風祭文庫・人魚の館






ラ・グラスの伝説
(後編)



作・風祭玲

原作・ユノー
【MERMAID KINGDOM 〜人魚王国〜】より


Vol.184





ザザザザ…

日が落ち暗くなり始めた海の上を俺の船は走る。

ゴロゴロゴロ…

いつの間にか船の行く手に黒い雲がわき起こり、

所々から稲光をちらつかせながら、

まっすぐこっちに向かってきた。

「嵐か…」

俺は雲を睨み付けると舵輪をギュッと握りしめると、

老婆から貰ったアクア・クリスタルに手を伸ばした。

しかし、俺のアクア・クリスタルは未だに光り輝いていなかった。

やがて雲は俺の船を飲み込むようにして嵐の中へと誘い込んだ。

ビュォォォォォォォ!!

ドドドドドドド…

「くっそぉ…」

嵐の中を翻弄されながら俺の船は目的の海域へと突き進んでいた。

「ココでくたばってたまるかぁ!!」

そう叫びながらも必死になって舵輪に食らいつくが、

嵐はまるで俺を阻むかのようにして船を弄ぶ、

ザバッ!!

ドドドドドド…

幾度も波を被りながらも俺は船を前へ進める。

「キリエ…待ってろ、いま迎えに行くから…」

そのときだった、

♪〜♪〜っ

どこからとなく歌が聞こえてきた。

「歌?」

俺は耳を澄ませた。

ビュォォォォォ!!

ドドドドドドド…

風と海鳴りの音に混じりながら確かに歌が聞こえる。

聞き覚えのある声だった。

まるで母親が子供を寝付かせる時の子守歌のような優しい歌声…

そして、歌が終わると、

『ディーン…』

と俺の名を呼ぶ声がした。

「(ハッ)…キ・リ・エ!?」

すくに俺はその声がキリエの声だと悟ったとき、

パァァァァァァ!!

俺の手の中にあるアクア・クリスタルが強烈な光を発した。

するとその途端、

オォォォォォォン…………

フッ…

あれだけ吹き荒れていた嵐が嘘のように収まった。

海鳴りもスグに収まり俺の船はまさに静寂の海の中を浮かんでいた…

「そんな…あれだけ荒れていた海が…」

俺は目の前の事実が信じられなかった。

ギィ…ギィ…

静かな波間を俺の船は漂う…

すると再び、

『ディーン………』

静寂の海に透き通るような声が響き渡った。

間違いないキリエの声だ。

どこから?……

右か?、それとも左か?……

「キリエっ………どこだっ!」

俺が大声を上げると、

『ディーン…

 来て…
 
 こっち…』

まるで俺を誘うかのようにして海の上をキリエの声が響き渡る。

「こっちって言ったって……

 どこだ!」

『……ディーン…早く……』

それを最後に声は聞こえなくなった。

俺は確信した。

あの老婆が言っていたように彼女はエルドラドの入り口で俺を待っている。

フワッ

風が吹くと俺は再び船を走らせた。

しかし、嵐と格闘をしてきていた俺の身体はすっかり疲労していた。

睡魔が容赦なく俺を襲う。

「くっそう…もう限界だ。

 もう少し…
 
 あと少しなのに……」

光り輝くアクア・クリスタルを見つめながら俺が歯ぎしりをしていると

再び彼女の声が聞こえた。

『来てくれたのね、ディーン…』

「…キリエ!、

 何処にいるんだ!!」

俺が声を張り上げると、

ポゥ…

俺の行くての海面が青白く光ると、

スゥ…

キリエの姿が海面に浮かび上がった。

「キリエ?」

『ディーン……

 エルドラドはここよ…』

キリエは俺にそう言った途端、

ドォォォン

ドォォォン

ド・ドォォォン

突然、船の周囲四か所に高さ10メートくらいの水柱が立ち上がった。

そして、さらに

ビュォォォォォォ!!

静かだった海面に再び嵐が巻き起った。

「わああっ…なんだ!?

 水の柱が!!

 嵐が!!

 うわああああっ……」

不意をつかれた俺は船と共に翻弄される。

『我慢して…ディーン、すぐに済むから…』

俺の動揺とは裏腹にキリエは落ち着いた声でそう言う。

「なに?」

キリエが立つ下の海面がゆっくりと沈み込むと、

大きな渦となって俺の船は巻き込んだ。

ゴォォォォォォォォ…

「くっそう!!」

俺は必死になって船を操る。

しかし、船はズルズルと渦の中心へと引きずり込まれて行く、

「キリエっ!!
 
 ヤメロ、やめるんだ、
 
 俺を殺す気か!!」
 
思わず叫ぶと、

『ディーン…怖がらないで…、

 ディーンは死なない…
 
 生まれ変わるだけ…』

渦の中心に立つキリエは俺に向かってそう言う、

「畜生!!、どうなんてんだ!!」

ザバァァァァァ!!

巨大な高波が翻弄する船を直撃した。

「うおっ……がぼっ…」

流されまいと必死になって俺はマストにしがみつく、

すると次々と新たな波が俺に向かって倒れてきた。

ドバァァァァァ!!!

ゴボゴボゴボ!!

「(ブハッ)なんてこった…この波はまるで生きているようだ…」

波は次々とまるで小さな人形でも摘み上げるかのような仕草で俺に迫ってくる。

「くおのぉ!!」

ドバァァァァァ!!!

ガボボボボ…

俺を襲った波はいともたやすく俺の身体をマストから引き剥がすと

渦巻く海の中へと引きずり込んだ。

「キリエ……!!」

俺は思いっきり叫んだ。

できるだけの力を振り絞ったがもう声には出なかった。

意識は薄れていく…。



「………!

 ここは?…」

気が付くと、俺は大きな泡の中にいた。

暖かくて、身を委ねていたくなるような、

先程までの出来事があたかも夢に思えてくるくらい居心地の良い…

そんな無重力状態の中に俺はフワリと浮かんでいた。

「ディーン…逢いたかった」

「キリエ?」

声のした方を振り向くと、

そこには白い肌を露わにしたキリエの姿があった。

「なっ…」

俺は彼女をマジマジと見つめたあと、

「わわっっ…キリエ…

 お前、何て格好をしているんだ……」

俺は目を隠しながら叫んだ。

するとキリエは心外そうな眼差しで俺を見ながら、

「ああ、これえ?

 あはは…
 
 そうね、陸では服を着るのが当たり前だったっけね…」

とケロリとした調子で彼女は俺にそう言った。

「当たり前もなにも……うわっなんだそれは!!」

キリエのヘソから下が見る見る虹色の鱗に覆われていくと、

瞬く間に彼女の2本の脚は1本の魚の尾鰭と化してしまった。

「人魚……?

 そんな…キリエが人魚に……」

俺にはキリエが人魚になってしまったのが信じられなかった。

よく見ればいつも一つに束ねている髪は下ろされ、

さらに、海水に揺られてユラユラとまるで生き物のように動く様は、

妖美さを醸し出していた。

フワッ!!

人魚の姿になったキリエは尾鰭を巧みにくねらせながら俺に抱きつくと、

「待ってたわ、ディーン…」

と耳元で囁いた。

「ちょっと待ってくれ…

 コレは一体どう言うことだ!!
 
 キリエ、何でお前は人魚になっているんだ?
 
 エルドラドは何処にあるんだ?」

俺はキリエの手を丁重にかえすと、肩に両手を乗せて正面から見据えた。

クスッ

キリエは軽く笑うと、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「ディーン…

 ここはね、エルドラドの入り口なの。

 ホラ…ここから下は永遠の都・エルドラド…
 
 アクア・クリスタルによって選定された者のみ立ち入りが許され、
 
 最高の時を過ごす事のできる理想郷……」

と言いながら、

俺の胸元で光り輝くアクア・クリスタルに手を伸ばした。

そしてそれを見ながら、

「ディーン、おめでとう…

 待っていたかいがあったわ、

 ディーンもアクア・クリスタルに選定された一人、
 
 そう、嵐の夜にエルドラドへ行くこと出来るのは、

 光り輝かせることが出来たアクア・クリスタルを持った者のみ、
 
 ディーン、あなたはそれが叶ったのよ」

「どういうことだ?」

「アクア・クリスタルを光り輝かせることが出来るのは、

 海を愛し、優しさを持った者…

 そう言う人間だけがアクア・クリスタルに選ばれるの、
 
 男とか女とか関係ないの、そのうち分かるわ」

キリエは両腕を俺の首に廻すとそう囁いた。

「…じゃぁお前も選ばれたのか?」

「ディーンもよ…

 選ばれた者はクィーンより永遠の命とこの人魚の身体を賜るのよ」

「なに?」

「ディーン、

 これからずっと…
 
 永遠に一緒にいられるのよ。
 
 クィーン…
 
 見ての通りディーンは合格したわ、
 
 エルドラドへの門を開いてくださるんでしょう?」

とキリエが叫ぶと、

『ふふふふ…

 ようこそ、ディーン、
 
 我はエルドラドを治めるクィーン…

 アクア・クリスタルが選定したそなたら二人の
 
 エルドラドへの立ち入りを認めよう…』

威厳のある女性の声が鳴り響いた。

「クィーン…って、
 
 あの婆さんに化けていた奴か」
 
俺はそう言うと、

「ディーン…口が過ぎるわ…

 エルドラドのクィーン…

 永遠の命を持ち、

 エルドラドに君臨する人魚の女王…
 
 さあ、行きましょう。クィーンのもとへ…」

「待ってくれ、キリエ!

 と言うことはつまり俺も人魚になれと言うことか?
 
 第一、人魚って言われても男がなれるもんじゃ…」

俺は眉をひそめながら言うと、

「うふ…ディーン…

 さっき言ったでしょう、男も女も関係ないって」

「なっ…じゃぁ俺はもぅ地上には戻れないという事なのか?
 
 お前と同じ人魚になって…

 (ハッ!!)
 
 と言うことは俺はもう死んだという事なのか?」

思わず俺は叫ぶと、

「ディーンは死んではいないわ、

 人魚に生まれ変わるだけよ」

この時、俺にはキリエの瞳に狂気の色があるように思えた。

ゾクゥ…

俺の背筋が凍り付く、

「やめてくれ…俺を陸へ返してくれ…。」

叫び声を上げたものの、

「うふふ…何を言っているの、

 ほら、ディーン…アナタの脚に鱗が……」

キリエに言われて自分の脚を見ると、

着ていた服はいつの間にか消え失せ、

そして露わになった俺の太股の辺りから鱗が次々を浮かび上がってきていた。

「ウワァァァァァ!!」

俺は思わず悲鳴を上げた。

「キリエ…君はどうかしてる…」

「どうして?

 嬉しくないの…ディーン?!」

キリエがもの悲しそうに俺を見ながら言う。

「嬉しいとかそんなんじゃない……」

俺はキリエを見据えてそう言ったものの、

『ディーンよ、何を躊躇っているのだ、

 さぁ、エルドラドへの門は開かれているのだぞ…』
 
再びクィーンの声が鳴り響いた。

「さぁ…クィーンもあぁ仰っているわ、

 行きましょう、エルドラドへ…」

そう言いながらキリエが俺の手を引く、
 
「ダメだ、

 あそこへ行ってはダメだ!!」

コレまでの経験からか俺は本能的に危険を察していた。

なんだか判らない、

でも、この先には得体の知れない物がジッと引きを潜めている。

そう言っている間にも俺の体は見る見る人魚へと変化して行く、

短かった髪が長く伸び、

びっしりと鱗に覆われた脚は一つになると魚の尾鰭へと変化していく、

日に焼けた赤銅色の肌は透き通るように白く、

また、ケンカには誰にも負けることはなかった腕は華奢に細く…

そして、鍛え上げた身体からは筋肉が消え失せていった。

「あっ…」

思わず俺は自分を抱きしめると口から声が漏れる。

しかし、俺は必死になって食いしばった。

「ディーン…どうしたの?

 私たちずっと一緒にいられるのよ」

キリエが俺を優しく抱き締めた。

「なっ」

これまでキリエに抱かれた事なんてなかった。

「愛してるわ、ディーン」

俺は耳を疑った。

「愛してる?

 違う…、
 
 君は本当にキリエなのか?」

俺には到底信じられなかった。

俺の知っているキリエはこんな事簡単に言えるような娘じゃない。

ついに、俺の身体から足とよばれるものの形跡は綺麗に消え失せてしまった。

「ずっと、好きだったわ。

 もう、周りに目とか気にしなくていいの…
 
 人魚になれば素直になれるわ。
 
 さっ一緒にいこう、ディーン…」

そう呟くとキリエは俺の頬にキスをしてきた。

「永遠の命?…違う!
 
 永遠の愛?…違う!!

 そんなものが無くたって……俺は…」

「さぁ…」

ギュッ

キリエは俺の手を握りしめると俺を引っ張った。

「違う、違う!、違う!!」

カッ

俺は目を見開きキリエを振りほどくと、

「違う…こんなのが愛な訳はない!!

 キリエ、今すぐ戻ろう!!
 
 おいっ、クィーン、
 
 残念だが俺はエルドラドへは行かないぞ!!
 
 何が永遠の愛だ!!
 
 愛ってぇのはなっ
 
 男と女がたまにはケンカしそして苦労しながら二人で作り上げていく物だ!!
 
 こんな、男でもない女でない生き物が出来るわけ無いだろう!!」

と俺は右手を胸において大声で叫んだ。

『…ほほぅ、面白い…

 私に楯突く気か?』

クィーンの声が鳴り響く、
 
「あ〜あ…

 何度でも言ってやらぁ!!

 エルドラドなんかには行かないぞ!!
 
 いまから戻って、陸の上で俺はキリエを愛するんだからな!!
 
 判ったら、サッサと俺達の身体を元に戻しやがれ!!」
 
『ふっ、おとなしく従っておれば良いものを……』

クィーンの声が響くと、

ゴゴゴゴゴゴゴ…

不気味な振動があたりを揺らし始めた。

やがてヌォッ…っと巨大な生き物が姿を現した。

「いっイカだ、しかも…でかい」

まるで大型船のような巨大なイカが俺を押しつぶしてくるようにして

襲いかかってきた。

「うわぁぁぁ!!」

俺は悲鳴を上げると

キリエの手を掴み大急ぎで泡を突き破るとその場を離れた。

ズムムムムムン…

間一髪、イカは誰もいなくなった泡を押しつぶした。

しかし、イカから発した衝撃波が俺とキリエを直撃した。

「どわぁぁぁぁぁ!!」

衝撃波に翻弄されながらも俺は必死になって身をくねらせながら泳ぐ、

「おいっ、キリエ…

 しっかりしろ…」
 
キリエは衝撃波で気を失ったらしく俺の細い腕の中でぐったりとしている。

『おのれ…逃がすかっ!!』

クィーンの声が聞こえてきた。

「イカが喋ってやがる」

振り向きながら俺はそう言うと、

少しでも遠くへと泳ぐ、

『むわてぃっ!!』

逃げる俺達を追いかけて巨大イカが後を追う、

「くっそう、全然離せない…」

やがて黒い口を開けて洞窟が姿を現すと

俺はキリエを抱えたまま洞窟内に逃げ込んだ。

『逃がすか…』

巨大イカもそのまま洞窟内に突進してくる。

ズォォォォォ…

洞窟内は巨大イカの突入によって水が大きく乱れた。

「くっ」

岩陰に隠れた俺は必死になってキリエを庇う、

『おのれ…何処に消えたぁ〜っ』

巨大イカは俺達を探しながらゆっくりと洞窟の中を往復する。

「うっう〜ん」

そのとき気を失っていたキリエが目を覚ました。

「おっおいっキリエ…

 大丈夫か?

 しっかりしろっ!!」

俺はキリエの頬を叩きながら起こすと、

うっすらと彼女の目が開いた。

「良かったぁ…

 …大丈夫かキリエ…」

そう言いながらホッとしたのもつかの間、

「キャッ!!、

 あっあなた誰?

 ここは何処?」
 
キリエは俺を見るなりびっくりした表情で言うと、

「だっ誰って、おっ俺だディーンだよ」

「ディーン?、あなたが?」

キリエは信じられない物を見ているような顔をした。

そして、俺の全身を見るなり、

「うそ…あっあなた、人魚なの?」

っとさらに驚いた。

「おいおい、俺を人魚にしたのはお前だろうが…」

呆れながら俺は反論すると、

「あたしが?、なんで?

 え?
 
 やだ、あたしも人魚になっている!!
 
 しかもここって水の中じゃないの!!」
 
とまるで、自分が人間だと言わんばかりの言動を取った。

その様子に、

「お前、コレまでのこと何も覚えてはいないのか?」

と訊ねると、

「コレまでのこと?」

キリエは唇に指を当てながら、

「…ディーンの船を借りて…

 で、嵐の中を船を走らせていたら…
 
 大波が襲ってきて…
 
 う〜ん…そこからは判らない…」

俺は彼女のセリフを聞いて大まかなカラクリが読めた。

そして、

「あぁ判った判った…

 おおよそのことは見当がついた
 
 どうやら、俺達はあの化けイカに踊らされていたようだな」
 
俺は岩場の影から尚も俺達を探している巨大イカを眺めた。

「きゃっ、何あれ?」

キリエが巨大イカを指さして声を上げると、

「あいつがエルドラドの正体さ」

と俺はキリエに説明をした。

「え?」

未だ事態が飲み込めないキリエに、

「あの化けイカはエルドラドの伝説に惹かれてきた人たちを、

 巧みにだまして食っていたんだよ、
 
 道理で、誰も戻ってこないわけだ」
 
「え?え?え?

 じゃぁ…本当にあなたはディーンなの?」

「あぁそうだよ…

 そう言えば聞いたことがある、
 
 滅びた大昔の文明の中には生き物の姿を自由に操る術があって

 また、イカやタコに知恵を与えることも可能だったとか、
 
 なるほど、それなら俺達を人魚にしてしまう事くらい簡単だろう」
 
「………」

キリエはまるでキツネにつままれた様な表情をする。

「問題はここからどうやって逃げ出すかだ…」

と考え込んでいると、

パァァ…

突然アクア・クリスタルが光り輝くと

【…若者よ…】

と俺に語りかけてきた。

「なっなんだ?」

俺は驚きながらアクア・クリスタルを見つめると、

【…若者よ…先ほどお前が言ったことは真か?】

と尋ねてきた。

「さっき?、あぁこいつを愛するって話か?」

俺はキリエを親指で指さしながら言うと、

「いっ!!、でっディーン突然なんて事を言うの?」

キリエは顔を真っ赤にして声を上げた。

「あぁ本当だ、陸に戻ったら俺はこいつと結婚するつもりだ」

と俺はアクア・クリスタルに向かって言った。

「ちょちょっと、待ってよっ

 突然そんなことを言われたって、
 
 あっあたし…まだ…」
 
俺は思いっきり狼狽えているキリエの手を取ると、

彼女をジッと見据え、

「おっ俺は、お前が居なくなって半年の間、

 ずっとお前のことを考えていた。

 そして、俺にとってお前が居ない生活は無意味だと言うことを
 
 思い知らされたんだ。

 ふっ
 
 こんなところで、こんな恰好で言うのは変だけど

 好きだ、キリエ…」
 
そう俺が言った途端。

ジワッ

キリエの顔がゆがむと彼女は俺に思いっきり抱きついてきた。

「ディーン…あたしもよ…

 本当はエルドラドなんてどうでも良かったの、
 
 でも、ディーンは航海から帰ってくると、
 
 スグにあたしの所に来てくれて話をしてくれたわ
 
 あたしはそれが嬉しかったの」
 
と泣きじゃくりながら言う。

俺は何も言わず何度もキリエの頭をなでていた。
 
そして

「…と言うわけだ」

とアクア・クリスタルに言うと、

【…判った…

 お前達の気持ちはよく判った…

 よろしい…
 
 お前達を陸に帰してやろう】
 
と声がするのと同時に、

パン!!

アクア・クリスタルが弾けると、

中から発した光がたちまち俺とキリエを包み込んだ、

すると、

ドンッ!!

っと高速で移動し始めた。

『!!、そこに隠れていたか!!』

巨大イカは光に包まれてた俺とキリエを見つけると

スグに後を追い始めた。

「すっ凄い!!」

キリエは驚きの声を上げる。

俺達と巨大イカとの間は徐々に引き離されていく、

「ん?、アレは…」

そのとき俺は海面に自分の船が浮かんでいるのを見つけると、

「ちょっと待ってくれ」

と光に声を掛けた。

「どうしたの?」

不安そうにキリエが訊ねると、

「あのイカを生かしたままでは次の犠牲者が出る。

 あいつを仕留めないとダメだ」

「でも…」

「キリエ…お前だけでもエルマに帰れ」

俺は彼女を見つめてそう言うと、

「いやよ…ディーンがここに残ると言うならあたしも残る」

キリエはジッと俺を見据えて叫んだ。

「判った…その代わり後悔するなよ」

「後悔はしないわよ」

キリエはそう言って片目を瞑って見せた。

「(よし)悪いが陸には行かないで、あの船に俺達を連れて行ってくれ」

と俺は光に叫ぶと、

グィっ

俺達を包んでいる光はコースを変えると、船の中に飛び込んだ。

船は流れ込んで手来た海水にどっぷりと浸かり半潜状態になっていて、

人魚の身体になっている俺にとっては好都合だった。

ポヒュンっ

光が消えて自由に泳ぎ回れるようになった俺は

「にゃろう」

と呟きながら俺は泳ぎながら船倉に潜り込むと、

水の中に浮かんでいる品物を大急ぎでどかし始めた。

「何をはじめる気?」

そういいながらキリエが俺の作業を覗き込む。

ガコン!!

船倉の奥にしまっていた箱が開くと中から黒々とした物体が姿を現した。

「これなに?」

不思議そうにそれを眺めたキリエが訊ねると、

「古代の文明が作った”魚雷”と言うヤツだ、

 こう見えても一度に十隻の軍船を沈める力がある。

 海賊に襲われたときに使ってやろうと用意をしていたものだが
 
 こいつをあの化けイカに食わせてやる」
 
と俺は説明した。

キリキリキリ…

船の後尾にあつらえた射出口を開くと、

巨大イカはまっすぐこっちに向かってくる所だった。

「へん、お誂え向きだぜ」

俺はそう言うとハンマーを持った。

そして、

「キリエ、どっかに捕まってろ」

と叫ぶと、

ギュッ!!

彼女は俺の背中に抱きつき、

「絶対にディーンから離れないから…」

と囁く。

ガバ…

船に近づいてきた巨大イカの足が開き口が大きく開いた。

「なるほど、船ごと俺達を喰らう気か!!

 それなら…」
 
巨大イカの目が己の脚で隠れたとき、

「くたばれ!!、化けイカ!!」

ゴン!!

俺はハンマーで魚雷の後部を思いっきり叩いた。

シュワァァァァァァァァ

シュボン!!

魚雷は強烈な泡を吹き出すと、

一直線に巨大イカの口の中へと飛び込んでいく。

「伏せろ」

俺は咄嗟に頭を下げると。

魚雷を飲み込んだ巨大イカの身体は風船を膨らませるように見る見る膨らみ、

やがてあちらこちらから引き裂けていくと、

ボムッ!!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

クィーンの悲鳴とと共に粉々に砕け散っていった。

ズズンン!!

「わぁぁぁぁぁぁ」

「きゃぁぁぁぁぁ」

無論、俺の船も爆発の余波をモロに喰らい翻弄された。



…ディーン…

…なに?

…あたしの夢教えてあげようか?

…?

…あたしの夢はねぇ…

 ディーンのお嫁さんになること…

…ディーンは?

…あはは…決まっているだろう…



ザザザザ…

陽の光を受けながら俺が操る船はラ・グラスの海を駆け抜けていく、

クィーンとの戦いの後、

俺とキリエは運良くエルマに近くに打ち上げられた。

え?、人魚になった身体はどうしたかって?

それがどういう訳か、気づいたときにはお互い人間の身体に戻っていたんだ、

で、エルマに戻った俺とキリエは結婚した。


やがて、船はエルマの港に入る。

「よう、ディーン…

 今日はどうだい」
 
「よせよせ、

 ディーンは新婚なんだからな」

「あはは…そうだっけな…」

俺に声を掛けた男達は俺を残して酒場へと消えていった。

「はぁ…新婚ね…」

そう呟いていると、やがて銀貨のような満月が静かに上ってきた。

ムズ…

身体中がムズかゆくなってきた。

「ヤバ、もぅ始まったてきか…」

俺は帰宅を急ぐ、

サワサワサワ…

髪が徐々に伸びてくる。

やがて、キリエが待つ新居が見えてきた。

ガチャッ!!

「おいっ、いま帰った」

そう言いながらドアを開けると、

「ディーン…遅いわよ!!」

既にベッドの上では一足先に人魚に身体になったキリエが飛び跳ねながら

俺を迎えてくれた。

ヘタァ…

一気に力が抜けた俺はその場にへたり込むと、

それを待っていたかのようにして俺の身体が一気に変化し始めた。

伸びる髪、

細くなっていく腕、

膨らむ胸、

そして、鱗に覆われ魚の尾鰭と化していく脚…

瞬く間に俺の身体は人魚へと変身していく、

そう、陸に戻った俺とキリエは満月の夜になると、

こうして人魚の姿になってしまうのであった。

「もぅ…ディーンったら、

 そんなところで人魚になったら後が大変じゃない」

文句を言いながらキリエは俺をベッドの上に引きずり上げると、

「さぁ、二人で愛を育みましょう!!」

と言うと俺に飛びかかってきた。

「違うっ!!何かが違う…!!」

俺のその叫びは夜空へと消えていった。



おわり


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