風祭文庫・人魚の館






「俺が感染した理由」
…梓の場合…


作・風祭玲

Vol.379





「おはよー」

「おーす」

学校目指して制服姿の生徒達が集合してくる朝の登校風景…

いつもとは少し違う環境の中を俺は学校に向かって歩いていた。

「おいっ聞いたか?」

「あぁ聞いた聞いた」

「2年の武藤、

 人魚病陽性だって?」

「本当かよ」

「へぇ…

 じゃぁ、もぅすぐ人魚になるんだアイツ…」

「なにいやらしい顔をしているんだよ」

「だって、俺、マジで人魚見るの始めてだもん」

「なんだそりゃぁ?

 人魚なんてその辺いくらでもいるじゃないかよ」

「まぁ、確かに知っている者が人魚になると言うのは

 ある意味センセーショナルであるわけだが……」



「ふわぁぁぁ…

 なぁに、下らない噂をしているんだか」

俺は飛び交う噂話を聞き流しながら大きなあくびをすると、

少し前を周囲の注目を浴びながら歩く梓の姿を見つけた。

その途端、

「よっ梓!!」

と声をかけながら走り寄った。

武藤梓、

現在、この噂話の中心人物で、

俺との関係はどこにでもある幼馴染という奴で、

まぁなんていうか

俺にとって異性というのを意識せずに気軽に声をかけることが出来る数少ない人間でもあった。

「………」

「んどうした?」

いつもなら元気欲”なによっ”と気軽に話しかけてくるのだが、

しかし、この噂話のためか彼女からの返事はなかった。

「ふむ」

そんな彼女の反応に俺はそう呟くと、

「どうしたんだよ、らしくないじゃねーかよ」

と彼女の前に回りこみながら話しかけた。

すると、

「悪いけど…今日は一人にして…」

梓は俺に向かって言葉短めにそう言うと、

押しのけるようにして歩きはじめた。

「やれやれ…」

そんな彼女の後姿を眺めながら俺はそう呟くと、

「待てよ、梓!!」

と声をかけながら彼女の後を追っていった。

「なにカリカリしているんだよ」

「いいからほっといてよ」

誰にも声をかけず梓はひたすら歩き続けていた。

「梓っ

 いいじゃないかよっ

 別に人魚病に罹っていても」

そんな梓に向かって俺は思わずそう言うと、

ジロッ

梓は冷たい視線で俺を見るなり、

「なにが、いいのよ」

と言い返してきた。

「いやっ

 別に…」

梓の反応に俺は次にかける言葉を捜しはじめた。

そして、探しながら、

「まぁなんていうか、

 そっそうだ、

 ほらっ、人魚って

 お前、昔”なりたい”って言っていたじゃないかよ、
 
 なっ、
 
 あまり、落ち込まずにプラス思考で…」
 
と言いかけた途端。

キッ!!

梓は俺を思いっきりにらみつけると、

「武のばかぁぁぁぁぁ!!」

(ばっちーん)

という叫び声と共に振り上げたカバンが

カウンターパンチのごとく俺の顔面に直撃した。

メリッ!!

直撃したカバンは俺の顔にめり込むようにして俺の体を吹っ飛ばすと、

「きゃぁぁぁ!!」

女子生徒達の悲鳴が上がる中、

俺は見事ノックダウンさせられてしまった。

「なっなんだよぉ…」

顔にカバンの跡を刻み込み、

一目散に走り去っていく梓の後姿を見送りながら、

「言葉がまずかったかなぁ…」

俺は反省をしていた。



「あー痛て…」

頬を押さえながら登校した俺が教室に入ると、

「ねぇ…武藤さん、

 人魚判定で陽性って出たんですってぇ?」

「いいなぁ…」

「うまくいけば芸能界デビューじゃない」

「はぁ、何であたしには罹らないんだろう」

と他のクラスの女子も含めた女子達が梓の前に黒山の人だかりを築きあげていた。

「おーぉ、すっかり有名人だな」

そんな梓の様子を見ながら俺は思わず呟いていると、

「おいっ、武、知っているかっ」

と言いながらクラスメイトたちが息を切らせながら俺に駆け寄ってくるなり、

「武藤の奴、人魚病に罹っていたんだってさ」

と次々と報告してきた。

「あぁ、知っているよ

 というより、もぅ全校中に知れ渡っているじゃないかよ」

連中の報告に俺は呆れるようにしてそう答えると、

気安そうに話しかけてくる女子とは対照的に

どこかイラついている様子の梓にその関心が向けられていた。

「ありゃぁ…そのうち爆発するぞ…」

そんな梓の表情を見てふとそう思った途端。



ダァン!!



「もぅ静かにして!!

 なによっ
 
 人魚人魚っって
 
 少しはあたしがどういう気持ちでいるのか考えてよね!!」

と教室に梓の雷が鳴り響いた。

「え?

 あっ

 ごっごめん」

梓の剣幕に驚いた女子達はそういい残すとまるで蜘蛛の子を散らすように去って行き、

そして、彼女達が去った後、梓一人がポツリと取り残されていた。



人魚病…

最近、そんな名前の病気が流行っている。

戦時中、旧海軍が極秘に開発したものとか、

大自然が人類に向けた警告だとか、

いろいろな情報が飛び交っているが詳しいことはよく知らない。

そして、この病気に罹ると、

発病した人の腰から下がまるで魚の尾のような姿へと変化し、

文字通り御伽噺に出てくる人魚の姿になることからそう名づけられた。

とはいっても、

人類を脅かしているAIDSのように命にかかわるものではなく、

また、発症するのも10代〜20代の女性のみに限定される上に、

感染者全員が発症するわけでもなく、

その中のごく一部が発症という形で人魚になり、

しかも、人魚になっても数ヶ月〜2年ほどで治癒してしまうことから、

不治の病というほどのものではなく、

どちらかといえばハシカ的なそんなイメージが社会に浸透していた。

ただ、人魚病に罹ると肉体の外見的な変化が起こるので、

中学生から高校生にかけての女子生徒は定期的に健診を行って発病者を事前に見つけ出すことが義務付けられていた。

けど、人魚病に罹り変身をしてしまった女の子はあちらこちらで持て囃され、

また最近では人魚の女の子によるグループが出した歌が大ヒットをするようになっていた。



「よっ、梓っ」

昼休み、

俺は屋上に出ると、

たった一人で街を見下ろしている梓に声をかけた。

「………」

返ってこない返事に俺は

カシャッ

っと彼女の脇の金網に凭れかけながら

「朝の事はごめん、

 俺、お前がそんなに悩んでいるなんて思っていなくてさ」

と謝ると、

チラッ

っと彼女の横顔を見る。

サラッ

手入れの行き届いた髪が微かに風になびくその様子は、

なんともいえないエロスが漂っていた。

「(うわっ

  人魚病に罹った女の子って色っぽくなるっていうけど

  本当だったんだ)」

俺は胸をドキドキさせながらそう呟くと、

「(えぇいっ

  あの梓なんだぞ、何でそんなに緊張をするんだよ、俺は!!)」

と俺は激しく動揺する自分の心を必死で落ち着かせていた。

すると、

「なに、そこでブツブツ言っているのよ」

俺の一人パフォーマンスを横目で見ていた梓の方から話しかけてきた。

「いっいやっ

 なっなんでもないよっ
 
 うん」

俺は全身から噴出す汗をダラダラと流しながらそう返事をした後

「そっそう、

 なっあまり病気のことは気にするな」

っと緊張した面持ちで言うと、

「武に何が判る言うの?」

と梓は俺に向かって冷たい言葉で言い返してきた。

その言葉に俺は気持ちを落ち着かせて、

「そっそりゃぁ

 俺は男だし、人魚病に掛かっても発病しないから、

 梓の気持ちを100%理解することは出来ないけど、

 でも、俺、お前のことが心配…」

と言ったところで、

「もぅあたしのことはほっといてよ!!」

そんな俺の言葉をさえぎるようにして梓は思いっきり怒鳴って走り出すと

そのまま下に下りて行ってしまった。



「あちゃぁ…

 こりゃぁ当分静観するしかないか…

 でも、もぅ鱗が出ていたから、
 
 変身は早いな…」

俺は頭を掻きながらそう呟きながら

梓の足に浮き出ていた鱗のことが気にかかっていた。



「え?

 飛び出した?」

「うん…」

午後の授業の時間が迫ってきたので屋上を後にした俺が教室に戻ると、

教室の中が異様な雰囲気に包まれていた。

「なっなにがあったんだ?」

座り込んで泣き出している女子を横目に見ながらそう言うと、

「ちょちょっと、高橋君」

委員長の新嶋照美が俺に近づいてくるなり、

教室に戻ってきた梓と女の子達が激しい口げんかをした後に

梓が飛び出していってしまった。と事の詳細を教えてくれた。

「ったくぅ

 当り散らすことは無いだろうに…

 なにをしているんだ?

 あいつは」

廊下のほうに視線を向けながら俺は思わずそう言うと、

「それでね、

 高橋君に頼みたいんだけど

 武藤さんを探してきて欲しいの」

と照美が俺に頼み込んできた。

「はぁ?」

「つい騒いじゃったあたし達も悪いんだけどね

 でも、あたしのお姉ちゃんも人魚病に罹ったときには結構神経質になって、

 自暴自棄的な行動をとったりしたものだから…

 それで…」

照美はそう言うと

「高橋君って武藤さんとは旧知の仲だし、

 それに武藤さんも高橋君が相手なら信頼していると思うのよ」

と続けた。

「いや…

 でっでも…」

屋上の一件が頭にある俺が返事を渋ると、

「あたし達からもお願い…」

いつの間にかクラス中の女子が俺に頭を下げていた。



「…とは言ってもなぁ」

クラスの女子達から懇願された俺は学校を飛び出していった梓を探して街を歩いていた。

あれから既に数時間が過ぎて日も暮れ、

街の装いも夕方から夜へと変わっていた。

「携帯は…っと相変わらず繋がらないか…」

何度、梓の携帯に電話をかけてもスグに伝言サービスへと切り替わり、

俺はため息をつきながら携帯電話を畳んだ。

「ったく、世話をかけさせやがって」

ポチャン!!

そうぼやきながら公園の池のほとりにくると、

俺は下に落ちている小石を拾いそして池に向かって放り投げ始める。

とそのとき、

「ねぇ人魚ちゃん、

 そんな所に居ないで俺達を遊ぼうよ!」

という男たちの声が池の向こう側にある草むらの方から響いてきた。

「人魚?」

男たちのそのセリフに敏感に反応した俺は、

「たしか…あっちにはもぅ一つ別の池があったな」

っとこの公園にある人があまり訪れないもぅ一つの池のことを思い出すと

スグにそこへと向かいはじめた。

そして、2つの池を分け隔てている生垣を抜けたとき、

数人の柄の悪そうな男たちがなにやら薄暗い池の水面を覗き込んでいた。

その途端、

「うるさいっ

 さっさとそこからどきなさいよ」

という梓の声が池から響き渡った。

「梓?」

梓の声に俺は驚くと、

「あははは…

 いやだね

 折角なんだから、俺達にたっぷりとサービスしてくれよ

 ねぇ人魚ちゃん」

まるで、梓をからかう様なその声に

「お前らっ

 梓になにをしたんだ!!」

俺は思いっきり怒鳴り声を上げながら男たちに殴りかかっていた。



「うらぁぁぁ」

「うわっ」

バシャーン!!

顔に痣を作った俺が池に放り込まれると、

「やっちまえ!!」

男たちが池に飛び込み、

そして、俺に殴りかかってきた。

「やめてぇー」

梓の叫び声が響く中

「やりやがったなぁ!」

俺もすかさず反撃をするが、

しかし、多勢に無勢

俺のダメージはますます増していくばかりだった。

「くっそう!!」

ふらふらになりながらも俺が立ち向かっていくと、

「うぜーんだよ」

そう言いながら男の手が俺の首を押さえると、

そのまま水の中に俺を押し込んだ。

ゴバゴバ!!

たちまち俺は溺れてしまうと無我夢中で暴れ始める。

すると、

グイッ!!

思いっきり水の底へと押し込まれた。

「くそ…」

そう思ったが、しかし次第に意識が薄れはじめたとき、

「お前ら、そこでなにをしているんだ!!」

という声と共に明かりが水面を照らし出した。

その瞬間、俺を押さえつけていた力が一気に消えると、

バシャバシャ!!

男たちが慌てて岸へと向かっていく音を聞きながら俺は意識を失ってしまった。



「武

 武
 
 しっかりして」

梓の叫び声と共に俺の体が大きく揺すられると、

「あん?」

俺は意識を取り戻してきた。

しかし、男たちから受けたダメージが大きく朦朧としていると、

チュっ

俺の唇に柔らかいものが押し当てられると、

フッ

っと息が吹き込まれた。

「!!」

その感覚に俺はハッと目を覚ますと、

「あっ気がついた

 良かった」

安心したような梓の顔が俺の目の前に大きく広がる。

「あっあれ?

 ここは?」

目を覚ました俺が周囲を見回してみると、

俺の身体は池の岸辺に横たわっていて、

少し奥ではあの男たちが警察に取り押さえられて居た。

そして、俺の横では梓が腰から下を鱗で輝かせながらじっと俺を見下ろしていた。

「なんだ、梓っ

 お前、人魚になっちまっているじゃないか」

梓の下半身が鱗に覆われていることに気づいた俺はそう指摘すると、

「うん…

 でも、
 
 ごめんね、あたしのために武をこんな目にあわせてしまって」

梓は泣きべそを掻きながら俺に抱きついてきた。

「あはははは

 まぁいいじゃないか
 
 お前が無事で…」

俺はそう言いながら梓の肩をずっと叩いていた。



その後聞かされた事の詳細は

学校を飛び出した梓が夕方この公園に来た時に

一気に人魚病が進行してしまって、

ついに池の近くで人魚へ変身をしてしまったそうだ、

そして、

たまたま通りかかったあの男たちが

歩けなくなっている梓に言葉巧みに言い寄ってくると、

梓を人目のつきにくいこの場所へ連れてきて

案の定、悪戯を始めだしたそうだ、

そして身の危険を感じた梓が池に飛び込んだときに、

俺がココに着たそうなのだが、


目撃者の証言などから

俺の正当防衛が認められると、

結局、男たちは傷害の現行犯で逮捕され、

一方で大怪我をした俺は病院に入院する羽目になってしまった。

しかし、それですべて終わりにはならず、

とんでもない事態が俺を待ち構えていた。



「こっこれは…」

退院を明日に控えた俺は自分の太ももに浮き出た鱗に愕然としていた。

「まさか、人魚病か?」

思わずそう思ったとき、

ムズッ

俺の乳首がムズ痒くなると胸に膨らみが出ていた。

そして1週間後…

「う〜っ

 何をやってんだ俺は…」

人間・人魚共用プールに来た俺はプールサイドで頭を抱えていると、

「なにをしているの武?

 早く泳ごうよ」

プールの中から梓がそう声をかけると尾びれで水面を叩いた。

「あのなぁ!!

 まだ決心がついてないんだよ!!」

梓の声に俺は思わず怒鳴り返すと、

「武…プラス思考よ!!」

梓は俺にそう言うと、

「じゃぁ先行っているね」

と続けると、鱗を輝かせながら泳いでいってしまった。

「ったくぅ

 ぬわにがプラス思考だ!!

 第一なんで男の俺が人魚にらなくっちゃならないんだよ!!」

ピチピチ!!

俺は鱗に覆われた下半身を床に叩きながら叫び声をあげていた。



…まさか、梓のあのキスで感染したのか?俺は…



おわり