風祭文庫・ヒーロー変身の館






「超ムキムキマッチョマン」
(第7話:坂道のマッチョマン)



原作・@wolks(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-255





ゴワァァァァァ!!

ギャンッ!

ゴワァァァ!!

草木も眠る深夜2時。

唸るエンジン音と軋み、悲鳴を上げるタイヤの音が響くここは、

急カーブが続く事故多発地帯として知られる悪名高き急な坂道、

伊呂波似(いろはに)峠の穂屁徒(ほへと)坂である。

真夏でも大勢のスキーヤーで賑わう白銀の頂上より

真冬でも日に焼けたビキニギャルたちが闊歩する陽光輝くビーチに向かって

一気に駆け下るこの九十九折の坂道は途中、

桜の花が舞い散る春坂と紅葉の葉が舞い踊る秋坂と言われる2本のコースに別れ、

登りに春坂、下りに秋坂を通ることで1年歳を取ると言われている。

そのため、日中は早く大人になりたいと願う子供や

早くお迎えを迎えてあげたいと願う親子連れで賑わう半面、

夜間は公道レースと称する暴走愛好家たちにとって格好のレースを展開する場所となっていた。



そして今宵、この坂を1台のクルマと1人のマッチョ男が走っていたのである。

いや、後者の場合はむしろ転げ落ちていたといったほうがよいであろうか、

だが、峠下りの開始と同時に猛烈に進んでいく時計の針をものともせず、

超ムキムキマッチョマンはまるで何かのプロレス業を思わせる

激しい回転の状態で転がり落ちていた。

その速度はまるで高速道路を走っているクルマのようだ。

ゴワァァァン!

ギャァァァ!!

ウォンウォン!

ゴワァァァ!!

危険と隣り合わせ、

ガードレールや壁をすれすれの状態で進みながら坂を下っている一人と一台のうち、

クルマは白と黒のハイテックツートーンであり、

ボディには「菅原ふとん店」と書かれていた。

そして、そのクルマを運転する男・菅原拓也は、

急ピッチで進む謎の巨大な物体に対してさらに冷静さを欠いているようであった。

「くっ…あいつは何だ?

 熊か?

 クルマじゃねえことは確かだ…

 だが、このオレに戦いを挑むとは。

 どこまでも熱くさせるぜ」

そう叫びながら拓也はさらにアクセルを強く踏み込み、

計器が壊れるほどのスピードを上げていく、

それと同時に進んでいく時計の針はさらに加速し

ついさっきまで同じ時間をすごしていた彼の恋人が刻む時間とは見る間に開いていくのである。

だが、彼は加速するのを止めず、

それによってタイヤとアスファルトの間は急ブレーキではないにもかかわらず火花を散らしていた。

「どうだ。

 オレのクルマも決してやわじゃねえ!

 負けてたまるかああああ!」

拓也はそう言い切るとハンドルを切り、

坂道の急カーブをもろともせずに進んでゆく。

ゴワァァァン!

ギャァァァ!!

ウォンウォン!

ゴワァァァ!!

クルマは一方通行の指示に従って秋坂へと踏み込み、

沿道には大勢のギャラリーの姿が見えるが、

だが進む時間の差からか、

クルマから見ればまさに時間が止まってしまったギャラリーの中を拓也は進み、

さらにエンジンを吹き上げてみせる。

それによってクルマの動きは激しくなるが、

しかし、それでもぶつかることなく進んで行ったのであった。

時間を超越することができる一部の人間にはカッコよくも映るであろう。

「ふう。

 このスリル…たまんねえよお。

 どうだ、俺のこのハンドル捌き。

 あの伝説のオート三輪ですら俺の足元に跪くはずだ。

 あはははは!!

 気持ち良い。

 実に気持ちが良い、

 どんな最高の女とやっても、

 どんな最高の男とやっても、

 この気持ちよさは適ねぇぇ!」

拓也はかつてこの峠道で不倒の記録を打ちたて、

ギャラリーの間で伝説として語られているオート三輪のことを口にする。



やがて坂道が終盤に差し掛かるのを見計らい、

一気に拓也はクルマを加速させる。

ところがそのときであった。

ボテッ!

「ぎゃああああああああ…

 前が見えない…」

先ほどまでクルマの近くを転がっていたはずの超ムキムキマッチョマンが

クルマのフロントガラスにへばりついたのだ。

ギャァァン!!

ギャァァン!!

ギャァァン!!

突然のアクシデントにクルマは悲鳴を上げながらどんなに加速させようとも

どんな急ハンドルを切ってもムキムキマッチョマンを引き剥がすことは出来なかった。

「化け物めっ、

 は…離れろ!

 離れろ!

 離れろ!!」

フロントガラスに向かって怒鳴る拓也は

なおもハンドルを切り続けていると、

クルマはあちこちによろめき、

さらには細工をされていないにもかかわらず加速がさらに増して行く

それでも拓也はハンドルを放さず、

ギャンッ

クルマの向きを変えるとこんどは春坂を登り始める。

しかし、マッチョマンはフロントガラスからは離れなかった。

「くっそぉ!!

 頭にきたぁ!!

 もぅ遠慮はしないぜ」

なかなか離れないマッチョマンに拓也はぶち切れてしまうと、

ギャァァァン!!

ギャァァァン!!

彼が運転するクルマはマッチョマンを乗せた状態で幾度も坂道を往復してみせる。

そして、夜が明けようとしていたこと、

ガッシャァァァァァァン!!!

ついにクルマはガードレールを突き破ってしまうと、

崖に勢いよく衝突してしまったのであった。

もちろん、

その直前に超ムキムキマッチョマンはクルマから離れてはいたが…

実はこのところスピード狂・拓也による交通違反、

さらにはひき逃げが多発しており、

目撃証言から容疑者は特定できたものの、

あまりの通過速度の速さに何の物証も残っていなかったのだ。

その容疑者は温泉街の近くのふとん屋の息子だということまではわかっていたのだが…

そして数日前、

この男の写真を前にUプロデューサーと友紀が話していた。

―「この男が今回の狙いね。」

 「はい、この男はひき逃げ犯ですが、

  まったくの証拠が無く…

  そこであなたの力で何とかしていただこうかと…

  調べたところ

  こやつは穂屁徒(ほへと)坂での暴走行為が趣味と言うことでして…」

 「わかったわ。

  相当無理があるかもしれないけど、

  やってみるわ」

「そういってくれると助かる」

OKの返事をして見せた友紀の手元にUプロデューサーより

デンライナーのチケットが渡されたのであった。

そして超ムキムキマッチョマンにより事故が誘発されたというわけだ。

暴走するものには対抗意識を燃やし、

そして自分のクルマに何よりも過信してしまう暴走マニアの悲しい性といったところだろうか?

後日、大破した菅原のクルマからひき逃げの被害者の血痕が見つかり、

さらに家宅捜索の結果違法な暴走行為の証拠も数多く見つかったといわれる。

そして何より当のドライバーはと言うと…

大破したクルマから助け出されたものの、

だが、搬送されたのは病院ではなく特別養護老人ホームだったそうだ。



伊呂波似(いろはに)峠の穂屁徒(ほへと)坂。

マニアの間から”ウラシマ坂”といわれるとおり、

この坂は一往復するごとに1歳、歳をとってしまう恐ろしい坂である。



おわり



この作品はに@wolksさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。