風祭文庫・ヒーロー変身の館






「神託戦士イシュタル」
(第3話:クレア来校)



作・風祭玲


Vol.529





チュンチュン

チュンチュン

スズメの鳴き声が窓辺から響き渡る朝。

チッチッチッ……

カチッ!!

ジッジリジリジリ!!!

翼の枕元に置かれていた時計の秒針と長針が一つに重なり合うと

それを合図に部屋中に目覚まし時計の音が響き渡った。

モゾッ

「あっあと5分…」

響き渡るその音に新庄翼はベッドの中で寝返りを打つが

しかし、時計は鳴り続けたままであった。

「う…」

あきらめることなく響き渡る時計についに根負けをした翼が

寝ボケ眼のまま起き上がり。

リリリリリリ…

「う…ん…」

鳴り続けるその音を止めようと、

目覚まし時計の筐体に指先が触れたとき、

リンッ!!

鳴り続けていたベルがぴたりと止まった。



「あれ?」

突然止まったベルに翼は不思議に思いながら目覚まし時計をよく見ると、

『おはようございます。

 勇者さまっ…』

目覚まし時計の上に腰掛けるようにして、

女神・クレアが翼に向かって挨拶をした後、

指で軽く髪を梳く。

「いっ

 うっ

 うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

瞳いっぱいにクレアの姿を映し出しながら翼が大声を上げると、

『え?

 なんで驚くのですか?…』
 
悲鳴を上げる翼にクレアは文句を言い、

『それよりも、勇者様、

 やはりそのお姿のほうが凛々しくってよろしいですわよ』

っと翼の姿を誉めた。

「姿?」

クレアのその言葉に翼は自分の視線を下へと落とすと、

そこにはあの二つの胸のふくらみと共に、

昨夜、あのザ・ケルナーのモンスターを倒したときに身に着けていた衣装が目に入る。

サーッ

それを見た途端、翼の顔から一気に血の気が引き、

「え?

 え?」

慌てながら自分の髪型を確かめたのち、

「どわぁぁぁぁぁ!!」

再度叫び声が部屋に響き渡った。

すると、

「こらっ

 翼っ

 朝っぱらからなに大声を上げているのっ

 起きたならさっさとしなさい」

ドアの向こうより翼の母親の怒鳴り声が響いた。

「え?

 あっ」

母親の声に翼は我に返ると、

アタフタとうろたえながら、

「うっうん」

女戦士・イシュタルに変身している事がばれないように声を潰し返事をする。



『どうしたのです?』

そんな翼…いや、イシュタルの姿を見てクレアがあきれていると、

「とっとにかく元の姿に戻してよ」

そんなクレアに向かってイシュタルはアップで迫り懇願する。

『えぇ?』

イシュタルからの懇願にクレアは驚きの声を上げると、

「そんな声、上げないでよ、

 女の子の姿のままじゃぁ
 
 学校には行けないって」

切羽詰った表情でイシュタルはクレアに再度迫った。

すると、クレアは

『学校とは何か良く判りませんが、

 その姿のままじゃぁいけないのでしょうか』

と聞き返すと、

「いけない、いけなくないじゃなくて、

 僕は男なんだから

 この女の子の姿じゃぁ
 
 学校に行けないのっ

 僕が女の子の姿のまま学校に行ったらみんな驚くでしょう」

語気を荒げながらイシュタルは説明をする。

『もぅ、不便なのですね』

イシュタルの訴えにクレアはブツブツ文句を言うと、

『そのリングを貸しなさい』

という声と同時にスポッと翼の指からリングをはずした。

すると、

ビクッ!

しゅわぁぁぁぁぁ…

一瞬、イシュタルの体が緊張したかと思った後、

まるで溶けるかのようにその姿は消え、

その後から翼本来の姿が浮き出てきた。

「あっあるっ

 はぁぁぁぁ…

 よかったぁ」

男に戻ったことを実感しながら翼はほっとした表情を見せると、

「イシュタルに変身するときは滅茶苦茶苦しくって痛いけど、

 戻るときは呆気ないんだな…」

とつぶいた後、

「はっ、

 いけねっ、

 こんな時間だ!!」

今度は時計の針の位置に驚くと、

ドタバタと部屋から飛び出していった。



「クレア…大人しくしているかな」

母親からの小言を言われ続けながらの朝食を済ませた後、

男子の制服を姿の翼は通いなれた道を歩いていた。

すると、

「おーすっ

 新庄」

「おぉ…」

学校に近づくにつれ、

翼は友人たちと合流し、

そして、そんな翼たちを

カッ!!

梅雨が明けたばかりの初夏の日差しが照らしだしていた。



「聞いたか?」

「ん?」

「今日の体育っ」

「プールじゃないのか?」

「それがよっ

 どーやら、男子は体育館でバレーらしいぞ」

「なに?」

「なんでだよっ」

「しるかっ」

そんな話をしながら翼たちが高校の校門のところに来たとき、

1台のパトカーがその横に停車しているのが目に入った。

「警察だ…」

パトカーを見ながら翼がつぶやくと、

「おいっ、新庄!!」

友人の一人がいきなり翼に声をかける。

「なっなんだよっ」

その声に翼は驚きながら言い返すと、

グッ!!

友人は翼の胸倉を掴み上げ、

「お前という奴は!!

 なんてコトをしでかしたんだ。

 いくら日ごろ女性にもてないからと言って

 下着泥なんかしやがりやがって!!」

と目に涙をためながら怒鳴りはじめる。

「はぁ?」

彼のその言葉に翼は呆気にとられた後、

「下着泥はお前の方だろうがぁぁぁ!!!」

の声と共に、

ゲシッ!!

翼の拳が友人の頬に炸裂した。



「すげーな…

 お前が殴りかかるだなんて」

「いやっ

 ちょっとな」

昨日から自分の身の回りに起き続けている様々なことに苛立っていた翼は、

つい感情を爆発させてしまったことに

ばつの悪い思いをしながら教室のドアを開けると、

ザワッ

教室の中は妙に物々しかった。

「なんだ?

 これは?」

「さぁ」

「パトカーと関係あるのかな?」

いつもとは違う教室の雰囲気に翼が驚いていると、

「よー、聞いたか、

 今朝方、学校に忍び込んだ泥棒が捕まったんだってよ」

と翼たちを見つけたクラスメイトが事情を話しはじめる。

「泥棒?」

「あぁ、なんでも、部活棟の水泳部や体操部の部室に忍び込んで、

 そこに置いたままになっているの女子の水着やレオタードを盗んだとか…」

「うひゃぁぁぁ…」

「うむ、新庄よりも上手がいたか」

「おいっ、それはどういうことだよ」

「別に?」

事情を聞いた翼たちはそんなことを言い合うと、

「ほんとイヤねぇ」

「何でも転売目的だったらしいわよ」

「変態!」

と被害に遭いかねなかった女子達も噂話をしていた。

結局、事件についての詳細は授業前のホームルームで担任より説明がなされ、

また、警察の捜査を邪魔しないようにとの釘が刺された。



キーンコーン…

「さぁ、体育だ体育だ」

「部活棟には近寄るなってよっ」

「判っているって」

「でも、警察はとっくに引き上げたんだろう?」

「なんで、立ち入り禁止のままなんだ?」

「さぁな?

 捕り物の現場には生徒を近づけたくないとか言うんじゃないか?」

「それにしても、暑いなぁ…」

「あぁ…」

「いぃなぁ…女子はプールで…」

更衣室へと続く廊下を翼のクラスの男子達が歩いていくと、

『これっ』

翼の耳に女性の呼び止める声が聞こえた。

「ん?」

「どうした?」

「いやっ

 空耳かなぁ…」

耳に響いた声に翼はいったん立ち止まるが、

しかし、スグに空耳と片付けると歩き始めた。

すると、

『これっ

 どこに行くっ

 わたくしを無視する気か?』

とまた声が響いた。

「え?

 この声は…まさか…」

聞き覚えのある声に翼は冷や汗を流しながら、

ゆっくりと周囲を探る。

『これっ

 わたくしはここです』

そんな翼を誘導するかのように声が響くと、

「!!!」

行く手の柱の根元からあのクレアが顔を出し、

翼に向かって手を振っていた。

「いっクレアさんっ!!」

それを見た翼が思わす声を上げると、

「ん?」

周囲にいた男子が一斉に翼を見る。

「え?

 あっいやっ

 なっなんでもないです」

突き刺さる視線に翼は慌ててそう弁明すると、

スタタタッ!!

すばやく動いてクレアを回収すると、

「どーしてここに来たんですか?」

廊下を背にして小声で叫んだ。

『なんですか?

 その言葉遣いは?』

翼の言葉にクレアはムッとした表情をすると、

「いやっ

 別に叱っているわけではありません。

 ただ、クレアさんが来るにはここは危険だということです」

咄嗟に翼は本心とは違う理由をクレアに告げると、

『そうか、

 それは申し訳なかったですね。

 でも、わたくしをあのような部屋に閉じ込めると言うのも関心しません』

クレアはそう返事をし、立腹した表情をする。

「いやですから…」

クレアの機嫌をなんとか取ろうとしていると、

「おいっ新庄…

 お前さっきからなにブツブツやっているんだよ」

「え?」

背後からかけられた声に翼はビクッ!と肩をこわばらせると、

反射的にクレアを手で隠し、恐る恐る振り返った。

すると、

「はぁ?

 何青い顔をしているんだ?」

と言う指摘の声と共にクラスメイトの一人が覗き込んできた。

「いっいや?」

「で、何を隠しているんだ?

 見せろよ」

「え?

 いやっ

 これは…」

「なぁに、もったいぶっているんだよ

 いいから、見せろって」

「やっやめろー」

クラスメイトは翼の腕を掴みあげると無理やり開かせた。

ところが、

「ん?

 何も無いじゃないか?」

「え?」

翼の目には自分の指にしがみつくクレアの姿が見えるのに、

なぜかクラスメイトにはそれが見えないらしく、

「なんだよ、期待させて

 馬鹿なことしていないでさっさとしろよ」

と言い残して去っていった。

「あぁ(ほっ)…

 判っているって…」

去っていくクラスメイトに翼はそう返事をすると、

「ということだから、

 ここは危険がいっぱいなんだ、

 大人しく僕の部屋に帰っているんだよ」

とクレアに向かって翼はそういい残すと、

クレアを床の上に起き走っていった。



ポツン…

翼においていかれた形になったクレアはしばし立ちすくんでいると、

『クレア様っ』

との声と共にガーディアンのスケ、カクの二人が駆けつけてきた。

『まったく無礼ですな』

『で、いかがなさりますか?』

クレアの傍を固めたガーディアン・スケ、カクはクレアに今後のことを尋ねると、

『ふっ

 決まっています…』

クレアは一瞬憂いの表情を見せた後、

スッ

その視線を翼が向かっていった体育館へと向けると、

『お仕置き…』

と小さくつぶやいた。

そして、

ゆっくりと右腕を上げ、

『スケさんっ

 カクさんっ

 あの不届き者どもを懲らしめてお挙げなさいっ!!』

ビシッ

体育館を指差しながらクレアは号令を発した。

『はっ!!』

クレアの命令と共にスケ・カクの二人は互いに顔を見合わせ、

そしてうなづくと、

シュタタタタッ!!

体育館へと突撃して行く。

そして、その姿を見ながら、

『わたくしをつれなくしたら、

 どのような目に遭うかたっぷりと教えてあげます』

クレアはそうつぶやき、

『さて、わたくしも参りましょう』

と言いながらしずしずと歩いていった。



ピピーッ!!

「集合!!」

体育館の中に体育教師の声が響き渡ると、

「だりー」

「暑い…」

体操服に着替え終わった男子生徒たちがまるでゾンビのごとく集まってくる。

「なんだ、なんだ

 お前らのその態度は!!

 びしっとしないかっ」

すっかりダレきっている生徒達の姿に体育教師は喝を入れるが、

しかし、その声に反応する生徒などがいなかった。

それどころか、

「先生っ

 なんで男子は体育館でバレーなんですか?」

「そーですよ、

 今日は男子がプールでのはずですよ」

「それがなんで女子なんです?」

とプールでの授業の女子を羨む声が巻き起こった。

「なんだとぉ、

 男の癖に文句を言うなっ」

ブーイングに近い声に体育教師はそう言い返すが、

「先生っ

 それってセクハラでもありますよ」

と揚げ足を取る声が上がった。

「なんだとぉ!!

 今言った奴、前に出て来い!!」

その声に体育教師は頭に血を上らせるが、

「おいっそれを言うなら、

 美咲先生からのお願いにプールを譲り渡したこと追求しろよ」

と茶々が入った。

「なっ!」

思いがけないその言葉に体育教師は驚きの顔をすると、

「先生?

 (それって本当ですか?)」

ジロッ!!

地獄の亡者のような視線が一斉に体育教師に集まった。



「うっ」

突き刺さる視線に体育教師はしどろもどろになったとき、

『よしっ

 行くぞ、カク』

『準備はおっけーだ

 スケっ』

体育館の隅より、クレアに見守られたスケとカクの二人はそう叫び、

ギュッ

互いの手を握ると

ムンッ!!

気合を込め、全身の筋肉を盛り上げる。

そして、

バッ

空いている片方の腕を空に掲げると、

『スケサンダー!!』

『カクサンダー!!』

と声を張り上げた。

『よいですかっ

 あのボールをモンスターにしてあの者とども懲らしめてお挙げなさい」

『はっ』

その様子を見るクレアの号令にスケ・カクの二人は一つ返事をすると、

ビシャァン!!

天空より2本の稲妻がスケとカクが掲げた腕、目掛けて走り、

それを受け止めた二人は掲げた腕に力が宿るのを感じつつ

『ガーディアンの美しき想いがっ』

『女神クレアの希望となるっ』

と叫び、オーラを吹き上げる腕を大きく構えると、

『スケ・カク』

『マーブルスクリュー!!!』

との掛け声と共に握っていた手を大きく開き、

一気に突き出した。

すると、

カッ!!

一瞬の閃光を輝かせ、

ズドォォォン!!

スケ、カクの腕より噴出したオーラの流れが渦巻きながら

バレーボールに向かって突き進んでいく、

『ふふっ』

それを見ながらクレアは笑みを浮かべ見送ると、

『さぁて、今度は私の番ね』

の言葉と共に柔軟運動を始めだした。

ところが…

ギュィィン!!

体育教師が持つバレーボールに向かっていっていたはずのオーラの流れが

突然、進行方向を変えると、

開け放たれているドアから飛び出し、

表へと飛んでいってしまった。

『あっあれ?』

そのことにスケとカクが驚くと、

『こらっ、

 このスカポンタンっ

 どこを狙っているのです?』

とクレアの怒鳴り声が降りかかる。

『もっ申し訳ありません!!』

立腹しているクレアに二人は反射的に土下座をすると、

カッ!!

飛んでいた先より閃光が輝くと、

”もんすたぁ!!”

モンスターの雄たけびが上がる。



「えっ!!!」

モンスターの雄たけび真っ先に反応したのは他ならない翼だった。

「なんだ、いまの閃光は?」

「さぁ、雷でも落ちたのかな?」

「でも、音はしなかったぞ」

「いやっ

 何かの叫び声が響き渡ったぞ」

ザワザワ…

閃光と雄たけびに体育館内の男子生徒たちは顔を見合わせると、

ドタタタ!!

一人が確かめに飛び出していった。

そして、体育館から一歩踏み出したとき、

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

何かを見たのか叫び声をあげると、

シュッ!!

紺色の何かが巻きつき、

あっという間にその男子の姿が消えてしまった。

「なっなんだ?」

「消えたぞ?」

一瞬の出来事にみなは顔を見合わせると

「よっよしっ」

全員は一斉にうなづき、

「おいっこらっ!」

静止させる体育教師をよそに全員が体育館の表へと向かって行く、

「あっ待って」

そして、一人取り残される形になった翼があわててその後を追いかけていくと、

「!!!」

体育館から出たクラスメイト達はみな宙を見つめながら呆然としていた。

「ん?

 どうしたの?

 かな?」

呆然としているクラスメイト達の視線を追って翼がその方向を見ると、

そこには「2年A組 田口」と書かれた名札が縫い付けられた、

片紐のところから腰の部分まで約5mほどある

巨大なスクール水着が宙に浮かんでいたのであった。

「げっ!!!

 なっなっ

 なんだこれは…」

宙に浮かぶスクール水着に翼は呆然とすると、

モゴモゴ

モゴモゴ

スクール水着の一部が奇妙な動きをし、

そして、その直後、

ペッ!!

っと言う吐き出す音と共に、

ポーン!!

何かが表へと放り出された。

そして、ドサッ!!

それが翼たちの前に落ちてきたそれは

「うっ

 かっ神埼…」

さっき姿を消した男子生徒・神崎雄一だったが、

その姿は身につけている紺色のスクール水着がとても似合う女子生徒の姿へと変わっていたのであった。



「うそっ」

「かっ神崎が女に…」

「ってなんだよこれ」

「え?」

「えぇ?」

スクール水着姿の少女にされてしまった神崎の姿に皆は一斉に凍りつく。

すると、

”もんすたぁ!!”

水着モンスターはまた雄たけびを上げると、

「お前らいい加減に!!」

の怒鳴り声と共に顕れた体育教師めがけて片紐を伸ばすと、

「うわぁぁぁ!!」

あっという間に悲鳴を教師を取り込んでしまったのであった。



「うわぁぁぁ!!

 化け物!!」

「って、冗談じゃないっ」

「逃げろ!!」

体育教師が消えた途端、

クラスメイト達はクモの子を散らすかのように一斉に逃げ出すが、

しかし、水着モンスターは逃げる男子生徒たちを次々と捕らえると、

片っ端から飲み込んでいったのであった。

「おっおいっ

 なっなんで…

 モンスターがここに…」

暴れまわる水着モンスターの姿を見ながら翼は物陰に隠れていると、
 
スタッ

『変身するのです。

 新庄翼っ』

とクレアの声が耳元で響き渡った。

「あっクレア!!

 まだこの学校にいたのかっ」

自分の肩の上に姿を現したクレアに翼は怒鳴るが、

『何をしているのですっ

 早く変身をしなさい。

 でないとみんながモンスターの餌食になれてしまいます』

クレアは翼に変身を促した。

「変身って、

 そもそも、クレアが学校に来たのが原因だろうがっ」

『そんなことはどうでもいいでしょう。

 いまはモンスターを退治するほうが先決です』

責任を問う翼にクレアは変身リングを取り出し、

そして、その返事と共に翼の右手の薬指にはめさせた。

「うわぁぁぁ…

 あぁもぅ、

 こうなれば

 シルバー・トランス・フォーメーション!!!!」

指にはめられた変身リングに翼は覚悟を決めると、

クレアと共に変身用の呪文を唱える。

すると、

ドンッ!!

その直後、翼は銀色の光柱に包み込まれ、

そして、その中で、

「うぎゃぁぁぁぁ!!!

 いてててて!!!」

翼の体は女戦士イシュタルの姿に変身をし、

ふっくらと膨らみかけた胸、

青さをかもし出すウェスト、

小さく引き締まったヒップ、

そして長く伸びた髪を左右に振り分け、

リング状に結い上げ、

体を包み込むようにコスチュームを身に着け、

イシュタルへの変身を完了した。



変身完了と共に翼を取り巻いていた光柱は雲散霧消し、

キッ!!

体が変わったことを実感しながら翼、いやイシュタルは

”もんすたぁ!!”

と雄たけびを上げるスクール水着モンスターと対峙した。

そして一呼吸おき、

「さぁて、

 みんなに迷惑を掛けるこのおじゃま虫っ

 このわたしが成敗してあげますっ」

ビシッ

モンスターを指差しながら決め台詞を言い放つ。

すると、

パチパチパチ!!!

イシュタルの決め台詞を聞いたクレアは拍手を送ると、

『今のはとても格好良かったです』

とイシュタルの決め台詞を褒め称える。

「いっいや…

 別に誉めてもらおうなんて」

クレアの誉め言葉にイシュタルは頬を掻いていると、

”もんすたぁ”

水着モンスターは両側の片紐を鞭のようにしならせると、

ビシッ!!

っとイシュタルに攻撃を始めた。

「わぁぁぁ!!」

間一髪、

鞭が襲ってくる前にイシュタルは飛び上がると、

「大体、なんでスクール水着がモンスター化するんだよ」

と文句を言いながら、着地をするが、

”もんすたぁ!!”

頃合を見計らうように水着モンスターは次々と攻撃を仕掛けてきた。

「どひゃぁぁぁ!!!」

スタタタタッ

とても生身の状態では出来ない運動神経でイシュタルはモンスターの攻撃をかわし、

そして、

「このやろう!!!」

体育館も壁を利用しての足蹴りを水着モンスターに食らわせる。

ところが、

ふにゅんっ

もともと宙に浮いている水着だけにイシュタルがいくら蹴りや、

打撃を掛けてもモンスターを弱らせることが出来なかった。

「うわぁぁ…

 厄介なやつだなぁ…」

一通りの攻撃の後、

ようやくイシュタルは水着モンスターの攻めにくさを実感すると、

『こういうのをなんていうかご存知ですか?』

とクレアがイシュタルに尋ねてきた。

「え?」

クレアの質問にイシュタルは驚くと、

『暖簾に腕押し…

 なんちゃって…』

とクレアの声。



ひゅぅぅぅぅ…

なんて評価したらよいのかわからない、

重苦しい空気があたりを支配し、

「うっ

 この場合なんていったらいいのか?」

クレアの言葉に返す言葉を必死で探した。

しかし、

”もんすたぁ!!”

その空気を打ち破ったのは水着モンスターであった。

『来ますっ』

「えっ

 うっうん(助かった)」

ビシッィ!!

タイミングをずらしてのモンスターの片紐攻撃だったが、

しかし、クレアの声に反応したイシュタルのほうに分があった。

「ふぅぅ…」

ジャンプ力を生かして、イシュタルは天井の鉄骨に取り付くと、

体育館の中をすすむ水着・モンスター上から見下ろした。

『なっ何をするつもりです?』

イシュタルの頭の上からクレアが恐々と覗き込むと、

「横からの攻撃は無理なんだろう?

 それなら真上からの攻撃はどうかなぁってね。

 ほらっ

 よく言うじゃない、

 真横の備えは十分だけど、

 真上と真下は脆いってね」

クレアの質問に答えた後。 

「ハッ!!

 (パンッ)」

イシュタルは拍手を打つかのように両手を合わせ、

そして、一気に気力を高めると、

フォン…

合わせた手に銀色のオーラが吹き上がった。

『昨日のはまぐれと思いましたが、

 やはり、モーリアの見立てどおり

 この者は…』

それを見たクレアは思わず感心する。

その一方で、イシュタルはそんなクレアに構うことなく、

「食らえっ

 水着の化け物!!
 
 イシュタル・バースト!!」

と叫びながら、

オーラが吹き上がる拳を構え、

天井から飛び降りる。

そして、

ヒュンッ

イシュタルの体は一直線に、水着モンスターの開いている口に飛び込むと、

ブワッ!!

いきなり包み込んできた闇を切り裂き、

「うらぁぁぁぁぁ!!」

の掛け声と共に、

ゴンッ!!

水着の最下層部にありったけの力をぶつけた。

その途端、

”もっもんすたぁぁぁぁぁ!!”

断末魔をあげながら水着モンスターの体が急速に膨らんでいくと、

いたるところよりオーラを吹き上げ、

ボボボボンンン!!

水風船を破裂させたような音を残して消えていく。



水着モンスターが消えた後、

フッ

フッ

フッフッ

モンスターに飲み込まれていたクラスメイト達が次々と姿を見せ、

「よしっ」

それを見たイシュタルは今回の事件が片付いた事を実感した。

そして、指輪を外して変身を解いたとき、

「これは…」

床の上に落ちている一着のスクール水着に気がつくと、

翼はそれを拾い上げる。

『おそらくこの水着に篭っていた怨念が

 ザ・ケルナーを呼び、モンスター化したのでしょう』

その水着がモンスター化した理由をクレアはしれっと言う。

「そうか…

 でも、なんでこんなところにスクール水着が…」

『判りません、

 私には…』

水着を見下ろしながら翼とクレアはそんな会話をしていたとき、

「あーっ

 それあたしの水着ぃぃぃ!!」

という叫び声と共に、

ドシン

ドシン

150kgの巨体を揺らしながら2年A組の田口鞠子が体育館に突撃してきた。

「えぇ!!

 これ、たっ田口のか?
 
(うげっ、さっきこの中に入っちゃったよ)」

まるでぶちきれた水牛のごとく迫ってくる鞠子の姿に翼は身を縮めると、

「あなたね!!

 あたしの水着を盗んだコソ泥は!!
 
 この変態っ」

ブンッ!!

鞠子の怒鳴り声と共に団扇のような平手打ちが翼を襲うが、

「うひゃぁぁ」

それを間一髪でやり過ごすと、

「ぼっ僕じゃないよ!!」

手にしていた水着を鞠子の顔に向けて投げつけ、

翼は脱兎のごとく逃げ出した。

「おまちっ

 ふんっ」

ズシン!!

逃げる翼に鞠子は自動追尾モードに入ると、

その翼に向けて体当たりによる質量攻撃を仕掛けだす。

「うわぁぁ!!

 何でこうなるんだよ!!」

モンスターより手ごわい鞠子の攻撃に翼の悲鳴はいつまでも体育館に響き渡っていた。



「うひゃぁぁ、

 なっなにこれ?
 
 映画か何かの撮影?」

一方、体育館を見下ろす校舎の屋上では

構えていたカメラのファインダーより目を離した女子生徒が信じられないような顔をし、

そして、そのカメラの中にはイシュタルの戦闘光景がしっかりと記録されていた。



つづく