風祭文庫・ヒーロー変身の館






「鮮血のアーシラ」
(第4話:アーシラ奮戦!)

作・あむぁい

Vol.T-124





22歳大学生 島津 博久さんが何者かに襲われて両足骨折の重態

回復できるかどうかは不明だが、

島津さんは国民年金保険料をずっと未払いだった為、

障害者に成った場合生涯無年金となると言う。

国民の神聖な義務である国民年金保険料の納付を怠る行為は

まさに言語道断、天罰と言えよう。(A新聞 7月2日朝刊)



36歳フリーター 鍋島 直さんが何者かに襲われて両手両足骨折の重態。

回復できるかどうかは不明だが、

鍋島さんは、新卒時に厚生年金保険料を2年間払っていたものの、

失業してからは国民年金保険料をずっと未払いだった為、

障害者に成った場合生涯無年金となると言う。

正に自業自得と言えよう。(N新聞 7月3日朝刊)



45歳無職 毛利 剛さんが何者かに襲われて頭を打って重態。

回復できるかどうかは不明だが、

毛利さんは10年間厚生年金保険料を払っていたものの、

バブル崩壊により住宅を手放して破産してからは国民年金保険料をずっと未払いだった為、

障害者に成った場合生涯無年金となると言う。天網恢恢祖にして漏らさずと言えよう。

(Y新聞 7月3日朝刊)


記事を読んでいて僕はちょっと気分が悪くなってきた。

病気や怪我をした時、障害年金があればどんなに心強いだろう。

でも、僕は国民年金への支払いを止めてしまった。

もう二度とあの安心感は戻らないのかもしれない。

そして僕らはみんなの安心の源である年金制度を破壊しようとしている…



「と、言うわけで今回の作戦の内容はわかったと思うけど…」

さっぱりわからない。

一応解説しよう。

年金保険料を払うことのメリットは

年を取った時に年金が貰えるだけと思っている人が意外と多いが、

さにあらず。

事故や病気になった時に障害者年金がもらえるという保険機能も付いているのだ。

年金支払いの義務の無い10歳未満の人は無条件で障害者年金をもらえる。

しかし、

10歳以上の場合は保険料の支払い義務があり、

払ってないと障害者年金を一切もらえないのだ。

「えーっと、これが何か…」

「ですから!

 これは厚生労働省社会保険庁…いわば長州の仕業です!
 
 長州配下の不逞浪士共がこうして年金未払い者をテロる事で、
 
 未払い者を脅し、
 
 年金制度の素晴らしさを宣伝すると同時に、
 
 年金徴収量を上げようと言う魂胆なのです!
 
 知っていますか?
 
 年金保険料を払うとさらに結婚している人、
 
 子供のいる人には死んだ場合に遺族年金が出るというメリットもあるのです!
 
 おまけに課税対象外だし。
 
 なんて、忌々しい制度かしら。
 
 こんなの宣伝されちゃあ、
 
 益々、愚民どもがお上、いえ長州贔屓になって、
 
 私たちがやってらんないのよっ」

とウンチクを並べながらジーナスは握りこぶしで力説する。

「まさか…」

最近、ジーナスはなんか変な事件があるとすぐに厚生労働省のせいにする。

近所の子供たちの様子が変だとか、

マグロが大量に盗まれたとか。

そんなの関係無いって!

それにそもそも年金を払わない方が悪いんだし。

「あいつら、マスコミの扱い方が上手いったら」

ジーナスはいらいらして爪を噛む。

先日、インターネットで特殊生涯出生率のでたらめをすっぱ抜き、

日本中は一時騒然となった。

しかし、担当者の伊藤と大臣の板口があいついで自決した事から、

(ふんっ、どうせクローンかなんかだろう)

世間は厚生労働省に同情するムードが強まり、

今までの事は水に流して

今後も年金制度を維持する為にどうするかと言う

建設的な意見が多くを占めている。

ジーナスの目論見は現在の所、

さして効果を上げていない。

まあ、もっとも人口動態は経済にとっても重要なデータだ。

大企業に個別ルートで売りさばく事でネオ新撰組もそれなりの収益を上げたようだ。

「彼ら年金未払い者も又ある意味我らの同士。

 変心せよ!
 
 アーシラ!
 
 悪を助け、年金制度を粉砕せよ!」

フューラー様の命令と同時に

僕は躊躇わずにシャツのボタンを外し、ズボンを下ろす。

大分慣れてきたけど。

フューラー様やジーナス・Tソルジャー達の見ている前で変心すると言うのは、

こう。

ああっ。

あああっ。

「57秒。

 まあまあね。
 
 もっと早く変心できるように頑張りなさい」

「はい…」

血涙。

人並みの幸せなんて夢見る事は許されない。

だって、僕はもうネオ新撰組の一隊士というわけ…



Tソルジャー達を3チームに編成し、あたしとジーナスはその監視役。

まっ雑魚でない分、ちょっと気持ちいいかな?

でも、昼夜を問わない厳戒態勢。

そもそも誰が年金を未払いなのかと言うデータを我々は持っていない。

そこで、我々のシンパの年金未納者を中心にガードを固める事にした。

原田  秀策(衆議院議員)

山南  誠司(自営業)

永倉  浩  (会社経営)

松原  雅誉(医師)

武田  隆  (不動産業経営)

井上  基弘(輸入業)

谷    重隆(宝石商)

etc…


あたし達は未納者の皆さんの私兵と緊密に連絡を取り、鉄壁の防御網を敷いた。

誰が襲われても10分以内に敵を包囲殲滅する。

シミュレーションを元に、何度も訓練を実施した。

しかし、敵はあたし達をあざ笑うかのように、未納者の襲撃を続けた。

藤堂  國則(フリーター)再起不能

鈴木  勝  (無職)重態

原田  秀夫(無職)意識不明	

山崎  稔  (家事手伝い)重態

相場  潤  (麻雀プロ)重態

成果のあがらない警備の仕事に次第にあたし達は疲弊した。

あー、大体、守るってのが性に合わないのよねっ!

テロリストは攻めてなんぼでしょーがっ!

ああんっ。

今日もまたオナニーで変心かぁ。

はやく、敵を倒してフュ−ラー様にして頂きたいなあ。



「はあ…」

僕は溜息をついて帰路についた。

アーシラに変心した後は倦怠感が強く、

なんだか億劫で眠気が押し寄せる。

今日も成果はゼロ。

明日は早いし、宿題もしないといけないし。

僕はあくびを噛締める。

最近成績が落ちている。

なんとか、高校だけはちゃんと卒業して…

できれば公務員。

駄目でもせめてちゃんとして厚生年金に入っている会社に…

だって、ネオ新撰組給料出ないし…

ああっ。

駄目だ駄目だ駄目駄目…

でもひょっとして。

真面目に公務員なんかやっているより、

アーシラに変心してネオ新撰組の隊士をやってる方がいいのかもしれない。

なぁんて思い始めてる。

やばい。

こんなんじゃ…

真面目に公務員になって、可愛い妻と子供。

それはそれで幸せだと思う。

でも、可愛い妻って、そんな事あるのかな。

地味で目立たないせいか、あんましもてた事無かったし。

そう、そんなのありえない。

無理無理。

アーシラになるのは最初はすごく嫌だった…はずだ。

でも。

アーシラに変心した時の僕はすごく綺麗だし、カッコいい。

みんな僕を振り向くし、

畏れるし、

ビビってるし。

気を使うし、

ちやほやするし、

何でも言う事を聞いてくれる。

悩みなんか何も無くなって。

なんだかとっても気持ちよくって。

幸せで。

高揚していて。

爽快で。

心臓が、体が活性化して。

寝なくっても、食べなくっても平気だし。

痛みも疲れも殆んど感じなくって。

大胆になって、何でもできる気になって。

そう、実際、大概の事はできるのだ。

ジーナスと共に何でも壊して、

ぶんなぐって。

フューラー様以外の誰も僕を止められないし。

ああ、そして。

フューラー様とのセックスは滅茶苦茶気持ち良くって。

癖になってて。

どうにもたまんなくって。

脳も心も蕩けちゃって。

体も心も痺れちゃって。

いっそ、ずっとアーシラでいられたら。

僕はずっと幸せなのかもしれない…

本当は僕はいつでも早く、アーシラに変心したがってて。

ずっとジーナスの命令を待っているのかもしれない。

もしも、ジーナスのオナニー禁止命令が無かったら。

僕はすぐに、アーシラに変心してしまうのかもしれない。

ああ、僕は何時の間に洗脳されちゃったのだろう。

国も年金も大好きだったのに。

信じていたのに。

今ではそれを破壊しろと命令されるのを待っている…

年金か。

厚生労働省は何を考えているんだろう。

そもそも、厚生労働省がほんとにテロなんかやるかなぁ。

いくらなんでも…

そんなことを考えながら暗い小道に入ったところで、

黒いコートにサングラスの男が道を塞いだ。

僕は首をかしげる。

僕が右に避けると。

相手も右に。

僕が左に避けると。

相手も左に。

「あの…」

「ちぇすとぉぉぉぉぉ!」

ドカッ!!

僕が口を開くと同時に男の蹴りが入り、

僕の右膝に激痛が走る。

間接が変な方向に曲がる。

「ああああああ」

僕はしゃがみ込み、右膝を抱えた。

うわぁぁ折れてる。

折れてるよおっ。

「逆転高校2年B組、沖田あきら。

 貴様、国民年金を払っていないな!」

あわわわわ。

出た〜。

僕は腕でずりずりと後ずさる。

足に激痛が走る。

「国民年金を払うのは国民の義務!

 えぇいっ知らんのか?」

「し、し、し、知っています!

 すいません」

僕は取りあえずあやまった。

「確信犯かぁ!」

どがっ。

蹴りが入る。

「ち、違うんです。

 僕は払いたかったんですが…」

「反省の色が見えんっ!」

更に蹴り。

血の味が口に広がる。

「国民年金の保険料はなあ、

 賦課方式と言って、
 
 お前だけの為じゃなく、
 
 みんなの為に必要なんだ!
 
 それを!(どかっ)
 
 お前は(ばきっ)
 
 自分勝手にも!(どすっ)」

「すいません、すいません。

 厚生労働省の疫人さん。
 
 反省してます!
 
 払います!
 
 払いますから!」

「…本当に反省しているのか?」

「本当ですっ!」

僕は必死で訴えかける。

「では、口を開けてみろ」

「はい…?」

良く分からないが、素直に僕は口をあける。

疫人はなにやら装置を取り出して、

カチッ。

僕の舌に取り付ける。

「ふぁの?

 ふぉれはひゃにでふか?」

「ふはははは。

 いかにも、私は厚生労働省社会保険庁総務部社会保険監察室長・河上俊男様よっ!」

男がサングラスを取ると異形の正体が露になる。

うねうねと動く触手。

「だが俺の正体を知られたからは、

 うかつな事を口走られては困る。
 
 お前は切断ギグ(特許申請中)により舌を切断されてしゃべれなくなると言うわけだ。
 
 ああ。
 
 ちゃんと年金保険料を払っていれば、
 
 一級障害だったのになあ。
 
 だからちゃんと年金保険料を…」

痛い痛い痛い痛い。

変な装置は両端から僕の舌を切り取ろうと徐々に刃を入れる。

僕は地面を転がり回る。

血が、血が…取れないっ。

取れないよう…

「舌を噛んで死ぬのは窒息で死ぬのだ。

 だが、切断ギグの場合は大丈夫。
 
 舌はギグに残って飲み込めないから。
 
 ははは、喜べ、
 
 お前のようなクズでも年金制度の啓蒙の役に立つのだからな!」

助けて、助けて。

ああ、やっぱり保険料払っておけばよかった…

何でこんな目に…

涙を流しながら僕は悔やんでいると、

「ついに尻尾を捕まえたわよ」

ああ。ジーナスっ!

来てくれたんだっ!

僕は涙目でジーナスを探す。

「何者っ!」

「正義有る所に悪の闇有り!

 死があるからこそ生は輝き!
 
 不安があるからこそ人は努力する!
 
 人々に安心と安定をもたらす年金制度は許さないっ!
 
 ネオ新撰組・蒼雹のジーナス!
 
 わたしが来たからには、最早あなたに逃げ場は無いわっ!」

高い所から見下ろしてキめるジーナス。

でも、それより僕を早く助けて…ああっ、マジで痛いって。

「はんっ、賊軍ごときが偉そうにっ!

 その屁理屈に自信があるなら、
 
 どうどうと選挙で戦えばいいじゃねーかっ!
 
 こそこそテロってる奴らが御託をならべんじゃねえっ!」

「あう…く…、

 ええい、アドン、サムソン、
 
 やあああっておしまいっ!」

言葉に詰まるな!

Tソルジャー、アドンとサムソンが疫人に対峙する。

“さあ、アーシア、変心よ。”

とジーナスの声が届くが、

でも、僕を助け起そうとか、

せめてそばに来ようという気はちっともないらしい。

僕はヤケクソでチャックを開ける。

こ、こんな状態で、オナニーできっ…なんで勃ってるんだ…

く、くそー。

ああ。

でも、又、アーシラに変心できる。

早く、アーシラになって。

ああっ。

ああああっ。

カチッ。

あー、もう、むかつく。

あたしは口に手を入れ、切断ギグとやらを握り潰す。

口中に血が広がり、

あたしは装置をペッと吐き出す。

やってくれたわね。

ハンソンらと対峙する疫人を見上げながらあたしは立ち上がろうとするが、

しかし、完全に足が折れておりバランスが取れない。

ふふふ。

ふふふふ。

高く付くわよ、この美脚はっ!

あたしはゆらりと立ち上がり、

足を引きづりながら戦いの輪に入る。

痛くないっ!

痛くないっ!

痛くないっ!

痛くないっつてるでしょっ!

「こら、疫人!よくもやってくれたわね!」

あたしの剣幕に驚く疫人にあたしの投げたケロヨン人形がスマッシュする。

そしてその隙を突き、サムソンのマッスルボマーが炸裂する。

今だ!

あたしはチャージを掛ける。

右足は軸足にはならない。

ならばっ!

「痛いじゃないの、さっ!」

びしいっ。

あたしの右足が疫人の肩にむちのように当たる。

痛〜。

涙が出るが、敵も相当ダメージを受けている。

あたしは構わず。

もう一撃キックをお見舞いする。

「ぐはあっ。

 くそおっ。
 
 多人数で卑怯だぞっ!」

あたしの右腕が疫人の顎を掴む。

みし…みし…、

「や、やめろ。

 俺は悪くないっ!
 
 悪いのは年金保険料を払わないあいつら…」

「あー、悪かったわねっ!」

みし…

みし…

ばきっ。

「ぎゃあああああ」

「とどめっ!」

「待ちなさいっアーシラ!

 そいつには用があるわっ!
 
 色々聞きたい事もあるし」

く…運のいい奴。

あたしは最後に顔に一発食らわせて、止めを諦めた。



「あいつら、貧乏な連中を重点的に襲ってたのよ。

 盲点よね〜」

「イテテ…もっと優しく…」

ジーナスが僕を治療してくれている。

すごく痛い目にあったけど、ちょっと嬉しい…

僕らは真相をインターネットで公開したが、

長州配下の厚生労働省はマスコミを大々的に使ってもみ消しを実施し、

世間は信じてはくれなかった。

疫人の筈の河上は無職の変質者と言う事になっている。

そして、年金未納者は結局減っていった。

僕らの組織のシンパのみなさんも割に合わないと言う事で年金を払う事にした。

一般市民は結局暴力に弱い…そして今でも、

ぽつりぽつりと年金未払い者が、路上で襲われている。

きっと、他の長州疫人の仕業だ。

そう、結局疫人河上を倒しはしたが、

僕たちは未納者を守る事はできなかったのだ。

「てゆーか、貧乏人を守ってもしょうがないしねー」

…ジーナスはとことんドライだ。

はあ。

僕は何を信じて良いのかわからなくなってきた。

厚生労働省は年金制度を支える良い組織の筈だ。

なのに陰では出生率をごまかしたり、

未納者をぼこったりしている。

一体どっちが本当の厚生労働省なんだろう…

「はいっ、完了。

 まあ、しばらく大人しくしてる事ね」

「有難う…ところで、年金未納者減っちゃったから、

 ますます僕が狙われ易くなるんだけど…
 
 免除申請出して良い?」

「駄目に決まってるでしょう!

 あんたはネオ新撰組の隊士なんだから、
 
 降りかかる火の粉ぐらい自分で払いなさいっ!
 
 情け無いったら!」

「そんな事言ったって…」

「今度から3秒以内に変心できるように、特訓よ!」

「は、はいっ」

ネオ新撰組の隊士は非情でなければならない…

ああ、でもこんな極限状態の男女に、

きっと愛とか生まれるんだよね?

僕は熱い想いをこめて、ジーナスを見つめ。

彼女はにっこり笑う。

しかし、その笑みの裏にあるモノを僕はまだ見抜けて居なかった。



つづく



この作品はあむぁいさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。