風祭文庫・人魚変身の館






「ガラスの人魚」
(後編)



作・風祭玲


Vol.740





『あっあの…

 もっもし…

 ここは?

 私はいま一体どこにいるのですか?』

バスタブの中より抱き合う慶介は杏奈に向かって人魚が尋ねた。

「しゃっしゃべったよ」

「あぁ、

 こいつ、日本語でしゃべったな。

 にっ日本で生まれた人魚なのか?」

「そうみたいね、

 ”ニィハォ”って言わなかったし」

人魚から話しかけてきたことに慶介と杏奈は驚く、

だが、人魚はそんなことは構うことなく、

『あの…

 こっここは一体どこですか?』

と再び尋ねると、

「えっえーと、

 ここはそう、

 ホテルの部屋のバスルーム…だけど

 なにか?」

と慶介はためらいつつ答えた。

『ホテルの?

 バスルーム?

 ですか?

 あの…あなたは誰ですか?』

そんな慶介に人魚は再び尋ね、

『あっ私の名前はラミカと申しまして…』

と自分の名前を告げると、

『あの…

 その…

 みっ見ての通り、人魚です私…』

と言いながら、

バシャッ!

ラミカは尾びれを動かすと湯船の水を弾いて見せた。

そして、

『あなたが私をここに連れてきてくれたのですね』

とラミカは尋ねると、

「あっいや、

 まぁ、なんていうかその…

 黒蛇堂と言う店でガラス細工の人魚を買ったんだよ、

 そして、

 その人魚が少し汚れていたので洗おうとして、

 水を掻けたら…

 って、

 あぁ!!!」

人魚に向かって慶介は経緯を語り始めたところで、

あの老人から告げられた戒めを思い出すなり、

思わず声を上げてしまった。

「どうしたの?」

そんな慶介に杏奈は尋ねると、

「いや…

 魔法使いの爺さんに言われたんだよ、

 あのガラス細工の人魚を日に当てるな、

 水をかけるな、

 ってな…

 そっかぁ

 水をかけるなってこういう意味だったのか」

あの老人から告げられた警告の意味を理解した慶介は、

納得しながらラミカを見詰めると、

「あの…人魚さん

 ちょっと聞きますが、

 本当にあの小さなガラス細工の人魚が

 あなただったのですか?」

と尋ねた。

だが、

ラミカからの答えは返らず、

無言の時間が過ぎ始めた。

「(むー…

  返答に困っているのか。

  まぁこの状態から察すると、

  ラミカは何らかの魔法でガラスの人形にされ、

  そして、俺が水をかけたことでその魔法から解放された。

  というわけか…

  するてぇーと、

  あの爺さんが大方犯人だな…)」

ラミカを見ながら慶介はそう思っていると、

ツンツン!

慶介のわき腹が突付かれ

「ねっ

 どうするのよっ

 こんなの連れて日本に帰る気?

 成田でなんて言い訳をするの?」

と杏奈が小声でこれからについて尋ねてきた。

すると、

「どうするって言われてもなぁ…

 中国のオモチャです。

 って言い訳はできないし、

 こっちで買ってきたペット…と言っても検疫がうるさいし、

 あっそれよりも人魚ってワシントン条約の規制対象だっけ?」

困惑しながら慶介は頭を掻くと、

「ふざけないでっ」

杏奈が一喝する。

「えっ

 まっまぁ、それよりも
 
 ラミカがどうしたいのか聞かないと判らないよ」

杏奈に向かって慶介はそう言い返すと、

コホン!

小さく咳払いをし、

そして、湯船の中のラミカを改めて見ると、

「あの、ラミカさん。

 あなたはどうしてその…

 小さいなガラスの彫刻されてしまったのですか?」

と尋ねた。

すると、

ラミカは少し思案した後、

おもむろに口を開き、

『あなた方は信頼で来る人と信じてお話しましょう。

 私は大きな島の近くにあるサンゴ礁を一人で泳いでいました。

 そのとき、私の近くを一隻のボートが走り過ぎたのですが、

 急にそのボートが引き返してくると、

 まるで私を追いかけるかのように追跡してきたのです。

 私達人魚は海を泳ぐとき、

 人間たちから姿を見られないようにと、

 それなりの術を掛けるのですが、

 でも、ボートの主は私が見えるらしく、

 きわめて正確に私を追いかけ、

 そして、ある入り江へと追い込んだのです。

 無論、追い込まれても

 いざとなればボートを引っくり返して、

 その場から逃げるつもりでしたが

 でも、ボートの主は違っていました。

 入り江に私を追い込むと、

 主は術を私にかけてきたのです。

 そう、魔法使いがそのボートを操っていたのです。

 たちまちのうちに私の周りからは水が消え、

 何も抵抗が出来ずに私は海から持ち上げられてしまいました。

 そして、そのとき初めて、

 私は術を掛けてきた魔法使いを見たのです。

 魔法使いは一人の老人でした。

 そして、老人は私を食い入るように見つめると、

 ”あのポスターと一緒だ…”

 と呟き、

 私をガラスの彫刻へと姿を変えてしまったのです。



 尾びれも、指も何一つ動かせない、

 冷たいガラスの彫刻…

 ガラスの彫刻にされた私は何かに包まれると、

 長い時間その中ですごしました。

 幾度か動かされた後、

 気が付いたときには薄暗い店の棚の上に置かれていたのです。

 ガラスにされても私は音を聞くことは出来ました。

 そして、私はあなたがあの店を訪れ、

 あなたが私について話をしているのを聞いたとき、

 私は自由に対する希望を持ったのです。

 ひょっとしたらこのガラスの中から出してくれるのでは?と

 その思いが通じたのか、

 私は再び紙に包まれ、

 次に気づいたときは

 ガラスの中から解き放ってくれた後のことでした

 ありがとうございます』

目に涙を浮かべながらラミカは慶介に感謝の言葉を述べると、

「いやぁ、

 そういうわけじゃぁ」

気恥ずかしさを感じたのか、

慶介は鼻の頭を掻き始めた。

「うん、

 いやぁ俺もさ、

 あの店で君を見たときに、

 なにかこう、

 感じるものがあったんだよ、

 このガラス細工には何かあるってね」

半ばでまかせだが、

慶介はそう返事をすると、

「へぇ、

 慶介ってそんなに勘が鋭かったっけ?」

と杏奈が茶々を入れてきた。

すると

『あのっ

 慶介さんとおっしゃるのですか?

 そしてお隣の方は…

 慶介さんの大切な方ですか?

 本当に私を解き放ってくれてありがとうございました。

 ぜひ御礼をさせてください。

 先ほども少し申し上げましたが

 人魚もまた魔法の力を持っています。

 海に私を返てくれれば、

 あなた方の願いをかなえてあげることが出来ます。

 無論、望まれていること全てを解決することは出来ませんが、

 しかし、慶介さんが抱えている悩みを解決することができます」

と断言をした。

「?

 慶介さん、

 何か悩み事でもあるの?」

ラミカの言葉を聞いて杏奈が尋ねると、

「ちっ

 ラミカめぇ

 あの話を聞いていたか…」

舌打ちをしながら慶介はそっぽを向きそう呟く。

「なによっ

 あたしに言えないことなの?

 はっきり言ってよ」

そんな慶介に杏奈が絡みついてくるが、

慶介は杏奈を押し戻すと、

「いまの言葉、

 本当なんだな?」

とラミカに聞き返した。

『もちろんですっ

 私に出来る範囲なら、

 どんな望みでもかなえてあげます』

自身ありげにラミカはそう返事をすると、

大きく尾びれを動かし、

バシャン!

と浴槽の水を跳ね除けた。



「ようし判った」

それを聞いた慶介は浴槽に近づき、

そして、手を伸ばすと、

「お前を海に逃がしてやる」

と言いながらラミカを持ち上げようとすると、

「なっなによっ

 あたしには言えないモノがあるっていうの?

 一体何よっ

 何なのよっ」

杏奈は怒鳴り始めた。

「別にいいだろう?

 性格の不一致があるとか言う奴に言えるかよっ」

そんな杏奈に向かって慶介は怒鳴ると、 

ヨイショッ!

とラミカを湯船から抱え上げる。

ところが、

「おっ

 あれっ

 すげー軽い…」

抱えあげたラミカの体重が普通の人間より軽い事に気が付くと、

「へぇ…

 人魚って軽いんだ…」

感心しながら慶介はラミカをベッドルームへと運び、

さらに人に見られないようにと

適当なTシャツを着せ、

さらに杏奈のスカートをラミカの尾びれに巻きつけた。

「ちょっと、

 人のスカートを勝手に使わないでよ」

そんな慶介の行動に杏奈は怒鳴るが、

慶介は何も取り合わずにラミカを抱きかかえ、

そそくさと部屋から出て行ってしまった。

「けっ慶介っ

 なにを考えているのっ

 ちょっと待ちなさいよっ

 待ちなさいっ」

慶介の大胆な行動に杏奈も追い掛けていく、

だが、

タッチの差でエレベーターが閉まってしまうと、

「あぁっ

 もぅ!」

閉じてしまったドアを杏奈は叩く。



真夜中、

周囲を警戒しつつ慶介は

ラミカをホテルの外へと連れ出すことに成功をすると、

駐車場を横切り、

そのままビーチへと続く階段を降り始めた。

「おいっ

 ラミカ

 ビーチに付いたけど、

 ここで良いか?」

砂浜を歩きながら慶介は抱えているラミカに尋ねると、

『ここはダメです。

 人目につきます。

 あっちへ、

 向こうに岩場があります。

 そこなら大丈夫です』

とビーチの奥にある岩場を指差した。

「むっ

 向こうの岩場か、

 判った」

それを聞いた慶介は

砂浜を散歩している人々からの視線を避けるように進み

そして、岩場にたどり着くと、

その先へと向かっていった。

バシャッ

バシャッ

打ち寄せる波が小さく音を立てている岩場の先端にたどり着くと、

「ここならいいね」

とラミカに尋ねると、

コクリ

ラミカは小さくうなづいた。

そして、

ジッと慶介を見詰めると、

『わたしとキスをしてください…』

と小声で呟いた。

「キスを?」

思いがけないラミカからの言葉に慶介が困惑すると、

『私からの魔法です。

 あなたを救ってあげます』

ラミカはそう囁いた。

「俺を救う?」

『えぇ…

 慶介さん。

 あなたは自分が置かれている状況を

 一変させたいと思っていますね。

 なにもかも捨て去って…

 私はただの人魚で、

 出来る術もわずかなものです。

 でも、私には慶介さん、

 あなたを救うことが出来るのです』

「出来るのか?」

『はい…

 慶介さん。

 あなたを人魚にしてあげます。

 私と同じ人魚になって、

 この海で生きる。

 そうなれば、慶介さんを悩ませる全てのものから

 解き放ってあげます』

困惑気味の慶介を

ラミカは自信を持った瞳で見詰め、

大きくうなづいて見せる。

「…判った…」

少し考えた後、

慶介はラミカの申し出を受けることを告げると、

ラミカを強く抱きしめ、

そっと唇を寄せる。



「慶介っ

 そんなところで何をしているの?」

追いかけてきた杏奈の声が大きく響いたとき、

二人の唇は離れた後だった。

そして、その声を合図にするようにして、

ビシッ

ラミカは慶介の腕から大きく飛び上がると、

優美なとんぼ返りをみせながら

バシャーン!!

星明りの元、

黒く輝く海へと飛び込んでいった。

「あぁっ」

それを見た杏奈が駆け寄って、

岩場から海を見ると、

バシャッ!

波間より海に飛び込んだラミカが顔を見せ、

『さぁ、

 慶介さんっ

 こちらに来て下さい』

と声を張り上げ手を振った。

「え?

 どういうこと?

 慶介?

 何をお願いしたの?」

それを聞いた杏奈が立ち尽くす慶介を見たとき、

「うそっ」

驚いた顔をしながら思わず口を手で塞いだ。

シュルル…

『あっ杏奈…』

驚く杏奈に向かって振り向いた慶介の顔は、

どこか少女を思わせる風貌へと代わり、

また、短く刈り上げていた髪は、

翠色に染まりながら長く伸び始めていたのであった。

「けっ慶介っ

 一体どうしたの…」

そんな慶介の姿を見て杏奈は駆け寄ろうとするが、

すかさず慶介は腕を出して杏奈をとめると、

『見てごらん…

 もぅ鱗が…

 生えてきたよ…

 おっ俺…

 人魚になることにしたんだ』

というなり、

穿いていた短パンをずり下ろしてみせる。

すると、

慶介の尻から太ももにかけて、

キラキラと輝く鱗が覆い、

さらに足先からは鋭く尖った爪のようなものが生え始めていた。

「そんな…」

人間の男から人魚の姿へと

形を変えていく慶介の姿に、

杏奈はショックを受け後ずさりするが、

『あはっ

 でるぅ』

突然慶介はそう声をあげ、

そして、尾?骨の辺りを押さえると、

ムリッ!

その手をどかすようにして突起が盛り上がり始めた。

そして、突起は急速に成長してゆくと、

それに反比例するように慶介の脚は縮まり、

短くなっていく。

『あはっ

 はぁ

 はぁ

 はぁ』

次第に息苦しくなってきているのか、

慶介は翠の髪を振り乱しながら

苦しそうに呼吸をし始めると

ドサッ

その場に倒れるようにして座り込んでしまった。

「けっ慶介…」

『ふふっ

 ふふふふ…

 人魚に…

 あはっ

 人魚になっていく…』

水かきが貼り始めた手で、

消えていく脚をさすりながら慶介は笑い始めるが、

だが、その目には涙があふれてていた。

その一方で、

成長していく突起は次第に流線型へと姿を変え、

さらにその先端から鰭が大きく発達していくと、

慶介の両足は体を支える小さな鰭となって、

尾びれを飾る。

また、鱗が飾る腰より上がくびれ始めると、

慶介の胸から筋肉の盛り上がりが消え、

代わりに美しいバストラインが描かれていく。

「そんな…

 慶介が…

 そんな…」

肩幅は次第に小さく、

両腕も細く、

そして肌が白くなっていく中、

慶介の局部は女性のそれへと姿を変え、

尾びれの下部で恥ずかしげに口を閉じる割れ目へとなっていく。

こうして、

人魚への変身を見せ付けられる杏奈が呆然とする中。

『おっ

 俺…』

ようやく変身が終わったことを感じとったのか、

慶介はゆっくりと顔を上げると、

『何をしているの?

 さぁ、こちらにいらっしゃいっ』

海の中よりラミカが声を張り上げた。

『あっはい…』

その声に慶介はトーンの高い声を響かせ

飛び込もうとすると、

「待って」

杏奈の声が響くのと同時に、

ガシッ!

慶介の体が抱きかかえられてしまった。

『あぁ…

 いやぁぁ!!

 離してぇ』

岩場に慶介の叫び声が響き、

「海には行かせないわ!」

同時に杏奈の叫び声も響く。

『何て事をするのよっ』

それを見ていたラミカが杏奈に向かって怒鳴ると、

「人魚ですってぇ

 ふざけないでよっ

 慶介はあたしの男よ、

 さっさと戻してよ」

と杏奈はラミカに食って掛かる。

『なによっ、

 何を言い出すと思えば、

 慶介さんは自ら望んで人魚なることを選んだのよ、

 地上での生活はイヤになってからって言ってね。

 私はその手助けをしたまでよ。

 さぁ、慶介さんを海に放してあげて、

 もぅ地上では生きていけない体になったんだから』

とラミカが言うと、

「それって、本当なの?」

杏奈は慶介に聞き返した。

すると、

『お願い…

 私を海に放して…

 人魚として生きて生きたいの』

人魚に変身した途端、

心まで人魚になってしまったのか、

これまでの慶介は打って変わって、

少女のような言葉で話しかけてきた。

「そんな…

 慶介、

 しっかりして、

 あたしを置いていかないでよ」

見も心も人魚になってしまった夫の姿に

杏奈は悲痛な叫びを上げながら

慶介を抱きしめるが、

『あぁ…

 体が…

 体が乾くのぉ

 海に…

 海に放してぇ』

その中で慶介はもがき苦しみ始めだした。

その声を聞きながら杏奈はある決意をすると、

「ラミカ…

 確か、あたしにも礼をするって言ったわよね」

と問いただすと、

『うっ、

 まぁ…そう言ったけど』

海の中のラミカはややばつの悪い顔をしながら返事をした。

「判ったわ、

 じゃぁ、あたしの願いを言うわ。

 あたしも人魚にしなさい」

もがく慶介を抱きしめながら、

杏奈はそう命じると。

「出来るんでしょう?」

とラミカを見据える。

『やれやれ…』

杏奈の要求にラミカは頭を掻くと、

『いいわっ

 確かに礼をする。って言ったし、

 要求を受けた以上、

 叶えてあげる。

 ただ、私はもぅ陸上には行けないから、

 そっちから来なさいよ。

 人魚にしてあげるから』

ややぶっきらぼうにラミカはそういうと、

「判った」

そう返事をした杏奈は、

抱えている慶介を一目見て、

「行くわよ」

と声を張り上げた。

バシャーン

パシャーン!

ほぼ同時に2つの水柱が上がり、

慶介と杏奈の二人が海へと飛び込んだ。

スルリ!

苦しみから解放され、

水を得た魚の如く慶介は泳ぎ始めるが、

「わっぷっ

 たっ助けて…」

あまり泳ぎが得意でない杏奈は瞬く間におぼれ始めた。

『世話が焼ける…』

そんな杏奈を見て、

ラミカは呆れ半分に杏奈を抱きしめると、

『さぁ、

 人魚にしてあげるから、

 唇を…』

と言いながら、

静かに唇を重ね合わせた。



ゴボッ!

ラミカと唇をあわせた後、

杏奈の体が水の泡と共に急速に姿を変えていく、

黒髪は翠色に染まり、

脚が消え、

代わりに鱗が覆い優雅な尾びれが大きく張り出していく。

『これが…

 人魚…』

新しく下半身を飾る尾びれを見ながら杏奈が驚いていると、

クルリ…

潮の流れに押されてゆっくりと体が回転を始めだした。

『わっ

 これ…

 どっどうすれば…』

姿勢を維持しようと、

慣れない人魚の体を動かして、

杏奈が悪戦苦闘していると、

『ほらっ、

 尾びれを前後に細かく動かして、

 水を掻き出すように』

とラミカがアドバイスをするが、

『そんなこといっても…』

なかなか要領が掴めない杏奈は一人もがき続ける。

すると、

『こうすればいいのよ』

見かねた慶介が杏奈にそっと近づき、

そして、手を伸ばすと

直接尾びれの動かし方を教え始めた。

『慶介…』

慶介の行為に杏奈は驚くと、

『杏奈…

 あたしたちはもぅ男と女の関係じゃなくなったわ、

 人魚同士ずっと仲良くしていきましょう』

と囁き、杏奈の頬に軽くキスをした。

『えぇ…』

慶介のその言葉に杏奈は安心した表情をすると、

『さて、

 お若いそこの人魚達っ』

とラミカが声を上げた。

『はい…』

その声に二人は振り返り、

翠の髪を横に流しながら

思わず魅惑的なポーズをとってしまうが、

だが、声をかけてきたラミカが

これまとは打って変わって大人びて見えた。

『あれ?

 ラミカさんって、

 そんなに…』

そのことに杏奈が気づくと、

『人魚として、

 あなたが守らなくてはならない3つの戒めがあります』

とラミカは声を張り上げた。

そして、

『一つ、人間界との接触を避けなくてはなりません。

 まぁ、人間の魔法使いに捕らえられた私が

 どんな目にあったのかを考えれば判るよね。

 二つ、髪をうかつに切らないで。

 人魚の髪って人間とは違って呼吸を助ける働きがあるのよ、

 だから体に纏わり付くからとかいってむやみに切らないこと。

 三つ、力を過信しないで。

 人魚の寿命は人間より長いですし、

 魔法もそれなりに使えます。

 だから、つい無茶をしてしまうと取り返しが付かないことになるの、

 いつまでも楽しく生きて生きたいと思うなら、

 ちょっと臆病なくらいがちょうどいいのよ。

 わかった?』

と人魚として生きてゆくための注意事項を伝えた。

すると、

『はーぃ』

新米人魚の二人は揃って声をあげると微笑んだ。



『よろしい。

 そうそう、一つ付け加えると、

 あなたたちは人魚への変身と同時に、

 見た目が若返っているわ、

 理由はさっき言った人間の寿命と人魚の寿命の違いよ、

 人魚の寿命にあわせた姿になったから、

 私が大人びて見えるのよ』

とラミカは杏奈が言いかけた疑問の答えを言う。

すると、

『ふーん、

 じゃぁ、ラミカさんって

 私達よりもずっと年上なんですね』

それを聞いた慶介がそう返事をすると、

『そこっ

 煩いっ

 って、そっか、

 慶介って名前、

 人魚には合わないわねぇ…

 人魚らしい名前を考えなくっちゃ』

ラミカは考え込むが、

『まぁいいわ…

 ここじゃぁ

 いつ人間に見つかるか判らないから、

 こっちに来て、

 以前、あたしが使っていた洞窟に行きましょう』

というと、

二人の人魚を連れて海の底へと潜っていった。



『ほっほっほっ

 結局、二人とも人魚になってしまったか』

黒蛇堂の奥。

遠見の鏡を眺めながら老人は盛大に笑い声を上げていた。

すると、

『何がおかしいのです?』

その声と共に長い黒髪を靡かせて、

緋色の目に、

黒装束を纏った黒蛇堂が姿を見せる。

『おぉ、

 黒蛇堂殿か

 お帰りなさいませ』

それに気づいた老人は労いの挨拶をすると、

『棚の上のガラスの人魚が無いようですが、

 売れたのですか?』

と尋ねた。

『あぁ、

 あの人魚ですか、

 はいっ

 それを欲した者が訪れたので引き渡しましたよ、

 黒蛇堂殿こそ、

 お取引は済んだのですか?』

黒蛇堂の質問に答えながら、

老人は南洋で行われた取引について尋ねると、

『えぇ、

 無事に…

 それにしても白蛇堂ったら、

 あんなに仕入れて何を始める気なのかしら…』

と黒蛇堂は白蛇堂の動きを懸念していることを口にする。

『ははは…

 お兄様の栄転に刺激されてのことでしょう?

 さぁて、

 黒蛇堂殿も戻られたし、

 わたしは引き上げるとしよう』

老人は笑いながら腰を上げると、

ゆっくりと黒蛇堂から出て行った。

無論、彼が着ているローブのポケットに入っている

500元の現金と共に…



おわり