風祭文庫・人魚変身の館






「人魚の作り方」


作・風祭玲

Vol.772





「ほぉ…

 人魚に変身させる方法ねぇ」

長かった梅雨が開け、

真夏の日差しが照りつける休日。

街を一人で歩いていた俺は小さな古本屋を覗いていた。

長方形の狭い店内には壁周りと中央に本棚が据えられ、

その棚には時代を超えてきた本がズラリと並ぶ中、

そして、羊皮紙で作られた分厚い本の存在が俺の目を引いた。

”人魚の作り方”

タイトルからしておおよそ人魚姫のペーパークラフトの作り方指南の本かと思えたが、

いざ手にとって開いてみると、

そんな考えが一気に消し飛んでしまった。

「これって、

 マジ?」

そこに書かれている内容を読みながら俺は冷や汗を流していると、

『いかがでございますかぁ?

 お客様ぁ?』

とこの店の主人が俺の真横にぴったりと寄り添い、

しきりに手もみをしながら、

購入の意思があるかどうか尋ねてきた。

「え?

 まぁ、そっそうだな、

 本当にあるんだなぁ…

 こういう本が…」

手にしていた本を閉じ、

クルリとひっくり返しながら、

俺は本をマジマジと見る。

本の大きさはほぼA4サイズ。

これまでに様々な人の手を渡ってきたのか、

カバーは手垢などですっかり黒く染まり、

中の紙も擦り切れかけ、

一部の文字は判読することすら困難な状態になっている。

「ふむっ」

幾度もうなづきながら俺は本を眺めていると、

『お客様ならその本の価値をお分かりかと…

 いかがですか?

 まさに掘り出し物かと思いますがぁ…』

何のキャンペーンだろうか、

中肉中背・年齢は初老と思える店主は

頭につけている愛くるしいウサギのお面を俺に向けしきりに尋ねてくる。

「そっそうだなぁ…」

そんな店主から逃れるように俺は背中を向け、

「でも、この値段は高すぎないか?」

と指摘すると、

『いえいえ、

 この本の価値を考えれば極めて割安かと…

 それに先ほどから読まれているその本はあくまで和訳の副読本。

 オリジナルはこちらでございます』

相変わらず手もみをしながら店主はそういうと、

何所から取り出したのか

俺が手にしている本の倍近い大きさの本を出して見せ、

『ごらんお通り、レアものですよぉ』

と説明をする。

「ちっ!」

なかなか値段交渉に応じようとしない店主を横目で見ながら、

俺は小さく舌打ちをするが、

「まぁいいか…

 あいつと縁切りできるいい切っ掛けにはなるな」

と呟きながら

俺は本の表紙にある女の顔を重ねていた。

『毎度ありがとうございますぅ』

入ったばかりのバイト代をつぎ込んで俺は店を出ると、

住まいとしている自分のアパートには向かわず、

クルッ

足先をその反対方向へと向けると

近くにある喫茶店へと向かっていった。



「いらっしゃませ」

鈴の音のような済んだ声に迎え入れられて俺は店に入ると、

「あら、忍野君。

 今日も来てくれたの」

の声と共にこの店でアルバイトをしている青島美砂が注文を取りに来た。

「おぉ、美砂っ

 アイスコーヒーな」

美砂の顔を見ながら俺は愛想よく注文をすると、

「はいはい、

 毎度ありがとうございます。っと、

 あれ?

 なんか随分と古い本みたいだけど、

 どうしたの?」

美砂は伝票に俺の注文を記入した後、

テーブルの上に置いた本を興味津々そうに尋ねてきた。

「あぁ、

 これか?

 そこの古本屋で買ったんだよ、

 いやぁ、

 なかなか面白くてな」

愛想笑いをしながら俺はそう言うと、

本を手に取り美砂に向かって差し出して見せた。

「へぇ…なんか随分と古い本ねぇ

 って、これって英文じゃない。

 すごーぃ。

 忍野君って英文も読めるんだぁ」

本にびっしりと書かれている英文の文章にしきりに感心しながら

美砂はページを捲っていく。

「まぁなっ」

そんな美砂を横目で見ながら、

俺は和訳本をカバンに押し込み得意満面になっていった。



俺の名前は忍野健一。

やっと20歳になったばかりの一応学生をしている。

そして、美砂はかれこれ半年以上口説いているのだが、

なかなかそのガードを緩めてくくれなかった。

美術サークルに所属し、

クリっとした目、

肩に掛かるくらいのサラサラの髪、

身体の線は細く、

バスト・ウェスト・ヒップの三点セットのサイズ比は極端すぎず、

平均的なラインを描いている。

そして、性格も明るくはきはきしていて、

まさに俺の理想の女性の姿だった。

「いつかは俺の女にしてやる…」

瞳に炎を燃やしながら、

俺は決意を新たにしていると、

「はいっ

 アイスコーヒーお待たせ」

の声と共に美砂が俺の前に涼しげなグラスを置いた。



ガチャッ!

「ふぅ、ただいまぁ」

美砂の店で1時間ほど時間を潰した俺が部屋に戻ると、

「おかえりなさ〜ぃ、

 あなたぁ〜」

誰もいないと思っていた部屋に女の声が響くと、

美砂よりも縦は一回り、

横は二回りも大きな女が姿を見せ、

無理やり俺に抱きついてきた。

「うわっ、

 ゆっ優子ぉ

 なんだよっいきなりっ

 暑いだろうが」

強引に抱きついてくる女を力づくで引っ剥がして俺は文句を言うと、

「なによぉ、

 あたしの愛情表現が不満なのぉ?」

と俺の幼馴染の野島優子はふくれっ面をして見せる。

「あのなぁ…

 誰が”あなた”だよっ、

 俺はお前と結婚したつもりは無いぞ」

そんな優子を指差し、

さっきの発言を指摘すると、

「うふっ、

 照れちゃってぇ、

 多かれ少なかれ、

 健ちゃんとあたしは結婚する運命なのよ」

優子は全身からハートマークをいっぱい飛ばしながら、

その大きな身体を軽く捩って可愛らしさを演出して見せる。

「やめろって、

 その言い方、

 その腰つき、

 いいか、

 俺とお前は何の関係も無いのっ

 だからお前が何所の誰かと付き合っても俺は干渉しないし、

 俺も他の女性とデートしてもお前は何も言う資格は無いの」

と優子に向かって言い聞かせると、

ムッ

優子はいきなり不満そうな顔になり、

「あなたぁ、

 あたしというのがありながらぁ〜

 そんなにあの美砂とか言う女がいいのぉ?」

嫉妬心を燃やしながら尋ねてきた。

「美砂ぁ?

 なっ何のことだ?」

持っていた本で身を庇いながら俺はしらばっくれると、

「あたしが知ってないとでも思っているの?

 このぉ浮気者っ!」

優子は怒鳴りながら

俺の部屋に置かれているものを片っ端から投げ始める。

「待て、

 いいから、俺の話を聞け、

 だから、俺の話を聞けって」

まさに暴走状態の優子にしがみつくようにして、

俺は止めさせると、

ジロッ!

優子は俺を睨みつけ、

「健ちゃぁぁんっ

 あたしと健ちゃんはもぅ他人でないのよ。

 そこ、判っているでしょう?」

と俺が黒歴史として封印した忌まわしき出来事を指摘した。

「うっ」

彼女が告げたその言葉に俺は声を詰まらせると、

「高校3年の夏ぅ、

 健ちゃんがあたしからバージンを奪ったこと、

 忘れてはないでしょうねっ」

と優子は大声を張り上げながら叫んだ。

「うわっ、

 大声を上げるなっ

 周りに聞こえるだろうが」

優子が張り上げた声に俺は驚きながらそういうと

ジワッ

優子は目に涙をいっぱい溜め、

「健ちゃんのばかぁ!!!」

の一声と共に俺は張り倒すと、

部屋から飛び出していってしまった。



「はぁ、

 これで何回目だ?」

ようやく一人になれた俺は床の上にへたり込みながら、

滅茶苦茶にされてしまった部屋の様子を眺めていた。

そして、

ギュッ!

拳を握ると、

「タイムマシンがあったら…

 あの日の俺をぶん殴りたい。

 いや、簀巻きにして一日中監禁をしておきたい…

 くぅぅ…

 人生最大のミス…だ」

と俺は頭を抱えた。

そう、高校3年の夏。

当時所属していたバスケ部の夏合宿に参加していた俺は、

禁欲と猛練習に伴う欲求不満もあって、

同じく水泳部の合宿に来ていた優子をつい襲ってしまったのだ。

言っておくが俺はデブ専ではない。

あの頃の優子はもっと細く、そこそこ可愛かった。

でも、過ちは過ちだった。

幸いこのことは周囲に知られずに俺は卒業することは出来たが、

だが、優子は違っていた。

進学のため上京した俺を追って出てくると、

親の手前、部屋こそは違うところに借りていたが、

こうして俺と半同棲の生活を送るようになった。

そして、あてつけるかのようにあんなにデブに…

「はぁぁぁ…

 決めた!」

これまで揺らいでいた気持ちが次第に固まり、

ついに決心をした俺は腰を上げた。



ゴボゴボ…

シュワァァァ…

その日の夜遅く、

急遽買い揃えたビーカーやフラスコ瓶を並べたテーブルの前に俺は立つと、

あの本を片手に薬の精製をしていた。

「ふふっ

 くくくっ

 優子ぉ…

 悪く思うなよぉ、

 俺はもぅ限界なんだよぉ。

 お前の顔を見るのも、

 お前の過去につき合わされるのも…

 だから、なっ」

俺はそう呟きながら、

散々試行錯誤をして作り上げた怪しげな液体が入るビーカーを

鷲づかみにしてテーブルの上に置くと、

そのビーカーにA液と書いた別のビーカーに入った内溶液と、

B液と書いたビーカーに入った内溶液を静かに混合させる。

すると、

カッ!

一瞬の間を置いて閃光が部屋を照らした後、

ボッ!

小さな渥発音が鳴り響き、

薄く小さなキノコ雲がビーカーから立ち上っていく、

そして、液体が混合されたビーカーの中では、

キラッ☆

神秘的な輝きを放つ液体が出来上がっていたのであった。

「ふふふっ

 出来たぁ…

 出来たぞぉ

 俺って天才!」

目に隈を作りながら俺はニヤリと笑うと、

「それにしても、

 これを書いた…いや、訳した月夜野って奴はすごいなぁ

 やっぱ、帝大って所はすげー奴がゴロゴロしているんだなぁ」

と和訳の本を見ながらしきりに感心していた。

そして、そのときすでに窓の外からは朝の日差しが差し込んでいた。



「モシモシっ

 あぁ優子か」

その日の昼。

俺は優子にケータイをかけるとドライブの誘いをした。

すると、電話口の優子は俺からの電話が嬉しいらしく、

昨日のことなど忘れて即座に二つ返事をすると電話を切った。

ニヤリ…

「本当にバカな奴…」

ケータイを切った俺はほくそえむと、

早速準備に取り掛かった。

そして、

「健ちゃんっ!!

 お待たせ!」

お気に入りのワンピース姿の優子が部屋に押しかけたとき、

「遅いぞ、

 さぁ、出かけるぞ」

と怒鳴ると、

俺は借りていたレンタカーの車内に優子を押し込んだ。



「健ちゃんから誘ってくれるなんて

 どういう風の吹き回し?」

夕日を浴びながら海への道を走るクルマの中で、

助手席の優子ははしゃぎながら尋ねると、

「別にぃ…」

俺は無関心そうに返事をした。

「もぅ…

 いつもこれなんだから…

 でも、それが健ちゃんらしくて好きっ」

そんな俺の腕に優子はしがみついてくると、

無理やり頬にキスをしようとしてきた。

「おっと!」

その途端、

クイッ!

俺はハンドルを大きく動かすと、

ギャンッ

クルマを大きく蛇行し、

キャッ!

優子は小さな悲鳴を上げながら、

ドアに叩きつけられてしまった。

「おいっ、

 ジッとしてろよ。

 危ないなぁ」

そんな優子に向かって俺は注意をするが、

別に道路に危険などは無かった。

ただ、無理やりキスをしようとした

優子を振り払うためにハンドルを動かしたのだ。

そして、車を走らせること3時間。

ようやくとある海岸に到着をすると、

俺は例の薬入りのジュースを手にクルマから降り、

その後を嬉しそうに優子がついてくる。

既に陽はとっぷに暮れ、

沖へと伸びる突堤は闇に包まれようとしていた。

「あーぁ、

 もうちょっと早く来ればよかったね

 せっかくお弁当を作ってきたのにぃ」

手作りのお弁当が入ったいるのだろうか、

大事そうにバックを見せながら優子はそういうと、

「とにかく、

 折角きたんだ。

 あの灯台のところまで行くか」

と俺は突堤の先で光って居る灯台を指差した。

「うんっ」

俺の言葉に優子は素直にうなづくと、

俺の手を握り締めながら歩き始める。

「ふんっ

 気楽なものだな。

 まぁいいか、

 お前はこの道を帰っては来られないんだからな」

鼻歌を歌う優子を横目に俺はそう呟くと、

「いま、何か言った?」

と優子は聞き返してくる。

「いや、別にぃ」

その質問に俺はそっぽを向いて返事をすると、

程なくして俺達は灯台の元へと到着をした。

ザザザ…

ヒュォォォッ

沖に延びる灯台の下では海水が渦巻き、

そして、陸から吹き付けてくる風が

そこに居るものを海に突き落とすかのように吹き付けている。

「ふんっ、

 この下に落とせば…

 コイツは…」

渦巻く海面を見ながら俺は笑うが、

「あーぁ、

 これじゃぁお弁当食べられないね」

俺の企みに気付かないのか

優子は風に背を向けながら残念そうに言うと、

「仕方がないか、

 まっこれでも飲めよ」

と俺は優子にあのジュースを手渡した。

すると、

「え?

 これをくれるの?

 健ちゃんがあたしに…」

俺が手渡したジュースを感動しながら受け取ると、

「さっさと飲めっ」

と俺は言い優子に背中を向けた。

そして、

「いただきまーす」

優子はそのジュースに口をつけ、

「美味しい!」

と言いながら飲み始めた。

そして、優子を横目で見ながら、

「なぁ、優子…

 昔、人魚になりたいって言っていたよなぁ」

と以前優子がそう言っていたことを尋ねると、

「うんっ

 あたし、人魚大好き。

 だから高校のとき水泳部で泳いでいたし、

 いつか人魚なってこの海を思いっきり泳いで見たいわ」

と目を輝かせた。

「そうかそうか」

優子が言ったその言葉を聞いた俺は満足そうにうなづくと、

「じゃぁ、人魚になれたら幸せなんだな」

と聞き返した。

「そうねっ

 人魚かぁ

 なりたいなぁ

 ふふっ、

 人魚になったあたしはね…」

と言いかけたところで優子の言葉が突然止まり、

「あたしは…ってどうするんだ?」

俺は聞き返した。

だが、それ以上優子の言葉は返ってこず、

バシャッ!

優子の足元にジュースが零れ落ちると、

「くっ苦しい…

 息が

 息が…」

目をまん丸に剥き、

自分の喉を押さえながら優子はそう訴え、

そして、その場に蹲ってしまった。

「どうしたぁ?

 優子?

 何が苦しいんだい?」

ニヤニヤと笑いながら俺は苦しむ優子に尋ねると、

「けっ健ちゃん…

 苦しいよぉ、

 助けてぇ」

ヒィヒィと喉を鳴らし、

涙を浮かべながら優子は這いずり、

俺の足元に縋ってくる。

だが、その手を俺は脚払いして踏みつけると、

優子が差し出すその手の変化をじっくりと見た。

すると、

ジワジワ

ジワジワ

優子の腕の部分に花が咲くように鱗が生え始めると、

開いた指の間にも水掻きが生え、

さらに爪が伸びてくる。

「へぇ…

 すげーな」

それを見た俺は感心したようにうなづくと、

「グハッ!!」

突然優子は叫び声を上げると、

ヒューッ

ヒューッ

と何か空気が抜ける音を上げながら、

激しくのた打ち回りはじめた。

「おっ…

 脇腹にエラ穴か開いたかなぁ、

 もぅ普通に呼吸は出来ないだろぅ優子っ」

苦しむ優子に向かって俺はそういうと、

パクパク

パクパク

優子は盛んに口を動かし、

そして、着ていたワンピースを水掻きが張った手で掴むと、

下着もろとも渾身の力で引き裂いてしまった。

すると、

ヒューッ

ヒューッ

俺の睨んだとおり、

優子のわき腹には左右に3列の並んだエラ穴が開き、

それが開いたり閉じたりを繰り返していた。

さらに、両耳が鰭状に変化していくと、

頭の左右に大きな鰭を突き立て、

背中からは背びれが突き出してくると、

足も左右両足の爪先が融合を始める。

それは徐々に薄く広がる尾びれへと姿を変え、

尾びれの先から鱗が生えてくると、

追いつかれないようにして足先、脛、膝と融合が先に進んでいく。

そして大腿部の融合が始まり鱗もまた足先から覆ってくるが、

だが、大腿部の融合は最後まで進まず、

鱗も途中で止まってしまった。

そう優子は秘所がむき出しのまま

人魚への変身を止まってしまったのであった。

「あん?

 ちっ

 ジュースを途中でこぼしてしまったから、

 薬を全部飲まなかったのか」

100%完璧な人魚の姿になれなかった優子を見下ろしながら

俺はそう呟くと、

優子の露になっている局部を見下ろしながら、

「ちっ、

 こいつのお陰で俺は地獄を味わったんだよっ」

と言いながら、

思いっきり優子の局部を蹴り上げた。

『ウゴォワッ』

その途端、

優子は獣がうめく様な声をあげ、

鱗が覆う尾びれとなった足を曲げ、

水掻きが張った手で局部を庇うが、

「ったくぅ…

 人魚になってもドンくさい奴だ

 お前さえいなければ、

 俺は自由になるんだよっ」

と怒鳴りながら幾度も幾度も優子を蹴り続け、

「へっ、

 もぅこいつは人間じゃないんだ。

 人の姿をした魚の化け物なんだ。

 だから…」

そう自分に言い聞かせつつ、

さらに蹴り上げようとしたとき、

『ヒューッ

 ヒューッ

 けっ健ちゃぁぁん』

と裕子は俺の名前を呼びながら這いずりより、

俺の足元に来るとしがみついてきた。

そして、

『ヒュー

 ヒュー…』

とエラを鳴らしながら口を開け、

何かを訴えかけようとすると、

俺はそんな優子に優しく声をかけることなく足払いをし、

「寄るなっ

 化け物っ

 さっさと俺の前から消えなっ!」

と怒鳴りながら堤防の端へと蹴り飛ばしてしまうと、

ズルッ!

優子は堤防の端から姿を消した。

だが、

ガシッ

優子の長く伸びた爪が堤防に引っかかり、

その長く伸びた身体が堤防にぶら下がっていた。

「ちっ

 しぶとい奴だなぁ」

それを見た俺は舌打ちをすると、

優子の真上に立ち、

『ヒューッ

 ヒューッ』

と息を鳴らしながら俺を見上げる優子の顔を見ながら

「アバヨ、優子っ

 念願の人魚になれてよかったじゃないか。

 海の中で元気で暮らせよ」

そう別れの言葉を言いながら、

波が渦巻く海の中へ向けて、

最後の一撃を加え、蹴り落としてしまった。

バシャーン!!

優子を飲み込んだ海は大きな水柱を上げ、

そして、水柱が収まった海面の下から、

キラキラと鱗が輝く光が何回か瞬いた後、

静かに消えていった。

「ふっ、

 エラの中に水が入ればもぅ陸では生きていけないか、

 ふっ、哀れな奴。

 もっとも俺のところまで戻ってくれば

 結婚してやってもいいけどな」

優子が消えた海に向かって

俺は既に不可能になってしまったことを言うと、

防波堤を後にした。




それから1年後の夏。

ヒュゴォォォォッ…

窓の外では台風による暴風雨が唸り声を上げ、

そして、俺の上では美砂がその白いヒップを俺に見せながら、

あえぎ声を上げていた。

「いぃ…

 いぃよぉ、

 あたし、

 もう、だめ」

俺のいきり立つ肉棒を身体いっぱいに飲み込みながらも、

美砂はなおも腰を動かしていた。

「ははっ

 美砂はスケベな奴だな

 ダメだダメだと言いながらも、

 腰を動かしているじゃないか。

 もっと欲しいんだろう?

 これが!」

と俺は言うと、

美砂を俺は抱きかかえ激しく腰を打つ付け始める。

美砂はやはり最高の女だ。

スタイルは文句ないし、

俺との相性もトビ抜けている。

あんなクソ女を始末して正解だった…

つい優子の顔を思い受けべると、

「ちっ、何で思い出すんだ」

俺は脳裏に浮かんだ優子の顔をかき消した。

「…あいつはもぅいないんだ」

そう思いながら俺は射精の時を見極めていると、

バタン!!

突然、閉めてあった玄関のドアが大きく開き、

ムワッ

途端に台風特有の湿った生暖かい風が吹き込んで来た。

「やだぁ…

 閉めてきてぇ」

それに気付いた美砂が俺に甘えてくると、

「ったくっ

 しょうがないなぁ」

まさに出鼻を挫かれた形になった俺は、

美砂の頬にキスをして、

立ち上がって玄関のドアを閉めに行く。

だが、

ムッ

「うっ

 なんだ

 これは?」

開かれたドアの向こうから、

台風の風とは違う異様に生臭い臭いが吹き込んでくると、

俺は思わず鼻を覆ってしまった。

そして、

ヌッ!

なにか黒い影が玄関の下に姿を見せると、

ダンッ!

ザザザザ…

いきなり部屋に飛び込んでくるなり、

目にも留まらない速さで俺の足元を通り過ぎて行った。

「え?

 なんだ?」

出現から侵入までのあまりにものの素早さに俺は驚いていると、

「キャァァァァァ!!!!」

ほぼ同時に美砂の悲鳴が部屋に響いた。

「!!っ

 どうした!

 美砂ぁ」

その悲鳴を聞いた俺は急いで戻ると、

ヒューッ

ヒューッ

ヒューッ

部屋の明かりに鱗を輝かせ、

身体の半分以上を濡れた毛で覆い、

脇に開いたエラ穴を動かしながら、

水掻きが張った手で怯える美砂の顔を抑えつけている不気味な生き物が

俺のベッドの上に居たのであった。

「なっなんだ、

 コイツ…」

まさに化け物と言っていいその姿に、

俺は手じかにあった棒を持ち、

「美砂を放せ!」

と怒鳴ると、

『ヒューッ

 ヒューッ

 けっ健ちゃぁぁん、

 あたし…

 戻ってきたよぉ…

 戻ってきたよぉ…』

と化け物は俺に話しかけてくると、

片手で身体に掛かる毛を払いのけて見せる。

「!!!っ

 ゆっ優子…」

美砂の上に圧し掛かっているそれは化け物ではなく、

1年前、薬で人魚にした優子であった。

「優子っ

 どうやってここまで…」

蹴落としたあの防波堤から、

この部屋までクルマで3時間近く、

しかも、内陸にあるこの街まで優子がやってきたことに俺は驚くと、

ズルッ!

『ヒューッ

 健ちゃぁぁん』

優子は身体を横に滑らせ、

そして俺を見詰めながら笑みをみせると、

口に並んだ歯はサメの歯のように鋭く並び、

一噛みで人を死に追いやることは造作もなく思えた。

『ヒューッ

 ヒューッ

 ほぅらっ、

 見てぇ、

 あたしぃ、人魚よぉ…

 健ちゃんが人魚にしてくれたのよぉ、

 だから健ちゃんにあえてとっても嬉しいわ』

鋭い歯を見せながら優子は笑い、

そして、人間のときとは違ってスリムになった身体を俺に見せつける。

「うっ」

それを見た途端、

迂闊にも俺の股間が充血をはじめ、

シンボルが急速に硬くなってくると、

『ヒューッ

 嬉しいわぁ

 あたしを見て感じているのぉ?

 うふっ

 いいわよぉ、

 ほぅら、あたしのココはいつでもオッケーよ』

それを見た優子はそう言いながら、

クニッ!

鱗に覆われていない局部を俺に見せ付け、

美砂の頭を鷲づかみにしながら、

ズルッ

ズルッ

っとニジリ寄ってきた。

「くっ来るなっ優子っ

 来るんじゃねぇ!」

ジリジリとにじり寄ってくる優子に俺は棒を振りかざして威嚇すると、

「ヒューッ

 ヒューッ

 健ちゃぁぁん、

 約束したよね。

 あたしが戻ってきたら結婚してくれるって」

と優子は俺にそう告げる。

「うっ、

 アレを聞いていたのか」

あの時防波堤の上で呟いた言葉を優子が覚えていたことに俺は驚くと、

『ヒューッ

 嬉しかったのよ、

 あたしが人魚として生きていけるようになったら、

 結婚してくれるって言ってくれたんだもの、

 ヒューッ

 だから、あたし…

 一所懸命、人魚になったのよ』

と俺に言ってくる。

「そっそうか」

優子と受け答えをしながら

俺は優子に押さえつけられている美砂を助け出すチャンスを伺っていた。

そして、

「あぁ、

 優子っ

 お前は誰が見ても人魚だよ

 だから、なっ…」

と俺は答え、

優子が隙を見せる瞬間を待った。

すると、

「ヒューッ

 うっ嬉しいわぁ

 じゃぁ…

 あたしと結婚してくれるのね?

 あたし、人魚になっちゃったけど、

 でも、健ちゃんがあたしを人魚にしてくれたんだよね。

 だから、あたしは健ちゃんの好みの女になったんだよね』

と嬉しそうに優子が言ったとき、

一瞬、優子の手が美砂の身体から浮いた。

「(いまだ!)

 あぁ、

 そうだよっ

 優子っ」

それを見た俺は一気に棒を振り下ろし、

優子の腕を叩こうとしたが、

ガシッ!

ギリギリギリ!!

優子の腕がそれよりも早く動くと、

俺が振り下ろした棒を掴み上げた。

そして、尋常ではない力でその棒を持ち上げると、

『ヒューッ

 健ちゃぁあん、

 何をしようとしているの?

 健ちゃんはこの女に騙されているのよ、

 いいわっ

 この女の本性を見せてあげる』

と優子は言うなり、

ジロッ!

自分の真下で組み伏せている美砂を見定めその口を開いた。

「止めろっ

 優子っ」

てっきり美砂をかみ殺すのかと思った俺は優子に怒鳴るが、

『ヒューッ

 うふっ』

優子は不敵に笑うと、

ガブッ

何を思ったのか自分の腕に噛み付き、

腕から血を流し始めた。

そして、

『ヒューッ

 よぉく見ているのよ

 人魚の血の力を…』

と言いながら、

「やぁぁぁ!」

嫌がる美砂の口を無理やりこじ開けると、

自分の血をその中へと流し込んだ。

すると、

「ぐぎゃぁぁぁぁ!!!」

美砂の異様な悲鳴が辺りに響き渡ると、

メキッ

メキメキメキッ

軋むような音を立てながら美砂はその姿を変え始めた。

白い腕は醜く膨れた鰭へと化し、

形の良いヒップは幾重にも鱗が重なり姿を変えると、

グイッ!

鱗が覆う尾が伸び、

さらに背中には2枚の背びれが突き出し、

また、尾の先には尾びれが張り出していくと、

二本の足は鰭へと化していった。

そして、

ゴボッゴボゴボゴボ…

泡を噴きながら美砂の首からエラが張り出し、

巨大な目が両側から突き出してしまうと

美砂はまさに古代魚を髣髴させる姿になってしまった。

「みっ美砂ぁ!!」

ビタンビタン

古代魚と化し尾びれを叩き始めた美砂の姿に俺は絶叫をすると、

『ヒューッ

 この女にはこれが似合っているわ』

と優子は言い、

『ヒューッ

 さぁ、健ちゃぁんっ

 邪魔者はいなくなったわぁ、

 さぁ、あたしと一緒に海に行こう』

そう言いながら、

シャーッ!!

不気味な音を立てながら俺に迫ってくる。

そして、

「来るなっ

 来るなっ

 来るなぁぁ」

迫ってくる優子から逃れようと、

俺は雨風が荒れ狂う表に逃げだそうとするが、

『ヒューッ

 逃がさないわ』

それを見た優子は飛び上がると、

ガシッ!!

俺の後ろから飛びつき、

『ヒューッ!

 愛しているわ、

 健ちゃぁぁぁん』

と叫びながら、

鋭い歯が並ぶ口を大きく開けて俺に噛み付いてきた。



ピチャピチャ

血の臭いが部屋中に漂う中、

俺は天井を見ていた。

ざっくりと抉り取られた肩からは出血が続き、

身体を満足に動かすことは出来なくなっていた。

そして、そんな俺の身体の上では、

ネチャ

ネチャ

俺のイチモツを身体に中に銜え込んだ人の姿をした魚が

盛んに身体をゆすっていた。

だめだ出血が止まらない。

「一体、こいつは何だっけ…」

全然思い出せなくなってきた。

意識がぼんやりしてくる。

「美砂は?

 美砂は何所にいる?」

このような状況の中にも関わらず、

俺は美砂の姿を求めて目を動かすと、

ピタピタ…

俺のスグ頭元でさっきまで人の姿をしていた美砂は、

尾びれを動かしているだけだった。

「あはは…」

そんな美砂の姿を見ながら俺は乾いた笑いを上げると、

『ヒューッ

 健ちゃんの子種たっぷりといただいたわぁ

 うふっ、

 良い子が生まれるといいね』

と魚は俺に向かってそう言い、

そして、

『子供を生むためには栄養が要るのよ、

 だからね、

 健ちゃあぁん、

 好きよぉ』

クワッ!

魚は口を大きく広げて俺に迫り、

俺の意識はそこで途切れてしまった。



『美味しいわぁ

 健ちゃんっ』



おわり