風祭文庫・人魚の館






「潮騒の島」
【第9話:出航】

作・風祭玲

Vol.209





−1−

シュパァァァァン!!

竜筒より放たれた光の矢が子島を貫いて反対側の海面に着水するのと同時に、

ゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォン!!

閃光とともに衝撃波を放つとそこより沸き上がったキノコ雲が十畳子島を飲み込んだ。



ドドドドドド…

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁ」

鮎香や藤一郎達も爆風に翻弄される。

ゴォォォォォンンンン…

ようやく収まった頃、

「やべぇ…ちょっとパワーがきつかったか…」

十畳子島を飲み込んだキノコ雲を眺めながら海人が言うと、

「貴様っ、ちっとは手加減というのをしらんのかっ!!」

藤一郎が怒鳴りながら降りてきた。

「あははははははは…

 まぁ、誰にでもあるミスだミス」

チャキッ

藤一郎の刃を両手で挟みながら海人は答えると、

「それよりもだ、

 見ての通り結界が開いたから、

 コレ届けにいこうぜ」

そう言いながら海人はなおも輝きを失っていない輝水をポンと叩くと、

「当たり前だ、水姫さん達のことも気になるし…

 無事でいればいいのだが」

藤一郎は様子がつかめない子島を眺めながら呟いた。

「あぁ、水姫なら大丈夫だよ(たぶん)」

そう返事をする海人を横目で見ながら、

「まったく、どこからそう言う確信がでるのだか、

 水姫さん、待っていてください。

 犬塚藤一郎、ただいまに参上します!!」

藤一郎はキノコ雲に向かって叫び声をあげた。



−2−

「なっなんだアレは…」

十畳島の人たちは子島の方角より

沸き上がっていく光の固まりを畏怖しながら見つめていた頃、

ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォン…

十畳子島は竜筒の衝撃波によって島の木々はすべてなぎ倒され、

また、浜の祭壇はもちろんのこと、

島の地形までもがすっかり変わってしまっていた。

視界を覆っていた砂埃がようやく晴れてくると、

ザザザザザザ…

砂浜の一定の空間を取り囲むようにして水の柱が立っていた。

「あっあっあっ」

その中で一瞬のうちに様変わりしてしまった周囲の様子に敬太は絶句していると、

「ふぅ…ギリギリ間に合ったみたいね」

彼の傍で翠髪をなびかせ、

朱色の鱗に覆われた尾鰭を持つ人魚の姿をした水姫が呟く。

――美しい…

水の羽衣を身に纏った彼女の姿を見て、不謹慎にもそう感じたが、

スグに

「いっいっ一体なにがあったんですか?」

と水姫に迫りながら訊ねると、

「おそらく…海人が竜筒を使ったんだと思う」

「竜筒?

 葵の奴がしでかしたんですか?」

水姫の答えに彼が聞き返すと、

「うん、ココの世界にもあったんだね、

 でも、水縛結界が間に合って良かったぁ」

水姫は胸に手を当てながらホッとした表情で言うと、

ズズズズズ…

彼女たちを取り囲むように張り巡らされている水の柱を眺めた。

そのとき、

「そっそなた…」

驚きの表情をしながらみなと様が声をかけてきた。

――あっ

水姫は驚いた顔をすると、

「えぇっとですねぇ…、

 これはその…
 
 別に隠すつもりは…」

と何とかその場しのぎの言い訳を始めると、

スッ

みなと様はその場に跪き、

「あなた様のその姿とその力…

 竜王さま付きの閖様と拝見いたしましたが」

と尋ねてきた。

「あちゃぁ〜っ」

水姫は困惑すると、

「えぇ…まぁ確かにあたしは竜王・海彦様付きの閖ですけどね」

そう返事をしながら水姫が右手を挙げると、

ザザザザ…

周囲を囲んでいた水の結界は背を低くすると消滅した。

「あなた様が居ると言うことは

 では、先ほどの矢は竜王様が放ったモノですか?」

明るい表情でみなと様が訊ねると、

「おそらくそうでしょう…でも…」

とそこまで返事をすると、

ザザザザザザ…

ドバァ!!

グォォォォォォォッ!!

まさに満身創痍と言った状態の黒竜が海中から顔を上げると、

「貴様らっよくもぉぉぉっ!!」

怒りに満ちた声で怒鳴った。

「おのれ、許しませんぞ!!」

同じように水我神もボロボロの姿で立ち上がると鼻息荒く活きまいた。

「なんだ、生きてたの…」

水姫はそう呟くと、

グッ

手に力を込めた。

ボゥ…

彼女の両手が微かに光り始める。

「こうなったら、構いませんっ

 みなの者、乙姫もろともやってしまうのです!!」

黒竜を背にして水我神がそう言うと、

ボロボロの男達が必死の思いで立ち上がった。

「はぁ…根性はあるみたいだね…」

その姿を見て呆れながら水姫が呟くと、

グググググ…

水我神も含めて男達の体が見る見る人間とは別種の生き物へと変化し始めた。

「なっ」

それを見て敬太達が驚く

「海魔か…

 ようやく本性を現しわね」

スゥ…

水姫が構えると、

「ふふふふふ…

 変身に力を取られていた人間の姿とは違うぞ、

 いいかっ、あいつを水に入れるなっ、

 陸に縛り付けておけば竜玉の力が殆ど出ない人魚など我らの敵ではない」

と水姫を指さしながら叫ぶと、

「あらあら…まるでショッカーの怪人軍団か」

眺めながら呆れ半分に水姫が言うと、

「者共っかかれ!!」

異形の者に変身した水我神が指示を出すと、

「こんばんわっ、宅配便でーす。

 お届け物をお持ちしましたぁ!!」

ヒュン!!

グシャッ!!

と叫びながら彼を押しつぶして海人が浜に舞い降りた。

「もしもしぃ…水我神さん。

 すみませんが

 ココに印鑑を押していただけませんか?」

ピラピラと

砂浜に突っ伏している水我神に海人はしゃがみ込んで伝票を振ると、

プルプル

と震えながら、

「何奴もこいつもぉ…

 ワシに何の恨みがあるんじゃぁ!!」

水我神が叫びながら顔を上げると、

「それはお前の胸に聞いてみるんだな」

スチャッ

水我神の首筋に刃を当てながらそう呟く。

「え?」

「この場で介錯をしてやろうか?うん?」

藤一郎の顔に笑みが浮かぶ。

「さてと、お遊びはこの辺にして、

 で、お前が黒幕か…」

立ち上がった海人が黒竜をにらみつけると、

『…馬鹿な…竜王がココにいるわけがない』

海人を一目見て黒竜がそう言うと、

「そうだろう…ココの竜王はお前らが拉致監禁したんだからなぁ」

チラッ

海人はみなと様を一目見て言うと一歩前に出た。

「え?、竜王様ではない?」

みなと様は海人の言葉に驚く、

『なにっ、じゃぁ貴様は何者だ…』

「俺か?

 俺もまぁ竜王の立場にいる者だが、

 この世界ではちょっと違う世界に住んでいてな、

 まぁ縁あってココに連れてこられたんだけど…」

そう言いながら海人は黒竜に近づいていく、

カッ!!

ゴワッ!!

突如黒竜が火炎を吐くと、海人を覆い尽くした。

しかし、

黒竜の火炎は海人に焦げ目一つつけることができなかった。

「なんだコレは…

 火炎ってぇーのはこうするんじゃないのか?」

パチン!!

そう言って海人が指を鳴らすと、

上空で待っていた、鮎香の海竜・レンが大きく口を開け、

カッ!!

ボッ!!

黒竜に向かって短く光の球を発した。

刹那

ゴワッ!!

黒竜の周りがたちまち白熱した火焔に包まれた。

『うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!』

火焔に包まれながら黒竜はのたうち回る。

「おいおい…そろそろ化けの皮を剥いだらどうだ?」

海人は最後通牒の台詞を言うと、

キン!!

右手にバレーボール大の青白い光の球を作った。

『そっそれは…』

引いていく黒竜の問いかけに、

「あぁ、これか…

 あの水我神って奴が俺に取ってくるように命じた輝水だよ、

 ただし、竜泉井から汲んできた竜水5トン分を輝水化した奴を

 コレくらいに濃縮しているモノだけどな」

海人がそう言うと、

「お前…最初はコレが見当てだったんだろう…

 いいぜっ、

 開店サービスとしてもぅ一個同じのをつけてやるから」

海人が言い終わるや否や、

ポゥ…

今度は左手の上に同じ光の球が姿を現した。

『いっいや待て…

 そんなに取り込んだら私の体が…』

黒竜はそう叫ぶと大急ぎでその場から去ろうとしたが、

「なんだぁ?

 貴様、

 俺が丹誠込めて作った輝水を飲めないって言うんじゃないだろうなぁ」

まるで酔っぱらいが絡む台詞を言いながら海人は黒竜に近づいていく、

『………』

グンッ!!

少しずつ下がっていった黒竜がまるで壁にでもブチ当たったかのように動かなくなった。

『なっ』

驚く黒竜に、

「そうそう、

 さっき結界壊しちゃったんで、

 代わりに新しいのを張っておいてあげたから、

 うんと強力な奴をね」

海人の口元が笑う。

『あっあっあっ

 待て…

 話会おう…

 なっ』
 
もはや主導権は完全に海人が握っていた。

「ふっ

 ………

 だーーーーーめっ」

一呼吸おいて海人がそう告げた後、

程なくして、

『ウギャァァァァァァァァァァァァ…』

黒竜の絶叫が島を揺るがした。



−3−

「はぁはぁはぁ…」

夜のとばりが降りた砂浜を水我神が一人で走っていく

「首領様がやられただなんて…

 そんな…

 そんな…

 大体、なんで竜王が姿を現すんだ?

 奴は我らの手の内にいるのではないのか?」

そう言いながら水我神は走ると、

「まっ待ってください水我神さま」

彼の部下達もあわてるようにして後を追う、

「えぇぃ、足手まといだ!!

 お前らっ、少しは連中の足止めをしてこいっ」

水我神は部下にそう怒鳴ると先に走り始めた。

「あっ水我神が居ない…」

水我神が居なくなっていることに気づいた水姫が声を上げると、

「あぁ…奴ならさっき逃げていったぞ」

黒竜のお仕置きを終えた海人が、

水我神が走っていった方向を指さして言った。

「みなと様…いや、乙姫さま…

 あなたも追いかけていった方がいい、

 おそらく奴が向かっていった先に竜王殿が封じられているはずですから」

みなと様を見て海人はそう続けると、

「あなたは…一体…」

彼女がそう訊ねると、

「印籠はありませんが、旅の隠居ですよ

 はっはっはっ」

と笑った。

「…なぁちょっと古くねぇーか?」

「良いんじゃないの?」

それを横で聞いていた敦と重信がひそひそ声で話す。

すると、

「おいっ、俺達も行くぞ…」

ボキボキボキ

指を鳴らしながら敬太が一言言うと、

「そうだな…さっきのお礼もしたいし…」

と言いながら孝も腰を上げた。



ザッザッザッ

水我神は必死で走り続け、

そして、砂浜の外れにある祠まで来ると、

ガン!!

バキッ!!

祠の戸を壊すように開いた。

「ハァハァ…

 なんだ…

 竜王はまだココにいるじゃないか」

祠の様子を確かめて水我神がホッとしたとたん、

「なるほど…竜王様はそこに封印されていたのか…」

いつの間にか彼の真後ろに立っていたみなと様が呟いた。

「へ?、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

突然のことに水我神は大声を上げると、

腰を抜かし這い蹲りながらその場から逃げていく、

「竜王様…

 お迎えが遅れて申し訳ありません」

みなと様は祠に向かって跪くと、

そっと祠の中に手をさしのべた。

キーーーーン!!

祠全体が光り輝くと。

パァァァァァン!!

祠が弾け飛び、

程なくして一人の男性が姿を現した。

「乙姫…」

「竜王様…」

それを見たみなと様はそっと抱きしめる。



「はひぃぃ、

 はひぃぃ

 すっすべてが…」

鼻水を垂らしながら水我神がはいずっていると、

「おいっ」

と言う声とともに、うっすらと輝く朱色の尾鰭が視界に入ってきた。

「はぁ」

顔を上げると、目の前に水の衣を身に纏った水姫が笑みを浮かべていた。

「あはははは…」

水我神もつられて笑うと、

「えへへへへ…」

水姫を笑う。

そして、

「残っているのはあんただけだよ」

と告げると、

月明かりに照らし出された砂浜には累々と海魔達の無惨な姿が転がっていた。

「ははははは…

 うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

水我神は叫び声をあげながら走り出した。

「そーそーっ

 元気が一番ね」

水姫は走り去っていく水我神を見ながら、

大きく右手を挙げた。

ゴロゴロゴロ…

雷鳴をとどろかせながら見る見る沸いてくる雲に月が隠されると、

「行けっ」

彼女が小さく命令したとたん、

バシャッ!!

一筋の稲妻が水我神を直撃した。

「ウギャァァァァァ!!」

夜の砂浜に水我神の絶叫があがる。

「はぁ…女を怒らせると怖いって言うけど、

 水姫さんを怒らせるとそれよりも遙かに怖いなぁ…」

「そうだなぁ…」

一発、水我神をぶん殴ろうと後を追いかけてきた敬太達は、

絶え間なく降り注ぐ稲妻と、

それに続く水我神の絶叫を聞きながら頷いていた。



−4−

翌朝…

漣屋を海人たちは荷物を持ってゾロゾロと港に向かって歩いていく、

「ところで、どうやって帰るんだ?」

「犬塚の船は沈没したんだろう?」

孝と敦が言い合っていると、

「おいおい、沈没とは言うな、

 アレは水浴びだって」

海人が言葉を挟む、

チャキッ

それを横で聞いていた藤一郎が刀に手をやると、

「まぁまぁ…」

それに気づいた水姫が止めた。

「それにしても、

 ココを出たらそのまま港に行ってください。

 とはどういう意味なんだろうか?」

怪訝そうに敬太が訊ねると、

「まぁ、鮎香さんから直々に言われた以上、

 行ってみるしかないだろう。

 一応、うちのスタッフが一足先に行ったしな」

と藤一郎が言う。

やがて、

一行が港に着くと、

「おぉ…!!」

思わず声を上げた。

港には沈んでいたはずのソルティードッグが朝日に輝いていた。

「これはまた…」

海人が驚きながら言うと、

「藤一郎様っお待ちしておりました」

スタッフがずらりと船の前に並ぶと彼に声をかけた。

タタタタタ…

それを見た藤一郎は一目散にタラップを上がっていく、



「いかがですか?

 我々の手で昨夜のうちに浮上させたのですが…」

と言う声とともに数人の共を従えて巫女装束姿のみなと様が姿を現した。

「一言言ってくれれば、

 私もお手伝いしたのに」

海人が言うと、

「いえ…、私たちの方こそ助けてもらったのに

 この程度のことしかできなくて申し訳ありません」

と頭を下げながらみなと様が答えると、

「いやいや当然のことをしたまでですよ…」

照れながら海人が返事をすると、

「あのぅ…竜王様は?」

水姫が聞き返した。

「はぁ、長らく封じ込められていたので、

 いまは神社の方で休んでいます」

と彼女は答えると、

「まっ、もぅ一人の俺に見送られると言うのも

 あまりいい気がしないもんなぁ…」

海人がそう呟いたとたん、

「痛い!!」

と叫んで飛び上がった。

いつの間にか水姫から伸びた手が海人を抓りあげていた。

「もぅ、海人ったら…」

涼しい顔で水姫がそう言った後に、

「でも、そっか…

 じゃぁ…体調が戻ったら二人で竜宮へ行くのも良いかもね」

と片目を瞑りながら言うと、

ポッ

っとみなと様は頬を赤らめ、

「そうそう、

 先ほど天界の許可を頂いて十畳島から離れた海域に、

 次元トンネルを開けておきました。

 そこへ行けばあなた方の本来の世界に行くことができます」

と告げた。

「それはそれは、痛み入ります」

海人がみなと様の両手を握りしめると、

「こらっ、葵っ

 お前だけ良い思いをするなっ」

その様子を見ていた敬太達が声を上げた。

「おぉぃっ、もぅスグ出航するぞ!!」

ブリッジから藤一郎が顔を出すと声を上げた。

「では…お名残惜しいのですが…」

海人はそう言いながらみなと様に一礼をすると、

船へと向かって去っていった。

「じゃぁね…

 竜王様と仲良くしてね…」

手を振りながら水姫も船へと向かっていった。

「では、さようならぁ」

敬太や多恵達もその後に続いてソルティードッグへと乗り込んでいった。



ザザザザ…

舫綱が外され、ゆっくりとソルティードッグが離岸すると、

港の外へと向かって走っていく。

「さようなら…ありがとうございました」

みなと様はそう呟きながら手を振った。

「鮎香は見送らなくて良いの?」

「うん…

 また会えると思うから…」

湊神社のある高台で鮎香は出航していくソルティドッグを眺めながらそう返事をすると、

おもむろに振り向き、

「それよりもいまの問題はこれを何とかしなくっちゃね」

と”じぇっとあろー21”の逆噴射によって半壊した社殿を眺めた。

「みなと様…コレを見たらひっくり返ると思うわよぉ」

「そういえばまだ見ていないんだっけ…」

「うん…」



徐々に小さくなっていく十畳島を眺めていると、

一頭のイルカが船と併走し始めた。

「あっ…イルカ…」

それに気づいた圭子が声を上げると、

「ほぅ…」

敬太達もシゲシゲと眺める。

「あっ」

イルカを見た水姫が思わず声を上げると、

「ねぇ…藤一郎に船を止めるように言って」

そう言い残して彼女は

ヒョイ

と船から飛び降りると、

パシャッ!!

っと海の中に飛び込んだ。

スゥゥゥゥゥ…

黒髪が見る見る翠髪に変わると、水姫の体は人魚のそれへと変わる。

「ジルじゃない…」

彼女はイルカに声をかけると、

『お礼とお見送りに来ました』

そう言って彼は頭を下げた。

「そんな…別に良いのに…」

横に手を振りながら水姫が返事をすると、

『無事、竜王様が乙姫様のところに戻られたこと、

 海母様は大変お喜びにっております。

 つきましてはほんのお礼にと…』

そう言いながらジルは水姫に巻き貝の殻を手渡した。

「これは?」

貝殻を眺めながら水姫が訊ねると、

『海母様はそちらの世界に海母様はいらっしゃらないと聞きまして、

 それなら、何か役に立つモノをとコレを…』

そうジルが説明すると、

「ふぅぅぅん…

 ありがと…

 じゃぁ記念に貰っていくね」

水姫はそう言って貝殻を掲げなが海面へと向かっていくと

「体に気をつけてくださいねぇ」

そう言いながらジルは手を振った。



水姫がソルティードッグに戻ってくると、

「何をしてたんだ?」

怪訝そうに海人が声をかけた。

「ううん、ちょっとね…」

濡れた髪を拭きながら答えると、

「コレを貰っちゃった」

と言って、水姫はジルから貰った巻き貝の貝殻を海人に手渡した。

「なになに?」

それを見た多恵達がめざとく集まってくる。

「ほぉ…」

海人はそれをシゲシゲ眺めた後、

「これは、お前が持ってろ」

そう言って貝殻を水姫に手渡した。


「おぉいっ…もぅ良いかっ」

藤一郎が顔を出して訊ねると、

「あぁ…いいぞぉ」

海人が返事をすると、

ザザザザ…

ソルティードッグは静かに進み始めた。



−5−

「ねぇ…」

「あん?」

「あたし達をココに呼んだ人って誰だったのかな?」

「さぁな…

 大方…あいつだろう?」
 
「?」

「判らなければいい…

 さぁ、そろそろ該当海域だ…

 水姫…下に降りるぞ」

海人は水姫にそう言うと、船内へと入って行く。

「…幸せにね…」

水姫は小さくなった十畳島に手を振った。



Piっ

『ディメンジョンナンバー UC457LD298 より RL338PMQ248 に向けて

 質量転移現象を観測しました。』

天界…時空間管理局発令室に報告の声が響くと同時に、

管理コードとともにパネルスクリーンに詳細が映し出された。

「了解…

 それは届け出のあった現象ですので、

 マークから外してください。」

管制官がそう指示を出すと、

『了解、今現象は承認済みと判断、マークから外します』

と言う返事が返るとパネルスクリーンに映し出されていた情報は削除された。

「なにかあったの?」

コンソールから顔を上げた黒髪の女神が訊ねると、

「先ほど、空間転移現象が起きたそうですが、

 一応、届け出が出ていた現象でしたのでチェック項目から外しました」

と管制官は報告した。

「あっそう…」

そう返事をすると彼女は再びコンソールに向かう。

しかし…

Piっ、Piっ

UC457LD298 と RL338PMQ248 が

徐々に接近していることに気づいている者はまだ誰も無く、

そして、二つの世界の衝突が起きるのまでの時間はさほどかからなかった。



おわり


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