風祭文庫・人魚変身の館






「入り江のひみつ」


作・風祭玲

Vol.748





ミーンミンミンミン…

セミの鳴き声が響き渡る夏の午後、

本土から遠く離れた南の島にその入り江はあった。

そして、昼近くになり入り江で漁をしていた漁船が引き上げると、

周囲の山々で鳴くセミの鳴き声が入り江を支配し始める。

と、そのとき、

パシャッ!

突然何かが飛び込む音が響き渡ると、

セミの声はピタリと止み、

辺りを静寂が包み込んだ。

そして、その静寂をうち破るように、

尾びれ大きく開いて、

一人の人魚が勢い良く水面から飛び上がると、

キラ☆

輝く陽光に朱色の鱗を輝かせながら、

ザブン!

水面に大きな波紋を立て水の中へと潜って行く。

ミーンミンミン…

人魚が消えてからしばらくすると、

何事もなかったかのようにセミは鳴き始めるが、

それから10分近くが過ぎたとき。

『遅いっ!』

海の中から苛立つ声が響いた。



ミーンミンミンミン…

セミが鳴き声が相変わらず響き続ける。

陽は西に傾き始め、

空の色は次第に白味を帯びてくる。

程なくして、

ガサッ…

岸辺に鬱蒼と茂る背の高い草が揺れ、

ガサガサガサ!!

何かを踏み分ける音が近づいてくると、

次第にその揺れが大きくなる。

そして、

「ふぅ!」

草を掻き分けてYシャツに学生ズボン姿の少年・多賀進が姿を見せると、

「すっかり遅くなっちゃった」

と額から零れ落ちる汗を拭った。

その途端。

『おそーぃっ

 一体、何をしていたのっ!』

と海の中から怒鳴り声が響き、

ジャボッ!

海面より翠の髪を顔に貼り付ける少女の頭が出た。

さっきの人魚である。



「ごっごめん、

 水野さん。

 補習が長引いちゃって…」

怒り顔の人魚・水野多恵子に向かって進は詫びるが、

『補習ぅだってぇ?

 そんなもんチャチャッと片付けなさいよぉ、

 あたしはてっきりあんたが連中に捕まったかと思ったわよ』

と多恵子は呆れ顔で返事をした。
 
「そんな事言ったって…

 これでも急いで来たんだよぉ」

刈り上げ頭にメガネ顔、

一見するとちょっと内気そうな少年に見える進はそう言い返すと、

スィーッ

多恵子は音もなく進の居る岸へと近づき、

バシャッ!

水かきが張る手を差し出した。

そして、

『多賀君っ

 なにボケッと見ているのよ、

 さっさとあたしを引き上げなさいよっ』

と進に命令をすると、

「判ったよっ

 もぅ人使いが荒いなぁ」

多恵子に向かって進は不満そうに言い返し、

その傍にある岩場に飛び乗ると、

そこを足場にして腰をかがめて手を引いた。

すると、

バシャッ

バシャバシャ!

水面の水が大きくはねたと思った瞬間、

海中の多恵子は一気に進に飛びつき、

「うわっ!」

『きゃっ!』

二人は岩の上に倒れこんでしまった。



「あーぁ、

 ビショ濡れだぁ」

たっぷりと水を吸ったYシャツをつまみながら、

進は嘆いていると、

『なぁに文句を言っているのよっ

 ほらっ、

 変身が始まっているじゃないのっ』

と多恵子は怒鳴り、

鱗が生え始めている腕を掴んで見せる。

「ちぇっ、

 さっきからムズムズする思ったら、

 もぅかよ」

それを横目で見ながら進は多恵子の手を振り解き、

バッ!

濡れているシャツをめくり上げた。

すると、

プルン!

進の胸には二つの膨らみが姿を見せ、

また腰には生え始めたばかりの鱗が鮮やかな朱色を見せていた。

「はぁ〜っ

 また人魚になるのか…」

それらを見ながら進はため息をつくと、

『仕方がないでしょう?

 あたしたちの秘密を知った以上。

 多賀君はあたしたちの仲間なんだから』

と多恵子は言う。

「仲間って言われても…」

その言葉に進は恨めしそうに多恵子を見ると、

『ほらっ、

 歩けなくなってから

 服を片付けるは大変でしょう?

 さっさと脱いじゃってよ』

鱗が覆う腰に手を当て命令をする。

「はいはい」

その言葉に進は鬱陶しそうに返事をすると、

腰を上げると、

岩場から岸辺に移り、

ガサッ!

草を掻き分けていく、

そして、

丁寧に折りたたまれた女子生徒用の制服が置かれているのを見つけると、

「全く、水野めぇ…」

それを恨めしく見詰めた後、

進は着ていた制服に手を掛けた。



プルン!

シャツを脱いだ途端、

さっきよりも膨らみが増した乳房が揺れ、

さらにズボンを下げると、

今にも脚を覆い尽くそうとする朱色が目に入る。

「はぁ…

 もぅこんなに…」

翠色に染まりつつ、

急激に伸びてくる髪をたくし上げながら、

進はため息をつくと、

ニョキッ!

進の腰から鱗に覆われた尾が伸び、

脚の筋力が急激に衰え始めた。

『やばっ

 今日は成長が早い…』

それに気付いた進は慌ててと脱いだ服をたたみ、

そして、かけていたメガネをその上に置いたとき、

ズルッ!

『うわっ』

いきなり脚から下の力が抜けてしまうと、

ドサッ!

その場に突っ伏してしまった。

『痛ぇぇぇ〜っ

 もぅ少し待ってくれよぉ』

すっかり萎縮し鰭と化してしまった脚を撫でながら進は文句を言うが、

『くそっ、

 これじゃぁ

 這いずっていくしかないか』

とさっきまで視線と同じ位置にあった雑草を見上げながら、

諦めの表情をすると、

ズルズルと岸辺めがけて這って行く。



『なぁに、やっているのよ』

髪に雑草を絡ませ、

さらに泥だらけになって岸辺に出てきた進を、

多恵子は覚めた目で見つめると、

『仕方がないだろう、

 いきなり変身しちゃったんだから』

と進は言い返し、

すっかり成長した尾びれを人魚に見せる。

『まったく、

 ドン臭いんだから…

 じゃぁ行くわよ』

進が人魚に変身をしたのを確認した多恵子はそう言うと、

『あぁちょっと待って…

 草が髪に絡まって…』

進は身体を覆い尽くさんとばかりに伸びた髪に絡まっている草を取りながら訴えた。

『はいはい、

 判りましたよ、

 もぅ早くしてよ』

焦らされながら多恵子は文句を言うと、

ザバッ!

進はそのまま海に飛び込んで

泥だらけになった身体を洗うと、

手近な岩の上に座り、

髪に絡んだ枯れ草を取り始めた。



『はぁ…何で人魚なんかになったんだろう?』

枯れ草を取りながら、

進は水面に映る自分の姿を見つめると、

ユラ…ユラ…

水面の動きと共に揺らめく自分の姿は疑いないほどに美しく、

その整った目鼻立ちはどんな男でも魅了するものであり、

また、水に濡れた肌は色白で柔らかく、

とても滑らかな光を放っている。

『はぁ…

 こんな彼女がいたらなぁ…』

そんな自分の姿を見ながら進はそう呟くが、

水面に映る赤い緋色の瞳と、

身体を覆う翠の髪、

そして、腰から下の朱色の鱗は、

明らかに人類とは違う存在を誇示していたのであった。

『手間がかかるなぁ…

 胸は邪魔だし、

 ブラシでも持ってくれば良かったなぁ?』

さらに膨らみを増した胸に阻まれ、

なかなか捗らない作業に進自身が苛立ってくると、

『あぁっ

 もぅいいやっ』

ついに作業を放棄してしまうと、

『水野っ

 行こう』

と言うなり再び海に飛び込んだ。



『なによっ、

 絡まった草を取るんじゃないの?』

海の中から進を見ていた多恵子は飛び込んで来た進にそう指摘すると、

『もぅいいよっ』

と進は言い返し、

そのまま潜ろうとする。

すると、

『ちょっと待ちなさいよぉ。

 そんなに大きな胸を放置しているから邪魔になるのよ』

と多恵子は指摘すると進を追って海中に潜り、

背後から進へと接近した。

そして、

自分の腕に縛り付けていたあるものを解くと、

それを広げ、

進の背後より前を通すと、

一気に引っ張りすばやく結びつけた。

『うひゃぁぁ!』

突然胸を押さえられたことに進が悲鳴を上げると、

『なに驚いているのよっ

 ビキニのブラを付けてあげただけでしょう?』

と多恵子の呆れた声が響く。

『え?』

その言葉に進は我に返ると、

ギュッ!

たわわに実る自分のバストは、

一本のビキニブラによって抑えられ、

しっかりと身体の動きについてきていた。



『あっ

 動かない…』

動きを止めた胸を見ながら進は関心をすると、

クルクル

と海中を回ってみせ、

その効果を確かめ始める。

『ふぅぅん、

 なんか変な感じだけど、

 胸が邪魔にはならないね』

自分の胸を締め付けるブラの効果に進は感心すると、

『変な感じとは失礼ね』

多恵子は言い返した。

『あはは…』

その言葉に進は軽く笑い、

自分の手をブラの中に入れると、

クッ!

『ここかなぁ…』

ズレかけていたブラの位置を直す。

『はぁ…まったく、

 なんで多賀がそんなバストを持つのかしら…』

多恵子はため息をつきながら海の中を泳ぐ進の姿を見る。

目鼻立ちの良い顔に、

ビキニのブラに押さえられる大きなバスト、

引き締まり括れたウェスト、

下半分を朱色の鱗に覆われたヒップ、

そして、美しいカーブを描く朱色の鱗に覆われた尾びれ。

もし、人魚のモデルというのが存在したら

間違いなくそのNo1の座を射止めるであろうその姿に

『このぉ…』

多恵子は無意識に嫉妬していた。



『知らないよぉ、

 文句を言うなら僕を人魚にした人に言ってよ』

そんな人魚の気持ちを知らずか進は口を尖らせると、

『判ってはいるけど…

 なんか、不公平…』

多恵子は膨れて見せるが、

『はぁ…

 人魚になってからあまり良いことがないよなぁ』

そう進が呟くと、

『そうかしら?

 あたしは人魚でいることが楽しいけど…』

と返事をした。

『それは…

 水野さんが元々人魚の一族だからだよ。

 僕なんて…

 無理やり人魚にされちゃってさ、

 しかもこうして毎日…』

と愚痴をこぼすと、

『あ・の・ねっ、

 さっきも言ったように

 それは多賀君があたしたちの秘密を知ってしまったからよ。

 多賀君があたしを追いかけて、

 禁忌の場所に入り込まなければ何もなかったんだから…』

『別に追いかけたわけじゃないよ、

 先生から水野さんにプリント渡すように言われたんだから』

多恵子の指摘に進はそう言い返すと、

『だからって…』

その言葉に多恵子は頭を抱え、

『とは言っても、

 もぅどうしようもないし、

 最近この島に現れた変な連中もあたしたちを嗅ぎまわっているみたいだし、

 とにかく、多賀君っ

 あなたには早く人魚に慣れて欲しいの』

と言うなり、

『さっ、

 泳ぎの練習よ。

 もっと早く泳げるようになって、

 さぁ…

 そんな速さの潜水じゃダメよ』

と多恵子は声を上げて尾びれを大きく動かすと、

入り江の奥深くへと潜っていく、

そして、

『あっ待ってよっ、

 僕を置いていかないでよ』

先に進んで行く人魚・水野多恵子を追いかけ、

進はぎこちなく尾びれを動かしながら、

やっとの思いで前へと進んで行くが、

『ほらっ

 人魚としてのキャリアならあたしの方が断然上だからね、

 徹底的に鍛えてあげるわよ』

と先を行く多恵子は言うと、

改めて進の手を引き海の底へと向かっていった。



おわり