風祭文庫・ヒーロー変身の館






「宇宙超人ディアン」



原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-235





グエエエエエーッ!

暗雲の中、巨大な異形の影が咆哮する。

幾度となく地球を脅かしてきた侵略者の最終兵器であるその怪獣は

その魔の手を食い止めてきた防衛隊基地の目と鼻の先に迫っていた。

防衛隊の精鋭達は果敢に立ち向かうが、

しかし、最終兵器を名乗るだけありその怪獣の力は尋常ではなく、

ファイターやバトルタンクは相次いで撃墜されていく。

その戦闘力は幾度となく防衛隊の危機を救い、

そして共に戦ってきた「盟友」でもある光の巨人をも例外なく危機に追い込んでいた。

ダァ……ダァ……

泥やすすにまみれた白銀のボディを片ひざ付かせ、

肩どころか全身で荒い呼吸をする巨人。

胸に輝くライフゲージを示す結晶体も危険信号を示す点滅を繰り返している。

「おい……ディアンでさえ適わないってのか……」

「もうファイターも武器も残ってない……ちくしょう!」

守護者――ガーディアンをもじってディアンと名づけられたその巨人による

必殺の一撃さえものともしなかったその怪獣は目の前の全てを嘲笑し、

蹂躙するかのように迫り続ける。

その腹部にある巨大な口から高エネルギーが収束し始めた時、

隊員達の表情にあせりと絶望の色が浮かぶ。

そんな時……

キュイーンッ

一機のファイターが怪獣に迫る。

「おい、まだファイターが残っていたのか?」

「でもだれが?」

『諸田です!

 これからディアンの援護に向かいます!』

「おいやめろ!

 もう間に合わない…」

諸田と名乗ったその隊員の乗るファイターは

まさにその全てをディアンに迫ろうとした怪獣の巨大な口に叩き込む。

チュドドドドーン!

ギエエエエエーッ!

その攻撃にさしもの怪獣も一瞬ひるむが、

それでもまだ巨大な口の中のエネルギーを相殺するには至らない。

しかし……それだけで十分だった。

ディアンはその隙を突き、

そして意を決するかの様に両腕をパワーゲージの前でクロスさせる。

そのあと広げた両腕とパワーゲージを中心に全身のラインが臨界を越えるかのように輝き、

その雄姿に隊員達、

そしてファイターを回避させた諸田は何かを確信していた。

デェアッ!

次の瞬間、

ディアンは怪獣の口の中に組んだ両腕を叩き込み、その力を解放する。

激しいエネルギーがディアンの両腕から怪獣に流し込まれ、

怪獣は断末魔の声を上げる間もなく閃光となって砕け散った。

「やった……」

「ディアン、よくやったぞ!」

「諸田、お前も良くやった、帰還しろ!」

その光景に隊員たちは安堵と歓喜の声を漏らす。

功労者でもある諸田も、

「ディアン……お前も良く頑張ったな……」

とファイターの中で静かにつぶやいていた。

だが、まだ彼らは知らない。

怪獣を倒した一撃の代償によりディアンの体もまた光の粒子となって消えて行った事を、

それが判明するのは

その後、周辺の現場検証や調査が行われるうちの映像記録などを確認してからの事である。


まして、戦場の片隅でファイター越しに諸田を見つめる視線があった事など誰も知ることはなかった……

「秀司さん、お疲れ様。

 無事で本当に良かった」

「ああ、今回ばかりはもう羽澄の顔を見られないかと思ったよ……」

それから数日後、

諸田秀司の姿は恋人の郷羽澄の暮らすマンションの玄関にあった。

怪獣撃破後の警戒態勢もようやく解かれ、

久しぶりに取れた休暇を彼は羽澄と一緒に過ごそうと決めていたのである。

瞳を潤ませながらまだ疲れの残る彼の体を羽澄はしっかりと抱きすくめ、

秀司も静かにその頭をなでる。

「そう言えばディアンはどうなったのかしら……

 マスコミは怪獣と相打ちになったとも故郷に帰ったとも言ってるけど……」

軽い食事を済ませたあと、

皿を片付けながら羽澄はつぶやく。

「さあな。

 実際あれから色々調査したみたいだけど怪獣はもちろんディアンの痕跡もなかったし、
 やられたとも無事とも言えないのは確かだな……」

実際は緘口令ものの事も色々あるのだが、

最低限話せるだけの事だけをかいつまんで秀司は話した。

「TVなんかだと、

 おれ達防衛隊のメンバーとかに実はディアンがいたと言うのが定番だけど、

 結局全員白だったし……ってこれじゃディアンが悪者か」

と秀司は苦笑いを浮かべる。

「もう……でも、

 わたし達の間でもディアンは防衛隊の中の誰かじゃないか、

 もしかすると秀司さんがディアンじゃないかって言われてたし、

 わたし自身そう思ってたくらいだもの」

軽く思い出し微笑を浮かべる羽澄。

「まあ、初めてディアンが現れた時はちょうどおれのファイターが落ちた後、

 しかも音信不通状態だったからな。

 真っ先に疑われたよ」

さらに苦笑いを深める秀司。

実際二度目に現れた時秀司は即座に全機に通信を入れ、

自分がディアンではない事を通達した位である。

「まあ、あいつは何度も絶対の危機から蘇ってきたんだし、

 何よりあいつに頼るだけじゃいけないなんて事はおれ達自身よくわかっている。

 あいつが戻るまではおれ達が“ディアン”として頑張るだけさ」

今度は一転して明るい笑顔を浮かべる。

「その意気その意気」

と笑顔で答える羽澄。

夕げの一時、さわやかな笑い声が響いていた。

「あっ……」

一糸まとわぬ柔肌を静かに押され、羽澄は声を上げる。

「羽澄……」

 同じく全てを脱ぎ捨てていた秀司は肌を押していた指を静かに離し、

 改めてその柔らかな肢体を抱きしめる。

 交際を始めて数ヶ月、

 互いの仕事ゆえ中々会う事のできなかった二人は

 初めて一つになる夜を迎えようとしていた。

「秀司さん……わたし、少し怖い……」

愛する人と結ばれる喜びと一線を越えようとする不安に顔を赤くしながら羽澄はささやくと、

「大丈夫、おれが守ってやるよ。

 これからも……」

その不安を取り除くように秀司は静かに羽澄の体を優しくなでる。

「うん……そうじゃないとわかっていても

 わたしにとっては秀司さんがディアン……」

そう言うと羽澄は強く秀司を抱きしめる。

「おい、なら羽澄もしっかりしないとな。

 互いに守り守られる、そう言う関係でいようぜ、

 防衛隊とディアンがそうみたいにさ」

そして二人は互いに抱きしめあい、互いを結び合わせた。

「あっ……」

その時、秀司の“ロッド”により羽澄が“女に変身する”咆哮が聞こえた。

パンッ、パンッ、パンッ……

グッ、グッ、グッ……

「あっ、あんっ、ひでしさん……」

「はずみ、はずみ……」

初めてと言う興奮か、

それとも今まで抑圧されたエネルギーを解放させたのか、

二人は初めてとは思えない位激しく互いの若いエネルギーをぶつけ合う。

「ああ……はぁ……ああ〜っ!」

「?」

全身を高潮させ秀司を受け止める羽澄。

その姿と声に一瞬秀司の動きが止まる。

「ど、どうしたの…?」

行為が中断された事で安堵と不満の混じる声で羽澄は尋ねる。

それに対して秀司は少し間の悪そうな声で、

「い、いやあ、羽澄が感じている姿や声が一瞬ディアンに重なって……

 これって職場病かな……」

と答える。

「ふぅ……そうかも知れないけど、わたしはディアンじゃない、

 羽澄、郷羽澄なんだから……」

そう言うと再び羽澄は秀司を導く。

秀司も自分の見間違いを振り払う様に羽澄の中に飛び込む。

「あっ、ああっ、あんっ、ひでしぃ〜!」

「ううっ、はずみ、はずみぃ〜!」

二人は今度こそ高みに達そうとしていた。

その時……

ビクンッ!

「うっ!」

秀司の体が一瞬こわばった。

「どうしたの?

 また何か見間違えたの?」

羽澄は再度の中断に不満を感じるが、

秀司の様子に何かただならぬ様子を感じてしまう。

無理もない、秀司の体はこわばったまま軽く震え、

文字通りの金縛り状態だったからだ。

その顔はこわばりながらも何とかそれを振りほどこうとしている。

「は、はずみ……おれの体……おかしい……」

「だ、大丈夫なの秀司さん!?」

結ばれたままの姿勢で秀司の肩をつかむ羽澄だが

秀司はそれを必死で振り解こうとする。

「お、おれの中に何かが……羽澄……早く…早く逃げろ……」

秀司は必死で羽澄から離れようとする。

しかし、二人を結ぶその場所はまるで最初からつながっていたように動かない。

「あんっ、いやっ、どうしてはずれな…きゃんっ!」

羽澄も何とか逃げ出そうとするがやはりそこがつながってしまい動かす事ができず、

むしろそこから来る刺激にもだえてしまう。

そうこうしている内に秀司の体に異変がおき始める。

繋がっている所から肌がじわじわと白銀に近い色に染まり、

彼の鍛えられた肉体をじわじわと覆い尽くす。

プクリ。

「うあっ!」

秀司がのけぞった瞬間、その胸元に青く輝く小さな結晶が浮かぶ。

それはまるでディアンのパワーゲージのようであった。

それからさらにパワーゲージから秀司の体中に真紅のラインが引かれてゆく。

それが腕に伸びればそこにはまるで黒光りする手袋のような形に覆われ、

足に伸びれば五本の指は覆われるように癒着し、靴の様な形になる。

変色は首、そして顔にまで及ぶ。

「う、うう、うぶっ!」

顔が白銀に変色し、口元が覆われた一瞬秀司はむせる。

そして顔全体が覆われるとその姿はあたかも……

「ひ、秀司さんがディアンに……」

そう、その姿はディアン――正確にはディアンを模した全身タイツの様な姿になっている。

「お……おれが……ディアンに……?」

そう言いながら何とか首だけを回して自分の姿を確認しようとするが、

それもままならないほどの衝撃が秀司を襲う。

「うっ!うわぁっ!」

「秀司さんっ!」

全身を覆っている変色体が震えながら縮こまってゆく。

正確には秀司の体が少しづつ縮んでいるのだ。

鍛えられていた彼の両腕や両足がどんどん細くしなやかになってゆく。

押しつぶされつつあった胸板のつぶれ残った部分がぷるんとしたふくらみに変化する。

「うあっ、

 おれの、

 おれの中に何かが……やめろ、

 やめろ……ああっ、うわぁ……」

自分の精神の中に何かが入り込み外部だけでなく

中身まで変えようとする感覚にもがきながらも秀司の意識はどんどん飲み込まれてゆく。

それを示すように秀司の声はどんどん高く、女性的なものに変化してゆく。

「秀司さんっ、

 秀司さんっ、しっかり…」

結ばれているがゆえ変化の影響が及ぶ危険も顧みず

羽澄は必死で秀司の意識を保とうと体を揺さぶるが、

それもむなしくその姿はどんどん女性的なものに変化してゆく。

男性特有のたくましかった肢体は

たくましさよりもしなやかさを協調した女性のものに変化し、

のっぺらぼうだった顔の目元に開いた穴からはディアンと同じ緑色の目が輝く。

ピィィーンッ…

それに呼応するようにパワーゲージがうっすらと点滅を繰り返し始める。

ピコン、ピコン、ピコン、ピコン……

「うっ、うあっ、うわっ、ぢゅわっ……」

明滅が早くなるごとに秀司の口調も

女性的ながらディアンを思わせるものに変化して行く。

そして……

ピィィィィィィーンッ!

“デュワッ!”

秀司の声が完全に変化したと同時にパワーゲージに安定した輝きが満ちる。

「きゃっ!」

背を伸ばした反動で羽澄は背中からベッドに倒れる。

「ひ、秀司さん……」

恐る恐る秀司――だったものに声をかけるが、

それは静かに自分の体を見つめ、そして静かに上げた両腕を見つめる。

“……どうやら適合は成功したみたいね……”

「あ、あなた誰なの?

 秀司さんを、秀司さんを返して!」

静かに自らを見つめるその存在に対し、

羽澄は涙ながらに叫ぶ。

それに対し、

“私はコンダクター、ディアンを育て導く者……”

存在――コンダクターは静かな口調でそう告げた。

“ディアンは先の戦いで肉体を失い、魂だけとなった。

ゆえにわたしはディアンを甦らせる為この地に降りた……”

「そ、それでどうして秀司さんを乗っ取ったの!?」

“かの者はディアンを助けた心の持ち主、

 そして適合者。

 ゆえにディアンを蘇らせる為肉体と魂を借り受ける事になりました。

 あなたにはいささか申し訳ない事をしたとは思いますが、

 少なくともかの者は消えてはいません。

 事が終わればすぐにでも返しましょう……”

そう告げたコンダクターにホッと胸をなでおろす羽澄だが、

ふと疑問が浮かぶ。

「で、でもどうしてわたしまでこうなっているの?

 もしかしてわたしもディアンの復活を手伝わないといけないの?」

未だにつながったままの体を恥ずかしげに見つめながら羽澄は尋ねる。

“それは……”

ピィィィン……

「えっ?」

その瞬間、羽澄とコンダクターはマンションの一室から

宇宙を思わせるような空間に転移する。

ビクンッ!

そして、激しい衝撃がコンダクターから羽澄に流し込まれる。

「きゃんっ!」

秀司と睦んでいた時以上の衝撃と快感に羽澄の体は再度大きくのけぞるが、

立ち直る暇を与えず再び衝撃が羽澄を震わせる。

ただ違うのは秀司が羽澄を高める為にそうした時とは違い、

コンダクターは身動き一つせず

ただ羽澄の両足をつかんだままつながっているだけである。

「きゃっ、あっ、あんっ、こ、これって……あぁんっ!」

自分の中に何かが流れ込んでくる感覚。

そしてそれが自分の中に満ちてゆく感覚。

それは先ほど秀司がコンダクターに憑依・変換される際に感じたものと

ほぼ同じものであった。

本来なら全身を大きく揺さぶるだけではすまないほどの衝撃に

全身を振るわせる羽澄の肌がつながっている部分から少しずつ

コンダクター、そしてディアンのような白銀に染まってゆく。

「ま、まさか……あっ……わたしが……きゃうっ……ディアンに……ひぁんっ!」

“あなたの言う通り、あなたこそディアンの再生にふさわしい適合者、

 そして二人が一つになった時がディアンの再生の時……”

「そ、そんな……ちょっと…あんっ……まり……よっ……あんっ!」

いくら何でも色々な意味でひどすぎる展開に羽澄は涙するが、

それは皮肉にも快感の涙と同時に流れていた。

“先ほど私の中に宿っていたディアンの魂をそなたに宿した。

 ディアンの魂はそなたの身と心を糧に蘇る。

 すなわちそなたは身も心もディアンとなるのだ……”

「ひぃっ……いやぁん……わたしぃ……ディアンにぃ……なりたくなひぃ……」

そう叫ぶ羽澄だが、その白い肌はすでにほとんどが白銀に覆われる。

そしてパワーゲージが胸元に浮かび、全身に赤いラインが走ってゆく。

「いやぁ……わたしぃ……はずみぃ……はずみなのぉ……でぃあんじゃなひぃ……」

獣のように両手足をつっぱり、

全身をのけぞらせながら抵抗する。

しかし、すでにその顔も完全に白銀の全頭マスクに覆われ、

体型と声、

マスクからのぞく目元と口の形が名残を残す以外は

ほぼ完全にディアンのデザインをした全身タイツ女と化していた。

「ああ……ひゃぁ……はぁ……」

肉体だけでなく精神さえ侵食される恐怖に羽澄の精神はすでに崩壊寸前であった。

しかし、その脳裏になぜか秀司の姿が映る。

いつも危険を顧みず自分を、そしてみんなを守るため頑張り続けた秀司。

そんな彼を案じながらそばにいられない自分がもどかしく思えた事は

一度や二度ではなかった。

“そうだ……ディアンになれば…

 …いつでも秀司さんと一緒に戦える……一緒にいられる……”

それに応じるように脳裏の秀司が手を差し伸べる。

“そう……わたし……ディアンになる…

 …お願い……わたし……なりたい……わたしを……ディアンにしてーっ!” 

羽澄がその手をとった時、羽澄は羽澄である事を放棄した。

「はぁん、ひぁん、ひゃっ、ひゅわっ……」

羽澄の口調が変わってゆくと同時にその体にも変化が始まる。

全身タイツ化した羽澄の体がどんどん縮んでゆき、

柔らかな胸のふくらみが少しずつ胸板の中に沈んでゆく。

すらりとした両手足も短くなるのと入れ替わりに両腕と両足の筋肉が盛り上がり、

わずかなプロテクターの様な物が形作られる。

「ひゅわっ、でゅわっ、でぇわっ……」

改めて羽澄の顔が全て白銀に包まれると、

目元に穴が開き緑色の瞳が浮かぶ。

頭頂部にはとさかのようなものが伸びる。

そして…

ピコーンッ!

“デュワッ!”

 そう叫んだ時パワーゲージが光を放ち、

 そして両者をつないでいたもの――

 コンダクターにあった秀司のなごりは静かにコンダクターの中に消え、

 そして羽澄が羽澄であった最後の名残も静かに閉じて消えて行った。

“う、うう……ここは?ぼくはどうなったの?”

まだだるい体を起こしながら羽澄、

いやディアンは身を起こす。

“ディアン、気がつきましたか…

 …ここは地球人の住居。

 あなたはここで再生を果たしたのです”

コンダクターはうやうやしく頭を下げる。

いつの間にか二人は異空間から羽澄の部屋に戻っている。

“そうか……でもなんだかちょっと体が鈍いな…

 …それにちょっと気持ちが小さくなったみたい……”

とディアンはベッドから起き上がり鏡を見る。

そこに写っていたのは確かにディアンの姿だったが、

その姿は地球人サイズとしてもあまりに小さい。

例えるなら小学生ぐらいの身長だろうか。

“コンダクター、これってどうなってるの?”

文字通り少年が母親に尋ねるようにディアンは尋ねた。

コンダクターは母親の様にそっと頭をなでると、

“……どうやらまだ同調が不完全の様ですね。

 適合者とは言え儀式の際に色々トラブルが合ったのが原因の様です……”

申し訳ないように答える。

“そう言えば頭の中で誰かが泣いているような声がする……誰なんだろ……”

耳をかしげながらディアンはその主を探そうとするが、

それがディアンの中で完全に同調しきれず

その快感にあえぎ続ける羽澄の声である事を知る由はなかった。

その時。

ドドーンッ!

周辺を爆音と衝撃が襲う。

部屋のあちこちが震え、部屋のものがいくつか床に落ちる。

“コンダクター、これはまさか?”

何かを察した様に窓に向かうディアン。

その目と鼻の先――ディアンの高い視力からすれば――に一匹の怪獣が見える。

まだ海上にいるが、もうしばらくすれば地上に上がるだろう。

もちろんその時の被害は尋常ではない。

“……奴らの残党か、別の勢力か…

 …少なくとも今の防衛隊では歯が立たない相手です。

 そして今の……ディアン!”

冷静に状況判断をしようとしていたコンダクターをよそにディアンは飛び出そうとする。

“コンダクター、ぼくは行かないといけない。

 あの怪獣を倒し、みんなを守るんだ!”

“ディアン、あなたはまだ再生したばかり、

 しかもまだ本調子じゃないんですよ!

 今行ったら今度こそ……”

しかし、そう言い切る前にディアンは飛び出していった。

その胸のパワーゲージはエネルギー不足を示す点滅を続けたまま……

ガルルルーッ!

怪獣はすでに上陸まで後一歩まで近づいていた。

防衛隊にもスクランブルはかかっていたが、

先の戦いのダメージがまだ回復し切れておらず対応にどうしても遅れが出てしまう。

もちろん休暇を取っている隊員たちへの連絡は完全に後回しになっている。

このままでは上陸を許してしまうはずだったが……

ザバァァァァァンッ!

激しい水しぶきが怪獣の行く手をさえぎる。

「あれは?」

モニターを見ていた隊員がその光景に驚く。

「ディアンだ……やっぱりディアンは生きてたんだ……」

「ったく、せっかくおれ達だけでも頑張れるって所を見せようと思ったのに……」

言葉は違えど隊員達には「戦友」の復活を喜ぶ空気があった。

「でも見ろ、あのディアン少し、

 いや完全に小さくないか?」

モニターを見ていた隊員が不可思議そうに声を上げる。

「どれどれ……確かに、まさかディアンの子供とか?」

「さあ……でも一刻も早くディアンの援護を整えろ!」

隊長の檄が飛んだ。

グルルルーッ!

デェアッ!

両者はしばし対峙するが、先に動いたのはディアンだった。

“いくぞ!”

小さな体を全力で動かしながら怪獣の吐く熱線をたくみにかわし、

ハンマーのような両腕をもかわしてパンチを打ち込む。

しかし小さくなった体ではパワーもスピードも足りず、

その隙間を埋める要素でもあろう質量さえも不足していた。

さらに言うと彼の脳内で響く声もその集中力を欠けさせていた……

グルルルーッ!

“うわっ!”

怪獣がカウンターで放った腕に吹き飛ばされ、

ディアンは海面に叩きつけられる。

“クッ、動けない……”

しかもそこに怪獣の熱線が容赦なく襲う。

まだ幼いままのディアンの体にこのダメージは強すぎた。

“ううう……うわぁぁぁ……”

“ああん……はぁぁぁん……”

ディアンが苦しむたび脳内で響く声も激しくなる。

それに合わせる様にパワーゲージの点滅も激しくなってゆく。

「まずい、ディアンがやられちまう!

 まだ出動はできないのか?」

モニターを見つめる隊員達にも今度こそあせりと失望の色が浮かぶ。

“だめだ……このままじゃ……もっと、力を……守る……力を……”

“はぁん、ああん、あはぁんっ、あひゃんっ……”

ディアンがそう念じた時、脳内の声もどんどん高まってゆく。

そしてディアンの意志はその声をも取り込んでゆく。

“君が誰かわからないけど、ぼくに力を貸して!

 ぼくと一緒になって戦って!”

“あうっ、ひひゃ、ああっ……あぁーっ!”

そして、ディアンは脳内の声――羽澄の最後の欠片と完全に一つとなった。

“うわぁぁぁーっ!”

ディアンが叫んだ時、

その体が一瞬光を放つとそのままスクッと立ち上がり、

改めて自らに満ちるエネルギーを解放する。

パワーゲージの点滅は完全に止み、鮮やかな輝きに満ちている。

そして何よりその姿は……

「おい、ディアンが成長したぞ、と言うより復活したぞ!」

「隊長、発進可能なファイター出撃準備完了です!」

「よし、全機出撃!」

隊員達は少しでもディアンの力になるべく出撃していった。

“これは……どうやら私は完全に力を取り戻せたようだ……”

今まで以上に全身に力がみなぎるのを感じながらディアンは自らを見つめる。

ギュルルルーッ!

その感慨を破るかの様に怪獣の熱線が襲うが、

ディアンが右手をかざした瞬間その攻撃は霧消する。

そして、ディアンが右手を怪獣に伸ばし、

左手で支える姿勢を取ると……

デェアッ!

その先から閃光が走り、

怪獣は一撃で光の粒子となって消えていく。

それを確認するやディアンは身を翻し、

いつもと同じ様に消えて行った。

ようやく駆けつけた防衛隊のファイターと入れ替わる様に……

“ディアン、改めてあなたは良き者達に囲まれている様ですね…

 …わたしも一安心です。

 またあなたに何かが起こればその時は改めて支えに参ります……”

部屋の窓からその光景を見つめていたコンダクターはディアンの成長を確認すると

そのまま光となって消えて行った。

あとには大の字で倒れている秀司を残して。

そのあと、ディアンが部屋に転移したあと鏡の前でふと力を抜く。

シュルルル……

ディアンの姿は一回り小さくなりながら細くなり、

たくましい光の巨人からそのデザインをした全身タイツの女性に、

そして白い柔肌と柔らかな髪をなびかせた女性の姿になってゆく。

改めてその裸身を見つめるディアン――

羽澄はその姿にクスリと笑みを浮かべた。

「改めてよろしくね、ハズミ」



「なあ、まだ付き合わないといけないのか?」

翌日、何とか連絡を入れた後もう一日休暇をもらえた秀司は

羽澄につき合わされデートと言うより買い物につき合わされていた。

「もちろんよ。

 地球担当の防衛宇宙人としては地球の事をもっと知っておかないといけないからね」

そう言って微笑む羽澄。

「何言ってんだよ羽澄、そりゃあお前の今の状況はだけど……」

羽澄の声を止めようとする秀司だったが、それをさえぎるように、

「もうわたしにとって郷羽澄は世を忍ぶ仮の姿。

 その実体は地球を守る超人ディアンなんだものね」

と妙にニヤニヤと笑みを浮かべる。

確かに羽澄の言う通り今の彼女はディアンが擬態した姿ではある。

しかし、同時に今のディアンもまた「羽澄が変身した姿」でもある。

早い話両者はディアンが完全に復活して分離するまで

限りなく一心同体に近い状態になっているのだ。

「それに、秀司さんのせいでわたしは羽澄じゃなくなったんだから、責任取らないと」

わざとイジワルな笑みを浮かべる。

“それに、わたしが“羽澄”でいられたのも秀司さんのおかげなんだけどね……”

内心では思い切りの感謝を満たしながらも。

「じゃあディアン殿、

 どうかお一人で地球見物を堪能してくださいな。

 おれは一人で休暇の続きに入りますので」

さすがに痺れを切らせたか、秀司は背を向けようとする。

「ご、ごめん秀司さん、わたし羽澄羽澄、

 あくまでも「ディアンになれる郷羽澄」なんだから〜」

と言って泣きつくそぶりを見せる。

二人のやり取りの聞こえない人々は

ただの夫婦漫才として二人のやり取りを呆れて見ていた。

そこに……

「まずい、ほんとに怪獣が出やがった……すまない羽澄、デートはお預けだ!」

基地からのメールを見てあわてて駆け出そうとする秀司。

そして羽澄の耳にそっと、

“頼むから無茶だけはするなよ、

 お前はヒーローでもあるけど、同じ様におれの……”

と言いかけるがいつの間にか上空に待機していたファイターを見てあわてて駆け出す。

「もう、秀司さんたら…

 …ま、デートの続きは空でゆっくりやろうかな…

 …じゃ、いくわよディアン――いえ、もう一人のわたし!」

そう確かにつぶやくと羽澄は人ごみにまぎれて町の片隅に消える。

直後、上空からファイターと一筋の光が飛んでいった。



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。