風祭文庫・人魚の館






「人魚になる病気」
…美香の場合…


作・風祭玲

Vol.319





カシャンッ!!

段違い平行棒の音が放課後の体育館に響き渡ると、

「ほっ」

レオタード姿の少女が華麗に宙に舞う。

その一方で、僕は

「工藤さん…すごい…」

と呟きながら体育館の入り口で彼女の演技をじっと見守っていた。

カシャッ

カシャッ

少女の腕が棒に届くたびに体育館の中に音が響き渡る。

やがて、

カシャン!!

ひときわ大きな音が響き渡ると、

クルッ!!

少女の身体は大きく円を描きながら、

タンッ!!

その勢いをせき止めるかのごとく床に敷かれたマットの上にスッと立つと、

一瞬の間を空けた後、

パチパチパチ

それを見ていた僕は思わず手を叩いてしまっていた。

「あっ高山君!!

 見てたの?」

体育館に響く拍手の音に美香が気がつくと僕の名を呼びながら傍へと走り寄ってきた。



工藤美佳…

小学校からこの高校とずっと一緒だったが、

僕にとって別に気にとめる存在ではなかった。

けど、何故か最近、妙に彼女のことが気になって仕方なくなっていた。

「あっ(どき)うっうっん」

間近に迫ったレオタード姿の彼女に、

僕は意識しないように心がけながら返事をすると、

「ねぇ…

 どうだった?

 あたしの演技!」

といまの平行棒の演技の出来を僕に尋ねる。

「うっうん、とても良かったよ」

「ありがとう!!」

僕の当たり障りのない返事に彼女はそう礼を言うと、

「でも…なんでそんなに赤くなっているの?」

っと僕の態度について聞き返してきた。

「そっそんなこと…なっ何でもないよ」

彼女の言葉に僕は思わず反論してしまうと、

「あら、この間までそんな顔をしなかったのに、

 高山くんのエッチ!!」

とまるで工藤さんは僕の心の中を見通したような台詞を言った。

「う゛っ…」

その工藤さんの言葉に僕は何も言い返すことが出来なくなると、

ダッ

その場から逃げるように駆け出してしまった。

「あっ…なにも逃げなくてもいいじゃない」

僕の後ろから工藤さんの言葉が追いかけてくるが、

しかし、僕は心の中を見通された恥ずかしさからか、

一刻も早くその場から逃げ出したかった。



そして、その翌日の昼休み…

昼食を済ませた僕が本を読んでいると、

「なぁ…工藤って妙に色っぽくなってきたと思わないか?」

と言う声が教室に響き渡る。

「え?」

その声に僕は思わず振り向くと、

クラスメイトの白川くんと竹柴くんが

教室の窓から体育館の中で練習をしている工藤さんを眺めながらそう話していた。

「………」

僕も別の窓から工藤さんを見てみたかったが、

しかし、昨日のこともあって僕の腰は重かった、

「そうだなぁ…

 この間まではあまり感じなかったけど、

 確かに雰囲気が変わったよなぁ」

「ほらっ、人魚病を発病する前って…

 女の子が色っぽくなるって言うけど、

 まさか…」

「人魚病か?

 おいおい、だとしたら俺達の学年では始めての発病者か?」

竹柴君の指摘に白川君が興奮した口調で返事をする。

「うんまぁ…そうだけど

 でも…本当に発病するかどうかは…」

と竹柴君が言いかけたところで、

「ん?

 おいっ何かあったみたいだ…」

と体育館を指さしてそう言った。

「え?」

彼のその言葉に僕は思わず立ち上がって窓際に行ってみると、

確かに体育館の中で何かの騒ぎが起きているようだった。

そして程なくして工藤さんが練習中に倒れ、

そのまま救急車で病院に運ばれていった。

と言うニュースがクラスの中を駆け抜けていった。

「なぁ…やっぱり工藤の奴、人魚病なのか?」

「いやっ詳しくは判らないよ」

「あたし、従姉妹で人魚病になった人がいるけど、

 うん、その時とよく似ているよ」

「へぇ…工藤が人魚にねぇ…へへへ」

「もぅ、イヤな笑い声はしないでよ、

 大変なんだからね、人魚病になると…」

工藤さんの病状を巡ってクラスの中が騒然とするが、

しかし、僕にとってはどうでも良かった、

とにかく再び工藤さんが体操を出来ればと祈っていたんだけど、



翌日、

担任から工藤さんが人魚病を発病して病院に入院したと言うことを告げられると、

クラスの中は案の定大騒ぎになった。

「はいっ、静かにしろっ

 お前達、人魚病については詳しくは知っていると思うが、

 あまり大騒ぎはするなっ

 それと女子は午後に抗体検査があるから

 指示があるまであんまり教室から出歩くなよ」

担任は短めにそう告げるが、

「ねぇ、あたし人魚病の人って見るの始めてなの」

「いいなぁ、あたしも罹りたいなぁ…」

「なに言っているんだよ、お前が罹ったら人魚じゃなくてアザラシじゃないか」

「ひっどーぃ」

工藤さんのことは何処吹く風だった。



人魚病(マーメイドシンドローム)…

10年ほど前くらいから中学から高校生位までの

いわゆる思春期前後の女の子達の間に流行り始めた病気で、

この病気に罹ると文字通り女の子の足が鱗に覆われた魚の尾鰭と化してしまい、

その容姿から人魚病と言われるようになっていた。

なんでも、旧海軍が開発していた細菌兵器が大本らしいけど

でも、発病するのは主に中高生の女の子でしかもすべての女子が発病するわけでもなく、

また、感染して発病しても命に関わることはない上に、

感染後半年から長くて1年ほどで体の中に抗体が出来ると元の姿に戻ることから、

いわゆる運の悪い女の子の一種の通過儀礼てきな病気へと認知されていった…



「工藤さん、落ち込んでなければいいなぁ」

大騒ぎのクラスメイト達を横目に

僕は空いたままの工藤さんの席を眺めながらそう呟いていた。

そして、その工藤さんが再び僕の前に姿を見せたのは3日後のことだった。

「おはよーっ、高山くん!!」

登校途中、突然かけられた声に思わず僕が振り返ると、

「やぁ」

車椅子に乗った制服姿の工藤さんが笑顔で挨拶をした。

見たところ2本の足はシッカリとその姿が確認できて、

彼女が人魚病を発病したようにはとても見えなかった。

「工藤さん…

 かっ身体大丈夫なの?」

予想よりも早く退院してき工藤さんに驚きながら僕が尋ねると、

「何いってんのよ、

 人魚病なんて病気のうちには入らないわよ」

と工藤さんは明るく返事をした。

「でっでも…」

「そりゃぁ…当分の間は歩けなくなるけど…

 でも、いいわ

 これも神様があたしに休めって言ってくれたのだと思う」

工藤さんはそう言いながら諦め気味に空を眺めた。

「そっそれじゃぁ…体操は…」

工藤さんの言葉に僕は思わずそう尋ねると、

「………」

暫く工藤さんは黙った後に、

「さぁ行きましょう…

 遅刻しちゃうわよ」

と言って先に進んでいった。



人魚病が世の中に流行りだしてから、

道路や建物が大改修され、街の中を車椅子で移動することは

ほぼ歩くことと同じくらいの労力になっていたが、

でも、車椅子に不慣れな工藤さんの姿は大変そうだった。

「はぁ……

 これで半年間は車椅子かぁ…

 折角、練習してきたのになぁ」

車輪を回しながら無念そうに工藤さんが呟くと、

「でも、泳ぐことは出来るんでしょう?」

と僕は尋ねた。

「そりゃぁ、人魚になるんだから泳げるけど、

 でもね…

 ずっと頑張ってきただけに

 あーぁ、無念!!」

工藤さんはそう訴えると、

ポンッと

車輪のリングを叩いた。

「じゃぁ、もぅその足では全然立てないんだ」

思わず僕が尋ねると、

工藤さんは車椅子を止めると、

チョイチョイ

と僕に合図をした。

「え?」

その合図に誘われるようにして僕が近寄ると、

「高山君にだけ見せてあげるね」

と囁くと、

バッ

突然工藤さんはスカートをめくり上げると、

「ほらっこの通りよ!!」

と言って自分の太股を見せた。

「えっ!」

彼女の突然の行為に僕は思わず驚いたが、

確かに、工藤さんの脚の膝から下は2本の足だったが、

しかし、その上の太股は一つにくっつき、

そして、肌には朱色の鱗がコロニーを作りながら姿を見せていた。

「………」

その様子を見た僕は呆気にとられていると、

「というわけ…

 1週間もすればこの足は魚の尻尾になってしまうわ」

と工藤さんは僕に説明をしながら、

ピシャリ

と鱗に覆われていく太ももを叩くとスカートを下ろした。

「………」

僕には何も言うことはなかった。



やがて僕たちが学校に着くと、

工藤さんは文字通り学園のアイドル状態になっていた。

確かに、女の子の病気と言っても

感染して人魚病を発病する子は10人に1人程度と低く、

また最近では人魚化した少女達がグループで芸能界にデビューするなど、

人魚病を取り巻く環境はそれほどキツイものではなかった。

けど、近寄ってくる連中がみな下心丸出しの上に

大好きだった体操が出来なくなってしまった工藤さんの心中を察すると

僕の心は締め付けられるような感じがした。

しかし、工藤さんはそれにもくじけずに、

後輩達の指導にと毎日部活には顔を出していた。

その一方で、工藤さんの脚は日に日に変化していき、

1週間が過ぎると工藤さんが言っていたとおり、

彼女の足は朱色の鱗に覆われた美しい魚の尻尾になってしまった。

「へぇ…綺麗なものだな」

日を受けてキラキラと輝く工藤さんの魚の尻尾を眺めながら僕がそう言うと、

「そう?

 あたしには不便で仕方がないけどね」

魚の尻尾と引き替えに歩けなくなった自分の体に文句を言う。

確かに発病してから1週間、

何事もなければ朝練に放課後と体操の練習に汗を流すのが工藤さんの日課だっただけに、

ずっと続く運動不足の日々に工藤さんは嫌気がさしているようだった。



そんなある日の放課後…

体育館へと続く渡り廊下で工藤さんの姿がポツリとあった。

「工藤さん…

 部活には行かないんですか?」

彼女の傍に駆け寄ってそう尋ねると、

「高山君?

 顔を上げた工藤さんの顔に涙が浮かんでいた」

「いっ一体、どうしたんです?」

工藤さんのただならない様子に思わず尋ねると、

工藤さんはポツリと、

「昨日、病院に行ったら、

 あたしの身体の抗体の増え具合が他の子よりも遅いって」

と呟いた。

「え?」

その言葉に僕が思わず聞き返すと、

「だから…

 だから、あたしが人間に戻れるまで3年くらいは掛かるって…」

「そっそんな…

 3年も人魚のままだったら…」

「半年なら頑張れば何とか追いつけるけど…

 でも、3年なんてどんなに頑張っても無理よ!!」

泣きながら工藤さんは僕の身体にしがみつくと、

泣き出してしまった。

「どっどうすれば…」

僕はただなす術もなく工藤さんの身体を抱きしめていた。



その翌日からの工藤さんはどこか元気がなかった。

「工藤さん…大丈夫かなぁ…」

うつむいたままの彼女を見ながら

なんとかして工藤さんが元気にならないか考えたが、

しかし、妙案は浮かんでこなかった。

そんなある日…

「あれ?工藤さん見なかった?」

休み時間が終わって教室に戻ると、

工藤さんの席には彼女の姿は見えなかった。

「あっ…

 そういえば体育館の方に行ったみたいだけど

 まだ戻ってこない?」

クラスメイトが僕の問いかけにそう答えると、

「判った、ちょっと呼んでくるよ」

僕はそう言うと体育館の方へと向かっていった。

何か胸騒ぎがする…

そんな感覚に僕の足は自然と急ぎ足になった。



カチャッ

体育館のドアを開けると、

どこも授業には使っていないらしく体育館の中はシンと静まり返っていた。

「工藤さん?」

恐る恐る覗き込むと、

「あっ」

体育館の隅にある平行棒の器具の傍に工藤さんの姿があった。

「工藤さん、もぅ授業が始まるよ…」

そう言いながら僕が近づいてくと、

ザクッ

ザクッ

と何かを切っているような音が聞こえてきた。

「なにを…しているんだ?」

音共に工藤さんの異様な雰囲気に僕が恐る恐る近づいていくと、

「え?」

その光景に思わず目を疑った。

と同時に、

「くっ工藤さんっ、いっ一体何を!!」

慌てて僕が彼女の腕をひねり上げると、

「いやぁぁぁぁ!!

 切らせて!!
 
 あたしのこの呪われた脚を切り裂かせて!!」

と声を張り上げた。

そう、工藤さんは手にしていたカッターナイフで

人魚化した自分の脚に切り付けていたのだった。

「だっダメです

 そんなことをしては工藤さんが死んでしまいます」

「いやっ、こんな身体のまま生きるんだったら

 死んだ方がマシよ!」

「ダメですっ」

そう叫びながら僕はカッターを持つ工藤さんの手を体から引き離していると、

「おいっ、そこで何をしているんだ、

 授業が始まっているんだぞ」

騒ぎを聞きつけた教師が体育館に入ってくるなりそう叫んだ。

「せっ先生!!

 これを!!

 それと、工藤さんを保健室に!!」

と僕は叫んで、

工藤さんからカッターを取り上げると、教師の方に向けて床を滑らせた。



「何とか落ち着いたようね、

 傷の方もそんな深くはないから安心して」

ベッドで寝かされている工藤さんを横目で見ながら、

養護の先生は僕にそう告げると、

「はぁ…」

僕は力のない返事をした。

すると、

パンッ

先生は僕の肩を叩くと、

「なに、抜けた返事をするのっ

 あなたの彼女でしょう?

 こういうときはあなたが彼女に希望を見つけてあげるのよ」

とハッパをかけてきた。

「でっでも、先生…

 僕…どうしたらいいのか…」

と項垂れながらそう言うと、

「やれやれ…最近の子は考えることをしないんだから」

養護の先生はため息をつきながらそう言うと

「今度の土曜日には彼女の傷が癒えるから、

 そしたらプールに誘いなさい」

と僕の耳に囁いた。

「え?」

先生の言葉に僕が顔を上げると、

ニコリと先生は微笑んだ。

「え?、プール?」

金曜日、養護の先生に言われたとおり思い切って僕が工藤さんを誘うと、

「でっでも…」

困惑をした表情をしながら工藤さんは返事に苦慮していた。

「工藤さん、体操部を辞めてから長いこと身体を動かしていないし、、

 それに、もぅ泳いでも良いんでしょう?」

「うんまぁ…」

僕の問いに工藤さんがそう答えると、

「じゃぁ決まりだね」

彼女の答えを聞いた僕はそう言うと工藤さんの車椅子を押した。



そして翌日

「おっお待たせ…」

と言う声と共に人魚専用の更衣室から水着に着替えた工藤さんが、

人魚の人が通れるように水が張ってある通路を通って僕の前に姿を現した。

「へぇぇぇ…」

一見競泳水着のようなデザインでありながら

人魚用に改良された水着を見ながら僕が感心をすると

「なっなによ」

僕に見られて恥ずかしいのか

工藤さんは胸と臍のしたを左右の片手で隠した。

「じゃっ行こうか…」

「うっうん」

そう言って僕がプールに飛び込むと工藤さんもプールの中に入っていった。


プールには人魚病に感染をしても年齢的に発病をしない大人の女性と男性、

そして、工藤さんの様に発病して人魚の姿になってしまった女の子しか

いないはずなのだが

しかし、少数ながら発病する危険性がある年頃の女の子の姿も見受けられた。

「あぶないなぁ…

 発病したらどうするのかな?」

女の子達を見ながら僕がそう言うと、

「お母さんに聞いたことがある…

 なんでも、人魚病を発病したくてこうしてプールに来る女の子が居るって」

と工藤さんが説明をすると、

「あっきれたなぁ…

 そんな娘が居るの?

 へぇぇぇぇ」

僕はは目を丸くして驚いた。

「あたしも…

 何でこんな身体になりたいのか良くわからないわ」

「でも、人魚の子って可愛いじゃないか」

工藤さんの言葉に僕はそう反論すると、

「いやだ、高山くんったら、

 じゃぁ、なに?

 あたしって可愛い?」

そう言いながら工藤さんは僕を上目遣いで見た。

「えっ

 そっそれは…」

たちまち僕は顔を真っ赤にしてそのまま俯くと、

コクリ

と頷いた。

「………」

無言の時間が通り過ぎていく、

(くっ工藤さん…怒っているのかなぁ)

何の返事もないことに僕は恐る恐る目を開けると、

工藤さんは黙ったまま俯いていた。

「くっ工藤さん?」

僕は恐る恐る工藤さんに声をかけると、

スッ

突然、工藤さんの手が僕の手を握ると思いっきりプールの中に引き込んだ。

「あっ!!」

ドボン!!

たちまち僕の顔がプールの中に沈んでしまうと、

工藤さんが僕の身体に絡まるように抱き寄せ、

ゆっくりと浮き上がりながら、

「ありがとう…」

って僕の耳元で囁いてくれた。

「え?」

工藤さんのその言葉に水面に顔を上げた僕が驚いて振り向くと、

「だって、あたしがこんな身体になって以降、

 周りの人って変な好奇心や、

 下心丸出して声をかけてきて…

 そう、まるであたしを何か珍獣のような目つきでね。

 でも高山くんは依然と変わらない態度であたしと接してくれる、

 まるで彼女みたいにね」

と工藤さんは笑みを浮かべながらそう囁いた。

「いやっえっあっあのぅ」

工藤さんの思いがけない言葉に僕は恥ずかしくなると、

「いやだ…

 あたしったら何を言っているんだろう」

工藤さんはそういうなり、

チャプン

っと顔を水の中に沈めると、

スィッ

っと尾びれをくねらせながら一気に進んで行ってしまった。

「あっ」

瞬く間においていかれてしまった僕は慌てて工藤さんの後を追う、

すると、

「ねぇ…人魚の彼女、

 なかなかかわいいね…

 僕たちとちょっと遊ばない?」

ひと泳ぎでプールの反対側に着いてしまった工藤さんに

フリーター風の男性数人が話しかけてきた。

その光景を見た途端、僕の心の中に怒りがこみ上げてくると、

バシャバシャ!!

クロールで工藤さんのところへと向かうと、

「美香に何のようだ?」

っと男達に言った。

「なに?」

僕の声に一人が顔を上げると、

ムッ

僕は思いっきり連中をにらみつけた。

そして

「行こう!!」

と工藤さんの手をつかむなりそう一言言うと、

「おっおいっ待てよ!!」

工藤さんの傍にいた男が工藤さんの手をつかもうとした途端。

バシャッ!!

工藤さんは尾びれで思いっきり水面を叩いて、

「うわっ」

男たちに水しぶきを浴びせながら、

「あら、ごめんなさい、

 あたしには彼がいますのでこれにて失礼」

と捨て台詞を言うと、

「ちょっとあたしの腰に掴まって」

と言うなり僕の手を工藤さんの腰の両側につかませると、

ジャボン!!

っと尾鰭で水面を叩くと水の中に潜っていった。

「うあぁぁぁぁぁ」

サァァァァァ…

工藤さんの背中越しにプールの底が一気に動いていく様子が目に入った。

そして、見る見る向こう側の壁が近づいてくると、

トン!!

プハァ

僕と工藤さんは瞬く間にプールの中を移動して反対側へと来てしまった。

「凄い…」

工藤さんの泳ぐスピードに僕が驚くと、

「ほらっあの人たち行っちゃった」

工藤さんはバツが悪くなったのかスゴスゴと引き上げていく男たちを指差した。

そして、僕の顔を見ながら、

「ありがとう」

とお礼の言葉を言った。

「いっいや…」

工藤さんの言葉に僕は赤くなると、

「高山君…あたしのこと美香って言ってくれたね」

「あっ」

「嬉しかった…

 あたし…

 実は昔から高山君のこと…」

「え?」

工藤さんの思いがけないその言葉に僕が驚くと、

「高山君…人魚はいや?」

と工藤さんは僕に尋ねた。

ブンブン

僕は思いっきり首を横に振ると、

「美香のその人魚の姿凄くきれいだよ」

と言った。

すると、

「あっ酷い…

 それじゃぁ人間だったあたしには魅力がなかったみたいな言い方じゃない」

と言いながら工藤さんが膨れると、

「いやっ、そうじゃなくて、

 人間のときの工藤さんも素敵だったけど、

 人魚の工藤さんも素敵だよと言う意味で」

慌てふためきながら僕はそうワケを説明する。

すると、

「ふふふふふ…ありがとう、高山君」

工藤さんはそう言って僕の頬にキスをしてくれた。



そして、

「実はねぇ…

 あたし、シンクロナイズドスイミングをしてみようって思っているのよ。

 なんでも人魚のシンクロの大会が開かれるそうでね、
 
 あたし誘われているのよ、
 
 でも、体操への想いもあってね…」

と工藤さんは僕に言った。

「へぇそうなんだ…」

「心配掛けちゃてごめんね」

「ううん、そんなことないよ

 でも良かった、

 工藤さんが立ち直ってくれて」

そう僕が返事をすると、

「ううん、

 あたしこそ高山君に甘えていたわ、

 それに、冷静になって考えたら、

 あたしって人魚の体のマイナス面ばかり見てきたわ、

 まったく、この体のことはあたし自身の問題なのにね」

と工藤さんが言うと、

僕は何も答えずに工藤さんの手を握った。

そして、

「さぁ行こうか」

と声をかけると、

「うん」

工藤さんは大きくうなづくと

パシャッ!!

っと尾びれで水面を叩いた。



おわり