風祭文庫・ヒーロー変身の館






「バニーエンジェル」
−ヤマイヌ女の反抗−



作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)


Vol.T-163





ヴィー、

ヴィー、

ヴィー…

グゥオオオオーッ!

「大変だー!

 “奴”が、

 “奴”が逃げ出したぞーっ!」

ゴーストバグ本部の奥、

俗に「封印された部屋」と呼ばれるエリアに

時ならぬ非常サイレンと咆哮が響き、

研究員や戦闘員達の罵声と怒号が交錯する。

「れ、冷凍封印の上、

 超重金属で何層も奥に封じていたはずなのに…」

報告を受けたオケラ男の顔は

”恐怖”

と言う言葉では言い表せない位の表情に満ちていた…

「や、“奴”の封印が解かれた…

 このままでは我々も終わりだ…」



「ふぁ〜ぁ、眠いぜ…」

朝日が目にしみる。

いくら空手で鍛えた体とは言え、

3日連続の夜更かし状態を経験すればいやでもあくびが出てくる。

ドンッ。

「隼人、

 朝っぱらから何バカみたいにあくびしてるのよっ」

そう言いながら圭子がドンッと大きな音を立てて背中を叩く。

「ゲホッ、

 ゲホッ…
 
 なにすんだよ、いきなり…」

「どうせあんたの事だから

 毎晩エロイ深夜番組でも見てるんじゃないの?
 
 まったく、男なんてみんなスケベなんだから…」

そう言いながら圭子もなぜか大きなあくびをする。

それを見て俺は、

「最近は女もスケベって言うからなぁ、

 案外そう言う番組で知識を仕入れてるんじゃないのか?」

と言い返すが、

次の瞬間、

ものの見事に圭子のカバンが俺の後頭部にスマッシュヒットを決めていた。

「あのね、

 あたしはあんたと違って学校の予習、
 
 復習に忙しいの。
 
 それに、今日英語の宿題出てなかった?」

彼女からそう言われた時、

俺の顔が凍りついた。

“忘れてた…”

「言うまでもないけど、

 あたしの分は見せないからね」

そう言うと圭子はすたすたと先に歩いて行った。

“くそ…

 それもこれもあのゴーストバグの変態どものせいだ…”

空手にいそしむ健全な男子高校生と

一応地球の平和を守っていると言う

バニーエンジェルのバニーレッドの二足のわらじを履く様になって以来、

こんな調子が日々続いている。

この三日間も三日間で続発する女性の失踪事件の背後に

ゴーストバグの奴らが絡んでいるらしいと言うので

毎晩他のバニー達と一緒にパトロールをしているが、

奴らの姿は見つからず、

事が起きた時には散乱した衣服を除いては

何の痕跡もないと言う始末。

わかっている事はと言えばどうも犯人は犬、

もしくは狼の姿をしているらしいと言う事位だ。

後手に回る苛立ちと寝不足で俺の我慢も限界に来ている。

ただでさえ健全な男子高校生である俺が

バニーガールに変身して変態どもと乱闘している事自体、

神経をすり減らすと言うのに…

とりあえず後を追いかけ、

交差点で何とか圭子に追いついたがその時、ドンッ!

「うわっ!」

「きゃっ!」

誰かとぶつかってしまった。

「いてて…

 どこ見てるんだよ…って

 芽衣さん、芽衣さんじゃないですか!」

「ご、ごめんなさい…って隼人くん?」

ぶつかった人物の姿を見て不意に俺の顔がほころぶ。

辻芽衣さん…

俺の近所のマンションに越してきた古い言い方をすれば

“花の女子大生”

以前、ひょんな事から知りあいになり

何度か顔を合わせている関係だ。

大人びたと言うより少しおとなしめな美人と言う雰囲気は

どこかの誰かに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい所である。

その隣で手を振っているのは芽衣さんの同居人で

大学の先輩であると言う大賀美央さん。

芽衣さんとは対象的に気さくで姐さん風の美人だ。

「いやあ、こんな所で芽衣さんに会えるなんて

 俺も朝から縁起がいいなあ…なんてね」

と、胸を反らせて高笑いしていたが、

ムギッ!

「イテッ、

 圭子、

 何すんだよ!」

“どこかの誰か”が眉を吊り上げながら俺の耳をつね上げる。

「朝っぱらから何バカやってるのよ、

 遅刻するわよ!」

そう言いながら圭子は俺の腕を引っ張り、

文字通り連行して行く。

ふと振り向きながら見た芽衣さんの顔には呆れ笑いが浮かび、

美央さんは「いいものを見た」と言うにやり顔をしていた…

「何だよ圭子、

 もしかして妬いてるのか?

 そりゃあ芽衣さんは美人だけどさぁ…」

学校の近くまで来てようやく腕を解いた圭子にすかさず俺はそう言った。

それに対し圭子は、

「何言ってるの。

 そりゃあ芽衣さんや美央さんは
 
 あたしも少し憧れる所もあるけど、
 
 もう好きな人の一人や二人いるに決まってるじゃない。
 
 それに…」

そう言いかけて一瞬顔を赤らめる。

俺が“何か”を期待しようとした時、

「あんたみたいなバカな虫がついたら二人が、

 いや、世界中の女の子が迷惑よ!」

その言葉と共に圭子のカバンが俺の顔面を直撃した…



「…申し訳ありません、ブンブン総帥!

 “奴”の封印には万全に万全を重ねておりましたが…」

ゴーストバグのアジト、“総帥の間”

“奴”を逃がしてしまった事で危機に陥っていたオケラ男は

回りの幹部や怪人達の嘲笑をこらえながら

ブンブン総帥に報告を行っていた。

「総力をもって“奴”を追っておりますが、

 未だに行方がつかめません…!」

「…」

ブンブン総帥は終始無言で報告を聞いていたが、

不意に静かに立ち上がった。

「総帥!」

最期の時を予感したオケラ男が声を上げる。

しかし、予想に反してブンブン総帥は静かに頭を振る。

「…さすがに我がゴーストバグが技術の粋を集めて生み出した

 “ロストナンバー”
 
 やはり一筋縄では行かなかったようだな…
 
 オケラ男よ、今回の件、
 
 貴様の責任は問わぬ。あやつに関しては誰であろうと敵わぬものよ…」

「ははっ!」

平身低頭するオケラ男。

しかし、それは同時にオケラ男の戦闘要員としての無能を意味する宣告を

兼ねていると言う事実にどれだけの者が気付いているのであろうか…

「…ところでブンブン総帥、

 奴、いえ、ロストナンバーについて
 
 わたくし、詳しくは知らされていないのですが…」

恐る恐る尋ねるオケラ男。

それに対してブンブン総帥は静かに語り始める。

「奴は我がゴーストバグの技術の粋を集め、

 我が最強の片腕として生み出されるはずだった。
 
 高い戦闘能力と獰猛さに加え、
 
 奴にはある“能力”があったのだ…」

「それは何でございますか、総帥?」



圭子とのやりとりと退屈な授業、
 
そしてここしばらくの事件で溜まったうっぷんを
 
部活でぶつけまくり終えた時には既に外は暗くなっていた。

“隼人くん、気を付けた方がいいわよ。

 いまあたし達が追っている女性失踪事件はともかく、
 
 最近うちの学校でも運動部のエースやキャプテンが
 
 相次いで失踪しているみたいだし…”

「俺はそんなヘマするほどヤボじゃねえよ」

どこからともなくやってきたラビにそう告げる。

街の雑踏から離れた静かな風景。

こうして歩いてみると

確かに何かが出てきても不思議ではないかも知れない。

実際、俺自身も何度そう言う形で変態どもに出くわしたか。

「それを言うならみんなにも気を付けた方がいいぜ。

 いくらバニーエンジェルだからって無茶はヤバイからな…」

不意に他のバニー達、

特になぜかあのバニーイエローの顔が脳裏に浮かぶが、

それを振り払いながら歩く。

“なんであいつの顔が浮かぶんだ?”

ついでに圭子の顔まで浮かぶ。

“とりあえず、今夜もパトロールお願いね。

 他のみんなも寝不足や肌荒れをこらえて頑張ってるんだから。”

そう言うとラビは出て来た時同様、

どこへとなく消えていった。

「やれやれ…」

肩で大きくため息をつく。

そんな時、

ドンッ

「うわっ!」

不意に背中を叩かれ驚きながら振り向くと、

そこには目を丸くした芽衣さんの姿があった。

「…隼人くん、

 こんな時間まで部活だったの?

 ホントに頑張ってるのね。

 そこへ行くと私なんか、
 
 友達に付き合わされてあちこち遊び回されちゃって…」

並んで歩きながら

ふぅ、

と可愛らしくため息をつく芽衣さん。

その仕草もどこか可愛らしい。

「おれの場合そんなカッコいいもんじゃないですよ」

偶然とは言えとりとめのない会話をしながら歩く。

その時間が何だか楽しい。

“圭子と一緒に話している時もこれ位だといいんだけどな…

 って何考えてるんだおれは。”

と、しょうもない事もつい思ってしまう。

しかし、例の失踪事件についての話が出た時に

芽衣さんが見せた意味深そうな表情には

理由を聞きたくてもできない雰囲気を感じさせる。

そんな顔もまた可愛いけど…。

そんなこんなで公園までやってきた。

「それじゃ隼人くん、またね」

そう言いながら芽衣さんは階段を上って行く。

その姿を見送りながら

おれも家の方に向かって歩き出そうとしたその時…

グオォォォ…

「キャーッ!」

獣のうなり声と悲鳴が響く。

それがしたのは階段の上の方…

「芽衣さん!」

おれはとっさに階段を駆け上る。

そこで目にしたものは…

「い、犬…?」

そこには人間より一回りも二回りも大きな体をした犬、

正確には犬みたいな姿をした怪物と、

そいつの顎に肩をくわえられ、

力なくうなだれる芽衣さんの姿だった。

「この野郎!」

おれは思わず拳を固めて飛びかかろうとするが、

「うるさい!」

怪物はそう言うと右手を振るう。

その衝撃だけでおれはそのまま坂を転げ落ち、

植え込みにドンと体をぶつけてしまった。

「イテテテ…」

体をさすりながら起き上がり、

そして坂の上をにらむ。

間違い無くあいつはゴーストバグの怪人だろう。

そして、今までの事件の犯人に違いない。

おれは迷う事無く首のチョーカーに手を当て、そのまま走り出す。

「チェンジ・バニー!」

その瞬間、おれは炎に包まれる。

その繭の中でオレの体は少年から少女の姿に変わり、

そしてバニースーツに包まれる。

炎の繭が消えた時、

そこには炎のような真紅のバニースーツとマスクをまとったおれ

―バニーレッドの姿があった。

再び坂の上に駆け上がり怪物を探すが、

しかし、その姿はどこにも見えなかった。

「あの野郎は…芽衣さんは…?」

焦りを交えながらも周りを見渡し怪物と芽衣さんを探す。

ふと見ると、

芽衣さんがうつぶせに倒れているのが見つかった。

「芽衣さん!」

急いで駆け寄るが、芽衣さんは静かに起き上がる。

「芽衣…さん?」

その動き、そしてゆっくりとこちらに見せた表情のない顔つきに

おれは一瞬ゾッとなる。

「…」

芽衣さんはそのまま少しの間立ちすくんでいたが、

次の瞬間身をかがめたと思うと、

バッ!

「グオォォォォーッ!」

人とも獣ともつかないような不気味な咆哮と同時に

両肩に手をかけそのまま服を引き裂いた。

中からのぞく白い素肌がみるみる獣の体毛に覆われ、

体つきもどんどん大きくなる。

いつの間にか大きな尻尾が見えるのもつかの間、

ついさっきまでおれに見せていた笑顔を宿した顔を突き破り

さっきの怪物を思わせる凶悪そうな獣の顔が現われる。

そこにいたのは既に芽衣さんではなく、

あの怪物を一回り小さくしたような一匹の犬顔の怪物だった。



その頃、ゴーストバグのアジト。

「自己増殖能力?」

オケラ男が目を丸くする。

「うむ、

 あやつには噛みついた相手を同化する能力があってな

 ―同化された相手にはその能力はないようだが―

 それにより部隊を率いての組織戦を組ませる予定だったのだ。
 
 だが…」

「だが?」

思わず聞き返すオケラ男。

それに対しブンブン総帥は拳を握り締めながら、

「改造の際に手違いでもあったのか何なのかはわからぬがあやつ、

 いきなり反逆を起こしかけたのだ。

 ”自分の方が強いし忠実な仲間を増やせるから
 
  ゴーストバグの総帥には自分がふさわしい。

  何ならお前も同化してやろうか?”
  
 などと言ってな…」

とつぶやく。

「ゴーストバグの総帥にして

 世界の支配者はこのブンブン総帥でなくてはならん!
 
 何が悲しくてあんなヤマイヌ女などにゆずらねばならんのだ!
 
 えーい、まともに葬る術さえあればあんな輩、
 
 ああしてこうしてけちょんけちょんに…」

意味もなく

“ああしてこうしてけちょんけちょんに…”

の仕草を取るブンブン総帥を見てオケラ男は、

“ブンブン総帥も意外と小心者だったのだな…”

と内心でつぶやいていた…。



「グルル…」

芽衣さんはズルリと舌なめずりをすると

おれにジワジワと迫る。

「め、芽衣さん…」

おれは戸惑いながらも構えを取る。

悲しきかなこう言う状況では呼びかけてもムダだと言う

基礎知識がおれの中で出来上がっている。

グォォーッ!

芽衣さんは一声吼えるとまっすぐおれに襲いかかる。

「うわっ!」

紙一重で爪をかわすが、

その勢いでまたしても転んでしまう。

グルルル…
 
顔を上げた瞬間、

そこには芽衣さんが大きな口を開いておれに襲いかかる。

それをあえて芽衣さんの側に転がってかわすと

文字通り脱兎のごとくその場を離れた。

かわした勢いで地面に顎を打ち付けた芽衣さんは

そのまま顎を引き抜くと再びこちらを向く。

“くそっ、どうすりゃ芽衣さんを元に戻せるんだ?”

レッドランスを構えて

相対しながらおれは次の行動を考えていた。

少なくともあのデカイ怪物がボスなのだから

あいつを倒せば何とか…と言う所かも知れないが、

今の所あいつの姿は見えない。

とは言えこのまま手加減すればやられるのはおれだ。

最悪おれもあの怪物になってしまうかも知れない。

芽衣さんの笑顔が脳裏をかすめる中、

おれは覚悟を決めた。

今は芽衣さんの動きを封じるしかない。

「行くぜ!」

ランスを構えて突進する。

グオッ!

芽衣さんの右腕がおれをなぎ払おうとする。

ガシン!

「クッ!」

すかさずランスで受け止めるが、

まともに衝撃が走り危うく吹き飛ばされかける。

続いて芽衣さんの左腕が迫るが

右腕を止めていたランスをそのまま回す勢いで外側に回避する。

それにも構わず芽衣さんは今度は身をかがめ

おれに食らいつこうとするが、

おれはランスを地面に付き立てるとその勢いで飛び上がった。

「レッドウィップ!」

ビシッ!

グワァァァー!

飛び上がった頂点でおれはレッドウィップを芽衣さんの眉間に叩きこむ。

芽衣さんは頭を押さえるが、

その眉間からはダラダラと血が流れ始め出す。

“芽衣さん、ごめん!”

心の中でそうつぶやきながら俺は着地し、

芽衣さんの反撃に備えて距離を置こうとするが、

芽衣さんはさっき怪物化する寸前のように

そのままピクリとも動かない。

ペロリ。

芽衣さんがその長い顎から同じ様に長い舌を出して血をなめる。

その姿はさながら舌を通じて血を吸い取ろうとしているかのようだ。

しかし、芽衣さんはそれ以外の動きを見せてはいない。

そして、長い時間が過ぎたようで、

それでいて刹那にも思える瞬間、芽衣さんは大きく体を反らし、

ウォォォォーン!

と吼えた。

同じ獣の声でも荒々しくも澄んだ咆哮…そんな声だった。

そしてドスンと倒れる。

「芽衣さん…」

構えを取りながらもおれは芽衣さんに近付く。

芽衣さんはハァハァと荒い息をしていた

が、おれの顔を見た途端その顔をすっと上げる。

思わず身構えようとしたが、

ペロペロ…

スリスリ…

芽衣さんは忠犬が飼い主にするようにおれの顔をなめ、

鼻を顔にすりよせる。

「ち、ちょっと芽衣さん、

 くすぐったいよ…」

おれは思わず笑いながらも芽衣さんを引き離す。

姿こそあの怪物なのだが、

こうして見ると何げに愛らしく思える。

姿はともかく正気に戻ったのか、

それともただ獰猛さが鎮まっただけなのか…。

複雑な気持ちのまま芽衣さんを見つめる。

グルルル…

そこへ、再び獣のうなり声。

そして芽衣さんとは比べものにならない獰猛な気配が伝わってくる。

とっさに振り向くと犬顔の怪人が数体、

そして、その真ん中に―あの大きな犬顔怪人がいた。

『おやおや、

 せっかくウサギ狩りができると思っていたら
 
 この子犬ちゃんは骨抜きにされちまったみたいだね』

ボス格の犬顔が忌々しそうな声で言う。

『まったく、このヤマイヌ女様をバカにするにも限度があるよ。

 あんた達、このウサギと役立たずを“処分”しちまいな』

ボス格―ヤマイヌ女が顎を振ると

手下のヤマイヌ女―間違い無く今まで行方不明になった人達―が

うなり声を上げながら迫る。

芽衣さんとの戦いで怪我こそないが消耗は少なくない。

その芽衣さんもどこか悔しそうな目を向けてはいるが動けない。

まさに絶体絶命の状況である。

そこへ…。

「パープルウェイブ!」

どこからともなく強力な音波が飛び込んでくる。

『グゥゥゥゥ…。』

「うっ…毎度ながらきついぜ…」

戦闘中、何度も巻き込まれた事のあるこの音波に思わず耳をふさぐ。

本来ならこの技はほとんどの物質を破壊するほどの威力があるのだ。

当然ヤマイヌ女達も耳を押さえるが

一匹、

また一匹耐え切れずに倒れて行き、

残っているのはボス格だけになる。

「お待たせ、レッドちゃん!」

イエローがそう言いながら駆け寄る。

もちろん他のバニー達も一緒だ。

もっともさっきの技の主であるバニーパープルは

力を使いすぎたのか少しダウン気味なのを

ブルーとグリーンに抱えられているが。

“レッド、大丈夫?”

いつの間にか肩に乗っていたラビが声をかける。

おれは無言で被りを振ると改めてヤマイヌ女に構えを向けた。

『おのれ…ウサギども、

 まとめて同化してやろうか、
 
 それとも毛の一本も残さず食ってやろうか…。』

いつの間にか体勢を立て直したヤマイヌ女が鏡獅子のごとく頭を回し、

そのまま飛び込んできた。

「イエローボンバー!」

それを全員でかわすや否やイエローが必殺技を放つが、

『小ざかしい!』

の一声と共にはたき落とされる。

「これならどう?

 グリーンカッター!」

今度はグリーンの技だ。

しかし、ヤマイヌ女はさっきおれを吹き飛ばした両腕の動きで

グリーンカッターを打ち消してしまう。

「もう一度食らいなさい、

 パープルウェイブ!」

その隙をついて再度パープルが技を放つが、

まださっきの影響が残っているのか

さきほどの勢いはない。

それどころか、

『今度はあたしの番だよ!』

とばかりに、

グオオオオオオーッ!

ヤマイヌ女の咆哮が響く。

パープルウェイブ以上の衝撃に

おれ達は身動き一つ取れず押さえ込まれる。

そしてヤマイヌ女は勝ち誇った様子で両腕を広げ、

大きく口を広げる。

もうダメだ…そう思った時、

ヤマイヌ女の動きが止まった。

「何?」

何とか体を起こして見上げた先、

そこにはなぜかもう一匹のヤマイヌ女が

ヤマイヌ女をはがいじめにしようとしていた。

「芽衣さん…!」

そう、いつの間にか意識を回復していた(本当にいつの間に…)芽衣さんが

必死でヤマイヌ女を押さえ込もうとしていたのだ。

『クッ、この馬鹿犬、

 言うこと聞かない割には力だけは強いんだね!』

グルーッ…。

悪態を突かれながらも必死でヤマイヌ女を押さえ込んでいる芽衣さんだが、

その動きはどこか鈍い。

逆に押し返されてしまうのも時間の問題だろう。

他のバニー達もまだ動けない。

そんな時、偶然あるテレビ番組で見た知識が脳裏にひらめく。

そして、同時におれはヤマイヌ女に向けて飛び出した。

「芽衣さん!」

思わずそう叫ぶ。
 
それに応えるかのように芽衣さんはヤマイヌ女の顔をこちらに向ける。

「レッドウィップ!」

シュルル!

ビシッ!

レッドウィップがヤマイヌ女の舌に絡みつく。

そして勢いよく引っ張る。

『なっ、たかが舌を引っ張られた位で…』

その途端、ヤマイヌ女の体が動かなくなる。

なんでも犬の急所は口の中、特に舌らしく

そこをつかまれると

どんな猛犬でも身動きできなくなるそうだ…

それでもさすがゴーストバグ怪人なのか必死でもがこうとする。

芽衣さんもおれも必死でそれを押さえようとする。

「今だ!」

意識にそう叫んだ時、

いつの間にか立ち上がっていたバニーブルーが必殺技の構えを取っていた。

「バニー…フラッシュ!」

おれと芽衣さんが離れた瞬間、

まさに渾身の一撃がヤマイヌ女を貫く。

『そ、そんな…

 ゴーストバグの真の支配者であるはずの

 …この…ヤマイヌ女さまが…。』

 そう言いながらヤマイヌ女は四散した。

「ふぅ…終わった…」

「本当ね…」

戦い自体は短かったもののやはり中身がきつかったのだろうか、

みんな相応にダウンしている。

しかし、バニーフラッシュ発動〜着弾の際のエネルギーが

光の雪のように舞う光景を見るとどことなく癒される気がする。

シュルルルル…。

その雪の中で手下のヤマイヌ女達も元の女性の姿に戻って行く。

そして、芽衣さんの方を見ると

そこには安らいだ表情で寝息を立てる芽衣さんの姿があった。



「…でも、芽衣さんまで行方不明になりかけてたなんて驚いたわよ」

病院の廊下で圭子は驚き反面、

安堵反面の顔をしながら言う。

「ま、まあ、おれだって驚いたぜ。

 なんせ帰り道一緒に…な、なんでもない」

思わず圭子がにらむような目をしていたので思わずごまかそうとする。

あの後芽衣さん達は無事警察に保護され

病院で手当てを受けていた。

バニーフラッシュの影響か後遺症云々はないのが幸いだけど、

やはりと言うかみんなヤマイヌ女になっていた時の記憶がないらしい。

これもまた幸いだろう。

だから圭子はもちろん

警察も誰もなぜ行方不明になっていた女性達が

全裸で倒れていたのかの理由を突き止めるのは不可能だろうとおれは思う。

そして、例の「犬か狼みたいな獣」の正体も

おそらくは闇に消える事になるだろう…。

そうこうしているうちにおれ達は芽衣さんのいる病室の前に立つ。

「芽衣さん、お見舞いに…」

そう言いかけておれの目は丸くなる。

「あ、隼人くん、

 圭子さん、来てくれたの?」

と笑顔で迎えてくれた芽衣さん、

「よっ、二人でお見舞いなんてさすが夫婦だね」

と冗談混じりのあいさつをする美央さん、

そして…

「…きみ達が芽衣ちゃんの言っていた隼人くんと圭子ちゃんか…」

と声をかける地味そうだがなかなかの好青年風の男が一人…

「紹介するわね。

 こちら芽衣ちゃんの彼氏の瓜生和雄さん。

 もう婚約まで行っちゃってるんだから」

「ち、ちょっと美央さん、

 わたし達そんな関係じゃないですよ!」

ベッドから体を起こして美央さんを止めようとする芽衣さんと

それに対し難しい顔をしている和雄さん…

その姿を見て鈍感ながらもおれは感づいてしまった。

「ま、やっぱりこうだろうと思っていたわよ」

圭子はそう言いながらおれの肩をポンと叩くと

和雄さんにあいさつをしていた。

…やはり「年上の人」との恋は実らないものなのだろうか…。

そんな事を思いながらおれは芽衣さんや

恵子達の談笑をよそに肩を落としていた…



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。