風祭文庫・人魚変身の館






「北帰行」



作・風祭玲


Vol.717





ヒュウゴワァァァァァ!!

吹き荒れる風。

ビシビシビシ!!

痛いくらいに真横から叩きつけてくる雪。

そして、

ゴゴゴゴゴゴゴ…

目の前に広がる海は大きな海鳴りとともに灰色に濁り、

沖のうねりは岸に近づくにつれて、

幾重にも盛り上がり、

そして盛り上がりきったところで一気に崩れてしまうと、

白い飛沫を吹き上げながら岸を叩きつけてくる。

「はぁぁぁ…

 やっぱ冬の日本海は格別だなぁ…」

東京から新幹線を乗り継いで数時間、

俺は風がうねる雪原の上より荒れ狂う海を眺めていた。

この世のすべてを飲みつくし、

海の底の闇へと引き釣り込もうとする、

迫力ある波しぶきの姿に

しばし、我を忘れてしまうが、

だが、俺にはここに来たもぅひとつの理由があった。

それは…里帰り。



ゴゴゴゴゴゴ…

ザザザザザザ…

あれから1時間近くが過ぎても

荒れ狂う海は収まる気配を見せず、

白いしぶきを海岸に叩き続けている。

「…やっぱり、

 収まりそうもないか…」

そんな海を見ながら俺はそう呟くと、

「まっ、

 こんな日だからこそ、

 誰からも見られる心配なないし、

 さて、行くとするか」

安堵の表情をみせながら

俺はある決心をすると、

サクッ!

雪原から海へ続く道を

俺は一歩一歩踏みしめるようにして

海へと向かい始めた。



サクッ

サクッ

常に強風に煽られているためなのか、

大雪がニュースになっている山間部とは違って、

この付近の積雪は10cmになるからないかの量でしかなく、

雪道を歩く俺には大した障害にはならなかった。

そんな雪道を通り過ぎ、

そのまま、

海岸へと降りていく歩道に出ると、

ザザザザ…

ドドドド…

遠くに聞こえていた波の音が間近に聞こえてくるようになってくる。

その音に惹かれるように俺は進むと、

波の華が舞う海岸へと降り立った。

懐かしくも感じる磯の匂いが俺の鼻を擽り、

「はぁ、戻って来たんだな」

久々にこの場所へと戻ってきたことを実感していると、

「!!っ」

どこからより差し向けられている視線を感じた。

「こっちか」

咄嗟に俺はその視線が向けられた方向へと翻ると

「ニコッ」

大波が打ち寄せる波打ち際で裸体の女性が一人寝そべり、

俺に向かって笑みを見せていた。

「……」

ビュォォォ!!

ドザザザ!!

海より吹き付けてくる雪混じりの寒風もものとせず、

彼女は繰り返し打ち寄せる波によって出来た波の華で

臍から下を隠し、

悠然と寝そべり俺を見つめていた。

「……」

そんな彼女と俺は見つめあっていると、

ニヤッ

彼女の口元が緩み、

クッ

突然、体の向きを変え這いずり始めた。

「あっ」

立ち上がることなく進み始めた

彼女の仕草に俺は声を出してしまうと、

ザザザッ!

これまで彼女に襲い掛からなかった波が一気に打ち寄せ、

彼女の体のまとわりついていた波の華を洗い流す。

すると、這いずって行く彼女の下半身が姿を見せるが、

だが、彼女の下半身には二本の足はなく、

代わりに流線型をした尾びれと

その表面を覆うキラキラと輝く鱗…

そう、いま海へと向かおうとしている彼女は人魚だったのだ。



人魚は俺にかまわずにそのまま荒れ狂う海へと向かい、

「あっちょっと…」

あることを思い出した俺は

そんな人魚を俺は呼び止めようとするが、

『ふふっ、

 そんなところで何をやっているの。

 はやく、こっちにおいでよ』

と誘いをかけるかのような声が俺の耳に響いた。

「ちっ、

 判っているよ!」

まるであざ笑うかのような声に俺はそう言い返し、

波打ち際を見るが、

だが、そこには俺が求めていたものは無かった。

「あれ?

 無いぞ…

 一つや二つ転がっているはずなんだけどな」

必死でそれを探す俺に

『…どうしたの?

 さっさとしなよ』

と挑発するかのように声が再び響くと、

「るせーっ、

 おいっ

 どこに隠した」

吹き寄せる波の華にまみれながら俺は言い返す。

だが、

『あら、隠してはしないわ、

 陸暮らしで感覚が鈍ったの?

 そこにあるじゃない。

 よく見なよ』

とあの声が響く、

「なに?」

その声に俺は改めて波打ち際を見ると、

キラッ☆

キラッ☆

確かに声の指摘どおり

俺が探していたものがそこにあることを示す光が

波間から放たれていた。

「んだよ、

 そこだったか」

探し物を見つけた安堵感を漂わせながら、

俺はそうつぶやくと、

『は・や・く・し・て』

と声は俺をせかす。

「るせーっ」

そんな声に向かって俺は叫ぶと、

着ていたコートと上着を脱いだ。

その途端、吹き付けてくる寒気に

ブルッ!

俺は思わず縮みあがるが、

それにも構わずに裸足になると、

ザバッ

大波が打ち寄せる海へと飛び込み、

キラキラと光るそれを手に取ると、

岸へと戻って行く。

『あら、

 海の中で変身すれば良いのに

 そっちの方が楽じゃない?』

俺がとった行動に声はそう指摘すると、

「あのな、

 後のことも少しは考えろ、

 ズボンが流されたらどうするんだよ」

と俺は反論をしながら、

波が洗う岩場に座り込み、

手にしたものを見る。

それは無色透明で一見ビニールのように見えるが、

だが、触った感じは意外と柔らかく、

まるで海草のような握り心地であった。

しかし、それを広げてみると、

その形がビキニの上側、

そうブラジャーのような形であることに

俺は気恥ずしく感じるが、

しかし、海の中以外に視線が無いことを確認すると、

「えいっ」

っと手の上で解けてしまいそうなそれを、

自分の胸に当ててみる、

その途端、

クニュッ!

表現のしようも無いすばらしい感触と

胸を包まれる気持ちよさにうっとりしてしまうが、

だが、

ムリムリムリ!

それに包まれた俺の胸が見る見る盛り上がっていくと、

いまつけたそれと俺の体は一体化していてしまい、

瞬く間に外すことが出来なくなってしまった。

しかし、そのことに俺は驚くことは無く、

すっかり女性のバストのようになってしまった胸を、

手でゆっくりと持ち上げて、

その感触を確かめる。

すると、

ジワッ

今度は下半身が熱くなってくると、

ミシッ!

ズボンや下着があたっているところが痛くなってきた。

「くっ!」

徐々に強くなってくる痛みに

俺は大急ぎでズボンを脱いでしまうと

シュルルル…

見る見る腿の脚と脚との間が透明な膜が張っていくと、

ミシッ

ミシッ

ミシッ

脚の外側からきらきらした貝殻、

いや、鱗が脚を覆いはじめだした。

ギュッ

ギュッ

脚の間に張った膜は次第に厚さを増し、

また徐々に足先まで覆ってしまうと、

俺の脚は一本の流線型をした形へと変化していく、

そして、その表面を花が咲くように鱗が覆い尽くした後、

メキメキメキ!!!

足先は巨大な鰭へと変化してしまい、

俺は立って歩くことが出来なくない体になってしまった。

『はぁはぁ

 はぁはぁ』

荒い息をしながら俺は伸びてくる髪を幾度も払い、

そして、改めて海を見てみると、

そこには俺に向かって手を振るさっきの人魚の姿があった。

『わかったわよ』

その人魚に向かって俺は鈴の音のような声を上げると、

フワッ…

まるで空中に浮かび上がるかのように中を舞い、

ジャポン!

っと海の中へと飛び込んで行った。

ゴボゴボゴボ!

俺の身体に海水がまとわりつき、

それを大きく吸い込むと、

俺は海の住民への変身を終える。



『おそーぃ!

 もぅ、何をしていたのよ』

ずっと待たされていた彼女が文句を言い始めると、

『ごめーん、大雪で新幹線が遅れて…』

あたしは言い訳をする。

すると、

『そんなの、いい訳にはならないわよ、

 あたしだって新幹線で着たんだから』

どうやらあたしと同じ新幹線に乗ってきていたらしい

彼女がそう指摘をすると、

『だって、

 ホタテのバター焼き定食が美味しくって

 つい…』

つい、あたしは駅前の定食屋で

時間を潰していたことを白状してしまった。

『もぅ、ホタテならそこらじゅうに居るでしょう?』

『うーん、

 やっぱり火が通ってないと…ねっ』

あたしと彼女はそんな会話を響かせながら、

海深くへと消えていったのであった。



おわり