風祭文庫・人魚変身の館






「身代わり」
(ミノリの場合)


作・風祭玲

Vol.724





ザザーン…

一般人立ち入り禁止区域となっている防波堤の突端。

昼間は監視の目を盗んでやってくる釣り人たちで賑わうこの突端も

夕暮れ時となると、

釣り人たちは一人消え、

また一人と姿を消していく、

そして、最後の一人が去った後、

パラッ

『へぇぇ…』

パラッ

『ふぅぅん』

パラ…

『あっちょっと、まだ読んでいるのに』

『読むの遅いよ』

ヒョイっと筋が透き通る尾びれを上へと上げ、

体を覆うかの如く伸びた髪を体に巻きつけながら、

二人の人魚が熱心に一冊の雑誌を眺めていたのであった。



昼間ここで釣りをしていた釣り人は女性だったのだろうか、

このようなところには不釣合いなファッション雑誌であったが、

でも、二人の人魚にとってはとても新鮮で、

そして、懐かしさを感じさせるものであった。

『うわぁぁ、

 この服かわいい…』

流線型をしの体の下半分を覆う鱗を

光り始めた灯台の明かりに輝かせながら一人が声を上げると、

『へぇぇ…

 これがいまの流行か…』

もぅ一人は尾びれを盛んに振りつつ、

興味心身にページを見つめる。

そして、

『はぁ〜っ

 久しぶりに渋谷に出かけてみたくなっちゃった』

と声をハモらせながら、

ゴロンと一人はうつぶせに、

もぅ一人は仰向けになって寝転がってしまった。

ヒュゥゥゥ…

陸から吹き付ける風が二人の間を吹き抜けていくと、

パラパラパラ…

っと開かれたままの雑誌のページが捲れあがっていく、

『はぁ…

 でも、この体じゃぁねぇ…

 渋谷にいくどころか、

 ここから歩いていくことすら出来ないか』

瞬き始めた空を見上げながら一人の人魚がつぶやくと、

『まぁね…

 泳ぐことは出来ても、

 歩けないものね』

ともぅ一人が尾びれをパタパタとコンクリ面を叩きながら返事をする。

そして、

『人魚の生活も捨てられないし…』

『そうよね』

『はぁ…

 一日でいいから、人間に戻れたら…』

と二人がつぶやいた時、

『!!!』

何か思い当たることがあったのか、

二人の目が大きく見開いた。



『あっ、

 ミノリ…

 悪いけどあたし先に戻るね』

『え?』

突然、あたしの横で仰向けに転がっていたシノブが声を上げると、

そのまま身を翻して、

サブンと海の中へと飛び込んでいってしまった。

『シノブ!!

 もぅ、なにか心当たりがあったのね、

 まったく、行動が早いんだから…

 って、あたしもこんなことを言っている場合じゃないか、

 確か、ルミがこの間、

 人間になって陸で遊んできたって言っていたわよね』

人魚仲間のルミが先日、人間になって遊んできたことを

誇らしげに話していたことを思い出すと、

シャッ!

あたしもその身を翻し、

海へと飛び込んでいった。



『え?

 人間になる方法?』

捕まえたイカをかじりながらルミは驚いた顔をすると、

『そうよ、

 あんたこの間、陸に上がって男と遊んできた。

 って言ったでしょう?

 ねぇ、人間に化ける方法を教えてよ』

そんなルミにあたしは迫ると、

『ちょちょっと、

 ミノリぃ〜っ

 あんた、確か人間がイヤで

 マーシン様に人魚にしてもらったんでしょう?

 そんなあんたがなんで人間になりたいの?

 まさか、陸が恋しくなったの?』

生まれたときからの純粋な人魚であるルミは

驚いた表情で問いただしてくると、

『いや、そういう訳じゃないんだけどさ、

 たまには違う環境もいいかなってね。

 それに、人間に化けて遊んでくる人魚って多いじゃない。

 元人間のあたしが人間に化けても問題は無いと思うけど…』

これまでの経緯上、

やや後ろめたさを感じながら、

あたしはそう言い訳をすると、

『まぁ、それはそうだけどさ…

 でも、陸に行った後、

 海に戻りたくない。

 なぁんてこと言わないでよ。

 一度人魚になってしまった以上、

 どんなに化けても

 もぅ人間じゃないんだからさ』

怪訝そうな表情をしながらルミはそう忠告をしてくると、

『それは判っているわよ、

 あたしもこの人魚の姿が一番自分にあっていると思うし、

 それにせっかくすべてのしがらみを捨てて人魚になったのだから

 絶対にこの海からは出ては行かないわ』

とあたしは断言をした。

『まっそうまで言うのなら、

 大丈夫とは思うけど…』

それを聞いたルミはため息を一つつき、

『人魚が人間になるのは二つの条件がそろう事が必要なのよ』

と話し始めた。

『二つの条件?』

『そう、一つは、

 人魚の力はお月様と関係を持っているので、

 お月様の霊力がもっとも強くなる満月のときじゃないと駄目』

『満月…って、

 今夜じゃない!』

それを聞いたあたしは思わず飛び上がってしまうと、

『落ち着いて、

 満月って言っても夜だけじゃないわ、

 それをはさんで若干の時間はある。

 でも、明日のお昼を過ぎては駄目だから早いほうがいいわね、

 それと、マーシン様の手で人魚にされたときのこと、

 覚えている?』

と尋ねてきた。

『えぇ、

 それはもぅ』

あたしにとって人魚になったときの痛みや苦しみは

一度たりとも忘れたことは無く、

大きくうなづきながら返事をした。

『次の条件のヒントはそこにあるわ、

 あなたみたいに人間が人魚にされるとき、

 それは”人魚の魂”を植えつけられたから…

 つまり、身代わりとなる人間を見つけ、

 いまあなたに植え付けられている”人魚の魂”を

 その人間に仮置きすればいいのよ』

とルミはあたしに身代わりを探すことを告げた。

『”人魚の魂”ってそんな簡単に動かせるものなの?

 それにどうやって…

 あたし…やり方知らないよ』

それを聞いたあたしはルミに方法を聞き返すと、

『産卵管を使うのよ』

そう指摘しながらルミは下腹部から、

ニュッ!

っと半透明の管を引き伸ばした。

人魚なら誰もが持っている卵を産むための管、

産卵管である。

『あたし達のこの産卵管を使って

 ”人魚の魂”を身代わりの人間の体内に移せば

 人間になることが出来るわ。

 ただし・・・」

と彼女が何か忠告をしようとしたところで、

あたしはその場を後にしていた。

なぜなら、ルミの話はやたらと長く、

話を聞いているだけで今宵の満月は沈んでしまうと思ったから。



ジャポッ

『ふ〜ん、

 身代わりになる人間を探せばいいのね』

西の空に沈みかけた満月を横目に

海面に浮かび上がると、

そのまま岸へと近づき、

身代わりとなる人間の姿を求め始めた。

だが、

ヒュゥゥゥゥ…

寒風が吹きすさぶ岸には人間の姿は無く、

海の中からいくら探してみても

容易には見つけることが出来なかった。

『ちっ、

 夏場ならカップルの一つや二つ居るんだけどなぁ、

 真冬じゃ無理か』

無人の岸辺を見てあたしは舌打ちをすると、

スィー

っと岸辺に近づき、

そして、海から突き出している手ごろな岩によじ登ると、

『あっあああ…』

と発声練習をし始めた。



人魚の歌声…

この歌声に魅せられた者を居のままに操る呪(しゅ)…

『うーん、

 ちょっと反則のような気もするけど仕方が無い。

 あたしの歌で人間を呼びつけましょう』

とあたしは呟くと、

♪〜

早く身代わりが見付かるように、

なるべく遠くへ遠くへ伝わるように、

澄んだ声を張り上げて歌い始めた。



♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

満月の霊力を借り、

あたしの歌声は呪となって潮騒の音に乗っていく。

そして…

サクッ

サクッ

ついにその声に導かれてきたのか

一人の人影が姿を見せた。

『やったぁ!』

人影を見た瞬間、

あたしは嬉しさから飛び上がりそうになるが、

でも、ここからが肝心。

この段階ではまだあたしの呪は仮止めのようなもの

ここで、うっかり飛びついてしまったりすると、

呪は瞬く間に解けてしまい、

最悪逃げられてしまう。

ウズウズする胸を押さえながらあたしは歌い続け、

そして、呪を完璧なものへと仕上げていった。



『・・・・・・

 もぅいいかな?』

水平線が茜色に染まるのを見ながら、

あたしはゆっくりと歌を締めると、

人影はじっと立ったまま動こうとしなかった。

『よしっ、

 大丈夫ね』

チラリと人影を見て相手が逃げ出さないことを確認すると、

あたしはゆっくりと振り向き、

捕まえ獲物…もとい、身代わりを見た。

だが

『え゛?

 男ぉ?』

てっきり女性を捕まえたと思っていたのだが、

汗臭そうな武道着姿の高校生と思える少年の姿に、

あたしは思わず呆気に取られてしまった。

『…しまった…

 早朝稽古かなにかで来て居たのか…』

イガグリ坊主の少年の姿にあたしは思わず頭を抱えてしまった。

だが、そうしているうちにも

月は水平線に近づき、

また空も明るくなってきた。

『時間が無いか…』

移り変わってゆく周りの景色に

あたしは焦りと諦めを感じながら少年を見ると、

『仕方が無い!』

鱗が覆う体を叩いた後、

『…こっちにおいで…』

と手招きをした。

すると、

コクリ…

少年は静かにうなづくと、

サブン!

腰から下を水にぬらし、

あたしの方へとやってくる。

『…そう、

 …いい子』

そばに来た少年をあたしはほめると、

『さぁ、

 その着ているモノをすべて脱いで』

と指示をした。



あたしの呪に心を奪われている少年は逆らうことも無く、

黙って着ていた武道着を脱ぎ、

その裸体をさらした。

『へぇ…

 顔は子供だけど、

 結構逞しいじゃない』

彫り物を思わせる少年の裸体を見て、

あたしは関心をすると、

『さてと』

徐に自分の下腹部に手を当て、

グッ

と力を入れた。

すると、

プッ!

小さな音を上げて、

ニュクッ!

あたしの下腹部から半透明色の管が顔を出し、

ニュニュニュッ!

っと伸びていった。

そして、

『ふふっ』

シュッシュッ

下腹部から伸びる管、

卵を産むための産卵管を扱きながら、

あたしは少年を見ると、

『さぁ、こっちにいらっしゃいっ』

と手招きをした。

チャポン…

すっかり呪の虜にされている少年は

躊躇いも無くあたしに近づいてくると、

『うふっ、

 可愛い子』

あたしは少年を抱きしめた。

彼が身に付けている武道着から立ち上ってくる汗の臭いと

思春期真っ只中の男の臭いを目いっぱい嗅ぎ、

トクン

トクン

あたしの胸は大きく高鳴っていく。

『(うーん、

  あたしのときはアソコに人魚の魂を注がれたけど、

  男の子の場合は…

  やっぱり、ここしかないよね)』

少年を抱きしめながら

あたしは自分が人魚にされたときの手順を思い出し、  

そして、少年を見ると、

キュッ!

彼のお尻に手を這わせる。

「うっ」

その瞬間、

イガグリ坊主頭の少年は小さく声を漏らし、

眉を寄せてしまうと、

『(うふっ

  可愛い…)

 大丈夫よ、

 お姉さんが優しくしてあげるから…』

そんな彼の姿が可愛らしく思え、

あたしの胸の中に目の前の少年が可愛らしい乳房を膨らまし、

流線型の魚の尾びれをもつ人魚へなっていく姿を想像をしてしまった。

その途端、

ムクッ!

あたしの下半身から起立する産卵管に力が入り、

太さと硬さを増してしまった。

『あら、やだ…』

まるで男性の性器のごとく聳え立ってしまった

産卵管の姿にあたしは頬を赤らめると、

シュッシュッ

シュッシュッ

少年がその管をしごき始めた。

無論、彼の行為はあたしがそう念じたものだけど、

でも、

『うふっ、

 そうなの?

 そんなに欲しいの?』

懸命に管を扱く彼の姿にあたしは微笑むと、

『さぁ…

 君のお望みどおりにしてあ・げ・る。

 お尻を出しなさい』

と優しく頭をなでながら話しかけた。

すると、

コクリ

少年はずぶ濡れの武道着を脱ぎ捨てて全裸になると、

岩の上に座るあたしに正面から抱きつき、

自分の菊門にあたしの産卵管を押し当てた。

『さぁ、

 怖がらないで…』

そんな彼を凝視しながらあたしは小さく震える彼の肩を下げると、

ズブッ

ズブズブズブ!!

あたしの産卵管が少年の体内へともぐりこみ始める。

ギュゥゥゥゥ!!!

「うっ、

 あはっ」

『あんっ

 締まるぅぅぅぅぅ』

異物の進入に抵抗しようとしている激痛なのか、

その顔を歪めてしまう少年に対して、

あたしは挿入した産卵管を締め上げてくる力に

快感を感じていたのであった。

そして、

ヌプッ!

少年があたしの産卵管をすべて飲み込んでしまうと、

『さぁ、

 動きなさい』

あたしはそう囁くや否や、

ズズッ

ズズッ

あたしを跨ぐ形で産卵管を挿入した少年は、

その腰を上下に動かし始めた。

「うっ

 あっ

 うっ

 あっ」

『あぁっ、

 あぁっ

 締まるぅ』

人魚のあたしと人間の少年、

一本の産卵管を通して一つになったあたし達は、

抱きしめあい、

そして、タイミングを合わせるかのように

あえぎ声をあげ続けた。

『あはっ

 いいよっ

 いいよっ

 あんっ

 体の中から何かが

 何かが出てくる』

胸の奥から降りてきた小さな塊が、

次第に成長をしながら産卵管へと動いていく様子を感じながら、

あたしはそう訴えたとき、

「うっ

 痛い…」

少年の目がギュッ!と

きつく閉じられ、

苦しそうにそう呟いた後、

あたしを見た。

『あっ!』

まさに真顔と言っていい彼の表情を見たあたしは

とっさに彼に掛けていた呪が解けてしまったことを悟るが、

だが、

少年のお尻に差し込んでいる産卵管の根元には

大きく成長したあの塊が今にも飛び出そうとしていたのであった。

「なに?

 え?

 おっお姉さん誰?

 うっ

 痛い、

 お尻が痛い。

 なにこれ?

 お尻に何かが刺さっている。

 いやだ、

 誰か、

 誰か助けてぇ』

呪が解けてしまった少年はあたしを見て悲鳴を上げるが、

『ちっ

 静かにしな』

あと一歩で野望が成就しかかっていたあたしは、

悲鳴を上げる少年に優しい言葉を掛けることなく、

きつい調子でそう命じてしまった。

だが、あたしが言った言葉は

少年をさらに怯えさせ、

そして、

「うわぁぁぁぁ!!

 痛い

 痛い

 離せ、

 僕を離せぇぇ」

と泣き叫びながら抵抗を始めてしまった。

『ちっうるさいっ

 こうなったら』

周囲に少年の声が響くことが気になったあたしは、

少年を抱きしめたまま海に飛び込み、

そのまま潜りはじめた。

『がぼがぼがぼ』

人魚のあたしと違い、

水中では呼吸が出来ない少年は口から泡を吹き上げ苦み始めると、

『急がなきゃ』

ズンッ!

あたしは少年の奥深くに産卵管を差し込みなおし、

そして、体を大きく震わせながら

『うっ』

ニュルン!

少年の体内に塊…

そう”人魚の魂”を注ぎ込んだのであった。



その途端、

ミシッ!

メリッ!

あたしと少年の双方に変化が始まった。

呼吸が出来ず苦しむ少年の頭から、

翠色の髪が噴出すと、

ムリッ!

筋肉質の胸に膨らみが現れる。

そして、男性器が見る見る体の中へと引き込まれていくと、

腰から下に朱色の墨を垂らすかのように

赤い斑点が現れ、

やがてそれは鱗へと代わっていく。

鱗は少年の下半身を見る間に覆い尽くすと、

腰から下を流線型へと形を変えさせ、

2本の脚は姿を消し、

代わりに魚の尾びれを大きくはためかせはじめた。

一方、あたしは、

胸の膨らみが消えてしまうと、

代わりに逞しい胸板が盛り上がり、

お腹の周りが6つに分かれていくと、

体にまとわりついていた髪が姿を消す、

そして、下半身を覆っていた鱗が

花吹雪のように剥がれ落ちてしまうと、

流線型をしていた尾びれは消え、

二本の逞しい脚が伸び、

さらに、脚と脚の間から、

産卵管とは明らかに違う、

男のシンボルが飛び出してしまった。



ガボガボガボ!!

急に呼吸が出来なくなり、

あたしは慌てて水面へと上っていくと、

ぶはぁ!

ハァハァ

這いずるようにして岸へと上がっていた。

だが、

「うそっ

 なっなにこれぇ!!!」

海面に映るイガグリ坊主のあたしの顔と、

胸から下…

まさに男になってしまっている自分に体に

あたしは呆然としてしまっていると、

『あちゃぁ…』

と海から女性の声が響き渡った。

「へ?」

その声にあたしは海をみると、

一人の人魚を抱きかかえながらルミが波間から顔を出していて、

『あなた…

 ミノリでしょう?』

と話しかけてきた。

「うっうん、

 そうだけど、

 るっルミっ

 これって一体?」

あたしは人間の男性となってしまった自分の体を指差して尋ねると、

スィー…

ルミはあたしの方へと近づき、

『あのね、ミノリ…

 この術はお互いの体を入れ替える様なものだから、

 変身後は相手の性別になってしまうのよ。

 全く最後まであたしの話を聞かないから…』

と呆れながら告げた。

「うっそぉ!」

それを聞いたあたしは思わず飛び上がってしまうと、

『それと、ミノリ…

 マーシン様にちゃんと許可を取ったの?

 もし、許可を得なかったら、

 いま掛けたその術は解けないからね』

お驚くべき事を付け加えたのであった。

「えぇ!!

 人魚に戻れない?

 それって…」

『あたし、知らないからね、

 こっちの子はこのままにはしておけないから、

 つれて帰るけど、

 ミノリ…

 元気でね』

ルミはそういうなり、

あたしから授かった人魚の魂のよって人魚へ変身してしまった、

あの少年を連れて海の中へと消えたのであった。

「そんな…

 あたし…

 男…

 そんな…」

ルミが消えた後、

岸辺には裸の少年が一人取り残されており、

その彼の足元には波間を漂っていた武道着が

静かに寄せられていたのであった。



おわり