風祭文庫・人魚の館






「そもそもの発端」
…夏美の場合…


作・風祭玲

Vol.378





びゅぉぉぉぉぉ〜っ

横殴りの雨を突いて1台のトラックが深夜の国道を走行していく

『…台風4号は依然として強い勢力を維持したまま東北東に毎時30kmの速度で

 今夜半、鹿島灘から再び海上に出た後、

 明日の午前9時には仙台市の沖合い……kmに達する見込みです…』

「まったく、7月になったばかりと言うのにもぅ台風が上陸とはねぇ」

ラジオから流れる台風情報を聞きながら運転手が

隣に座る苦虫を噛み潰したような男性に話しかけると、

「おいっ、ちゃんと前を見て運転するんだぞ」

スーツ姿の男性はそう注意をするとクィとめがねを上げ、

「まったく、なんで本庁勤務の私がこんな搬送につき合わされなければならないんだ」

っといま自分が置かれている理不尽な環境に怒りをぶつけるかのようにそう呟くと

横殴りの雨が叩きつける車窓に視線を移した。

ドン!!

ひゅぅぅぅぅぅっ

突風がトラック全体を大きく揺すると、

「おっと」

グッ

ハンドルを握る運転手の腕に思わず力が篭もった。

『では、台風関連のニュースはひとまず終えまして、

 次のニュースです。

 先日、旧海軍工廠跡地より毒ガスと見られる液体が入った瓶が多数見つかった問題は

 関係各機関が協議した結果、

 厚生労働省の委託と言う形で自衛隊で一括管理することとなり、
 
 今日、瓶の搬出作業が行われました…』

ニュースが先日旧海軍工廠跡地から発見された瓶のことを伝え始めると、

「へぇ…これのことですね…」

運転手の口がそう呟くとふと視線を後部に移した。

ガシャッ!!

トラック後方のコンテナからは大量の瓶がこすれ合う音が響き渡たる。

「おいっ前を見ろ!!」

そんな運転手に男性が再び注意をしたとき、

ドンッ!!

強烈な突風がトラックの真横から吹きつけた途端、

グラッ!!

いりなりトラックは大きく傾くと、

「うわぁぁぁ」

ギャギャギャ!!

ガシャーーーン!!

運転手と男性の悲鳴と共に横転をすると、

ガガガガガガ!!

横転したトラックは火花を散らしながら、

道路上をすべるように移動し、

そして、その際にコンテナが破損をすると、

その中から多数の瓶が国道上に転がり落ちていく。

「しまった!!」

ドアを蹴破ってトラックから脱出した男性が見たのは

道路上に散乱した夥しい瓶の山だった。



「おはよー」

背後からかけられた声に歩道を歩く瞬が振り返ると、

「よっ」

と言う声と共に夏服のセーラー服に身を包んだ夏海が片手を挙げて挨拶をした。

「なんだ、夏海か…」

夏見の姿に瞬はため息混じりにそうつぶやくと、

「なにが”なんだ”よ、

 失礼しちゃうわね」

口を尖らせながら夏海が文句を言う。

キラッ

台風一過の初夏の日差しが照りつける中

瞬と夏海は学校へと向かって行く。

瞬と夏海は地元の高校に通う高校生で、

彼の隣を歩く夏海は彼の幼馴染でもあった。

「ねぇ

 夕べの台風…すごかったね」

「あぁ…いまどき上陸するなんて数十年ぶりとか言っていたな」

夏海の声に瞬はそう返事をすると、

「それにしても、今日は何でこんなに渋滞をしているんだ?」

と瞬はずらりと車が並んだ国道を指差して文句を言った。

「さぁ?この先で木でも倒れているんじゃない?」

そんな車の列を眺めながら夏美がそう返事をすると、

やがて二人の前に道路を遮るように停車しているパトカーと、

「この先は立ち入り禁止だよ」

と二人を制止する警察官の姿が目に入ってきた。

「どうする?」

「通れないのなら仕方が無いな…」

警察官の言葉に二人は目を合わせると、

「よしっ、こっちから行こう」

瞬はそう決断をすると国道の脇にある雑木林の中へと伸びる小道へと入っていった。

「うわぁぁ…久々ね、ココ」

雨に濡れている雑木林の中を歩きながら夏美は懐かしそうに言うと、

「そうだな、小学校以来か…」

瞬もそれに合わせるようにして返事をする。

そう、長年この街に住んできただけに

瞬や夏海にとっては国道周辺の道路は獣道までしっかりと頭の中に書き込まれていた。

すると、

スゥゥゥ

いきなり瞬の前に出た夏美は大きく深呼吸をしながら

「はぁいい匂い…」

と言いながらクルリを回ると、

「ねぇ…瞬、

 雨上がりの森の中って気持ちいいね」

と話しかけてきた。

「え?

 そっそうか?」

思いがけない夏海のその姿に瞬の心は思わず動揺をすると、

やや緊張した声色で返事をした。

そして、

「夏海ってこんなにイロぽかったっけかな…」

と首を捻りながら彼女の後ろを付いていった。

やがて、二人は雑木林を抜け海岸縁に出ると、

さっきの国道は二人のはるか上に白いガードレールを見せていた。

ザザーン

台風は去ったものの、しかし海はまだ時化ていて

白い波頭が下の海岸線を絶えず洗っていた。

「ねぇ…」

そんな時化の海を見ながら夏海が瞬に声をかけたとき、

コン!!

コロコロコロ…

落ちていたラベルの張ってない一本の瓶が瞬の脚に当たると

夏海のほうへと転がっていった。

「ん?ビール瓶か?」

そう思いながら瞬は転がっていく瓶を目で追っていくと、

「だめじゃない、

 蹴飛ばしちゃぁ」

夏海が文句を言いながらその瓶を拾い上げようと腰をかがめ手を伸ばした。

「夏海っ、そんなもん拾うなよっ」

そんな夏海の姿に瞬が呆れ半分に言うと、

「いいじゃないっ、別に…」

そう言いながら夏海は瓶を拾い上げた。

チャポン!

瓶の中から液体の音が響く、

「あれ?、中に何か入っている…」

瓶を手に取った夏海はその中に液体らしきものが入っていることに気づくと、

瓶を軽く振った。

とそのときだった。

パリッ!!

突然、軽い音をたてながら瓶が上下に真っ二つに割れてしまうと

中に入っていた液体をまきながら、

パチャン!!

と夏海の足元で砕け散ってしまった。

「きゃっ!!!」

瓶が割れたことに夏海が驚くと一瞬飛び跳ねる。

「夏海!!」

その様子に驚いた瞬が駆け寄ると、

シュワァァァァ!!

瓶から零れた液体が夏海の両足を濡らし

そして、湯気のような白煙が立ち上っていた。

「いやぁぁぁ!!

 付いちゃった!!」

白煙が立ち昇る足を見ながら夏海が泣き叫ぶと、

ガバッ

慌てた瞬は有無を言わさず夏海を抱きかかえてそのまま一気に海岸に駆け下りると、

着ていたYシャツを海水で濡らし、そしてそれで夏海の足を拭き始めた。

「大丈夫か?」

「うん、ちょっとピリピリするけど」

懸命に液体をふき取る瞬の姿に夏海はそう答えながら、

「瞬って優しいんだね」

と小さく呟いた。

「!!」

夏海のその言葉に瞬は思わず顔を赤くすると、

何も言わずに黙々と作業を続ける。



「大丈夫か?」

「大丈夫だって」

「医者に行った方が良くないか?」

「だから…もぅ大丈夫だよ」

歩き始めた夏海と瞬だったが、

しかし、後ろから幾度も声をかける瞬の姿に夏海はヘキヘキしていた。

そして、瞬のほうを向くなり、

「もぅ瞬ったら心配性ねぇ…」

と言いながら笑顔を見せた。

「なっなんだよっ」

夏海の笑顔に瞬は頬を掻きながらそう返事をすると、

「だぁって、

 さっきの瞬の慌てようって面白かったよ」

夏海は小悪魔のような笑みを浮かべながら唇に指を当てる。

「しっ心配しちゃ悪いかよっ」

そんな夏見の言葉にふて腐れ気味の瞬がそう言うと

やがて二人が歩いていた道は国道へと合流し、

「あっ夏海!!」

夏見の姿を見かけた女子生徒が彼女に声をかけてきた。



「ねぇねぇ知ってる?」

体育の時間、

バレーボールを抱えながら夏海のクラスメイトの三春が話しかけてくると、

「なに?」

汗を軽く拭きながら夏海が顔を上げた。

「ほらっ、今朝の国道での事故よっ」

三春は夏海に迫りながらそう言うと、

「あぁ、あの事故?

 なんか物々しかったね」

それを横で聞いていた秋子もその模様を思い出しながら話の輪に加わった。

「いわれて見れば確かに?」

いつもの事故とは雰囲気の違った様子に夏海はそう返事をすると、

「でしょう?

 で、気になって休み時間にインターネットで調べたのよ、

 そしたらね。

 なんでも、毒ガスを運んでいたトラックなんだって」

となかば脅かしをかけるような口調で三春は夏海たちに告げた。

「うっそぉ!!」

三春の言葉に夏海たちが驚くと、

「うん、なんでも旧海軍が開発していた毒ガスが発見されて、

 それを安全なところに持っていく途中、
 
 台風の突風にあおられて横転したらしいのよ」

「うひゃぁぁぁ、迷惑な話ね」

「で、毒ガスは?」

「うん、

 しかも、瓶に入っていた毒ガスは瓶ごと国道に撒き散らされたて言うから」

という三春の説明に

「そうか、それであたし達が入ってくるのを遮ったのね」

三春の説明に夏海はそんな声を上げると、

「ハイ集合!!」

体育教師の声が響き渡った。



「はーぃ

 いくよー」

体育の授業は間近に迫ってきた球技大会のために

バレーボールの練習をすることになり、

そして、夏海はほかの女子と二人一組になると練習に励げんでいた。

とそのとき、ふと今朝の出来事が夏海の頭の中をよぎった。

「まさか、あの瓶って…」

そう言いながら

朝、手に取って割れてしまった瓶のことを思い出していると、

ドクン!!

突然、彼女の心臓が高鳴った。

「え?」

ドクン!!

ドクン!!

それに驚く間もなくな罪の心臓はさらに高鳴り、

ブワッ!

彼女の体中から滝のような汗が噴出してきた。

「なっなによ…これ…」

メリメリメリ!!

体中が内側から捏ねられるような感覚に、

ガクッ

夏海はその場に片膝をつくと、

「ちょっと、どうしたの?」

夏海の異変に気づいたクラスメイト達が駆け寄ってきた。

「だっ大丈夫よ…

 大丈夫…」

駆け寄ってきたクラスメイト達に心配をかけさせまいと夏海はそう繰り返すが、

しかし、彼女の意識は徐々に遠のいていくとその場に崩れるように倒れてしまった。



「あっあれ?」

ハッと目を覚ました夏海の視界に飛び込んできたのは保健室の天井だった。

ガバッ

慌てるように飛び起きた夏海が周囲を見回していると、

「ようやく目を覚ましたか」

彼女が寝かされているベッドの横から瞬の声が響いた。

「え?

 瞬?

 あっあたし…どうしたの?」

保健室で寝かされていることに合点の行かないような表情で夏海が瞬に尋ねると、

「なにを言っているんだ?

 お前、体育の授業中、倒れたんだぞ」

と夏海を指差しながら瞬が状況を説明した。

「え?

 あたし倒れたの?」

瞬の言葉に夏海はキョトンとしながら聞き返すと、

「あのなぁ…

 大騒ぎだったんだだぞ」

そんな夏海に瞬はあきれたポーズをしながら言い返し、

そして、急に真面目な表情になると、

「なぁ…

 朝のあの液体のせいじゃないか?」

と夏海に尋ねた。

「う〜ん、そーかなぁ」

瞬の言葉に夏海はそう呟きながら首をひねっていると、

「あら、目が覚めた?」

と言う声と共に養護の教諭が二人の前に姿を見せてきた。

「あっ」

姿を見せた教諭の姿に夏海は頭を下げると、

「うん、顔色が戻ったし大丈夫そうね…

 一種の貧血みたいだから、

 今日はもぅ帰りなさい」

そんな夏海を見下ろしながら教諭がそう指示をすると、

「え?

 でも、授業は?」

「ばーか、

 もぅ6時間目もとっくに終わっているよ」

授業のことを気にする夏海に瞬はそう言うと、

軽く彼女の頭を小突いた。

「えぇ!!」

瞬の言葉と同時に夏海の悲鳴が部屋中に響き渡る。



「医者に行かなくていいのか?」

「だらら大丈夫だって」

ドドーン

国道は相変わらず通行止めのままで、

瞬と夏海は未だ荒れる海をバックに海岸線沿いの小道を歩いていく、

「しかし、なんだったんだろうなぁ…

 あの液体って」

先を歩く瞬が手を頭の後ろで組みながらそう呟くと、

ザザザザ

突然、彼の後ろから何かが駆け下っていく音が響き渡った。

「え?」

その音に瞬が思わず振り返ると、

夏海が波が打ち寄せる海岸に向かって斜面を駆け下りているところだった。

「なっ何をやっているんだ、あいつは」

降りていく夏海を追って瞬もすぐに駆け下りて行く、

そして

「おいっなにを…」

夏海を追いかけながらそう声を上げようとしたとき、

「あっあのバカ!!」

瞬の目には制服を着たまま海の中へと入っていく夏海の姿が映っていた。

「何を考えているんだ!!」

「さっさと戻って来い!!!」

顔を真っ青にして瞬は叫ぶが、

しかし、夏海はそんな瞬に構うことなく打ち寄せる大波を掻き分けて海の中へと入っていった。

「バカ野郎!!」

瞬も夏海を連れ戻すべく海の中へ入ろうとするが、

しかし、打ち寄せる波に行く手を阻まれてしまい立ち往生すると、

「とっとにかく、誰かを!!」

波間に浮かぶ夏海の姿に瞬が慌てて引き返そうとした。

すると、

「大丈夫だって…」

夏海の声が彼の耳元に聞こえてきた。

「え?」

その声に瞬は振り返ると、

「おーぃ」

波に揉まれる様にして夏海が手を振っている。

「なんだ?

 あいつは…」

その様子に瞬は驚いていると、

程なくしてスーッと夏海が岸へと近づいてくると、

そして、打ち寄せる波の中から飛び出すようにして岸に上がってきた。

「馬鹿野郎!!

 なんてことをするんだ!!」

岸に上がってきた夏海に向かって瞬は思いっきり怒鳴ると、

「いやぁ…

 なんか、体が乾くような息苦しさを感じたから、

 海の中の入ってみようと思って」

ずぶ濡れのセーラー服から海水を滴らせながら夏海はそう説明をした。

しかし、

「バカかお前は!!

 こんな荒れた海に飛び込む奴があるか!!」

そんな夏海の態度にキレ掛かった瞬が大波が打ち寄せる海面を指差して、

さらにボルテージを上げて怒鳴った。

「そんなに怒鳴らなくても…」

耳を指でふさぎながら夏海はそう反論すると、

「あーったく、

 濡れ鼠になりやがって、

 いくら暑くなってきたからといっても

 風邪を引くぞ!!」

瞬は夏海の言葉には聞く耳を持たずに片手で目を覆った。



「見ないでよ」

「誰が見るかっ」

ジャー!!

岩陰で下着姿になった夏海が濡れたセーラー服を絞る音が響き渡る。

「でも、分からないのよね

 何であたしが海に入ったのかって」

「なんだそりゃぁ?

 理由もなく海に飛び込んだのか?」

夏海の言葉に彼女に背を向けたままの瞬が返事をする。

「うん、

 なんか、こう…
 
 ほらっ
 
 なんていうのかなぁ
 
 瞬にも無い?
 
 体中がそれをしたくてムズムズすることって…
 
 うん、
 
 そんな感じがしたのよ、
 
 海を見ていたときに…」

「はぁ?

 それでお前、海に飛び込んだのか?
 
 一歩間違えれば死んでいたところだぞ?」

「そーかなぁ…

 あたしにはそんなに怖いようには見えなかったけど」

「度胸があると言うか、

 無鉄砲っていうか」

「随分な言われ様ねぇ」

「俺は有りのままを言っている」

「はいはい」

そんな会話をしながら夏海の手がスカートに伸びたとき、

ドクン!!

再び夏海の心臓が高鳴り始めた。

「うっ」

その途端、夏海の口からそんな声が漏れるとその場に蹲る。

しかし、

「あーったくもぅ…」

夏海に背を向けていた瞬は夏見の異変に気がつくことなく、

相変わらず文句を言っていた。

「しゅ瞬、助けて!!」

声を振り絞りながら夏海が訴えると、

「ん?どうした?」

その夏海の声に気づいた瞬が振り返ると、

「あっ足がぁ…」

夏海は岩場に這い蹲るようにして倒れ、手を瞬に差し伸べていた。

「なっ夏海!!!」

その様子に瞬は慌てて夏海を抱きかかええると、

「足がどうしたって?」

と聞き返しながら夏海の足を見た。

すると、

「そんな…」

瞬の目に映ったのはまるで溶けていくチョコレートのように、

形を失っていく夏海の両足だった。

「なんだ、これは…」

ドロッ

張り詰めていた皮膚がまるで溶けるように垂れると、

ゆっくりと左右の足が癒着していく。

「たっ助けて…瞬…」

その様子を見下ろしながら夏海は瞬にしがみつく。

しかし、彼女の足は太ももからふくらはぎ、

そして足先までもが溶けて癒着すると、

一本の肉棒と化していった。

「いやぁぁぁぁ!!!」

夏海の悲鳴が潮騒の中に響き渡る。

「しっかりしろ、夏海!!」

瞬は何度も声を上げるが、

しかし、彼女の両足はひとつに癒着すると

骨格が変わったのか夏海の腰から下が波を打つように動き始めた。

そして、

グニッ

肉棒と化した夏海の足先が左右に分かれ始めると、

数歩の筋がその中から姿を見せ、

やがて筋はまとまると立派な鰭へと姿を変えていった。

「ひっ鰭?」

次第に形になっていく鰭に瞬は思わずそう呟くと、

「あっあっ

 何かが出てくる!!」

体の新たな変化を感じ取った夏海はそう声を上げた途端、

ムリッ!!

今度は腰の両脇から同じような筋を持った鰭が突き出してきた。

「なんだこれは?」

グググググ…

3箇所から付き出てきた鰭に瞬が驚いていると、

ジワッ

今度はまるで花が咲くように青緑色の鱗が湧き出してくると、

夏海の下半身を一気に覆い尽くして行った。



「おーぃ、

 なんか食うものを買ってきたぞ、
 
 それにしても、妙に騒がしかったなぁ
 
 警察もあっちこっちに出ていたし」

日が落ち、あたりに夜の闇が迫ってきた頃、

コンビニの袋を提げた瞬が夏海の元に戻ってきた。

「とにかく何か食わないとな」

ガサガサ

袋を開けて、取り出したオニギリを夏海へ差し出すと、

「いらない…」

夏海は一言そう言うとまだ荒れている海を見つめた。

「とにかく食うんだ」

そんな夏海に瞬は強引にオニギリを握らせると、

彼女の腰から下に視線を移した。

そこには今朝まであった白い2本の足はなく、

代わりに淡い光を放つ鱗に覆われた魚の尾びれが静かに横たわっていた。

「あたしどうなるのかなぁ?」

オニギリを握り締めながら夏海はポツリとそうこぼすと、

「なぁに、心配をしているんだよ。

 とにかく病院へ行こう、
 
 夏海の足がこんな形になったのは

 きっと、あの液体のせいだよ」
 
瞬は夏海を襲ったこの変身が

朝、あの瓶から零れた液体であると結論付けて医者に行く様に勧めると、

「イヤよ」

夏海は瞬の提案を一蹴し、

「どうせ、医者に見てもらっても

 原因がわからずにきっとモルモットのように切り刻まれるに決まっているわ

 そんな目にあうなら…」

とそこまで言うと、

ジッ

と瞬を見つめ、

そして、

「お願い…

 あたしを海まで運んで」

と訴えかけるような視線で懇願した。

「うっ海に?

 なんで?」

「だって、あたしは人魚になちゃったのよ

 人魚は海でしか生きられないわ」

「おいおいっ

 夏海が人魚のわけ無いだろう」

「なにを言っているの?

 この尾びれが見えないの?
 
 あたしは立派な人魚よ、
 
 もぅ瞬たちとは暮らせないわ、
 
 だからあたしを海に運んで」

そう叫びながら瞬に飛びついた夏海は涙を流した。

「まぁ待て、

 落ち着け」

「落ち着いてどうするって言うの?」

「いいから落ち着け!!

 大体、海に行ってどうするんだ?

 そこで暮らしていくるのか?」

「そっそれは」

「とにかくだ、

 おじさんおばさんに事情を説明しないと」

「それはやめて!!」

「なんで?」

「こんな姿見られたくない」

「だからと言って!!」

瞬と夏海がそう言い合っていると、

「おーぃ、そこ、

 誰か居るの?」

と男性の声が響きわたるの同時に、

チカッ

男性が手にしている懐中電灯が瞬と夏海を照らし出した。

「うわっ、なんだ?」

明かりを手でさえぎりながら瞬が声を出すと、

ガサッ

二人の前に姿を見せたのは一人の警察官だった。

「ん?

 そんなところで何をやっているの?

 学生みたいだけど、学校はどこ?」

というおなじみの質問に

「………」

瞬と夏海は顔を見合わせていると、

「あれ?君…その足は…」

夏海の体に気づいた警察官が懐中電灯で彼女の足を照らし出した。

ギュッ

懐中電灯の光が夏海の尾びれを照らし出すと同時に夏海は身を縮こまらせる。

「いやっあのぅ…」

警察官の言葉に瞬はどう答えようかその言葉を選んでいると

「そうか、君もあの病気に罹っていたのか」

警官官から出てきた言葉は意外なものだった。

「え?」

その言葉に瞬は警察官を見ると、

「あぁ、ちょっと待って、

 いま救急車を呼ぶからね」

警察官は二人を安心させようとしているのか、

柔らかめの口調でそう告げると、無線機を取った。

「あっあのぅ…病気というのはいったい??」

警察官のやり取りを聞いていた瞬が恐る恐る尋ねると、

「ん?

 なんだ、知らないのか?

 いま、この街でな

 彼女のように足が魚の尻尾のような姿になってしまう病気が急速に広がっていてね。

 なんでも、中学や高校生くらいの女の子が集中的に発病しているみたいで、

 まぁわたしもこうしてそんな女の子がいないか見回りをしていたところなんだよ」

と警察官は説明をした。

「病気??」

「みんな罹っているの?」

警察官の言葉に瞬と夏海は顔を見合わせていた。

こうして、夏海は警察官が手配した救急車で市立病院へと搬送され、

そこで治療を受けることになったのだが。



「マーメイドシンドローム?」

「あぁ、そういうようになったそうだ」

あれから一ヵ月後

学校帰りクラスの連中と共に夏海たちの見舞いに向かっていた瞬は思わず聞き返した。

「まったく、戦時中旧海軍が極秘に開発していたものだったらしいけど、

 でも迷惑な話だよなぁ」

花束を持つクラスメイトはそう言いながら空を眺める。

そう夏海が罹った人魚病はウチの学校でも数十人近くの女の子が発病していて、

彼女と同じ病院に収容されていた。

そしてその病気は短い間に周囲に拡散し、

いまではそれほど珍しい病気ではなくなっていた。

無論、その過程ではマスコミのヒステリックな報道もあいまって、

一時は人類絶滅かとも騒がれたが、

しかし、追って病気に罹っても命には別状が無いこと、

そして、病気によって人魚変身したその容姿に憧れる人も出てくるようになって

あまり騒がなくなっていた。

「あーぁ、あたしも人魚病に罹りたかったなぁ」

瞬たちのやり取りを聞きながら、ふと同伴の女子がそう呟くと、

「罹ったら罹ったで大変だぞう」

と言う声が出るが、

「でもね…」

そう言いながら彼女が見下ろすリハビリ用のプールを見ると、

そこには鱗を輝かせながら戯れる人魚達の姿があり、

そして、その中の一人が瞬達に気づくと大きく手を振った。

「なんだ、夏海の奴…元気そうじゃん」

そんな夏海を眺めながら瞬はそう呟いていた。



おわり