風祭文庫・人魚の館






「潮騒の島」
【第4話:接触】

作・風祭玲

Vol.169





−1−

赤みを強めていった夕闇が漆黒の夜に変わる頃、

湊神社の境内に据えられている能舞台の各所に置かれた篝火に

神職達の手によって次々と灯が灯された。

一方、

その舞台の傍にある離れの中で

羽衣姿の少女がジッと静かに精神統一をしていると、

「!!っ」

何かを感じたのか彼女の表情が微かに動いた。

「どうかなされましたか?」

少女を守るようにして正座をしていた老巫女が、

それに気づくと彼女に声をかけた。

スッ

彼女はうっすらと目を開け、

「いっいや…

 少し気の乱れを感じたのでな」
 
と答えると、

「そろそろ準備は終わりましたか」

と言う声と同時に、

すうっ

っと襖が開くと神職の姿をした男が数人の供を従えて姿を現した。

ムッ

彼の姿を見た少女は露骨にイヤな顔をすると、

「ココに邪気を持ち運ぶなっ、

 輝水が汚れるであろうが」
 
とキツイ口調で男に言う、

「おっとコレは失礼…」

男はややにやけた顔をしながら…

「しかし、汚れるとはちょっと我々を侮辱していませんか?」

そう言いながら少女の傍に腰を落とすと、

グッ

と彼女の顎を男の方に向けさせた。

パシ!!

「汚らわしい手で触るなっ」

そう叫びながら少女が男の手を払うと、

「おやおや、今日の乙姫様は随分と勝ち気のようで…

 けど、そう言う態度でいられると
 
 我々との仲もうまくいかなくなる。
 
 違いますかな?」

と言いながら男の視線は老巫女達に注がれた。
 
「お許しくださいませ…」

老巫女が男にひれ伏してわびを入れたが、

「これ、そのような者達に頭を下げるべきではない」

と少女は老巫女達に言う、

「あははは、

 今日の乙姫さまは本当にどうかなさっている。

 まぁ鉄は熱いウチに叩けと言いますから、

 あんまり助長しないウチに

 少しお灸を据えなければなりませんな」

男は立ち上がりながらそう言うと、

「お前達、

 少しこのお嬢さんを懲らしめてあげなさい」

と供の者に指示を出すと離れから出ていった。

ジリ…

指示を受けた男達は徐々に少女へと迫って行く、

キッ!!

少女は迫る男達を睨み付けたまま身じろぎもしなかった。

「姫様ぁ〜」

老巫女の悲鳴が上がる離れの外から

「おぉ〜いっ

 あんまり調子の乗ってお嬢さんの足腰を立たせなくするなよ

 大事なお方なんだからなっ…」

と言いながら男は離れから去っていった。



−2−

ヒオォーっ

カポン…カポン…

もの悲しさを思わせる笛の音と小鼓と共に羽衣姿の少女が闇夜に浮かび上がる。


「ほぅ…」

「はぁぁぁぁ」

「うわぁぁぁぁ」

境内に仕切り線のように置かれた篝火の外側から眺めていた敬太や藤一郎も

彼女の舞う姿には言葉が出なかった。

「なるほろ…あれあ”みなとひゃま”か…」

「葵っ、なんだこの声は…」

藤一郎が怪訝そうに海人を睨み付けると、

「もぅ海人たら…

 熱いお茶を一気飲みするからよ…」

と水姫が小言を言う、

「うるひゃい」

海人はヤケドしてヒリヒリする舌を冷やしながら

ジッと舞を舞う”みなと様”を見据えていた。

「なぁ、水姫…」

「なに?」

「”みなと様”の舞…少しおかしくないか?」

「え?」

「いや、何となく腰に力が入ってないというか…」

「そう?」

水姫は”みなと様”の異変には気づかなかったが、

海人が彼女の舞に疑問を持っていると、

「なぁ…あれ何かな?」

「なにが?」

大野重信が舞台の正面に置かれた瓶を指さしてそう言った。

「瓶だな…」

「水が入って居るみたいだけど」

「きっと何かの意味があるんだろう」

「意味って?」

「知るかっ」

「ちょっとあんた達…静かにしなさい」

敬太達のひそひそ話に業を煮やした本多圭子が声を上げた。


ポゥ…

「!!っ

 なるほど…あれが輝水か」
 
海人は”みなと様”の舞に併せて光方を変える瓶の水を見て呟いた。

「ってことは、この舞って…」

「まっ本来なら島の守り神である龍神に捧げるための舞のはずが…」

「海魔に捧げているってこと?」

「おそらくな…

 問題は何処でアレを海魔が持ち出しているかだ
 
 ん?」
 
海人は舞う”みなと様”の後方で

じっと瓶を見据えている数人の神職を見つけた。

「水姫っ、彼奴らから何か感じないか?」

海人は水姫に神職達を指さしながらそう言うと

「え?…どこ?」

「ほらあそこ…」

「あっ…

 この気配って…
 
 海魔…」

口に手をやりながら水姫が答えると、

「あぁ…

 しかも、彼奴等だけじゃないぜ

 どうやらココにいる神職の連中全員が海魔のようだな」

能舞台を睨み付けながら海人は言う、

「うわぁぁぁぁぁ〜っ」

水姫が思わず驚きの声を上げると、

「水姫っ、気配は一切出すなよ」

海人は水姫に注意した。

そして、

「…となるとジルの言ったとおり

 乙姫は”籠の中の鳥”って訳か
 
 こうなると厄介だな…」

と呟いた。

「どうするの?」

「まずは乙姫とあいつ等を引き離すところから始めないとな…」

と言う海人の言葉を聞いた水姫はじっと乙姫の舞を眺めていた。



−3−

やがて舞が終わり、”みなと様”が能舞台の上から居なくなると

「どれ終わったようだな…」

「でも綺麗だったね…」

「うん…」

そう言いながら海人達は宿へと引き上げ始めた。


一方、能舞台から離れに少女が戻ってくると、

待ちかまえていた老巫女達が次々と、

「姫様…」

と口々に言いながらまだ息の荒い少女に近寄ってきた。

「大丈夫です…」

少女は老巫女にそう言い聞かせていると、

「いやぁ見事な舞でしたな…

 これで島を守る龍神様もさぞかしご安心なさったでしょう」

などと言いながらさっきの神職の男が姿を現した。

ジロッ

っと少女は男を見据えると、

「コレで満足したろうっ

 さっさと輝水をもっていくがよい」
 
と言うと

「えぇ…別にあなた様の指示を仰ぐまでもなく

 そうさせていただきます」
 
男はニヤリと笑うとクルリと少女に背を向けると離れから立ち去っていった。

それを見た老巫女が

「あっあのぅ…」

外に出た行った男に声をかけると、

「大丈夫ですよ、

 ちゃんとあなた方の取り分は残しておきますので」

と言う男の声が外から聞こえてきた。

「お前達…そのようなみっともないことを言うでない」

少女は老巫女達を窘めたとたん

フラリ…

少女の体が大きく揺れると、

ドサッ!!

と言う音共に崩れるようにして少女はその場に倒れてしまった。

「ひっ姫様…」

老巫女の声が響く…


「あれ?、こっちの道だっけ?」

参道を先を進んでいた知美が突然声を上げると、

「え?」

「そっちじゃないの?」

と言う声が響いた。

「う〜ん、なんか違う見たいなんだけど…」

「ねぇ、葵クン…犬塚クン…あっ!!」

多恵がそう言いながら振り返ると、

彼女の後ろを歩いていたはずの

海人や藤一郎達の姿がなかった。

「やだ、道間違えたの?」

「水姫も居ないわよ」

「そんな…」

暗い山道に多恵・友香・圭子・知美の4人しか居なかった。



「え?、戻ってきてない?」

宿に着いた海人は鮎香から

未だ多恵達4人が帰ってきていないことを聞かされると

驚きの声を上げた。

「そんな…

 だって、佐々木さんや木之元さんって
 
 あたし達より先に歩いていたはず…」

水姫がそう言うと

「あぁ…そうだったよなぁ」

「俺達ワープでもしたのかな?」

「バぁカ…

 こんな時にそんなことを言うんじゃない」

「道に迷ったのでしょうか?」

敬太や藤一郎が口々に言うと、

「あたし…ちょっと探してくる」

と水姫が言うと宿から飛び出していった。

「おっおい…」

海人が水姫を追いかけようとすると、

「待ってください!!」

鮎香が海人を引き留めた。

「何でです?」

藤一郎が訊ねると、

「いまの時間のお山は人様の領分ではないので

 迂闊に入ると龍神様の天罰が下ります。
 
 あなた方はココにいてくださいっ
 
 代わりに私が行きます」

と言うと鮎香が飛び出していった。

「なぁ…天罰って本当にあるのかな?」

鮎香の後ろ姿を見ながら井上敦は敬太にそう訊ねると、

「さぁな…」

彼は肩をつぼめながら答えるしかなかった。



−4−

「戻ろうか?」

圭子が声を上げると、

「でも、山の上はもぅ真っ暗よ、

 いっそこのまま降りちゃえば、
 
 確かこの先には海岸沿いを走る道があるはずだから」

昼間島の地図を眺めていた知美がそう言うと、

「でも…

 来る前に鮎香さんから山の反対側に下りてはいけない。

 って言われてなかったっけ?」

圭子が言葉を挟んだ、

「う〜ん、じゃぁ道に出たらダッシュで駆けて帰ろう」

知美が妥協案を示すと

「え゛〜っ」

多恵と友香が思わず声を上げたが、

別に対案が見つかるわけもなく、

結局彼女達はそのまま山道を降りることにした。

手にした懐中電灯の明かりを頼りにしながら、

ようやく、海岸通の近くまで降りて来ると、

ポツリ

ポツリ

と空から雨が降り始めだした。

「え?なに?」

突然の雨に驚いているとたちまちのウチに雨は、

ザー…

と本降りになってしまった。

「うわっ」

「きゃぁぁぁ!!」

「いやぁぁぁぁ」

多恵達は悲鳴を上げながら山道を下りていく、

「なんで、雨が降るのよ」

「雨降り予報なんて出てたっけ」

などと文句を言いながらやっとの思いで海沿いの道に出ると、

前を走っていた知美がピタリと止まった。

「どうしたの?」

恐る恐る圭子が訊ねると、

「しっ…何か居るわ!!」

知美は口に人差し指を立てると小声で叫んだ。

「え?」

電灯の明かりを持ち替えて行く先に照らだすと、

しばらくして彼女達の前に、

びちゃっ…

びちゃっ…

と足音をたてながら、

ぬっ…

っと不気味な生き物が姿を現した。

「いやぁぁぁ!!

 なにこいつぅ」

「ばっ化け物!!」

すぐに彼女たちから悲鳴がこだました。

グルルルルル…

化け物は路上を這いずりながらゆっくりと多恵達に近づいてくる。

「ひぃぃぃぃぃ」

逃げようとしても立ちすくんでしまって足が動かない…

ルルルルルル…

やがて”それ”は多恵の傍まで来ると、

『ほぅ…化け物とはご挨拶だなぁ

 ふんっ
 
 まぁ輝水を頂く前にここで腹ごしらえするのもいいだろう』

と言うと、

「こっこいつ…言葉を喋ってるぅ〜っ」

「ひょっとして、以前水姫が言っていた”海魔”って奴じゃない?」

多恵と友香が怯えながら言うと、

化け物は彼女をジロリと見るやいなや口を開けると、

シャッ…

っと舌を伸ばして多恵の身体に巻き付けた。

「いやぁぁぁぁ」

多恵の悲鳴が夜空にこだまする。

「たっ多恵!!」

知美の声が上がったとたん、

「雷撃波!!」

水姫の叫び声と共に、

シュパァァァン!!

知美の脇を青白い光球がかすめると、

ダァァァァン!!

光球は見事化け物に命中した。

グモォォォォォォォォ!!

化け物は多恵に巻き付けた舌を外すと悲鳴を上げながら悶え苦しんだ。

「水姫っ」

飛び出してきた水姫に多恵達が飛びつくと、

「大丈夫?」

「うん…」

「あっあれなに?」

圭子が化け物を指さして言うと、

「恐らく海魔…みんな下がって」

水姫は多恵達を下がらせるとゆっくりと海魔に近づく、

ぐるるるる…

苦しんでいた海魔は体勢を立て直すと、

ウォォォォォォォォ…

と雄叫びをあげると水姫に突進してきた。

パシッ

間一髪、水姫は海魔を馬乗りで飛び越すと、

「おいっ、何処を見ているこっちだ」

と全くの余裕、

そして、その水姫の態度に腹を立てた海魔は、

コォォォォォォォッ

っと身体を光らせると、

ポゥッ

水姫に向けて口から光球を放った。

「ちぃっ」

パシッ!!

向かってきた光球を水姫は手で払うと光球を横へとはじき飛ばした。

ドォォォォォォン!!

光球が落ちた海面から水柱から上がると

間髪入れずに海魔が再び突進してきた。

ウォォォォォォォォッ

「くっ!!」

水姫は海魔のタックルをモロに受けると、

そのまま海魔と共に海の中へと転落していった。

「水姫っ!!」

多恵達の悲鳴が上がる。



−5−

ゴボゴボ…

夜光虫が泳ぎ回る海の中を

腕を捕まれ猛烈な勢いで引きずり廻された水姫は、

キッ!!

っと海魔を睨み付けると、

「…調子にぃ…

 乗るなっ!!

 雷撃波っ!!」

そう叫びながら捕まれていない左手を挙げると

その掌の上に青白い光球が出現し、

そして、その光球を海魔の体に思いっきり叩きつけた。

パァァァン!!

グォォォォォッ!!

至近距離での雷撃波の直撃を受けた海魔は悲鳴を上げると、

捕まえていた水姫の右腕を離し、

海の中を苦しみながら制御不能に陥ったロケットのように泳ぎ回る。

キン!!

水姫の胸に閉まっていた竜玉が淡く輝くと、

バッ!!

解き放たれた水姫の頭から翠色の髪が吹き出し、

ググググググ…

彼女の体が変化し始めた。

消えゆく足…

伸びる尾鰭…

フワッ

彼女が穿いていたズボンが体から離れて漂うと水姫は人魚に変身した。

『なっお前…

 乙姫の仲間か…
 
 俺達にそう言うことをして良いのか!!』

苦しみながら海魔が叫ぶと、

「さぁねっ、

 あたしはココの乙姫とは知り合いじゃないけど、
 
 ただ、この落とし前はきっちりとつけさせていただくよ」

『ふん、伊勢が良い奴だが…

 輝水は俺達が握って居るんだ、覚悟しろ』
 
海魔はそう叫ぶなり、

コォォォォォッ!!

ボッ

再び口の中から光球を水姫に向けて発した。

シュボッ!!

光球が水姫に向かって迫って行く様子を見て海魔は

『ハハ…粉々に砕けてしまえ!!』

と叫ぶが、

「馬鹿な奴…」

水姫は海魔を見据えながら一言呟くと、

自分の胸の前に両手の親指と人差し指を合わせ、

そして、

「雷撃波っ!!」

と叫んだ。

イィィィィィン!!

両掌の上に光の粒子がもの凄い勢いで集まると

スグにそれは青白い光球に成長し、

パァァァァン!!

海魔に目がけて海中を走った。

『馬鹿な…、

 なぜお前がそんなに強い力を出せるんだ……』

水姫が放った雷撃波の光球は海魔が放った光球を粉砕すると

一直線に海魔に突進していく…

『う……うわぁぁぁぁぁぁ!!』

それを見た海魔は逃げようとしたが、

時遅く海魔の体は雷撃波に飲み込まれ粉々に砕け散っていった。


「みっ水姫…大丈夫かなぁ…」

暗い海面を見ながら圭子が呟くと

「だっ大丈夫よっ

 水姫って結構強いから
 
 あんな奴スグにやっつけちゃうって」
 
咄嗟に知美はそう言うものの、

なかなか浮き上がってこない水姫に姿に一抹の不安を持っていた。

「お願い…水姫…早く揚がってきて…」

なかば祈るような気持ちで海面を見つめていると、

プカッ

彼女たちの目の前に翠色の頭が浮き上がってきた。

「みっ水姫?」

恐る恐る訊ねると、

クルリ…

水姫がVサインを出しながら彼女たちの方に振り返った。



「なに?、倒されただと?」

程なくして神職姿の男に事件の一方が伝えられた。

「はい…相当力の強い者のようです」

「馬鹿な…乙姫どもの中にそんなに強い者が居るはずがない」

輝水が入った瓶を前にして男が信じられない顔をすると、

「それが何者かよく調べてこい…

 まさかと思うが、乙姫が輝水を隠していることも考えられる」

と男が言うと、
 
「はい」

声の主は彼の前から立ち去っていった。



「…水姫の奴…

 あれほど言ったのに

 変身した上に力を使いやがったなぁ」
 
シュォォォン…

刻々と輝きの色を変える竜玉を見ながら海人がそう呟くと、

「全く困ったことをしてくれて…

 さぁて、どうするか…」
 
腕組みをしながら海人は夜の海を眺めた。



「水姫っありがとう!!」

多恵達は口々にそう感謝の言葉を言いながら

人化して岸に上がってきた水姫の傍に集まると、

「もぅ大丈夫だから…

 さっ帰ろうか…」

と水姫は彼女達にそう言った。

「本当にごめんなさい」

なおも多恵達は頭を下げ続けていると。

「…良いって…

 …良いって…」

――でも、”力”使っちゃったからなぁ…

  こりゃぁ海人に怒られるかも…

水姫はそう思いながら山の方を見上げるとそう呟いた。



そのころ…

フッ

床についていた少女が何かに気づいたように目を覚ました。

「おぉ気づかれましたか…」

心配そうに少女を見守っていた老巫女が声をかける、

「……来ましたね…」

「え?」

「力の持ち主が…」

少女はそう呟くと再び眠りについた。



つづく


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