年連続準ミスに甘んじて、今年は雪辱を期していた。

麗華に比べれば容貌は大人しい。

しかし、スタイルには麗華に負けない自信はある。

麗華の文字通り華麗な容貌の前では勝ち目が薄いことも自認しているが、

ライバルが多少太りやすい体質であることは2年間の経験で知っている。

「恐らく今年は油断している。

 ふふ…夏休み後が楽しみだわ」

その通りになれば五分の戦いとなる。

双眼鏡を持つ清美の手に力が入った。

二人は同時にこちらを見ている少女に気付いた。

100kgを越える大巨漢になった紀子である。

「何であんな不細工がこの学校に?」

二人は異口同音に呆れた。

肥満児が入ってはいけないとルールはないが、

生活態度に厳しさが感じられない肥満体の生徒は事実上皆無の状態である。

二人が僅かに認めたのは、その髪の美しさである。

「あの体にあの髪は勿体ないわね。

 大銀杏でも結ったほうがお似合いだわ」

麗華は紀子に【問題外】の烙印を押した。

麗華と清美については十分すぎる情報を紀子は持っていた。

最初から二人をライバルと見なして入学してきたのだ。

「2年間終始女王の座を争っていた二人を蹴落とす為に私は太ったのよ」

1週間後クラスで早速関取というあだ名を付けられた紀子は、

それでも気分よろしく、麗華がリーダーシップを取る茶道部へ入部した。

「何であの豚がここに」

心の中では思いながらも、麗華は優しく迎える振りをした。

彼女に憧れて入部する女子生徒の後が絶えない。

紀子もそんな一人だと麗華は思うが、

「豚には憧れてもらいたくはないわね」

自分の美貌がひどく傷つけられた思いがしていた。

紀子は3日に一度ブタレナリンとリスナミンを服用して体重が維持できるようにし、

土日に子供達と一緒にマワシ一つで練習を続けていた。

電車で一緒になる様々な学校の生徒たちは彼女を見るなり、

「うわぁーっ。

 すげーデブ。
 
 目が腐るぜ」

と口々に言う。

しかし、初志貫徹で意気込む彼女がそんなことを気にするはずもない。

それでも、心の中ではこう思う。

「みてらっしゃい。9月になったらみんな釘付けよ」

夏休み前最後の部活動を終え、紀子が麗華に声をかける。

「梶尾先輩、1学期にお世話になったお礼に大好きなコーヒーを奢らせてください」

「そう? 悪いわね」

サッサッ。

紀子は自動販売機で買った紙コップのコーヒーにブタレナリンを僅かに振りかけ渡すと、

「今日は格別においしいわ。

 有難う、横山さん」

何も知らない麗華は満足そうに告げた。



そして迎えた夏休み。

終業式の1週間前からブタレナリンの服用を止めていた紀子は

10日間で20kg体重が減った。

薬を使用せず、相撲を相変わらず続けているので体重の減り方も早い。

8月中旬には60kg。

太目の体には映えた太いマワシが、大分細くなった腰には似合わない。

「それはそれで寂しいわね」

元に戻りつつある体を誇らしいそうに眺める。

薬を止め1ヶ月も経つので顔のむくみも完全に取れ、見事美少女が復活した。

あと2週間毎日1kgずつ減れば理想の45kg。

薬の力を借りてインスタント・デブになった彼女の減量はリバウンドもなく楽なものだった。

困ったことが一つだけ残った。

太っていた時に付いたがに股で歩く癖がなかなか直らない。

暫くは意識して歩くしかなさそうである。



つづく




この作品はラックーンさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。