風祭文庫・人魚変身の館






「ラサランドス・天人魚編」
(最終話:旅立ち)



作・風祭玲


Vol.329





キィィィィン…

サファン達を乗せた浮舟がゆっくりとシウリアスの自動機械へと近づいていく、

「あの島ってこんなに高かったんだなぁ」

近づくにつれそびえ立っていく島を眺めながらカンダはそう呟くと、

「普通、あの線より下は水の下に隠れているからね」

とサファンは言いながら島の中程で緑と茶色の境界線を指さした。

「でも、不気味なくらい静かね…」

周囲に気を配りながらシンシアがそう言うと、

「あぁ…たしかに…」

サファンもこの異様な静寂さが気になっていた。



ィィィィィン…

浮舟は島を取り囲む崖をゆっくりと上がっていくと、

ウォォォォォォォン…

うなり声を上げる自動機械のすぐしたに到着した。

「ここからは歩いていくか」

船を止めたカンダはそう言うと、

自分の武具の具合を整えると、

浮舟から島へと飛び移る。

「あっ待って…」

それに続いてシンシアも飛び移ると、

「んじゃあたしも…」

とサファンも行こうとすると、

「あっサファンはそこで待ってて」

とシンシアはサファンの行動を止めさせた。

「なんで…」

膨れながら訳を聞くと、

「だぁって、

 その身体では何かあったときは足手まといよ、

 それとも、この甲冑を着て動けるって言うの?」

そうシンシアが言うと、

「あのなっ

 それくらいわけないよ」

とサファンは抗議すると、

「よいしょっ」

と甲冑を着込んだ。

「うっ(重い…)」

ややフラフラになりながらも

サファンが浮舟から落ちるようにして島に降りると、

「まったく…

 動けるか?
 
 カインっ」

とカンダが手を差し伸べた。

「うっ五月蠅いっ

 あたしに構うなっ」

サファンは怒鳴ると、

「マーエ姫様達はそこに残っていてください。」

と声を上げると、

『はーぃ!!』

元気良くマーエ姫の返事が返ってきた。

「じゃ行くよ」

「おうっ」

シンシアのかけ声と共にカンダとサファンは走ると、

シウリアスの自動機械へと向かっていった。

ゴゥゥゥゥン

間近に見る自動機械は10階建ての建物に相当し、

まさに威容を放っていた。

「トラップの類もなにもないわね」

気配を察しながらシンシアがそう言うと、

「あぁ…だが油断をするなよ

 シウリアスのことだから何が仕掛けてあるか判らないぞ、

 おいっ、カインっちゃんと付いてきているか?」

シンシアの言葉にカンダはそう答えると、

サファンに声を掛けた。

「(はぁ)あぁ、ちゃんとついてきているよ(はぁ)」

半分息を切らせながらサファンはそう返事をすると、

「大丈夫かぁ?

 息が切れているじゃないか」

とカンダはサファンに言うと、

「もぅ、あたしに構わないで」

サファンはそう言うと、

カンダの身体を押し戻した。

「全く、相変わらず強情だな」

カンダはそう言うと、

「シンシア…

 どこか入れる所はあったか?」

と先に建物に取り付いたシンシアに聞いた。

すると、

「ちょっと待って…」

何かを探るようにシンシアは建物の周囲を移動すると、

「これか…」

と呟きながら

クンッ!!

と建物の一部を引っ張った。

すると、

ガシュウーン!!

シンシアから少し離れたところの壁が普通のドア一枚分せり出すと、

カチャッ

っと開いた。

「さーすがぁ!!」

その光景にカンダは手を叩くと、

「まっあたしにかかればこんなもんね」

とシンシアは胸を張った。

「よしっ、

 じゃぁ行くぞ!!」

内部への通路が開いたのを見たサファンは、

率先して中へと入っていった。

「おっおい待てよ」

「もぅカインたら」

サファンの後をカンダとシンシアが追いかけてくる、

そして、

「こらっ

 勝手に行動をするなっ」

「そうよ、

 いまの上司はあたしなんだからね」

とサファンの後ろからカンダとシンシアが怒鳴ると、

「見て見ろよこれ」

とサファンは呟いた。

「あん…げっなんだここは?」

サファンの言葉に吊られるようにして建物の内部をみたカンダも

その異様な様子に唖然とする。

「あぁ…

 表側の仰々しさと違って、

 何もないみたいだな」

まさに”がらんどう”と言う言葉がぴったりだった。

建物の中は灯りが無く、

サファン達が入った入り口から差し込む灯りだけが

唯一の光源であるために、

内部の詳細は判らなかったが、

しかし、

声の響き具合やその雰囲気で、

いまサファン達が居るところは巨大な空間になっていることは明白だった。

すると、

「ねぇ、あそこに穴があるわよ」

とシンシアが中央部にポッカリと口を開けている巨大な穴を指さした。

「なんだ?」

「ん?」

穴に近寄ったサファンたちは身を乗り出して穴の下を覗いていると、

フォォォォォォォォ…

穴の下から不気味な音が聞こえてきた。

「なによ…

 ドラゴンでも飼っていると言うの?」

不気味な音にシンシアは怯えながらそう言うと、

ウォォォォォン…

突然音が変わった。

「何か来るっ」

そうサファンが言うと、

「なんだ?」

カンダはサファンを見た。

その途端、

グォォォォォォォォン!!

建物自体が共振をするかのように振動を始めると、

ポゥ…

天井がほんのりと光り始めた。

「なんだあれは…」

天井をカンダが見上げると、

「ん?」

巨大な壺が光っていた。

「あれは…

 クラインの壺…」

壺の姿にサファンは思わずそう呟くと、

「はっ!!」

あることに気がついた。

「まずい!!

 水が上がってくる、

 早く逃げるんだ!!」

即座にサファンはそう叫ぶと、

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

地響きが建物全体を揺らし始めた。

すると、

ブワッ!!

急速に水の匂いが内部に充満してくると、

ブワッ!!

穴から巨大な水柱が吹き上がった。

「うわぁぁぁ」

「きゃぁぁぁ」

たちまちサファンたちは水に飲み込まれると、

その流れに翻弄される。

『くそっ』

シュルン!!

サファンは水が身体に触れた途端、人魚に変身すると、

渦巻く流れに乗って、

カンダとシンシアを掴むと、

水を吸い込むクラインの壺から離れ始めた。

そして、

その壺を眺めながら、

『そうか、コイツがミルツークの水を飲み込んでいたのか』

と渇水の原因に気がついた。

しかし、

『くぅぅぅ』

クラインの壺に吸い込まれる水の勢いは猛烈で、

必死になって泳ぐサファンを徐々に近づけていく、

『負けるかぁ!!』

サファンは歯を食いしばって泳ぐが、

けど、

『うわぁぁぁぁぁ』

ついに力つきると、

一気にクラインの壺へと飲み込まれた。

その時、

『サファンさん!!』

マーエ姫の声が聞こえると、

グッ!!

人魚姿のマーエ姫がサファンを抱きかかえると、

ズンズンとクラインの壺から引き離し始めた。

『マーエ姫様…』

マーエの姿にサファンが呟くと、

『これでお互い様ですね』

とマーエ姫はサファンを見ながら笑みを浮かべた。

『あっカンダ達は…』

サファンはすぐにカンダ達の事に気がつくと、

『大丈夫ですよ』

とマーエ姫はそう言うと、

エマン達がそれぞれカンダとシンシアを抱きかかえながら

壺から離れていく様子が見えた。

『はぁ良かったぁ』

その様子にサファンは

ホッ

と胸をなで下ろすと程なくして水の流れは収まった。



ヴゥゥゥゥン…

すべての水を飲み込んだクラインの壺は停止すると、

灯りは消え、建物の中は再び暗くなった。

『よいしょっ』

やっとの思いで建物から這いだしたサファンたちは、

開けた口から吹き出した水で文字通り水浸しになっている表に出た。



『はぁ…助かったよ』

身体を乾かしながらサファンはマーエ姫に礼を言うと、

『いえいえ、あたしもお役に立てて嬉しいです』

とマーエ姫は答えた。

すると、

ゲホゲホゲホ!!

猛烈に咳をしながらカンダが気がつくと、

「あーえらい目にあった…」

と言いながら起きあがった。

『カンダ、

 どうだった?

 洗濯機の中に放り込まれた感想は…』

そうサファンが言うと、

「あぁ…

 洗濯物の気持ちがよくわかったよ」

と返事をしながらカンダは座り直した。

そして、程なくしてシンシアも咳き込みながら起きあがった。

『渇水の原因は間違いなくコイツだな』

「あぁ…」

建物を見上げながら言ったサファンの言葉にカンダは頷くと、

「それにしても、ありゃなんだ?」

と聞き返した。

『あぁクラインの壺と言ってな、

 古代に文明が水の貯蔵用に作った物と記憶している。

 それにしても

 まさか、シウリアスが手に入れていたなんてなぁ…』

そうサファンは頭を掻きながら言うと、

「サファン…その身体…」

とシンシアが言いながらサファンの身体を指さした。

『え?

 あぁこれ?

 どぅ、なかなか可愛いだろう!!』

そう言いながらサファンは尾鰭をパタパタを動かした。

「どうって…

 なんで人魚になっているのよっ!!」

そう言いながらシンシアがサファンに迫ると、

『なんだ、羨ましいのか?』

とサファンはシンシアに言った。

「うっ羨ましくなんか…ないわよっ」

シンシアは顔を真っ赤にするとプィと横を向くが、

しかし、その表情から羨ましがっていることは明白だった。

無理もない…

子供の頃…シンシアがなりたがっていたのは人魚姫だったのだから…

「ふぅ」

身体が乾き、

人魚の身体から二本足で立つ人間へと身体が戻ったサファンが、

「さて、で、

 どうする?
 
 カンダ?」

とサファンが善後策を尋ねると、

「ふっ決まっているだろう?

 ぶっ壊すんだよコイツを!!」

とカンダは声を上げた。

「そうだな…

 見たところ環境汚染を起こすような物はないみたいだし

 一丁盛大に壊しますか」

と言ってサファンが建物の外壁にケリを入れた途端。

ウォォォォォォォン!!!

突如サイレンが鳴り響くと、

キアキアキア…

と言う鳴き声と共に、

建物の上部から黒い影が沸き上がってきた。

「げっ、シャルクの妖魔…!?」

「バカッ!!」

「そんな…シウリアスの連中…

 シャルクの妖魔を手なずけていたのか!!」

サファンたちは予想外の妖魔の出現に驚くと、

慌てて浮舟へと戻っていった。

しかし、

「くそっ

 この野郎!!」

「きゃぁぁぁ!!」

「下がって!!」

襲ってくる妖魔の群れにカンダとシンシアは剣を抜くと斬りかかった。

そして、その中でサファンは急いで浮舟を出すと島から船を引き離した。

すると、

ギュォォォォン!!

ギュォォォォン!!

ギュォォォォン!!

「なに?」

これまで沈黙をしていた自動機械が一斉に浮舟を攻撃し始めた。

猛烈な弾幕に浮舟は翻弄される。

「カインっ

 このままではやられるぞ!!」

カンダが声を上げると、

「判っているっ」

サファンはそう言うのが精一杯だった。

と、そのとき、

グォォォン!!

一発の光跡が浮舟の真横を突っ切っていくと、

自動機械の砲台の一つを直撃した。

「え?」

濛々と煙りを吹き上げる砲台が崩壊していくのを眺めながら、

サファンは光跡が来た方角を見ると、

一隻のブハン級の浮舟がこちらに砲口を向けていた。

「あれは…」

それを見ながらサファンはそう呟くと、

くっ…

浮舟の2カ所に搭載してある回転砲塔の一つが動きはじめると、

その砲口をシウリアスの自動機械へと向けた。

「だっ誰が操作して居るんだ?」

浮舟を見ながらカンダが怒鳴ると、

「見て、あの旗…

 あれは、ダッカス様の…」

とシンシアが声を上げた。

「そうかダッカス兄…来てくれたんだ」

浮舟にはためく旗を見ながらサファンは呟くと。

シュゥゥゥン…

砲口に翠色の粒子が集まると、

ズパァァァン!!

砲口は一気に火を噴いた。

そして間髪入れずに、


ドゴォォォン!!


群がる妖魔を吹き飛ばして自動機械の真ん中に着弾する。

「ムッ」

煙を噴き上げる自動機械を見ながらカンダが唸ると、

ズバァァァァン!!

再び砲口が火を噴いた。

1発

2発

3発

続けざまに砲口が火を噴くと、

シウリアスの自動機械は至るところから吹き上げる煙につつまれると、

ゴワァァァァン!!

ついに自動機械の中から爆発が始まった。

しかし、

浮舟の攻撃は止むことはなく

炎をあげ崩れ始めた機械に対しても容赦はしなかった。

容赦ない砲撃によって機械の四方に据え付けられていた

シウリアスの紋章が砕けながら散っていくを見たサファンは

ふと、

「ひょっとして、わたしの…敵討ち…?」

言う言葉が脳裏によぎった。

とその時、

クワシャァァァン!!!

何かが割れる音が崩れゆく自動機械から響き渡ると、

ゴゴゴゴゴゴ…

ブワッ!!

地鳴りと供に機械の中から巨大な水柱が吹き上がった。

「クラインの壺が割れたんだ!!

 急いでここから脱出するぞ!!」

サファンはそう叫ぶと一気に浮舟を進めた。

ゴゴゴゴゴゴ!!!

自動機械から吹き上がった水の柱は見る見る大きくなっていくと、

自動機械は水に幾つにも引き裂られ、

そして、水の中に消えていった。



こうしてラサランドスの水源であるミルツーク湖の水位が回復していくと、

干上がり砂漠と化していた湖底は再び水の底へと沈んでいった。

そして、湖の水位が回復した頃、

ザーーーーー

ラサランドスに待望の雨が降り注いだ。

「なるほど…

 ミルツークの水位が下がっていたんで、

 雲がわき起こらなかったのか…」

降り注ぐ雨をみながらそうカンダが呟くと、

「まぁそういうことだね」

とサファンは呟いた。


その一方で、

人魚達を乗せてきた船・ウォルファの修理も順調に進み、

ラサランドスの技術陣との共同作業によって修理を終えた魔導炉が

再びウォルファに据え置かれると、

キィィィィィィン…

パパパパパパ…

ウォルファに新しい命を吹き込み始めた。

『ふぅ…

 なんとか目処が立ちましたね』

メイン動力が回復し、

灯りが戻ったウォルファのブリッジで人魚姿のサファンがそうマーエ姫に言うと、

『えぇ、

 これもラサランドスの方々のお陰です』

とマーエ姫は嬉しそうに答える。

すると、

『マーエ姫様…

 天界との通信が回復しました。

 すぐにご報告を』

とエマンが告げると、

『はぁ…気が重い…』

それを聞いた途端にマーエ姫の表情が曇った。

『天界?』

思わずサファンが聞き返すと、

『えぇ…

 この世界はすべて天界によって維持管理されているのです。

 ですから、この船のように異世界から異世界へと移動する場合は

 必ずその管制を受けなくてはならないのです。』

そうマーエ姫は答えると、

サファンの一歩前に進み出た。

すると、

ブッ…

さっきから青一色のだったブリッジのスクリーンに数本の線が走ったと思った途端。

『ザザザザ…』

ノイズの音共に、

『…2番、入りました!!』

『カスラムさんっ、

 回線2番です。』

『判っているわよっ

 さっきからやっているじゃない』

と何やらに慌てているようなぎやかなざわめきが聞こえ始めてきた。

『なんだ?』

サファンは訝しげながらスクリーンを見つめていると、

フッ!!

スクリーンが動いた途端、

金色の髪を肩まで流し、

背中に羽根を生やした女性がスクリーンに映し出された。

『天使?』

彼女の姿を見たサファンは思わずそう呟いた。

すると、彼女はこっちを一目見て、

『…これ、もぅ繋がっているの?』

っと横を見ながら尋ねたのち、

スゥゥゥゥ…っと息を吸い込むと、

キッと睨み付け、

『こらぁ!!

 救難信号も出さずに一体何処で何をしていたの!!

 もぅこっちはあんた達が消息を絶つ直前までの航跡をトレースして、

 救助艦隊を出しているんだからね』

と怒鳴り声を上げた。

『うわっ』

向こう側のあまりにもの剣幕にサファンは驚くと、

『申し訳ありません。

 カスラム様っ

 実はディメンジョン・ワープ中に魔導炉のトラブルが起こりまして、

 それで、一番近い世界に緊急避難をしまして、

 そこで、魔導炉の修理をしていたのです』

とマーエ姫が理由を言うと、

『判ったわっ

 とにかく、いまいる場所の座標を送って、

 救援艦隊をそっちへ向かわせるから』

カスラムと言う天使はそうマーエ姫に言うと、

『はぁ、判りました』

その指示にしたがってマーエ姫はブリッジの人魚に指示を出した。

その途端、

カスラムの顔色が変わった。

そして、

『マーエ、あなたいまルルカにいるの?』

と尋ねると、

『はぁ…そうですが…』

マーエ姫がやや合点が行かない返事をした。

『そっか…

 うーん、どうしよう…』

カスラムは困った顔をして頭を掻くと、

『ちょっと待って、

 いま、ミカエル様に聞いてくるから…』

と言うと席を立った。



『マーエ姫様…

 ルルカって何か問題を抱えているのですか』

恐る恐るサファンはマーエ姫に尋ねると、

『あっそう言えば…』

何かを思い出すようにしてエマンが呟いた。

『何か知っているのですか?』

『はぁ…

 わたくしもあまり詳しくは知りませんが、

 確か、外部からの立ち入り規制が行われているとか』

と話すと、

『そっそうなんですか…』

マーエ姫は目を丸くして驚いた。

しかし、サファンは立ち入り規制という言葉に一抹の不安を感じて、

『立ち入り規制って…

 ルルカになにか問題があるのですか?』

と尋ねると、

『はぁ…

 その辺の詳細はなんとも…』

とエマンは言うだけだった。

すると、再び画面にカスラムが姿を現すと、

『(コホン)では決定を申し伝える。

 ウォルファの修理が完了している。

 と言う話なので、

 救援艦隊の派遣は中止します。

 ですので、準備が出来次第。

 速やかにルルカより離れてください』

とカスラムが告げると、

『あのぅ…』

とサファンは進み出ると声を上げた。

『なにか?』

サファンに気づいたカスラムがそう言うと、

『ルルカに何か問題があるのですか?』

と尋ねた。

『ん?そのことに関して、

 私の口から申し伝えることはない。

 準備が出来次第、早々に引き上げること』

と言うとカスラムの姿は画面から消えてしまった。

『なんか…気になる言い方だなぁ…』

ある種のもどかしさを感じながらサファンはそう呟くと、

ポン!!

とマーエ姫はサファンの肩に手を乗せ、

『大丈夫ですよ、

 これまで、何事もなく来たのでしょう?

 それなら問題は無いですよ』

と笑顔でサファンに告げた。



「そうですか…

 もぅ旅立たれますか」

『えぇ、

 もっとここには居たかったのですが、

 ウォルファの修理も終わりましたし、

 それに、私たちが向かっていた先方が待っている。

 と連絡が入りましたので』

サーラ姫様の言葉に出航の挨拶にラサランドスに来たマーエ姫はそう答えると、

「道中のご無事をお祈りします」

とサーラ姫様が告げた。

すると、

『それで、出航に当たって一つお願いがあるのですが』

とマーエ姫が切り出すと、

「はいっ、

 私たちで出来ることなら何なりと仰ってください」

『ありがとうございます。

 実は、出航と同時にウォルファはワープに入るのですが、

 ただ、いまウォルファをワープさせるには、

 それだけの魔導エネルギーを持った水が必要なのですが、

 現在、ウォルファの周囲にある水の量では、

 とてもワープをするだけのエネルギーが賄えません。

 それで、出来ればウォルファをミルツーク湖に移動させて、

 ミルツーク湖の水の魔導を利用してワープをしたいのですが』

と懇願すると、

ザワッ

マーエ姫のその言葉にサーラ姫様の周りにいる者達から一斉にざわめきが上がる。

『あっ、あのう…

 魔導エネルギーを拝借するだけでして、

 湖水を汚染したり、

 また、湖水を大量に消費するようなことはありません』

周りの反応を見たマーエ姫は慌ててそう付け加えると、

「大丈夫ですよ、

 あなた方のお陰でミルツーク湖の水は戻ったのですから、

 えぇ、ご自由にお使いください。」

そうサーラ姫様はマーエ姫に告げると、
 
「それでよろしいですね」

とサーラ姫は重臣達に同意を求めた。

『あっありがとうございます』

マーエ姫は喜びながらそう返事をした。

「困ったときはお互い様です」

サーラ姫様はそう言った。



落下点の湖からウォルファが浮上したのは翌日の昼前だった。

「しっかし、こうしてみると凄い大きさだなぁ」

「うん」

サファンとカンダは浮舟より間近に迫るウォルファの巨体を眺めながら頷くと、

クォォォォォォン

ウォルファは地上に影を落としながらゆっくりとミルツーク湖へと移動していく。

そして、ミルツーク湖の上に躍り出ると、

シュゥゥゥン

湖の周囲から光の粒子が沸き上がり始めると、

一斉にウォルファへと集積し始めた。

「ほぉすげー」

「魔導を纏っているのか」

その光景を見ながらサファン達が呟くと、

「ウォルファより電文…

 ”ラサランドスのみなさん、
 
  またいつか会いましょう”
 
 とのことです」

そう通信担当部員が声を上げた。

「ほう、電文とは、味なことをするじゃないか」

カンダが感心した台詞を言うと、

「喋ると、別れが辛くなるからね」

とサファンが呟く、

すると、

「おっ動き出したぞ!!」

そうカンダが声を上げると、

ゴォォォォォ…

正面に小さな光のリングと

後方に大きなリングを発生させたウォルファが、

魔導の粒子を従えて湖面上を動きはじめると、

程なくしてこの浮舟の正面を通り過ぎていく、

そして、

遠方に見えるラサランドスを横目に見ながら、

雲一つない青空へと舞い上がると、

グングンと空のかなたへと消えていった。

「すげー…

 サファン達もいつかあんな船を造っていろんな世界に行ってみたいな」

「あぁ…」

パァァァァァッ!!

ウォルファがワープに入った事を知らせる発光現象を眺めながら、

サファンは頷いていた。



「はぁ…

 水不足も解消したし、

 これでゆっくりとお風呂に入れる…

 それにしても、

 ずっとマーエ姫と一緒にウォルファに居たからお風呂なんて久しぶり」

ラサランドスに戻ったサファンはそう言いながら

湯気の立つ湯船に飛び込んだ。

その直後、

「あ゛〜っ!!」

風呂場にサファンの叫び声が響き渡った。



ゴォォォォォン…

『さてと、予定が随分と遅れてしまいました。』

亜空間を高速で航行するウォルファのブリッジでエマンがそう言うと、

『いっけなーぃ!!』

とマーエ姫が声を上げた。

『どうかなさいましたか?』

慌ててエマンがマーエ姫に所に向かうと、

『サファンさんの身体を元に戻すのを忘れていました』

と困った顔でマーエ姫は訴えた。

『あぁん、困ったわ…

 どうしましょう』

マーエ姫はそう言うと、

『仕方がありません、

 ワープに入ってしまいましたし、

 サファン様には諦めて貰うしか…』

とエマンはマーエ姫に告げた。

すると、

マーエ姫は前に進み出ると、

『サファン、ごめんね!!』

と声を張り上げた。



一方、ラサランドスでは、

パシャッ!!

サファンは伸びた尾鰭で水面を叩きながら、

「お〜ぃ…

 これ、どうするんだよぉ…」

と人魚の姿になった自分の身体を眺めながら呆然としていた。



おわり