風祭文庫・醜女の館






「ダイエット」



作・風祭玲


Vol.524





「え?

 またダイエットはじめたのぉ?」

昼休みの教室に佐伯恵子の驚いた声が響き渡ると、

「そうよっ

 悪い?」

彼女の隣に座る田口鞠子は挑発するような返事をする。

「いやっ、別に悪いだなんて言っていないけど…」

「ふっ

 そうやって馬鹿にするのも今のうちよ、

 今度こそ、完璧なオンナの体を手にいれて見せるわ、

 ふふっ、見ていなさぁいっ

 私のナイスボディで男達の視線を釘付けにしてあげるから」

「はいはい

 がんばってね」

ぶるんっ!!

と揺れる二の腕を振り上げて

目に炎を燃やし決意を語る鞠子に対し

恵子はやや醒めたような口調で言うと、

「なによっ

 まるで失敗するかのようなコト言わね」

その言葉にカチンと来た鞠子は直に詰め寄った。

「え?

 あっいや、

 そんな意味じゃぁ」
 
鞠子の剣幕に押されるように恵子は言い訳をすると、

「ふんっ」

鞠子は鼻を鳴らしドスドスと足音を立てて恵子の前より立ち去って行った。

「はぁ…

 まったくなんなの?」

鞠子の豹変振りに恵子は胸をなでおろすと、

「そーとー、切羽詰っているみたいね」

と恵子の友人である小川美郷と

「でも、その気持ちわかるわ…」

町田里香の二人が寄ってきた。

「切羽詰っているって…」

三郷の言葉に恵子が聞き返すと、

「鞠子って昨日の放課後、

 3年の高山先輩にアタックしようとしたのよ」

と里香が昨日鞠子の身に起こった出来事を話し始める。

「アタックって…

 え?
 
 鞠子があの柔道部の主将の高山先輩に?」

「うん、そうよ」

「はぁ…(鞠子って高山先輩のような人が好みだったんだ)」

「でもね、その直前…

 高山先輩が同じ柔道部の人に好みのタイプを聞かれたそうなの

 すると、
 
 高山先輩はスレンダーな女性が好みだって、言ったそうで、
 
 その言葉に鞠子…固まっちゃったんだって」

「あはは…

 そりゃそーだ」

里香の説明に三郷が笑う。

「ちょっと」

笑う三郷を恵子は窘めるが、

しかし、

「うん…

 (無理もないか)」

恵子自身、鞠子の行動に納得をした。

確かに鞠子はスレンダーというより、

体重70kgの太目の女の子である。

その鞠子があこがれの人のタイプを話されて固まるのも無理は無かった。

「それで…

 本気でダイエットしようとしたわけか」

さっきの鞠子の意気込みに恵子は納得をすると、

一人で数回うなづく。

すると、

「ちょっとぉ、

 あんた、人に笑うな。といいながら、
 
 自分だって相当ひどいこと想像しているんじゃないの?」

とそんな恵子に三郷が突っ込みを入れると、

「え?

 ちっ違うわよっ
 
 鞠子に今度こそはがんばって!
 
 って応援しようと」

美郷の言葉に恵子は慌てて言い訳を始めた。

しかし、

「うわぁぁ…

 ”今度こそ”なんて
 
 しっかり楽しんでいるじゃないのっ」

と美郷はすかさず茶々を入れた。

「ちっ違うっ」

顔を真っ赤にして恵子は否定をすると、

「まぁ、佐伯さんの本性がわかったということで、

 成果はありましたよね」

と里香は結論付けた。



「町田さんっ!!」

教室内に恵子の声が響き渡るを聞きながら、

「ふんっ

 今度こそ、
 
 絶対にやめないんだから」

鞠子は決意を新たにしていた。

しかし…

「はぁ、とはいっても…

 ダイエットなんて…
 
 あたしできるかなぁ…」

足元から伸びる自分の影を見つめながら鞠子はため息をつくと、

いつしか脚の動きが鈍くなる。

スカートの下から覗く太目の2本の足…

その影を見つめながら

「はぁ」

鞠子はため息を吐くと、

「せやっ」

「おうっ」

柔道場より主将の高山博一の掛け声が響き渡った。

「高山君…」

博一の掛け声に励まされるようにして、

恵子は開いていた手をぎゅっと握り締めると、

「待ってて、

 あたしっ
 
 がんばるから…」

と呟き、そしてその日から鞠子の血のにじむようなダイエットの日々が始まった。

食事制限に有酸素運動

鞠子はありとあらゆる手を尽くしてダイエットをし続ける。

けど…

「なんで…」

体重計の上に乗る鞠子の口からそんな言葉が漏れる。

鞠子としては精一杯の努力をしたつもりだった。

しかし、体重計が表示する値は確かに以前と比べて減ってはいたが、

でも、鞠子が期待していた数値とは大きくかけ離れ、

また減少量も微々たる物であった。

「うっ

 うぅ…」

これまでの努力をすべて否定されたような

そんな気分に鞠子はなり、体重計から降りた。



トボトボ…

夜の街を発汗スーツを着込んだ鞠子が歩いていく、

昨日までの意気込みは何処かに飛び、

その姿は悲壮感すら漂わせていた。

その鞠子の脚がある店先でぴたりと止まった。

「黒蛇堂?

 あれ、こんなところにお店なんてあったけ?」

走りなれているジョギングコース故に

そのコース内にあるすべての店舗は把握しているはずだった。

しかし、いま自分が立っている場所には店は無かったはず…

突然現れた店に鞠子は狐につままれたような感じで

重厚な店のドアを開くと、

『ようこそ、黒蛇堂へ…』

その言葉と共に中学生ぐらいだろうか、

明らかに自分より年下と思える少女が

異国情緒溢れる黒い衣装を翻して鞠子の前に立った。

「あっあのぅ…」

腰に届くまで伸びながらも、手入れの行き届いた少女の髪に

鞠子は驚きながら話しかけると、

『はいっ

 田口鞠子さん
 
 あなたが必要としているものはこれですね』

と少女は告げると、

コト…

一本のサプリメントを鞠子の前に置いた。

「え?」

自分から何も言わないうちに出されたサプリメントに鞠子は驚くと、

『御代は要りません、

 あなたの満たされた思いがわたくしにとっての御代となります』

「はぁ…」

『ただし、このサプリメントは注意して使ってください、

 くれぐれも、得られた効果を否定しない事、
 
 でないと、
 
 反動が来ますので』

と少女は告げた。



「本当にこれ、効果があるのかな?」

帰宅後、シャワーを浴びた鞠子は

タオルを首から提げながら

黒蛇堂でもらってきたサプリメントをつつきながらそう呟く

「えぇいっ

 悩んでても仕方がないっ
 
 女は度胸!」

飲むかどうするか少し悩んでいた鞠子であったが、

しかし、自分に向かって発破を掛け、

グイッ

っとサプリメントを一飲みにした。

「うげぇぇ…

 不味い!!」
 
これまで味わった事のない不味さに鞠子は吐き出そうとするが、

「がっ我慢よ

 鞠子っ」

鞠子は自分にそう言い聞かせながら、

ゴクリ

と飲み干す。

しかし、

「うげぇぇ

 気持ち悪い…」

飲んだ後の気持ち悪さから

そのまま布団にもぐりこむと眠り込んでしまった。



数日後…

「はぁ、鞠子がんばっているみたいだけど…

 でも、身体を壊しては…」

2日ほど前から欠席をしている鞠子の席を見ながら恵子はそう呟くと、

「ほんと、今回はしぶといわねぇ…」

「うんっ、スグにさじを投げ出すと思ったのにね」

と言う声と共に美郷と里香がやってきた。

「ちょちょっと、

 なんてコトを言うのよっ
 
 がんばっている鞠子に悪いじゃない」

二人の言葉に恵子はそう言いながら注意をすると、

「あら、

 佐伯さんだって、
 
 いつ田口さんがギブアップするのかを期待しているんでしょう?」

と美郷は恵子に言う。

「そんな事、思っていませんっ」

「本当に?」

「当たり前でしょう、

 そんな、人の不幸を喜ぶ事なんて…」

「ふふっ」

「なによっ」

「他人の不幸は蜜の味って顔に書いてあるわよ」

「なんですってぇ!!」

しつこくからかう三郷と里香に恵子が堪忍袋が切れ掛かったとき、

ガラッ

教室のドアが開くと制服姿の少女が一人、入ってきた。

「誰?」

「さぁ?」

面識のない少女の姿にクラスの面々は皆顔を合わせると、

同じように首を横に振る。

そんなクラスの雰囲気の中、

細身の少女は田口鞠子の席のところにくるなり。

「恵子っ

 休んじゃってごめんね」

と親しそうに話しかけてきた。

「えぇっと

 どなた?」

面識のない少女の振る舞に恵子は思わず名前を尋ねると、

「いやだぁ

 鞠子よ
 
 田口鞠子!!」

と少女があの鞠子である事を恵子に告げた。

そして、その瞬間。

「えぇ!!」

まさに教室の窓ガラスすべてをぶち破るような驚きの声が響き渡った。



「ダイエット…成功したんだね」

昼休み、

震える手で昼食のサンドウィッチを持つ恵子は鞠子に向かってそういうと、

「うんっ

 がんばったもん」

鞠子は美少女の笑みを浮かべ返事をする。

すると、

「ねぇねぇ、

 どんなことしたの?」

「そうよ、

 どういうメニューをこなせばそれだけやせるの?」

まるで堰を切ったように美郷と里香はダイエットの秘訣を聞き出そうとするが、

「うふっ

 ないしょっ」

鞠子のガードは固く、

どんなメニューをこなしたのか一切しゃべらなかった。

「そっそう、

 でも、良かったじゃない、
 
 うん、
 
 それなら高山先輩もきっと鞠子の告白、
 
 受けてくれると思うよ」

と恵子が言うと、

「本当に受けてくれるかな?」

恵子の言葉に鞠子は目を輝かせながら天井を見つめた。

「うっうん(鞠子ってこんな少女趣味的な娘だったっけ?)」

そんな鞠子の姿に恵子は冷や汗を流しながら頷くと、

その横では

「ねぇ…教えてよぉ」

「そうよ、体重を半分にカットする方法、

 ぜひ伝授してよぉ」

と相変わらず美郷と里香はダイエットの秘密を聞き出そうとしていた。



そして迎えた放課後…

「鞠子、がんばって」

「うんっ

 がんばる」

柔道部の稽古が終わったころを見計い、

鞠子は柔道部主将・高山にその思いを告白しようと、

道場から高山が出てくるのを待っていた。

1秒が1時間に感じられる時間が過ぎていく、

そして、

ガラッ

ついに柔道場のドアが開き、

道着姿の高山が出てくると、

「あっ」

鞠子は小さく声を上げた。

「さっ」

「うっうん」

恵子の他、

美郷や里香、さらにその他の野次馬の面々の視線を背中に受け、

鞠子は一歩を踏み出すと、

「高山先輩!!」

と声を上げて突進していった。

まさに鞠子にとって一世一代の大勝負であり。

無論、鞠子にはこの勝負に勝つ自身はあった。

ところが、

「ごめん…

 君の気持ちはありがたいんだけど」

博一からの返事は鞠子にとって意外なものであった。

「えぇ?

 なんでです?
 
 まさか、高山先輩にはすでに好きな人が居るのですか?」

博一からの言葉に鞠子は驚きながらも食い下がると、

「うっうん」

「そんな、

 どっどこの娘なんです。
 
 教えてください」

肩を震わせながら鞠子はそう呟く、

すると

「なんだ、高山っ

 また後輩泣かしているのかよ」

「やめとけやめとけ、

 そいつ、デブ女が好きなんだよ」

「そうそう君、2年生だろう、

 ほらっ

 A組に田口という太った娘が居るだろう

 高山はあの娘が好みなんだって」

と言う声と共に一足先に着替え終わった柔道部の仲間が通りかかると

次々と鞠子に向かってそういった。

「!!っ

 え?

 それって、あたしの事じゃない!

 先輩…スレンダーな女の子が好みだって…」

鞠子は以前聞いた博一の理想の女性のことを口走ると、

「え?

 あぁ、それは僕が言ったことだよ」

と博一の隣の部員が自分を指さしながら言い、

そして、

「ねぇ君っ

 こんなデブフェチなんかより、僕と付き合わない?
 
 丁度君、僕の好みなんだよ」

と逆にモーションを掛けてきた。

しかし、その部員の言葉など鞠子の耳に届くはずもなく、
 
「じゃぁなに?
 
 あたしがしてきたことってまったくの無駄だったの?」

と鞠子は自分がしてきたダイエットが無駄だったことを悟ると、

「と、言うわけなんだ、

 君の気持ちは判るけど、
 
 なっ」

博一は鞠子のご機嫌を取るようにして言い繕う。

しかし、

「そんな…

 そんな…
 
 あたしがこの身体を手に入れる為に
 
 いったいどれだけ苦労してきたというのよ」

と呟きながら鞠子は肩を震わせていた。



その一方で、

「そんな…

 鞠子かわいそう…」

一部始終を聞いていた恵子は努力してきた鞠子を哀れむと、

「あれ?」

何かに気づいた里香が鞠子を指差し、

「なっなんか…

 田口さんの身体が膨らんでいるような…」

と指摘した。

「え?」

里香のその言葉に皆が鞠子を見ると、

ぐっ

ぐぐっ

鞠子が呼吸をするごとに、

彼女の身体が膨らみ、

いつの間にか着ていた制服はパンパンに身体に張り付いていた。

「あぁ!!

 まっ鞠子がマリみたいに…膨らんでいる」

その様子を見た恵子がそう叫んだ瞬間。

「よくも…

 よくも…乙女の夢を!!

 デブが好きなら、好きだと

 始めっから、そうと言え!!!」

鞠子の叫び声をあげながら手を振り上げた。

すると、それと同時に、

ボンッ!!!

ブチブチブチ!!

ブルンッ!!

爆発音に似た音共に鞠子の身体がはじけ飛ぶかのように膨らみ、

見る見る丸太のようになっていく腕が博一の顔面を直撃した。

そして、その後には、

「ふんっ

 どすこいっ!!」

ダイエット前よりも大きさを増した鞠子が

引き裂けた制服を身体に巻きつけた姿で

博一を見事張り倒していた。



「ねぇ、鞠子ぉ

 高山先輩が来ているよ」

翌日、

教室に鞠子を呼ぶ声が響き渡ると、

「知らないっ」

鞠子はそう返事をするとそっぽを向く

すると、

ミシッ

ギギギギギ…

鞠子が座る椅子はいまにも押しつぶれてしまいそうなきしみ音をあげる。

すると、

「あっあのぅ

 昨日のことは謝るから」

と言う謝罪の言葉と共に博一が鞠子の隣に立った。

「んっ」

博一の謝罪に鞠子の顔がぴくっと動くと、

「まっ

 ここでは話しにくいから、
 
 屋上にでも行かないか?」

と博一は天井を指さした。

すると、

「そう…

 いいわよ
 
 じゃぁ行きましょうか」

と言う鞠子の返事と共に、

むんずっ

博一の身体が軽々と持ち上げられると、

鞠子はまるで子猫の様に博一を担ぎ、

ノッシ

ノッシ

と身体を左右に揺らし教室から出て行った。

「はぁ…

 ダイエットする前の倍の体重かぁ…」

「いや、倍じゃないわ、

 150kgは確実にあるよ、いまの鞠子…

 でも、どういう理屈であぁなるのかしら?」

そんな鞠子を目で送りながら美郷と里香は声を合わせると、

「告白は一応成功したんでしょう?
 
 結果オーライで良かったんじゃないの?」

と頬杖をつきながら恵子は鞠子に軽々と担がれてゆく博一の姿を見送っていった。



おわり