風祭文庫・人魚変身の館






「岬の変身」
…岬の場合(後編)…


作・風祭玲

Vol.744





真琴の手によって人魚病のウィルスが注射されてから、

ひと月が去ろうとしたある日。

岬は自分のお尻の上辺りから尾が飛び出てきたことに気づいた。

「これって、

 人魚のしっぽ?」

自分の腰から小さく突き出ている肉の突起を撫でながら岬は困惑していると、

「なに?

 尻尾が出たですってぇ?」

ハルカから話を聞いた真琴が部屋に飛び込んできた。

「きゃっ!

 入るときはノックをしてくださいよ」

いきなり入ってきた真琴に岬はそう注意をするが、

「なぁに、言っているのよっ

 へぇ…

 確かに尻尾が出てきたねぇ」

真琴は注意には気に留めず、

岬の腰から突き出ている突起を丹念に調べ始め、

そして、

「うん、

 今のところ、

 伸び始めた骨に皮膚組織が乗っかっているだけで、

 筋肉組織が無いから、

 自在に動かすことは出来ないみたいね。

 でも、色々これからが本番。

 岬君っ

 悪いけど、日々変化していく貴方の細胞の採取量を増やさせて貰うからね。

 これも人類の為よ」

と真面目な表情で岬に告げた。

「はぁ…」

ある意味、実験動物であることを改めて岬は再認識すると、

人魚へと変化していく自分の姿を岬自身も記録しはじめていた。



腰から突き出した岬の尻尾は日に日に伸びていき、

その速度は岬も、また真琴も驚くスピードであった。

そして、長さを増していくのと同時に、

尻尾内に筋肉組織が成長を始め、

程なくして、

ピクッ

ピクッ

っと少しながらも尻尾を動かせるようになって行く。

こうして、徐々に尻尾を動かせられるようになると、

尻尾の筋肉がさらに発達をし、

発達する筋肉によって尻尾の重さはさらに増すと、

岬の姿勢も徐々に前屈みへとなり、

その結果、

「うーっ

 歩きにくいよぉ…」

岬は自分の腕の長さに迫る尻尾をピンッと延ばして、

前屈みになりながら廊下の壁づたいにトイレへと向かっていくが、

その姿はユサユサ揺れバストと相まって、

何処かユーモラスな姿を見せていた。

そして、尻尾の長さが自分の腕の長さを超え、

脚の長さに迫ったとき、

ついに岬の骨盤が変形をし始めると、

岬の股間を尻尾の筋肉組織が覆い、

その先端は腹筋へと繋がってしまった。

こうして骨格と筋肉組織の変化によって、

岬の立ち姿勢はさらに変わり、

まるで白亜紀の恐竜を思わせるような姿へと変わる。

そしてそれらの変化は岬の肛門と性器を股間という奥の位置から

身体の前面へと移動させ、

さらに、下着を着けることすらも出来なくなると、

岬は裸体の身体にガウンを羽織るだけに留めるようになっていった。

「ふーん…

 骨盤がすっかり変わったわね…

 この形はは虫類…

 うーん、両生類かなぁ…」

変化の著しい岬の下半身の骨格写真を見ながら真琴は考え込むと、

「あの…

 僕って退化して居るんですか?

 トカゲやカエルの様になって居るんですか?」

とベッド上の岬は不安そうに尋ねた。

「え?」

岬のその訴えに真琴はキョトンとすると、

「あはっ

 大丈夫よっ

 岬君はトカゲやカエルにはならないって、

 人魚になるに決まっているでしょう?

 ただ、人魚の下半身の骨格は魚と同じだから、

 ある意味、退化とも言えるわね」

真琴はそう答えると、

岬の腰の後ろに姿を見せた鱗を軽く撫でる。

その途端、

ビクッ!

「きゃっ!」

岬は小さく身体を撥ねて、

悲鳴を上げると、

「あら?

 感じたの?

 そっかぁ、

 鱗って敏感に感じるんだ…」

と真琴は興味津々にカルテに書き込んだ。

すると、

「あのっ

 鱗って…
 
 僕に鱗が生えて居るんですか?」

と岬は聞き返した。

「えぇ、

 そうよ、

 まだ腰の後ろ側だけど、

 鱗が生えてきているわよ、

 あとは、この鱗が尻尾全体を覆って、

 尻尾の先に尾びれが出来てくれば泳げるようになるわね」

岬の質問に真琴はそう答えると、

「そうですか、

 ついに鱗が生えてきたんですね」

ベッドのシーツをギュッと握りしめながら真琴は呟いた。



それから数日後…

「なっなっなに、これぇ!!!!」

目覚めたばかりの岬は目を丸くしながら悲鳴を上げた。

『どうか・なさいましたか?』

岬の悲鳴を聞きつけてハルカが部屋に入ってくると、

「はっハルカさん。

 先輩を、水下さんを呼んでください」

ハルカの姿を見るなり、

岬は鱗が生えそろいかけている尾を大きく翻しながらハルカに飛びつくと、

青い顔でそう訴えた。

『落ち着いて・下さい。

 何があったの・ですか』

パニックに陥っている岬をなだめるようにしてハルカは尋ねると、

「みっ見て判らないのですか?

 こっこれが」

と岬は自分の足から尾にかけて至る所に付着している血を指さし、

さらにまき散らしたような血で染まっているベッドを指さした。

『これは…』

それを見たハルカは直ぐに真琴に連絡を取ろうとすると、

バンッ!

「もぅ、朝からなに大騒ぎしているのよぉ

 こっちは徹夜で研究をしていたんだからさぁ、

 あんまり騒がないでよぉ」

ぼさぼさの頭を掻きながら

ドロンとした目に

血色の悪い白衣姿の真琴が部屋に入ってきた。

「あぁ、真琴さん!!

 ぼっ僕どうなったのですか?

 何か悪い病気じゃないんですか?

 こっこんなに血が出ているんですよ」

岬はそう真琴に訴えると、

「血がでたぁ?」

岬のその訴えに真琴は岬を観た途端、

寝不足の目が急に生き生きとし、

そして、血を流す岬の下半身に駆け寄ると、

「ははーん、

 ふんふん、

 ふーん」

と幾度も頷きながら調べ始めた。

「真琴さぁーん、

 どうなんですか」

そんな真琴を見下ろしながら岬は不安そうに尋ねると、

ニコッ

真琴は笑みを浮かべながら顔を上げ、

「ハルカちゃ〜〜ん!

 お赤飯よぉ

 お赤飯を炊いてあげてぇ〜っ!」

と声を思いっきり張り上げた。

「はぁ?」

思いがけない真琴の返事に岬は目が点になると、

「おめでとう。

 岬ちゃん。

 あなたはもぅ立派な女の子よぉ」

と穏やかに告げた。

「おっ女の子?

 ですか?」

真琴の言葉を岬は困惑気味に復唱すると、

「生理って言葉、

 聞いたことがあるでしょう?

 そっ、1カ月1度、

 女性が必ず流す月経ってやつよ。

 血液中のホルモンの値の変動から、

 そろそろかなぁ…っと思っていたんだけどね。

 思ったより早く来たわねぇ。

 お腹痛くない?」

岬に向かって真琴は生理について話す。

「生理…だったのですか…

 そう言えば…
 
 昨日からちょっとお腹が痛かったのですが…」

真琴に指摘され、

岬は腹痛のことを話すと、

「もぅ、

 ちょっとでも身体に異変があったら教えてって言っていたでしょう。

 生理だったから良かったけど、

 もし、違う何かだったら命取りになったかも知れないわよぉ」

真琴は怒った顔をしながら岬の頭を小さく小突く、

「すっすみません」

真琴の注意に岬は尾を下げ頭も下げると、

「まぁいいわ、

 とにかくお祝いをしましょう。

 岬ちゃんが正真正銘の女の子になったお祝いよぉ!」

と真琴は気勢を上げるが、

「おっとその前に、

 その血を何とかしなくてはね。

 ナプキンは…その身体ではしずらいだろうし、

 やっぱりタンポンかしらね。

 まぁいいわ、

 あたしが付け方を教えてあげる」

赤飯の支度のために部屋に居ないハルカに代わり、

真琴が自分の生理用品を持ってくると、

「ちゃんとやり方を見ているのよ」

と言いながらタンポンを真琴の秘所に挿入をして見せた。

「まぁっ、

 水に入っちゃえば使うことはあまりないと思うけど、

 陸に上がっているときはちゃんと処置をしてね」

興味深そうに作業を見る岬に真琴はそう言うと、

「あの…

 生理ってことは…

 子供を産むことが出来るのでしょうか?」

と岬は尋ねた。

「うーん、

 良い質問ねぇ」

岬の質問に真琴は頷くと、

「はいっ、

 それは可能です。

 生理が来たってことは

 岬君の身体の中に出来た卵巣と子宮がちゃんと機能している。

 って証だから。

 5人でも10人でもバンバン赤ちゃんを産むことが出来るわ」

と真琴は微笑むと岬の手を握った。

「赤ちゃんを…?」

「そうよ」

「僕はもう男ではないのですね?」

少し寂しげに岬は呟くと、

真琴はただ微笑み、

そして、岬の頭に手を置くと、

2・3回その手を横に振った。

そして、急に真面目な顔になると、

「人魚になってからは気をつけるのよ、

 最近、人魚を捕まえ陸の上で無理矢理犯すと言うトチ狂った男が居る。

 って聞いているわぁ。

 それに、人魚の受胎率は人間と比べて極めて高いので、

 望まない赤ちゃんを産みたくなければ、

 常に警戒をすることよ。

 なぁに、相手は水の中では長時間居られないのだから、

 もしもの時は海の奥底にでも引きずり込むと良いわ。

 知ってる?

 窒息死する直前が一番エクスタシーを感じるそうだから、

 そう言うバカには存分に味あわせてあげなさい」

と真琴は岬に警告をするが、

最後の部分で真琴の嬉しそうな顔つきで話したのを見て、

岬の背筋に冷たい物が走っていた。



その日を境に岬の脚は急速に弱まっていくと、

一歩一歩の脚の動きが遅くなり、

以前は5分もかからなかったトイレへの往復に、

15近くもかかるようになってしまうと、

ついには掴まり立ちさえ満足に出来なくなり、

岬はハルカに抱えられながらトイレに行くようになってしまった。

「もぅ、脚が動かないんです…」

筋力が衰え、

急激に細くなっていく自分の足をさすりながらベッド上の岬はそう訴えると、

「うーんっ

 確かに脚の筋肉量がすでに3割近くまで落ちているわね。

 脚の骨格も萎縮が始まっているし、

 人魚病発症者と比べてもちょっと早いかも」

検査をしながら真琴は呟く、

そして、衰えていく脚とは対照的に太さを増す尾を診ると、

尾の表面を若々しい鱗が覆い尽くし、

岬の脚の付け根近くまで迫ると、

先端では鰭の元となる筋が顔を出し、

筋と筋の間には小さな膜も姿を見せていた。

「ふーん、

 こっちは順調に発育はしているか、

 ねぇ、岬ちゃん。

 ちょっと尾を左右に振ってくれる?」

片手で尾を持ちながら真琴はそう指示をすると、

「え?

 こっこうですか?」

真琴に言われるまま岬は、

クィ

クィ

尾を動かしてみると、

ピタン!

ピタン!

と真琴に握られている尾は左右に動く。

「よーしっ

 ちゃぁんと動かせられるわねぇ、

 どうしようか、

 そろそろ泳ぐ練習をしてみようか」

岬が尾を自在に操られるようになっていることを確認した真琴はそう提案すると、

「え?

 水に入るのですか?」

と岬は驚いた顔をした。

すると、

「なぁにハトが豆鉄砲を喰らった顔をするのよ。

 カナヅチの人魚なんて聞いたことがないわよ。

 それとも人魚に変身したら泳げると思っているの?

 何事も練習練習。

 世の中はそんなに甘くはないんだから」

真琴はそう言うと、

ピシャリ

と岬の肩を叩き、

「ハルカっ

 岬ちゃんをプールに運んで」

と指示を出した。



チャプン!

「……」

満々と水をたたえたプールサイドに下ろされた岬は、

ジッと水面を見ていると、

『さぁ・練習を・しましょう』

競泳用水着を身につけたハルカが先にプールにはいると、

水の中から声をかけてきた。

「え?

 ハルカさんって泳げるのですか?」

それを見た岬は驚きながら聞き返すと、

「驚いた?

 ハルカのボディは水陸両用で作ってるのよ。

 それにバーニアを強化すれば宇宙空間でも活動できるわ。

 ふふっ、

 水中戦のズゴック、

 陸戦のグフ、

 そして、宇宙戦のジオングの3つの性能を兼ね備えた。

 究極のモビルスーツ…じゃなかった、

 アンドロイドじゃなかった…

 えーと、一応サイボーグかな?」

やや、トーンダウンしながらも真琴は自信満々に胸を張る。

だが、

『さ・大丈夫・ですよ』

「うっうん」

その間に岬はハルカに手を引かれると、

纏っていたガウンを脱ぎ、

プールへ入ると

ゆっくりと尾を動かしながら水の中を進んで行く。

「え?

 あっ、

 こらっ、人の話を最後まで…」

自分の話を無視されたことに真琴は腹を立てるが、

「先ぱーぃ、

 ここまで泳げましたぁ!」

とあっという間に50mを泳ぎ切ってしまった岬は手を大きく振る。

「ふっ、

 そりゃぁ人魚なんだから、

 50m位泳ぐのなんて屁でもないでしょう」

そんな岬の姿を見ながら真琴は悪態をつくが、

「さて、

 初泳ぎで50mは問題なしか、

 それじゃぁ…

 脚にこれをつけて泳いで貰いますか」

すかさずプラスチックで作った鰭を取り出すと、

「ちょっとぉ

 岬ちゃぁん!」

と声をかけながらプールサイドを走っていった。



「これを脚につけるのですか?」

真琴より手渡された鰭を見ながら岬は聞き返すと、

「そうよ、

 これは人魚病の女の子が泳ぎ方を練習するのに使う補助鰭よ、

 岬ちゃんの脚は程なくして鰭になるの。

 だから、これを脚につけて、

 鰭の動かし方を練習しないと、

 いざというときに困るからね」

真琴はそう理由を説明すると、

「そうか…

 そう言うことだったのか…

 人魚病については詳しい話を聞いたことがなかったから、
 
 よく判らなかったんだけど、

 舞子さんもこう言うのをつけて練習をしたんですね」

と岬は目を輝かせながら納得をする。

「そうねぇ…

 人魚病を発病して人魚になってしまった後については雑誌にも載るけど、

 変態中についての情報ってほとんど無いからねぇ」

そんな岬を見詰めながら真琴は小さく呟いた。

そして、その日から岬は脚に補助鰭をつけ、

人魚としての泳ぎの練習に励み、

泳ぎが上達してゆくにつれ、

岬の脚は脚としての機能を完全に放棄し萎縮してゆくと、

ついには尾を飾る鰭へと姿を変えてしまった。

こうして、陸を歩く力を岬が失うと

骨盤もさらに変形し、

陸に上がったときに重力から身体を支える程度の能力しか持たなくなり、

岬は常に水中の中に居るようになっていった。

「ふーん、

 手にも水かきが出来たか、

 それに、耳回りからも鰭が形成されてきたし、

 どこから見ても人魚ねぇ…」

診察室の中ですっかり人魚に変身をしてしまった岬を

真琴は満足そうに眺めると、

「あの…

 真琴さん」

と身体を濡らしたままの岬は真琴に話しかけた。

「なぁに?」

その言葉に真琴は返事をすると、

「そろそろ身体が乾いてきたので、

 水の中に戻りたいのですが…」

と岬は訴える。

「そっかぁ、

 乾きには弱くなっちゃったか、

 もぅ立派な人魚ね」

それを聞いた真琴はそう返事をすると、

「まぁ、最後にちょっとだけ、

 きみのアソコを見せて…」

と言いながら真琴は岬の性器を診察し始めた。

そして、岬の下半身についている筋が人魚の標準的なスタイルであることを確認すると、

「うんっ、

 大丈夫。

 もぅ海に行っても問題はないわ」

と真琴は太鼓判を押した。



夜。

満月が煌々と照らす砂浜を、

ジャプン

ジャプン

と水着姿のハルカが歩いていく、

そして、その彼女の腕には鱗に覆われた長い尾びれを垂らす岬が抱えられ、

不安そうに夜の海を見詰めていた。

ザザザ…

海面がハルカの腰まで浸かり、

岬の尾びれの先端も水の中にはいったとき、

ババババ!

明かりをつけた水上バイクが二人に迫ると、

「んじゃぁ、

 行ってみようかぁ?」

とハンドルを握る真琴が声をかけてきた。

「先輩…」

その声に岬は顔を上げて真琴を見詰めると、

「なによ、その顔は…辛気くさいわねぇ

 せっかくおとぎ話の人魚姫になったんだがら、

 もっと幸せそうな顔をしなさいよぉ」

と真琴は笑みを見せる。

「あの…

 あの…
 
 色々とありがとうございました」

翠色に染まった髪をたくし上げながら岬は礼を言うと、

「いいのよっ

 あたしはあたしが分離したウィルスで人間がどう人魚へと変身してゆくのか、

 そのデーターが欲しかったのよっ

 礼を言われる筋合いはないわ」

と返事をする。

すると、

「でも、

 先輩のお陰で僕は舞子さんの所に行くことが出来ます。

 もぅお礼の言葉もありません」

涙ぐみながら岬は言うと、

「だーから、

 お礼を言われる筋合いはないんだって、

 見方を変えれば、

 用済みの実験動物を海に捨てるようなものなんだから、

 ほらっ、さっさと行って…

 誰かに見付かったらどうするの?」

と真琴は言うと、

「んじゃねーっ

 元気でねぇ」

その声を残して水上バイクを走らせた。

「ありがとうございました」

去っていく真琴に岬は頭を下げると、

グッ

身体に力を入れて海に泳ぎ出そうとする。

すると、

『待って・下さい』

岬を抱きかかえてきたハルカは引き留めると、

スッ

一着のビキニを取り出し、

『これを・お召しになって・下さい。

 わたし・からの・プレゼントです』

と言いながら差し出した。

「ハルカさん…」

それを見ながら岬は驚くと、

『わたしが・人間だった・時に

 買った物・です。

 いまは・必用無い・ので

 岬さま・が・使ってください』

と説明をすると、

ハルカはビキニを岬の手に押し込み、

『では・さようなら』

そう言い残して陸へと向かっていった。



「うん、ありがとう…

 大事に使うね…」

去っていくハルカに向かって岬は礼を言うと、

早速、ビキニのブラをつけてみると、

「わぁ、

 ピッタリだ…

 そっかぁ、
 
 ハルカさんて…巨乳の人だったんだ…」

たわわに実る自分のバストをピッタリとサポートするブラに岬は驚き、

そして、かつてのハルカの姿を想像した。



人魚病により人魚化した女性達が暮らす水中コロニーは

そこからさほど遠くない沖合の海底に設けられていた。

『この先に人魚のコロニーあるんだな…』

海面から差し込む月明かりを頼りに岬は海の中を進んでいくと、

やがて背丈ほどに伸びた海草の森が姿を見せてきた。

『うわっ

 スゴイ…
 
 身体に絡まないようにしないと…』

まるでジャングルを思い起こさせる森をかき分け、

さらに奥に進むと、

目の前に珊瑚の森が姿を見せた。

『うひゃぁぁ…

 こんな所に珊瑚の森?』

淡い月の光によってモノトーンに浮かび上がる珊瑚の森に、

岬は圧倒されしばし尾びれを止めていると、

『そこのあなた…』

『止まりなさい』

と後方から女性の声が響いた。

『え?

 ぼっ僕?』

その声に岬は慌てて振り返ると、

すーっ

二人の人魚が音もなく近づいてくるなり、

チャッ

手にした銛を岬の喉元に突きつける。

『あの…なにか?』

予想もしなかった自体に岬は冷や汗を流していると、

『あなた、人魚なのね』

『珊瑚の密猟者じゃないみたいね』

『見慣れない顔だけど…』

人魚達は警戒心を見せつつ囁いた。

『いやっ

 あの…

 その…

 まだここに来たばかりで…』

岬は顔色を青くしながら返答をすると、

『来たばっかり?』

『こんな夜更けになんて、

 彼氏に捨てられたの?』

『人魚は面倒を見きられないって言われたの…』

と人魚達は驚き質問をしてきた。

『えぇまぁ…

 そう言うことになるかな?』

彼女たちの質問に岬は小さく頷くと、

ギュッ!

人魚達は銛を捨て、

いきなり岬の手を握ると、

『辛かったでしょうねぇ』

『もぅ大丈夫よ、

 ココは私たち人魚の村だから…』

と代わる代わるに岬をねぎらい、

そして、

『さっこっちにいらっしゃい』

と岬をコロニーへと導いて行く。



『ふぅ…なんとか潜入成功か?

 って、何でホッとしているんだろう…

 僕だって人魚なんだから…

 堂々として良いんだよね』

警備役だろうか二人の人魚に連れられてコロニーに入った途端、

思わずホッとしてしまったことに

岬は複雑な気持ちになるが、

それは胸の奥に押し込め、

『あのぅ…』

と警備の人魚に話しかけた。

『なに?』

岬のその言葉に二人が振り返ると、

『っえぇっと、

 その…

 こちらに御庄舞子って言う名前の女性…

 いや、人魚は居るでしょうか?』

と岬は舞子について尋ねた。

『御庄舞子?』

岬が口にしたその名前に二人は顔を見合わせると、

『お友達?』

と聞き返す。

すると、

『えぇ…

 お友達と言いますか…

 いや、友達だったんです。

 それで、御庄さん…舞子が先に人魚病に罹り、

 僕…いえ、あたしが後に発病して、

 で、先に舞子がこちらに来た。…と』

岬は慌てた素振りをしながらウソが混じった事情を説明をする。

『ふーん、

 そうだったんだ…』

『あっひょっとして、

 赤サンゴの、マイの事じゃない?』

岬の説明を聞いていた一人が心当たりがあることを言うと、

『マイとは話をしたことがないから、

 よく判らないけど…』

ともぅ一人は困惑した顔をする。

『え?

 あっ、

 きっとそれだと思います。

 そのマイって人はどこに?』

二人のその話を聞いた岬は思わず迫ると、

『あっうん、

 じゃぁ案内するわね』

その迫力に押されるようにして、

二人は岬を案内し始めた。



『ほら、

 あの赤サンゴ…

 あそこがマイが居る所よ…』

夜光虫が幻想的に照らす赤サンゴを指さして、

人魚がそう告げると、

『あっありがとうございます』

岬は幾度も頭を下げた後、

尾びれを蹴ると、

赤サンゴへと向かっていった。

ここに舞子がいる…

その期待を胸に向かっていくと、

珊瑚の影に一人に人魚のシルエットが浮かびあがった。

「!!」

海面から差し込んでくる月明かりを背にして

夜光虫がユラユラと蠢く海中を見上げながら

尾びれを抱え、

ジッとしたまま動かなかない人魚の姿を

岬は珊瑚の影から覗き込むようにして見詰めると、

♪〜っ

歌を口ずさんでいるのだろうか、

かすかに歌が聞こえてきた。

『うん、

 この声…

 間違いない。

 舞子さんだ』

その歌声が舞子の歌声と同じであることを岬は確認すると、

嬉しさのあまり飛び出そうとするが、

だが、尾びれが動かなかった。

そして、

『えぇっと…』

岬はそのままの姿勢で固まってしまうと、

『どうしよう…

 なんて説明をすれば良いんだ…

”実は僕も人魚病に罹っちゃって、

 人魚になってしまったんだよね。

 アハハ…”

 なぁんて言い訳が通じるかなぁ…

 それとも、

”いやぁ偶然ばったりだねぇ…”

 の方が自然かなぁ…
 
 うーん…』

イザというときの優柔不断。

この場で岬の悪い癖が出てきてしまうと、

ひたすら考え込み始めだしてしまった。

『どーしようかぁ…

 うーん、

 これも不自然だしなぁ…

 いやぁこっちの方が…』

舞子のことなどソッチノケで岬は考え込んでいると、

『あのぅ…』

と背後から声が響いた。

『え?』

その声に岬が振り返ると、

スッ

岬の直ぐ真横に舞子が尾びれを揺らめかせながら立っていて、

少し困惑した表情で話しかけていた。

『うわっ…っとっ』

行きなりの再会に岬は驚きの声を上げると、

『ごっごめんなさいっ

 脅かすつもりはなかったんです』

と舞子は謝りながら頭を下げた。

『え?

 あっいやっ

 僕の方こそ…』

謝る舞子に岬は言い繕うと、

『なにか、わたしに用ですか?』

自分の目の前にいる人魚が岬であることに気づかないのか、

舞子は初対面のような表情で尋ねてきた。

『え?

 いや、用だなんて…

 なんて言うかこの…

 道に迷って…
 
 っていうのかなぁ?』

そんな舞子に岬は道に迷ったことを強調して見せると、

『あなた…

 ここは初めてですか?』

と舞子は尋ねた。

『えぇ…

 まぁ、いま来たばっかりでぇ…』

舞子のその質問に岬は頭を小さく掻きながら返事をすると、

『まぁ…

 それは大変でしたね。

 わたしもココに来てまだ数ヶ月なのですよ』

と岬の手を握った。

『え?

 そっそうなんですか?』

話の流れが”感動の再会”から、

”初対面のご挨拶”へと急速に場面転換していくことに、

岬は戸惑いながらも、

しかし、この流れを止めることが出来なかった。



『そうなんですか、

 陸の人とは縁を切られて…ここに…

 それは心細かったでしょう…』

『はぁ…まぁ

 (一体…僕って何をやっているんだろう…

  折角人魚になって…

  折角舞子さんに会えたのに…

  話の切り出しが、

 ”初めまして、仲良くしましょう。”

  モードだなんて…

  僕のアホ…)』

話に流されるまま岬は涙を流していると、

『あぁ、泣かないでください。

 わたしにも付き合っていた人は居ました。

 でも…

 人魚のわたしがいつまでも彼の傍にいる訳にはいかないのです』

と舞子が岬の話に触れ、

『あぁ、それ…僕…なんだけど…』

と岬は言いかけたが、

『はい?』

その言葉に舞子が岬を見ると、

『いや、何でもないです

 そうですか、
 
 マイさんも苦労なさっているのですね…』

と返事をするだけだった。

『(そんなに変わっちゃったのかなぁ…僕…

  まぁ、男だった僕が女になり、

  さらに人魚になっているし、

  舞子さんだってこんな所に僕が来るだなんて、

  考えてもいないよなぁ…)』

とたわわに実るバストを見詰めていると、

『ところで、

 お名前を聞いていませんでしたね』

と舞子が名前を尋ねてきた。

『え?

 名前ですか?』

その問いに岬は顔を上げると、

『みっ…みさ…サ・サ・サキ…』

と言いかけたところで声を詰まらせてしまった。

『へぇ…サキさんっておっしゃるのですか、

 よろしくね。

 もし、ココでの暮らしで判らないことがありましたら、

 何でも聞いてくださいね』

岬を妹のように感じたのか、

舞子は笑みを浮かべると、

『今夜は遅いので、

 わたしのところでお休みになって下さい。

 この珊瑚は結構広いので遠慮することはないですよ』

と岬を誘うと、

珊瑚の中に開いている空洞へと案内した。



コロニーを照らす月の明かりが西へと傾いた頃…

『大丈夫っ

 まだまだチャンスはある。

 とにかく時間はあるんだ。

 何処かのタイミングで

 舞子さんに僕が岬であることを言えばいいんだから…』

自分の尾びれに尾びれを絡ませながら寝付く舞子を横目で見ながら、

岬はそう決意をするのだが…

一度かけ間違えたボタンを元に戻すのは非常に困難な作業であることを、

彼、いや、彼女はまだ気づいてはいなかった。



おわり