風祭文庫・醜女の館






「鬼の角」



作・風祭玲


Vol.461





ピーポー

ピーホー

夜の街に救急車のサイレンの音が響き渡る。

そして、そのサイレンの音から逃げるように、

バタバタバタ!!

とあるマンションの廊下に人が走る音が響き渡ると、

ガチャッ

パタン!!

ドアの開け閉めをする音が響き渡り、

そして、

「はぁはぁ

 はぁはぁ」

その薄暗いマンションの一室であたしは座り込みながら荒い息を整えると、

震える手で胸元からある物を取り出し、

ギュッ

っと握り締めながら、

「ほっ本当に、願いが叶ったのね…

 あたしの願いが叶ったのね」

と幾度も呟いていた。



翌朝

道路上に長々と刻みつけられたタイヤのスリップした跡と、

その先で無惨に崩れ落ちている塀を眺めながら、

「ふんっ、いい気味よ」

とあたしは吐き捨てるようにそう呟くと、

カッ

ハイヒールの音を響かせ立ち去っていく、

遠山憲次、この3年、ずっとあたしを付回していたストーカーの名前…

奴とは高校時代に同じクラスだったそうだけど、

でも、どんな奴だったか記憶に無い。

無色透明…そんな存在の奴だった。

無論、3年前のクラス会で隣に座ったときもあたしは思い出せなかった。

ジッとグラスを見つめ、ただ注がれたビールを飲むだけの奴だった。

そんな奴があたしに声をかけてきたのはクラス会も終わりに近づいたときだった。

高校時代からあたしのことを慕っていた。

奴のその告白を聞いたとき、あたしは酔いも手伝ってか好意的に接してしまい。

そのことが奴に自信を付けてしまった。

毎月送られてくるようになった花束や、プレゼントの数々

コレまで付き合ってきた彼氏との喧嘩別れもあって最初のうちはあたしも喜んで受け取っていたけど、

でも、それも2・3回で飽きてくると、

あたしは新しい男を見つけ、奴を無視をするようになった。

そして、その頃から奴のストーカー行為が始まったのだった。

朝に夕に毎日毎日、あたしをつき慕うように後を追う影…

交番に駆け込んだりもしたが、

しかし、奴が姿を見せないのはほんの数日のみで、

まるで真綿の様に奴はあたしを追い詰めていったのあった。

そんなある日のことだった。

会社帰りのあたしの前にあの店があった。

レンガ造りのいかにも古そうなお店に掛かる重厚な金文字の看板を見たとき、

あたしは吸い込まれるようにしてその店に足を踏み入れてしまった。

そして、店に踏み入れた途端、

フワリ

あたしは宙に待うような感覚がすると、

『いらっしゃいませ』

と言う声と共に中学生くらいの女の子があたしの前に姿を見せた。

いま考えると、本当に中学生だったのか良くわからない。

一瞬、カラスを思わせる黒い服に黒い髪、

でも、その服も髪も光を受けて神秘的な光を放ち見るものを魅了していた。

『ここにはあなたが探しているものがあります』

彼女のその言葉にあたしはストーカーに追われていること、

そして、そいつをやっつける物が無いかと訪ねた。

すると、

『それでは鬼の角をお渡しします』

少女はあたしにそう言いながら小さな塊を手渡し。

これに願いを込めると現実になると告げた。

信じられなかった。

あたしは手渡されたものを投げつけようかとも思ったけど、

でも、少女のその目を見たとき、

ひょっとしたら?

という気持ちになると、思わずその代金の額を尋ねた。

ところが、

『お金は要りません、あなたの満たされた心が御代となります』

と彼女はあたしに言う。

なんてバカな奴なんだろう?

お金が要らないなんて…

よほどのお人好しが大馬鹿に違いない。

それを聞いた途端、あたしは少女を見下げると

そのまま店を出て行こうとした。

ところが去り際、彼女は

『それはあなたには力が強過ぎます。

 願い事にはほどほどに…』

と忠告めいたことをあたしに告げた。

人を信用させようとしてのことだろうか、

それとも、子供の工作を大事に受け取っていくあたしをバカにしてのことだろうか、

彼女のその言葉に思わずムカついてしまったあたしは何も言わずに去って行った。

そして、駅から出てきたあたしをいつもと同じようにあのストーカーが後を付け始めた。

「ふんっ」

あたしは奴を無視をするようにして早歩きをし、

自分のマンションに近づいたとき、

一台のクルマがヘッドライトを輝かせ接近してきた。

そのときだった。

ギュッ

あたしは少女から受け取った鬼の角を握り締めると、

「あのクルマに轢かれてしまえ」

と念じた。

その途端、夜の街にブレーキ音が響き渡ると、

クルマは急角度で向きを変え、あたしの後方の壁へと突っ込んだ。

「え?」

一瞬のことだった。

無残にフロントを潰したクルマとそのクルマと壁にはさまれぐったりとしているストーカーの姿。

「うそ…」

その光景を見たとき、あたしの頭の中によぎったのはその言葉であり、

そして、次に浮かんだのは少女から貰った鬼の角が本物であることだった。



「ふふふ…

 すごい、すごいわ、これ…」

タタンタタン

タタンタタン

朝の街を走る電車の中であたしは鬼の角を握りしめながら

まるで天下を取ったような気持ちになっていた。

だってそうでしょう。

あたしに不可能は無いのだから、

その気になれば初の女性総理大臣にも…

と思ったとき、

キキッ!!

電車が急ブレーキをかけると、

ドンッ!!

隣に立っていたオッサンがあたしにぶつかってきた。

「なによ!!」

ぶつかっても謝りもせずにそっぽを向くオッサンの姿にあたしは腹を立てると、

ギュッ!!

鬼の角を握り、

「痴漢で捕まれ…」

と念じた。

すると、

キャァァァ!!

オッサンの反対側に立っていた女性が悲鳴をあげると、

「この人痴漢です!!」

と声を上げた。

「いやっ

 違う、てっ手が勝手に…」

女性の叫び声にオッサンはうろたえるが、

たちまち周囲の乗客に取り押さえられると

次の駅で引きずり降ろされていった。

「あははは…

 いい気味いい気味

 通勤がこんなに楽しいなんて…」

心の中であたしはお腹を抱えて笑い転げていた。



その日の会社は文字通りあたしの天下だった。

無論、黒幕があたしであることは誰も気づかない。

なにかと意地悪ばかりするお局様も、

セクハラのデパートのような部長も

みんな赤恥をかかされ逃げるように早退していく。

「ふふ…」

あたしはそんな姿を眺めながら化粧室に入ると、

え?

鏡に映った自分の顔を見て驚いた。

目じりに刻み込まれるように姿を見せる皺と

生え際から刷毛で掃いたように伸びる白髪…

昨日までは確かに無かったものがそこにはあった。

「なんで?

 どうして?」

明らかに年を取ったように見える自分の顔にあたしはショックを受けた。

そして、すぐに鬼の角に皺を消せ、白髪を無くせ、と願うと、

スッ!!

見る見る皺と白髪は消えていき、あたしの顔は元の姿へと戻っていった。

「はぁ…

 びっくりした」

あたしはすっかり元の顔に戻った顔を確認しながら胸を撫で下ろすと、

「へぇ…

 自分の身体も弄れるんだ…」

と鬼の角の効き目が自分の身体にも及ぶことに関心をしていた。

そして、すぐに

「そうだ、このペッタンコの胸もCカップにしてもらおう」

「あっそうそう、

 彼氏もあんな貧乏人じゃなくて、

 お金持ちのボンボンがいいわね、

 やっぱりこの世はお金だもん

 あっでも、怖い人はいや、

 やさしい人がいいわ」

と鬼の角に次々と念じると、

ムクムクムク!!

Aカップだったあたしの胸は見る見るCカップへと膨らみ、

そして、彼氏も…

化粧室から戻って来るなり、

たまたま傍を通りかかった社長から資料を応接室に持ってくるように言われ、

資料を持ち応接室へ行くと、

そこには某金融グループの若手社長が歓談をしていて、

あたしを一目見るなり、夕食はいかがと誘われてしまったのだった。



…うふふ

 あははは

 この世はあたしのものよ!!

 この鬼の角があればあたしの未来はばら色よ!!…

夕食後、若社長にマンションまで送られ、

そして見た夢はまさにばら色の夢だった。

ところが、

翌朝、洗面台に映った顔を見てあたしは愕然とした。

「そんな…

 なにこれ?」

鏡に映るあたしの顔は昨日よりも皺が増え、

肌も張りを失って垂れ下がり、

白髪もさらに増えた

まるで40代後半のおばさんの顔となっていた。

「いやぁぁぁぁ!!」

あたしは悲鳴をあげながら鬼の角を探すと、

「お願い、

 元のあたしに戻って!」

と願いを掛ける。

すると、

しゅぅぅぅぅん…

あたしの肌に張りが戻っていくのを感じると、

恐る恐る鏡を見た。

すると、そこにはいつものあたしの顔があった。

「はぁ…

 一体何なのかしら?」

動悸を抑えるように胸に手を添えてあたしはさっきの顔のことを思い出すと、

ブンブン!!

と顔を横に振り、

「大丈夫、

 なにがあってもあたしには鬼の角があるから」

そう力強く意思を持ち立ち上がった。



それからもあたしの鬼の角への願い事が続いた。

お気に入りのブティックで買い逃した洋服を手に入れたり、

彼へのプレゼントをお願いしたり、

そして、毎朝起こるあたしの老化を元に戻したり、

でも、朝見るあたしの顔は確実に年を取り、

そして、それは顔だけではなく身体も年老いていった。

「大丈夫…

 大丈夫よ…

 あたしには鬼の角があるんだから」

寝る前、

朝起きて自分の顔を見るのがすっかり怖くなってしまったあたしは鬼の角を握り締め何度も呟く、

そう、明日はあの若社長との結婚式…

会社では玉の輿ともてはやされ、

しかも、相手が会社の出資元である金融グループの社長ともなれば

社長もあたしに一目置くようになっていた。

「お願い、

 この幸せがいつまでも続いて…」

あたしはそう願いながら眠りに着く。

そして、翌朝、

その願いが通じたのかあたしの顔はいつもの若い顔のままだった。

「そうよ、

 あれはきっと悪い夢よ

 あたしはまだ20代…

 まだまだよ」

気合を入れたあたしは迎えに来たリムジンに乗り込むと、

結婚式が行われる教会へと向かっていく、

支度部屋でウエディングドレスに身を包み手に純白の填めたとき、

あたしは幸せの絶頂を味わっていた。

そして、パイプオルガンが響く中

夫となる男性と共に新しい人生へ第一歩を踏み出したとき、

異変が起きた。

ズズズズズズ…

見る見る肌から張りが消えていくと、

肌が垂れ下がり始め、

身体も小さくなり始めた。

「え?」

次第に曲がっていく腰にあたしは驚くと、

「おっおいっ」

変化していくあたしの姿に社長は驚きの表情を見せる。

「だっ大丈夫…」

しわがれた声を上げながらあたしが返事をした途端、

ポロッ

歯が数本抜け落ち口の中に転がっていった。

ゲホッ

ゲホッ

抜け落ちた歯を吐き出そうとして咳き込むと、

今度はその咳が止まらない。

「なにが…

 そっそうだ、

 鬼の角…」

ずり落ちるウェディングドレスを引きずりながら、

あたしは支度室に戻ると鬼の角を探し始めた。

視力が落ち、霞む視界の中、

必死で鬼の角を探すと、

バラバラ

っと結い上げた髪が解け、次々と白髪が降り注いでくる。

「ない…

 ない…

 どこ?

 どこに行ったの、あたしの鬼の角…」

なかなか見つからない鬼の角にあたしは焦りを感じながら探し続けた。

「いや…

 この幸せを逃したくない」

填めていた手袋が脱げ落ち、

枯れ木の様に関節と皺と染みが浮かび上がる手で探すこと10分近く、

「あった…」

やっとの思いで鬼の角を見つけると、

「お願い、

 あたしを…

 20代の身体に戻して!!」

と念じた。

しかし、

いつもならすぐに反応が起こるのになかなかそれが起きない。

「!?

 どうしたの?

 ねぇ

 戻してよ、

 あたしを元の女の子に戻してよ!!」

すっかり老婆の姿となったあたしは何も起きない鬼の角に必死になって声をかけ続けていた。



おわり