風祭文庫・人魚変身の館






「身代わり」
(シノブの場合)



作・風祭玲


Vol.723





ザザーン…

一般人立ち入り禁止区域となっている防波堤の突端。

昼間は監視の目を盗んでやってくる釣り人たちで賑わうこの突端も

夕暮れ時となると、

釣り人たちは一人消え、

また一人と姿を消していく、

そして、最後の一人が去った後、

パラッ

『へぇぇ…』

パラッ

『ふぅぅん』

パラ…

『あっちょっと、まだ読んでいるのに』

『読むの遅いよ』

ヒョイっと筋が透き通る尾びれを上へと上げ、

体を覆うかの如く伸びた髪を体に巻きつけながら、

二人の人魚が熱心に一冊の雑誌を眺めていたのであった。



昼間ここで釣りをしていた釣り人は女性だったのだろうか、

このようなところには不釣合いなファッション雑誌であったが、

でも、二人の人魚にとってはとても新鮮で、

そして、懐かしさを感じさせるものであった。

『うわぁぁ、

 この服かわいい…』

流線型をしの体の下半分を覆う鱗を

光り始めた灯台の明かりに輝かせながら一人が声を上げると、

『へぇぇ…

 これがいまの流行か…』

もぅ一人は尾びれを盛んに振りつつ、

興味心身にページを見つめる。

そして、

『はぁ〜っ

 久しぶりに渋谷に出かけてみたくなっちゃった』

と声をハモらせながら、

ゴロンと一人はうつぶせに、

もぅ一人は仰向けになって寝転がってしまった。

ヒュゥゥゥ…

陸から吹き付ける風が二人の間を吹き抜けていくと、

パラパラパラ…

っと開かれたままの雑誌のページが捲れあがっていく、

『はぁ…

 でも、この体じゃぁねぇ…

 渋谷にいくどころか、

 ここから歩いていくことすら出来ないか』

瞬き始めた空を見上げながら一人の人魚がつぶやくと、

『まぁね…

 泳ぐことは出来ても、

 歩けないものね』

ともぅ一人が尾びれをパタパタとコンクリ面を叩きながら返事をする。

そして、

『人魚の生活も捨てられないし…』

『そうよね』

『はぁ…

 一日でいいから、人間に戻れたら…』

と二人がつぶやいた時、

『!!!』

何か思い当たることがあったのか、

二人の目が大きく見開いた。



『そうだわ…、

 海の魔女・マーシン様に相談してみよう、

 人間だったあたしを人魚にしてくれたマーシン様なら、

 きっと方法をしているはず』

あたしはかつて人間だったこの体を人魚にしてもらった。

海の魔女のことを思い出すと、

チラリ…

横でうつ伏せになっているミノリを見て、

『あっ、

 ミノリ…

 悪いけどあたし先に戻るね』

と告げるなり、

ヒョイッ!

上がっていた防波堤から海に向かってダイブすると、

そのまま海の中へと飛び込んでいった。

ゴボゴボゴボ

ザザザ…

かつて耳があったところから生える鰭に海水が当たる音が響き、

その音ともにあたしは海の奥底に居る、

マーシン様の屋敷へと向かっていった。



『マーシン様っ

 マーシン様っ

 あたしです。

 シノブです』

朽ちかけた巨大な巻貝の中を覗き込みながら、

あたしは声を上げると。

『何じゃ騒々しい』

のしわがれた声とともに、

ヌッ…

巨大なタコが姿を見せた。

『………』

元々軟体動物が苦手だったあたしは、

マーシン様のその姿に、

すぐにも逃げ出したくなるが、

でも、歯を食いしばりながら留まり、

そして、

『あの、

 マーシン様にこんなことをお願いするのも失礼かと思いますが…』

と人間に戻ることをお願いしようとする。

ところが、

『あぁもぅ、

 じれったいねっ

 いちいち口で言わなくてもいい。

 お前の心に尋ねる』

マーシン様はそういうなり、

ヌッ

吸盤が規則的に並ぶ腕を持ち上げ、

あたしの顔に近づけてきた。

『ひっ』

迫るタコの腕にあたしは思わず目を瞑ってしまうが、

ピトッ

マーシン様はそんなあたしの事情など構わずに、

差し伸ばした足をあたしの頭に巻きつけると、

キィィィィン!!

あたしの心を読み始めた。

そして、

『はっ、

 何を言いにきたのかと思えば、

 一日だけ人間になりたいのかい?』

と呆れた口調であたしが言わんとした事を言う。

『はっはいっ、

 あたしを人魚にしたマーシン様なら出来ることかと…』

マーシン様の言葉にあたしはそう返事をすると、

『まったく、近頃の娘は…

 人魚になりたいから人魚にしてくれとか、

 一日だけ人間に戻りたいとか、

 我がままの言い放題じゃな、

 振り回されるこっちに身にもなって貰いたいものだよ』

と愚痴をこぼし始めた。

『あの…

 無理なら…』

マーシン様の愚痴にあたしはがっかりしながらそう聞き返すと、

『ふんっ

 もぅ忘れたかい?

 一度人魚になった者は二度と人間には戻れないよ』

と嫌味たっぷりに言われてしまった。

『はぁ、

 そうですね

 そうですよね』

マーシン様のその返事にあたしは肩を落として、

去ろうとしたとき、

『ただし、

 今夜は満月…あたしたちの霊力がもっとも強くなるとき、

 まっ身代わりになる人間を連れてくれば

 一日だけお前を人間の姿にすることは出来るよ』

と背後から声が響いた。

『え?

 本当ですか?』

思いがけないマーシン様の言葉に

あたしは目を輝かせながら詰め寄ると、

『あぁ…

 だから、はやく身代わりをつれておいで、

 あたしは忙しいんだ』

とマーシン様は言うと、

巻貝の中へと引っ込んでいってしまった。



『そっか、

 身代わりが居ればいいのね』

マーシン様からのアドバイスにあたしはウキウキしながら、

海面へと上がり、

そして、身代わりとなる女の子を捜し始めるが、

『しまった…

 まだ夜だ…

 こんな時分に女の子なんて居る分けないよね』

そう、海面に浮かんだあたしを待っていたのは、

ようやく白み始めた夜明け前の光景であった。

『はぁぁぁ…

 急いで上がってきたのにぃ…

 お月様が沈んじゃうよぉ』

西の空に傾く満月の姿にあたしは焦りながら

海岸の磯場に這い上がると、

そこで仰向けになった。

『はぁ…

 こうして星空を眺めるなんて久しぶりだわ』

人魚になって以降、夜空を眺めるなんてことは

あまりしてこなかっただけに

あたしは夜空に見入り、

そして、まだ寝ていない疲れからか、

そのまま寝てしまった。



ツンツン

ツンツン

『うっ

 だれ?

 誰よ、さっきから突付くのは』

何か棒のようなもので突付かれている事にあたしは気づくと、

うっすらと目を開ける。

そして、その目に飛び込んできたのは、

驚いた表情をする一人の少女の顔であった。

『あっ!』

彼女のその顔を見るのと同時にあたしは飛び起きると、

「きゃっ、

 いっ生きてるぅ」

同時に少女の方も悲鳴を上げてしまった。

『げっ!

 いつの間に昼にぃ!?

 しかも、まずい…

 人間に見られた!』

…人魚になった以上、

 その姿を人間に見られてはいけない。

日ごろそういう戒めを受けてきただけためか、

あたしは反射的に飛び跳ねると

慌てて海に逃げ込もうとするが、

「待って、

 人魚さん」

少女の声が響くと、

ギュッ!

あたしの腕が強く握り締められた。

『はっ離して…』

少女だと思っていたが、

でも、予想以上の強い握力に

あたしは髪を振り乱し悲鳴を上げると、

「おっお願いっ

 あたしを人魚にして!」

という言葉が追って響いた。

『え?』

彼女のその声にあたしは我に返ると、

『そうだ…

 あたし、身代わりを探しにここに来たんだっけ…』

と海岸に来た目的を思い出した。

そして、

ペタン!

っとその場に尾びれを落とすと、

マジマジと自分の腕を掴む少女の腕を見た。

『…うわぁぁ…

 女の子の手だ…』

人魚に変身したとき、

あたしの腕には鱗が生え、

指と指の間には薄い水掻きの膜が張っている。

それに比べて彼女の腕には鱗が無く、

また指もなに不自由なく動かせる。

そんな彼女の手を懐かしく見ていると、

「あの…」

と彼女が声をかけてきた。

『はっはいっ』

その声にあたしはハッとすると、

「あの…人魚さん…

 どうしたら人魚になれるのですか?

 あたし…

 人魚さんみたいな人魚になりたいのです」

と顔を赤らめながらあたしに迫ってきた。

あたしに迫る彼女はちょっとボーイッシュで、

とても人魚にあこがれる少女…には見えなかったが、

でも、その瞳はまさに真剣そのものであった。

『えっ

 はぁ…

 そうですね…』

そんな彼女の気迫に押されながら

あたしはあやふやな返事をすると、

『(あれ?

  これってチャンスじゃない?

  この子を連れて行けば

  あたしは人間になれるんじゃ…)」

まさに鴨が葱を背負ってきた状態であることに気づいた。

そして、

ジッ

と彼女の顔を見つめると、

『実はあたしも人間だったのよ、

 でも、人魚になるのは凄く大変だし、

 とても辛いの。

 あなたはそれを乗り越えることが出来る?』

と尋ねた。

その途端、

パッ!

彼女の顔は一気に明るくなり、

「おっお願いしますっ

 どんなに苦しくても耐えます。

 だから、

 だからあたしを人魚にしてください」

と言って懇願をしてきた。

『(よーしっ

  ちょっと遅くなったけど、

  でも、彼女から言質を取ったわ、

  これならマーシン様のところに連れて行っても問題は無いわね

  あっでも、一つ念を押しておかないと)』

彼女の言葉にニンマリと微笑みながらあたしはあることを思い出すと、

『いいわ、

 あなたを人魚にしてあげる。

 でも…

 人魚で居られるのは1日だけ。

 1日あなたを人魚にして様子を見るわ』

と腕を組みながら彼女に告げる。

「あっありがとうございます」

あたしの言葉に彼女はそう礼を言うと、

『そうそう、

 あなたの名前を聞いてなかったわ』

と彼女の名前を尋ねた。

すると、

「あっ

 あの、友田…かっ薫です」

と彼女は顔を真っ赤にして名前を告げた。

『?

(自分の名前を言うのがそんなに恥ずかしいのかな?)』

彼女が顔を赤らめた理由がわからずまま、

『じゃぁ、行くわよ』

あたしは彼女に向けて手を差し出し、

『一気にマーシン様のところに行くわ

 息を止めてね』

そういうなり

ジャボーーン!!

薫を体にしがみつかせたまま

あたしは海へ入っていった。



『まったく、月はとっくに沈んでしまったではないか』

彼女を連れてマーシン様が住む巻貝の家に到着すると、

マーシン様はむくれながらあたしと気泡の中の薫を見る。

『ちょっと遅れたぐらい、

 いいじゃないっ、

 まだお月様の霊力は残っているんでしょう?』

大きく胸を張りながらあたしは声を張り上げると、

『まぁ良かろう、

 こんなこともあろうかと、

 霊力を貯めといて良かったわい』

諦めにも似た口調でマーシン様は文句を言うと、

グニュッ!

っと吸盤の腕を2本伸ばすと、

片方をあたしの頭に、

そして、もぅ片方を薫の頭に付けた。

『(よっよしっ)』

人間に戻れる期待に気合を入れるあたしに対して、

薫は少々オロオロしている。

まぁ、彼女が決めたところだから、

何がおきてもあたしには関係が無いこと…

そう思っていると、

『・・・・・・・・・』

マーシン様の呪文が始まった。



重く響き渡る呪文が続くうちに、

ポゥ…

あたしの胸のところから光の玉が浮き上がり、

また、薫も同じように光の玉が浮き上がった。

『あぁ…

 あたしが人魚になったときもこうだっけな…

 もっともあたしの玉はマーシン様が取り、

 代わりの玉があたしに送られてきたけど…』

と、その光景を見ているうちに

あたしは自分が人魚になったときのことを思い出していた。

すると、

ヒュンッ!

あたしの玉と薫の玉が飛び出し、

そしてマーシン様の腕の中で交差すると、

あたしに胸には薫の玉が、

薫にはあたしに玉が行き、

それぞれの胸の中へと入っていく。

そして、

それと同時にあたしと薫の体が変化し始めた。

「あんっ

 いやっ!」

あえぎ声を上げながら薫が体をねじると、

ミシミシミシ!!

胸が大きく突き出し、

ズボンが下がっていくと、

その間から鱗が光る肌が顔をのぞかせる。

さらに、ボーイッシュな髪が伸びていくと、

『あぁぁぁぁ…ぁぁ!!』

薫は泣き叫びながら人魚へと変身してしまった。

その一方で、あたしもまた変身をしてゆき、

体から鱗が消えていくと、

二本の足が生えていく。

ゴボ

あたしの周りを気泡が包み込んだのを肌で感じながら、

「やったぁ、

 人間よ人間よ!」

あたしは自分の体を見るが、

だが、

「あっあれ?

 胸がペッタンコ?

 それにおまたに何かあるぅ?!

 これって、

 まさか!?

 おっ男ぉぉぉぉ!!!」

想像を超えた事態にあたしはパニックになりながら、

マーシン様を見ると、

『なんだい、

 その目は?

 あたしはただお前とこの子を入れ替えただけだよ、

 文句があるならその子にお言い!』

とマーシン様は人魚の体が信じられないという表情をしている薫を指差した。

「ちょちょっと、

 あなたっ

 あなた、まさか男の子だったの?」

そんな薫に向かってあたしは尋ねると、

『え?

 あっ、

 はっはい…』

薫は顔を赤らめながらうなづいた。

「そんなぁ!!!!」

あたしの悲鳴が巻貝の中にとどろきわたる中、

『あたしはちゃんと依頼された仕事をしたからね』

マーシン様はプィと横を向き、

『あの…

 じゃっじゃぁ…あたしは…

 ここで…』

薫もまた尾びれを翻しながら海の中へと消えていった。

そして、あたしは…

「そんなぁ、

 男の子だったなんて…

 信じられなーぃ!!!」

せっかく人間の姿になったものの、

股間にオチ●チ●が生やした姿のまま

ショックで固まってしまっていたのであった。



こうしてあたしの野望は露と化してしまったが、

後日、薫はマーシン様に認められて本物の人魚(♀)になり、

あたしのことを”お姉さま”と呼んで付き纏う事になったのだが、

はっきり言って迷惑な話である。

それにしても…

ミノリったら何処に行っちゃったのかしら?

あの防波堤で別れたっきり全然姿を見ないんだけど…



おわり