風祭文庫・人魚変身の館






「転校生の秘密」


作・風祭玲

Vol.796





「本当よっ

 本当に見たんだからっ!」

朝の教室に藍田久美子の声が響き渡ると、

「はいはい」

「なに?

 また始まったのぉ?」

その訴えに久我山幸恵と夏野寿子の呆れた台詞が追って響く。

「あーっ、

 信じてないんだ」

頬を高潮させ、

そんあ二人を指差しながら久美子は抗議すると、

「だぁってねぇ」

「信じろって言うこと自体無茶よ」

と制服姿の幸恵と寿子は顔を見合わせた。

「本当なんだからっ、

 見間違いじゃないんだから」

セーラーのタイを揺らせながら、

なおも久美子は力説すると、

キーンコーン…

とその会話を断ち切るようにして始業のチャイムが鳴り響いた。

「はぃはぃ、

 ホームルームが始まるよ」

「続きはお昼休みでね」

チャイムの音を聞きながら

幸恵と寿子は幼い子供に言い聞かせるように久美子の頭を撫でると、

ブーッ!

大きく両頬を膨らませ、

足音荒く久美子は自席へと戻って行く。

「本当に人魚を見たんだもんっ」

という言葉を残して…



「おーぃ、

 ホームルームを始めるぞ」

チャイムの音共に担任の西脇が教室に入ってくると、

その後に続いていた一人に美少女の姿に、

「おぉっ」

クラス中の男子から驚きの声が上がった。

「なによっ」

「さぁ?」

そんな男子達に女子は覚めた視線を向け、

そして、教壇の横に立つ黒というよりも藍に近い髪の色をした

美少女に冷ややかに見詰めると、

カカッカカカカ…

黒板に大きく西脇は海野美佐子と美少女の名前を書き、

「えーっ、

 紹介する。

 海野美佐子さんだ。

 ご家族の都合でこの学校に転校してきた。

 みんなっ、

 仲良くなっ」

と紹介をすると、

「海野美佐子です。

 よろしく」

美佐子は一歩前に出て自己紹介をすると、

ペコリと頭を下げた。



と、そのとき、

「あーっ!」

突然、久美子が声を上げると、

「あなた、

 あなたよぉ!」

と美佐子を指差した。

「どうした、

 藍田ぁ」

そんな久美子に西脇が理由を尋ねると、

「幸恵、

 寿子ぉっ

 彼女よっ、

 彼女が人魚よっ!

 あたし見たんだから!」

と言った途端、

「……ぶはははははは!」

一呼吸置いて教室中に笑い声が巻き起こり、

「久美子ぉっ」

「あんたって娘は」

席を飛び出した幸恵と寿子は久美子の頭を叩く。

「おいおいっ、

 藍田ぁっ

 朝っぱらからウケを狙うんじゃないぞ」

そんな3人の姿を見ながら西脇は注意すると、

「本当だってぇ

 あたし見たんだから、

 絶対に絶対に絶対に海野さんは人魚なんだから」

と主張を繰り返した。

すると、

「モガッ!」

幸恵と寿子は言い張る久美子の口を塞ぎ、

「ゴメンね、海野さん。

 悪気がないことだけは判って」

「この娘ね、

 人魚ヲタクなのよっ、

 もぅ、何かに理由をつけてはこうやって騒ぐのよ」

と表情を暗くし困った顔をする美佐子に向かって

久美子の頭に載せた手でその頭を幾度も下げさせながら二人は謝る。

「いっいいのですよ、

 でも、

 いきなり人魚なんていわれて

 ちょっとビックリしちゃった」

謝る二人の姿を見ながら美佐子はそういうと、

「一件落着したかな、

 じゃぁ、海野は悪いがあの藍田の後ろに座ってくれないか、

 一応、出席番号順なのでな」

と西脇は申し訳なさそうに指示をした。

「はいっ」

その指示に美佐子は返事をして、

そして、

いまだにバタバタと押さえつけられ暴れる久美子の傍に来ると、

「よろしくね」

と笑顔で挨拶をした。

だが、

キラッ

挨拶をする美佐子が着ているセーラーの袖の下で光るうろこ状の物体の姿を

久美子は見逃さなかった。

「!!」

それを見た久美子は目を大きくするが、

「よろしくね、

 藍田さん」

と自分を見つめる美佐子の眼力に圧倒されてしまうと、

「はっはい…」

おとなしく返事をして席に着いた。



「はーぃ、

 行ったよぉ」

「よーしっ」

体育の授業が始まり、

体操服に着替えた女子生徒たちは

体育教師の指示に従いバレーボールの試合を始め出していた。

そんな彼女達の横で、

ポツン…

美佐子は体調不良を理由に見学していると、

「あの…

 海野さん」

チームからあぶれた久美子が美佐子に向かって話しかけ、

そのとなりに座り込む、

すると、美佐子も釣られるようにして腰を下ろし、

二人並んで目の前のコートで行われている試合を眺め始めるが、

「………」

しばらくの間、

二人とも言葉を交わすことなく無言のまま試合を眺めていた。



「あの…」

先に口を開いたのは久美子の方だった。

「あの…」

「はい?」

久美子の言葉に美佐子が返事をすると、

「海野さん…

 海野さんは人魚なんでしょう?

 あたし、見たの…

 昨日の夕方、

 海で飛び跳ねる人の姿をした魚を…

 …鱗が夕日にキラキラしていてとっても綺麗だった」

昨日目撃したことを思い出しながら久美子は呟くと、

「さぁ、

 人魚ってそんなに美しいものじゃないと思うわ」

と美佐子は返事をした。

「え?」

その返事に久美子は驚きながら美佐子を見ると、

「人魚も人魚で大変だと思うわよ」

久美子の顔を見ながら美佐子は他人事のようにして言う。

「そ、そうなんですか…」

「そうじゃないかしら?

 でも、藍田さんは何でそんなに人魚に憧れるの?」

今度は美佐子が久美子が人魚に憧れる理由を尋ねると、

「え?

 それは…

 あっあたしの憧れなんです。

 人魚が…

 ずっとずっと昔からなってみたいと思っていたんです」

折り曲げた膝を胸に抱えながら久美子は理由を話すと、

「そうなの…」

とコートに視線を向けながら美佐子は呟いた。

「あの…

 海野さんは本当に人魚なんでしょう?」

そんな美佐子に久美子は再度尋ねると、

「さぁ?

 どうなんでしょうね」

美佐子は含みのある返事をして腰を上げると、

「先生っ

 あの…

 洗面所に行っていいですか」

と試合を見ていた体育教師に声を掛けた。



キーンコーン…

授業開始のチャイムが鳴り響き渡り、

制服に着替え終わった女子生徒たちが教室になだれ込んでくると、

追って男子生徒たちもそれに加わってきた。

「ふぅ、

 なんとかセーフ」

次の教科である英語教師の入室以前に自席にたどり着いた久美子は、

机の上に突っ伏していると、

フワッ

潮の香りがその鼻をくすぐった。

「え?」

突然の香りに久美子は慌てて起き上がると、

カタン…

髪を湿らせた美佐子が席に着くところだった。

「どうしたの、

 水道でも壊れたの?」

そんな美佐子の姿に久美子は驚きながら尋ねると、

「うん、

 ちょっと乾いちゃったから」

と美佐子は返事をして、

まるで久美子に見せ付けるように髪を軽く手で梳いて見せる。

だが、その髪の色は朝見たときよりも青味を帯び、

見るものの魂を吸い込んでしまいそうなそんな妖力を放っていた。

「そ・そう…」

まるでその妖力から逃れるように久美子は視線を逸らし、

そして、正面を向くと、

”やっぱり、本当に海野さんは人魚なんだ…”

と冷や汗を流しながら呟く。



キーンコーン…

授業の終了を告げるチャイムが鳴り響くと、

ザワザワ

ザワザワ

部活に下校にと生徒達は校舎から出て散って行く。

そして、その中に海野美佐子の姿があり、

その美佐子の後を追うようにして藍田久美子は歩いていた。

「海野さん、これからどこに行くんだろう」

青味を失った髪をサラサラを靡かせながら、

海岸に下りていく道を歩く美佐子。

その美佐子から30m近く間を開けて久美子は歩いていくが、

久美子の興味はこれから美佐子がどこに行くのか。

もし、海に行くのなら、

そこで人魚に姿を変えるのでは?

ということの一点だった。

「とにかく後をつけていかなきゃ」

距離に気をつけて、

久美子は慎重に下り坂を下っていく。




カンカンカン!!

海沿いを走るライトレールの踏み切りで美佐子が電車の通過を待つときも、

久美子はキチンと距離を開け、

さらに、ライトレールと併走する海岸通りの国道を歩いていく時も

美佐子が踏み出す一歩一歩を読みながら歩いていった。

沖に浮かぶひょうたん型の岩礁がちょうど真横に来たとき、

クルッ

突然、美佐子は砂浜へと降りる階段を折り始めた。

「あっ」

それを見た久美子もまた砂浜に下りていくと、

タタタッ!

突然、美佐子は砂浜を走り始め、

人気のない入り江へと向かっていった。

「まさか、

 あの入り江で…」

美佐子を追いかけながら久美子の脳裏には美佐子の人魚姿を想像する。

そして、

一歩遅れて久美子は入り江にたどり着くが、

そこには美佐子の姿はどこにもなかった。

「あれぇ?

 どこに行っちゃったのかな?」

静かに波が打ち寄せる入り江の浜に立って、

久美子は辺りを見回していると、

タタッ!

突然、何者かが久美子に向かって走り寄り、

ガシッ!

無理やりその身体を掴むと、

ザバザバザバ!!!

入り江の中へと引き込んでいった。

「きゃぁぁ…

 ガボッ!」

まさに一瞬の出来事だった。

水に押し込まれた途端、

さらに強い力で水の奥へと久美子は押し込まれていくと、

『そんなに人魚になりたいの?』

と澄んだ女の声が響く。

「え?」

その声に久美子は我に返ると、

『人魚になったってロクなことないわよ』

こめかみの両側から鰭を突き出し、

紺碧の髪を水に揺らせる美佐子が真顔で尋ねた。

「海野さん…

 その顔は…」

息苦しさも見せずに話しかける美佐子の姿に久美子は驚くと、

フワッ

いきなり美佐子は体を縦に回転して見せ、

スカートの下から覗く朱色の鱗に覆われた魚の尾びれで久美子の顔を撫でると、

『そうよ、

 あたしは人魚』

と自分が人魚であることを告白をした。

「ううっ……」

久美子にとってまさに感動の一場面であった。

長年、その存在を信じ、

そして、追い求めてきた人魚が目の前にいる。

もぅそれだけでも至福であった。

そんな久美子に美佐子は、

『あなたは人魚になりたいといっていたわよね』

と体育の授業中に久美子が言った言葉のことを聞き返すと、

「え?

 そっそれは…」

思いがけない言葉に久美子は喉を詰まらせると、

スッ

美佐子は自分の胸に鱗が覆う両手を合わせ、

そして、

『………』

何か呪文らしい言葉を呟いた。

すると、

ポゥ…

美佐子が併せる手と手の間に淡い紫色の光が点る。

「それは?」

光を見ながら久美子が尋ねると、

『人魚の魂よ…

 これを授かれば藍田さん。

 あなたは人魚になれるわ、

 どうする?

 授かりたい?』

と尋ねた。

「え?

 あたしが人魚に…

 それって本当?

 本当に人魚になれるの?

 だったら、

 授けてください。

 あたし、人魚になりたいんです」

光を点らせる美佐子に向かって久美子は懇願をした。

『そう、判ったわ、

 じゃぁこの人魚の魂はあなたにあげる。

 さぁ受け取りなさい。

 そして人魚におなりなさい!』

美佐子は語気を強めながらそう言い放つと、

パァァァ!!

久美子に向かってその光を放った。



パシャ

パシャ

静かに波が打ち寄せる入り江の波打ち際に

ずぶ濡れの少女がジッと佇んでいた。

波を見ながら少女は自分の腕を挙げて見せると、

「ない…

 鱗がどこにもない…」

と呟き、

そして、

バッ!

自分の身体を抱きしめると、

「あはっ

 ついに…

 ついに人魚の呪縛から解き放たれた。

 あたしは、

 あたしは人間に戻れたんだ」

と泣きながらその場に座り込んでしまった。

一方、その海面の下では、

ガツン!

『痛ぁーぃ』

水面にぶつけた頭を押さえながら、

『あっあれ?

 水面に浮き上がれない…

 え?

 どうやって人間の姿になれるの?

 ねぇ、海野さん教えて、

 どうすればあたし、

 陸に上がれるの?

 どうすれば人間の姿に化けられるの?

 ねぇ教えて

 教えてよぉ』

紺碧の髪を揺らめかせながら、

一人の人魚が蒼い顔をしながら悲鳴を上げていたのであった。



ゴメンね、久美子さん。
 
人魚の魂を受け渡しをしたら魔力は0になってしまうのよ、

魔力を持たない人魚は海の外に出ることは出来ないわ。

あなたが人魚として生き、

魔力を得る様になれば出られるようになるから、

それまで頑張ってね。



おわり