風祭文庫・人魚変身の館






「ラサランドス・天人魚編」
(第3話:シウリアスの忘れ物)



作・風祭玲


Vol.328





スイーッ

確かに人魚のこの身体だと水の中の移動はいとも簡単なことだった。

『へぇ…まるで空中を飛んでいるみたいだな…』

そう呟きながらまるで巨大な生物の体内を連想させる船内を

マーエ姫に手を引かれたサファンは移動していく、

そして程なくして、

『ここですわ』

と言いながらマーエ姫が扉の前に設置されたサークルに手を置くと、

ピン!

と言う軽い音を立てて扉が開いた。

『スレイヴのドアと同じ構造だ…』

そう思いながら部屋の中に入ったサファンは思わず我が目を疑った。

『キリーリンク…』

部屋の真ん中に鎮座している宝玉の姿にサファンは驚きながらそう呟くと、

『これは竜玉と言って、

 このウォルファはもちろん、

 あたし達にとって命に次に大事なものです。』

マーエ姫はそう言いながら、

『ホラッ』

と言うと小さな玉をサファンに見せた。

彼女が見せたのは

間違いなく手に上に乗るくらいの大きさにされたキリーリンクであった。

『…いや…

 これと同じのは、

 わたし達の浮城・ラサランドスにもあります』

竜玉を眺めながらサファンはそう呟くと、

『そうなんですかぁ!!』

マーエ姫は目を輝かせながらサファンに迫った。

そして、

『それで、

 この竜玉の力をあのエネルギー伝導管をもって吸い出し、

 そして

 この奥にある魔導炉に送り込んでこの船・ウォルファの動力にしているのです。』

とマーエ姫は説明をする。

『ふぅぅぅん、魔導炉かぁ…

 実は私たち世界・ルルカにも、
 
 魔導炉はあるのですが、

 ただ、大昔魔導の力が暴走して一度破壊尽くされてしまったので、

 このような大きな魔導炉を持つことはありません』

とサファンがルルカの状況を説明すると、

『そうなんですか…』

マーエ姫は驚きながらサファンの話を聞く、

そしてサファンは魔導の利用に再び道を切り開いたドクターダンのことや、

サーラ姫様のこと、

さらには、ラサランドス・ルルカの現状をマーエ姫に説明をすると、

『なるほど…

 あなた方の状況はよくわかりました。

 あなた方ならサファン達と仲良くやっていけるかも知れませんね』

サファンの話を聞いたマーエ姫はそうサファンに言うと、

『えぇ…

 そうですとも…』

と言いながらサファンとマーエ姫は握手をした。

すると、

『あのぅ…

 その前に申し訳ありませんが』

と言いながらエマンが割り込んでくると、

『(水面上で少々物々しい動きが…)』

とサファンに耳打ちをした。

『え?』

エマンのその言葉にサファンは驚くと、

『そっか…

 ひょっとして、

 わたしが溺れ死んだのでは

 って思っているかも…』

サファンはそう呟くと、

『ちょっと、通信機…借りれますか?』

と尋ねた。



ひっく

ひっく

「まぁ泣くな、シンシア…」

「だってだって」

「ほらっ他の者が見て居るぞ」

湖の岸辺で泣きじゃくるシンシアを庇いながらカンダは周囲を気にしてそう言うと、

確かに気まずい雰囲気が周囲に満ちあふれていた。

「ほらっ

 カインがそう簡単に死ぬ分けないだろう?

 あの悪魔の口笛の直撃を受けても、

 ケロッとして帰ってきたじゃないか」

「それとこれは違うわよっ」

カンダの言葉にシンシアがそう叫ぶと、

「あたしっ

 カインの敵を討ってくる!!」

と言いながらシンシアは立ち上がると、

武装が施されている浮舟向かって歩き始めた。

「あっばかっ

 ったくもぅ!!」

頭を掻きながらカンダは手で掴んだ砂を思いっきり地面に叩きつけると、

「待て…」

と言うダッカスの声が周囲に響き渡った。

「ダッカス様…」

その声にカンダとシンシアが振り返ると、

「今しがた、司令部からの決定が届いた」

とダッカスは一枚の紙を広げるとそう告げた。

「は?」

ダッカスの言葉にカンダは思わず聞き返すと、

「ラサランドス軍令部は

 本日、17:00

 落下した飛行物体を危険物を判断し、

 明朝より全面攻撃を掛け殲滅をする」

ダッカスはそう短く言うと、

クルリとカンダに背を向けた。

「ちょちょっと待ってください、

 ダッカス様っ

 サファンの件はただの事故です。

 それだけで危険と言うのは少々オーバーなのでは?」

ダッカスを追いかけながらそうカンダが言うと、

「あの事故の模様はマスコミを通じて

 ラサランドス城内に広く流された。

 そのため、

 民衆の間に不安が広がっているそうだ、

 軍としてはこれを見過ごすわけには行かない」

ダッカスはそう告げると、

そのまま歩き去っていった。

「はぁ…

 大体、相手の本当の姿を見ないで決定する方もする方だ…

 現場で働くのはこっちだぞ!!

 ったくぅ、それにしてもカインの奴、

 トンでもないことをしてくれたよなぁ」

その場に座り込んだカンダは胡座をかくと、

月を静がに映し出す湖面を眺めていた。



やがて、朝日が顔を出すと、

ィィィィィィィィン…

浮城の方角より、

攻撃の艦隊が姿を見せてきた。

その途端、

調査隊の基地は一斉に騒がしくなった。

「マジでやるのか…」

配置につく艦隊を眺めながらカンダはそう呟くと、

「………」

その後ろでシンシアが無言のまま武具を整える。

とその時、

「カンダ様っ

 ちょっと来てください!!」

と通信兵が血相を変えて飛んできた。

「なんだ?

 どうした?」

カンダが訳を尋ねると、

「あっ

 あのぅ

 サファンさんから緊急の通信が入っています」

と通信兵がカンダに言うと、

「(は…やっぱり)と言うことだ、シンシア…」

カンダはそう言いながら振り返ると、

「おどきっ!!!」

凄まじい形相のシンシアがカンダを突き飛ばすと、

そのまま走り去っていった。

「はぁ…

 まったく、

 なんでこうもあいつに振り回されるんだ、

 俺達は…」

頭を掻きながらカンダはそう言うと、

「んじゃ行こうか」

呆然としている通信兵の肩を叩くと歩いていった。



『応答がありました

 メインスクリーンに映します』

ウォルファのブリッジにその声が響くと、

『あっそうだ、

 あたしの姿アップにして顔だけ映すようにしてくれる?』

とサファンが注文を付けると、

『はぁ…構いませんが…』

とウォルファの通信担当の人魚はそう返事をした。

そして、

『向こう側が出ました』

と言う声と共に、

ブンッ

スクリーンいっぱいに鬼のようなシンシアの顔が写しだされると、

『こらぁ!!

 カインっ、

 あんた、いまどこにいて何をしているの!!

 まさか、これ霊界からの通信だなんて

 ふざけたことを言うんじゃないでしょうねっ!!』

とシンシアの怒鳴り声がブリッジに鳴り響いた。

『こっ怖い…』

『大丈夫です、マーエ姫様っ』

『シンシア…』

雷鳴を思わせるその声にサファンは冷や汗を掻きながら、

『いやぁ、心配掛けてごめんね、

 あっわたしは大丈夫よ、

 えっと、わたしがいま居るところは、

 この船・ウォルファって言うんだけど、

 そこのブリッジの中…、

 それと、あまり大声を出すのは止めた方が良いと思うよ、

 こっちの人たちもみんな驚いているから…』

とシンシアの怒りの度合いを測りながら、

かつ、ブリッジ内の様子を見ながらサファンはそう言うと、

『………』

シンシアの表情がどこかホッとした表情に変わると、

『生きているなら生きているって早く言ってよね、

 もぅあたし、心配で仕方がなかったんだから』

と急に口調が変わった。

『うん、ごめんね、

 あっそれでさぁ、
 
 カンダに変わってくれるかな』

とサファンが言うと、

『おっおうっ』

と言う声と共に画面がシンシアからカンダに変わった。

そして、

『カイン…

 なんとか無事のようだな』

サファンの顔を見ながらそう言うと、

『ところで、なんで顔のアップになって居るんだ?』

と痛い所を突いてきた。

『いや…あははははは…』

まさか人魚にされてしまったとは言えないサファンは作り笑いをすると、

急なまじめな顔に戻り、

『ウォルファの周りにラサランドスの攻撃用の艦隊が取り囲んでいるけど、

 これ、どういうことなんだ?』

と尋ねた。

すると、

『あぁそれか…

 いや、軍の上の方の決定でな、
 
 昨日の事で城内で騒ぎになっているらしいんだ、
 
 それで、それを鎮めるために

 そっちを攻撃するって決定を出したんだ』

とカンダは成り行きを説明すると、

『えぇ…』

ブリッジ内の人魚達から一斉に声が挙がった。

『そっか』

周囲に気を配りながらサファンはそう答えると、

しばし考えた後、

『あのさ、この回線をサーラ姫様に繋いでくれる?』

と頼むと、

『あぁ、その方が良さそうだな』

カンダはそう言うと、

フッ

カンダの姿が画面から消えた。

『あのぅ…』

心配そうな面もちでマーエ姫が話しかけてくると、

『大丈夫大丈夫、

 あいつは信頼できるから』

サファンはそう言うと、

画面が切り替わるのを待った。



『そでしたか…』

『はいっ』

画面に映るサーラ姫様はどこか安心したような表情をしていた。

『判りました、

 わたくしの方から軍の方に進言をしておきます。

 でも、良かったです。

 サファンがわたしく達の間を取り持ってくれて』

『いえっ、

 それほどでも…』

サーラ姫様の言葉にサファンは思わず頭を掻くと、

『あっそうだ

 こちらのマーエ姫様に代わりますね』

とサファンが言うと、

スッ

っとカメラの前から移動すると、

マーエ姫がカメラの前立った。

『………』

『姫様…』

緊張でカチンカチンに固まったまま動かないマーエ姫にエマンがそっと囁くと、

『あっあのぅ…

 マーエと申します。

 こっこの度はわたくし共のトラブルに、

 ラサランドスのみなさんを巻き込んでしまい、

 まっまことに申し訳ありませんでした。』

と言うなり深々と頭を下げた。

『あっ良いのですよ、

 そんな…

 困ったときはお互い様ですから…』

そんなマーエ姫の姿にサーラ姫様はそう言うと、

『エマン様…』

そう言いながら一人の人魚がエマンの傍に寄ると、

ぴっ

モニター画面の一部が切り替わり、

水面上でウォルファを取り囲んでいた、

ラサランドスの艦隊が一斉に撤収を始めて居る様子を映し出した。

『カンダの奴だなぁ…』

それを見ながらサファンはそう呟く、

そして、ブリッジの緊張が一斉に和らいで行くのを感じ取ると、

サファンは肩の荷を降ろした感じがした。



こうして、ラサランドスとウォルファの衝突を未然に防いだサファンは、

『ではわたしは一旦、陸に戻ります。』

とマーエ姫に言うと、

『そうですね』

マーエ姫はそう言ってサファンを船の外へと送り出してくれた。

そして、湖面からサファンは顔を出すと、

「ふぅ…」

外の空気を思いっきり吸い込み、

「はぁ…水の中も良いけど、

 やっぱり外の空気が一番だな…」

と呟きながら、岸に向かって泳いでいった。

「えっと、どの辺がいいか…」

岸に近づいたサファンは上陸しやすい場所を見極めながら移動していくと、

「よっと」

ふと見つけた岩場の影で身体をその上に持ち上げた。

「えっと、

 ここで身体が乾くのを待てばいいのか」

と人魚の身体を眺めながら呟いていると、

「ふむっ、

 こんど酒場に来るときはその格好で来てくれないか?」

と言うカンダの声が上から降り注いできた。

「げっカンダ…」

ニヤッ

「よっ!!」

岩場の上からカンダのニヤケた顔が逆光になってサファンを見ていた。

「いっいつからそこに…

 こっこらぁ!!

 何を見て居るんだ」

胸を隠してサファンはそう叫ぶと、

「しっかし、お前も忙しい奴だなぁ、

 女になったり、

 人魚になったりと、

 で、今度は何になるんだ?」

バサッ!!

毛布を放り投げながらカンダはそう言うと、

「余計なお世話だ」

毛布で身体を包みながらサファンはそう言い返した。

そして、

「で、攻撃は事実上取り消されたんだろう?」

と身体を暖めながらその後の成り行きを尋ねると、

「まぁな、サーラ姫様の一声があって、

 事実上中止だ」

ふぅ…

タバコをふかしながらカンダは事の顛末を簡単に説明した。

「まぁ、その方が良い…

 あの中を見てきたけど、

 向こうはこっちよりも数段に進んで居るぞ」

とサファンが言うと、

「やっぱりそうか?」

身を乗り出してカンダが尋ねた。

「あぁ…

 武器だけではない、

 全体的に昇華してある。と言った方が言いかも知れないな」

「なるほどな…

 まぁお前が人魚になって戻ってきただけでも驚きだし、

 それに、あれだけの船を浮かべることだって、

 このルルカのどの国でも出来ないよ」

「そうだな」

そんなことを話しているうちに

スゥゥゥ

サファンの下半身が2つに割れる感じがすると、

尾鰭が二本の足に変化したのをサファンは感じ取った。

そして、毛布を纏ったまま

「よっ」

と立ち上がると、

「へぇ…身体が乾くと人間に戻れるのか、

 面白いな…

 で、もぅ歩けるの、

 んじゃ、行こうか”シンシア”が待っている」

とカンダはシンシアの単語を強調すると腰を上げた。

「シンシア…」

そのカンダの声を聞いたサファンの心臓は思わず縮上がった。



「サファン!!」

「しっシンシア…」

服に着替えて基地に戻ったサファンにシンシアが真っ先に駆け寄ってきた。

「もぅ心配したんだから…」

そう言って予想外にしおらしく振る舞うシンシアに、

「(ホッ)ごめんっ

 心配掛けちゃったね」

とサファンはシンシアにそう言うと、

「………」

シンシアは小声で何かを呟いた。

「へ?」

その言葉を聞き取れずに思わず聞き返すと、

「サファンのバカ!!!」

と言う怒鳴り声と共に、

突き上げてくるような強烈な右ストレートがサファンの鳩尾に決まった。

「うごっ」

その場に崩れるようにサファンは倒れると、

「あたしを心配させた罰よ、

 これでも思いっきり割り引いてあげたんだからね」

シンシアは蹲るサファンにそう言い残すと、

スタスタと立ち去っていった。

「おいっ、

 大丈夫か?」

蹲ったまま動かないサファンに恐る恐るカンダが話しかけてくると、

「あっあのなぁ…シンシア…

 この身体はカインじゃないんだから少しは加減をしろ!!」

と吐き出すようにしてサファンは呟いていた。



『まぁ水不足なのですか?』

「えぇ…

 水源にしている湖が干上がり掛けていまして…」

その翌日…

ウォルファのマーエ姫が供を引き連れて

お礼とお詫びを兼ねてサーラ姫様を訪れてた。

そして、サファンはマーエ姫の接待役に任じられていた。

『ありがとうございます』

そう言って浮舟から降り立ったマーエ姫の姿は、

華麗な刺繍を施された薄い衣を身に纏いながらも

ちゃんとした2本足で歩いていて、

あの人魚の姿を知っているサファンにはちょっと信じられなかった。

そして、その席上

話の流れでラサランドスの水不足の話になると、

サーラ姫様も困った顔をした。

すると、

『そうですわ。

 ちょっとその湖を見せて貰えませんか?』

そうマーエ姫が切り出した。

「はい?」

『水はあたし達の領分ですから、

 そちらでは気づかない何かが判るかも知れません』

とマーエ姫がサーラ姫様に言うと、

「それは、ありがたいです。」

とサーラ姫様はそう言うと

早速、サファンちは浮舟の手配をした。



ひゅぉぉぉぉっ…

湖岸線が大きく後退し、

かつてミルツーク湖の湖底にだった砂漠を一隻の浮舟が走り抜けていく。

浮舟にはマーエ姫様と供のエマン、イーリ、

そして、ラサランドス側からは、

サファンとカンダ、そしてシンシアが乗り込んでいた。

『これほどとは…』

『ここが湖底だったのですね』

干上がった湖底を眺めながらマーエ姫とエマンはそう呟くと、

「えぇ、この湖は年間を通しての変動はあるのですが、

 しかし、今回の干ばつは過去に例のない規模の物でして、

 私たちも困っているのです。」

とカンダが説明をすると、

「我々では何らかの理由で水脈が枯れたのでは?

 と推測をしていますが」

と付け加えた。

すると、

『いえっ、それは違いますね』

そう言いながらマーエ姫は一歩前に出ると、

大きく手を広げ、

すぅぅぅっ

っと大きく息を吸い込んだ。

「は?」

彼女の言葉に思わずカンダが聞き返すと、

マーエ姫はじっと目を凝らすと、

『水の匂いはします…』

「そっそうですか?」

マーエ姫の言葉にカンダは驚くと、

『えぇ、私たち人魚は人間には感じられない

 ごく僅かな水の気配を感じることが出来ます。

 こうして匂いを嗅いでみますと、
 
 この湖には目で見える水よりも、
 
 はるかに多量の水の気配を感じます』

そうマーエ姫はいうと、

再度、息を吸い込んだ。

そして、

『どうもこの異変は人為的な作為を感じます』

とマーエ姫が断言した。

「人為的?

 じゃぁ…誰が?」

マーエ姫の言葉にカンダがすかさず聞き返すと、

『ここでは判りません。

 もぅ少し移動しましょう』

マーエ姫はそう言うと浮舟を進めていく、

フォォォン…

浮舟はエメラルドの航跡を残しながら飛行をする。

そして、ある地点にまで来たとき、

『これから、私の指示する方へと船を進めてくださいませんか?』

と船の舳先に立し全身で水の気配を探るようにしてマーエ姫はそう指示をすると、

コクリ

サファンとカンダは頷き合った。

ヒィィィィン…

やがて前方から現在の湖岸線が見えてくると

浮舟は砂漠状態の湖底から青い光を反射する湖面の上へと移動していく、

ザザザザザ…

水の匂いがデッキに香ってくるが、

しかし、眼下に見える水面からうっすらと湖底の姿が見えていた。

「この間よりも更に水位が下がったなぁ…」

湖面を見ながらダッカスがそう呟く、

すると、

『すみません、

 左の方へ行ってくれませんか?』

とマーエ姫がサファンに言った。

「取舵いっぱい…」

そう言ってカンダが舵輪を回すと浮舟は舳先を左側へと移動していく、

『左の方へ…』

『右の方へ…』

マーエ姫が指示をすると

それに合わせて浮舟は向きを変えると湖面を滑っていった。

「なぁ…いつまでこう言うことをしているんだ?」

「いいからいいから…」

進捗の悪い作業をしているかのような展開にカンダが苛立ちを見せたとき、

ピクッ!!

『止まってください!!』

何かを感じ取ったマーエ姫が声を上げた。

「停船!!」

カンダの声と共に浮舟は静かに停止する。

ザザザザザ…

浮舟の真下ではチラリと白い湖底がすけて見えている。

「ここは…」

そう言いながら地図で場所を特定しようとしているカンダに、

「ちょっと待って、確かこの辺に小さいけど島がなかったっけ?」

とサファンがカンダに話しかけた。

「島?」

「ほらっ、

 浮舟の航海術実習で、

 折り返し点の目印にした島だよ」

湖の周りの景色を確認しながらサファンがそう言うと、

ポン!

と手を叩きながら、

「あぁ!!

 あの、変な形をした島!!」

島のことを思い出したカンダはそう言った。

そして、

「そういえば…

 何処にもそんな島はないな…」

カンダは目を凝らして周囲の景色を目印に島の姿を探すと、

「イーリさん!!」

マーエ姫は付き従っている人魚の名前を呼んだ。

「はいっ、マーエ姫様っ」

スッ

マーエ姫の足下に一人の人魚が跪くと、

「アクアアローを」

と彼女に告げた。

「はっただいま」

イーリはそう返事をすると、

程なくして弦の無い弓がマーエ姫の手に手渡された。

「あれでだけで何をするんだ?」

「さぁ?」

「弦が無く、さらに矢が無くては何も出来ないじゃないか」

「しっ」

弓を見ながらカンダはそう言うと、

クルリ

マーエ姫はサファンの方を見ると、

『これは、ラサランドスのあなたが行った方が良いですね』

とサファンに話しかけてきた。

「え?」

マーエ姫の意外な台詞にサファンは驚くと、

『これを…』

と言いながらマーエ姫は弓をサファンに手渡した。

そして、

『これを引けば何処に矢を射ればいいのか判ります』

と告げると、

『ねっ』

っと言ってウィンクをした。

「はっはぁ…」

サファンはただ言われるまま、

左手に弓を持つと、

「あのぅ弦もないですし、矢もありませんが?」

と尋ねた。

すると、

マーエ姫がサファンの傍によると、

『水よ…、我が僕になりて我が敵を滅する矢となれ

 と唱えてみて…』

と耳打ちをした。

「はっはい…水よ…」

サファンはマーエ姫に言われたとおり呪文を詠唱したとたん、

キーン…

サファンの右腕に填めている人魚のリングが光ると、

シュルルル…

湧き上がった水がサファンの右手に集まり、

キンッ

その音供に一本の銀色に輝く矢となった。

「これは…」

突如出現した矢にサファンは驚くと、

「へぇぇ、面白いわね

 いつそんなのを身につけたの?」

とシンシアが物珍しげに言いながらサファンによってきた。

「いや、まぁちょっとね」

サファンは人魚になったことをシンシアに言えずに笑って誤魔化すと、

『では、それで構えて』

とマーエ姫はサファンに言った。

そして、それに従うようにサファンは矢を弓に当てると、

キーン!!

弓が微かな音を立てると、

シュオッ!!

っと光る弦が姿を現した。

『輝水の弦です』

マーエ姫はそう説明をすると、

「なるほど…そーゆー仕掛けになっていたのか」

サファンは納得をした面もちで

キリキリキリ…

っと弓を引くと、

フッ

サファンの脳裏に矢を射る先のイメージがわき起こった。

「え?

 あそこに射るの?」

思わずそう呟くと、

そこにめがけて、

シャコン!!

っと矢を放った。

シュォォォォォォォっ

サファンの元から放たれた矢は次々と水を巻き込み成長していくと、

やがてそれは巨大な水の槍と化して一直線に突き進んでいった。

「すごい…」

驚く間もなく、

シュババババババーーーン…

水の矢は空間を切り裂くと、

バッ!!

ウォォォン!!

高く聳える島と

その上で不気味な灯りを灯して稼働する巨大な自動機械が姿を現した。

「なんだこれは!!」

見上げながらカンダが怒鳴り声を上げると、

「あっあれ、シウリアスの紋章じゃない?」

とシンシアが機械の四方から睨みを利かせるように付いている

シウリアス王家の紋章を指さした。

「へぇ…

 結界を張って隠すなんて随分と味なことをするじゃないか、

 それにしても…なんの機械なんだ?

 こいつは?」

首を傾げながらカンダがそう言うと、

「まさか…」

何かを思いだしたシンシアが口走った。

「何か知っているのか?

 シンシア…」

シンシアの様子にサファンが尋ねると、

「うん…

 この間シウリアスが攻めてきたときに、

 その部隊の一部がイルツークに向かったと言う話を聞いたけど、

 そうか、これを仕掛けていたのね」

と機械を睨み付けるようにしてシンシアは呟く、

「うそっ

 じゃぁこの水不足って言うのは…

 シウリアスの仕業だったの?」

シンシアの言葉にサファンがそう怒鳴ると、

「まぁコイツが原因かどうかは分からないが、

 で、どうする?

 要するにシウリアスの忘れ物なんだろう?

 だったら別に遠慮することはない。

 ぶっ壊すか?

 これ?」

自動機械を睨み付けながらカンダが尋ねた。

すると、

「待って、

 曲がりなりにもここはラサランドスの水源、

 それを汚すようなことをしてはダメだ」

とサファンが言うと、

「じゃぁどうしろと…」

苛立ちを隠すかのようにカンダが怒鳴った。

「とっとにかくだ、

 まずはあいつの構造を把握してからだ」

「仕方がない…」

サファンの言葉にカンダはため息をつくと、

浮舟の進路をあの自動機械へと向けた。



つづく