風祭文庫・ヒーロー変身の館






「ヒロイン」



原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-232





「はぁ…」

緩やかに日が落ちるのが遅くなっているとは言えすでに夕闇が迫りつつある一時。

野沢由美乃は大きく肩を落としながら帰路に着いていた。

すると、

「まったく…

 あんたが落ち込んでどうするのよ。

 悩んでたって解決するもんじゃないでしょ?」

由美乃の肩をポンポンと叩き、

林奈津樹が少しあきれ交じりに声をかけると、

「はぁ」

由美乃はさらに大きなため息をつき、

「奈津樹の言う事もわかるけど…やっぱり心配で…」

と返す。

「心配ったってあんたが心配してるのはあの芦良先輩の事でしょ?

 確かに芦良先輩、

 色々大変みたいだけどあたし達が心配してもどうにもならないんじゃない?」

由美乃の言葉に奈津樹はそう返すと、

両手を後ろ頭に回して同じようにため息をついた。

由美乃の心配事の正体、

それは学校の先輩である芦良桐真の事である。

美形でこそあったがどこかニヒルで人を近づけない空気の持ち主であった桐真に

由美乃は一目ぼれしており、

色々声をかけようとはしていたが中々適わないまま今に至っている。

そんな彼が学校の不良達に目をつけられていると知ったのはつい最近の事。

今日も奈津樹の協力を得て機転を利かせて不良達を追い払う事ができた。

「でも…次もうまくいくとは限らないし、

 それよりも芦良先輩、

 あのあとすぐいなくなっちゃったじゃない」

「そ、それはやっぱり怖かったからじゃないの?」

「でも、普通ならお礼の一言も言うべきじゃない?

 それに知ってる?

 芦良先輩ってかなり変わり者だって噂…」

彼の持つ”人を近づけない空気”がいわゆる孤高の人物と言うものではなく、

ただ怪しいノリを感じさせるだけであると言う通説を信じる奈津樹は

なんとかして由美乃を思いとどまらせようとするが…

「奈津樹ぃ、

 いくら奈津樹でも先輩の事悪く言わないで!

 先輩には先輩の思いがあるはずだし、

 それを少しでもわかってあげたいの…」

少し涙目になって叫んでしまう由美乃。

その気迫に一瞬奈津樹は押されてしまうと、

「でも、

 どうやって芦良先輩を助けるつもり?

 24時間張り付く訳にも行かないし、

 できたとしてもどうやってあんな不良達と戦うのよ…」

何とかして奈津樹は由美乃を諭そうとする。

「わかってる、

 わかってるけど…」

彼女の言葉に由美乃は言い返すことが出来なくなってしまうと、

まるでその場から逃げ出すようにダッと駆け出してしまった。

「ゆ、由美乃…」

どこか複雑な思いのこめた表情でその背中を見つめる事しか今の奈津樹にはできなかった…

「ふぅ…」

まだ両親が帰っていない自宅に戻るや由美乃は大きくため息をつく。

「…奈津樹の言ってる事もわかるけど

 …先輩を守りたい

 …先輩を助けたい…」

そうつぶやきながら由美乃は着替えを済ませると、

気晴らしと言う訳でもなく反射的にテレビのスイッチを入れた。



「グルル…」

荒廃した無の空間。

そこに二つの人影が対峙している。

一つは爬虫類と鬼を掛け合わせたような巨人。

もう一人は黒いケープを羽織り、鍵を模した杖を持つ少しさえない顔の青年。

両者の対峙はいつ果てるとなく続いていたが、

その均衡は今にも崩れようとしていた。

「ガッ!」

巨人が交差した両腕を広げた瞬間、

その両肩に黒い球体がいくつも展開したかと思うと広範囲に打ち出されて青年を襲う。

「なんの!」

青年は杖を構えると上の部分に小さな鍵を差し込む。

「壁の鍵!」

その瞬間、青年の周りに不可視の壁が現れ、

直撃した球体を全て打ち消してしまう。

そして青年が再び別の鍵を装填すると、

ガタッ!

ガタガタッ!

巨人の周りのあちこちから不可視の引き出しが出現し、

巨人の全身を殴りつけようとする。

ドスッ!

「なっ!」

しかし、その間を縫うようにして飛び込んだ巨人の角が青年の腹を突き刺す。

そしてそのまま青年を空高く突き上げると…

ザクッ!

両腕から伸ばした槍で青年を貫き…

ドスッ!

ドスッ!

ドスッ!

槍越しに黒い気を青年に叩き込むのと同時に青年の体はあっけなく霧散する。

「ぐふぅ…」

巨人は邪悪な笑みを漏らし勝利を確信するが…。

「…ぐおっ?」

いきなり自分の体が動かない事に気がつき、

その顔に焦りが浮かぶ。

「…やれやれ

 …ここまで苦労したのは久しぶりですよ…」

ふと目を動かすと自分の目と鼻の先に消し飛ばしたはずの青年が

やれやれと言う顔で自分を見つめている。

「ぐああああ…っ!」

怒りに震えた巨人は拘束を無視して右腕を振り上げて青年に叩きつけるが、

青年はそれをヒラリとかわし、

また鍵を装填し始める。

「まったく」

“Bloom-Power”

ついで左腕が突きを入れる。

「なんで」

“Eaglet-Power”

左脚がなぎ払おうと迫る。

「こんな事を」

“Windy-Power”

右脚が大鉈のように振り下ろされる。

「しないと」

“Blight-Power”

左右から両腕が挟み込もうと迫る。

「いけないんですか」

“All-Sprits-Combine”

それらを全てかわしながら青年は鍵杖を構える。

巨人は追いうちを駆ける様に口から漆黒の気弾を放とうとするが…

ガンッ!

「グワッ!」

青年が杖とは別に取り出した鍵の力を解放した瞬間、

何も無い空間から下底に

”ぶろうくん・ふぁんとむ”

と書かれた金ダライが落ち、巨人の頭を直撃する。

“Hyper-Splash-stream”

その瞬間を狙うように鍵杖から花鳥風月の力を込めた竜巻が打ち出され、

頭を抑えてうずくまっていた巨人を天高く吹き飛ばす。

「ぐぁぁぁぁーっ!」

その勢いにさすがの巨人も悲鳴を上げて、

そのまま地面めがけて急降下していくと…

ドカーンッ!

そのまま大爆発と共に巨人の体は地面に叩きつけられる。

それでもまだ立ち上がれるのはさすがにこの巨人の持つタフさをまともに示している。

「…僕は宇宙規模の力を宿す戦士でもなければ戦闘のプロでもない、

 只のしがない行商人なんですよ…」

青年はそう愚痴りつつも大技を放った反動に少しふらつきながら、

「鍵屋式・封滅一閃…なんちゃってぇ!」

気合を入れるようにそう叫ぶとまだふらついていた巨人の腹に突き立てて

ガチリと回す。

その瞬間、

巨人は突然現れた見えない扉の中に落ちて行った…

「封印完了…」

そこで青年―鍵屋はようやく腰を下ろす。

「…まったく

 …業屋さんも無茶な依頼をしてくれたものですよ。

 黒蛇堂さんに例のDVDの宅配を頼んだら

 ついでに撤退の際に処分し忘れていた用心棒ロボの処分をしてくれなんて…

 しかもしっかり起動しているなんて一言も聞いていませんし…」

とぼやきながらもヨイショと立ち上がる。

「まあ、

 始末は任せると言っていましたし、

 この辺は一切合財迷惑料として受け取っておきますよ…」

そして鍵屋は空間湾曲で作り出していた擬似空間を閉鎖し、

もとの世界に戻る。

「さて…業屋さんはともかく、

 こちらも商売を始めますか…」

と言いつつたまたまあった空き地の一角に鍵杖を突き立てると、

その辺りから小さなテントが建つ。

その完成を見届けると同時に鍵屋は戦いの疲れを癒すのも兼ねてテントの中に入っていった…



由美乃がそのテントを通りかかったのはそれから間もなくの事であった。

たまの休日、

奈津樹をはじめとする友人達と遊びに出た帰りだったが、

やはり心を占めるのは桐真の事。

「…先輩…今日は大丈夫かな

 …また悪い人達にいじめられていないかな

 …わたしにもっと力があれば先輩を守れるのに…」

とぼとぼと歩きながら歩き慣れた街角を通ると

いつもの空き地に小さなテントが建っている。

「あれ?

 こんな所にテントなんてあったかな…?」

首をかしげながらも持ち前の好奇心から由美乃はテントの入り口をくぐると、

「?」

そこにいたのは大きな鍵を模した杖に体を預けて眠っている一人の青年―鍵屋の姿だった。

「あの〜、

 もしもし?」

思わずその体をゆすってしまう。

それにより鍵屋の目がうっすらと開く。

「んん…

 わっ!

 こ、これは失礼…」

鍵屋は客を前に寝てしまった失態やら

その他に驚きながらも落ち着きを取り戻してケープの裾を直す。

由美乃もその姿にしばし目を丸くしながらも

何とか気を落ち着かせて声をかける。

「あの〜、

 どなたですか?

 もしかしてホームレスとか言う人…?」

それに対して鍵屋は苦笑いをすると、

「いえ、

 確かに住所不定ではありますけど僕は鍵屋、

 行商人兼レンタル屋でしてね…

 しばしこちらを借りて商いをしていまして」

と答える。

「その割には品物が何もないですけど…?」

と言いながら由美乃は周りを見回す。

テントの中と言う限られすぎた場所と言う事もあるが、

確かにテントの中にあるのは鍵屋が腰をすえていた敷物と小さなちゃぶ台のみ、

あとは何もない。

「…まあ、

 あなたが何かをお求めならいつでも品物を出しますよ」

と鍵屋はそつなく答える。

「例えば…

 …大切な人を守る力が欲しいとか…」

「!」

その瞬間、

由美乃の眼が大きく開かれる。

「ま、まさか…

 冗談ですよね?

 そんな事ができる訳ないですよね…

 あなたがわたしに何かすごい力を与えてくれる道具をくれるなんて事…」

図星を突かれたからか由美乃の言葉は少ししどろもどろになる。

それを察したように鍵屋も、

「ええ…

 ただし、

 あくまでもレンタルですね。

 いかに守るための力とは言え、

 うかつに持ち続けるのは諸刃の剣ですし」

と静かに言う。

「で、

 でも…わたし、

 お金は…」

確かに今時の高校生とは言え小遣いには少し不自由気味の由美乃には不安の色が浮かぶ。

「いえ、

 お金はいりません。

 あなたがこれを使い満足されればそれがそのままレンタル料になりますので…」

と、懐から小さな鍵を取り出すと何もない空間に向けてカチリと回す。

「へ?」

突然何もない空間から扉が開いたのに由美乃は驚いてしまう。

それを意に介さないか否か、

鍵屋はその中から小さな腕輪を取り出す。

「あの…これってやっぱりあれですか?」

この手のアイテムがもたらすであろう効果について

少なからず知識を持っている由美乃は

あくまでもフィクションの世界のアイテムに過ぎないはずのそれが

目の前にあると言う事実に目を輝かせながらもつい尋ねてしまう。

「はい、

 早い話が変身リングです。

 これを起動する事であなたは俗に言う変身ヒロインと言うものになれるわけです。

 試してみますか?」

鍵屋がそう言うのが早いか、

由美乃は鍵屋が手にしていたリングを手に取ってしまう。

「別に呪文は必要ありません。

 ちょっと触れて念じればそれで…」

そう言うよりも先に由美乃はリングの力を解放する。

ピカッ…。

ほんの一瞬だった。

由美乃の体には戦いやすいようにアレンジされた

フリルドレスを思わせるプロテクター付きレオタードスーツがまとわれ、

髪の色や形、

目の色も元の由美乃とは若干変わっている。

「ほ、

 ホントに変身しちゃった…」

テレビや漫画で間接的には見ていたものの、

それが実現に…

しかも自分自身が…

と言う事実に戸惑いを隠せないながらも

由美乃は自分の中に力と自信がみなぎるのを感じていた。

「…能力や使い方は自然に頭の中に浮かぶようになっています。

 あとはあなた次第ですね。

 あと、

 これはついでですけど…」

「はい?」

由美乃がそう言った瞬間、

ビュッ!

「きゃっ!」

鍵屋がかざした平手から激しい衝撃が由美乃を襲う。

強化スーツ越しでなければテントからはじき出されるくらいの威力である。

「くっ…」

力を与えてくれた人物からの思わぬ仕打ちに一瞬怒りを感じる由美乃を鍵屋は静かに制する。

「…これがあなたの持つ力…守るためとは言え、

 あなたはこれくらいの力を相手にぶつける事になります。

 心して使ってくださいよ」

静かな、それでいて確かなその言葉に由美乃は思わずうなずいてしまう。

「は、

 はい…」

「では、

 レンタル契約書にサイン、

 よろしいですか?」

と鍵屋はまた何もない空間からレンタル契約書を取り出す。

「不特定トラブル以外の責任対応はいたしかねます」

「万一の場合の場合は相応のペナルティをお支払いお願いします」

と言った項目が読みやすく書かれたその契約書に由美乃は迷う事無くサインをした。

「ではレンタル契約成立…

 ゆめゆめその力、良き方向に向けられる事を…

 あ、あとそのリングのちょうど裏側にあるスイッチには手を触れないでください。

 強制返却装置にもなっていますので…」

由美乃はそれに対して力強くうなずく。

その時…

「!」

何かを感じたのかふと外を見つめる。

「先輩…先輩が危ない!」

それは由美乃が着たスーツの機能だった。

リングに込められたシステムが由美乃の守りたい相手…

桐真に反応して自分の力を必要とするレベルの彼の危機を伝える。

由美乃は鍵屋に礼を言う間もなくテントを飛び出した。

「おらっ!」

人通りのない廃車場、そこで桐真は数人の不良達に絡まれていた。

そこに…

ドンッ!

「うわっ!」

突然吹き荒れた衝撃が不良の一人を吹き飛ばす。

「いてぇ…何だよ!」

全身の痛みを引きながらその不良、

そして一同が目にしたもの、

それはそれこそアニメや漫画でよく見る

コスプレ風バトルヒロインのいでたちをした少女―由美乃の姿だった。

「なんだ?

 このコスプレは?」

「ちょうどいい、

 この子も一緒に遊んでやろうぜ…」

そう言いながら不良達は由美乃に迫るが…

「悪いけど、

 これはコスプレじゃなぁーいっ!」

とかざした右手から強力な衝撃が飛び出す。

「ついでにあなた達に遊ばれるつもりもなぁーいっ!」

左手からも衝撃を出し、

不良達はなぎ倒される。

その勢いにのされた不良達は完全に萎縮し、

「な、

 何だよお前…」

と尋ねてしまう。

そして由美乃は高らかに、

そして桐真に自分の存在―常にあなたを守る自分がいる事を示す為に―名乗りを上げる。

「愛と夢の守護戦士・フェアリーム!

 いつでもあなたをお守りします!」

それが由美乃―フェアリームの戦いの始まりだった。

そしてフェアリームは桐真の危機ある所いつでも駆けつけては彼を守り続けた。

日常での由美乃自身はそれ以降も桐真に声をかける事こそできなかったが、

フェアリームとして桐真を守れる、

今の彼女にはそれだけで十分だったのだ。

だが、

しかし…



「はは…とんだ罰当たりもいるものですね…黒蛇堂さんにそんな事をしようとは…」

ここは黒蛇堂の店内。

あいにく店主の黒蛇堂は席を外しており、

仕事ついでに立ち寄った鍵屋は少し残念に思いながらも

店番を務めていた従者と取り留めのない話をしていた。

『私もあの時は肝を冷やしました。

 まさか黒蛇堂さまにあのような事をする方がおられるとは…

 幸い黒蛇堂さまには害はなく、

 その相手も相応の報いを受けたようですが…』

主の危機を思い出し、

やれやれと言う感じの声でため息をつく従者。

鍵屋もそれを思い静かにうなずく。

「まあ、

 黒蛇堂さんとそう言う仲になると言うのなら

 やはりそれ相応の相手でないと…

 もちろん僕なんてとんでもないですけどね…

 と、これは失言でした…」

思わずおかしな事を言ってしまいわびてしまう。

『いえ…黒蛇堂さまもせめて私以外に思いを共にされる方がいれば…』

と、従者は鍵屋にも語る事はない黒蛇堂の思いに一瞬思いをはせる。

鍵屋もそれを察するかの様に、

「しかし…お茶は何度か頂きましたがコーヒーも中々おいしいですね」

と笑う。

『ええ…天界魔界の一品でこそないですが、

 相応の一品が手に入りまして』

従者も気持ちを切り替えるように答える。

「いや…最近仕事柄ある長距離列車を利用する時があるんですけど、

 そこのコーヒーはちょっと苦手でして…

 他の世界の方はおいしそうに飲んでるようですけど、

 この辺は好みの問題ですね…」

鍵屋はそう言いながら静かにコーヒーのカップを口に運ぶ。

そこへ…

ビビビビビッ!

『鍵屋さま?』

突然の事態に従者が尋ねる。

「すみません、

 ちょっと急用が…」

とあやうくカップを落としかけながらも何とかテーブルの上に置くと、

鍵屋は店の片隅に移動して鍵杖を発動させる。

「…これは緊急返還シグナル…しかもこれは…」

とそのアイテムに仕掛けてあった使用ログを検索する。

脳裏に映ったその映像を見た時、

鍵屋の顔に驚きと怒りが走る。

『鍵屋さま、

 どうされました?』

心配そうに尋ねる従者に対して鍵屋は静かに首を横に振り、

「いえ、

 大丈夫ですよ。

 あと、ちょっと仕事で出かけてきます。

 コーヒーご馳走様でした…」

と言いながら扉を開け、

その中に消える。

その時一瞬見せた笑顔は黒蛇堂の兄や業屋にも負けない黒い笑みだったと従者は後に回想している。



「あわわ…」

廃工場の一角。

あちこちが破壊されたその空間で桐真はおののきながらへたり込んでいた。

まさに絶対の危機。

しかも今彼に危機をもたらしているのはかつて自分を守っていたはずのフェアリーム…だった存在である。

だった…と言うのはその姿が余りにも違う事だろう。

さわやかなフリルドレス風のスーツはボンデージを思わせるよう円滑は快適なデザインのそれに変わり、

プロテクターもとげとげしくも冷徹なデザインに変容している。

何よりその表情は誰かを守ろうとしていたけなげな少女のものではなく、

相対するものを容赦なく排除する冷徹な機械のそれであった。

事の始まりは只の風邪であった。

由美乃が季節はずれの風邪をこじらせて臥せっていた時もシグナルは鳴っていた。

駆けつけられない悔しさをこらえながらも由美乃がベッドに横たわっていた頃、

桐真は容赦なく不良達に打ちのめされていた。

「…自分をいつでも守ってくれるんじゃないのか?

 自分がこんなに危機なのにどうして来てくれないんだ…
 おれが呼べばいつでも駆けつけるんじゃないのか?

 “ご主人様”の所に!」

元々どこか屈折している所があり、

それゆえに周りから遠ざけられていた彼の心理は迷う事無くフェアリームへの逆恨みに向けられた。

そして、彼は事もあろうに不良達と手を組み、

恐るべき報復を敢行した。

「…まったく…お前はおれの所有物なんだから黙っておれを守っていればいいんだよ…」

言語に耐えない屈辱を受け地に伏すフェアリームに対し、

人質のふりをしてそれに加わった桐真は高圧的にそう告げた。

“せんぱい…どうして…わたし…せんぱいをまもりたかったのに…”

崩壊寸前のうつろな目と心でそうつぶやきながら、

フェアリーム―由美乃は禁じられた場所―変身リングの裏側のスイッチに手を伸ばした。

そして…守護戦士の影である殲滅戦士が立ち上がり、

それからほんの数秒で地獄絵図が展開された。

不良達はフェアリームとは比べ物にならない平手からの攻撃で一瞬のうちに消し飛び、

その勢いは廃工場の一角を壊滅させるほどだった。

「ま、待てフェアリーム…

 おれは只脅されて仕方なくやっただけなんだ…

 本当は何とかしたかったんだ…

 ゆ、許してくれ…」

おののきながらも必至で命乞いをする桐真。

しかし、

目の前の女性は気にかける事無く進む。

「…わたしは只仕方なく目の前のゴミを排除するだけ

 …本当にそれしかやる気はないの

 …それに、わたしはもうフェアリームなんかじゃない

 …悪夢と殲滅の戦士・メフェアリー…」

そう言って女性―メフェアリーはかざした平手から闇よりも暗くて重い一撃を放とうとする。

「あ、ああ…ああ…」

桐真は恐怖に只おののくのみである。

「殲滅…」

その時、

バシッ!

メフェアリーのかざしていた黒い気弾が文字通り雲散霧消する。

「な?」

メフェアリーが見開いた視線の先、

そこには先の刃よりは明るい黒のローブを羽織った青年―鍵屋がなぜかVサインを出して立っていた。

「あら…あなたは…」

氷の表情から一転、

少し艶のある声をかけるメフェアリー。

しかし、鍵屋の顔はあくまでも冷たい。

「すみません…理由は大体わかりましたが、

 強制返却システムを使われた以上契約に従いそのアイテムは返していただきます」

と言いながらVサインを出していた右手を返し、

返却を迫る。

「…それはできないわね

 …私は彼に制裁を与えないといけないのだから。

 彼を引き渡してくれたら考えてもいいけど…」

メフェアリーの視線はいつの間にか鍵屋の陰に隠れた桐真に向けられる。

鍵屋を通り抜けて突き刺さるその刃の視線は桐真をおびえさせるのには十分であった。

鍵屋は両者を見つめふぅとため息をつくが、

あえてメフェアリーに向き直り、

「…すみません…」

と拒否の姿勢を見せる。

「そう…なら、

 あなたも消えてもらうわ!」

メフェアリーが再度平手を掲げ、

黒い気弾を放つが再び鍵屋がVサインを出すとその気弾は全てかき消される。

「くっ…なら!」

メフェアリーは距離を取ると同時に鍵屋の後ろから逃げ出そうとする桐真に向けて気弾を放つが、

「絶対防御の鍵!」

といち早く鍵屋が投げた四個の鍵が三角錐状の結界を張ってそれを防ぐ。

「なっ!?」

メフェアリーが驚く間もなく、

鍵屋は杖を構えて迫る。

翻ったケープが一瞬翼のように見える。

そして…

斬!

「…鍵屋流闘術・我流斬魔剣弐の太刀…」

ある世界に存在する退魔剣を見真似でアレンジしたその太刀筋は

メフェアリー―由美乃から噴き出された狂気を一撃で霧消させる。

「はぁ…」

気をかき消されふらつくメフェアリーに近寄ると鍵屋は小さな鍵を取り出し、

メフェアリーに向け静かにまわす。

カチリ。

と同時にメフェアリーのスーツは剥がれる様に消え去り、

その中から意識を失った由美乃の無垢な裸身が力なく零れ落ちる。

「…回収完了…」

由美乃をしかと抱きかかえながら鍵屋は一息つく。

そこに…

「いやぁ〜、

 本当にありがとう…助かったよ…」

と先ほどまでのおびえが嘘のように涼しい顔をした桐真が手を叩きながら歩いてくる。

「この女、俺の事を好きだったみたいだけど

 何を考えていたのか変なコスプレしてつきまとって…

 ホントに迷惑してたんだよ」

「ほう…」

余りにも白々しい桐真の言い分に鍵屋の声は凍る。

「あげくはこんな廃工場まで追い回して

 ”ずっと守ってやるから”

 と無理な条件を押し付けようとしたり…

 本当に死ぬかと思った…助けてくれて本当にありがとう」

と差し出した桐真の手に対し、

鍵屋は由美乃を静かに近くに下ろしてケープをかけるとその手を静かに握った。

「…いやはや…誰かを守る事は尊い事ですけど、

 それが過ぎると本当に怖いですね…」

鍵屋もあえて白々しく言う。

「…まったく、

 守ってくれると言うのならご主人様の命令に黙って従ってくれればいいものを…」

「ふむ…あなたの場合、

 いつでもどこでも自分を守り、

 なおかつ自分に忠実な守護者が欲しいと言う事ですね?」

鍵屋の目が冷徹な商売人の目になる。

「あ、ああ…

 しかもこんな小娘じゃなくて洋物ばりのナイスバディに守って欲しいなぁ…」

由美乃を見下すようにちらりと見た後で桐真はかなり無茶な願望を語る。

それに対して鍵屋はいつもの要領でカタログを取り出すと、

「ならこう言うのはどうですか?

 グラビア美人型万能ガードロイド…

 あなたの危機を察知していつでもどこでも駆けつけますし、それ以外のも…」

と言いながらにやりと笑う。

まさに洋物のグラビア誌張りのカタログに目を見開く桐真だったが、

そのうち一つに目が向けられる。

「これだ…こいつがいい。

 これをゆずってくれないか?」

写真を指差しながら激しい勢いで鍵屋に迫る桐真。

それに対して鍵屋は何とか距離を置くと、

「…了解しました。

 今すぐにでも取り寄せられますが…

 色々説明や契約書に目を通してもらえますか?」

その鍵屋の声は桐真には届かず、

彼はそのまま契約書にサインをした。

一応由美乃の件は鍵屋のアイテムによるものと言う事であり、

表向きその迷惑料として無期限貸与・返却不要、

すなわち永久に桐真のものになると言う記述がしてあったが、

彼が見たのはそこのみであった…そう、

彼は読みやすさでは定評のある鍵屋の契約書やカタログをほとんど見ていなかったのだ…

「…毎度ありがとうございます」

契約書を受け取り、

入れ替えにガードロイド召喚用のリングを渡す鍵屋が密かに見せた笑みもまた黒いものだったと言う…



翌日。

今日もまた桐真は不良達に絡まれている。

しかし、その顔におびえはない。

なぜなら彼には強い味方がいるからだ。

「ふふ…今度こそお前達など恐れませんよ。

 わが最強の僕の前にひざまずくがいい!」

そう言って桐真は高々とリングをはめた腕を掲げる。

その瞬間、

桐真の腕から光の渦が巻き起こり、その体を包む。

「ああ…はぁ…」

全身を熱い力がみなぎり、

その勢いで桐真の衣服がはじけ飛ぶ。

「はぁ…あぁん…」

ボンッ!

突然桐真の胸板がエアバッグの様に大きく膨れ上がり、

豊満なバストを形成する。

キュキュッ!

お尻も引き締まると言うよりポヨンと膨らんだ形になる。

「あはぁん、

 ああん…」

手足も細長く伸び、

文字通りのグラマラス体型に変貌する。

「はぁんっ!」

顔を振り上げると髪は金髪のウェーブに伸び、

顔もアメリカングラマーな女性のものになる。

「あぁん、

 はぁん、

 あふぅん…」

悩ましいポーズをとりながら裸身をくねらせる桐真の体に

全身にぴったり張り付くような扇情的なヒロインコスチュームがまとわれる。

そして…

「いっぱいの愛と夢でみんな満足、

 フェアデリューよ〜ん!」

光の渦が消えたとき、

桐真、

いやフェアデリューは全てにおいて扇情的な姿で不良達を魅了していた。

「おっ、

 おっ、

 おおーっ!」

その姿とフェロモンに魅入られた不良達はその姿に跪き、

彼女を自分達のテリトリーに導こうとする。

「ぽよよん、

 ぽよよん〜」

そして彼女もそれに応じるかのように全身を艶っぽく震わせながら導かれてゆく。

この力を手に入れた桐真はもはや不良達に暴力でいじめられる事はない。

彼はこれから不良達の「癒しの対象」として祭り上げられ続けるのだ…

「…なんなのあれ…」

その姿を見ていた奈津樹が完全に呆れ顔をする。

無理もない。

不良達の中心にいるのはグラマーヒロイン…のコスプレをした桐真そのものだったのだから。

ピチピチの衣装のあちこちに「男の部分」をはみ出させながら

恍惚とした表情で歩く姿は明らかに異様そのものである。

「まったく…変だ変だと思っていたけど、

 とうとう一線を越えちゃったかあの先輩…

 あんた、

 あんなんでもまだ好きって言うの?」

と、隣を歩く親友―由美乃に尋ねる。

それに対して由美乃は…

「えーっ?

 わたしが?

 冗談でしょ?

 あんなヘンテコな人に誰が…」

と笑う。

「えっ?あんたあんなにあの先輩の事を気に入っていたのに…」

「奈津樹、

 悪い夢でも見てたの?

 朝晩部活で大変なんでしょ?

 少し休まないと…」

「年中無休でお休み状態なあんたに言われたくないわよ…」

と奈津樹に突っ込まれていた由美乃の目が一人の人物の前で止まる。

「あっ…古戸先生…」

そのさわやかなルックスと人柄で女生徒に人気の高い青年教師の姿に由美乃の顔は赤くなる。

「…やれやれ…どっちにしてもこの子は…」

惚れっぽい親友の姿に奈津樹は只やれやれと肩をすくめるだけだった。


そこから少し離れた木陰で鍵屋は一連の商いの清算をしていた。

「…暴走したアイテムの浄化にぼろぼろになっていた彼女の心身の回復と

 一連の記憶の削除と被害や犠牲者の回復、

 その他もろもろでどれだけかかったか…」

鍵屋はそうつぶやきながら、

「まあ、

 この件については彼から取れるだけ取る事にしましょう…

 何せ彼は自ら彼女の所有権を宣言したのですからね。

 何よりあのアイテムを選んだのは彼自身ですし、

 何より「無料貸与」とは言ってませんし…」

とまだくすぶる怒りを黒い笑顔で隠しながら清算を続けていた。

「でも…彼女が何とか別の道を見つけて本当によかった…

 例え恋破れても良き方向に行けますように…」

しかし、

仕事の合間にちらりと元気そうに走り去る由美乃と奈津樹の姿を見た時、

一瞬鍵屋の顔に優しい笑みが浮かんだのであった。



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。