風祭文庫・人魚変身の館






「翠色人魚」
(第15話:それとなく不穏な日々)



作・風祭玲


Vol.601





無限に広がる大宇宙…

生まれて行く星もあれば、

死に行く星もある。

あの竜宮を巡る猫柳・猿島。

そして、五十里率いるツルカメ彗星との戦いも、

悠久の時を刻む宇宙にとってはほんの一瞬の瞬きにしか過ぎない…

そして、時は流れる…



「…マーブルスクリューぅぅぅぅ!!!

 まぁぁぁっくすぅぅぅ!」

放課後の校舎裏に少女達の声が響き渡ると、

カカッ!!

ズドォォォォンンン!!!

『ザケンナーぁぁぁぁ!!!』

白と黒、二人の少女戦士より放たれた必殺技が

襲いかかろうとしていた魔物・海魔を瞬く間に蹴散らす。

「ふぅ…」

「もぅ、これで10匹目だわ。

(大体、何で”ザケンナー”なんて絶叫上げているのよ)」

「なんか、ハバクク以降、こんな事が多くないか?」

「うーん…」

汗を拭いながらの黒コスの少女戦士の指摘に

白コス少女戦士は考え込むと、

「確かにパターンは変わったよね、

 それに…

 さっきも感じたんだけど、

 あの海魔が消えるとき、

 ウールーで感じていた気配がしたのよ…」

と指摘する。

「そういえば…

 確かに…」

白コス少女戦士のその指摘に黒コス少女戦士はハタと手を打つと、

「もしかしたら、

 あのウールーの接近が海魔に何か影響を与えたのかもしれないわ」

白コスの少女戦士はある可能性を指摘すると大きく頷いた。

「うん、確かにその可能性はあるよな…

 でも、一度、

 乙姫様か水神様にこのことについて聞いた方がいいんじゃない?」

「そうね

 それがいいかもね。

 でも…」

「なに?」

「ねぇ、また、ネコが増えてない?」

黒コスの少女戦士の意見に白コスの少女戦士が納得すると同時に、

近くに座っていた一匹の太ったネコを指さす。

「は?」

その指摘に黒コスの少女戦士が振り返ると、

ナーオ…

そのネコが鳴き声を一つ上げた。

「ん?

 あのブテネコはいつもあそこにいるじゃないか?

 これて言って問題はないと思うけど」

「でも、

 見張られているみたいなのよ、

 ふと気がつけば、必ずそこにネコがいるのよ」

「気のせいだって、

 考えすぎだよ。

 さ、早く変身を解こう、

 誰かに見られたら大変だよ」

ネコの存在に敏感になっている白コスの少女戦士に向かって

黒コスの少女戦士はそう言うと、

彼女の背中を押しながら校舎の中へと入って行く。

そして、

ナーオ…

そんな二人の姿をネコはジッと見つめていたが、

しかし…

その背後に黒い人影が佇んでいたことに彼女たちは気づいては居なかった。



一方、

ドォォォン!!!

ガガガガガ!!!!

ゴワァァァァ…

ガコン!!

ガコン!!

ガララララ!!!

櫂や真奈美達が学ぶこの水無月高校から少し離れた通学路の途中、

眼下に相模湾を見下ろすこの場所に

かつてグリーンピアと呼ばれる保養施設があったのだが、

ネオ新撰組と厚生労働省との間で繰り広げられた壮絶な死闘の末、

ついにグリーンピアは閉鎖・民間への払い下げられてしまったのであった。

それにより、役人達が年金財源を湯水のように使い、

丹誠込めて作り上げた壮麗な施設は瞬く間に取り壊され、

代わりに周囲を蟻のように群がる建設機械群の中に

巨大な施設の基部がその姿を見せていた。

そして、水無月高校へと続く通学路の脇には


”第三新東京温泉・じお風呂んと、神隠しの湯 近日オープン!”


とピタミッドを模した建設中の施設の完成予想図が描かれた看板が建てられ、

その傍に聳えるプレバブ作りの事務所からは

この事業に掛ける意気込みを周囲に伝えていた。



ゴゴゴゴゴ…

ウォンウォン!!

建設機械群が奏でる騒音がかすかに響く事務室の中、

あの五十里が作業着に身を包んだ姿で机の上に両肘を突き、

顎の前で手を組むいつものポーズでじっと何かを待っていた。

また、彼と向かい合わせで置かれている高級ソファーの上では、

「クー…」

「すー…」

五十里のお目付役としてリムルから遣わされたアトランティスの人魚である

シシル達、3人組がすっかり眠り込み、

その周囲には様々なおもちゃが散らかっていた。

ガチャッ!

時が止まったような事務室にドアが開く音が木霊すると、

「…ん?

 おや、ようやく寝付いたか」

ドアを開けて入ってきた夏目が眠り込んでいるシシル達に気づく。

「あぁ」

五十里はポーズを崩すことなく返事をし、

「工事の進捗状況は?」

と建設工事の進み具合を尋ねた。

「今のところ工事は順調、

 予定通りに進んでいるな」

「そうか」

夏目の返事に五十里は表情を変えずにそう言うと、

「遅くなった」

「いまもどりました」

の声とともに桂、夏目の二人が追って戻ってきた。

そして、

「あっ、

 五十里さん。

 お昼頃、山のように巨大な梱包が運び込まれたけど、

 あれ、なんですか?

 五十里さんが受取人になっていましたが…」

戻るなり相沢が昼に運び込まれた荷物について尋ねた。

「ふふっ」

相沢のその問いに五十里は含み笑いで返事をすると、

ガチャッ!

「おうっ、五十里、

 例のもの、

 見つからないように運んでおいたぞ」

の声と共に作業着姿の見上げるような大男が事務室に入ってきた。

「うわっ」

入ってきた男の姿に相沢が声を上げると、

「ん?

 なんだ、貴様は?」

ジロッ

大男は相沢を見据えながら不快そうな顔をした後

「はじめて見る顔だな、

 俺はHBS・メンテナンス部の浦賀だ」

とHBSの社名が入る作業着を見せつけながら自己紹介をした。

「うっ浦賀さん…ですか…

 はっ初めまして…

 わたし、総務部の相沢と言います」

怯えるようにして相沢は挨拶をすると、

「そうか、

 面倒を掛けたな」

浦賀に向かって珍しく五十里が礼を言うと、

「がははは!!

 なぁにっ

 あいつで一花咲かせようと言うんだろう?

 俺も上の連中がすることには飽き飽きしていたんだ。

 任せておけ、

 この浦賀がしっかりとあの人形を面倒を見てやるからな

 じゃっ」

と浦賀は豪快に笑い事務所を後にした。

「ふぅ…

 メンテナンス部の浦賀か、

 噂には聞いていたが…

 さすがにでかいな…」

浦賀が去った後、彼の印象をそう言うと、

「ドール一筋20年の男だ。

 人形はヤツに任せておけば大丈夫だ」

と五十里は浦賀を信頼していることを言う。

すると、

「あっそれと、

 情報部の佐倉さんが現場に来て、

 これを五十里さんに渡してくれと」

と相沢はHBS社・情報部佐倉から渡された包みを掲げ、

五十里の前に差し出した。

「佐倉だって?」

相沢が言ったその名前に桂が反応すると、

「あぁ、そうだ、

 ネコ使いの佐倉だ…」

と五十里は答え、包みを開きはじめる。

「そうか、

 それで最近、

 この辺りでネコがやたらと多いのか…」

「まぁそういうことになるかな」

「五十里っ

 お前、まさか、

 ここにHBSを再建するつもりか?」

「ふっ」

桂のその指摘に五十里は不敵な笑みを浮かべ、

「もうじき、経理の日振もここにくる。

 そして、あと一人。
 
 アイツが来れば完璧だ…」

とさらに人間が増えることを示唆した。

「……」

五十里のその言葉に桂達は唖然とすると、

「さて、

 お目付役の小娘達も眠り込んだことだし、

 搬入された人形を見に行ってみるか」

と言いながら腰を上げた。



グォォォォン!!!

五十里達が乗せたエレベータはまっすぐ地下へと降りてゆく

「このエレベータはグリーンピア時代に作られたものだ。

 そして、いま我々が向かうところは
 
 かつて厚生労働省が自分たちの存在を脅かす組織と戦うために作りあげた要塞だ」

と五十里は夏目や相沢・桂に自分たちが向かっていくところを説明する。

「厚生労働省?」

「組織って?」

五十里の説明に桂と相沢が驚きの声を上げると、

「ふふっ

 まぁどこも似たような事をやっているものだ」

と五十里は呟き、

それと同時に

チーン!!

エレベータが停止するとドアが開きはじめた。

すると、このときを待ってましたとばかりに

「さぁ、ここが我々の新しい砦。

 人魚共と戦うための砦。

 真のジオフロントだ」

と五十里は叫びながらエレベータの外へと皆を招く。

すると、

ドォォン!!!

「うわぁぁ、天井がめちゃくちゃ高い!!」

「これほどのものが地下に…」

「さすがは役人。

 無駄遣いがすごいと言うか…」

五十里に案内された夏目以下3人は、

地下とはとても思えないその規模と豪華さに呆気にとられてしまった。

「地上の温泉施設はあくまで表向き、

 その地下にはこのように竜宮に決して引けを取らない要塞・ジオフロントがあり、

 HBSで役に立ちそうなものは全て運び込んだ。

 そして、もぅ一つ、

 我々には究極のドールがある」

と五十里は言い、

そして、

シャッ!!

ピッ!!

手にしていたカードを目の前に壁に備えられた読み取り機に通すと、

ガコン!!

ウォンウォンウォン!!

聳え立つ巨大な白亜の壁が縦に2つに割れ、

大音響を響かせながらゆっくりと開き始めた。

「究極のドールってなんですか?」

「究極のドール…だと」

「おいっ

 なにを作ったんだ」

その言葉に桂が五十里に問いただすと、

開いてゆく壁の間より巨大な人影が姿を見せ始める。

「なんだ?」

「巨人?」

「相当大きいぞ」

「なんだ、これは…」

その人影の大きさに五十里以外の皆が声を殺すと、

「人魚共と戦い…

 人魚共の弱点を知り抜いた我々の切り札だ」

「人魚の弱点?」

「あぁ…

 この間の戦いで連中の弱点を見つけた。

 そこを突けば、

 彼奴等が操る水術と言うモノを無力化し、

 そして、一気にねじ伏せることが出来る」

五十里は自信に満ちあふれた表情でそう言う。

「弱点って…

 そんなのがあるのか?」

「あぁ…ある。

 だからこそ、わたしはこのドールをここに運んだのだ。

 ふっ

 この作戦のために極秘裏に開発を進めたドールBIOS”チヒロ”を搭載した、

 汎用人形決戦兵器・ユバンゲリオン!

 その零号機だ!!」

身長10m以上はあるだろうか、

聳え立つ巨大なドールをバックに五十里は高々と宣言すると、

「はぁぁぁ…」

夏目達は声を失いながらそのドールを見上げていた。

そして、少し間をおいてから、

「あの…」

相沢が声を上げると、

「顔は…

 無いんですか?」

と仮面の様なものが付けられているドールの頭部を指さし尋ねた。

「あぁ、

 いまはカオナシだが、

 実戦時には相応しいのを装着させる予定だ」

そう五十里は答え、

「現在、奥のハンガーでこの零号機をベースにした

 初号機と弐号機を建造している。

 それぞれのドールに多様性を持たせるために

 チヒロと同時開発をした別のBIOSを搭載させるつもりだ」

と続けた。

すると、

「あっあの…

 それってもしかして…
 
 ”ハク”と”リン”と言いますか?」

話を遮るようにして相沢が尋ねると、

「ん?

 何で判った?」

と五十里は逆に質問をする。

「いっいえっ

 なんかその様な気がしたので…」

五十里の質問に相沢はそう返事をすると、

「意外とわかりやすかったかな?

 このコードネームは…」

五十里はそう呟きながら首を捻った。

そして、

「ふんっ

 アトランティスの連中は我々を利用するつもりだが、

 主役はあくまえ我々だ。

 利用されるつもりで向こうを利用するのだ。

 よいか、我々には3度目はないことを肝に銘じておけ」

とこの場にいる全員に言い聞かせると、

「はいっ!」

夏目、相沢、桂の3人は声をそろえて返事をした。



「ねぇねぇ、

 ここ何が建つのかな…」

下校途中の真奈美が建設機械が忙しく動く工事現場を指さすと、

「うーん、

 第三新東京温泉・じお風呂んと、神隠しの湯 近日オープン!

 か…

 温泉というかスーパー銭湯みたいだな」

とあの竣工予想図が書かれた看板を見ながら櫂が返事をする。

「へぇ、神隠しの湯なんてなんか面白くない?

 じゃぁ出来上がったら、

 みんなと行ってみようかなぁ…」

工事現場を見上げながら真奈美は呟くと、

「おいっ、

 中で豚にされても知らないぞ」

と櫂が注意をする。

すると、

「はぁ?

 何を言っているの?

 そうなったら飛べばいいんじゃない。

 飛べる豚はただの豚じゃないんだからさ」

と真奈美は言い返す。

「ったく…

 ほらっ、いつまで見て居るんだよ

 置いていくぞ」

話を切るようにして櫂が声を上げ、

「あっ待ってよ、櫂」

その言葉に押されるようにして真奈美は走りだすが、

しかし、これから起こる次の戦いにはまだ二人は気づいては居なかった。



同じころ、

「おっかしいわねぇ…」

人気の無くなった職員室で

ハンディビデオの映像を見ながらミールが首を捻っていると、

「で、どうだった?」

白衣姿のリムルが今日の収穫について尋ねる。

すると、

「ダメよダーメ、

 また今日も二人だけだったわ、

 シナリオ通りなら、

 そろそろ黄色いの…あっピンクか、

 が出てくるはずなんだけど、

 もぅ、何やっているのかしら?」

と文句を言う。

「そう、

 まっ仕方がないわね、

 ここは地道にやっていくしかないでしょう」

そうリムルは言い、

「ふーん、

 頑張っているのね、
 
 あのお二人さん」

とビデオの映像に映る二人の少女戦士の画像を見ていた。



「五十里…」

夜の帳が降りたプレハブの事務室に感情を殺した声が響く、

「ん?

 佐倉か…」

その声に五十里は顔を上げると、

一見、うだつの上がらないサラリーマン風の男が立ち、

「久しぶりだな、

 どうだった宇宙は?」

と話しかけてきた。

「あぁ…

 まぁ、良い骨休みにはなったよ、

 で、さっき提出して貰ったこの資料。

 なかなか調べ上げて居るではないか

 さすが、情報部だな」

男に向かって五十里はそうねぎらう。

「まぁな…」

「ネコを使っての情報収集の他、

 あの壁際で佇む黒い影…

 見えているのに絶対に記憶されない究極の”忍”か、

 ふふっ、大したモノだ」

と五十里はネコの他に時折姿を見せる影について言及すると、

「なんだと?

 ネコはわたしの配下だが、

 影については知らないぞ」

男は驚きの表情で返事をする。

「なに?」

男のその声に五十里は驚くと、

思案顔になりながら

「まさか…

 アトランティスの…」

と呟いた。

「ふっ

 どうやら、コッチも見張られているようだな」

左右に気配を探りながら男はそう指摘すると、

「ふっ

 まぁ好きにさせればいいか」

「そうか、

 お前がそう言うなら俺は異論を挟まないが…

 で、どうだった?

 報告書は…」

男は相沢経由で渡った報告書について尋ねた。

「ふむ、

 竜宮の動きの調査、参考になる。

 それとユバンゲリオンの動力についての提案は異存はない。

 日振君とは話を付けた。

 浦賀君と共にその線で進めくれと伝えておいてくれ」

「わかった…」

「頼みにして居るぞ」

「お前もな…」

そんな会話がなされている外では、

あの影がジッと佇み、中でかわされている会話を逐一記録し、

地球の裏側へと転送をする。

そして、地球の裏側のアトランティスでは…

『ふふふっ

 そうか、我々を利用するか…』

玉座に座る王・ポセイドンはそう呟くと、

『如何なさいますか?』

その袂で重々しい衣装に身を包み仮面を被る神官が尋ねる。

『構わん、

 好きにさせればいい、

 わたしとしては共倒れ…が一番都合の良いシナリオだからな』

ポセイドンはそう指示をすると

『ははっ』

神官は大きく頭を下げる。

そして、その後、

『そう言えば、先日その方より願い出のあった、

 ”古の光矢”の封印…

 その封印を解くのは構わないが、
 
 しかし、その後の手当はあるのか?』

とポセイドンは先日神官より願い出のあった件について尋ねた。

「ははっ

 その準備は既に整いつつあります」

ポセイドンのその言葉に神官は嬉しそうな声色で返事をすると、

『ふっ

 好きにせい』

ポセイドンは総返事をすると、

ふっ

神官を見つめていた光る目を閉じる。



櫂や真奈美、そして乙姫達が気づかぬ間に

新たな野望は確実に忍び寄っていた。

時に西暦200×年、街はまだ平和であった。



おわり