風祭文庫・人魚変身の館






「お面」


作・風祭玲

Vol.794





ゴポン!

ここは海の奥深いところにある人魚達の園。

地上の人間達からは決して見つけることが出来ない

その園では大勢の人魚達は皆平穏に暮らしていた。

だが、その園といえども決して何も問題がないと言うわけではなかった。

なぜならば…

『やはり、これが必要でしょうか』

『そうですわね…

 このまま手を拱いていたらわたし達は消えてしまいます』

『しかし、なり手はいるのか』

人魚の園の奥深くに建つ、

巻貝の集会所に数人の人魚達が集まり、

華を付き合わせるようにして深刻な表情で話し合いを行っていた。

どの人魚も皆、ボリュームのあるバスト。

キュッ!

と括れたウェスト。

鱗が覆う尾びれは艶かしく輝き、

身体を覆ってしまうほどの長さの髪をユラユラと棚引かせ、

そして、何よりも、

彼女達の口からこぼれてくる声は、

人間の男を瞬く間に虜にしてしまう魔力を放っていた。

しかし、その様な人魚達の前にある難問が立ちはだかっていたのであった。

『もはや、コレに頼るしかないわね、

 みんなも同意見でしょう?』

一人の人魚がお面に手を添えながら決断をすると、

『本当に…

 それでいいわね』

と集まっていた人魚達に同意を求めた。

コクリ

コクリ

コクリ

その言葉に人魚達は一斉に頷くと、

『判りました。

 では、わたしが代表として掛け合ってきます』

お面を大事そうに抱えてながら人魚は結論を纏める。

すると、

『まかせたわ』

『お願いよ』

と人魚達は口々に呟き、

その声に送られるようにして、

ブワッ!!

尾びれをはためかせ、

一人に人魚が園からで旅立って行った。

そう、いま人魚達には死滅の危機が忍び寄っていたのである。

そして、その危機を救うため、

彼女は一人”伝説の勇者”を求めて旅立って行ったのであった。



ゴワァァァァ!!!

シャォォォン…

シャォォォン…

荷物を満載したトラックや乗用車が激しく行きかう幹線国道。

その国道沿いに一軒のディスカウントストアが建っていた。

ディスカウントストア・業屋。

煌びやかな看板を掲げているこの店は、

一見するとどこの街にでもあるストアに見えるが、

だが、扱っている商品の中にどこで作られたのか、

果たして人間の手によって作られたものなのか、

そのような品物が埋もれるようにして売られているのである。



『おはようございます。

 みなさん』

早朝、

片手に大福帳。

禿かかった頭を振りつつ、

和服姿のオーナー兼店長の老人が姿を見せると、

『おはようございます』

バックヤードに並ぶ店員達が一斉に挨拶をする。

『ほぉほぉ、

 ご苦労様です。

 えー皆様に大事なコトを申しつけますぅ。

 いよいよ我が業屋も大勝負に打って出るときが来ました。

 わたくしがここに来てからの何をしてきていたのかが問われる大勝負です。

 皆さんの力を集め、

 この決算セールを乗り越えましょう』

と鼓舞をすると、

『では本日入荷した商品はと…』

老人は今朝方入荷してきた商品のチェックを始め出す。

だが、入荷した商品は山のように積み上げられ、

とても、バックヤードのメンバーだけでは手に負えないのは明白であった。

『ふむふむ』

そんな商品の山を老人は一目見ると、

フンッ!

突然老人は身体に力を込め、

『ウォォォォッ!』

と声を張り上げ始めた。

すると、

メキメキメキ!

見る見る老人の身体は大きく膨れ、

瞬く間に、

ビシッ!

筋肉質の男へと変身してしまった。

『では仕分けを始めましょう』

腕をコキコキ鳴らしながら老人が変身した男は涼しい口調でそう言うと、

ズバババババババ!!!!!

帳簿と商品を一つ一つ照らし合わせながら、

猛烈なスピードで仕分けし始めた。



山のように積み上げられた商品は瞬く間に消え失せ、

粗方の仕分けが済んだとき。

『ん?』

ビニール袋に包まれた一つのお面が手にした途端、

男の手がピタリと止まった。

『なんだ?

 このような商品。

 注文を出した覚えはないが…?』

考え込む素振りを見せながら、

男は慎重にお面の裏表を確認し、

そして、そのお面が縁深き人物より委託されたこに気付くと、

『おぉ、思い出した。

 確かに注文があったな…

 それにしても、

 男性が居ないと言うのも大変だなぁ。
 
 まぁいいだろう

 パーティ系の棚に並べるか』

とお面の経緯を思い出すなり、

ポィッ

パーティ用と書かれた箱にお面を放り込んだ。



その日の夕刻、

制服姿の一人の少女がこのディスカウントストアを訪れていた。

彼女の名前は安田鼎、

この近所にある高校に通う少女である。

「ふーん」

店内に入った鼎は一通り歩くと、

あるコーナーへと向かい、

必ずそのコーナーで時間を潰すのであった。

「いいなぁ…

 人魚って…」

商品棚の上に置かれているガラス製の人魚を手に取り、

鼎はそう呟くと手にしていたガラスの人魚を棚に返す。

鼎には幼きころに目撃したある光景のことが頭から離れることはなかった。

「海で遊びたい」

そう両親にせがんで鼎は父親の運転するクルマで

近くの海に向かったのだが、

しかし、その日は台風の接近で海が荒れ、

海岸から離れた駐車場より

有料の望遠鏡で海を見る事になってしまった。

本当なら波打ち際で遊びたかった鼎だが、

荒れる海はそれを許してくれるはずなく、

渋々望遠鏡を覗いていると、

「あれ?」

波が洗う海岸の岩場に人の姿があるのが目に入った。

「あの人、

 危なくないのかな?」

最初見たときはそう思った鼎だが、

しかし、じっくりとその人物を見ると、

なんと、岩場の人物は上半身裸の女性で、

翠色の髪が雲間から覗く陽の光を受けてキラキラと輝き、

また、様々な色の貝で作ったと思えるネックレスを首から提げているその姿は

とても普通の人には見えなかった。

「綺麗…」

そんな女性に鼎はそれに惹かれるようにして見ていると、

「!!!っ」

一瞬、鼎の目がまん丸に見開き、

その視野の中には

キラッ!

女性の腰から下を覆う鱗が映っていたのであった。

「あの人…

 人魚だ…」

そう思った途端、

鼎は両親から離れ、

一人、岩場に向かって歩いて行く、

そして、波に濡れながらも鼎は女性居た所へと行くが、

そこには人影は無く、

数枚の見たことのない鱗がその場に落ちていたのであった。

程なくして鼎は岩場を監視をしていた警察官に保護され、

鼎を探していた両親ともどもからきつく叱られたのだが、

でも、

「あれは、人魚…本物の人魚」

拾い上げた鱗と共に鼎は人魚の存在を固く信じてしまうと、

さらに、自分も人魚になってみたい。と妄想を膨らませ。

そして、少しでも人魚の気持ちに浸りたい。

とばかりに彼女の部屋は両親も呆れるほど

様々な人魚グッズで埋め作れているのであった。



「はぁ…

 人魚になりたいなぁ」

幼き日のことを思い出しながら

鼎は意味も無くパーティ系の売り場に来たとき、

リィィン…

スカートの中がかすかに鳴った。

「え?」

聞いたことが無かったその音に

鼎は慌ててスカートのポケットを弄ると、

微かに熱を帯びる定期入れを取り出した。

ポゥ…

「なにこれぇ?」

定期入れはなぜか淡いピンクの光を放ち、

恐る恐る定期入れを開くと、

あの日拾った鱗が光り輝いていたのであった。

「うっそぉ、

 鱗が光っている…

 なっなんで?」

突然、光りはじめた鱗に鼎は困惑していると、

”人魚になれるお面。あります”

と書かれた黄色いポップと共に、

ビニールに包まれた人の顔らしきお面が

ハンガーに掛かっているのが見えた。

「えぇ!?

 人魚ぉ?」

鱗のことをそこそこに鼎は慌てて駆け寄ると、

そのお面をハンガーから外し、

手に取ってみた。

すると、

キラッ

鱗の光は輝きを増し、

また、お面もそれを受けてか青く輝き始めたのであった。

「すごい…

 まさか、お互いに呼び合っているのかしら、

 ってことはこのお面ってただのお面ではないの?」

それを見た鼎は驚き興奮するが、

だが、人の顔に見えたお面は、

どちらかというと能面のようなもので、

お世辞にも人魚を思わせるものではなかった。

「うーん、

 間違いなく関係あると思うんだけどなぁ」

人魚の魅力からかけ離れたデザインのためか、

鼎の気持ちは萎えてしまうと、

半ばガッカリしながらお面をハンガーにかけようとする。

ところが、

『おぉ…

 それをお手になりましたか』

の声と共に店長のプレートを下げる和服姿の老人が声をかけてきた。

「え?」

突然の店長の登場に鼎は驚くと、

『お客様はお目が高い。

 そのお面はつけるだけで本物の人魚になってしまう

 不思議な力を持つお面。

 お客様は人魚にご興味があるとお見受けしましたが』

と店長の名札をつける老人は尋ねる。

「え?

 えぇまぁ…」

店長のその質問に鼎は軽く返事をして立ち去ろうとすると、

『お安くしておきますよ』

と駄目押しの言葉をかけた。

「え?」

ピタッ

その声に鼎の足が止まると、

ニィ…

店長は勝利を確信した笑みを浮かべ、

『実はこれが最後の在庫でございまして

 いかがですか?

 お客様には特別出血大サービス!!

 通常価格¥4980のこの人魚お面を、

 特別価格¥490にてご提供いたします。

 さらにポイントも10%割り増しですがぁ?』

と煽り立てる。

「うっ!」

店長の煽り文句に鼎はぐらりと来てしまうと、

ポワッ

駄目を押すように定期入れの中の鱗が

まるでお面に恋しがるように反応した。

「くっ、

 しっ仕方がないっ」

鱗から伝わってくる痺れるような感覚に鼎は口惜しそうに呟くと、

『御会計はレジにて承っております』

と店長はもみ手をしながらそう告げた。



「ありがとうございました」

人魚のお面が入ったレジ袋を提げ、

鼎はディスカウントストアから出てくると、

ウズウズ

ウズウズ

胸の奥がざわめきだし始め、

その間隔に突き押されるように鼎は自宅には戻らず、

近くのバス停から海岸通りへと向かうバスに乗った。

「人魚になるんなら家の中じゃなくて、

 やっぱり海辺よね」

逸る気持ちを抑えながら鼎はそう呟くと、

30分ほどで鼎を乗せたバスは海岸通のバスセンターに到着した。

そして、鼎は日が暮れた海岸通りを歩き始める。

「なんか、久々って感じ…」

潮風に吹かれながら鼎は通りから外れると、

波打ち際を歩いていく、

そして、幼き日に人魚を見た岩場に差し掛かると、

「よっ、

 こらしょっ!」

岩場の上をピョンピョンと飛び跳ねてその場所へ向かい、

あの日、人魚がいた場所に立った。

鼎自身、この場所には幾度も来ていて人魚に思いを馳せていたのだが、

だが今日は違っていた。

「ここに…

 居たんだよね。

 人魚さん…」

もぅ十数年も前のことながら鮮明に覚えている人魚の姿を思い出すと、

ギュッ

レジ袋を持つ手に力が入った。

そして、

「んしょ」

鼎はその場で制服を脱ぎ始めると全裸になる、

そして、定期入れから鱗を取り出して下に置くと、

ガサッ

レジ袋よりあのお面を取り出し、

スーハー

スーハー

気持ちを落ち着かせようとするのか、

2・3回、深呼吸をした後、

「よしっ」

鼎は気合を入れると徐にそのお面を顔につけた。



ビクッ!

『あっ』

お面を顔に付けた瞬間。

鼎の身体に電撃が突き抜けたような感覚が走り、

それと同時に、

ジュワァァァ…

お面はまるで溶ける様に鼎の顔と一体化してゆく、

『!!!っ

 おっお面が、

 取れない!!』

顔に張り付き、

一体化してくるお面に鼎は驚き、

そして、慌てて外そうとするが、

ピタッ!

お面は既に鼎の顔と一体化してしまっていて、

外すことなど不可能な状態になってしまっていた。

『そんなぁ!!

 お面が!

 お面が!

 取れないよぉ!』

能面のような顔を晒して鼎は泣き始めてしまうが、

だが、

ムリッ!

その能面だった顔が突然表情を作り始めると、

顔を覆ってたその細い腕が一気に太くなる。

そして、

ゴキゴキゴキ!

身体の中を貫くように筋肉の柱が伸びて行くと、

ボコッ!

平らな腹に腹筋が刻まれ、

ボコッ!

小さな乳房が胸板の中に消え、

ボコッ!

なで肩が厳つくなり首も太くなる。

そして、さらに、

ムキムキムキ!!!

今度は枝葉を伸ばすように

身体の周囲を筋肉が取り囲んで行くと、

メキメキッ!

一気にウェストを引き締め、

その一方で腰から下は二本の脚が一本に融合し、

その足先が平たく潰れていくと、

大きな扇を広げたような尾びれと化し、

さらに融合した脚に鱗が覆いつくすと、

ムキッ!

尾びれの筋肉が盛り上がった。

『ああっ

 なに…

 何かが…

 あたしの中に…

 おっ

 おっ

 おごぉぉぉぉぉっ』

体の中を根本から作り変えられていく感覚に、

鼎は太い眉を寄せ、

厳つい男の顔を晒しながらのた打ち回るが、

程なくしてそれが収まると、

『くはぁ…

 ハァ

 ハァ

 死ぬかと思った』

トーンの低い声を上げながら、

胸板も分厚いマッチョな人魚が顔を上げ、

水掻きが張る手と、

張り詰める胸板、

さらに割れている腹の下に隠されている肉の棒の存在に、

『うぉぉぉぉ!!!

 なんじゃこりゃぁぁ!』

人魚は頭を抱えながら声を上げ泣き叫んだ。



『どっどうしよう…

 あたし…

 人魚になれたけど…

 でも、男の人魚に…

 しかもこんなに筋肉がすごい人魚になってしまっただなんて』

あれから1時間近くが過ぎ、

辺りはすっかり夜のたたずまいになっていた。

だが、マッチョな男人魚に変身してしまった鼎はただ呆然と座り込んでいたのであった。

だが、

ボゥ…

変身前に定期入れから出していた鱗が光りを増してくると、

『!!?

 これは…』

その鱗に気付いた鼎が鱗を拾い上げる。

そして、

ドクンッ!

鱗を拾い上げた途端、

鼎の分厚い胸が大きくときめき、

『うっ

 こっこれは…

 この匂いは…

 知っている…

 おっ俺は知ってる。

 そうだ、これは…

 おっ俺のハニー…』

と鱗の持ち主の顔が鼎の脳裏を横切った時、

『うぉぉぉぉっ!

 漲る力!

 溢れる血潮!

 おっ俺の身体の中を熱いモノが駆け巡っていくぅ!!!』

と頭を抱えて声を上げると、

ムキムキムキ!!!!

さらに筋肉を盛り上げ、

『はぁはぁはぁ

 はぁはぁはぁ

 待っていろぉ!!!!』

すっかり男人魚に取り込まれてしまった鼎は野太い声をあげ

ザブンッ!

っと鱗を片手に海の中へと飛び込んでいったのであった。



それから約数ヶ月後。

この海岸に程近い場所で一人の少女が全裸状態で打ち上げられていた。

「ハーレムは…勘弁してください…」

身体に海草を巻きつけ、

うわ言のようにその言葉を繰り返していた少女は

まるで生気を搾り取られたかのように痩せこけていたものの

幸い命には別状は無く、

程なくして収容先の病院を退院したのであった。

だが、それ以降、

かつて、人魚が大好きだった少女は全く人魚に見向きをしなくなり、

彼女の部屋を埋め尽くしていた人魚グッズも姿を消してしまったのであった。



一方、

海の奥深く人魚の園で暮らす人魚達の間では空前のベビーブームが訪れていた。

『あは、見て見て

 わたしの赤ちゃんよ』

『うわぁぁ、

 可愛い。

 でも、わたしの赤ちゃんの方が可愛いわ』

『そうかしら、

 あたしの赤ちゃんが可愛いわよぉ』

赤子をあやす人魚達であふれかえる園の奥。

あの巻貝の集会場では、

『やはり伝説は本当でしたのですね』

『えぇ、我が人魚族の中で

 最もも熱く煮えたぎる情熱と、

 底なしの精力を持った男人魚が遺したもの』

『やはり業屋に任せてよかったですわ』
 
『これで当分の間、

 このお面は必要ないですね』

『そうですね、

 厳重に封印して置きましょう』

赤子を抱く人魚達はそう言い合うと、

役目を終えたお面を丁寧に封印し宝物庫へと持っていった。

こうして、人魚達のベビーブームはそれからもしばらくの間続き、

その結果、人魚達を追い詰めていた危機は去っていったのである。

一体、人魚達のベビーブームの裏で何があったのか。

その詳細については読者のご想像にお任せする。



おわり