風祭文庫・人魚変身の館






「招待状」


作・風祭玲

Vol.753





「はん?

 人魚の島にご招待?」

郵便受けに入っていた葉書を見ながら俺が玄関のドアを開けると、

改めてあて先を見た。

「ん?

 姉貴のか…」

姉の名前が書かれていることを確認しながら、

「姉貴ぃ

 なんか、葉書が来ているぞ、

 人魚の島ご招待ってなんだぁ?」

玄関先で声を張り上げた。

しばらくして、

「あぁっそれ当たったんだ」

の声とともに姉貴が姿を見せると、

僕が手にしていた葉書をひったり、

その文面を眺め始める。

「なに?

 それって姉ちゃんが応募したの?」

葉書を見る姉貴に向かって尋ねると、

「まぁねっ」

姉貴はそう言いながら含み笑いをするが、

急にシュンとしてしまうと、

「あちゃぁ、

 出発って今度の土曜日?

 駄目だわ」

と残念そうにしながら葉書を俺に突っ返す。

「駄目って、

 何か予定でも?」

突っ返された葉書を受け取り、

理由を尋ねると、

「ん?

 土曜日から彼とお出かけぇ」

と姉貴は嬉しそうに返事をした。



姉貴はこれで幾人目となるのか忘れてしまったが、

何所で知り合ったのか、

新しい彼氏と旅行に行くことを僕に告げると、

「まぁ、いいわ、

 薫っ、

 あんた行って来なよ、

 なんでも、この島に行くと人魚に会えるんだっさ、

 薫、人魚が好きなんだろう?

 あたしの方で参加者の変更手続きしてあげるから」

と言いながら僕の背中を叩いた。



…人魚に会える?

 本当なのか?

昔、姉に読んでもらった御伽噺のせいかどうかはわからないが、

僕は半人半魚の人魚に憧れを持つようになっていたのであった。

そして、にわかに降ってきた

この信じられない話に僕は半信半疑ながらも

自分のスケジュールにこのツアーの予定を組み入れ、

出発の日を楽しみにするのであった。

そして、その当日。

「ええーと、

 原田薫さん?

 あれ?

 男の方だったのですか?」

追って姉貴宛てに届いた航空券で僕は人魚の島へと飛んだのだが、

だが、出迎えに来ていたこのツアーの案内係の男性は

僕を見るなり驚いた顔をする。

「はぁ…

 何か行き違いがあったみたいですね」

薫…この名前のせいでよく女性に間違えられ、

ある意味慣れっ子になっていたのだが、

だが、このような場所での間違いには、

ちょっと複雑なものを感じてしまう。



ザザザー…

僕のほかこのツアーに参加する4人女性達を乗せた船が、

大海原を突っ切っていく。

「うわぁぁぁ」

真冬の日本とは違い、

ここは常夏らしく、

真夏を思わせる潮風を受けながら、

僕は船の縁から大きく身を乗り出していた。

「船は初めてですか?」

そんな僕の背後から女性の声が響くと、

「え?

 あっはいっ」

僕は振り返りながら返事をする。

すると、

「クス、

 面白い人ね」

と小さく笑いながら彼女はそういうと、

「うっ、

 可愛い…」

彼女が見せるその笑顔を見て

僕は思わず惹かれるものを感じてしまった。

そして、

「あの…」

と名前を尋ねようとしたとき、

「あっ島よ、

 島が見えてきたわ」

突然彼女は海原の一点を指差した。



ヒュゥゥゥゥ…


上陸した島は周囲10km程度の

木が一本も無い真っ平の島で、

中央部に宿泊施設なのだろうか、

結構年数が経っていそうな

コンクリート造りの建物が建っていた。

「はぁ…

 なんか凄いところにきたな…」

照りつける日差しの下。

僕は驚き半分後悔半分で建物の中へと入っていくと、

「おろ…」

「へぇ…

 なかは洒落ているじゃない」

「本当だ」

無乾燥な外観とは打って変わって、

建物の内部は小洒落たペンション風に改装されていて、

彼女達はどこか一安心した様子であった。

「えっとぉ

 まず、しおりを用意いたしていますので、

 これをお受け取りください。

 それと、一人一部屋ずつ用意してあります」

と空港から僕達を導いてきた案内係男性は

出迎えた管理人の隣に立ってそう声を上げると、

ここでの宿泊について簡単にまとめたしおりを配りながら

口頭でいろいろ注意をし始める。

そして最後に

「人魚はこの島の周辺に居ますが、

 でも、向こうも用心深く、

 会えるのは明日になると思います」

と言って締めくくった。

「なんだよ、

 すぐに会えるんじゃないのか」

男性のその言葉に僕は少しがっかりしてしまうと、

ポン!

そんな僕の肩が叩かれ、

「ドンマイドンマイ

 楽しみは後のほうがいいよ」

とあの船での彼女がそう励ましてくれた。



夕食時、

改めて参加者全員が自己紹介を行い、

ようやくこの参加者の氏名を僕は知ることが出来た。

「へぇぇ…

 なんで男の人が居るのかと思ったわ」

OLをしているという望さんは

どこかクールな感じを漂わせながら僕を見つめると、

「あっいえっ、

 僕もまさか女性オンリーのツアーだとは聞いてなかったので」

と平身低頭で頭を下げる。

「別にいいんじゃない?

 ここまで来てしまったんだから

 楽しもうよ」

そんな僕にそう言ってくれる美加さんは、

はっきり言ってギャルという言葉がぴったりで、

「…………」

そんな会話には一切かかわりたくなさそうな由美さんは、

まぁなんていうか、良くわからない人みたいだ、

そして、

「こうして会ったのも何かの縁ね。

 仲良くしていきましょう」

そういって笑顔を見せてくれるのは、

あの船の中での彼女・啓子さんであった。

その日の夜はお互いに(一人を除いて)

人魚話に花を咲かせ、

そして、めいめい割り当てられた自室へと戻っていったのだが…



翌朝、

「え?

 望さんが居ないって?」

あのクールな望さんが姿を消してしまったことに、

みなが一斉の驚きの声を上げたのであった。

「うっうん、

 彼女の荷物は部屋にあるんだけど…

 でも、何所を探しても居ないのよ」

と啓子さんは僕に訴える。

「海のほうにでも行かれたのではないのでしょうか?」

そんな僕達の様子を見て管理人はそういうと、

「とっとにかく島中を探してみよう、

 そんなに大きな島ではないだろうし」

と僕の提案で、

望さんを探して全員で島の周りを探したのだが、

一体何所に消えてしまったのか、

望さんの姿は何所にも無かった。

「えっとぉ、

 こんな時になんですが、

 船の準備が…」

戻ってきた僕達にあの案内係がすまなさそうに告げると、

「うーん、

 なんか気分になれない…あたしパス」

美香さんはそう言うなり、

部屋へと引っ込み、

思案に暮れた僕は啓子さんの顔を見ると、

「あたしも…

 ちょっと…」

と言い残して部屋に引っ込んでしまった。

結果、僕と由美さんが残る形になり、

まぁ折角きたんだからと、

船に乗ることにした。

だが、

「あれぇ?

 いつもならこの辺に居るのですが…」

僕と由美さんを乗せた船は

人魚達が居るという海域へと向かったものの

肝心の人魚の姿は何所にも無く、

結局空振りのまま島へと戻ることになってしまった。

「はぁ…

 なんかくたびれもうけ…」

啓子さんとのクルージングなら

それなりの風情もあるかもしれないが、

ずっと無口の由美さんとのクルージングでは

何の盛り上がりも無く、

人魚に会えないことも手伝って疲れはいっそう増していた。

そして、僕達が戻るのと同時に、

「あっ、

 美香さんを見なかった?」

と啓子さんが僕たちに尋ねてきたのであった。



「えぇ!

 美香さんも消えたぁ?」

二人目の失踪者が出たことを告げる啓子さんに向かって

僕は思わず怒鳴ってしまうと、

「そうなのよっ

 部屋にもどこにも居ないのよ」

と啓子さんは方耳を塞ぎながら返事をした。

「おっおじさんっ

 一体どうなっているの?」

それを聞いた僕は管理人に問いただすと、

「さっさぁ?」

管理人は困惑した顔を見せるだけだった。

「警察に電話は?」

「うん、したけど、

 でも、ここに来るのは明後日ぐらいになるって、

 なんでも向こうの島で事件があったらしく、

 こっちに派遣する人が居ないんだって」

と啓子さんは警察の情報を僕に話した。

「一体何が…」

「あたし…怖い…」

なにやら僕達の背後で得体の知れないモノが

蠢いているような気配を感じながら、

僕と啓子さん、そして、由美さんの3人は

一夜を過ごした。

ところが、

「啓子さーん!」

「啓子さーん、何所ですか?」



翌朝、

なんと、啓子さんが姿を消してしまったのであった。

「ちょっと…」

僕にそう告げて啓子さんはトイレに向かって行ったが、

だが、彼女はそれっきり戻ってこなかったのだ。

「畜生!!」

3人目の失踪者を出したことへの悔しさからか、

僕は思いっきり壁を叩くと、

「ここは誰も居ないわ…」

とあの無口の由美さんがそう言いながら僕の所に着た。

「え?」

「そうあたし達以外無人よ」

驚く僕に由美さんはそう告げると、

「はぁぁぁ…」

僕は頭を抱えながらその場に座り込んでしまった。


あの案内人も、

この建物の管理人も、

そして、ツアーに参加していた3人の女性達も消え、

いまこの島に居るのは僕と由美さんの二人っきりになってしまったのだ。

「おいおいっ

 人魚にも会えず、

 あの無口女と

 アダムとイブゴッコか?

 勘弁してくれよ」

夕日を眺めながら僕は涙を流していると、

グイッ!

いきなり僕の腕がつかまれ、

「行きましょう」

と言いながら由美さんが僕の腕を引いた。

「え?

 おっおいっ

 行くって何所に…(まっまさか)」

突拍子も無い由美さんの行動に、

僕は最悪の事態を想像しながらついていくと、

彼女は建物の下へと向かっていく、

そして、機械室と書かれたドアを開けようとしたとき、

「おっおいっ

 何所に行くのか判らないが、

 とりあえず警察が着てからにしないか?」

と提案をした。

すると、

「大丈夫よ、

 みんなのところに行くだけだから」

と彼女は答えたのであった。

「え?

 みんなのところってどういうことだ?」

由美さんがつぶやいた言葉に僕は驚きながら聞き返すと、

「行けば判るわ…」

と答え、機械室のドアを開けた。

ドアの向こうがわには螺旋階段があり、

カンカンカン

と僕と由美さんは下へと向かっていった。

そして、

なにやら弱い光に照らし出される古びれたドアの前に立つと、

由美さんはそのドアに付けられた鈍い輝きを放つ板に手を付けた。

すると、

ガコン!

ギィィィィィ…

誰も押していないのにドアはひとりでに開き始め、

あっという間に全開になってしまった。

「はぁ…」

呆気に取られる僕をよそに由美さんは中へと入っていくと、

「あっ待って…」

彼女を追いかけ僕も中に入っていった。

だが、中に入った途端、

強烈な湿気とともに、

何か生臭い臭いが鼻についた。

「うっ、

 なんだ?

 水でも溜めているのか?」

水を張った水槽か何かがあるような臭いに僕は鼻に手を当てていると、

パッ!

一気に明かりが点され、

いま居るところの全容が見て取れるようになった。

そして、それと同時に、

僕の目の前に水をたたえた巨大な水槽と、

その中で揺らめく人の姿をした魚が3匹…

そう3人の人魚が、

驚いた表情で僕を見ているのに気がついた。




「にっ人魚だ!」

はじめて見る人魚に僕は驚いていると、

シャッ!

そのうちの一匹の人魚が僕に近づいてくると、

「○○○!!」

何かを叫びながら必死になって水槽の壁を叩き始めた。

「あれ?

 この人魚…

 啓子さんに似ているような…」

翠の髪に金色の目を持つ人魚の姿に僕は恵子さんの面影を重ねていると、

「どうかしら?

 あたしの作品は?」

と言う声とともに、

僕をここに導いてきた由美さんが白衣姿で僕の前に立った。

「作品?

 それになに?

 その格好は?」

彼女の格好と言葉の意味を尋ねると、

「うふっ、

 この人魚はみなあたしの作品…

 ふふふふ…

 ウィルスを使って人間の遺伝子を書き換え人魚する。

 簡単そうで、

 結構難しかったわ…」

壁の向こう側の人魚を見ながら由美さんはそういった。

「ちょっと待てよ、

 人間を人魚にって…

 まっまさか、

 この人魚達って」

彼女が告げた言葉から僕はあることを推理すると、

「ご名答!

 この3人は姿を消した女性」

と由美さんは返事をした。

「そっそんなぁ!」

それを聞いた僕は衝撃を受けると、

「まさか、

 君は啓子さんなのか?」

水槽の中の人魚に向かって尋ねると、

コクリ…

人魚は泣きそうな顔で頷いたのであった。

「なっなんでこんなことを!!」

それを見ながら由美さんに抗議すると、

「いま地球の環境は危機に瀕しているわ。

 そして、行き場の無くなった人類が目指すところ、

 それは、海…

 うふふっ

 あたしの理論は完璧。

 ノーベル賞も夢ではないわぁ」

そう言いながら、

由美さんは夢を見る乙女のような表情になり、

そして、

チラリ

と僕を見ると、
 
「女性の人魚化はほぼ完成したわ、

 次のステップは男性の人魚化…

 しかも、美しくなくてはいけないわ、

 うふふっ、

 女性と変わらない姿で人魚になるのか、

 あなたで実験をして見ましょう」

と言いながら、

パチン!

指を鳴らした。

その途端、

ガシッ!

僕は羽交い締めにされれしまうと、

あの管理人が僕の前に立ち

「お嬢様の礎になってください」

と言いながら、

僕の顔に薬品を染み込ませた布を押し当てた。

「畜生!!

 なんで、人魚に…」

遠のいていく意識の中で僕は思いっきり叫ぶと、

そのまま意識を失ってしまったのであった。



ピクッ!

『うっ』

どれくらい意識を失っていたのであろうか、

小さな筋肉の動きをきっかけにして、

僕は意識を取り戻してゆく、

そして、

フッ!

閉じていた目を開けると、

そこには心配そうに僕を見つめる女性の姿があった。

『あっ…』

彼女を見つめながら僕は声を上げると、

『良かった…

 目を覚ましてくれて…』

と彼女は僕に話しかけてくる。

『えっえっとぉ』

記憶が混乱しているのか、

この女性が誰かのか判らずそう声を掛けてしまうと、

『あたしです…

 啓子です』

と彼女は自分の名前を告げた。

『啓子?

 啓子啓子…

 どこかで…』

その名前を手がかりに紐を手繰り寄せるようにして、

僕はこれまでのことをだんだん思い出してくると、

一人の女性の顔が浮かび上がった。

そして

『あぁ!!』

と声を上げながら起き上がろうとしたとき、

クルン!

僕の体は大きく宙返りをしてしまったのであった。

『うわぁぁぁ!!』

慌ててバランスを取ろうとするが、

足からの感覚が

無く思うように体を安定させることが出来ない。

そして、原因を探ろうと自分の下半身を見てみると、

ぷっくりと膨れた左右二つの膨らみが目に入った。

『うっこれは…

 女の人のオッパイ?』

これまでに無かった膨らみに僕は困惑をするが、

さらにその下にあったはずの足はなく、

代わりに

キラッ☆

と光を受けて輝く鱗に覆われた流線型をした肉体と、

その先で開く魚の尾びれが続いていた。

『こっこれは…

 もしかして…』

顔に絡まってくる翠の髪の毛を退けながら、

僕は自分が人魚になってしまったことを思ったとき、

「あら、もぅ目が覚めたの?

 なかなか可愛い人魚に化けたわ。

 気に入ってくれた?

 その体」

とあの由美さんが姿を見せ、

壁越しに話しかけてきた。

『きっ貴様ぁ…

 僕を元に戻せ!』

ドンドンと壁を叩きながら僕は抗議をすると、

「うふふ…

 体は女性形の人魚になってしまったけど、

 でも、男性機能はちゃんと残っているわ

 うふっ、

 これであたしの理論は完璧になったわ。

 感謝しているわ、君」

と由美さんは僕に告げ、

そして、

「しかもうれしいことに、

 あなた達の買い手もついたわ、

 それぞれのご主人に貰われていくといいわ」

というと、

壁の向こうへと去っていってしまった。

『え?

 売れた?

 何それ?』

そのとき、由美さんが言った言葉は

しばらくして現実のものとなった。

そう、人魚にされた僕達はペットとして売られてしまったのだ。



『ねぇ、これからどうなるのかしら…』

『判らないよぉ』

啓子さんと僕は”つがいの人魚”として売られ、

アラブ系のどこかの大金持ちが作った水槽の中に居る。

お願いだ…

僕達を人間に戻してくれ、

そして、帰してくれ、



おわり