風祭文庫・人魚変身の館






「人魚の繭」


作・風祭玲

Vol.684





チャポン!

チャポン!

僕の手には一つの繭が握られている。

天使から貰った不思議な繭。

チャポン!

何気なく繭を握った手を振ってみると

繭の中から涼しげな水の音が響いてくる。

なんて言う繭なのか、

この繭から何が孵るのか僕は知らない。

ただ、天使は、

『その繭を大切にしていたら、

 明日の朝、人魚に逢えるわ…』

と告げた。

「人魚に会える?」

最初天使が言った言葉の意味が理解できなかった。

でも、

『大丈夫、

 君なら人魚に逢えるわよ…
 
 そして…』

僕の頬を撫でながら天使は微笑むと

スッ

指で僕の目の前の壁を指さし、

そして消えていった。



「人魚…」

天使が消えた後、

僕はそう呟きながら目の前に掛かる一枚の絵を見る。

そこには砂浜で身を横たえ僕を見つめている人魚の姿があった。

「本当にこのような人魚に会えるのか?」

半信半疑ながら僕は見ていると、

ピピピピッ

カタカタカタ

『お薬の時間です

 タカシさま』

と言う声と共に銀色のステンレスボディを輝かせて、

介護ロボ・ユウコが僕の前に姿を見せた。

「ん?

 もぅそんな時間?」

ユウコに向かって僕は返事をすると、

『どうぞ』

と言いながら、

僕の前のテーブルに錠剤と水が入ったコップを乗せる。

毎日毎日数時間おきに繰り返される作業…

この繰り返しに僕はウンザリしていた。

「なぁ、ユウコ…

 僕の病気は治って来ているのか?」

錠剤を手に僕はユウコに尋ねると、

『お医者様の言いつけ通りに

 その薬を飲まれていれば必ず良くなります』

とユウコは僕に告げた。

「はぁ…そう…」

何度も聞かされた返答に

僕は小さな希望を持ったことを後悔しながら薬を飲んだ。

「一体いつになったらこの部屋から出られるんだろう…」

薬を飲んだ後、

僕はベッドに横たわると、

いまいるこの無機質な部屋を見回す。

もぅ何年も前から僕はこの部屋に押し込まれていた。

理由はやたら長い名前の病名…

だけど、この病気にかかる前、

僕はオリンピックの水泳選手を夢見てスイミングスクールに通っていたのであった。

でも、いまは水に触るコトと言ったら、

こうして薬を飲むときと、

ユウコに手ほどきを受けながらの入浴の良きぐらい。

はっきり言って、夢など全く持てない状況のまっただ中にいる。



「はぁ…」

大きくため息をつきながら天井を見ていると、

チャポン…

僕の耳元で水の音が鳴った。

「あっ」

その音に僕が気がつくと、

コロン…

あの繭が僕の頭元に転がり寄ってくる。

「これをくれたあの天使…

 とっても綺麗だったなぁ…

 銀色の髪に白いドレス…

 そして、碧く澄んだ目。

 天使と言うよりビーナスって感じだったなぁ…」

繭を手に取り僕は天使のコトを思い出す。

名前は良く聞き取れなかったけど、

シロヘビ…なんとかとか言っていた。

『…そして、

 人魚に出会えば、

 君はこの部屋から出られるわ』

天使が最後に告げたその言葉を思い出していると、

チャポン!

再び繭から水の音が響いた。

その音に惹かれるように僕は繭を耳元に近づけ、

チャポン

チャポン

盛んに響く水の音を聞きながら、

碧い光が差し込む海の中で人魚達と戯れる自分の姿を想像をする。

「はぁ…」

その音を聞きながら僕はため息をつくと、

ふと、

「人魚になれたらいいなぁ…」

と呟いた。

「この脚が魚の尾びれになって…

 そして、海の中で暮らせたら…」

繭から響く音を聞きながらそう思っていると、

ムクッ!

右手の中の繭が蠢いた。

「え?」

動きだした繭に僕は驚きながら、

慌てて放り出そうとするが、

だが、

ピタッ!

なんと繭は僕の手に張り付いてしまい、

幾ら手を振っても取れることはなかった。

「なっなんだ、これ、

 気味悪い…」

取れない繭に僕は悲鳴を上げ、

思いっきり引っ張るが、

メリメリ

メリメリ

繭は次第に大きさを増し、

僕の右手を食べるようにその中へと取り込み始めた。

「うわぁぁぁ!!!」

ミシッ

メリッ

瞬く間に右手を飲み込み、

そして、さらに大きさを増してくる繭の姿に僕はパニックに陥るが、

だが、僕の悲鳴にユウコは駆けつけてくることはなかった。

ロックのせいであのドアの向こう側で止まっているはずだからだ、

「ヒィヒィ」

涙を流しながら僕はドアに身体を寄せると、

そのロックを外そうとするが、

だが、

メリメリメリ

それよりも早く繭は僕を飲み込み

「たっ助けてくれ…」

僕はそう叫びながら繭の中へと取り込まれてしまったのであった。



チャポン

チャポン

あれからどれくらいの時間が過ぎたのであろうか、

『うっ』

繭の中で僕は気がつくと、

見えない闇の中で手を動かした。

チャポン…

動かした手に水を切る感覚が走る。

どうやら水の中に居るようだけど、

でも、息苦しくない…

チャポン…

『ここは…

 繭の中か…』

そう思いながら僕は繭を満たす水に身体を浮かべる。

サワッ

頭から伸びた髪が身体を包み、

身体の至る所でその髪が撫でる感覚が走る。

『髪が伸びているのか…

 それにしても…
 
 随分と伸びたな…』

それを感じながら僕はそう思うと、

腕を動かし、繭の壁を探した。

すると、

ザザザッ

伸ばした手の爪の先で繊維状のモノが引っかかる感触がした。

『うっ』

その引っかかりを見つけた僕は夢中になってそこを引っ掻く、

ザザ…

ザザッ

ガサッ…

ガリガリ…

爪も伸びているのだろうか、

程なくして繭がほつれ始めると

そこを突破口に僕は引っ掻き続けた。

そして、

ビシッ!

繭から何かが引き裂ける音が響くと、

ザザザザ…

僕を覆っていた水が動き始める。

「切れた…」

その感覚に僕は繭が避け始めたことを感じ取ると、

身体の位置を変え、

裂け目の正面に顔を向けると、

バリバリバリ

思いっきり裂け目を引き裂いた。

それと同時に、

パァァァ!!!

眩しい光が僕を包み、

「うわっ」

その光に僕は立ち眩んでしまうと、

ドサッ!

床の上へと転げ落ちた。

ピチャピチャ…

「うーっ」

床の上は繭から噴きだしたであろう水でビチャビチャになり、

僕はその上でのたうち回る。

「くぅぅ…

 一体何なんだよ…」

真横にそびえる巨大な繭を見上げながら僕は文句を言い、

そして、立ち上がろうと脚に力を入れたが、

「あれ?」

元々病気で弱ってた脚だったが、

でも、さらに力が入らない。

「え?

 ん?」

力が入らないと言うより、

脚そのものの感覚が無いことに僕は不思議に思いながら下を見ると、

「うそっ」

そう、僕の腰から下は朱色の鱗に覆われ、

その先には2本の足は無く、

代わりに一本の平べったい肉の棒が伸びていたのであった。

「こっこれって?」

その肉の棒の先で扇状に開いている魚の尾びれらしきものを見ながら

僕は唖然とするが、

それと同時に

プルン!

と僕の胸が揺れた。

「へ?

 こっこれって…
 
 オッパイ?
 
 え?
 
 え?」

膨らんだ胸、

くびれたウェスト、

そして、鱗に覆われた魚の尾びれ…

ビタビタビタ!!

僕は水で濡れた床を這い、

壁に下がっている鏡に自分の姿を映した。

「……人魚だ…」

鏡に映し出されている自分の姿を見た僕の口からその言葉が漏れる。

そう、間違いなく僕は人魚に変身していたのであった。

「人魚…

 僕が?
 
 なんで…
 
 どうして」

ツンと上向きに向いている乳首をいじり、

そして、腰下を覆う鱗の感触を確かめながら僕はそう呟くが、

でも、いくら身体を弄っていても元の人間の、

元の男の子の姿には戻ることはなかった。

「どっどうしよう…

 どうやったら人間に戻れるんだ。

 いつまで人魚のままでいれば良いんだ?」

時間が迫るが未だに解けない問題の解答を考えるように僕は焦るが。

だが、人魚となった僕の身体はそのままだった。

「うっ

 くっ
 
 はぁはぁ
 
 はぁはぁ」

時間が経ち、身体が乾き始めると、

次第に息苦しくなってきた。

「はぁはぁ

 はぁはぁ」

いくら深呼吸をしても楽になるどころか、

さらに苦しくなってくる事に僕は一瞬、死の恐怖を感じた。

「いやだ、

 人魚のままで死ぬだなんて…
 
 どこか、水のあるところ…

 そうだ…」

胸を押さえながらある場所を思い出すと

「ユウコっ

 僕を…

 僕を風呂場に連れて行け」

と声を張り上げた。

すると、

『カシコマリマシタ』

部屋への隅で待機していたユウコはそう返事をするなり、

グッ

僕を抱きかかえた。

『タケシサマ、

 カラダノスンポウガ

 チガッテオリマスガ』

尾びれを垂らす僕の身体を抱きかかえながら

ユウコはそう指摘すると、

「そんなことはどうでもいい、

 早く風呂場へ、
 
 シャワー浴びせてくれ、
 
 じゃないと、
 
 僕は死んでしまいそうなんだ」

と僕は怒鳴る。

コトコト

ユウコに抱きかかえられ僕は風呂場に向かうと、

ビタビタビタ!!

這いずりながらシャワーに飛びつき、

そして、一気に身体に水を掛けた。

シャァァ…

「はっはっはっ

 はぁ…
 
 あぁ…生き返る」

ノズルから吹き出た水は僕の身体をまんべんなく濡らし、

そして、その中で僕は一息をつく。

「はぁ…

 あのまま身体が乾くと、

 死んでしまうのかな…
 
 ってことは、僕は人魚として生きていくしかないのかな…」

シャワー越しに佇むユウコを見ながら僕はふとそう思う。

もはや、水なしには生きることが出来ない姿になってしまったことを思うと、

僕の目から涙がこぼれ落ち始めた。

「うっうぅ…

 どうしよう…
 
 僕…人魚になっちゃった…

 あの女の人…
 
 僕が人魚にしようとしてあの繭を渡したのかな」

僕にあの繭を渡した銀色の髪をした女性を思い出しながら僕は泣き出す。

そして、泣きながら、

ピチッ

ピチッ

っと尾びれを左右に揺らしていると、

「うっ

 んくっ」

風呂場のタイルと擦れる感触が次第に快感に感じられるようになってきた。

「んくっ

 あんっ
 
 なんか、凄く気持ちいい…」

シャワーを浴びながら腹ばいになった僕は、

その体勢で尾びれをさらにこすりつける。

ピチッピチッ

ピチッピチッ

擦る度に身体を駆け回る快感をさらに強めようと、

僕は体重を掛けたとき、

ムリッ!

腰の下辺りから何かが飛び出した。

「はぁはぁ

 はぁはぁ
 
 なに?」

クニッ!

飛び出したそれに気づいた僕は飛び出したそれを確かめようとして、

尾びれを捻った途端、

ビュッ!

白くて細い筒状のモノが飛び出した。

「あうっ」

飛び出したのと同時に僕の身体の中に衝動が走ると、

僕は身体を反らしてしまい、

思わず、それを手で握りしめる。

「うっ

 はっ
 
 くぅぅぅぅ」

クニュクニュ

クニュクニュ

それを握りしめた僕は無意識に扱き始めると、

「あっはっ

 いっ
 
 くっ
 
 あんっ」

激しく扱きながら

ビタン

ビタン

と尾びれを風呂場の壁に打ち付けた。

「あはっ

 いいっ
 
 いいよぉ」
 
髪を振り乱し、

乳房をもみながら

僕は尾びれから伸びるそれを扱き、

身体の奥から込み上がってくる衝動を思いっきり解き放った。

すると、

ブリュブリュブリュ…

尾びれから伸びるその先より、

粘液と共に赤紫色をした物体が吹き上がり、

僕の身体の回りを流れ始めた。

「あぁ、

 なっなにかな…これって…」

糸を引きながら水に流されていく物体を見ていると、

『ソレハタマゴデス

 タケシ…

 イエ、ニンギョヒメ…』

とユウコが返事をした。

「え?」

予想外のユウコの言葉に僕は驚くと、

『うふふ…』

ユウコの口からユウコとは違う女性の声が漏れてくる。

「だれだ」

その声に僕は声を上げると、

『あたしよあたし、

 昨日、君に人魚の繭をあげた天使よ』

とユウコは僕に話しかけた。

「あっ

 あの時の…

 どっ何処にいるんだ」

胸と尾びれから伸びるアレを隠しながら僕は声を上げると、

『ふふっ』

再び天使の声が響き、

『君…

 人魚になりたいって願っていたよね、
 
 だから人魚にしてあげたのよ

 さぁ、

 こんな狭いところにいても君の為にはならないわ、

 こっちにいらっしゃい』

天使の声はそう話しかけると、

ピピッ

ユウコは僕に迫り、

そして、僕を再び抱きかかえると、

カタン

カタン

玄関へと向かっていった。

「やっやめろ

 何処に行くんだ。
 
 それよりも僕を人間に戻せ」

ユウコの中で暴れながら僕はそう言うものの、

『残念。

 あの繭から孵った者は元の姿には戻れないのよ、

 君は一生人魚のまま…』

天使はそう僕に話しかけ、

そして、玄関から表に出たユウコは海へと向かって行く。

「まさか、

 僕に海で暮らせと…」

海に向かい始めたユウコの中で僕はそう呟くと、

『ピンポーン!』

と天使の声。

「そんな…」

『あら、イヤなの?

 でも、元へは戻れないわ、

 君は人魚姫…

 うふふっ

 このまま、海の中でお魚たちと一緒に暮らすのよ、
 
 とても、すばらしいじゃない』

「なにが、

 何で、僕が…」

『ここまで来た以上、

 諦めなさいって。

 うふっ
 
 海の中の生活も捨てたモノじゃないわよ』

「止めろ!

 離せ」

天使の声に僕は抵抗をするモノの、

ザブンッ

ザブザブ

僕を抱きかかえたユウコは海の中に入ると、

そのまま沖へと向かっていく、

バシャッ

バシャッ

潮水が僕の身体を洗い始め、

それと共にユラユラと僕の身体から伸びる尾びれが揺らめきだした。

『そのうちオスの人魚も連れてくるわ、

 それまで卵を産んでも産みっぱなしになるけど、

 ガマンしてね…

 じゃぁね、人魚姫さん』

ユウコの身体が水の中に没しようとしたとき、

天使は僕にそう告げる。

すると、

ガシャ!

ユウコの脚が海底の石に引っかかったのか、

突然倒れるてしまうと、

ヒラリ!

ユウコから解放された僕は海の中へと躍り出てしまった。

そして、

『さぁ、ここが君が暮らす新しい世界よ…』

海の水に抱かれる僕の耳に天使のその声がいつまでも響いていた。



おわり