風祭文庫・人魚の館






「潮騒の島」
【第7話:鮎香】

作・風祭玲

Vol.204





−1−

グォォォォォォ…

緑一面に覆われた十畳島の森と

所々で見え隠れする森林鉄道の細い軌道を眼下に眺めながら

”じぇっとあろー21”は順調に飛行していく。

キラ☆

程なくして行く手に青い輝きを放つ海が見えてきたとき、

「で…飛び発ったが良いが、どうやって着陸するつもりだ?」

操縦桿を握りながら藤一郎が海人に訊ねると、

「え゛?、

 着陸ってそのまま下りれば良いんじゃないの?」

やや呆気にとられながら海人がそう返事をした。

ジロっ

「お前なぁ…

 高速で動いているこれだけの質量のモノが止まるとなると、

 並大抵の事じゃないんだぞ」

睨み付けながら藤一郎がそう言うと、

ポン!!

「あっそうか…」

ハタと気づいたように海人は手を叩いた。

「ったくぅ…

 とにかく、どこか砂浜じゃないと降りられないな…」

藤一郎は呟くと徐々に大きくなってくる海を見つめていた。



ギィィィーーーーン!!

程なくして海岸線に出た”じぇっとあろー21”は大きく進行方向を変えると、

まっすぐ湊神社方向へと向かう。

「…さて、どこに降りるか」

眼下の地形を眺めながら藤一郎は慎重に着陸ポイントを探す。

そのとき…

ゴワッ!!

ゴワッ!!

突如ノズルから吹き出すガスの炎が断続的になると同時に、

ビィーーっ

警報音が操縦席に響き始めた。

「なにっ!!」

「どうした?」

『飛行システムに異常発生!!』

『飛行システムに異常発生!!』

コンピュータの無機質な声が繰り返しそう告げると、

「くっそう!!」

藤一郎は唇をかみしめながら、

遙か先に見えてきた湊神社の森を見据え。

「鮎香さんっ

 申し訳ありませんが強行着陸をします!!

 葵っ

 振り落とされないようにしがみついておけよぉ!!」
 
そう彼は叫ぶと、

湊神社へ向けて”じぇっとあろー21”の進路を固定した。



「んっあぁ…」

湊神社の境内では

十畳小島へと向かう水我神に留守居役を命じられた神職姿の男達数人が

大きく背伸びをしていた。

「なぁ…」

一人が声をかけると、

「なんだ?」

声をかけられた男が返事をする。

「山に向かっていったあの連中はどうなったかな?」

男は海人たちの消息を尋ねと、

「さぁな…

 竜泉井にたどり着く前に始末する手はずだから、
 
 もぅこの世には居ないだろう」
 
と彼が答えた。

「そうか…でも鮎香は殺すにはもったいなかったなぁ…」

思う出すような視線で彼がそう呟くと、

「よせよせ、海精族の奴に手を出すとロクなことがないぞ」

手をプラプラと振りながら男が忠告をする。

「でも、一度は抱いてみたかった…」

と彼が言うと、

「おいっ、遊んでないで

 社の中の連中の監視をしっかりとしておけよ、

 もしも、あいつらが逃げ出して、

 首領様に万が一の事があったらどうする。

 それこそ一大事だ」

別の男がそう命令すると、

「へいへい…」

男達はそう返事をしながら社殿へと足を向け始めた。

その社殿の奥では、

男達によって白装束の女性達が監禁されていた。



−2−

「操さんはどうした?」

「あぁ、夕べ遅く湊様の所に言ったまんま戻ってこないんだ」

「そうか…

 御崎さんも戻ってきていないって聞いてたよなぁ」

「さぁな…

 みなと様のことだけに何かあってのことなんだろう」

と湊神社に行ったまま戻ってこない女性達のことで、

島の他の者達がうわさ話をしていると

ギィィィィィィン…

彼らの頭上を5トンの水タンクを背負った”じぇっとあろー21”が飛行していく、

「何だ?アレは?」

不思議そうに彼らが見上ると、

その”じぇっとあろー21”の操縦席では、

PiPiPi

藤一郎が手早くパネルを操作をすると、

ガコン!!

”じぇっとあろー21”は後ろに延ばしていた脚を手前に引き始める。

「着陸準備よしっ」

彼はそう歓呼すると次第に大きくなってくる湊神社の社殿を見据えた。



ゴォォォォォ…

徐々に神社へ近づいてくる音に、

「なに?」

男達が音のする方向へ振り返ると、

はじめはごま粒大だった白い尾を引く黒い点が、

見る見る大きくなってくる。

「…………」

そして点が大きくなっていくにつれ、

男達の表情から血の気が引いていき、

程なくして滝のような冷や汗が吹き出し始めた。

グォォォォォォ…

耳を劈くような轟音が響き渡ると、

バサバサバサ!!

音に驚いた鳥が一斉に社の杜から飛び立ち始めた。

なおも迫ってくる黒い影は、

徐々に翼を生やした巨大な人影となって男達を覆い始めたとき、

「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

男達は両腕で頭をかばいながら一斉に逃げ出した。

しかし

ドゴォォォォォォ…

逆噴射をかけたのか人影より発した猛烈な突風が境内を吹き抜けると、

彼らは煽られるように倒れ、

そして、

ビシビシビシ!!

敷き詰められた玉石が機銃掃射の弾のごとく飛散し始めた。

「ひぇぇぇぇ…お助けぇ!!」

神職姿の男達は這いずりながら必死になって逃げる。

「うわぁぁぁ!!

 藤一郎!!

 ぶつかるぞ!!」

見る見る迫ってくる社殿を見ながら海人が叫ぶと、

「なんの!!、

 犬塚家のテクノロジーをナメるな!!」

そう叫びながら藤一郎は思いっきり逆噴射のレバーを引いた。

バラバラバラ

社殿の瓦が飛び始める。

「なっ何事!!」

社殿の奥に押し込められていた白装束姿の女性達が一斉に表の方向を見ると、

バゴォォォォォォ!!

彼女たちを閉じこめていた戸が風圧に耐えかねて木っ端微塵に吹き飛び、

猛烈な突風が湊神社の中を駆け抜けていった。

「キャァァァァァァ!!」

風にあおられた女性達の悲鳴が上がる。

幕が舞い上がり、

グワシャーン!!

ご神体の鏡が床の上に落ちるとそのまま転がって行く。

バキバキバキ!!

ズシン!!

ズザザザザザ!!

境内の木々をなぎ倒しながら

着陸態勢の”じぇっとあろー21”の足が地面に接すると、

そのまま足先を地面にめり込ませながら社殿へと突き進んでいく、

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「止まれぇ!!」

海人と鮎香の悲鳴がこだまする操縦席で

藤一郎は歯を食いしばりながらレバーを握りしめる。

ドドドドドドドド!!!

狛犬が飛び、

賽銭をばらまきながら賽銭箱が吹っ飛んでいく。

そしてすべてを薙ぎ払いながら

5トンの水タンクを担いだ”じぇっとあろー21”が

境内を一回転してようやく停止したときには、

朱塗りの柱だけがかろうじて屋根を支えている無惨な社殿の姿があった。

「……ふぅ…何とか止まったな」

額の汗を拭いながら藤一郎が息を吐くと、

「あーぁ…」

無惨に半壊した社殿を見た海人が声を上げた。

「なっなに?、

 いつの間に…誰がこんな事を!!」

藤一郎が驚きの声を上げると、

ゲシッ!!

「お前がやったんだろうが」

海人はそう言いがら藤一郎の後頭部を足蹴にした。

「無礼者!!」

すかさず藤一郎は刀を抜くが、

「えぇい、いまはそれよりも水姫達のことが第一じゃ!!」

海人はそう言い捨てるとスグに”じぇっとあろー21”から飛び降りた。

「あっ(そうだった)待て!!」

藤一郎もスグに後を追う、

「でぃい」

彼が”じぇっとあろー21”から飛び降りると、

ブギュッ!!

「ん?」

何かを踏みつけた感触が足からしたのでそのまま足下に目を向けると、

彼の下には白目をむいた神職姿の男達の無惨な姿があった。

「うわぁぁぁぁ」

続いて降りてきた鮎香は半壊した湊神社の社殿を眺めると思わず声を上げた。

すると、

「あっ鮎香!!」

社殿の中から煤けた白装束姿の女性達が鮎香を見つけるなり飛び出してきた。

「みんな…無事だった?」

彼女たちの所に鮎香が駆け寄り安否を訊ねると、

「うん…さっきまではみんな無事だったんだけどね」

とご神体の鏡を抱きかかえた女性がそう返事をした。

「で、みなと様は?」

みなと様と老巫女そして水姫達の姿が見えないことに鮎香が気づくと、

「そっそれが…」

女性達は思わず目をそらした。

「どうしたの?

 約束通り竜水を持って帰ってきたけど」
 
鮎香は”じぇっとあろー21”が担ぎ上げている水タンクを指さして訊ねると、

「…実は

 …お昼…ちょっと前かな…

 水我神があたし達の所に来るなり、

 みなと様達を十畳小島に連れて行くと言って連れて行ったのよ」
 
と一人の女性がそう答えた。

「ぬわんだってぇ!!」

それを聞いた海人がドアップで彼女に迫った。

「はっはい?」

突然のことに度肝を抜かした彼女が呆気にとられると、

「で、十畳小島とは?」

海人を押しのけて藤一郎が訊ねると、

「…この島から南に50kmほど離れたところにある島です」

と鮎香が答えた。

「みなと様や水姫さん達をそんなところに連れて行ってどうするつもりだ?」

藤一郎が考え始めると、

「それならコイツらに尋ねた方がいいんじゃないか?」

と海人が”じぇっとあろー21”の着陸に巻き込まれてボロボロになっている

男達の首根っこをつかみ上げてそう言った。



−3−

「…で、なんで約束を破って水姫達を連れ去ったんだ?」

ようやく目を覚ました男達の尋問が始まるなり、

手の関節をボキボキ鳴らせながら海人が訊ねると、

「いっ言えるかそんなこと」

男は気丈にもそう返答をしたが、

「ほほぅ…」

それを聞いた藤一郎が、

スチャ…ヒュン!!

突如居合い抜きをすると刀の刃先を男の眉間の前で止めた。

「ヒィィィィィ」

男は悲鳴を上げると、

「今度は目隠しをしてやるが…

 僕は未だ修行中の身でね
 
 ちゃんと止められるかどうか」

そう呟きながら手ぬぐいを男の前で2・3回軽く振り、

その後目隠しをするように結ぶと再び刀を構えた。

「ヒェェェェェェ!!

 言いますっ
 
 言いますっ

 全てを言いますっ
 
 だらかそれは止めてください!!」
 
それを見た男は悲鳴を上げながら懇願した。

――ヤレヤレ

海人はそう言う視線で男を見る。



ズシーン

ズシーン

程なくして湊神社を発った”じぇっとあろー21”は

半壊した社殿の裏手から港へと向かい始めた。

「全く…

 水姫さんを生け贄にするとは何を考えて居るんだ!!

 あの水我神ってヤツは!!」
 
吐き捨てるように藤一郎が言うと、

「とにかくいまは後を追うしかないだろう」

そう返事をする海人に対して、

「………」

鮎香は黙りこくっていた。

ズシーン!!

やがて”じぇっとあろー21”が港にその姿を現すと、

「んなぁ!!」

藤一郎は思わず目を剥いて叫び声をあげた。

「おぉ!!」

海人も驚きの声を上げる。

チャポン…チャポン…

彼らの視線の先にはマストの先だけを海面から突きだしたソルティードッグの姿があった。

――先手を打たれたか…

そう思いながら海人が沈んだ船を眺めていると、

「ぼっ僕のお船が…
 
 僕のソルティードックが…」

そう呟きながら藤一郎は岸壁に走り寄るなり

ヘナヘナ…

と力無くその場に座り込んだ。

「無理もない…今日は暑かったからなぁ…」

彼の後ろで海人が涼しい顔で感想を言うと、

「…葵っ、こういう状況をなんて言うか知っているか?」

フルフル

と震えながら藤一郎が海人をにらみ付けると、

「(えぇぃ!!)”沈没”と言うのだ!!」

叫ぶと同時に手にした刀を抜いた。

「なんのっ」

パシッ

海人はすかさず白羽取りをすると、

おぉ!!

パチパチ!!

岸壁に集まっていた観衆から拍手がわき起こった。

そのとき、何かを思い詰めていた鮎香が

ギュッ

と拳に力を入れると、

「……犬塚さん…

 すみませんが、
 
 あの岬の向こうへ行ってくれませんか?」
 
と言うと港の右側に大きく突きだしている岬を指さした。

「…え?、

 えぇ…構いませんが…」
 
藤一郎と海人は一瞬顔を見合わせるとそう答えた。



−4−

ズシーン!

ズシーン!

岸壁を発った”じぇっとあろー21”が岬の尾根を越すと、

たちまち街は尾根によって隠れてしまい、

ザザーン

潮騒の音が響く渚が静かに続いていた。

「…あのぅ…」

藤一郎が鮎香に尋ねようと声をかけると、

「ここで結構です。

 ありがとうございました」
 
鮎香は海人たちにそう告げた途端、

歩行する”じぇっとあろー21”から降りてしまった。

「おいっ追うぞ」

「あっあぁ」

海人に声をかけられ”じぇっとあろー21”をその場で停止させた藤一郎達は

スグに鮎香の後を追った。


「鮎香さぁーん!!」

渚に降りた藤一郎と海人が岩礁の上に佇む彼女の元に向かおうとすると、

「待って…」

鮎香は藤一郎達を制止させた。

「え?」

二人はその場で一時停止ボタンが押されたように止まると、

「ここには来ないでください…」

続けて鮎香はそう言った。

そして胸元で何かを握りしめ、

「………」

海に向かって小さな声で呪文のようなモノを詠唱した。

すると

ゴゴゴゴ…

静かだった海が突然渦巻き始めると、

ユックリと岩礁の上の鮎香を包み込み始めた。

「おぉ…」

その様子を見て藤一郎は驚きの声を上げる。

そして、

水の幕に包み込まれた鮎香の姿が徐々に”人ではない姿”へと変わっていく、

すると、

スススス…

水の幕がカーテンのように開くと、

翠色の髪をたなびかせ、

銀色の鱗を輝かせた尾鰭を持った鮎香の姿があった。

「鮎香さん…それは…」

藤一郎が訊ねると、

「本当はこの姿を他人にお見せするわけには行きませんでしたが、

 実は私…見てのとおり人魚なんです」

と顔を伏せながら藤一郎達に告白した。

そして、

「ここから先はあたしにすべてを任せてくれませんか?

 藤一郎さん、海人さん…

 これからあなた方のお友達を救ってきます」

と告げると、

「レーン!!」

と声を張り上げた。

ズゴゴゴゴゴゴ

その途端に沖に巨大な渦巻きが現れると、

ゴワァァァァァァ…

中から一匹の身の丈20mはあるであろうか巨大な竜が姿を現した。

「……」

藤一郎と海人は呆気にとられながら竜を見る。

姿を現した海竜・レンは鮎香の元に向かうと、

そっと彼女を頭の上に載せた。

「では、あなた方はココで…

 え?」
 
鮎香は藤一郎達に待つように告げようとしたが、

「まぁまぁ…

 元はと言えば我々の落ち度から始まったことですし…」

いつの間にか鮎香の横に居る藤一郎がそう囁くと、

ドン!!
 
「そうですとも、

 ココまで来ての待ちぼうけはツレないですよ

 ねっ、鮎香さん…」

その藤一郎を突き飛ばして海人が彼女の両肩に手を置いた。

「葵っ貴様ぁ!!」

スチャ!!

藤一郎がすかさず刀を抜くと、

「…いいんですか?」

鮎香がボソリと呟いた。

「はぁ?」

いがみ合う二人が鮎香を見ると、

「あたしは人ではないのですよ」

と彼女は続けるが、

「だってさ、藤一郎…」

「はぁ…まぁ良いんじゃないですか?」

と言いながら二人は顔を見合わせた。

そして、

「それよりも、行くなら早く出た方がいいですね。

 日もだいぶ傾いてきたみたいですし」

手をかざしながら西に傾く日を眺めて海人が言うと、

「………」

鮎香は顔を赤らめて下を向く。

そのとき、

そっ

海人が彼女の両肩に手を置くと、

「人魚だろうと人間だろうと、

 そんな細かいことはどうでも良い事じゃないですか、

 さっ、いまは二人力を合わせて悪い魔王を倒そうではありませんか(キラ☆)」

と爽やかに告げた。

――ぬけぬけと…

 それを見ながら藤一郎は苦い顔をする。

「いいんですか…?」

顔を上げた鮎香が訊ねると、

「まぁ…人魚なんてそんなに珍しいモノではないし」

頬を掻きながら藤一郎が返事をすると、

「そうそう、ほら、スズメやコイと同じで動物園にも居ないでしょう」

と海人も続ける。

「…お前、よくそんな例えが出来るなぁ…(いっとくが鯉は水族館だ)」

それを聞いた藤一郎が呆れながら海人を見ると、

「では、これより魔王退治にしゅっぱーつ!!」

ゴワァァァァァァァァァ…

海人の一声で”じぇっとあろー21”に代わって、

竜水が入ったタンクを抱えた海竜・レンが空を舞った。



−5−

そのころ、十畳島が小さく見える十畳小島の岸壁に一隻の連絡船が接岸すると、

「さっさと降りろ!!」

男達に命じられて

みなと様を先頭に老巫女達、

そして、水姫や敬太達が降り立った。

「……はぁ、誰も住んでいない絶海の無人島かぁ」

敬太はそう呟きながらグルリと島の様子を見渡してみる。

「そう言えば無人島で殺し会いをする映画があったなぁ…」

と敦が小声で言うと、

「バカッ!!、変なことを言うなっ」

そう言いながら重信が敦の頭を殴った。

ヒュォォォ…

一陣の風が彼らの間を吹き抜けると、

「おらっ、ボサッとしていないでさっさと歩け!!」

男達の声があがると敬太達は渋々と歩き始めた。

「ふむ、時間通りだな…」

水我神はチラリとオレンジ色に染まった太陽を眺めるとタラップを降りて行った。



つづく





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