風祭文庫・ヒーロー変身の館






「第3話:杏と化生」



原作・@wolks(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-371





きゅっぷいっ、

何度も言うけど、

これは”とある時間軸”でのお話だよ。



無限に広がる大宇宙。

死にゆく星もあれば生まれてくる星もある。

1万年ぶりに目覚め、

夏を目の前にした沼ノ端を氷漬けにしたエンプレス・樹怨による騒動も

星たちの営みの前では一瞬の瞬きでしかない。



『さぁ、三浦里枝っ

 君は自分の魂と引き換えに何を願う』

『わたしは…』

『そいつの言うことを聞いてはだめぇぇ』

と言うやり取りが本当にあったのかについては

全ての報告が上がってないので不明だが、

とにかく数多の者たちの活躍により、

樹怨による騒動は無事収まるべき鞘に収めることができた。

こうして安寧なる終息を迎えると、

沼ノ端は一気に夏を迎え、

やがて秋、

そして冬へとその装いを移していく。

こうして迎えた大晦日からこの物語はスタートする。



『ぶひひひんっ!!!』

『どーどーどーっ

 ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ

 うんうんうん。

 はい、数はそろっていますね。

 毎年の納品。

 ご苦労さんです』

『これだけの”馬”を集めるの大変だったわよ』

大晦日の夕日が照らす屋上で

受け取りに来たコンビーに向かって白蛇堂はそういうと、

『いやぁ、白蛇堂さんにはいつもお世話になっています』

と頭を掻きながら彼は愛想笑いをして見せる。

『で、コン・リーノの謹慎はまだ解けないの?』

『あぁ、

 コン・リーノさんですか?

 当分、無理じゃないですか?

 あんな騒ぎを起こしちゃったし、

 サキツ姫様もあの後寝込んじゃいましたから。

 でも、これだけの馬がいれば、

 姫様は元気になるでしょう。

 んじゃ、

 頂いていきまーす』

来年の干支となる馬を引き連れてコンビーが去っていくと、

『身から出た錆か…

 押し競なんて何を焦ったんだんだか、

 ホント馬鹿な奴』

一人残る白蛇堂はコンビーを見送りながらそう呟く。



ゴーン!

除夜の鐘が鳴り響くと、

森林公園にある竜宮神社・奥の院は初詣の参拝客でにぎわっていた。

「黒蛇堂さーん」

奥の院横に聳えるご神木の近くで黒蛇堂の名を呼ぶ岬健一の声が響くと、

『こんばんわぁ』

いつもの黒ずくめの衣装で

ご神木を仰ぎ見ていた黒蛇堂は振り返ると笑顔を見せる。

「お姿を見かけたので、

 もしやと思いましたが、

 やはりいらしていたのですか」

白い息を吐きながら健一は駆け寄ってくると、

黒蛇堂は軽く会釈し、

再びご神木を仰ぎ見る。

「ここにご神木がある方がしっくりしますね」

『えぇ…

 樹の方もようやく落ち着いたようです』

「それは良かった。

 黒蛇堂さんにはいろいろとお世話になりました」

『いえ、私は大したことはしていません。

 あの騒動を無事におさめたのはあなた方の力です』

「ったく、智也のバカは本当にもぅ…

 それに比べて里枝ちゃんは肝が据わっていたな…

 私はどうすることもできなかったのに、

 やっぱり、ご神木の経験があったからでしょうか』

ご神木を見上げながら健一はあの事件のことを口にすると、

『さぁ、それは…』

と黒蛇堂は言葉を濁したあと、

『で、その智也さんと里枝さんは

 今夜は来られないのですか?』

姿が見えない二人について尋ねた。

「あぁ、あの二人は樹怨に呼び出し喰らって早池峰です。

 大方、イグドラシル絡みでしょう。

 盛大にやらかしましたからね。

 もっともさっさと用が済めば

 遠野あたりで”よろしく”してくるんじゃないですか?」

と健一が二人について言及した途端、

ザワッ

夜風に吹かれたのか、

静かだったご神木の枝が騒ぎだした。

『あらあら、

 今の話、

 こちらにとっては心中穏やかなものではないみたいですよ』

ご神木の気配を察した黒蛇堂は指摘すると、

「なんだ聞こえていたのか、

 気持ちはわかるけど騒ぐな、

 ”理”に何かあったどうする?

 もぅ樹怨降臨はごめんだからな」

と健一は並んで2本立つ神木に向かって言う。



こうして大晦日の夜が更けていき、

時は元旦の早朝へと移っていく。

「…うへっ、

 嫌な夢を見ちゃった」

自分のベッドで目を覚ました杏は

そう呟きながら起き上がると、

締められているカーテンに手を伸ばして勢いよく開ける。

だが、外の世界は未だ夜は明けてなく、

窓から見える景色は夜の佇まいであった。

しかし、この状況は杏にとっては好都合であり、

「(よし、大丈夫…初日の出には間に合いそうだ)」

外を眺めながら杏はそう呟くと、

ベッドから降り着替えを始めだす。

「ふんふんふん」

鼻歌を歌いながら杏はタンクトップにズボン、

半そでの上着と順に重ね、

最後にファーの着いたコートを羽織る。

無論、シルバーのクロスのアクセサリーも忘れることはなかった。



「あの時に競パンマンに変身ってどうだかなぁ」

杏が見た夢、

それは沼ノ端を樹怨が襲っているときに

自分と咲子が競パンマンに変身するというものだった。

…きゅっぷいっ、

 事情が判らない子のために一応説明をしてあげよう。

 競パンマンとは…それは杏が罰ゲームで競パン一丁の姿になり、

 偶然、川でおぼれている子供を助けたことで、

 一躍、街のヒーローとなってしまい。

 彼のことをそう呼ぶようになったんだ。

 ここ、試験に出るから赤丸つけといてね。

 で、それ以来、

 杏の中ではよせばいいのに、

 正義感のようなものが芽生えてしまい、

 結果、絡まれていた咲子を助けてしまって以下同文。

 というわけだ。

 まぁデキル営業マンであるボクの視点で言わせてもらうと、

 こういう存在ってはっきり言ってハタ迷惑なんだ。

 適当なところで封印すべきだろうね。



パンパン!

穏やかに昇ってくる初日の出、

その初日の出に向かって厳かに柏手の音が響くと、

「………」

杏は何やら願い事を唱える。

程なくして顔を上げると、

今日一日手伝うとこになっている竜宮神社へと向かっていくが、

ざわざわ

ざわざわ

この地域の一ノ宮である竜宮神社は朝早くにも関わらず、

既に大勢の参拝客の姿があり、

「さすがに混んでいるなー」

杏子はそれらの参拝客避けながら社務所の戸を叩いた。



「おはようございます」

社務所の中に杏の威勢の良い声が響くと、

「きおったかっ」

巫女装束姿の柵良美里が振り向き声をかける。

「今日一日よろしくお願いします」

「おうっ、頼むぞ」

社務所の中は猫の手も借りたいほどの忙しさで

柵良と同じ巫女装束の巫女たちが

押し寄せてくる参拝客の対応を行っていた。

とは言っても忙中閑あり。

「あの…柵良先生」

美里の手が空いたときを見計らって

杏は聞きにくい事を聞くかのように尋ねた。

「なんじゃ?」

「いえ、その…

 化生化のことなんですが…」

「ああ…あの話か。

 ふうむ。

 お前さんが化生、

 つまり競パンマンになったということじゃな」

「えぇ、まぁ」

美里はすべてお見通しのような口調だった。

「そもそもは3年前、

 あの製薬会社の事故によって

 大量に薬品を浴びてしまった。

 まぁあの製薬会社はいろいろとつながりがあるところでの。

 お前は男になってしまうと同時に、

 強力な化生の体質を手に入れてしまったのじゃ」

「え…と言うことは

 つまりボクはこの段階から化生に…?」

杏にとってこのことは極めて衝撃的なことであり、

男になってしまっただけでなく化生にもなってしまったのである。

「そして、2年前、

 競パン1枚で人命救助するお前の姿をあの営業生物…

 そう久兵衛が見てしまい、

 ”ひと目見て手惚れた、契約なんか必要ない、

  むしろこのまま沼ノ端にスカウトしよう”

 と言う話だが、

 どうもわしにはそれが信じられん。

 叔父上が何も食わずに進んで仕事をするようなものだ。

 あの営業生物が契約なしに動くとは思えん。

 きっと裏があると睨んでおる」

「はぁ」

「もうひとつ言っておくが、

 お前の同級生の遠山幸司だが、

 実はあいつはうちの神社の遠い親戚に当たるでの、

 まず父方はうちの親戚じゃったが、

 ある日、化生の娘と恋に落ち…

 そして、あいつの母親は化生の血を引いている。

 あいつが沼ノ端高校に推薦を受けた理由がそこにある」

「それを受けてボクは水泳に打ち込んできて…」

「それが結果的には都合がよかった。

 化生の体質を手に入れたお前を

 沼ノ端に呼び寄せるには打って付けの舞台がここに揃っていたわけじゃ」

杏はこのときかなり裏で黒いものがあることを知った。

「何もしないで化生の性質を手に入れたお前、

 そしてあの種を使いさらに強力な化生となった。

 おそらく今後訪れるであろう危機のため…って、

 ねぇ、華ぁ。

 あの樹怨の時よりももっと大きな危機ってあるのかな?」

「知りませんよ、

 どこかで起きるんじゃないですか?」

「そんなものかなぁ、

 まぁいいわ、

 保険のつもりでどーんと構えていれば、

 あんたの力も役に立つでしょう」

「う…海さんに華さん、

 いっいつからそこに!?」

杏は神出鬼没な彼女たちを不審がっていると、

「あたしたちもここで巫女のバイトをしているのよ」

「巫女のバイト…そういえば

 そう咲子と咲子の妹さんも来ているはずですよね」

とそのことを思い出した杏は問いただす。

「ああ、あいつはいま

 わしの妹と出かけているところじゃ。

 時期に帰ってくると思うぞ」

と美里は言う。



それから1時間近くが過ぎ、

『ただいま戻りましたわ』

社務所に女性の声が響いた。

「あっ帰ってきた」

その声を聴いた杏は迎えに行くが、

だが…彼女の姿を見た途端、

杏は驚き動かなくなってしまった。

杏が見ている女性の姿は

ムキムキマッチョな肉体を漆黒の肌が覆い、

その中で青いビキニが申し訳なさそうに主要な部分を覆っているだけだった。

そして、彼女の後ろには黒い競パンをもっこりさせながらも、

漆黒男ほどではないが白い肌と黒いキャップの筋肉男と、

日焼けしだ肌に白いキャップの筋肉男

まさしく競パンマンと競パンジャーが立っていたのであった。

「わあああああああああ」

『あら、驚かせてしまって申し訳ありませんね、

 私は柵良茉莉、マッチョマンレディともうします』

と漆黒男が自己紹介をすると、

『杏、あけましておめでとう』

『久しぶりです。杏さん。』

競パンマンと競パンジャーが挨拶をする。

『彼女たちは桜庭咲子さんとその妹の希美さん。

 もともとあなただった競パンマンに咲子さんがなって、

 競パンジャー希美さんが受け継いだの』

とマッチョマンレディは説明をする。

『これから沼ノ端の地には

 まだまだとんでもないことが起こる予感がするの。

 久兵衛がそんなことを言っていたわ。

 だから、あたしの力が必要だって。

 あたしにとってのヒーローは杏、

 だからあのときの杏みたいになりたかったの』

と競パンマンは付け加える。

「そうなんだ…じゃあ、その仕事ボクも手伝えるのかな?」

『元祖・競パンマンのあなたにはぜひ手伝っていただきたいわね』

マッチョマンレディはそういうと、

「でも、3人ともそんな格好はだめだよ。

 あとで3人ともお姫様にしてあげるから、

 待っていてね!」

杏はひそかにそう思っていた。



きゅっぷい。

そう、そうやって僕とジャンジャン契約したまえ。

え?いつ契約したのかって?

それはほら、

彼女たち…いや彼らが履いているパンツの裏面にちゃんと書いてあるのさ。

このパンツに脚を通すことで僕との契約の成立とみなす。

って一文がね。



おわり