風祭文庫・ヒーロー変身の館






「Yes!ぷりきゅあふぁい部」
(第壱話:魔女、襲来)



作・風祭玲


Vol.185





「ねぇ…則子は誰にあげるの?」

「えへへへ、

 ひ・み・つ…」

「なによっもったいぶってぇ!」

「あら、そう言う菜穂子はどうなのよ」

「そ、そんなこと大っぴらに言える訳ないじゃない」

月が替わり2月になった途端、

県立沼ノ端高校のアチコチで相手の秘密を勘ぐり合うやりとりが

少女達の間で盛んにかわされるようになってくる。

バレンタインデー…

かの昔の聖人にあやかって設けられたこの日は

少女が意中の男性に告白できる聖なる日であった。

そして、ここ2年C組も例外ではなく、

始業前、休み時間、放課後となると、

少女達は事前の情報集めに精を出すのである。

しかし、女子達から少し離れて一人ポツンと机に座り、

意味ありげな本を広げている一人の少女が居た。

指田ゆかり…

それなりに可愛らしい名前を持つ彼女だが、

背中まで届く長い髪はあまり手入れをしないのか乱れるに任せ、

顔には牛乳瓶の蓋のようなブ厚い眼鏡、

そして極め付きは

”世界魔術大全”

と言うおどろおどろしいタイトルが振られた黒表紙の本を熱心に読むゆかりからは

文字通り近寄りがたいオーラが発せられ、

そのために誰一人彼女に声を掛ける者は居なかった。

しかし、そんな彼女でも好意を寄せている男子が居た。

”向坂武”…

剣道部主将を務め

生徒会副会長をも兼任するイケメンの彼は女子の間でも高く評価され、

彼のハートをゲットした者こそ

この学園の女王とまで言われるようになっていた。

「向坂クン…」

本に挟んであった写真を取りだしてそっとゆかりが呟いていると、

「おいっ、何を見て居るんだ

 お前…」

と話しかけながら一人の少女がゆかりの机の前に立った。

「え?」

その声に慌ててゆかりが見上げると、

彼女を見下ろすようにして篠山克子が立ち、

日に焼けて色黒の肌にショートカットのヘアスタイルは

彼女を快活な女子としてイメージさせるが、

しかし、彼女はゆかりにとっては天敵のような存在だった。

「なんだぁ?

 それは…」

のぞき込んでくる克子の視線から隠すようにゆかりは写真を隠すが、

「よこせっ」

「あっ」

引ったくるようにして写真を取り上げると、

「おぉぃ…見ろよ!!

 指田のヤツ、

 向坂先輩の写真を隠し持ってやがったぞ!!」
 
っと写真を高く掲げながら声を上げた。

「返してよ!!」

ゆかりは叫びながら立ち上がると写真に手を伸ばすが、

「ホラホラホラ…

 鬼さんコチラ…」

克子はそう言いながら写真を前後左右に揺らす。

「返してよ!、

 返してよ!!」

声を上げ写真を取り返そうとするゆかりの姿を見て、

「篠山さん…

 なんの騒ぎですの?」

お嬢様的な雰囲気を持つ細川小百合が腰を上げ克子に理由を尋ねてきた。

「あぁ、細川さん…ちょっとこれを見ろよ」

グイッ

克子はゆかりを押しのけ小百合に写真を手渡す。

「?」

最初は意味が分からない顔をしていた小百合の顔が見る見る怒りに溢れてくると、

「指田さんっ、

 この写真はアナタのような人が持つ物ではありませんわっ」

と叫び、

「これはわたしが没収します。

 いいですね」

と強く言うとポケットにしまい込んでしまった。

「あっ、それあたしの…」

ゆかりがそう言いかけるが、

ジロッ

小百合はゆかりを睨み付けると、

「何か言いまして?」

と凄みを利かせた。

「…………」

小百合の凄みに押され、

ゆかりは何も反論をせずにただジッと見つめ、

そして小さく

「…ふん、そんなものもぅ要らないわ、

 だって、向坂クンはもぅスグあたしの物になるんだから」

と呟いていた。



「ただいまぁ」

ゆかりが学校から帰ると、

「あぁ、ゆかり?

 何か荷物が届いていたわよ」

の母親の声と共に彼女宛に送られてきた小包が手渡された。

「来た来た来た!!」

小包の宛名を見た彼女は飛び上がって喜ぶと、

「…ご飯は?」

と訊ねる母親へ返事もせずに自分の部屋へ駆け込み、

すかさずドアに鍵を掛ける。

ガサガサ…

逸る気持ちを抑えながらゆかりは慎重に梱包を解くと、

やがて中から一冊の本が出てきた。

本は相当昔のものらしく、

角はすり切れ、

黒表紙に金文字でタイトルが描かれている表紙の厚紙のカバーには

誰がつけたのであろうかいくつもの傷が付いていた。

しかし、まるで戒めるかのようにしてなめし皮で出来た帯が本に巻かれ、

さらに掛けられた鍵によって容易に開くことは出来なくなっていた。

「うふふ…

 オークションでせり競った甲斐があったわ、

 この魔本の中にかつて最強の名を欲しいままにした魔女・シルルが封じ込められているのね…

 シルルをあたしの下僕にしてしまえば、

 すべてはあたしのもの…

 その魔法であの生意気な小百合達をカエルにでもして貰って、
 
 そして向坂クンをあたしのものに…」
 
ニヤ…

ゆかりは笑みを浮かべながら

ウットリとまるで舐めるように魔女が封印されていると言う魔本を撫で、

そそくさと魔女を召還をするための儀式の準備を始めだした。

まず、部屋の真ん中に妖しげな動物の頭骨あしらった祭壇を設けると、

続いて制服や下着を次々と脱ぎ捨てると彼女は全裸になった。

そして、手足に術の効果を高める幾何学模様をボディペインティングを施した後、

ボッ!!

頭骨の両隣に置かれた燭台のロウソクに灯をともすと準備が完了した。



「では、これをココに置いて…」

ゆかりは慎重に祭壇の手前にその魔本を置くと、

本から一歩下がった。

そして、右手の手の甲の上に左手の掌を当て、

「………っ!!」

魔術大全を開くとそこに掲載されている呪文を詠唱しはじめた。

ボゥ

すると、床の上にまるで沸き上がるように魔法陣が姿を現す。

スゥゥゥゥ…

大きく深呼吸したゆかりは歌うようにして呪文を詠唱し始めた。

「………………」

詠唱に合わせて手がなめらかに上下左右へと動く、

「………………」

彼女の詠唱は長く、既に5分以上が経過していた。

うっすらと額に汗が浮かび上がった頃、

フッ

燭台のロウソクの炎が微かに揺れた。

すると、

フォン…

先ほどまで何も変化がなかった魔本が青く微かに光り、

フォォォォォォ…

まるで魔本が燃え上がるかのようにしてオーラが吹き上がり始めた。

「…………」

それを見たゆかりは強く呪文の詠唱をする。

その途端、

ゴォォォォォォォ…

オーラは渦を作りさらに強く吹き上げ、

バタバタバタ…

吹き上がるオーラの勢いで窓のカーテンが激しくはためきだした。

「…………」

しかし、怖気ずにゆかりは詠唱を続けると、

バッ!!

オーラの勢いに押されついにカーテンが開いてしまうと、

サァァァァ…

窓の向こうから照らす月明かりがゆかりの部屋を染め始めた。

こうして部屋の中の魔力がピークに達したとき、

パキン!

魔本を封印していた鍵が弾け飛び、

バンッ!

バラバラバラ…

何百年もの間、

誰にも開けられることが無かった魔本は一気に開かれると、

白紙のページが凄い勢いで捲られていく、

そしてあるページが見開かれたとき、

バリバリバリ…

稲光を思わせる光が魔本から発せられると、

ブゥゥゥゥゥゥン…

光の中から人の姿が徐々に浮かび上がってきた。

ゴクリ…

衝撃の光景に詠唱の切れ目でゆかりは生唾を一旦飲み込み、

再び呪文を詠唱をはじめた。

ブォォォォォン…

光線の関係で人物はシルエットになってしまい詳しい様子は分からないが、

その輪郭から女性であることが判る。

「シルルだ!!」

ゆかりはそう確信すると力強く詠唱し続ける。

するとその力によって人物の身体が引き出され、

ついに魔本の外に出てしまうと、

ストッ

っとゆかりの前に降り立った。

「ヤッタ!!」

ゆかりはいまにも飛び上がりそうな気持ちを飲み込んで呪文の詠唱を止めると、

魔本より吹き上がっていたオーラはとぎれ、

部屋の中は元の静けさに戻る。

「………シルル?」

出てきた人物にゆかりは訊ねるようにして聞くと、

『お前かぁ?、

 わたしを起こしたのは…?』

まるで唸り声を上げるかのようにして人物はゆかりに尋ねてくる。

「えぇ、そうよ、

 あたしよ、

 この指田ゆかりがシルル、

 あなたをこの魔本より召還したのよっ
 
 召還された魔女は召還した者の下僕になるのが掟のはず、

 さぁ、シルルよあたしの下僕となって働いて頂戴っ!!」

とゆかりは人物に向かって手を差出そう言い放った。

だが、

『クックックッ…』

意外にもそれを聞いた人物から笑い声が漏れはじめた。

「なっなによっ、

 何がおかしいのよっ」

予想外の反応にゆかりは困惑しながら言うと、

人物はキッと顔を上げる、

「うっ」

鬣のような緋色の髪に金色の眼でゆかりをジッと見据える彼女の身体は

金色の黒縁模様のヒョウを思わせる毛に包まれ、

手足の指先には鋭い爪が光っていた。

「シルル…じゃない?」

『……アハハハハハハ!!

 フッ、お馬鹿さん…
 
 あたしはシルル様じゃないわ…
 
 シルル様は未だ戦いの傷が癒えず魔本の中で眠りについているの、
 
 あたしはシルル様配下第1位の魔女ククル…
 
 第一、あなたのような者がシルル様を簡単に召還できると思ったら大違いよっ』
 
とククルは勝ち誇ったように言うと、

「え?

 おっかしいなぁ…
 
 何処で間違えたんだろう」
 
ゆかりは魔術大全を開いて確認をはじめた。

だが、

スッ

一瞬、ゆかりが眼を離した隙にククルの片手が大きく上がり、

『ふん、シルル様に指図するなんて100万年早いわ…それっ』

ゆかりを見据えながらかけ声を発すると、

パチン!!

と指を鳴らした。

すると、

カッ!!、

ビシィィィィッ!!

「キャァァァァ!!」

ゆかりの身体に落雷に似た電撃が走り、

バサッ!!

手にしていた魔術大全が床の上に落としてしまうと、

「なっ何をするのよっ」

ククルを睨みながら怒鳴った。

ところが、

『うふふふ…

 そんなこと言っている暇はないんじゃないの?』

ゆかりの恫喝にもかかわらずククルは笑みを浮かべながら言い、

それと同時に、

ピクッ!!

ムニ…ムニ…

ゆかりの両手の親指・中指・小指が次第に大きくなって行き、

代わりに人差し指と薬指が萎縮していく、

「そんな暇って…

 え?

 なにコレ?

 なっなんなのよっこれぇ!!!」

指の変化に気が付いたゆかりが手を押さえながら声を上げるが、

『クックック』

ククルはただ笑みを見せているだけでゆかりを見下ろしている。

やがてゆかりの人差し指と薬指が消失してしまうと、

プリッ…プリッ…

大きく伸びた3つの指の指先が膨れはじめ、

ついにプチッと弾けてしまうと吸盤のような形に変わってしまう。

そして3本指の指と指の間に幕のような水掻きが張ってしまうと、

ゆかりの両手はカエルのような手になってしまった。

「…そっそんなぁ」

信じられない様子でゆかりはカエル化した自分の手を眺めるが、

しかし、彼女の変化はそれだけではなかった。

「あっ」

ピタっ

彼女が自分の足の異変に気づいたときには

足先も手と同じようにカエルのそれに変化した後だった。

「いやぁぁぁ!!

 なにこれ!!」

変化した手足を見てゆかりはついに悲鳴を上げるが

カエルの手足に変わったところの肌が毒々しいオレンジ色へと変色してしまうと、

ジワッ

妖い光を放ちながら所々に黒の斑模様を作り、

そして、ゆっくりと身体の方へ向かって広がり出していく。

「ヤメテ…お願い…」

肌の色を変えていくゆかりは泣け叫びながらククルに懇願するが、

ククルは相変わらず笑みを浮かべながら

ただ、ゆかりの変身を眺めているだけだった。



「あっあっあぁぁ」

ペタン…

ゆかりは唖然としながら両手と両膝を床につけてしまうと、

カエル化していく肌は容赦なくゆかりの肩や腰へと攻め込み、

そして全身へと広がって行く。

ムニムニ…

コキコキ…

彼女の変化は肌だけではなく、

身体の筋肉と骨格をも少しずつ変わり、

ネットリ…

カエル化した肌からさかんに粘液が分泌されはじめる。

「いやぁぁぁぁぁ…(ゲコ)」

髪の毛が抜け落ち、

全身がカエルの肌に包まれてしまったゆかりが叫び声を上げたときには、

彼女は文字通り”カエル”になってしまっていたのであった。

『あはは…

 シルル様を下僕にしようとした罰よ、

 しかもただのカエルではないぞ、

 その毒々しい色から見て判るようにお前は猛毒を持った毒ガエルだ!!』

ゆかりに向かってククルはそう言い放つと、

「そんなぁ(ゲコ)…

 お願いです(ゲコ)、

 何でも言うことを聞きますから(ゲコ)、

 あたしを(ゲコ)
 
 元の人間の姿に戻してください(ゲコゲコ)」

喉を鳴らしながらゆかりはククルに懇願をする。

『ふん…

 ならば、

 お前がシルル様の下僕となって働くというのなら、

 考えてもやっても良いが…』

そんなゆかりの姿にククルは顎に指を当てながらそう言うと、

「え?(ゲコ)」

ゆかりは一瞬困惑した表情をした。

するとそれを見たククルは

『イヤなら、ずっとそのままの姿だ』

と冷たく言い放つと、

「わっ判りました(ゲコ)…

 下僕になりますぅ(ゲコ)…

 だから…」

ゆかりはククルに向かって頭を下げ懇願する。

『そうか…ならば…それっ』

パチン!!

ククルの指が再び鳴ると、

カシン!!

ゆかりの首に朱色の首輪が巻かれた。

「こっこれは(ゲコ)…」

『シルル様の下僕になった証だ。

 シルル様の許しがなければ絶対に外すことは出来ない。

 一度でもシルル様やわたしの命の背いたりしたら、

 お前は何もかも忘れ、本物のカエルとなる。

 くくく…

 ではお前を元の姿に戻してやろう』



こうして、なんとか人間の姿に戻ることが出来たゆかりだが

しかし、彼女の魔女の下僕としての生活はまだ始まったばかりだった。

普段は人間の姿でいつも通りに学校にも通えるが、

しかし、ひとたびククルからの呼び出しがくると、

ゆかりの身体は例えそれが授業中であろうが、食事中であろうが、

彼女の意志とは関係なくスグにカエルへと姿を変える。

魔女を召還し自分の下僕にしようとしたものの、

逆に魔女の下僕となってしまった哀れなゆかりが、

そのくびきから解放される日は果たしてくるのだろうか?



つづく