風祭文庫・人魚の館






「潮騒の島」
【第3話:使者】

作・風祭玲

Vol.165





−1−

カッ!!

っと照りつける太陽…

そして、青い海に…

何処までも続く白い砂浜…

暦の上では5月に入って間もないというのに、

伊豆諸島と小笠原諸島の中間に位置する十畳島は、

まさに夏本番を思わせる日差しの中にあった。


さて、衛星放送のニュースでは本土の各行楽地では、

大勢の観光客が押し寄せていることを繰り返し放送するが、

ココ十畳島の砂浜にはそれほど観光客は多くなく、

よって、海人達もめいめい気に入った所にパラソルの花を咲かせていた。

そして、その中で一際大きいのパラソルの下で犬塚家次期当主である

犬塚藤一郎が目の前に広がる海原を見ながらじっと考え込んでいた。

そう、本来ならこの砂浜に彼のレジャーランドが有ったはずなのである。

「う〜ん…

 信じられんっ、
 
 ココが異世界だなんて…」

グビッ

よく冷えたコーラを飲みながら彼がそう呟くと、

「…信じられなくても、ココが異世界なのは事実だ…

 現にお前のシーパラダイスはココにあったんだろう?」
 
ガサゴソ…

海人が彼の後ろに置いてあるクーラーボックスを漁りながらそう答えた。

スチャッ

藤一郎は振り返らず無言で持っていた日本刀を抜くと、

ヒタ…

っと海人の首筋に当て、

そして

「貴様…そこで何をしている」

と睨み付けながら言った。

「…なにって…

 水姫がサイダーを飲みたいって言うからねぇ…」

海人が何食わぬ顔で答えるのと同時に、

「海人っ、サイダーあった?」

イルカの柄をあしらったワンピースの水着を着た水姫が、

パラソルの影からヒョッコリと顔を覗かせた。

ドンッ!!

「え?…あぁ水姫さんでしたかっ

 どっどうぞ、どうぞ…
 
 遠慮なさらずにさ…さ…」
 
水姫の姿を見た藤一郎は海人を突き飛ばすと、

クーラボックスの中からサイダーやオレンジジュースを取り出して、

次々と水姫に手渡し始めた。

そして、その様子を見た佐々木多恵や木之元友香らも藤一郎の所へと集まり

「あたし…ポカリ」

「あたしは…えっと、ジンジャー」

「あたしは…ウーロン茶でいいわ」

と藤一郎に注文を言う。

殺到する注文に藤一郎は気前よくハイ、ハイ、言いながら手渡していく、

そして、いつの間にか工藤敬太や大野重信らも彼のところに集まると

「俺…コーラね」

「はい」

「俺は…サイダー」

「はい」

と彼らも藤一郎に注文を始めた。

「じゃぁ俺、タヒボ・ベビーダ!!」

ピタっ

海人の声と手が出たときハタと藤一郎は何かに気づくと手を止めた。

「なんだ?、そのタヒボなんとかちゅぅのは?」

怪訝そうに敬太が訊ねると、

「知らんのかっ、駅で売っていたジュースの名前だ

 結構癖のある味なんだが、飲み慣れるとこれがまた…」

と言いながらじっとしている藤一郎に

「ん?どうした?

 はよよこせ」

海人が首を傾げながら催促した。

「………悪いが……

 …すでに販売が終わっているジュースの持ち合わせは無いのでなぁ…」

フルフルと藤一郎の方が小刻みに震えると、

スラリ!!

再び刀を抜き、

「えぇぃっ

 誰が貴様らにジュースをやると言ったかぁっ!!」

と叫びつつ海人目がけて一気に振り下ろした。

「きゃっ!!」

「海人っ」

水姫達の悲鳴が上がる、しかし、

パシッ!!

「おぉ…」

パチパチ!!

ジュースを手にした男性陣から拍手がわき起こると、

藤一郎の刀は海人の手前で何故か何故かピタリと止まっていた。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ…」

「くくくくくくくく…」

視線を戦わせる2人…

「なぁ、これって結構高等な技なんだろう?」

榊原孝が腕を組みじっと二人に見入っている敬太に声をかけた。

「まぁな…よほどの高段者じゃないとこうはいかんよ」

「ってことは、葵って結構な達人なんだ」

「まっ、元々俺達ホモ・サピエンスとは種類が違うから

 ちっとは反応がいいんだろう」

「要するに”ザク”と”グフ”の差ってやつか」

「なんじゃその例え方は…

 まぁ、奴の場合は”グフ”というより”ズゴック”だけどな」

などと暢気な論評を聞いた海人は、

「くぉらっ、

 ヒトが黙って聞いていれば好き放題言いおってぇ、

 少しは加勢せんかいっ!!」
 
と声を上げたが、敬太は、

「だったらその手を離せばいいじゃないか」

と振り下ろされた藤一郎の刀をピタッと挟み込んで止めている海人の両手を指さした。

「アホっ、それが出来たら苦労はせんわっ

 なろ…」

グググググ…
 
っと海人は藤一郎を押し戻すようにゆっくりと立ち上がると、

ズルズル…

藤一郎を引きずるようにして海に向かって移動し始めた。

そして、砂浜に少し出たところで、

「うりゃっ、”砂かけ婆の術”」

と叫ぶと足下の砂を思いっきり蹴り上げた。

「うわっぷ」

舞い上がった砂に驚いた藤一郎が怯むと、

その隙に海人は、

ダッ

と彼の目の前から一目散に海へと駆け込んでいった。

「あっ、待って…あたしも…」

サイダーを飲み終えた水姫が、

海の中でアカンベーしている海人の元に走っていく、

「くっそぅ…逃げ足だけは早い奴だ」

カチ!!

そう言いながら藤一郎が刀を鞘に納めると、

「あら、もぅ終わりなの?」

「どれ、休んだし、もぅ一泳ぎするか」

二人のパフォーマンスを見物をしていた敬太や多恵達も海に向かって進み始めた。



−2−

ザザーン…

波間に海人と水姫の身体が浮く、

二人は離岸流に流されたらしく岸からは相当離れたところを漂っていたが、

それを気にすることなくのんびりと漂っていた。

「ねぇ…海人ぉ…」

水姫が声をかけた。

「ん?」

「なんであたしにこんな水着を着させたの?
 
 これじゃぁ、変身できないじゃない」
 
と水姫がイルカ柄のワンピースの水着を指さして言うと、

「あぁ、セパレートの奴を着ると

 お前、勝手に変身するだろう
 
 だからだ」

と海人は目を瞑りながら返事をした。

「なんで?、変身しちゃいけないの?」

「まぁなっ

 感じているんだろう…」

「え?」

「気配…」

そう返事をしながら海人は島を指さすと、

水姫はやや真剣な顔になると、

「うん」

と返事し、そして、

「……あの島に相当力の強い方が居る」

と続けた。

「あぁ…問題はそいつがどういう奴かだ

 俺の感じだと乙姫かそれに準じる奴だと思うが、
 
 俺達をココに呼んだ奴か、
 
 それとも敵視している奴か
 
 とにかくそれを見極めないとな」
 
「ってことは”それまで力を使うな”ってこと?」

水姫の質問に

「あぁ…異世界(こっち)では何が起こるかわからんっ

 迂闊に変身を解いて本来の姿を見せると
 
 いらぬ混乱の元になるからな」

と海人が答えると
 
「うん、かわった…」

水姫はそう言い残すとプクンと海の中へと潜っていった。

「……本当に判ってんのか?、アイツは…」

海人は水姫が居なくなった所に視線を動かすと気むずかしい顔になった。



コポコポ…

ふわっ

人魚には変身しないものの髪を翠色に変えた水姫が海底散策を楽しんでいると、

スィ…

どこからか一頭のイルカが姿を現すと水姫の横に並んだ。

『異界からの客人…

 あなたにお願いがあります』
 
『え?』

突然話しかけられた水姫が驚きの声を上げると、

『しっ静かに…奴らに感づかれます

 こちらへ…』

イルカはそう言うと水姫を岩場に影へと連れて行った。

『はじめして、私はジルと申しまして、
 
 この世界の海母様に仕えている者です。

 実はあなた様達に海母様からの言伝を頼まれています』

『え?、海母様からの言伝?

 へぇ…こっちって海母様は健在なんだ…』

水姫はそう言いながら驚きに似た表情をすると

ジルは

『あっ、そちらは違うんですか?』

と訊ねると

コクン

水姫は素直に頷いた。

『なるほど…

 世界が違うと環境も異なるいうことは

 本当のことだったんですね…』

ジルはしばし考え込むと、

『で、海母様からの言伝って何?』

水姫のセリフにジルはハッとすると

『あっ、コレは失礼、では…』

コホンと咳払いを一つすると

『あーあー、うんっ

 ……異界の竜王殿。
 
 突然この様なところにお連れして申し訳ありません。

 本来ならあなた方の前に姿を見せて話をしなければならないのですが、

 残念ながら、乙姫達を海魔に人質に取られている上に
 
 私も監視されているので迂闊に動くことが出来ません。
 
 そのためにこのジルを介ての話を許してください…』
 
『まぁ…』

それを聞いた水姫が驚きの声を上げる。

ジルは続けて、

『さて、頼みというのは他でもありません。

 この世界の乙姫達の窮状を救って欲しいのです。
 
 あなた方の世界と違い、
 
 ココの乙姫達は15年前に竜宮を追われ、
 
 以降陸の上で虐げられた生活をしています。
 
 本来ならあなた方の力を借りずに事態を解決するのが筋なのですが、
 
 ただ乙姫達が奴らの手中にあるために私にはどうすることも出来ない』
 
と言うトコまで告げるとジルは咽びだした。

チン!!

ジルは鼻をかむと、

『……それで、非常に身勝手な願いであることは重々に承知の上で、

 あなた方をこちらに呼びました。
 
 お願いです。
 
 すべてを解決してくれとまでは頼みません…
 
 ただ、乙姫達のチャンスになって欲しいのです』

と水姫に告げた。

『ねぇ…この世界の竜王はどうしているの?』

彼女の問いに、

『それが、15年前の海魔の反乱以降行方知れずでして…』

『でも、何らかの接触はあるんでしょう?

 あたし達も15年前にそう言う目にあったけど、
 
 竜宮行きをいやがっている海人はともかく、

 あたしは一応コンタクトしているけど』
 
と言う水姫に、

『はぁ…それが竜王様からも、

 竜王様をお守りしているはずの
 
 あなた様からも何の接触は無く…』
 
ジルは肩を落としながら返事をした。

『あら…まぁ…』

『私からもお願いです

 …乙姫様達はあれ以来あの島に揚げられ、

 そこで、海魔共の為に輝水を作らされているのです
 
 どうか力になってください』
 
とジル涙ながらに訴えた。

それを聞いた水姫はムッとした顔になると、

『判ったわ、ジル、

 あたし、海人に言って乙姫様達を海に帰してあげるわ』
 
と言うと

『おっお願いしまぁす、

 いまはあなた様達が唯一の頼りなんですぅ』

ガシッ!!

ジルは感慨に咽ぶと水姫に抱きついた。

『……ちょちょっとぉ…

 アンタ…
 
 これってあたしを押しつぶしているの?』

ムギュッ

水姫はジルと岩との間に挟み込まれていた。



−3−

「え?、この世界の乙姫達を助けろって?」

夕方、漣屋に戻った海人は水姫からの話を聞いたとたん驚きの声を上げた。

「うん、ここの乙姫様たち相当困っているみたいよ」

水姫はお茶を飲みながら言うと、

「しかしなぁ…

 いくらココの海母様からの願いと言ってもなぁ

 いきなり助けてって言われても…」
 
ポリポリと頭を掻く海人に、

「海母様からの直々のお願いなのよ

 あんたも竜王なら判るでしょう」

と水姫は食い下がる。

「う〜ん…」

海人はしばし考え込んでいると

「ふ〜ん、そうなんだ…

 海人って意外と冷たいのね。
 
 だから、自分のところの乙姫様にもあぁいう仕打ちをするんだ」
 
と水姫は持参のポテチを食べながら海人に言った。

それを聞いた海人が

「誰がだ」

と反論すると

「あら違うの?」

「俺はただ竜宮の仕来りがイヤなだけだ」

と腕組みをしながら口を尖らすと、

「さぁどうだか?」

水姫は素っ気ない。

「あぁ判った判った!!」

ポン

と言いながら海人は膝と叩くと、

「よしっ

 この問題を解決しなければ俺達は帰れないみたいだし、

 とりあえず、状況をきちっと調べるところから始めるか」

と言いながら腰を上げると、

「えぇ〜っ」

それを聞いた水姫がイヤな顔をした。

「水戸のご老公だって、まずは調査から入るだろう…

 印籠はその後その後…」

など言いながら海人は軽い足取りで階下の食堂へと降りて行った。

「もぅ…」

水姫はプッと膨れると窓から見える海を眺めていた。

そして

「大丈夫…あたしがこの海を返してあげるから…」

と呟いた。

ザザーン

潮騒の音が部屋の中にこだまする。



−4−

「いやぁ、鮎香さんの料理はホント美味しいですなぁ…」

「こんなに美味しい料理なんて僕も食べたことはありませんよ」

食事をしながら敬太や藤一郎が褒め称える。

「いやだわ、お客さん…そんな…」
 
「でも、美味しいわよ」

「うんうん…」

多恵達も美味しそうに頬張りながらそういう。

そして、彼らに料理を誉められていたのが

昨日この漣屋で彼らを出迎えた女性”漣鮎香”だった。

一見華奢で頼りなさそうな彼女が少ないスタッフをテキパキと使いこなして

この漣屋を切り盛りしている様子を目の当たりにした彼らは、

すっかり彼女の虜になっていた。

「鮎香さん、

 一度僕の所のシェフにこの料理の作り方を伝授してくれませんか」
 
ギュッ

藤一郎は鮎香の手を取るなりそう言い寄ると、

「くぉら、犬塚っ、抜け駆けするなっ」

と言う声が挙がる。

「抜け駆けとは失礼なっ、

 僕はただ教えを請おうとしているだけだ」
 
藤一郎がそう反論している隙に、

「鮎香さん、

 今夜…二人でこれからのことをゆっくりと話し合ってみませんか」

「はっはぁ…」

海人が鮎香の肩に手を置くとそう言い寄ると、

「葵っ貴様っ」

その様子を見た藤一郎が刀を抜こうとしたが、

グッ

何故か刀が抜けない…

「なっ、これは…」

グッグッ…

何度も抜こうとしてもピクリとも動かない刀に、

「藤一郎、やめとけっ

 昼間、刀にコレを塗っておいた」
 
と言って海人がポンと一つのチューブを藤一郎に放り投げた。

 ”犬印・超強力接着剤”

と書かれたチューブを見るなり、

「ふっふっふっ…貴様ぁ〜っ」

藤一郎はそう呟くと、

すぐに2本目の刀を取り出すなり海人に斬りかかった。

が、

「食事中に馬鹿なまねはヤメロっ」

「そう言うことは食事が終わってから外でやれ」

「そうですよね…鮎香さん」

などと言いながら敬太達が藤一郎を取り押さえると刀を取り上げた。

「くっ…うん」

すると藤一郎も鮎香の視線がある以上の行動は慎しみ、

「もぅ、海人ったら」

「痛てててて…」

水姫は席に戻ってきた海人の横腹を思いっきり抓った。

席がようやく落ち着いたところで、

「そう言えば、山の上で何かあるんですか?」

友香が鮎香に訊ねると

「え?、あぁ…”みなと様”の奉納の舞があるんですよ」

とお茶の用意をしながら鮎香が答えた。

「みなと様?」

「えぇ…

 この島を守っていらっしゃる方で、

 月に一度、満月の夜に湊神社で奉納の舞をなさるんです」

「へぇ…

 奉納の舞か…
 
 なんか神々しさを感じるわね」

「その、”みなと様”ってどんな人なのかな」

「綺麗な方ですよぉ

 そうだ、お客さん達、見に行かれたらいかがですか?」

と鮎香が提案した。
 
「え?、いいんですか?」

「仕来りで篝火が焚かれているところから近くには寄れませんが、

 その外側からなら見ることは出来ますよ」

と言う返事に、

「ねぇどうする?」

「行ってみようか」

話は一気にまとまった。

「ねぇ…海人っ」

水姫が海人の脇をつつくと、

「そうだな…

 一度見てみるか、
 
 その”みなと様”と言う人に…」

海人はそう言うとグイッと手渡された湯飲みを口に運んだ。



つづく


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