風祭文庫・ヒーロー変身の館






−神託戦士イシュタル・オリジン−
「翼の受難」



作・風祭玲


Vol.569





カチン…

コチン…

カチン…

コチン…

白銀の明かりがほのかに照らし出す部屋の中を、

壁に掛かる柱時計が奏でる規則正しい音が支配している。

その中で

「ふぅ…」

磨き上げられた石壁を背に真珠色のドレスに身にまとい、

銀色に輝く椅子に深く腰掛けてる女神風の女性が憂鬱そうにため息をつくと、

「お待たせいたしましたイシュタル様…」

その声と共に部屋のドアが開き、

湯気が上がるティーポットと空のティーカップ1つが載った銀の盆を持った

執事姿の老紳士がその部屋に入ってくるなり、

「おや、いかがなされましたか?」

と優しく声をかけた。

「モーリア、

 退屈なのです」

老紳士・モーリアの言葉にイシュタルと呼ばれた女性はそう返事をする。

「なるほど…

 そんなに退屈なのですか?」

「えぇ…

 もぅ死にそうなくらい…
 
 何か面白いことは無いのですか?」

モーリアに向かってイシュタルは訴えかける目でそう言うと、

「そうですな」

彼女の言葉にモーリアは大きくうなづき、

そして、

ササ

その御前におかれている白く輝く円卓の上にクロスを広げると、

手早く支度を整えながら、

「では

 久方ぶりに下界へ降りてみてはいかがですか?

 気晴らしになるかと思いますが」

と提案をした。

「下界へ?」

モーリアの言葉と共にイシュタルの瞳が光る。

「はいっ

 イシュタル様が前回下界に降りられてから大分経ちますし、

 それに下界もすっかり様変わりしていると聞いております」

コポコポ…

ティーカップへ飴色に光る紅茶を注ぎつつ、

モーリアは言葉静かにそう告げる。

「うん…

 そうですわね。

 久方ぶりに降りてみましょうか、

 でも、わたくしが降りるからには

 それなりの理由がいりますね…」

湯気が上がるティーカップを持ちながらイシュタルは思案すると、

「!!

 そうです…

 わたくしが、邪悪な者に追われている。

 というのはどうでしょうか?」
 
「邪悪な者…ですか?」

「えぇ。

 邪悪な者が放った魔物に追われ、

 そして、下界でわたくしと共に戦ってくれる伝説の勇者を探す。

 そう、それが良いですわ」

モーリアが煎れた紅茶を啜りながらイシュタルはストーリーを組み立て、

満足そうに頷いた後、

スタッ

イシュタルは立ち上がると、

「出かけます。

 支度をしなさい。

 それとガーディアンの人選も」

と声を響かせた。



キーンコーンカーン…

駅前広場から鳴り響くチャイムの音を遠くに聞きながら、

「うわぁぁぁぁ!!

 遅刻だぁ…!!」

その叫び声と共に黄昏時の街を新庄翼は懸命に走っていた。

「くっそぉ…

 こんなことなら自転車にすればよかった。 

 店長めっ

 今日、僕のデートだってこと知ってて、

 あんなに仕事を押し付けやがってぇ!!

 うあぁぁぁん…
 
 望さん!!
 
 待っててくださーぃ」

通りかかった店先に掛かる時計をちらりと見た後、

翼はいまだ見ぬ望に訴えかけるように叫ぶと

全速力で商店街を駆け抜けていった。

しかし、

「遅い!!

 10分も待たせるだなんて、
 
 どういう神経しているのよ」

待ち合わせ場所である駅前にある”銀の鈴”に到着した翼に向かって

東海望(あずみ・のぞみ)は開口一番怒鳴り声を上げた。

「ごっごめんなさいっ

 急いだんだけど…」

望の剣幕に翼はひたすら頭を下げるが、

「もぅいいっ

 あたし帰る!!」

望はそう言うなりバッグを肩にかけた。

「え?

 そんなっ

 今からでも遅くないよ」

駅前広場に掛かる大時計を指差しながら翼はそう言うと、

「あのねっ

 約束を破る人って
 
 あたしっ
 
 大っ嫌いなの。

 さよなら」

翼に向かって望はそう言い放つと、

スタスタと歩き始めてしまった。

「まっ待って、

 遅れたことなら、謝る。

 本当に謝る。

 でも、仕方が無かったんだよっ

 バイト先の意地悪な店長が…」

「あのねっ

 そうやって人のせいにするのって、

 あたしがもっとも嫌いなのっ

 もぅ、ついてこないでよっ

 あんたの顔を見るだけでムカつくのよ」

必死に弁明する翼に止めを刺すかのように

望はそう言い放つと、

「(グサッ!)そんな…」

翼は呆然と立ちすくんでしまった。

そして、涙でかすむ視界の中、

望の姿はゆっくりと消えていった。



とぼ

とぼ

がっくりと肩を落としながら、翼は堤防上の道を歩いていた。

陽はすでに没し、さっきまで茜色に染まっていた空は闇が覆い隠そうとしている。

「はぁぁぁぁ〜っ」

歩きながら翼は大きくため息をつくと、

今日に至るまでの経緯を思い返していた。

…学園のマドンナでもある望との約束を取り付けたときの喜び。

…彼女の好みに合わせるための様々な努力。

…そして、出かける直前に入ったバイト先からの緊急の呼び出し…

「くっそぉ…

 誰かの陰謀に違いない」

開いていた手をぐっと握りしめながら翼はそう呟くが、

しかし、先ほど受けた望からの痛烈な一撃に、

翼は顔を上げるパワーすらも消えうせていた。

そして、いつの間にか、

翼に向かって昇り始めた月が優しく明かりを放ち始めた。

「神様…

 どうして、そんな意地悪をするのですか?

 これだけ意地悪をしたんだから、

 たまにはいい思いをさせてくださいよ」

闇を押しのけるかのように銀色に輝く月を恨めしそうに見ながら翼がつぶやくと、

キラッ!!!

その月より小さな光点が飛び出し、

ユラユラと夜空を漂い始めた。

「ん?

 何だあれは?」

”飛ぶ”というより、

”舞う”といったほうが似合っているその光点の姿に、

翼は足を止め、しばし見とれていると、

ユラユラ

光点は少しずつ大きくなり、

次第に翼に向かって迫ってくるかのように見えた。

「ん?

 なっなにかな?

 なんか僕に迫ってきているように見えるけど、

 気のせいかな?」

目をこすりながら大きさを増す光点を翼は幾度も見直していると、

シュォォォォン…

何か物体が空を切る音が翼の耳に届きはじめた。

「え?」

すると、さっきまで水滴を垂らしたような大きさだった光点が

あっと言う間にかバレーボール大に膨らみ、

間違いなく翼に向かって迫ってきているのがわかる。

「え?

 え?

 え?

 いっ隕石ぃぃぃぃぃ!!!」

迫り来る光点の姿に

ペタン!!!

翼は腰を抜かしてしまうと、

スグに

「にっ逃げなきゃぁ…」

と叫びつつアタフタと逃げ始めた。

しかし、

しゅごぉぉぉぉぉぉぉ!!!

翼に向かって落ちてくる光点はさらに膨れ、

まるで翼を飲み込むかのごとく迫ってきた。

「うっうわぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 いやだ、死にたくないよ!!!

 ぼっ僕はまだやることがあるんだぁ!

 望さんとデートが出来ないまま死ねるかぁぁぁぁ!!!」

滝のような涙を流し

そして鼻水を噴出しながら翼はそう叫んだ後、

迫る光に対して本能的に身を庇った。

そして、その直後、


ドォォォォォォォォォン!!!!


翼のすぐ近くに隕石が落下したのか、

大音響の爆発音とともに爆風が翼に襲いかかり、

「うわぁぁぁぁ!!!」

身を庇う翼を翻弄するかのように吹き飛ばしてしまった。



『モーリア』

『はい』

『この者がわたくしが求める者ですか?』

『はい、その通りでございます』

…だれだ?

『大丈夫なのですか?』

『えぇ…

 知力・体力・時の運。
 
 若干周期にブレもございますが
 
 ほぼイシュタル様の希望を叶えるスペックがあるかと』

…だれなんだよ

『ふぅぅん、

 このような冴えない者がですか?』

『はい

 冴えない者だからこそ、
 
 意義があるのです』

…なっ、なんだお前等

 ぼっ僕をバカにするのかっ

まるで自分をコケにするかのような声を聞いた翼は

思いっきり怒鳴りながらハッと目を覚ました。

すると、彼の目に入ってきたのは星が瞬く夜空だった。

「あっあれ?

 誰かの声が聞こえていたような…

 ん?
 
 ん?

 いっいったい…
 
 確か、隕石が…
 
 (はっ)
 
 そうだ、隕石!!
 
 警察に連絡をしないと」

爆風で吹き飛ばされたのか、

さっきまで歩いていた堤防の下、

川原との境目で翼は大の字になって倒れていた。

そして、頭を抑えながら

翼が隕石が落下を警察に知らせようと起き上がったとき、

『もしっ

 そこの人間!』

と女性の声が翼の耳元で響き渡った。

「え?

 女の人の声?」

突然の声に翼はびっくりしながら自分の周囲を見渡すと、

『どこを見ているのです。

 ここです。

 ここ!!』

と再び声が響いた。

「ここって言われても…

 いったいどこ…

 って…え?

 うわぁぁぁぁ!!」

声に導かれるようにして翼が自分の後ろを見たとき、

その視野に入った者の姿に思わず腰を抜かしてしまった。

すると、

『こらぁ!!

 貴様っ

 なんだその態度は!!

 えぇいっ
 
 控えおろう!!

 このお方を何方と心得る。

 恐れ多くも天界よりご降臨なされた女神・イシュタル様なるぞ!
 
 頭が高いっ
 
 控えおろう!!』

と女性の両脇から二人の男達が飛び出してくるなり、

翼に向かって怒鳴り声を張り上げた。

「へ?

 石樽?」

男達の言葉に翼は目を白黒させると、

翼の前に古代ギリシャ風の銀色のドレス翻す一人の女性と、

その女性を警護するかのようにしてヘラクレスの様な体格の男性二人をしげしげと眺める。

すると、

『これ、スケにカク、

 あまり堅苦しい事を言うでない』

翼の驚いた表情を見た女性はさりげなく男達に注意をすると、

『はっ、

 申し訳ございません』
 
『しかし、我らはイシュタル様をお守りするのが
 
 使命でございますので』

スケ・カクと呼ばれた男達は女性に向かって片膝を付きながら弁明をした。

『判っております。

 でも、初対面でいきなり怒鳴りつけるのは如何なものかと…

 さて、わたくしのガーディアンが迷惑をかけてしまいましたコトをお詫びします。

 ところで、あなたの名前を聞いてはいませんでしたが
 
 名は何と申しますのか?』

とイシュタルと名乗る女性は優しく翼に名前を尋ねた。

すると、

グググググ…

いきなり巨大な手が空よりイシュタルに迫ってくるなり、

『へ?

 うっ
 
 きゃぁぁぁぁ!!!』

響き渡る悲鳴と共に、

巨大な手はムンズとイシュタルの体を掴みあげ、

そして高々と持ち上げられてしまった。

『こらっ

 貴様っ』

『イシュタル様に何をする』

突然の拉致劇にガーディアンのスケとカクは怒鳴り声を上げるが、

しかし、そのときにはイシュタルは

彼らの手の届かないところへと持ち上げられた後だった。



『ぶっぶっ

 無礼者!!!

 いきなりなっなにをするっ!!』

巨大な手に体を掴まれたイシュタルは自由に動く腕で叩きながら抵抗をすると、

「うわぁぁぁ!!

 なんだこれぇ」

と言う言葉とともに巨大な翼の顔が彼女に迫った。

『きゃぁぁぁ!!』

迫る顔に思わずイシュタルは悲鳴を上げると、

『この、この、この』

力の限り必死の抵抗を試みる。

そう、翼の前に降り立ったイシュタル他2人の身長は

翼から見ればが手のひらサイズ…

そう、約5cmほどの小人であり、

「へぇぇぇ

 妖精って本当にいたんだ…

 あっそういえばさっき女神とか言っていたよなぁ」

物珍しそうに翼は小人・イシュタルを見回しながらそういうと、

『うっうわぁぁぁ

 たっ食べないで、

 わっわたくしは美味しくは無いですよ』

イシュタルは涙を流しながら泣き叫ぶ。

「あははは…

 食べやしないよ」

その言葉に翼はそう返事をすると、

『そっそうなのか?』

安心したのか、イシュタルは少しホッとした表情をした後、

『あっそうだ』

何かを思い出した表情をすると、

翼を見るなり、

『あなたに頼みがあります』

と切り出した。



「僕に頼み?」

イシュタルの言葉に翼はきょとんとすると、

『はい、

 わたくし達はいま邪悪な者・ザケンナーに天界を追われ、
 
 その窮地を救ってくれる伝説の勇者を探しているところなのです』

とイシュタルは翼に事情を説明し始めた。

「邪悪な者?」

『はいっ

 ザケンナーは天界にてわたくしが守っているこのシルバーストーンを狙い、
 
 戦いをしかけてきたのです。
 
 しかし、不意を突かれたために、
 
 わたくし達にはどうすることも出来なく、
 
 それで、この窮地を救ってくれる伝説の勇者を求めて…』

「それは、大変なんですね」

『でも、その放浪の旅もようやく終わりました』

「あっそうなんですか」

『はい、

 やっと巡り会えたのです、伝説の勇者に…』

「え?

 そうなんですか
 
 それは良かったですね」

『えぇ』

イシュタルの説明ににこにこ顔で翼は返事をして、

「じゃぁ、

 僕は用事があるのでこの辺で…」

と言いながら腰を上げようとすると、

『お待ちなさいっ!!』

翼を引き留めるイシュタルの怒鳴り声が響き渡った。

「へ?」

響き渡ったイシュタルの声に翼は身体を止めると、

『ぜひ…

 困窮の極みにある私たちをお救いください。
 
 伝説の勇者様』

とすがるように言う。

「え?

 伝説の勇者って僕が…ですか?」

『はいっ

 あなたです』

「代わりの人探すから、

 その人に代わって頂けるってコトできます?」

『ダメです』

「それって拒否権あります?」

『ありません』

「どうしても?」

『はいっ

 伝説の勇者はあなた様しかいません』

断ろうとする翼にイシュタルはキッパリと言い放つと、

「あっ

 UFO!!!」

突然、翼は大声を上げながら夜空の一点を指さし怒鳴り声を上げた。

『え?』

翼の声に全員がその方向を見上げた瞬間。

「いまだ!!」

ダッ!

その瞬間を見逃さずに翼はダッシュで脱兎のごとく逃げ出した。

ところが

『!!』

即座にイシュタルがそれに気づくと、

『(クワッ)逃がすかぁ!!!』

瞬く間に笑みをたたえていた顔が般若の顔へと変わると、

その声と共に

カッ!!

ビシッ!!!

空の彼方より生じた雷撃が逃げる翼を直撃した。



「うっうぐぅ…

 なっなんでこんな目に…」

雷撃の直撃を受け煙を噴き上げながら翼が倒れていると、

スタッ

その翼の目の前にさっきの笑みをたたえたイシュタルが降り立ち、

『わたくしたちはその邪悪な者が放った。

 極悪の魔物・モンスターに追われているのです、

 ですから、
 
 そのモンスターを退治して欲しいのです。
 
 お願いです、伝説の勇者様…』

と懇願する。

「あっあの…

 さっきの雷撃って、
 
 結構、凄かったんですけど…」

イシュタルの言葉に翼は這い蹲りながら言い返すが、

『わたくし達には

 伝説の勇者様にしか頼めないのです』

イシュタルはそう言うと潤んだ目で翼を見つめた。

「うっ」

思いがけないイシュタルの眼差しに翼は心を射抜かれつつも、

「でっでも、

 そんな悪いモンスターってどこにいるんです?」

と尋ねながら周囲を見回した。

『え?

 あっあの…

 もっモンスターの隙をついて来たので、

 でっでも、もうじきここに来ます。
 
 わたくしには感じるのです。
 
 邪悪な者が迫ってきている感じが…

 だからお願いです』

翼に向かってイシュタルはそう言いながら、

サッサ

後方で見守っているスケとカクに指で合図を送る。

すると、

『おいっ

 イシュタル様からの合図だ』

『判っている。

 早くしろ!!』

その合図を見たガーディアン・スケとカクはアタフタと周囲を駆け回った後、

ザッ

ザザッ

二人とも近くの草むらに飛び込んだ。

そして、

カチャカチャ

翼の隙をついて仕掛けておいた装置にスケが座ると、

『音声変換正常。

 3Dフォログラム起動。
 
 準備は良いかっ』

装置を操作しながら声を上げた。

すると、

『おっけーっ

 こっちは準備完了!!』

インカムとスキャンスーツを身に纏ったカクが返事をするなり、

ブンッ!!

空にめがけて巨大な3D映像が映し出された。



「うわっ何だコイツ!!」

突然姿を見せた歌舞伎役者を思わせる異様な者の姿に翼が驚くと、

『きゃっ

 もぅここに!!』

悲鳴を上げながらイシュタルは翼にしがみつく。

すると、

『はーはははは…

 ここにいらっしゃいましたか、
 
 お探しをしましたよ
 
 女神・イシュタル…』

異形の者は親しそうに話しかけてきた。

『だっだれが』

その言葉にイシュタルは毅然と言い返すと、

『ふふっ

 さて、我が主・ザケンナー様へ献上するべき、

 シルバーストーンはどちらにお持ちでしょうか?』

と異形の者は尋ねる。

『そのような物はここにはない!!』

『ほぅ…

 女神・イシュタルなる者がシルバーストーンを持っていないとは
 
 これは奇っ怪な』

『持っていません。

 ここはお前の様な者が来るところではありません。

 直ぐにここから立ち去りなさい』

首をかしげる異形の者にイシュタルは勇敢に言うと

『ふふっ

 よろしいでしょう。
 
 では言いたくなるまで我が下僕に相手して貰いましょう』

と異形の者は言い放った。

「え?

 下僕」

異形の者の言葉に翼は驚くと、

『来ます。

 モンスターです』

とイシュタルはヒソヒソ声で翼に告げた。



その頃、スケとカクはというと

映し出している映像を固定するなり、

スチャッ!!

ロケットランチャーを担ぎあげ、

『急げ』

『そんなこと言ったってどれにするだよ』

『てきとーでいいんだよ、

 てきとーで!!』

と騒いでいた。

そして、

たまたま堤防の上に駐車してある宅配便の配達車を見つけるなり、

『よしっ

 アレにしよう』

『判った』

の声と共にチャキン!!

狙いを定めると、

『よーぃ』

『てー!!』

の掛け声と同時にスケが担いだロケットランチャーが火を噴き、

パシュゥゥゥゥン!!!
 
一発のミサイルが配達車めがけて飛び出していった。



「あの…

 なぁんにも出てきませんけど」

リーリー

秋の虫が無く川原で翼は不審なものを探しながら翼はポツリと言うと、

『………』

翼の前のに立つ異形の者は黙ったまま宙を見つめていた。

「?」

その様子に翼が首をかしげていると、

コクリ

スケ・カクから送られてきた合図を見たイシュタルは頷き、

『きっ来ます、

 もぅすぐ

 ほらっ

 すぐそこにまで、

 伝説の勇者であるあなたにはわからないのですか?』

と体中を震わせながら訴えた。

「え?

 えぇ?」

イシュタルの様子に驚きながら翼が振り返ったとき、

ドゴォォォン!!

突如、爆発音が響き渡ると、

ゴゴゴゴゴゴゴ!!!

堤防の上より不気味な影がむっくりと起き上がり、

そして、

”ふぁぁぁぁぁ!!!

 もんすたぁぁぁぁぁ”

の掛け声と共に配達トラックの姿をした化け物・モンスターが姿を見せた。

「なっ何だあれは!!!」

モンスターのその姿に翼は目を剥くと、

『きゃぁぁぁ!!

 あれです

 あれです。

 うわぁぁぁ』

火がついたようにイシュタルは泣き声を上げ、

そして翼の手に顔を伏せる。

「そっそんな…

 ぼっ僕にどうしろって…」

ズシンズシン

堤防を降りてきたモンスターの姿に翼はオロオロしていると、

『お願いです。

 勇者殿、変身をして戦ってください

 あなたなら出来ます』

とイシュタルの従者のスケ・カクが翼に言う。

「え?

 変身って、僕がぁ?」

スケ・カクの言葉に翼は顔を真っ赤にして驚くと、

『こっこれを…

 このリングを…

 シルバーストーンの力を封じ込めたこのリングを
 
 あなたの右手の薬指にはめてください』

とイシュタルはどこから取り出したかわからない大きなリングを翼に差出し告げた。

「へ?

 これを?」

イシュタルからリングを受け取った翼は不思議そうな目でリングを見つめていると、

”もんすたぁ!!!”

ぶぉぉぉぉっ!!

モンスターはエンジンを全開にして突進してきた。

「うわぁぁぁ!!

 走ってきたよ」

『だから早く変身を!!』

「そんなこと言ったって」

『だからぁ!!』

追ってくるモンスターから翼は必死で逃げ回り、

その一方でイシュタルは幾度も変身を促した。

しかし、肝心の翼は逃げ回るだけで精一杯の有様。

すると、

『えぇい、

 もぅ

 さっさと変身しなさぁぁい!!!』

ついに堪忍袋の緒が切れたイシュタルは

スルリ…

翼の手から逃れると、

シュパッ

リングをひったくるなり、

スポッ!!

って彼の右手の薬指にはめさせた。

そして、

『あたしと声を合わせて!!』

と怒鳴りながら、

『シルバー・トランス・フォーメーション!!』

イシュタルと翼、二人で変身の呪文を声を上げた。



その直後…

ズドン!!!

翼は銀色の光に包み込まれると、

『え?

 うっわぁぁぁぁぁぁ!!
 
 なっなんだ…
 
 かっ身体が
 
 身体が!!
 
 いててて!!
 
 引っ張られる。
 
 潰される。
 
 うぎゃぁぁぁ!!!
 
 たっ助けてくれぇぇぇぇ!!!』

翼の身体はまるで粘土の如く潰され、引き伸ばされ、

まさにこの世の有りとあらゆる苦しみが

一度に襲ってきたような苦しみの中。

翼はある者へと姿を変えていった。

そして、

ドォォン…

川原に吹き上がる銀色の光柱より銀色をベースにした装束と防具を輝かせながら

一人の中学生くらいの少女が飛び出してくると、

ゲシッ!!

迫るモンスターに向かって一撃を食らわせた。

”もんすたぁ!!”

フロントの下を蹴り上げられたモンスターは大きくのけぞり、

そのまま横転をするが、

しかし、すぐに体勢を持ち直すと、

ズシンっ

まるで四股を踏むかのように構え直す。



一方で、

スタッ

淡い青色の髪をリング状に結い上げた少女はモンスターを間合いを取るようにして立ち、

クッ

っとモンスターを見据えると、

一瞬の緊張が川原を支配した。

しかし、真っ先にこの緊張感を壊したのは少女の方だった。

「!

 え?

 なっなに?

 これ?

 僕…変身したの?

 やだ、

 足がスースーするし

 うわっ
 
 スカート!!!

 それに、

 うわっ胸も!!!

 なっ無いよぉぉぉ!!!

 え?

 えぇ?

 僕、女の子になっちゃったの?」

モンスターと対峙していた少女がふと何かに気が付くと、

突然内股になり、顔を真っ赤にしながら防具に覆われた胸と

ひざ上までのスカートが巻き付く股間を押さえはじめた。

そう、この少女の正体はあの翼が変身したものであった。

『もぅ、なにをしているんです。

 さっさとモンスターを倒しなさい』

変身した翼の頭の上からあのイシュタル声が響くと、

「え?

 イシュタルさん?

 どっどこに居るの?」

翼はイシュタルの姿を求め探し始める。

『あたしのことは構わないで、

 いいですか?

 いまあなたは、わたくしの力の源であるシルバーストーンの力を借りて変身しているんです。

 大丈夫です。

 存分に戦いください』

と告げるが、

「え?

 戦えなんていわれても、
 
 その…

 あのぅ

 なにか必殺技とかないのですか?」

翼はイシュタルに聞き返した。

『え?

 必殺技ですか?』

「そーですよ、

 まさか素手で戦えて言うわけじゃぁ…」

『はいっ、そのとーりです』

「は?」

あまりにもストレートなイシュタルからの返事に翼の目は点になると、

「あっあのぅ…

 それってマジっすか?」

頬をポリポリと掻きながらつぶやいた。

しかし、その間にも、

”もんすたぁ!!”

翼の前に立ちはだかるモンスターはさらに迫り、

グィン!!

後輪だけで立ち上がると、

右腕に相当する右側の前輪を大きく振りかぶる。

『来ます

 避けなさい!!』

その光景にイシュタルが叫ぶと、

「え?

 うわぁぁぁ!!」

シュタッ!!

翼は思いっきり飛び上がると、

たちまち10m近く上昇し、

”もんすたぁ!!”

と叫びながら前輪を振り下ろすモンスターの屋根に一度タッチした後、

その反対側に降り立った。

「ひょぇぇぇ!!
 
 あそこからあっという間に…

 すごい」

わずか一瞬のうちにモンスターの反対側に降り立ったことに翼は驚くと、

『だから大丈夫だって言ったでしょう』

とイシュタルの声。

「あっあのですねぇ」

そのイシュタルに反論するかのように翼は声を上げると、

”もんすたぁ!!”

ごわぁぁぁ!!

翼を再確認したモンスターは砂埃を上げ瞬く間に切り返しを行い。

猛然と突進してきた。

「うわぁぁ!!

 来たよ!」

『あっこらっ

 戦うのです』

「いやだぁぁぁ!!」

『だめぇぇぇ!!』

”もんすたぁ!!”

翼は文字通り脱兎のごとく走り始めると、

その後を追ってモンスターが追いかける。



はぁはぁ

はぁはぁ

「なんで、

 なんで、僕ばっかりこんな目に…」

目から涙を流しながら堤防の上を翼は疾走する。

そして、頭の上からは、

『何を逃げているんですっ

 逃げないで戦いなさぁいっ!!』

とイシュタルの怒鳴り声が響き渡るが、

しかし、一刻もこの状況から脱出したい翼にとってはその声は聞こえないも同然だった。

ところが、

「え?」

逃げる翼の視界に堤防を歩く望の姿が捕らえられるのと同時に、

ヒュンッ!!

一瞬のうちに彼女の横を通り過ぎた。

「あっ望さん?」

ズザザザザザザ!!!

いったいどれくらいの速度で走ってきたのか、

足元から煙を噴き上げながら、翼は向きを反転する。



「うーん、

 さっきのアレはちょっと可哀想だったかなぁ…」

月明かりを受けながら堤防を歩く望は

先ほど翼にした仕打ちについてちょっと後悔をしていると

ヒュンッ!

「きゃっ(ドタ!!)

 痛ーぃ」

一瞬のうちに自分の横を何者かが通り過ぎ、

そしてそれによる突風をまともに受けると、

そのまま尻餅をついてしまった。

「え?

 なに?

 なんかいま、人が通り過ぎたような…」

突然のことに呆然としながら眺めていると、

ごわぁぁぁぁ!!!

”もんすたぁ!!”

という叫び声と地響きを上げながら

今度は異様な怪物・モンスターが自分に向かって迫ってきているのが目に入った。

「なっなによ、

 あれ…」

あまりにも奇怪なその姿に望はその場から逃げ出さず、

ただ唖然として見つめていると、

グングンとモンスターは望に近づいてきた。



「あぁっ

 望さんっ!!」

堤防の上で尻餅をついたままの望に向かってモンスターが迫ってくる様子に、

翼は開いていた両手を握り締めると、

「ごらぁぁぁぁ!!

 僕の望さんに何をするっ」

と怒鳴りながら

シュタッ!!

勢いよく飛び上がると、

まっすぐモンスターに向かって強烈な蹴りを入れた。

そして、なおも攻撃を緩まることなく、

徹底的にモンスターのボディに蹴りと打撃を食らわせ、

また、

『そうだ、

 いいぞ、

 やれぇ!!

 右だ、

 左だ

 そこで蹴りを入れろ、

 やれぇぇ

 徹底的にやれぇ』

執拗な攻撃を繰り出す翼の耳元では宙に浮き、

つかず離れずの位置にいるイシュタルが盛んに煽りを入れていた。

ゲシッ

ガツン

ドガッ!!

”もっもんすたぁ〜”

翼の猛攻にモンスターは次第に弱っていくと、

ついに、

ドガン!!

身動きしなくなってしまった。

すると、

シュタッ!!

ぐったりとするモンスターの目に翼は降り立ち。

ビシッ

そのモンスターを指差すと、

「おいっ、

 ここはお前の世界じゃないんだよっ

 さっさと自分の世界に帰りやがれ、

 このボケッ!!」

と怒鳴りながら、

ハッ!!

パンッ

拍手を打つように両手を合わせ、

そして、気合を込めた後、

「食らえっ!!!」

の掛け声と共に右腕を大きく振りかぶり、

まるで空手の瓦割の要領で地面を叩いた。

その瞬間。

ズシンッ!!

翼の足下よりモンスターめがけて衝撃波が走り、

”もんすたぁぁぁぁぁ!!!”

その直撃を受けたモンスターはかき消すように消えうせてしまった。



「…………」

静寂があたりを包むなか、

「はっ

 おっ終わったの…か?」

さっきまで目の前にいいたモンスターが消えてしまったことに、

翼は目をパチクリしていると、

「あのぅ…」

っと背後から望の声が響いた。

「え?」

その声に驚きながら翼は振り返ると、

「あっのぞ…」

とまで言いかけ、

そして、ハッと今の自分の姿を思い出すと、

「ごっごめんなさい!!!」

と叫び声をあげると、

一目散に逃げ出してしまった。



はぁはぁはぁ

「うわぁぁぁ!!!

 望さんに僕のこんな姿を見られてしまったよぉ!!」

いつの間にか変身は解け、

翼は男の姿で月が照らし出す堤防の上を走り続けていたが

しかし、翼にとっては望に不本意な自分の姿を見られたことに対する恥ずかしさでいっぱいだった。

そしてその肩の上にはあのイシュタルがちょこんと座り夜風を思いっきり受けている。

すると、

ポンッ!!

小さな爆発音と供にあの老紳士・モーリアが姿を見せると、

『イシュタル様っ』

と話しかけてきた。

『あら…』
 
『いかがでしかか?

 少しは気晴らしになりましたでしょうか…』

『うんそうねぇ…

 面白かったわ…

 でも、なんか遊び足らないの。

 ねぇ、スケとカクに今度はもぅ少し上のモンスターを出してくれるように言って』

とモーリアに伝えると、

『はっかしこまりました』

モーリアは頭を深く下げると、

ポムッ

また爆発音と共に姿を消した。

『ふふっ

 しばらく付き合ってもらうわよ、

 翼君っ』

老紳士・モーリアが姿を消した後、

イシュタルはそうつぶやくと、

ポン

と翼の肩を叩いた。

しかし、肝心の翼はそんな陰謀が張り巡らされていることなど

つゆ知らずただひたすら走り続けていた。

絶望と希望が混ざり合う明日に向かって…



おわり