風祭文庫・人魚変身の館






「ラサランドス・天人魚編」
(第1話:落ちてきた船)



作・風祭玲


Vol.326





夏…

ルルカと呼ばれる世界のほぼ中央に位置する浮城・ラサランドスは、

猛暑のまっただ中にあった。

「えぇ!!

 今日からお風呂は夕方の1時間だけぇ!?」

サーラ姫様付きの巫女達の寄宿舎・カウリンの中にサファンの悲鳴が響き渡った。

「もぅ、そんなに大声を出さないでよ、

 仕方がないでしょう?

 ここ暫く雨が降っていないし、

 文句を言うなら水道局に言って」

濡れた髪をブロワーしながら親友のジェミンはサファンに向かってそう言った。

「そんな…カウリンなら思う存分、入れると思っていたのに…」

呆然とした口調でサファンはそう呟くと、

「だから、みんなが一斉に押し掛けていて大変だったんだよ…

 大体、サファンは警護隊の所属でしょう?

 そんなにお風呂に入りたければ、

 こっちじゃなくて警護隊の方に行けばいいじゃないの。

 あっちには優先的に回されているって話じゃない」

とジェミンから文句を言う。



数ヶ月前のシャルクとの戦いの際に、

巫女を解雇されたサファンだったが、

その後、警護隊長のシンシアの口添えもあって、

彼女は警護隊に就職をしていたのであった。

すると、

「え?

 そんな話があるの?

 全然違う違う。

 向こうの方こそ、

 この危機には軍人こそが率先して…

 ってな調子で水の利用は厳しく規制されているんだから、

 それで、こっちの方に優先的に水が回されているかなって思ったんだけど…」

とサファンは頬を掻きながらそう答えると、

「はぁ…どっちも同じか…

 まっ、今からではどうにもならないし、

 悪いけど、今日は諦めるのね」

と突き放したようにジェミンはサファンに告げた。



「あーん、しっとりしたいよぉ!!」

酒場にサファンの嘆く声が響き渡る。

「なんだ、なんだ

 カインよっ

 いきなりここに飛び込んできたと思ったら、

 その台詞か?」

サファンの隣に座るカンダがニヤケながらそう言うと、

「カンダ…お前…前に風呂に入ったのはいつだ?」

ジト…

っとカンダを眺めながらサファンが尋ねた。

「はぁ?

 風呂だぁ?

 さぁなぁ…

 えーと…

 ひぃ…
 
 ふぅ…
 
 みぃ…」

カンダはそう言いながら指を折りながら数え始めた。

そして、カンダの指が動くたびに、

少しずつ、サファンはカンダとの距離を開けていく、

「あん?」

カンダが気づいたときには

カンダとサファンの間には人が2・3程が座れるくらいの間隔が開いていた。

「なにやってんだお前は…」

「うっうるさいっ、こっちに寄るなぁ」

あきれ顔のカンダにサファンはそう声を上げると、

「ったくぅ…

 1・2週間風呂に入らないなんて軍人なら当たり前の事じゃないかよ、

 カイン、お前も良く知っているだろがっ」

サファンの露骨な態度にカンダはため息をつきながらそう言うと、

「そっそりゃぁ…わっ判っているよ…

 けどなぁ…」

そう返事をするサファンの言葉はどこか歯切れが悪かった。

すると、

「まっ…半年も女の子をしていれば、

 知将カイン・アレインといえども身も心も女の子になってしまうか…」

と嘆くような台詞とポーズをしながらカンダは言う。

「なんか、妙に棘のある言葉だな、それ」

カンダのその言葉にサファンが食ってかかると、

「いや、俺は事実を言っているだけだが」

とあっさりとカンダは答えた。

そのとき、

「なんだ、カンダ、女の子を口説いているのか?」

と言う声と共に一人の男性が二人の背後に立った。

「あっ、ダッカス様っ」

彼の姿を見た途端、カンダは勢いよく起立すると。

「え?」

カンダのその言葉にサファンは驚きながら見上げていた。

ダッカス・アレイン…

かつてのカインとカンダの上司であり、

またアレインの名の通り、彼はカインの父方の従兄弟であった。

そして、カインより3才年上であったために、

兄弟のいないカインにとってはまさに兄代わりの存在であった。

「(ダッカス兄…)」

ダッカスを見上げながらサファンはそう呟く、

「おいおいっ

 ここは酒場だろうが…

 そんな堅苦しいことはするな。

 隣、いいかな?」

ダッカスはカンダの振る舞いに困惑しながらそう尋ねると

「あっどうぞ…」

サファンはそう返事をすると、サファンとカンダの間に招いた。

そして、席に座ったダッカスがサファンの方を見るなり、

「君は…」

と考える素振りをしたので、

「あっはいっ

 さっサファン・ルーンと申します。

 しょ所属は…」

とやや緊張した面もちでサファンがそう返事をすると、

「あぁ」

ダッカスは何かを思いだしたように大きく頷きながら、

「さっきシンシアが探し回っていた娘か…」

と納得した口調でそう言った。

そのダッカスの言葉に、

「え゛っ」

サファンの表情が見る見る強ばった。

「なんだ、お前…

 シンシアに黙って抜け出してきたのか?」

ダッカス越しにカンダがそう言うと、

「…………」

サファンはそれには返事をせずにコップに入った水を一気に飲み干し、

「すみません、水、お代わり!!」

と声を上げた。

ところが、

「すみません、お客さんっ

 ちょっと水を切らしていまして

 水が溜まるまで暫く待っていただけませんか?」

と言う声が返ってきた。

「はぁ…」

その声にサファンはガックリと肩を落とすと、

「まぁ…

 シンシアにちゃんと謝るんだな…」

とカンダはサファンにそう言うと、

「そういえば、ダッカス様、

 この夏はちょっとおかしくありませんか?」

と話の矛先をダッカスに向けた。

「うん、確かにな…

 ここふた月まともな雨が降っていないのもあるが、

 それよりもミルツーク湖の水位の低下がちょっと酷すぎる。

 実は今日も視察に行ってきたんだが、

 湖が半分くらいにまで縮小しているんだ。」

と真剣そうな表情で告げた。

「確かにニュースでもミルツーク湖の水位の事を言っていますね」

ダッカスの言葉にサファンはそう言うと、

「まぁ、過去にも幾度かこのような干ばつは起きたが、

 でも、ミルツーク湖があれほど干上がることは無かったのだがな、

 今年のはどう考えても異常すぎる。」

そうダッカスが断言すると、

「(なぁ…お前がザンガを使って悪魔の口笛を吹き飛ばした影響じゃないか?)」

「(何を言うんだよ、

  私が悪魔の口笛を吹き飛ばしたのは半年前のことだぞ、

  それが原因だったら、その直後から異変が起きていてもおかしくはないだろう)」

カンダとサファンはヒソヒソ声で話し合いはじめた、

すると、

「なんだ、二人で秘密の会話か?」

サファン達の会話にダッカスがそう言うと、

「え?、いっいやっ」

「あはははは…」

カンダとサファンはたちまち作り笑いをして誤魔化した。

そして、

サファンは素早くお酒が入っているカップを取ると、

「おっお注ぎします」

とやや緊張した声でそう言いながら、

空になったダッカスのグラスに注いだ。

コポコポコポ

次第にダッカスのグラスをお酒が満たしていく、

ふと、視線を感じたサファンがダッカスの方を見ると、

ダッカスはジッとサファンの横顔を眺めていた。

「なっなにか?」

慌ててサファンが尋ねると、

「いっいや…

 君の横顔がなぜか私の従兄弟を思い出させてね」

とダッカスは答える。

「え?」

ダッカスの言葉にサファンは思わずハッとした。

「全く…

 バカな奴だ…

 たった一人で敵の前に立ちはだかりおって…」

グラスを見つめながらポツリとダッカスが呟くと、

「カイン様のことですね」

彼の言葉を遮るようにサファンが言う。

「あっあぁ…

 知っているのか?

 カインのこと…」

「えぇ…

 あっあたし…

 実はこの間まで巫女をしていまして、

 あのときはサーラ姫様を庇って大けがをしたんです。

 そしたら、カイン様があたしを助けてくれて…

 それで、

 怪我が治った後、その時のお礼を言おうと思ったのですが」

そうサファンが呟くと、

「そうか…あいつがなぁ…」

「そっそのときは、あたしも

 もぅ無我夢中でした。

 とにかく、サーラ姫様を守らなくては…って、

 だから、カイン様もその気持ちだったのでは…」

「なるほど…確かにそうかも知れないなっ

 あのとき、もしも私がその立場だったら、

 同じ事をしたかも知れない。

 しかし、なぁ…

 残された者達のことも少しは考えろっ!!

 って私はアイツに言いたいな」

サファンの話にダッカスはそう言うと、一気にグラスを煽った。

「(ごっごめん…ダッカス兄…)」

そんなダッカスを眺めながらサファンは心の中で謝っていた。

とその時、

ムギュッ!!

いきなりサファンの耳たぶが抓りあげられると、

「こらぁ!!

 勝手に抜け出して、アナタはこんなところで何をやっているの!!」

と言う怒鳴り声がサファンの頭の上から振り注いだ。

「しっシンシア…」

その声に怯えながらサファンが見上げると、

まるで、仁王のような表情のシンシアがサファンを見下ろしていた。

「新入りのクセに宿舎を抜け出すとは良い根性じゃないの?」

「いっいやぁ…あははははは」

シンシアの言葉にサファンは笑って誤魔化そうとすると、

「さて、わたしはこれで引き上げるとしよう」

そう言いながらダッカスが腰を上げた。

「あっダッカス様…いらしたんですか?」

ダッカスの姿にシンシアが驚くと、

「あぁ…いい気分転換になった…

 サファン君と言ったね、

 規則破りも程々にな」

そう言い残してダッカスは店から出ていった。

「…ダッカス兄ぃ…なんか疲れているような感じだな…」

ダッカスの後ろ姿を見ながらサファンがそう呟くと、

「なんだ、知らないのか?」

「え?」

「ダッカス様…お前が死んでからこっち、

 ずっと働きづめなんだよ。

 おそらく仕事をすることでお前の死を忘れようとしているんじゃないか?」

「そうか」

カンダのその言葉がサファンの胸に重くのしかかってくる。

「ねぇ、そんなことよりさぁ」

辛気くさい空気を薙ぎ払うかのようにシンシアが声を上げた。

「ん?」

「今日、サーラ姫様が雨乞いの儀式をしたそうだけど、

 ドクターダンの発明品の中に雨を降らせるモノはないの?」

席に座ったシンシアがサファンにそう尋ねると、

「それがあったらとっくに使っているよ、

 無論、古代では雨を自由に降らせるコトが出来たそうだけど、

 でも、人間はそこまではしては行けない。

 って言うのはドクターダンの方針だったからねぇ」

席に座り直したサファンはそう言うと

「なんだ、そうなの…」

サファンの言葉にシンシアが残念そうに言うと、

「なるほど、天に任せることは天に任せるべきか…」

それに吊られるようにして頭の後ろに手を組んだカンダが天井を眺めた。

そして、

「しかしなぁ…

 ミルツークが干上がって仕舞ったらどうするんだ?」

ポツリとカンダがそう言うと、

「あぁそれだったら、

 なんでも、上の方ではこの浮城の移動も考えているそうよ。

 最もサーラ姫様が許可をなされたらの話だけど…」

とシンシアは答えた。

「マジで動かす気か?

 この城を?」

驚きながらサファンがシンシアに聞き返すと、

「そんなこと聞かれても、

 その辺はお前が詳しいんじゃないの?」

と逆に切り返されてしまった。

「そりゃぁ、まぁ

 動かすこと自体は不可能ではないけど、

 でも、たったの1・2km動かして終わり。

 と言うには行かないだろうし、

 また、移動させ続けるだけの魔導の供給量や、

 移転先の魔導の埋蔵量を考えると、

 ”引っ越しします。”
 
 ”はいそうですか。”

 とは行かないはずだぞ、

 大体、ここに浮いていることだって、

 この場所がルルカの中で魔導が一番強いってことなんだから…」

と呆れながらサファンはそう言った。



ちょうどその頃…

シュパァァァァァァァン!!

ルルカに近い亜空間内を光の粒子に囲まれながら高速で移動する大型の船があった。

コォォォォォン…

クジラの姿を彷彿させるこの船は

前方に小さな光の輪を、

そして、後方には大きめの光の輪を従えてワープ航行の真っ最中だった。

『航海班より、報告します。

 さきほど、

 X座標:634−×××

 Y座標:2223−××

 Z座標:4672−××

 T座標:9−××

 ポイント名:ANG−6

 を予定通りに通過…

 全行程の50%を消化しました』

という声が船のブリッジ内に響くと、

『はい、ご苦労様です』

そう返事をしながら艦橋の中央部で

キラッ

尾鰭の金色に輝く鱗を輝かせた人魚が、

水の動きに合わせて揺らぐ翠の髪をスッと手で梳きつつ、

正面の球体スクリーン内を移動する光点を眺めていた。

すると、

『マーエ姫様、

 ウォルファの航海は順調です。

 そろそろお休みになっては如何でしょうか?』

一人の人魚が進み出てそう進言をすると、

『そっそうですね…

 じゃぁ…後はよろしくお願いします』

マーエと呼ばれた人魚はそう返事をしてブリッジから出ていこうとした途端、

『マーエ姫様っ

 あなたはこの船・ウォルファの責任者であられますよ、

 ワープは船を非常に危険な状態に置くものです。

 この状態の中、責任者のあなた様が席を外すと言うことは、

 どういうことを意味するかお分かりですね。』

と優しい口調ながら、

しかし、厳しい注意がマーエ姫になされた。

『う゛〜っ』

その声にマーエ姫はピタリと止まると、

下唇を噛みしめながら、

トボトボと船長席へと戻っていく。

『いいですか

 お前達もマーエ姫様を甘やかしては行けません。

 ウォルファはお城ではないのですから。』

そう言いながら船長席に着いたマーエ姫の背後から

厳しい表情をしたオールドミスの人魚が姿を現すと、

眼下で作業をしている人魚達にそう告げた。

『エマンのイジワル…』

膨れっ面のマーエ姫がそう呟いた途端、

『なにか言いましたか?』

とエマンはマーエ姫を厳しい目で見ながら尋ねた。

とその時、

ゴォォォォォン!!

突然船内に響き渡った鈍い音共に、

ウォルファの船体が大きくぐらついた。

『どうしました!!』

すかさずエマンが声を張り上げると、

たちまちブリッジ内に緊張が走り、

人魚達の動きがあわただしくなっていく、

程なくして、

『マーエ姫様に報告!!

 メイン魔導炉内に異常発生!!』

と障害発生の報告がマーエ姫の元に届いた。

『なんですってっ

 異常の原因は?』

ヒステリックな声でエマンが叫ぶと、

『現在調査中ですが、

 竜玉と魔導炉を繋ぐエネルギー伝導管に障害が発生している模様』

『なんで、ワープ前に発見できなかったの?

 ワープ中の魔導炉トラブルは絶対に起こしてならないのに』

『申し訳ありません!!

 ただ、ワープ前のチェックではすべてに異常は発見できませんでした』

『とっとにかく、その辺の事については後回しにして、

 で、どうなの?

 目的地まで到達できそう?』

『現在、1分間に3%づつ出力が落ちて来ていますので、

 ほぼ無理かと…』

『なんてこと…』

状況の報告にエマンは呆然とする。

『えっエマン…どっどうしよう?』

刻々と悪い方向へと変化する状況にマーエ姫は狼狽えると、

『狼狽えてはなりません、マーエ姫様っ

 こう言うときこそ、

 沈着冷静に堂々と指示を出すのです』

そうエマンがマーエ姫を諭すと、

『仕方がありません。

 このまま亜空間内で遭難をしてしまう訳にはいきません。

 直ちに強制ワープアウトを行ってください。

 急いで!!』

エマンは矢継ぎ早にそう命じると、

『いっ今すぐこの船はワープアウトをします。

 こっ航海班の方は一番近いエリアの座標を確定してください!!』

とマーエ姫は続いて命令を出した。

しかし、

ゴゴゴゴゴゴゴ…

ウォルファの振動は次第に大きさを増していく、

『マーエ姫様

 どうか奥へ…』

『いえっ

 私はこのウォルファの最高責任者ですから、

 その私がここを離れて良いわけないでしょう?』

避難を進める声にマーエ姫はそう返事をすると、

チラリ

とエマンを見た。

すると、エマンはマーエ姫を見ながら大きく頷く。

それから程なくして、

ぼぅ…

マーエ姫の目前に空間海図が表示されると、

『ウォルファの現在点から一番近いエリアの座標を確定しました。

 ただいまよりそちらへと進路を変更します。

 なおっ、進路変更にあたり衝撃が発生しますので、

 各自、身の確保をお願いします』

と航海班の声が響くと同時に、

ゴゴゴン!!

ウォルファのブリッジが大きく揺さぶられた。

『きゃぁぁぁ』

たちまちブリッジ内に悲鳴がこだまする。

ギュルルルルルル…

人魚姫・マーエを乗せた船・ウォルファは進路を次第に変更していくと、

現時点でたどり着ける場所へと船を向けた。



ザワッ…

月明かりの下、

夜露に濡れた草木が微かに揺れる程度だった草原に一陣の風が吹き抜けていくと、

ゴロゴロゴロ…

雲間に稲光を輝かせながら黒い雲が見る見る沸き上がりはじめた。

カッ!!

ゴロゴロゴロ!!

稲光と雷鳴はすぐにサファンやカンダ達の耳元にも届いた。

「ん?、雷か?」

窓の方を見ながらカンダがそう呟くと、

「やっと待望の雨か?」

そう言いながらサファンも窓際へと走っていく、

しかし、

カッ!!

ゴロゴロゴロ!!

カッ!!

稲妻が空でどんなに暴れまくっても、

雨粒の一滴たりとも降っては来なかった。

「なんだ?

 期待させやがって…空クジかぁ?」

なかなか降り出してこない空を恨めしそうに見上げながらカンダがそう呟くと、

リリリリリーン!!

酒場の電話が激しくなり始めた。

そして、店員がすぐに電話口に出てしばらくすると、

「お客さんの中に”カンダ・グラム様”はいらっしゃいますか?」

と声を張り上げた。

「ん?、俺か?

 ちょっと行ってくる」

その声に誘われるようにして、カンダが席を立つと、

店員の方へと向かっていった。

そんなカンダの後ろ姿を見送りながら、

ふと、シンシアが、

「そう言えば、カイン…

 新兵虐めにあっているんだって?」

と尋ねてきた。

「ん?、あぁ…

 まぁな、

 何処にでもあることだよ、

 特にサファンは、巫女の出だから、

 警護隊のお姉さま方にはそれも面白くないらしい」

シンシアの問いにサファンは肩を窄めながらそう返事をすると。

「大丈夫?

 あたしの方から注意しておこうか?」

と心配そうな面もちでシンシアがそう言うと、

「いやっ、その必要はないよ。

 サファンの存在が当たり前になったとき自然と収まるでしょう。

 逆にシンシアが口を挟むと余計酷くなるよ。

 まぁそう言うものだけどね」

とジュースを口にしながらサファンが返事をすると、

「まぁ、それはそうだけどね…」

妙に納得した面もちでシンシアは呟く。

すると、

「悪いが、ちょっと司令部に戻るわ」

戻ってきたカンダがそう言うと身支度を始めだした。

「何かあったの?」

心配そうにシンシアが聞き返すと、

「よくは判らない、

 ただ、ラサランドス周辺の魔導に異変が発生しているそうだ」

「え?」

カンダの答えにシンシアとサファンは顔を見合わせると、

「あっ待って!!

 あたし達も一緒に…」

と言いながら、すぐにその後を追って行った。



「どうした!!」

司令部に戻ったカンダに

「あっ申し訳ありません、

 これを見てください」

と夜勤の担当者が正面の水晶球にラサランドス周辺の魔導分布を表示した。

「むー」

それを見たカンダの表情が次第に厳しくなっていく、

「確かに尋常な動きではないね」

カンダの隣に立ったサファンは水晶球を眺めながらそう言うと、

「なんか…すごい勢いで動いているわ」

とシンシアも指摘する。

「おっお前等っ」

サファン達の登場にカンダは驚くと、

「いいじゃないか、

 どうせ、夜間作業なんでしょう?

 硬いことは言わない言わない」

驚くカンダにサファンがそう言うと、

「はいっごめんねぇ…」

と断りながら端末を操作し始めた。



『ワープアウトまであと3分っ』

ウォルファのブリッジ内に航海班の声が響くと、

『ワープアウト地点の詳細はまだ判からないかっ』

とエマンが声を上げる。

すると、

『地上約100km程の大気圏外にワープアウトします』

と言う声が響き渡った。

『なにっ大気圏外か?』

『申し訳ありませんっ』

『いやっ、100kmなら大気の影響もさほど無いでしょう、

 ワープアウト後、惑星間航行に切り替たのち、折を見て大気圏に突入します。

 いまはとにかく通常空間にワープアウトをすることが先決です。』

エマンはそう叫ぶと、

『マーエ姫様っ』

っと船長席のマーエ姫を見つめた。

『だっ大丈夫よねっ』

やや怯えた表情のマーエ姫はエマンにそう尋ねると、

『大丈夫です。

 このウォルファが砕け散ることはありません』

とエマンは自信たっぷりに言った。


パァァァァァァッ!!


間髪を入れず、

ルルカの上空50km程の所にまるで昼間を思わせるような強烈な発光現象が発生すると、

その中からウォルファが姿を現した。

『ただいま、ワープアウトをしました』

『ワープシステム停止!!

 通常惑星間航行に切り替え…?』

 緊急事態っ、

 高度が低すぎますっ

 現在地点、地上50km…引力並びに大気の影響大!!

 落下します!!』

悲鳴にも似た叫びが上がると、

『なにぃ!!』

一斉にブリッジ内に悲鳴があがる。

ズゥゥゥゥゥゥン!!!

そして、瞬く間にウォルファァはルルカの大気との摩擦を起こすと、

巨大な光の塊となって地上に落下し始めた。



「緊急事態発生!!」

ラサランドスの司令部に人工精霊・スレイヴの警告が流れると、

パ・パ・パ・パ・パ

水晶球の表示が一気に書き変わり、

ルルカ上空に出現した正体不明の飛行物体の表示と、

それが高速で移動している様子が描き出された。

「おいっ!!

 なんだこれは?」

水晶球を眺めながらカンダが叫ぶと、

「わからないっ

 ただ、魔導の異変はどうやらこれが犯人みたいだ」

端末を操作しながらサファンは冷静にそう言うと、

「どっどうなっているの?」

とシンシアが尋ねた。

「西経140度57分、

 南緯1度10分

 赤道上空約50kmの所に正体不明の物体が発光現象と共に出現、

 スレイヴの判断では

 次元断層を強引にこじ開けてのワープアウト。だそうだ」

それに答えるように画面を眺めながらサファンがそう言うと、

「次元断層?

 ワープアウト?

 なんだそれ?」

シンシアとカンダはお互いにそう言いながら顔を見合わせた。

しかし、サファンはそれには一切答えずに表情を硬くすると、

「ワープアウトをした物体は現在、先ほど大気圏に突入、

 落下点は…ラサランドスの…

 えっと、直径500kmの範囲内に落下?!、

 これは……

 カンダ!、

 大至急ザンガを発動して!!

 急いで!!」

とカンダに向かって怒鳴った。

「わっ判った」

サファンの勢いに押されてカンダはすぐにザンガを発動をすると、

ウォォォォォォン!!!

ラサランドス中に緊急を知らせるサイレンが鳴り響いた後に、

キィィィィン!!

ラサランドスの周囲にザンガが作り出すシールドが張られ、

さらに、

フワッ

シールドの中から光り輝く6人の少女が姿を現した。

「はっ張ったぞ!!」

慌てた口調でカンダはそう声を上げると、

「よしっ捉えた!!」

サファンがそう叫ぶと同時に、

フンッ

水晶球に新たな画像が映し出された。

「これは…」

「燃えているのか?」

光の塊がユラユラと蠢く画像を見たカンダとシンシアはそう言うと、

「音の速度よりも速く動いている。

 一体、正確な落下点って…

 げっ」

詳細な計算結果にサファンの視線が凍り付くと、

サァ…

とサファンの顔から血の気が引いていった。

「どっどうした?」

サファンのその様子に驚きながらカンダが尋ねると、

「いま正確な落下点が判った…

 正体不明の飛行物体の落下点は…

 ラサランドスの現在点を中心とした直径10km範囲内…」

震える声を抑えながらサファンはそう言うと、

「ってことは…」

「ここに落ちるぞ!!

 直撃!!」

「んなにぃ!!」

サファンは怒鳴り声にカンダとシンシアは驚くと、

「カンダ!!

 今すぐ、この浮城を動かすぞ!!」

即座にラサランドスの移動を決心したサファンはそう叫んだ。

「サーラ姫様の許可はどうする?

 それに動かす程の魔導はあるのか?

 さっきのお前の話では相当な魔導のエネルギーが要ることを言っていたが」

カンダの矢継ぎ早の質問に、

「そんなもん取っている時間はないっ

 サーラ姫様にはサファンの方から説明をする。

 それと、魔導エネルギーはキリーリンクにある分を使う、

 とくかくラサランドスを出来るだけ遠くに動かすんだ」

そう言ってサファンは席を立つと、

スレイブのメインルームへと繋がるドアの認証サークルに手を置いた。



『管理用特権にてアクセスしました。

 お久しぶりです、カイン・アレイン様…』

そう言いながらスレイブが出迎えると、

「キリーリンクにアクセス!!」

カンダとシンシアを従えたサファンはそう叫び声を上げた。

そして、それから程なくして、

フッ

ラサランドスの周囲に現れていた光の少女達の姿が消えると、

ゴワッ!!

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

浮城・ラサランドスの周囲から魔導のエネルギーが一斉に吹き上がると、

地響きを立てながらゆっくりと移動をはじめだした。



つづく