風祭文庫・人魚変身の館






「人魚の瞳」



作・風祭玲


Vol.695





”水中ゴーグルのいらなくなる、コンタクトが入荷しました”

「ん?

 なんだこりゃぁ?」

とある夏の昼下がり、

買い出しのため、

国道沿いのディスカウントストアに来ていた俺は

ハナマル印が飾られたポップに思わず足を止めた。

「先輩どうしたんです?」

カートを押しながら俺の後についてきていた

水泳部の後輩が俺に声を掛けてくると、

「あぁ、

 これなんだけどな…」

と俺はポップを指す。

「へぇぇ…

 ゴーグルが要らないなんて画期的ですねぇ」

シゲシゲとポップをみながら後輩はそう言うと、

「買ってみようか…」

と俺は呟いた。

「えぇ?

 買うんですか?

 そもそも先輩って水中ゴーグル持っているんじゃないですか?」

俺の声を聞いた後輩がそう指摘すると、

「まぁな…

 でも、アレを付けて泳ぐと、

 パンダみたいな日焼けの跡がつくからなぁ…」

と俺は毎年今頃に悩まされているあるコトを呟いた。



俺はとある高校の水泳部でキャプテンをしている。

そして、この3年の最後の夏休み合宿は

いわば俺がこの水泳部で過ごしてきたことへの総決算と、

そして、後を継ぐ者達への申し送りの意味を込めていたのであった。

「ふーん…」

そんなことを頭の片隅に思い浮かべながら、

俺はポップが張り出されているドラッグストアに踏み入れると、

「すみません」

と声を上げる。

「あっはいっ」

俺の声に気がついて白衣姿の薬剤師が出てくると、

「あの、

 この”人魚の瞳”なのですが…」

とポップを指さして俺が尋ねた途端、

『わたしが説明いたしましょう』

と男の声が響いた。

「え?」

その声に振り返ると、

ドーーーン!

俺たちの後ろに身長2mはあろうかと思う大男が立ち、

七三に分けた髪、

長い顎、

そして、鍛え上げたのだろうか、

大きく膨らんだ胸板を漆黒のスーツに押し込めて、

俺たちを見下ろしていた。

「(うぉっ!

  でかい…)」

威圧するようにして立つ男に俺はビビっていると、

『この商品は我が黒蛇堂ケミカルが

 10年にも及ぶ研究開発の末、

 商品化したモノです』

と男は人魚の瞳について説明をし始めだした。

「はぁ

 はぁ
 
 はぁ」

その外見とは打って変わって、

ペラペラと饒舌に説明をする男を見上げながら

俺は説明を聞いていた。

そして、一通り説明をした後、

男は話を一区切りつけると、

『ただし』

と前置きをして、

『この人魚の瞳を連続してつけられる時間は1時間です。
 
 決してそれを超えて付けないでください』

と注意事項を俺に言う。

「いっ1時間だけ?」

『はい』

「それを超えたら?」

その説明に俺は1時間を超えてしまったときについて尋ねると、

『ふっ』

男はニヤリと笑い、

『人魚になってしまいます』

と返事をした。

「はぁ?」

男の返答に俺は一瞬呆れた表情を見せると、

「まぁいいや、

 それ面白そうだから一つ買っていくよ」

と言いながら塩ビでパッケージを一気に10個ほど手に取ると、

後輩が押すカートへと放り込んだ。



「あの…先輩?」

支払いを済ませディスカウントストアから出てきた俺に

後輩が声を掛けてくると、

「ん?」

俺は振り向きながら返事をする。

「その、人魚の瞳って本物なのでしょうか?」

俺が持っているビニールの袋を指さしながら、

後輩は尋ねてくると、

「ははっ

 まさかっ」

と俺は笑って見せた。

「え?

 じゃぁ、あえて買ったのですか?」

俺の笑いにキョトンとしながら後輩は呟くと、

「あはは

 まぁ、そんなもんだ」

と俺は笑いながら歩いていった。



「人魚の瞳?

 ですか?」

俺の説明に合宿中の水泳部員が驚きながら

差し出した袋の中をのぞき込むと、

「あぁ、そうだ、

 面白そうだから、
 
 買ってみた」

と俺はそう言ってのける。

すると、

「先輩〜っ、

 また無駄遣いしたんですかぁ?

 マネージャになんて説明をすれば良いんですかぁ」

と1人が声を上げると、

「あぁ?

 なんで、俺は一美のご機嫌を取らないとならないんだ?」

と俺は逆に尋ねた。

その直後、

「別にぃ

 あたしの機嫌を取って貰わなくても結構よ」

と部室にマネージャである石山一美の声が響くと、

「いっいたのか…」

少々ヒクツキながら俺は振り返った。

「まったくもぅ…

 また変なの買ってきたの?
 
 もぅ、部の予算は長門キャプテンのモノじゃないんですからね、
 
 その辺を弁えてください」

ショートカットの髪にTシャツ姿の一美は

俺にくってかかるようにして怒鳴ると

「さっさぁて、

 練習でも行くか」

まるで逃げるようにして俺は部室から飛び出して行くと、

「あぁ、ちょっと先輩!」

背後から後輩達の声が響き渡った。



「なんだよ、長門、

 一美様の怒鳴り声が響いたと思ったら、
 
 やっぱり、お前が犯人かぁ」

競泳パンツにTシャツを被った格好でプールサイドに出てきた俺に、

同じ3年の石坂が俺に声を掛けてきた。

「まぁな…」

そんな石坂に俺は愛想笑いをすると、

「せんぱーぃ」

と後輩の声が響き、

「これ、忘れ物ですよ」

そう言いながらあの人魚の瞳が入った袋を持ってくる。

「おぉ…

 忘れてた忘れてた」
 
袋を受け取りながら俺はそう言うと、

ガサガサ

と袋を漁り、

そして

「じゃーん!」

と効果音を言いながら

あのディスカウントストアで買ってきた品物を取り出した。

「なんだそれは?」

興味津々に石坂が見つめると、

「あぁ、人魚の瞳と言って、

 これを付けるとゴーグルが要らないそうだよ」

俺はそう言いながらパッケージを破ると、

早速それを目に填めてみせる。

「おっおいっ、

 大丈夫か?」

それを見た石坂は怪訝そうな表情をすると、

「なぁにへーきへーき、

 ただちょっと、

 魚眼ぽくて視界が変だけど…」

と俺は軽くふらつきながら返事をする。

「おいっ

 長門っ
 
 足下がふらついて居るぞ」

直ぐに石坂がそのことを指摘するが、

「大丈夫、

 大丈夫だって」

俺は意に止めずにプールへと向かっていくと、

ドボーン!!

水に入ると言うより、

水に落ちるようにしてプールへと入っていった。



ガボガボ!

「おっ」

水に入った途端、俺の視界は急速に聞くようになり、

50mあるプールの向こう側の壁がくっきりと見える。

「ほぉ

 これはすげーや、
 
 ばっちりじゃないか」

まるで地上に居るかのように周囲がくっきりと見えることに

俺は感心しながら

バシャッ!

誰もいないプールを泳ぎ始める。

ところが、

目が良く利くことと同時になぜか身体が軽く感じ、

俺は魚になったような錯覚を覚えながら一気に泳いでいく。

そして、向こう側の壁にタッチすると、

「よう、

 どうだい?」

と感想を尋ねると、

「………」

石坂をはじめとした部員達が呆気にとられた顔で

俺を見ていたのであった。

「なっなんだよっ

 その鳩が豆鉄砲を喰らったような表情は」

石坂達に向かって俺はそう言うと、

ガサガサ!

後輩達が我を争うが如く、

袋から次々と人魚の瞳を取り出すと

それを目につけ始めた。

「?」

そんな練習の行動をに俺は日々を捻っていると、

バシャッ

バシャーン!

パァァン!!

人魚の瞳を付けた後輩達は次々とプールに飛び込み、

こっちに向かって泳いできた。

「ほぅ…

 勝負って寸法か」

連中のその更衣を俺への挑戦と受け取った俺は、

「その勝負買ったぁ、

 かかてきなさい!!」

と怒鳴ると、

バシャッ!

折り返して泳ぎ始めた。



バシャッ

バシャッ

バシャッ

1対多数の勝負は長く続き、

次第に目の異物感が無くなってくると、

人魚の瞳の購入の際に言い渡された注意事項など、

俺の頭からスッパリと消えてしまっていた。

そして、時計の針が人魚の瞳を付けてから1時間が過ぎようとしているのを現したとき

ビクンッ!

泳いでいる俺の身体に電撃のようなモノが走った。

「痛ぅぅっ!」

突然、走った痛みに俺は泳ぐのを止めて立ち止まり

痛みを強く放っている太股をさすり始めた。

「なっなんだ、

 この痛みは?」

これまでに感じたことがなかった痛みに俺は困惑していると、

「あれ?

 先輩どうしたんです?」

と隣のレーンを泳いでいた後輩が泳ぐのを止め、

俺に向かって話しかけていた。

そして、

「ん?」

何かに気づいたのか俺の顔をシゲシゲと見るなり

「先輩…

 その髪どうしたんですか?」

と俺の頭を指さした。

「へ?」

その指摘に俺は手を挙げて髪を引っ張ろうとすると、

キラッ☆

なんと挙げた腕にびっしりと鱗が生えていて、

日の光を受けキラキラと輝きを放っていた。

「なっなんだこれは!!」

それを見た俺は思わず怒鳴り声を上げると、

シュワシュワシュワ…

まるでわき出すように俺の髪の毛が伸び始め、

その毛先が水の中へと入り始める。

「うわっ

 うわっ」

伸び続ける髪を慌てて押さえるが、

だが、髪は手を押し退けてながらも伸び、

そして、

バサッ!

髪が前に落ちると俺の視界を淡く輝く翠色が覆う。

「なんだ、

 何が起きて居るんだ…」

ムリムリと膨らんでくる胸と、

そして、細くなっていく上半身に俺は本能的に怯えるが、

だが、それで終わりではなく

ムズッ!

ムニムニムニ!!

これまで何も感じてなかった下半身が

急にムズムズしてくると、

俺の二本の足がくっつき始めだした。

「うわぁぁぁぁ!!!」

再び始まった変身劇に俺は悲鳴を上げるが、

だが、俺が上げた声は男の声ではなく、

女性の…しかもとても透き通った声が俺の口から飛び出し、

それを待っていたかのように、

ズルズルズルズル!!

俺が穿いていた競泳パンツが独りでに引き下ろされていくと、

ポロッ!

俺の足から外れ、

プカッ!

っと浮かび上がってきた。

「せっ先輩…」

あるものへと変身してゆく俺を指さし後輩は青い顔をするが、

だが、俺は後輩を構っている暇はなかった。

ジワジワジワ

一つになってしまった足を朱色の鱗が覆い、

そして、足先が一つに纏まりながら扁平になってしまうと、

パチャッ!

俺は人魚になってしまったのであった。

『まっマジ?

 マジで人魚に…
 
 あっ、
 
 そうえいば俺、人魚の瞳を付けたままだった』

半人半魚の人魚の姿になってしまった自分の体を見ながら、

俺は見事に膨らんでいる乳房を見ていると、

『せっ先輩?』

と後輩が声を掛けてくる。

『ちょっとちょっと待て!

 それよりもお前…』

その声に俺は慌てて振り向き、

そして、彼が人魚の瞳を付けていることを指摘しようとするが、

パチャッ!

既に時遅く、後輩も俺と同じように人魚へ変身した後であり、

『うわっ』

『きゃぁぁぁ』

『どうーなっているんだぁ』

とプールのあちこちから

後輩達の悲鳴が響き渡りはじめていたのであった。



おわり