風祭文庫・醜女変身の館






「やせ神様」


作・風祭玲

Vol.607





「渚ぁ〜っ

 あんた、まだ食べる気?」

夕暮れの公園に女性の呆れた声が響き渡る。

「しょうがないでしょう?

 お腹が空いて仕方がないんだから」

その声に反論するようにしてパフェをがっつきながら渚が文句を言うと、

「はぁ…

 そりゃねっ

 ラクロス部のキャプテンって言うのが大変なのは判るけどさ、

 でも、いい加減いしないと、

 太るよ、マジで」

テーブルの上に堆く積み上げられた皿の山を見ながら、

この公園で移動たこ焼き屋を切り盛りする彼女はそう警告をした。

「そんなこと言っても、

 食欲増進にって和(ほのか)がくれた飴食べたら、

 馬鹿みたいにお腹が空くようになってしまったんだもん」

「困ったものね…

 渚を実験台にするなってあれほど言っているのに、

 渚の食欲って病気の時でも人並にはあるのにね」

渚の言葉を受けながら彼女は頬杖を付くと、

「茜さんっ

 また、たこ焼きお願い!!」

パフェを食べ終わった渚が叫ぶ。

「はいはい…

 知らないよ、マジで…」

渚のその声に茜と呼ばれた彼女が立ち上がると、

「はいっ

 どうぞ…」

茜の従姉妹でこのお好み焼き屋を手伝う光が

お皿にてんこ盛りに盛られたたこ焼きを恐る恐る差し出すと、

「サンキューッ!

 もぅお腹が空いて空いて」

光から皿をひったくるなり渚はそのたこ焼きを自分の口の中へと放り込んだ。

すると、

「知ってます?

 やせ神様のこと」

と光はたこ焼きを食べる渚にそう囁いた。

「やせ神様?」

「はい、

 渚さんのその食欲がこれからどのように跳ね返ってくるか判りませんが、

 もしもの時には役に立つと思います。

 この公園の真ん中、

 ほら、あそこにペンギン大王と呼ばれる滑り台がありますよね。

 そのペンギン大王の真下には

 かつて魔術師の血を引く少年が作ったと言う大きな穴があって、

 その穴は何でも吸い込むブラックホールになっているとか」

「へぇぇ…

 あのペンギン大王の下に穴がねぇ…

 で、その穴とやせ神様とどう言う関係があるの?」

「えぇ…

 それでですね、

 その穴はペンギン大王によって塞がれていて直接は見ることは出来ませんが、

 でも、新月の夜にペンギン大王の真上に立って、ある呪文を叫ぶと、

 身体に溜まった体脂肪を吸い取ってくれるとか」

渚に向かって光は説明をした。

すると、

「はぁ

 やせ神様か、

 いいねぇ、そう言ったのを信じらっれることって」

光の話を聞いていた茜は早速茶々を入れるが、

「で、

 そのある言葉って?」

そんな茜の言葉を無視して渚は尋ねると、

「はい…

 わたしも伝え聞きなのですが、

 消したいものを念じながら”イレイズ”と叫ぶそうです」

「なにそれ…」

真面目顔で告げた光の言葉に渚は目をぱちくりさせると、

「はぁ…

 何でそんな言葉なのかは判りませんが…」

と光は言うだけだけでそれ以上の情報は出てこなかった。



そして迎えた次の朝、

「んーっ!」

いつもよりも渚は早く目覚めると、

ベッドの上で大きく背伸びをする。

そして

「あれ?

 お腹が空いてない…

 そっか、和のクスリの効き目が切れたんだわ」

と昨日、苦しめてきた空腹感が無くなっていることに、

渚はホッとしながらベッドから降りた。

ところが、

「ん?

 身体が重い…」

普段感じることがない体の重さを感じるのと同時に、

タップン!

と自分の胸とお腹が大きく波打った。

「え?」

そのことに渚が驚くと、

慌てて下を向いた。

すると、

「なっなにこれぇ!!」

渚の目に飛び込んできたのはパンパンに膨らんだ腕と、

足下が見えないくらいに膨らんだお腹、

そして、そのお腹の上に乗っかるかように飛び出ている乳房が

着ていたパジャマを大きく引っ張っている様子だった。

「え?

 え?
 
 え?

 いやぁぁ!!!

 信じられなーぃ」

その直後、渚の悲鳴を挙げると、

「どっどうしたのお姉ちゃん?」

悲鳴を聞きつけたのか渚の弟が彼女の部屋に飛び込んでくるなり、

「うわっ!」

悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。

そして、

「おっおかーさーん!!」

腰を抜かしながら母親を呼ぶと、

「なによぉ、もぅ…」

面倒くさそうに母親が渚の部屋に入って来ると、

部屋の中に立ちつくす渚の姿を一目見るなり、

「あらららら…

 もぅ、食べてばっかりいるから太るのよ、

 丁度良い機会だわ、

 間食は控えることね」

と注意するなりさっさと部屋から出て行ってしまった。

「そんなぁ…」

母親の素っ気ない態度に

渚は別人のように太くなっている自分の身体を見つめながら

その場に座り込んでしまうと、

「どうしよう…

 これじゃぁラクロスできないよぉ」

と泣き声をあげてしまった。



キーンコーン!!

それから約1時間後、

「和(ほのか)!!」

予鈴の音が響き渡る教室に渚の絶叫が響き渡ると、

ズシン!!

ズシン!!

ズシン!!

パンパンに張りつめた制服姿の渚が地響きをあげながら

自席に座り授業の準備をしている親友の和に向かって突進してきた。

「うわぁぁ…」

「なになになに?」

「すごい!」

「うひゃぁぁ…」

そんな渚の姿にクラスメイト立ちは皆飛び上がって驚いていると、

「なっ渚?

 やっぱり…

 太っちゃったのね」

二の腕をプルンと震わせ小山のように迫る渚の姿に

和はこの惨状を予期していたのか口に手を当てながら冷や汗を流す。

すると、

「やっぱりって、

 和はこうなることを知っていたの?

 信じられなーい。

 コレ、どうしてくれるのよぉ」

このまま褌を締めれば女子相撲の選手かと思えるような肉体を指さし渚が迫ると、

「うっうん、

 昨日あげた飴には食欲の増進の他に、

 ちょっと問題点があったことが判って…」

と和は言い訳をする。

「問題点?」

「えぇ…

 渚にあげる前に朝、忠太郎で動物実験をしたんだけど」

「忠太郎って、和のところで飼っているレトリバーだよね」

「うん、

 朝、あげたときはなんとも無かったので、

 飴を渚にあげたんだけど、

 でも、帰ってみたら…

 忠太郎、体重が三倍になってしまっていて、

 お婆ちゃま、気絶していたのよ」

と和は忠太郎で起きた惨劇を説明した。

「たっ体重が三倍!!!

 って冗談じゃないわよ、

 じゃぁあたしも三倍の体重になるってコトじゃない!!」

「でも、食欲はもぅないんでしょう?

 じゃぁ、これ以上太ることはないと思うわ、

 あの飴に多く含まれた成分は食欲増進の他に

 食べた食べ物の栄養と結びついて脂肪を急激の増加させる効果があったの、

 でも、長時間身体に留まっていられないから、

 食欲が元に戻っていれば大丈夫よ」

そう和は言うが、

「大丈夫って、

 全然大丈夫じゃないわよ、

 もぅ!

 和がくれた飴のせいでこうなったのよ、

 なんとかしてよ」

文字通りプクプクに太ってしまった渚が和に迫り、

そう訴えると、

「うっうん、

 いっ一応、こんなコトもあろうかと、

 体脂肪を効率よく燃やすダイエット飴も開発済みなんだけど、

 舐めてみる?」

そう言いながら和はシャレーに入った紫色の飴を渚に差し出した。

「体脂肪を効率よく燃やすって

 大丈夫なの?」

シャレーを横目に見ながら渚は安全性について疑問を突きつけると、

「うっうん…

 大丈夫だと思うけど、

 まだ、動物実験の段階で…」

和は口を濁らせた。

「動物実験?

 どうせ、忠太郎を実験台にしたんでしょう」

「うん、

 まぁ」

「で、結果は?」

「えぇ、忠太郎の体重はちゃんと減ったわ」

「へぇぇ」

和のその報告に渚は表情を明るくすると、

「じゃぁ、この飴をなめれば元の姿に戻れるわけね」

期待を込めて渚は飴を手にすると、

ポン!

と口の中に放り込んだ。

コロ

「で、どれくらいしたら効き目が出るの?

 明日はラクロスの試合があるから、

 それまでには元に戻らないと」

口の中で飴を転がしながら渚は効き目が出るまでの時間を尋ねる。

ところが、

「あのね…

 忠太郎の体重は減ったことは減ったんだけど、

 でも、

 飴一粒の減少率が0.3%だったの」

と申し訳なさそうに告げた。

「ちょっと、待ってよ、

 それって、

 ダイエットには使えない。ってことじゃない…」

「うん、そう言うことになるかな」

「あははは…」

「渚?」

「和っ

 一刻も早くナントカしてよ!!」

「はっはいっ!」

渚の剣幕に押され和は教室から飛び出していった。

「ハァハァ…

 もぅ、信じられなーい」

和の消えた教室で渚は頭を抱えていると、

「あっあの…渚?」

声をかけずらそうに同じラクロス部に籍を置くクラスメイトが話しかけてきた。

「なに?」

肉で埋まりかけている首を回して渚が返事をすると、

「あっあのさっ

 渚…

 明日の試合なんだけど…

 今朝、高等部の藤村君が応援に来てくれるって話があって…

 ほら、この間、

 藤村君が出たサッカーの試合で渚、応援したでしょう。

 そのお礼も兼ねてだそうよ」

と申し訳なさそうに高等部の藤村が試合応援に来ることを渚に告げた。

「まずい!」

そのことを聞かされた渚は声を張り上げると、

昨日、光から教えられた”やせ神様”のコトが脳裏を駆けめぐり、

「こうなったら…」

その瞬間、彼女の目が光った。



ヒュゥゥゥ…

その日の晩は偶然、新月だった。

「よっよしっ」

深夜の公園に立つペンギン大王の真上に

ズシン!

渚の巨体が聳え立つと、

「ふーっ

 ふーっ

 全く和ったら、

 さらに太ったじゃないのよっ

 もぅ100kg越えているんじゃない?」

ミシッ!

肉の小山と化した渚は

さらに太さを増した自分の体を見下ろしながら文句を言い、

「とっとにかく…

 一刻早くやせないと…」

焦燥感に駆られながら時計を見ると、

時計に表示される全ての文字が0になる時を待った。

そして、その文字が全て0に向かってカウントダウンを

開始するのと同時に大きく息を吸い込み、

そして、全てが0に揃った瞬間。

「この脂肪よ…イレイズ!!」

渚の声が響き渡った。



そして翌日…

「おはよーっ!」

試合会場に渚の元気の良い声が響き渡ると、

「渚?」

「うっそぉ!!」

「本当に本当に本当にやせたの?」

とラクロス部の面々が驚きながら元の華奢な姿の渚の周りに集まった。

「うん、心配掛けてゴメンね、

 大丈夫だから」

部員達に囲まれながら渚はそう言うと、

「よーしっ

 締まっていこう!!」

と声を張り上げた。

そして、試合が始まったのと同じ時刻…

『この公園か…』

ペンギン大王の近くに不穏な影が迫っていた。

『ふんっ

 さっさと片付けよう』

カポッ

『全く…

 あの”お方”の為とはいえ』

ギュッ!

『文句を言わないのっ

 こうしてバイトをして稼がないとオモチャが買えないでしょう。

 今週買ったヘリコプター代金の支払日、忘れないでよ』

ガチャン

闇の気配を漂わせるマッチョな男2人と女性1人の三人組が

作業着に身を包み、ヘルメット・装備を調えると、

”水道工事中”

の看板をペンギン大王の傍に看板を立てる。

そして、

『ふんっ

 こんなこと俺様一人で十分だ』

その中で一番体格が大きく赤い肌の男が

長髪の男を押しのけてツルハシを振り上げると、

『せーのっ』

ドカッ!

地面に向けて一気に振り下ろした。

「行ったよ、渚!!」

「まかしとけ!!」

一方で、渚達の試合は例にないくらいの白熱の展開となり

好ゲームとなっていた。

「ふぅ

 手強いわね」

「勝てるかな?」

「なーに、楽勝よ」

焦りの色が出てくるチームメイトに渚はハッパをかけ、

「さぁ、後半戦よ、

 一気に決めるよ」

と言いながらラケットを手に取った。



ドカッ!

ドカン!

ドカッ!

ドカン!

ペンギン大王の傍の工事は順調に進み、

彼らが掘った溝は徐々にペンギン大王へと迫っていった。

その時

『おいっ、

 少しは手伝ったらどうだ?』

工事には参加せず腕組みをしながら見ている女に向かって

長髪の男が注意をすると、

『ふんっ、

 わたしは現場監督よっ

 現場監督は作業を見るのが仕事よ』

と言い切った。

『むわったく…』

女の返事に長髪の男はさらに不機嫌そうな表情をすると、

『ふんっ

 コレで最後だ!』

ドカン!

そう叫びながら赤肌の大男が思いっきりツルハシを振り下ろしたとき、

『あっ!』

と叫んだ。

『どうした?』

即座に長髪の男が理由を尋ねると、

『ふんっ

 勢い余って水道管を折っちまったい』

と赤肌の男が返事をするや否や、

ズズン!!

ツルハシの下から鈍い音が響き渡ると、

ブシュッ!

地面に突き刺したツルハシの部分から水が噴き出し、

『うわぁぁ』

『なんだぁ!』

ズゴゴゴゴ…

水は男達の悲鳴と共にペンギン大王を飲み込みながら、

周囲の地面がすり鉢状に一気に陥没させてしまった。

すると、

ヌォォォォォ!!!

ペンギン大王の下より得体の知れぬ妖気に似た物体が俄にわき上がると、

”ザケンダー!!!”

と雄叫びを上げ、いずことも無く飛び去ってしまった。

『は?

 サケンダ?』

『お前の仕業か?』

『いや、俺は知らないぞ』

噴水のように吹き上げる水の中、

三人はそれぞれ心当たりを尋ねていた。



一方、試合会場では、

「くっそう、

 1点差か…」

後半戦も残りわずかとなり、

さらに相手チームに点差を付けられていた渚は焦りを感じていた。

「うーっ

 藤(ピー)先輩が応援に来てくれているんだから、

 負けられないよ」

観客席にいる憧れの先輩をチラリと見た後、

渚はそう呟くと、

「行くよ!!」

とチームメイトに声を掛け、

そして、相手のパスを奪うなり一気に攻め上る。

「とにかくこれで一点を入れる」

そう自分に言い聞かせ渚は相手チームを蹴散らし、

一気にゴールに攻め入ると、

「渚っ、パス!!」

とチームメイトの声が響いた。

「いける!」

タイミングを見計らい、

渚がジャンプしようとするが、

しかし、

「させるかぁ!!!」

相手チームの選手がすかさず渚の行動を阻止してきた。

「ちぃぃっ!!」

不自由な体勢で渚はさらに高くジャンプしたとき、

いきなり青空が暗くなると、

”ザケンダー”

と叫ぶ声がその耳に入った。

「え?

 ザケンダ?」

聞き覚えのある声に渚は呆気にとられるが、

その次の瞬間、

ビシッ!!

渚は鞭で打たれたような衝撃を感じると、

ボムッ!

スティックを握る右腕が丸めた布団のごとく膨らみ、

「え?

 なっなに?」

渚はその膨らんだ腕に驚きながら、

バランスを崩すと落下してしまった。

そして、地面に激突すると同時に、

ボムッ

ボムッ!

ボムッ!!

渚の左手、両足と一気に膨らむと、

さらに、

ズボン!!!

腰からお腹、

そして、胸が爆発するように膨らみ、

身につけていたユニフォームを吹き飛ばしてしまった。

「いっいやぁぁ!!」

タップン!

相撲取り…

いや、それを遙かに上回る巨体を揺り動かしながら渚は悲鳴を上げるが、

しかし、そのほとんどを脂肪でできた肉体はその場で弾むだけであった。

「なっなにこれ?」

「うっ」

突然姿を見せた肌色をした肉の山にチームメイトはもちろん、

相手校の選手達も唖然としていると、

『ザケンダー!!』

なおも太らせ足りないのか、

やせ神様は渚の身体から吹き出すと、

「きゃぁぁぁ!!」

周囲にいる者達に手当たり次第に取り憑き、

そして、

ボンッ!

ボンッ!

ボォォォン!!!

ズボボボボボォォォォォン!!

彼女たちの身体を一気に膨らませ、

一斉にユニフォームを吹き飛ばしてしまった。



ハァハァハァ

「和さん、こっちです」

「渚ぁぁぁ〜っ

 出来たわ、

 効き目を大幅にパワーアップした新しいダイエット飴よぉ

 忠太郎で効き目を確かめたから大丈夫よぉ

 ほらっ、こんなにガリガリになって」

光に先導されながら、

白衣姿の和が文字通り、骨と皮と化した愛犬を連れ

競技場に飛び込むと、

「え?」

「なっなんですか?」

グラウンドの惨状を見るなり目が点になってしまった。

「相撲の試合?」

「さぁ?」

グラウンドの中で倒れている巨漢力士の山…

じゃなくてコロンコロンに太りきったラクロスの選手達を前にして

和が呆然としていると、

「和ぁ〜

 助けてぇぇぇ!!」

相手チームのゴール前で堆く積み上がった肉塊から

渚の声と共に丸太のような手が上がった。

「渚っ!!

 コレは一体どうしたの?」

その声に導かれるようにして和が駆けつけると、

「知らないわよっ

 突然、

 こんなになっちゃったのよ、

 もぅ、やせ神様にお願いしたのに、

 藤(ピー)先輩が見ているのに、

 いやぁぁぁ!!」

その巨体を揺らしながら渚が泣き出してしまった。

すると、

「あっそう言えば、

 さっき茜さんからメールがあって、

 ペンギン大王のところで土砂崩れがあったそうです。

 ひょっとしたら、

 その衝撃でやせ神様が溜め込んでいた様々な肥満エネルギーが解放され、

 その行き先として最後にお願いをした渚さんのところに来たのかも…」

と光は原因について考察をする。

「そんな…

 だからといって何であたしに…」

光の考察に渚は不自由になってしまった手で自分の頭を抱え込んでしまうと、

「誰かナントカしてぇ!」

と叫び声を上げていた。



「渚っ

 大丈夫よ、

 あたしの飴があるじゃない」


おわり